トンデモ話は奥で繋がる(158) 24.5.13

トンデモ話は奥で繋がる 「第158夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪キリスト衝動 ⑫≫
 
 ★ 血=自我

縮ルカ  さて、はじめにゴルゴダの丘でのキリストの磔刑
について、もう少し掘り下げて見てみます。

  本当にあちこちに飛んでしまって申し訳ないのです
が、ここでまた、次なる書を紹介しなければなりませ
ん。

 なにせ、シュタイナーの書は、ほとんどが『講義録』
ですので、全ての事柄を最適に書いているものは稀
です。ですから、できるだけ多くの文献から、より適切な講義録を探して
ゆくのがひと苦労なのです。

 この部分の説明のヒントとなると思われるのが、1909年9月に行わ
れた『ルカ福音書講義~仏陀とキリスト教』の連続講義の第十講
《西川氏訳・イザラ書房》です。

 しかしこのことについて、小生自身、完璧に理解している訳ではありま
せんので、あくまでも《推論》です。それでは、同書から、ゴルゴダの秘
跡について書かれた部分を見てみましょう。

 「 当時、ゴルゴダの丘で何が起こったのかを正しく理解
  するためには、今日一般の理解よりも深い理解が必要
  です。

   地球進化が始まった時に、人間の自我が物質化した
  のがです。血液は、人間の外的な表現なのです。

   キリストが出現しなかったなら、人間は自我をますま
  す強め、エゴイズムを発展させていたでしょう。

   ゴルゴダの丘の出来事によって、人間はエゴイズム
  に深く陥る事を免れたのです。
  (…中略…)

   その時流れ出た血は、エゴイズムの余剰として、人
  間の本性の中で犠牲にされなければならないものの
  しるしでした。
  (…中略…)

   ゴルゴダの丘で生じた事は、外的で知的な眼差しし
  か持たない化学者には見通すことができません


   誰かが、ゴルゴダの丘で流された血を検査しても、
  他の人間の血の中に見出されるのと同じものが見出
  されるでしょう。

   しかし、神秘主義的探求の手段を用いて調べる者
  は、その血が他の血と違うことを見出します。
  (…中略…)

   神秘学者は、いかに無限の愛が、ゴルゴダの丘で
  流された血を貫いているかを見出します。
  (…中略…)

   ゴルゴダの丘から、この愛の理想を表現する言葉
  が響いて来ます。最も悪い事をした者をも許す言葉
  です。
  (…中略…)

   人間は、ゴルゴダの丘の上の十字架から流れてく
  る愛に浸透されるなら、未来を見て、

  《 精神として、私の中に生きるものが、次第に
    物質的な地球存在を変容させていくように、
    地上での進化が行わなければならない 》
 
  と言うことができます。

    ルシファーの影響がまだ無かった頃、父原理が存
   在しました。私達は、受け入れた霊を、次第に父原
   理
に返してゆく
のです。
  (…中略…)   

   そして、人間は輪廻転生を重ねていき、身体の行為の
  中に、ゴルゴダの秘儀から父原理の中に注がれる霊
  流れ込み、外界はキリスト原理に浸透されるのです。」

   (ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書講義~仏陀とキリスト教』
  pp235-238《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 《血》とは《人間の自我が物質化したもの》だとシュタイナーは言い
ます。つまり、肉体に留まったままでの見霊能力を得たキリストの本
性が、血となって地上に流れ出たのです。

 無論、化学者達は《そんなことで、自我が伝わるはずが無い》と言
うでしょう。そこで、もう少し現代的な解釈をして見ましょう。

 我々の血は、我々自身が生み出しています。まず、その血の一滴
ごと、つまり現代的に言うなら、その中のDNA全てに、キリスト衝動と
いう《突然変異》
が引き起こされたと考えてみます。

 そしてその血は、聖杯に収められました。ここでさらに飛躍して、そのD
NAが、ウィルスのような自己複写機能を持っていたとしたら…感染す
ることで、その遺伝子が入っても不思議ではありません。

 この《ウィルス》に《感染する》ことで、聖地の兄弟団のメンバーは、キリ
ストの見霊能力
を得たり、或いは直接その能力を発現できないにしても、
その潜在能力を得たのかも知れません。

 ★ 父原理とは

 一方、後段部分の言葉にある、
 《 私達は、受け入れた霊を、次第に父原理に返してゆく 》
 の《父原理》とは一体何を指しているのでしょうか。

 一般にキリスト教では、父である神の精神性が《父性原理》、母なる
マリアの肉体性を《母性原理》としているようですが、《父原理》を《神
の精神》に置き換えて読むだけでは意味がつかめません


 正直言って小生も、この部分を正しく理解しているのかどうか自信は無
いのですが、間違いの可能性を覚悟の上で、私見を述べてみます。

 第127夜でお話ししたように、ミトラ神学によれば、我々の一人ひとり
は、アーリマンによって切り裂かれた、アフラ=マズダの《光のかけら》
持っています。

(ここで、ミトラ神学の言うように「それ自身」とはせず、あえて「持っ
ている」と する理由は、後程明らかにします。)

 そして、そのかれらは《忘却の霧と闇の枷》の中で、その本来の輝き
を失っている状態であり、我々が転生する目的は、地上での研鑽によっ
て自らを成長させ、その輝きを取り戻すことでした。

 従ってこの言葉は、我々は輪廻転生を繰り返すことによって、自らの
肉体に受け入れた《光のかけら》を純化させ、次第にもとのアフラ=
マズダに近づけてゆく
ことを述べているのではないでしょうか。

 つまり、この《父原理》とは、ズバリ《アフラ=マズダ》を指しているの
だと、小生は解しています。

 ★ キリストが現れなかったら…

 それではもし、キリストの自我が地上に浸透しなかったとしたら、ど
うだったのでしょうか。それでは再び『ルカ福音書講義~仏陀とキリス
ト教』
から、その部分について抜粋して見ましょう。

 「 キリスト・イエスが地上に到来しなかったとして見ま
  しょう。そうすれば、どえなっていたでしょうか。自我
  が完全に出現するように、人類は進化
したでしょう。

   しかし、自我が完全に出現した分だけ、以前から傑
  出していたアストラル体、エーテル体、物質体の能力
  が消え去った
ことでしょう。

   それが、進化の必然だからです。人間は自己意識
  的な自我存在
になったでしょうが、その自我は人間
  を利己主義に導き、地上から愛を消滅させたことで
  しょう。

   人間は自我を獲得はできたでしょうが、それは全く
  利己主義的な自我
になったことでしょう。
  (…中略…)

   この自我に内容を与えること、自我から愛の力が
  流れ出るように自我を発展させること、それがキリス
  トの地上での行為
でした。

   キリスト無しには、自我は空っぽの器のようになっ
  ていたことでしょう。キリストが現れたことで、自我は
  愛に満たされた
のです。
 ……………………………………………………………………
  
   思考において、叡智として、人類は最も完全な自我
  
を有します。…しかし、叡智及び思考と、生きて活動す
  る力とは違います。


   《自我はいかにあるべきかを知ること》《生きた力を
  自分の中に注ぎ込む》
のとは違います。…キリストが
  もたらしたのは生きた力であって、教えではありません。

   キリストは、自らを捧げたのです。単に人間のアスト
  ラル体にでは無く、自我の中に下ったので、自我は愛の
  実質を自分から注ぐ力
を得るのです。

   キリストがもたらしたのは、愛の生きた内容、実質
  あって、単に愛の叡智に満ちたものでは無いのです。」   
   
   (ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書講義~仏陀とキリスト教』
  pp195-204《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 つまり我々は、個々の意識をもったままの見霊能力を得るために、
《自我》を発達させてきたのですが、それだけでは《仏作って魂入れ
ず》
の状態であり、単なる《自己意識》の塊に過ぎないのです。

 ちなみに、後段で《叡智と思考》の話が出てきますが、実はイエスに
先行して、《自我はいかにあるべきか》を地上において説いたのが
であるとしており、これがこの書のテーマでもあります。

 彼によれば、仏陀は《慈悲と愛の教え》を八正道として説きました。
彼の弟子達の幾ばくかは、その教えだけで悟りの境地を開いたとさ
れています。

 しかし、その叡智だけに留まっていたのでは、新たな見霊能力を身
につけることはできません。それを生きたものとして、発現すること
必要であり、それを実現させたのがイエスだったということです。
 ……………………………………………………………………………………

 ついでに言えば、このことは、一部の超人的なスピリチュアリスト
招いて、その能力を堪能することに終始するような講演会について
も、よく考えるべき問題だと思います。

 例え、見つめるだけで愛を発するような怪人が、現実にその力を持
っているとしても、単にその力を受身的に浴びているだけでは、ただ
教えを聞いているのと大差はありません。

 我々が目指すべきとされているのは、愛を受身的に感じて満足する
こと
ではなく、イエスが実践して見せたように《愛の実質を自分から注
ぐ力を発現する》
ことなのです。

 神秘的体験だけを求めるような姿勢は、イエスに奇蹟だけを求め、
その本質を理解できなかった、かつてのユダヤ民衆の愚かさ
と、ほ
とんど変わらないのではないでしょうか。

 さて、次回第159夜では、我々が自我の中に受け取った《キリス
ト本性》の具体的な中身について、もう少し具体的にお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君の自我はプルトニウムの愛に
満たされているようだね

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