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トンデモ話は奥で繋がる(155) 24.4.21

トンデモ話は奥で繋がる 「第155夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪キリスト衝動 ⑨≫
 
 ★ 神を試すなかれ

 次にイエスは、聖なる都に連れてゆかれ、その宮の頂上に立たされてこう
試されます。

 『 もしお前が神の子であるなら、ここから飛び降りて見よ。
   その時神は、石に打ちつけられる前に、
   使いの手を持って支えるだろう』  
と。

 一般的な解釈では、悪魔はイエスに対し、

 《 自身が神の子であり、磔刑から復活する証のために、
   ここで神の加護の有無を試してはどうか》
 
と誘惑し、

 イエスは、そのようなことで《神の加護》を試してはならないと言った
ことを示していると言われます。

 しかし、シュタイナーはこの場面について、全く違った解釈を述べます。

 「 アストラル体の中に沈潜して、実際に不条理な利己主義者
  
としての情念、情熱の前に立たされた人は、

   それを克服することも、それから身を護ることも無く、エーテ
  ル体と肉体の中に落ち込みたくなる
ので、実際それは《奈落
  への転落》
とも言うべき状態です。
  (…中略…)
   
   それは、その時まではあまり損なうことの無かったエーテル
  体と肉体への転落の物語なのです。けれども、情熱や情念を
  を克服する以前に、この誘惑にさらられてはなりません


   キリストはそのことをよく知っており、自分の前に立ちはだか
  るものを克服して、こう言い返します。
   《お前自身の神を、試みるつもりなのか》。」
   
 (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』p202  
  《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 正直に言って、小生はこの《第2の誘惑》の場面の解釈については、正
しく理解しているかどうか自信がありません。特に最後の言葉については、
いろいろな解釈が出来るような気がします。

 まず、この部分について、巻末の高橋氏の解説を見てみると、次のよう
に書かれています。

 「 第8講(この講演がされた1910年9月8日)はミクロコスモス
  への道の途中で出会う3つの誘惑について語っている。

   地上の物質界に依存しないで生きたいという修行僧の願いは、
  石をパンに変えたいという願いにすぐ転化される。

   そのことに気付かない人は、好んで奈落に落下して、最後には
  この世の栄光の中に包まれて生きたいと思うようになる。」

 (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』p422
  《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 つまり、前夜でお話しした第1の誘惑―この世の環境から独立して生
きたいという願望》
を克服しないまま、マクロコスモスへの中へ入って
ゆくことを、キリストにけしかけている場面ということです。
 
 第150夜にも述べた通り、不用意に自分の内面に沈潜すると、自分の自
我の中に全く組み込まれ、自分の中の悪しき願望、欲望の赴くままとな
ってしまうのでした。これはその転落への誘惑を示すものだと言うのです。

 ここまでは《高い場所から飛び降りさせる》という比喩と合致しており、
問題はなさそうです。

 しかし、キリストの言葉である《お前自身の神を試す》とは、何を示してい
るのでしょうか。

 ★ 3つの解釈

 まず《お前自身の神》について考えた上で、それを《試す》とは何かを考
えて見ましょう。

 ひとつには、第153夜でも述べた通り、子であるキリストと神は同一
のだと考えると、神は、誘惑している《悪魔》さえ創りだした、全ての創造
であり、まさに《お前自身の神》でもあると言えます。

 そして、その悪魔に向かって、

 《 お前自身を創り出した神である、この自分を試すなどという行為
  は、無駄であり、不遜な態度だ》

と言っているという解釈ができます。

 この考え方もあるとは思いますが、ちょっとキリストの権威的態度を感じ
てしまいます。さらに、これが《自分が神である》というダメ押し的言葉なら、
さらに次の誘惑が続くのも不自然な感じもします。
…………………………………………………………………………………

 次に、《三位一体》とは言え、《肉体》をまとった以上キリストも生身の
と同じ境遇にあると考えると、この場面のキリストは《神》とは切り離
された《自我》を持っている
と考えることも出来ます。

 つまりこの《お前自身の神》とは、生身のキリストを含めた我々全てに
とっての神
であり、まさにキリストは、我々の代表としてこの体験を受け、
そこから学ぶべきことを、我々対する戒めの言葉として残したと言えます。

 そうなると《お前自身の神を試す》とは、

 《 最後には神が救ってくれるのだという思いを持って、利己主義の
  情念を抱えたままで、《自我》を欲望に任せるままにする 》

ことを指すものと思われます。このことは、

 《 キリストの本性は、我々の手本を示すすために、
   あえて人間と同じ肉体に降り立ち、
   我々が新しい見霊意識を獲得するための道を創った 》

というシュタイナーの講釈にも合致していることになります。

 話の筋としては、これでよいのですが、あえて《お前自身》と言っているこ
との解釈が、スンナリとは理解できません。悪魔との会話からいきなり人
間への訓戒
をしたとするのは、ひねり過ぎているように思えるのです。

 ★ 3つ目の解釈 

 そこで、小生は敢えてもう一つ突っ込んだ解釈をしたいと思います。同じく
第153夜で述べたとおり、キリストの本性とは《太陽の本性=アフラ・
マズダ》
であるということを考えてみましょう。

 第126夜で述べたとおり、ミトラ神話ではアフラ・マズダアーリマン
(サタン)
とともに、至高であり永遠時間であるズルワンが、『ミトラ』と『生命
の母』に創造させた使でした。

 この神話は、ほぼ同じ形で神智学のベースにもなっています。シュタイ
ナーは、基本的には神智学の説く歴史観については肯定的ですので、こ
の部分についても肯定しているものと思います。

 とすれば、ここでアフラ・マズダであるキリスト《お前自身の神》と呼
んでいる存在は、誘惑者であるアーリマンにとっても創造主である、ズル
ワン
のことではないかと思うのです。

 つまり、ここでは使であるアフラ・マズダアーリマンが、
自分達の神であるズルワン至高の意思に対する態度をめぐって、対
峙していると考えてはどうかと思うのです。

 そのように考えれば、2対の存在がほぼ対等の問答をしている理由も、
誘惑者を前にして《お前自身の神》と呼んでいる点も、使
ズルワンと の関係からスンナリと納得がゆきます。

 また《試す》という言葉の内容も、単に2人の熾天使の存在の対立点で
ある、
 
 《 ズルワンの意思に従って、自我の利己主義を克服するまで
  エーテル体と肉体に沈潜しない事を選ぶかどうかを疑う 》

ということを指していると考えればスンナリ納得できます。

 つまり悪魔は、ここでイエス

 《 利己主義の情念を抱えたままで、
   肉体とエーテル体の奥深く落ち込んでゆけば、
   他の人間同様に、自我の欲望の中に沈んでしまい、
   それを神も助けないこと 》

を承知の上で誘惑していると解釈してはどうでしょうか。

 従って、ここでイエスは

 《 ズルワンの戒めを疑って、
   このまま落ちて行きた誘惑に負けてはいけない 》

という意味で《神を試すなかれ》と言ったのだと小生は思います。
…………………………………………………………………………………

 蛇足ながら、このように考えると、小生は、冒頭に示した一般的な解
釈には、少々疑問
を感じてしまいます。

 悪魔が《神の加護を試してみよ》と言ったことについては間違いない
のですが、それにすんなり続けて書いてしまうと、イエスも同じように
《神の加護を試すなかれ》
と言ったように解釈
されてしまいます。

 この解釈の方が正しい可能性も否定できませんが、それではこの重
要なシーンに対して、何となく子供の喧嘩のような《俗っぽい幼稚さ》を
感じてしまうのです。

 そうではなく、キリストは、神がこうすべきだとした言葉を《疑って試す
なかれ》
と言ったのだした方が、キリストの神への信頼感がずっと重く
なるような気がするのですが、いかがでしょうか。

 さて、第3の誘惑については次回第156夜でお話しします。
( 追伸 )

 中曽根君、悪魔が君には
《放射能を日本へ持ち込んでみよ》
と囁いたのかね。


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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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