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トンデモ話は奥で繋がる(136) 23.12.10

トンデモ話は奥で繋がる 「第136夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪輪廻転生 ⑥≫
 
 ★ 肉体への執着

 前夜で、我々の『記憶内容』自体は、霊的な実体に変わって我々の前にその姿
を表す
とお話ししました。しかし、それを生み出してきた意志や感情を失う訳では
なく、生前と同じように肉体体験を渇望し続けると言います。

 しかし、この思いは次のステップへ進むためには断ち切らなければならない
シュタイナーは説いています。そしてそのための方法が、生前の生活の回顧なの
だと彼は言います。以下、彼自身の言葉を抜粋してみます。

 「 私達の思考内容に関しては以上のことが言えますが、 私達の
  感情と意志の場合は異なります。意志と感情は死後もなお、肉
  体に結びついた時のままに存在しているのです。

   死者は、意志の星が生前の《果実》を伴って遠ざかった後も、
  なおしばらくは自分の産み出した環境である《元素界》の中で生
  きています。
  (…中略…)

   本来《自分自身》であるところの環境世界に生きるのです。
   今、死者は次のように悟ります。

  ―『 そうだ。けれども、お前の感情と意志とは、まだお前の中に
    生きている
。それらは今も一種の思い出を持ち続けているが、
    それは次の地上生活との関連をも示しているのだ。』

   このような状態は数十年も続くのです。

   誕生から死に到る地上生活を生きる時の私達は、喜び、悲し
  み、情熱
を燃やし、意志を発揮します。私達は肉体の中に、その
  ような感情と意志の働きを担っています。

   しかし、感情と意志の中にある力が、肉体を通して全て完全に
  現れるということは決してありません。

   私達が非常な高齢に達した時にも、もっと楽しみ、もっと苦し
  み、もっと意志を発揮することができたら
、と思いながら死を迎え
  ることでしょう。
 
   しかし死後、魂の中に残っている感情と意志の可能性へのこの
  思いは克服されなければなりません。それが完全に克服されない
  限り、私達はその欲望によって、生前の生活と結びついたまま
  いるのです。

   私達が生前の生活を回顧するのは、卑俗な言い方をすれば、こ
  の世の生活とのこれまでの腐れ縁から抜け出すためなのですが、
  この欲望は、私達がそれを克服するのに数十年を要する位に強い
  
のです。
  (…中略…)

   私達は毎夜、日常の生活から離れて、眠りにつきます。そして再
  び目覚めるまでの時間を過ごします。その間、私達は肉体から離
  れて、魂的・霊的なものの中に居ます。
  (…中略…)

   私達が再び戻ってくるのは、この魂的・霊的なものの中で、私達
  が再び戻ろうとする衝動を持って、肉体を求めるからです。私達は
  肉体を渇望する
のです。
  (…中略…)

   つまり、魂的・霊的なものの中に肉体への吸引力が働いている
  のですが、この力は、死後においては次第に力を失わなければな
  りません。そしてついには、全く克服されなければなりません
  (…中略…)

   このように私達は、今述べた数十年間の死後の体験を、地上体
  験を再体験するという廻り道の上で、体験しなければならないの
  です。」
  
  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』pp180-182  
  《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載)
  
   
 ★ アストラル体の消滅

 さて、これらがどのように体験されるかについては、西平氏が簡潔にまとめて くれて
います。今度は、氏の解説から抜粋してみます。

 「 この時期についてシュタイナーは《時間の流れが逆になる》と、
  面白いことを言う。

   人(アストラル体)は、過去に向かって生きている。時系列を、
  逆に遡りながら、生前に経験した一切の出来事を反復する。死の
  直後から始まって、子供の時まで、逆の順序で辿り直してゆく。

   しかもその内容が、全て逆の意味になって体験される。例えば
  腹立ちまぎれに人を傷つけた場面は、傷つけられた人の苦痛の方
  を体験する。

   しかし本当は、この時初めてその逆の意味を体験する》わけ
  ではない
。実は、そうした物質界に由来する欲望は、地上に生き
  ている時から既に自分自身を傷つけていた。

   ただ、それに気付かなかっただけである。この段階で、その事
  実をはっきり見る。
   
   つまり、《地上》の人生を、《地上から離れた所》から見ることに
  よって、初めてその意味が全体として理解される。そのどちらを
  欠いても、人生の意味はわからないと言うのである。

   さて、逆方向の歩みが出生時点まで進むと、一切の欲望が、
  浄化の炎によって焼き尽くされる。アストラル体そのものも崩壊
  する。

   この、アストラル体の崩壊までが《浄化の期間》で、人によって
  その期間は異なるが、およそ、生前の期間の3分の1の時間
  要すると、シュタイナーは言う。

   この段階で《自我(私)》はあらゆる《体》から離れて、全く新しい
  意識状態に入る。《自我(私)》の内部から、《霊的(精神的) 世界》
  
が現れてくる。

   《物質世界を求める欲望によって曇っていた状態》から離れ、
  自我が、本来その内部に持っていた純粋な世界を体験するように
  なる。

   シュタイナーにおいては、ここが《転換点―死から再生まで》
  の折り返し点なのである。」
   
 (西平直『シュタイナー入門』pp132-133《講談社現代新書》より転載)

 つまり、我々は死直後に《肉体》を、走馬灯の映像が終わると《エーテル体》
を、そして前世の追体験後には《アストラル体》をそれぞれ脱ぎ捨てて、本来
《自我》のみの存在となるのです。

 シュタイナーの説に従えば、《アストラル体》を脱ぎ捨てるまでの時間は、ある
程度寿命の長さに比例するようなので、長生きすればしただけ、自らが物質
界に課した行為を、自らの身に体験する期間が長くなります。

 『憎まれっ子世に憚る』的な行為を長年してきた者にとっては、まさに地獄の
責め苦
になるかも知れません。他人を苦しめながら、左うちわで現世を過ごし
てきた報いは、ちゃんと自分に跳ね返ってくるわけです。

 しかし見方を変えれば、シュタイナーが《高齢に達しても、もっと苦しみた
い》
との一言をあえて書いているように、これとて、魂が無意識のうちに、自ら
の人生として望んだこと
なのです。

 つまり、こうした《苦しみ》も体験しなければ、そんな《苦しみ》を他に与えな
いことの大切さ
も解らないわけで、『憎まれっ子』はそれを経験するために、敢
えてそうした行為を選択しているとも言えます。

 また、そうした期間が長くなるなら『長生き』自体も考え物となります。しかし、
睡眠中にはそれがわかっているにもかかわらず、それでもまた肉体へ戻ろうと
する程、この世界での貴重な体験を長くしようとしているのです。

 ★ 死者と現世の結びつき

 さて、この《アストラル体》から抜け出る段階で、第134夜の『人智学』 の、
カルトめいた目標
が関わってきます。曰く、

 《 既にこの世を去った人達と、まだこの地上に残っている我々と
  の間に、密接な『人間関係』を作り、それを通じて『地上に生きる
  ことの意味』を知ること》

 でした。以下シュタイナーの説明を要約してみます。

 私達が死の門をくぐった際、生前非常に愛していた人々が後に残されている
とします。死後我々は、自分自身の思考内容が、実は四大霊の形をとって表れ
ていることを知ります。
 
 すると同時に、その人々の四大霊の存在も見えるようになり、すなわち、そ
の人々の思考内容が、四大霊の中に壮大なビジョンとなって、目の前に現れて
くるようになると、彼は言います。

 つまり、生前愛していた人々に対して、表面上の言動ではなく、心の内面との
間に、この世にいたころよりはるかに深い関係を持つ状態へと変化すること
になるのです。

 ただし、この時《感情の思い出》が必要となるのです。つまり我々が前世で、
肉体の中で感じていた感情の余韻のような響きを、肉体を失った状態で思い
起こすことが必要だとされます。

 この《感情の思い出》があることで、初めて単なるビジョンとして見えていた
愛する人々の思考内容が、生き生きとした力を持つようになり、現世に残し
てきた人々との《生きた関連》が築かれるといいます。

 そして、この力こそが、我々が死後、霊界に属するものを知覚するための
となるのだと言います。この力が強ければ強いほど、霊界での成長を早め
ることになります。

 何故なら、私達は死後の霊的外界で、そこに居る四大霊とも関わりを持たな
い限り、この世界の現実を理解することができないからです。そのためには、
それを知覚する《新しい力》を知らなくてはなりません。

(その力について、シュタイナーは以下のように説明しています。これに
適切な解説を加えることは、小生の力量では難しいので、彼の説明〔高
橋氏訳〕をそのまま記載しておきます。)

 「 私達の内部だけに生きているような《感情と意志》では、私達
  自身でありながら、外部でもあるこの世界に関わることはできま
  せん
。私達は、次第に《新しい種類の意志》を発達させなければ
  なりません。

   その《新しい意志》は、私達の中から流れ出て、私達の生きた
  思考内容
(四大霊のことです。)が存在する、外の世界まで拡がっ
  て行く《意志》です。そのような《意志》が、外なる私達の思考内容
  の中に流れ込みます。

   そして、地上生活においては私達の中にしか存在していなかっ
  た《感情》が、《意志》のこの流動する波の上を《泳いでゆく》 ので
  す。
  (…中略…)

   《感情》は、《意志》が思考内容としての《外なる四大霊》の方へ
  打ち寄せる時、その波に乗って《泳いで》行きます
 
   その時、《意志》とこの四大霊とのぶつかり合いを通して、《感情》
  が光り始めます
。私達は、私達の《意志》のこの波が、寄せては返
  す様を、霊界の真の現実として知覚することができる
  のです。
  (…中略…)

   《意志》は、もはや《意志》として投げ返されるのではなく、意志の
  流れの中で、《感情》が私達の方へ還流するのです。

   意志の流れの中で、感情となって私達の方へ私達の方へ戻って
  くるのは、私達自身の本性なのですが、このことによって、四大霊は
  私達にとって現実的な意味を持つようになります。

   このようにして、私達は、外なる霊的世界において、真に存在して
  いるものを、次第に知覚していく
のです。」
   
  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』pp185-186  
  《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 ★ 霊視能力と感動の必要性

 この、意志と感情が一体となった力を、シュタイナーは《感情する意志》若しくは
意志する感情》と呼んでいます。そして、この力を使って、我々が死の直後に訪
れたこの世界が、四大霊、つまり我々自身の本性の世界であることを知る
です。

 そして、ここには書かれていませんが、小生はこの力こそ、霊との交流ができる
霊能力者が、(多くは本人も知らぬ間に)身につけることとなった力の一つなので
はないかと思っています。

 小生自身は、霊を見た体験は全くありませんが、霊能力がそれ程高くない、 一
般的な人達の中にも、《霊の姿そのもの》、特に親しい関係にあった人の姿につ
いては、見たことがあるという方が多数存在します。

 しかし、その多くは単なる《ビジョンとしての目撃体験に留まっており、霊と実
際に交流するまでには至っていません。これは、一般の意志や感情では、霊の
持つ思考内容を知覚するにまで至らない
からではないでしょうか。

 その点、霊視能力の高い方は、(本人に自覚がないかも知れませんが)思考
内容そのものである《霊》に、《感情する意志》を投げかけ、その戻ってくる
《感情》の波動を知覚しているのだと思うのです。

 そしてもう一つ重要なことは、死後の我々がそうした《新しい意志》を獲得する
ためには
、それを獲得できる環境が、死者の側に用意されていなければならない
ことです。

 そしてそのためには、死者が生前に、死後の心にも残る《感情体験》の記憶
残していること、及び死後、現世に残っている人々が、死者に多くの愛情の
《思考内容》を送っていること
が必要だという点です。

 そうした《思考内容》に対して《感情する意志》を使って、返ってくる《感情》の波
動を体験できる機会が多いほど、死後の世界に居る者達が浄化の過程に必要
な力を進化させやすい
のです。

 シュタイナーが人智学の目的として、『死者と現世の人々の間との密接な
人間関係
』を挙げているのは、まさに この事実を知っているか否かが、死後
の我々の成長の鍵を握っているからなのです。

 つまり、一般人にとって最も重要なことは、現世においてより多くの《感動体
験》
を積んでおくこと、及び死者に対して変わらぬ愛情の気持ちを発し続ける
ことなのです。
   
 さて、次回第137夜は、この新しい力の話へと続きます。

( 追伸 )

 中曽根君、君は相当な逆体験を覚悟した方が
よさそうだね。

目次のペーシへはこちらから

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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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