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トンデモ話は奥で繋がる(153) 24.4.8

トンデモ話は奥で繋がる 「第153夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪キリスト衝動 ⑦≫
 
 ★ もし星が神ならば

縮もし星が  まず、一冊のSF小説の話から始めようと思います。この『もし星
が神ならば』
は、小生が若かりし頃、第128夜でお話しした『幼年
期の終わり』
に端を発したSF小説のマイブームのさ中に読んだ本
のひとつです。

 ちょうどその頃は『ソラリスの陽のもとに』スタニスワフ・レム
の一連の作品に見られるテーマ~宇宙には、地球上の生物の型に
囚われることなく、無機質的な金属や惑星そのものに意思が存在す
る可能性だってあるのだ
~的な小説にはまっていた頃でした。

 そしてその頃の小生にとっては、このSFはまさにキャッチーなタイトルだったと言えま
す。ただし、6部構成となっている前356頁のうち、本タイトルのエッセンスを示すのは
第2部の76頁のみで、それ以降は主人公レナルズの、第2部の体験後の宇宙探検話
が主体となっています。

(ちなみに当該作品は、1974年に『第2部/月』の部分が、G・ベンフォードG・エク
ランド
との共作により、独立した中篇として発表されたもので、同年のネビュラ賞を受賞
しており、その後他の部分を追加して本作品となったものです。)
 
 従って、当時の小生が期待したような《未知との遭遇》的要素はほとんど無く、大き
な印象を残す事無く、いつしか忘れ去ってしまった類のSF小説でした。しかし、今こうし
キリスト衝動について書き進めてゆく中で、俄然違った輝きを放ちつつあります。

 ★ 太陽の慈悲深さ 

 最初に、こんなSF小説など聞いたことも無い方がほんんどでしょうから、第2部の簡
単なあらすじをお話ししておきます。

 2017年に、突如として月に降り立った巨大な恒星間宇宙船上の異星人は《太陽に
ついての情報が知りたい》
とのメッセージを発し、天文学者であり、火星探索でも勇
名をはせたレナルズは、引き換えに宇宙旅行のテクノロジーを得る任務を負って月へ
向かいます。

 一見キリンに似た外観を持つ異星人ジョナサンは、レナルズに《我々の主星と違っ
て、同じ兄弟星である太陽系の主星―太陽は非常に力強く、慈悲深い。我々が直
接太陽と話す前に、 あなた方地球人が、太陽とどんな関係を築いているのかかを
知りたい》と言います。

 ジョナサンの話では、彼等の惑星は、主星を巡る極端な楕円軌道上にあり、またし
ばしば地軸の傾きさえ変えるため、種族全体で頻繁な大移動を余儀なくされる苛酷
な環境にあり、恒久的な技術はほとんど所有していないといいます。

 また、彼等の乗ってきた宇宙船は、かつて別の生命体の訪問を受け、贈ってもらっ
たものであり、ただ自分達の叡智を高める目的のためだけに使用している。無論、彼
等自身にはそのメカニズムがわからないため、それを伝授することもできないと言い
ます。

 そして、彼等の主星の性格について、ジョナサンはこのように述べます。

 「 最も強烈な交感がある時期には、彼―彼女?―はその叡智を過つこ
  とがありません


   時には―あなた方の主星と違って―怒りを発することもあります。
   しかし、それは滅多に無い事です。
   あったとしても、ほんの僅かの間しか続きません。

   その怒りの時期に、彼は、2度に渡って私達の文明の絶滅を予告
  
しましたが、その予言を実行に移すようなことは一度もありませんで
  した。彼には、怒り以上に思いやりが、暴力以上に優しさがあるのだ
  と思います。

   我々を、真実、心から愛していてくださる、私はそう信じます。宇宙
  に数ある星の中では、大した位置を占めている訳では無いでしょうが、
  故郷の星である以上、私達は彼に仕えなければならないのです。

   もちろん、現にそうしているのですが。」

  (『もし星が神ならば』pp65-66《ハヤカワ文庫(宮脇孝雄訳)》より抜粋転載)  

 レナルズは、当初、ジョナサンの質問に当惑します。太陽について現に人類の知
っている事といえば、無機質な天文学的知識のみでした。無論、地上の科学者や政治
家にこれらの話が真面目に受け取られる筈もなく、かれは次第に孤立します。

 しかし、レナルズ自身は次第に彼等の真摯な思いに共感を覚えるようになり、彼自身
《太陽と話がしたい》と思い始めます。そして何度かの訪問の時、ジョナサンとは
の異星人
を紹介をされます。彼は既に太陽と話をしており、彼の手助けができるとい
います。

 2人きりの空間で、その異星人はを歌い始め、その響きと音階は他の全ての知
覚を締め出し
てゆき、遠い深みへと旅立たせます。レナルズも、気がつかぬ間に
に歌い
、やがて2つの歌声が溶け合う頃、彼は《太陽》を感じます

 強く、偉大で賢い、熱とエネルギーの球体としての神との邂逅に、本能的な恐怖を
感じたレナルズは、地球のある場所を探しますが、その異星人に引き戻され、やがて
陽に隠された、不可侵の闇
に行き当たります。


 「 果たしてこれは邪悪なものだろうか? 思考には意味が無かった。
  何も考えることなく、その代わり、知覚し、感じることで、彼はこの存
  在―ひとつの恒星―太陽―の全体性を体験し、それが邪悪でない
  とを悟った。

   ぽっかり口を開けた虚無を、隅から隅まで、まるごと感じ取った。
    寒さ以上の寒さ、憎悪より恐ろしく恐怖よりも惨めで、悪よりもよ
   こしまなもの。

   その広大な内部の、無であり、全てでもある全体。もうたくさんだ!」

  (『もし星が神ならば』p107《ハヤカワ文庫(宮脇孝雄訳)》より抜粋転載)

 気がつくと、レナルズは宇宙船の床に横たわっており、やがて現れたジョナサン
彼にこう語ります。

 「 (これで)私達の探求の目的もおわかりでしょう。何世紀もの間、我
  々の主星は優しく親切でした。それが、今では―あなた方の星のよう
  に
変わってしまったのです。(それで新しい故郷を探しているのです。)
 (…中略…)

   結局、どこへ行っても同じことです。私達は9つの恒星を見て、その
  全てを訪ねてみました。いずれも役に立ちません。
 (…中略…)
  
   私達は、今度こそ成功したと思っていました。あなたに会った時、そう
  思ったのです。あなたは、この主星とはちっとも似ていなかったもので
  すから。

   あなたや、あなたの種族を生み出せるのなら、きっと慈悲があるはず
  だと感じたのです。ところが、その慈悲は、もう無くなっていました
   私達が行き当たったのは暗黒だけです。

   さらに深い核まで到達しようと、我々は努力しました。そして、失敗した
  のです。」   

  (『もし星が神ならば』pp108-109《ハヤカワ文庫(宮脇孝雄訳)》より抜粋転載)

 この《慈悲を失った太陽》の虚無を知る、レナルズや異星人の悲しみのシーンが
第2部のクライマックスとなっています。この後、地上の科学者や政治家の思惑をよ
そに、ジョナサンらは次の目標に向けて旅立っていきます。

 ★ どちらが患者なのか 

 さて、この小説が書かれた1970年代当初と言えば、第七十二夜でお話ししたよう
に、プレアデスとのコンタクトは始まったばかりですし、ドランヴァロがトトからの
初めての交信を受け始めた
のも、ようやく1971年になってからの事です。

 つまり、アセンションに関しての情報はもちろん、スピリチュアリズムという言葉さ
え、まだマイナーの域にも達していません。そんな中で、《太陽の兄弟星》、《地軸
の変動》、
ひいては《恒星の波動》等々、まるでその方面のインスピレーションを受
けたかのような小説になっています。

 そして、最大のテーマが《太陽の慈悲》です。正直言って、この頃の小生は《惑星
ソラリス》
の類のように、《そのような性質を持った恒星があってもよい》とは思っ
ていましたが、我々の《太陽》がその類であるなどとは考えもせぬまま、本を閉じ
てしまいました。

 しかし、第四十七夜でお話ししたように、《精神分裂病》と診断される患者の中には、
現に太陽を生命あるものと感じる人もおり、ユングはそれを、人類が共通に持つ
原始的な心象
の表れかも知れないとし、「元型」と名づけたのです。

 むしろ逆に、そのような「元型」が見える患者こそ、我々の古来の力を持って、太陽
の《本性》
を見出しているのかも知れません。その意味では、それが見えない我々
そが、知覚器官に損傷を負った患者なのかも知れないのです。

 ★ 三位一体とは 

 第138夜でお話ししたように、シュタイナーによれば、動物や植物のみならず、鉱物
にも神界に《自我》が存在します
。ならば、エネルギー体である《太陽》自身にも《意
思》 があってもおかしくはありません。

 さらにそれらの《自我》は、我々とは違って《集合的な自我》であり、それぞれの個
体で同じ《意思》を共有
することになります。つまり、同じ《意思》を持った個体を分
させることができるはずです。

 ところで、以前、第五夜でお話ししたように、キリスト教の最大の教義にして、その解
釈により諸派が分裂してしまった程の謎のひとつが《三位一体》の教義です。
 簡単に言えば、

 『父なる、子なるイエス・キリスト聖霊の三者は、等質で不可分』

 ということで、この三つは別の存在ではあるが、同じ「実体」を持つということで、う
「聖霊」とは「復活」後に使徒たちの前に現れた「実体」のことを言います。

(ちなみにウィキペディアによれば、もともと《三位一体》とは教父のテルトゥリアヌスに
よる造語で、『ヨハネによる福音書』の以下の一説の解釈を示すものとされています。

 「 神であるが神であることば(=)を遣わし、見えざる父を子が顕わし、
  子は天の父のもとへ帰るが、父のもとから子の名によって「助け主」なる
  霊
を遣わす」)

 しかしここで、前夜でゾロアスターが弟子達に示した言葉―《太陽》の本性は《アフ
ラ・マズダ=キリスト》
を文字通り捉えれば、この難解な《三位一体》の本当の意味が
現れては来ないでしょうか。以下、小生なりの解釈を述べてみます。

 《神である父》とは我々の太陽の本性であり、天界にある集合的な自我です。
 《聖霊》は時に応じて太陽から分化して、地上に降り立つ自我です。
 《》はその自我が受肉し、目に見える肉体にある時の姿です。


 まさにこれらは別々のものを表してはいますが、同じ《集合的な自我》から生じた
もの
であり、同一のものです。
 《三位一体》の意味だけを考えるのであれば、ここまでで『ヨハネによる福音書』の
件は《証明終わり》
とすべきです。

 キリスト教が問題としたのは、この存在が《神》なのかどうかで、その解釈をめぐっ
てアリウス派とアナスタシウス派が分裂したわけですが、小生の考えからすると、こん
なことは全く不毛の議論のように思えるのです。

 まず、《三位一体》の主体が《太陽の本性=アフラ・マズダ》である以上は、唯一
の至高存在と思われる《神》とは別の存在
ではあります。

 ただし、第140夜でお話ししたように、全ての存在はアフラ・マズダも含め、至高存
が自らを知るために、そして恐らく自らの孤独感から逃れるために、自身を分化
せて創り上げたものなのだと小生は思っています。

 つまりアフラ・マズダ唯一絶対神そのものではないがそれが分化したもの
ということです。それがもとの《神》と等しいかどうかなど、《西の空》は《東の空》と
同じか否か
といっているようなものだと小生は思います。
 ……………………………………………………………………………………………

 ちなみに、『もし星が神ならば』の第2部の終わりの会話の部分で、ジョナサンは、
レ ナルズの考えていることを察知して話します。不思議に思っている彼に対して、
ョナサン
は次のように答えます。

 「 星の話に耳を傾けるのです。星は生きており、私達にはその本来の姿
  
を見ることが許されています。あなた方は違います。あなた方はまだ若い。

   あなた方の元を訪れる時、星はあなた方にも見えるような仮の姿を取り
  ます。 そういう風にして、この宇宙での時を過ごすのです。星の姿は戸口
  のような物
だと思ってください。」

   (『もし星が神ならば』p127《ハヤカワ文庫(宮脇孝雄訳)》より抜粋転載)

 そして、レナルズを含め一般の地球人は、その《戸口》を通れないのだと言います。
作者が何を意図して《戸口》としたのかは不明ですが、その前の部分については《太陽
が我々を訪れた時、キリストの姿を取ったのだ》
と読めないこともありません。

 ウィキペディアによれば、作者の一人であるG・ベンフォードは《無神論者》だとして
あります。この台詞の発案者がG・ベンフォードなのか、G・エクランドなのかがわからな
いので何とも言えませんが、少なくとも2人の納得の上の言葉でしょう。

 とすれば作者のうち、少なくとも一人は、既存の《神》の捉え方に不満足ではあるけれ
ど、何かしら超越的な意思の存在は認めているのではないか、場合によっては、
シュタイナーの説に共感していた可能性さえ感じてしまいます。

 さてしかし、我々の体はキリストにとっても、誘惑を受けないわけではありませんでした。
 次回第154夜は、その辺りの話から始めます。
 
( 追伸 )

 中曽根君、君に関しては《神》と違うかも?
と思ってしまうのだが…。

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まとめteみた.【トンデモ話は奥で繋がる(153) 24.4.8】

トンデモ話は奥で繋がる「第153夜」-弟子のクッテネルがお送りします。≪キリスト衝動≫★もし星が神ならば

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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