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トンデモ話は奥で繋がる(157) 24.5.6

トンデモ話は奥で繋がる 「第157夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪キリスト衝動 ⑪≫
 
 ★ 既に完璧な肉体

 さて、ようやくこの章の本題となる『キリスト衝動』にたどり着くことが
できます。それは、キリスト自らが、人間の肉体を使って、人類の手本
として刻み付けたもの―いわば軌跡のようなもの―を指しています。
 
 「 キリストは、誘惑のこの3段階を、典型的な仕方で、
  しかも古代の秘儀の場の外で、人類に示してくれました。
   
   人間の3つの体の中に生きるキリスト本性の力を通し
  て、それが体験できた人には、ひとつの衝動が与えられ
  ます。

   マルフト(≒現世という国)の中で生きる人間が、自我を
  失わずに霊界に参入
できるようになるための衝動が与え
  られるのです。

   いつかは、2つの世界を隔てるものが無くなり、マルフト
  の中を生きる人間が、その自我を伴って霊界へ参入でき
  るようになるでしょう。

   『マタイの福音書』に記されているように、誘惑を克服で
  きたことによって、人類にそれが可能となったのです。

   マルフトのための自我が高次の世界へ上昇するのです。
   このことの手本が、地上に生きたキリスト本性となって
  現れたのです。」

 (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
 p203《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 このように、シュタイナーの説く『高次の世界への参入』とは、我々が
個々の肉体の中で自我を保ちながら、霊界の中へ入ってゆくこと
指しています。

 加えてそのためには、我々は《現状の肉体》をできる限り最善の状
態に保つ
べきなのです。

 肉体は、通常の地上生活を営む限りは、素晴らしい再生力と免疫力
を備えた器官
です。本来、全ての病的変化は、それ以外の体の変調に
よって起こるのであり、それさえ取り除けば自然と快癒するといいます。

 それ故、我々は、それ以外の通常ではない外的要因を、出来る限り
肉体に与えない
よう、肉体をケアする必要があるのです。つまり、肉体
の機能を損なうものとはできる限り付き合うべきではない
のです。

 ましてや、一部のスピリチュアリズムが言っているような《放射能にも
耐えられるような超越的な肉体になる》
などと言うことは、シュタイナー
の人智学にはありません。

  今、表向きは被災地応援とされている放射能の危険性を全国各
地にバラ撒く行為
などは、まさしくこれに反する行為であり、スピリチュ
アリズムとは正反対の行為であると認識すべき
です。

 ★ 最も非力な偉業 

 さて、このキリストが体験した『衝動』を、我々人類の共通の経験
の源として刻み付けること
―それこそがキリストが地上に受肉した唯
一絶対の目的であったと、シュタイナーは言います。

 その目的に比べれば、水をブドウ酒に変えたり、水上を歩いたり、死人
を甦らせたり…と言うような超人的な奇蹟など、彼の記憶を印象付ける
ための、ほんの添え物のような出来事なのです。

 そして、その最も重要な行為こそ―それらの秘跡とは正反対の、
人の前で彼の《非力さ》を最も印象付けた出来事
―ゴルゴダの丘
での刑死であったとシュタイナーは説いています。

 こう言うと、《死に望んでも、罪深い我々に注がれた無上の愛》
そ、最も価値ある行為なのだという、敬虔な信者が声高々に説いて回る
ような説教臭い意味に捉えられるのが、一般的な解釈です。

 勿論それ自体、たとえ《死は生を終わらすものでは無く、一つの通
過点に過ぎない》
と承知しているにしても、それに臨むことが並々な
らぬ行為
であることには違いありません。

 しかし、オカルティスト・シュタイナーを見くびっては(?)なりません。
 ここで、その辺りの記述に詳しいもう一冊の書『輪廻転生とカルマ』
《水声社(西川隆範訳)》から抜粋して見ます。

 「 キリストは地上に下った最大の権化です。キリストが
  ナザレのイエスに下ったように、権化が存在の中に下る
  と、秘密に満ちた、非常に意味深いことが生じます。

   小麦を地に埋めると、芽が出、茎が成長し、穂が生り、
  多くの麦が出来ます。その多くの麦は、地に埋めた麦の
  模像を担っています。

   霊界についても同じです。…ゴルゴダの秘跡が成就さ
  れた時、ナザレのイエスのエーテル体とアストラル体
  何かが生じました。

   イエスの中に住むキリストの力によって、イエスのエ
  ーテル体とアストラル体は何倍にも複写されたのです。

   それ以来、霊界にナザレのイエスのエーテル体とアス
  トラル体の模像
がいくつも存在しました。これらの模像
  が作用を続けます。
  (…中略…)

   ゴルゴダの秘跡が成就された後、その人のカルマによ
  っては、ナザレのイエスのエーテル体かアストラル体の
  模像が織り込まれる
ことがあるのです。
  (…中略…)

   11、12、13、14世紀に、カルマを通して召され、成
  熟した人々に、ナザレのイエスのアストラル体の模像が
  織り込まれました。

   自分の中に、ナザレのイエスのアストラル体の模像を
  担った人物として、例えば、アッシジのフランチェスコ
  テューリンゲンのエリザベート等がいます。

   このことを知らなければ、アッシジのフランチェスコの
  生涯、テューリンゲンのエリザベートの生涯は理解でき
  ません。
  (…中略…) 

   アッシジのフランチェスコの驚くべき謙虚さ、献身、熱
  情は全て、彼のアストラル体の中にナザレのイエスの
  アストラル体の模像が織り込まれていた
ということに由
  来します。

   当時、その他の多くの人々に、このような模像が織り
  込まれていました。このことを知れば、彼等は私達の努
  力の模範となります。」 
   
  (ルドルフ・シュタイナー『輪廻転生とカルマ』pp69-72
  《水声社(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 第141夜でお話ししたとおり、誕生する直前の魂は自分の周りに、
転生するための《アストラル実質》をかき集めるのですが、その中
に、キリストのアストラル体の《コピー》も多数バラ撒かれたと言う
のです。

 そして、キリストの経験を体現しようとする複数の魂が、自己の
アストラル体の一部にその《コピー》を取り込んで、地上に転生
ることが可能になった、ということです。

 無論、アストラル体が複製されるということについて、この世的な科
学で証明する術はありませんが、逆に3次元の物質ですら可能なこ
とならば、高次のレベルならもっと容易かも知れません。 

 ★ キリストの血と聖杯

 しかし《アストラル体》の複製だけであれば、何も磔刑にされなくて
も、もっと別の方法があったのではとも思われます。その点について、
シュタイナーは、もうひとつの遺産について述べています。
 
 「 しかし、後の時代のために、まだ別のものが残され
  ていました。ナザレのイエスの《自我》の無数の模像
  が保管されて、残されていたのです。
  (…中略…)

   自我の外的、物質的な表現は《血》です。これは
  きな秘密
です。

   しかし、この秘密を知り、ナザレのイエスの《自我》
  の写しが霊界に存在
するという事実を知っている人々
  は常に存在しました。

   ゴルゴダの秘跡以後、何世紀にも渡ってこのことを
  配慮する人々は常に存在しました。

   ナザレのイエスのエーテル体、アストラル体の写し
  を受け取った人々がいたように、イエス・キリストの
  自我を受け取れる人々
がいたのです。
  (…中略…)

   この秘密を守る秘儀参入者達の兄弟団が形成され
  ました。聖杯の兄弟団です。彼等がこの秘密を守護
  しました。この兄弟団は常に存在しました。

   キリスト・イエスが最後の晩餐に使った杯、十字架
  上の救世主の傷口から流れる血を受け取った杯を、
  彼等の祖先が受け取ったと言われています。
   
   その祖先は、自我の表現である血を聖杯の中に集
  めました。彼は救世主の血の入った杯と、キリスト・
  イエスの自我の写しの秘密を、聖地の兄弟団の中に
  保管しました。
  (…中略…)

   人々の心が霊的生活を通して成熟し、この偉大な
  秘儀を理解するまでに高まった今、この秘密を告げ
  てもいいようになったのです。
  (…中略…)

   人々がキリストの自我を受け入れる準備が出来れ
  ば出来る程、キリストの自我は人々の魂の中に注が
  れます。
  (…中略…)

   キリストの自我から霊感を受け、キリストの自我に
  浸透される未来のキリスト者は、さらに別のことを理
  解するでしょう。
  (…中略…)

   キリストは未来の霊化された火の中で、私達に現
  れる
でしょう。《彼は世の終わりまで、いつも私達の
  所にいる》のです。

   そして、ゴルゴダの秘跡を通して開悟した目を持つ
  者に、キリストは霊的な火の中に現れます。

   最初、人々はキリストを違う形姿で見ました。次い
  で、霊的な火の中で、キリストの真の形姿を見ること
  になります。」
   
  (ルドルフ・シュタイナー『輪廻転生とカルマ』pp72-75
  《水声社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 キリストの『聖杯』については、『ダヴィンチ・コード』でクローズ
アップされる以前から、その行方や正体について、数々の推理と
憶測がされて来ましたが、確かなことはわかっていません。

 一説には、イエスの遺体を引き取った『アリマタヤのヨセフ』が聖
杯も受け取り、紀元73年にイングランド南西部のグランストンベリー
に行き、その後ヨセフの子孫によって代々引き継がれたとも言われ
ます。

 『聖杯』自体についても必ずしも『杯』ではないという説もあり、
『知られざるイエスの教えを書いた文書』だという説もあります。

 中でも1982年に出版されたレンヌ=ル=シャートの謎~イエ
スの血脈と聖杯伝説』
では『杯』ではなくイエスとマグダラのマリア
『血脈』だとし『ダヴィンチ・コード』でもこの説を採っています。

 いずれにせよ『聖杯』については、単なる聖なる遺品では無く、イエ
スの意志そのものを伝える
《何物かの気配》を感じ取るような説が、
後世まで伝えられいいます。

 しかしシュタイナーの場合は、これをさらに上回る形で、まさにイエ
ス・キリストの《自我》
そのものが、その血を媒体として伝えられて
いるとするものです。

 昔から《血》については、民族の血とか、武士の血筋と言う言葉と共
に、先人の個性を伝えるものとして、感覚的に意識されてきていま
す。しかし、それは霊的に見れば実体を伴った伝承だということで
す。

 シュタイナーは、それこそが《血》に秘められた秘密であり、我々
が、その《血》に織り込まれた《キリストの自我》を霊的に取り込むこと
によって、高次の視力を持つに至ると述べています。

 ちなみに、そうすることによって《キリストの真の形姿を見る》とし
ていますが、それについては、もう少し後の夜話で述べることになる
と思います。

 それでは、次回第158夜で、そのキリストの自我に込められ
たものについて、もう少し具体的にお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君の血には《アーリマン》の自我が
入っているのかね。

目次のペーシへはこちらから

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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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