2012.07.29
トンデモ話は奥で繋がる(167) 24.7.29
トンデモ話は奥で繋がる 「第167夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。
≪復活と再臨 ⑧≫
★ 次回のメシア
さて今夜は、核心となる記述について先に紹介してしまおうと思い
ます。高橋氏は、『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
のあとがきの部分で、こう述べています。
「 かつて2千年前のパレスティナで、キリストの自我が
地上の物質界に降臨したように、今20世紀に、キリス
トの自我は生命界に降臨する。
このエーテル界のキリストと出会って、癒しの力を獲
得し、新しいエッセネ派=弥勒派(つまり人智学)を始
めることが、人智学運動の本来の課題である。」
(『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
p423《筑摩書房(高橋巌 あとがき)》より抜粋転載)
一見、これまでのシュタイナーの主張を繰り返すような感じで、そ
のまま見過ごしてしまうような文章ですが、『偽メシア』という観点
からよく眺めてみてください。
『偽メシア』は、私達を欺くためにやって来るのですから、当然、
エーテル界をまだ感じるが出来ず、騙される人々がたくさん住んで
いる『物質界』に現れるでしょう。
しかし『前回のメシア』であるイエスは、今回は『物質界』には現
われないのです。しかし、シュタイナーは彼等を『偽メシア』と呼ん
で『今回の真のメシア』とは区別しているようなのです。
また『今回の真のメシア』は、我々人類がエーテル界のキリスト
と出会うための橋渡しをする人物であり、それは『東方ミトラ伝説』
にも登場した『弥勒』に当たる存在だと言うのです。
そしてその霊性を受け継いだ人物こそ、エッセネ派のパンディラの
息子、シュタイナーが『イエシュ・ベン・パンディラ』として物語って
いる人物なのです。
★ パンディラの子
パンディラは、その実在が実証されているわけではありませんが、
シュタイナーによれば、イエスに先立ち紀元前1世紀に存在した、
エッセネ派の先駆的指導者であるとされています。
イエシュ・ベン・パンディラはその息子で、ユダヤの経典タルムー
ドでは「パンディラの子イエス」として記載があるのですが、この人
物は『ナザレのイエス』とは血縁も何も無い別人だとしています。
彼は、人類進化の指導者である重要な2人の『菩薩』の1人であ
り、『ナザレのイエス』が地上での使命を実現するのに必要なものを、
我々人類に流し込む存在であるとシュタイナーは述べています。
「 人類進化の偉大な指導者のことを考えて見ましょう。
そのような指導者については、東洋の理論が最も明
らかに語っています。
すなわち、指導者の頂点には、『菩薩』と呼ばれる、
一連の高次の個性たちが立っています。数多くの菩薩
たちが存在します。
菩薩の使命は、人類の偉大な教師として、時代の人
間的な成熟度に従って、その時代に流し込むべき内容
を、霊界から秘儀の学堂を通して、時代ごとに人類に
流し込むことにあるのです。
菩薩は、時代ごとに交替します。常に、或る菩薩が
他の菩薩の後継者となって働きます。
我々の時代にとって大切なのは、2人の菩薩です。
すでに何度も取り上げて来ましたが、仏陀となった菩
薩であり、
もう1人は、仏陀の後継者となって今後も2500年
にわたって働き続ける菩薩です。
この菩薩は、先行者と同じく仏陀の位階に達するで
しょうが、そのときこの菩薩は、弥勒仏になるでしょう。
(…中略…)
この一連の菩薩たちは、人類進化の偉大な教師た
ちではありますが、その教えの源泉と混同してはなり
ません。
菩薩たちは、この源泉から、人類に与えるべき内容
を受け取るのです。
いわば菩薩たちの間には、合議体制ができており、
その中心に、菩薩たちの教えのための『生きた源泉』
が立っているのです。
そして、この『生きた源泉』こそ、私達の用語を使え
ば、『キリスト』と呼ばれる存在に他ならないのです。
(…中略…)
菩薩は、菩薩である限り、キリストの教えに自らを
捧げなければなりません。
そして、既に述べたように、その菩薩が仏陀になり
ますと、再び地上に受肉してくることはないのです。」
(『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
pp116-117《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)
つまり、イエシュ・ベン・パンディラは、仏陀に引き続き、人類進
化を導く使命をもった菩薩として、2500年の間地上に転生を繰
り返している魂=『弥勒』に当たる存在だと言うのです。
そしてシュタイナー自身も、エーテル界への案内人としての使命
を持った菩薩の1人と自覚して、新しいエッセネ派である『神智学』
を根付かせるべく、残りの人生を捧げていたのでしょう。
ところで、第164夜でA氏がシャンバラについて述べた、一見荒
唐無稽に見えた話も、そのいくつかは、上記の『菩薩』の人類教化
の話と照合していると思える部分があります。
例えば、『中央白色大寺院には13名の高位の大師から成る
最高議会がある。』という部分については、『菩薩たちの合議体
制』のことと読み取ることができます。
また、『進化過程に応じて、倉庫に蓄積された知識が、発明・
発見のインスピレーションとして与えられる。』という部分も『菩
薩たちが人類に流し込むもの』の具体例のようにも見えます。
つまり、A氏の語る霊視ビジョンも、シュタイナーと同様の内容
を捉えている部分もあるのですが、その意味づけの際、あまりに
も現次元的な価値観を当てはめ『勇み足』に陥ってしまっている
感じがします。
★ メシアを名乗る勿れ
ところで、シュタイナーは、我々の時代にこの世に転生して現
れる『メシア』は、『イエス』ではなく『イエシュ・ベン・パンディラ』
の魂だと述べました。
それ故、シュタイナー的に見れば『我こそは転生したイエスな
り』と宣言する輩は、その言動だけで自ら『偽メシア』だと言ってい
ることになります。
一方で、『イエシュ・ベン・パンディラ』の転生者は、いつの時
代にも居ることになりますが、ここでも同じく『メシア』だと名乗る
人者はまた『偽メシア』だとしています。
「 現代に甦っているイエシュ・ベン・パンディラを示す確
かな印を、一つ挙げることができます。それは、この人
物が自分をキリストであるとは名乗らないことです。
現代において、何らかの仕方で、自分の中にはナザ
レのイエスと同じ力が生きて働いていると示唆する人は、
全て、そう主張することで、キリストよりも1世紀前に
生きた、あの先駆者の偽者であることを示しているの
です。
(…中略…)
キリストと何らかの関係にあるという主張そのものが、
偽りの預言者がそこに登場していることを、何よりもは
っきりと示しているのです。」
(『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
pp258-259《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)
さて、こうした『メシア』に対する我々現代人の対応は、大きく2つ
の悪癖に陥っているとシュタイナーはいいます。
次回第168夜では、その2つの悪癖の話しをします。
( 追伸 )
中曽根君、もちろん君の悪癖は『原子力崇拝』だ。
目次のペーシへはこちらから
-弟子のクッテネルがお送りします。
≪復活と再臨 ⑧≫
★ 次回のメシア
さて今夜は、核心となる記述について先に紹介してしまおうと思い
ます。高橋氏は、『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
のあとがきの部分で、こう述べています。
「 かつて2千年前のパレスティナで、キリストの自我が
地上の物質界に降臨したように、今20世紀に、キリス
トの自我は生命界に降臨する。
このエーテル界のキリストと出会って、癒しの力を獲
得し、新しいエッセネ派=弥勒派(つまり人智学)を始
めることが、人智学運動の本来の課題である。」
(『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
p423《筑摩書房(高橋巌 あとがき)》より抜粋転載)
一見、これまでのシュタイナーの主張を繰り返すような感じで、そ
のまま見過ごしてしまうような文章ですが、『偽メシア』という観点
からよく眺めてみてください。
『偽メシア』は、私達を欺くためにやって来るのですから、当然、
エーテル界をまだ感じるが出来ず、騙される人々がたくさん住んで
いる『物質界』に現れるでしょう。
しかし『前回のメシア』であるイエスは、今回は『物質界』には現
われないのです。しかし、シュタイナーは彼等を『偽メシア』と呼ん
で『今回の真のメシア』とは区別しているようなのです。
また『今回の真のメシア』は、我々人類がエーテル界のキリスト
と出会うための橋渡しをする人物であり、それは『東方ミトラ伝説』
にも登場した『弥勒』に当たる存在だと言うのです。
そしてその霊性を受け継いだ人物こそ、エッセネ派のパンディラの
息子、シュタイナーが『イエシュ・ベン・パンディラ』として物語って
いる人物なのです。
★ パンディラの子
パンディラは、その実在が実証されているわけではありませんが、
シュタイナーによれば、イエスに先立ち紀元前1世紀に存在した、
エッセネ派の先駆的指導者であるとされています。
イエシュ・ベン・パンディラはその息子で、ユダヤの経典タルムー
ドでは「パンディラの子イエス」として記載があるのですが、この人
物は『ナザレのイエス』とは血縁も何も無い別人だとしています。
彼は、人類進化の指導者である重要な2人の『菩薩』の1人であ
り、『ナザレのイエス』が地上での使命を実現するのに必要なものを、
我々人類に流し込む存在であるとシュタイナーは述べています。
「 人類進化の偉大な指導者のことを考えて見ましょう。
そのような指導者については、東洋の理論が最も明
らかに語っています。
すなわち、指導者の頂点には、『菩薩』と呼ばれる、
一連の高次の個性たちが立っています。数多くの菩薩
たちが存在します。
菩薩の使命は、人類の偉大な教師として、時代の人
間的な成熟度に従って、その時代に流し込むべき内容
を、霊界から秘儀の学堂を通して、時代ごとに人類に
流し込むことにあるのです。
菩薩は、時代ごとに交替します。常に、或る菩薩が
他の菩薩の後継者となって働きます。
我々の時代にとって大切なのは、2人の菩薩です。
すでに何度も取り上げて来ましたが、仏陀となった菩
薩であり、
もう1人は、仏陀の後継者となって今後も2500年
にわたって働き続ける菩薩です。
この菩薩は、先行者と同じく仏陀の位階に達するで
しょうが、そのときこの菩薩は、弥勒仏になるでしょう。
(…中略…)
この一連の菩薩たちは、人類進化の偉大な教師た
ちではありますが、その教えの源泉と混同してはなり
ません。
菩薩たちは、この源泉から、人類に与えるべき内容
を受け取るのです。
いわば菩薩たちの間には、合議体制ができており、
その中心に、菩薩たちの教えのための『生きた源泉』
が立っているのです。
そして、この『生きた源泉』こそ、私達の用語を使え
ば、『キリスト』と呼ばれる存在に他ならないのです。
(…中略…)
菩薩は、菩薩である限り、キリストの教えに自らを
捧げなければなりません。
そして、既に述べたように、その菩薩が仏陀になり
ますと、再び地上に受肉してくることはないのです。」
(『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
pp116-117《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)
つまり、イエシュ・ベン・パンディラは、仏陀に引き続き、人類進
化を導く使命をもった菩薩として、2500年の間地上に転生を繰
り返している魂=『弥勒』に当たる存在だと言うのです。
そしてシュタイナー自身も、エーテル界への案内人としての使命
を持った菩薩の1人と自覚して、新しいエッセネ派である『神智学』
を根付かせるべく、残りの人生を捧げていたのでしょう。
ところで、第164夜でA氏がシャンバラについて述べた、一見荒
唐無稽に見えた話も、そのいくつかは、上記の『菩薩』の人類教化
の話と照合していると思える部分があります。
例えば、『中央白色大寺院には13名の高位の大師から成る
最高議会がある。』という部分については、『菩薩たちの合議体
制』のことと読み取ることができます。
また、『進化過程に応じて、倉庫に蓄積された知識が、発明・
発見のインスピレーションとして与えられる。』という部分も『菩
薩たちが人類に流し込むもの』の具体例のようにも見えます。
つまり、A氏の語る霊視ビジョンも、シュタイナーと同様の内容
を捉えている部分もあるのですが、その意味づけの際、あまりに
も現次元的な価値観を当てはめ『勇み足』に陥ってしまっている
感じがします。
★ メシアを名乗る勿れ
ところで、シュタイナーは、我々の時代にこの世に転生して現
れる『メシア』は、『イエス』ではなく『イエシュ・ベン・パンディラ』
の魂だと述べました。
それ故、シュタイナー的に見れば『我こそは転生したイエスな
り』と宣言する輩は、その言動だけで自ら『偽メシア』だと言ってい
ることになります。
一方で、『イエシュ・ベン・パンディラ』の転生者は、いつの時
代にも居ることになりますが、ここでも同じく『メシア』だと名乗る
人者はまた『偽メシア』だとしています。
「 現代に甦っているイエシュ・ベン・パンディラを示す確
かな印を、一つ挙げることができます。それは、この人
物が自分をキリストであるとは名乗らないことです。
現代において、何らかの仕方で、自分の中にはナザ
レのイエスと同じ力が生きて働いていると示唆する人は、
全て、そう主張することで、キリストよりも1世紀前に
生きた、あの先駆者の偽者であることを示しているの
です。
(…中略…)
キリストと何らかの関係にあるという主張そのものが、
偽りの預言者がそこに登場していることを、何よりもは
っきりと示しているのです。」
(『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
pp258-259《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)
さて、こうした『メシア』に対する我々現代人の対応は、大きく2つ
の悪癖に陥っているとシュタイナーはいいます。
次回第168夜では、その2つの悪癖の話しをします。
( 追伸 )
中曽根君、もちろん君の悪癖は『原子力崇拝』だ。
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