トンデモ話は奥で繋がる(119) 23.8.9

トンデモ話は奥で繋がる 「第119夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪フリーメーソンの考察 ⑥≫
 
 ★ ヴァイスハウプト登場

 さて、フランスに次いで大陸でのフリーメーソンの中核となったドイツでは、
1776年に、陰謀説を検討する上で、最も重要な結社が現れます。アダム・
ヴァイスハウプト
の結成した『イルミナティ』です。

縮有澤  以下、結成に至るまでの流れを、秘密結社につ
いて、いくつかの著書を書いている有澤玲氏の
『イルミナティの知られざる真実!』(徳間間書
店「5次元文庫」)から要約してみます。

 第113夜でロイ・ポーターが述べていたように、
当時は児童教育から神学校や大学までの教育
制度
について、イエズス会の独占支配下にあり、
ヴァイスハウプトもその教育を受けたひとりでした。

 彼は、6歳で父を亡くし、伯父の元で養育されますが、伯父は大学の評議員
でありながら、啓蒙思想を信奉する改革主義者で、その影響を受けた彼は、
カトリック思想を押し付ける教育に反発を感じ、啓蒙思想に傾倒します。

 イエズス会は、彼を危険分子として徹底的にマークしますが、伯父が評議員
であったこともあり、1772年には母校であるインゴルシュタット大学の法学部
の教授となります。

 さらに1773年には、ローマ教皇のクレメンス14世が、イエズス会の腐敗と
醜聞
に激怒し、解散を命じます。その影響で、彼の母校でも人事が刷新され、
約百年ぶりの「非イエズス会士である教会法の教授」に抜擢されます。

 しかし、構内では相変わらずイエズス会士の影響力は強く、彼への敵意や誹
謗中傷が止むことはありませんでした。そんな中で1775年、彼は4人の同僚
と教え子で『完全論者達の結社』という私的サークルを結成します。

 これが翌年の1776年5月1日、『バイエルン啓明結社』と改称します。
(以下『啓明結社』と略します。)
 内容的には「討論サークル兼互助会」的なもので、哲学や政治理論に関す
る知的な議論を元に、社会の変革のための意見を交わす場だったようです。

 (この『啓明』が一般的に『イルミナティ』の訳語とされますが、第109夜
以降でお話した『啓蒙』とどのような違いがあるかについて、有澤玲氏は
 次のように説明しています。)

 「 一般に、『啓明』は『啓蒙』の同義語とされていますが、実際の
  文脈に照らしてみると、少しズレているのでは―という違和感を
  覚えることが少なくありません。

  『啓明』と『啓蒙』を厳格に区別する場合は、以下に紹介するよう
  な捉え方で、対比的に扱うことが多いようです。

  『啓蒙』(エンライトメント)は、
    一般大衆や未成年者の知的な(あるいは霊的な)レベルを向
   上させるために行われる活動
です。
    具体的には、公教育や出版物、報道、公的な宗教の説教活
   動
などを通じて行われます。
    理づめで、全ての人に効率よく基礎的な知識を授けることが
   できるものの、場合によっては『一方通行的な知識の押し売り』
   となってしまう危険性も内在しています。

  『啓明』(イルミネーション)は、
    自分自身の力で意識や人格を変革し、己の知性や霊性をより
   高いレベルへと向上させる
内的なプロセスです。
    普通は神秘体験(見神、覚醒、天啓)や悟り、解脱、参入儀礼
   などを通じて成し遂げられることになります。
    個々人の内面でのみ進行し得る現象なので、普遍性や論理性
   はなく、誰にでも適用できるような体系化された指導法は存在し
   ません。

    従って、教えを授かる側からすれば、『啓蒙』は受動的なプロ
   セス、『啓明』は能動的なプロセスということになります。
   
    ただ、フリーメーソンリーを始めとする大抵の秘密結社では、
   『啓蒙』という基礎的な段階をクリアしない限り、『啓明』という次
   のステージ
へ進むことはできないと定めています。」
   
   有澤玲『イルミナティの知られざる真実!』pp185-186
                《徳間書店5次元文庫》より転載)


 そして、他の啓蒙主義者同様、理性を重んじ、秘蹟で人心を懐柔喧伝する
ーマ・カトリック
はもとより、当時流行していた『薔薇十字団』系の神秘思想
やオカルティズムにも組しない
立場を堅持したとされます。

 ★ クニッゲ男爵の加入 

 やがて、自分達の理念と思想を広く普及させたいとの思いに駆られた彼は、
秘密結社の運営法と会員の勧誘術を学ぶべく、友人達とともに1777年、
ミュンヘンのフリーメーソンのロッジで参入儀礼を受けます。

 ロッジでの経験から、1779年「3位階」の導入等を計りますが、その勢力
は一向に伸びず、彼は組織拡大のために腕のよい協力者を探します。そして 、
強力な助っ人である「クニッゲ男爵」を見出します。

 ヴァイスハウプトの理念に共感したクニッゲ男爵は、古くからのフリーメーソ
ン員であり、エリート層を持ち上げて権威付けるための、神秘的な資格や儀
式の活用法
に長けていました。

 クニッゲ男爵は、フリーメーソン内での当時の流行をつかみ、9段階の精緻
な位階システム
神秘的な参入儀式を創設して、フリーメーソンの有力な
会員を次々と取り込むことに成功します。 

 クニッゲ男爵の手腕により、『啓明結社』の総会員数は2千名程にまで増大
し、ドイツ・オーストリアだけでなくイタリア、スウェーデン、デンマーク、ポーラン
ド、ハンガリー、ロシアにまでその地域を広げたとされています。

 しかし、その実体は、「各ロッジのフリーメーソンの構成員が、流行りの
『啓明結社』の儀礼や位階を取り入れた
」というべきもので、結社の正式な
会員が、数としてどれくらいいたかは定かでないようです。

 ★ 内紛・告発・弾圧

 こうして成長を果たした『啓明結社』でしたが、あくまで革命の方向に向かお
うとするヴァイスハウプトと、フリーメーソンとして博愛を重んじるクニッゲ男
の間で、路線の相違が生じてきます。

 そして、ヴァイスハウプトが儀式や位階の数を勝手に変更したことをきっかけ
に、クニッゲ男爵は1784年に『啓明結社』と『フリーメーソン』の双方から身を
引き、以後はあらゆる秘密結社を糾弾する側に廻ります。

 一方、1783年に『啓明結社』を脱会したヨーゼフ・フォン・ウッツシュナイダ
ー教授
も、結社の危険性を警告し、その内容がバイエルン王国の領主、カール
・テオドール侯
の知る所となります。

 テオドール侯は、啓蒙君主であり、フリーメーソンの自由主義的な活動を認め
める立場に立っていましたが、その結果『啓明結社』という破壊的思想結社を生
み出したことを憂慮し、以後その姿勢を一変させます。

 1784年6月には、啓明結社のみならず、フリーメーソンを含め、バイエル
ン王国内の全ての秘密結社の活動を禁止
する勅令を出します。ヴァイスハ
ウプト
は教授職を剥奪され国外へ亡命します。

 1785年3月には、啓明結社とフリーメーソンを名指しにして、活動への参
加を厳罰をもって禁止
し、告発者には褒美を与える勅令を出します。
これにより、褒美目当ての『虚言』も数多く寄せられます。

 1785年8月には、啓明結社の会員と見做された者は、公職を追放、投
獄、全財産の没収の上、転向か国外亡命
の道しかなくなります。こうして
明結社
は、約10年間の実働をもって解体されます。

 ★ 地下に潜った?

 こうして『啓明結社』自体は、少なくとも正式に存在していた10年間については、
具体的な活動を起こせないまま消滅しました。しかし、『イルミナティが全て
の陰謀の総本山』とされるのは、もっと後の時代
です。

 つまり、多くの『陰謀論者』は、啓明結社は消滅したのではなく、地下に潜っ
のだという主張で、その繋がりを堅持しています。確かにその可能性は全く無
いとは言い切れません。

 実際、ヴァイスハウプト自身は、彼の思想に心酔する亡命先のザクセン・ゴ
ータ公国の君主に手厚く迎えられ、大学教授の職を得て、『啓明結社』の理念
についての著作を執筆しながら、1811年まで悠々自適の生活を送ります。

 しかしながら、それ以外の構成員については、身の置き場がどこにもない状
態でした。もともと『啓明結社』流の儀式がフリーメーソン内で流行していたのに
過ぎず、むしろそのために、フリーメーソン自体まで厳しい視線で見られて
しまった以上、フリーメーソンの中に潜むことも難しくなります

 また、比較的寛容であったオーストリアの「啓蒙君主」のヨーゼフ2世さえも、
バイエルン王国の禁止令を受け、結社の会員名簿の提出や活動内容の報
告義務
を課すとともに、ロッジ数の縮減のため徹底的な統廃合を命じてい
ます。

 そのため、オーストリアのフリーメーソンも、見る間に衰退の一途を辿り、
1795年には、その活動を一旦停止せざるを得ない状況に追い込まれてい
ます。

 こうした寛容な君主下の地域でも、このような状態であったことを考えると、
それ以外の国家で、地下組織として生き延びることは、全く不可能ではないに
せよ、相当困難な状況にあったと考えられます。

 ★ 彼の思想そのものは

 それでは、ヴァイスハウプトの思想そのものは、どんなものだったのでしょ
うか。意外にも、彼の多くの著作から読み取れるその内容は、当時の社会情勢
から見れば、理解できないようなものではないのです。

 「 ヴァイスハウプトは、自由と平等(特に社会的な平等)を何より
  重視していました。彼によれば、全ての人間は『王』なのです。

   家父長制下の古代社会において、あらゆる人間は平等であり、
  己の自由な意志に忠実で、何者にも束縛されない主体性のある
  生き方
をすることができました。

   ところが、社会が発達して物質主義が幅を利かせるようにな
  ると、王権を頂点とする封建制度が確立されます。

   これと軌を一にする形で、かつては庶民の精神生活を導くべ
  き『牧者』であったはずのローマ・カトリック教会も、世俗的
  な封建勢力(=教権勢力)に成り下がってしまった
のです。
  (…中略…)

   このような封建体制に終止符を打ち、不当にも覚醒の機会を
  奪われてきた、一般大衆の霊性と徳性を飛躍的に向上させるこ
  とで、人類が皆幸福だった原初のユートピア社会を復活させな
  ければならないのです。
  (…中略…)

   ヴァイスハウプトはもともと非暴力主義者だったので、平和
  的、漸進的な手法による体制の変革を望んでいました。

   基本的には、個々人の徳性と倫理観を高めることで、社会の
  刷新を目指すという、フリーメーソンリーのやり方を是認して
  いたのです。

   しかしながら、亡命後(特に1786年前後)の著作では、 『万策
  尽きた場合には、革命も止むを得ない』
とか、『革命は不可避で
  ある』といった趣旨の表現も登場するようになります。」
 
   有澤玲『イルミナティの知られざる真実!』pp53-54
                《徳間書店5次元文庫》より転載)


 この思想を、当時の封建体制側の支配層から見れば、『暴力的革命思想』
と受け取られるのも無理の無い話です。しかし、教皇自らが激怒したように、
ローマ・カトリック教会が腐敗を極めていたことも事実なのです。
 
 さらに、今までお話してきたように、それらの支配体制こそ、人類をキリスト
意識から隔離
し、アヌンナキ側の意のままに操るための統治機関であっ
たとすればどうでしょうか。

 「全ての人間は『王』なのだ」という思想は、一見尊大なように思われますが
第102夜でお話ししたとおり、我々のひとり一人の中に、キリストと同じ意
識があると考え
にも繋がります。

 そして、当時のローマ・カトリック教会こそ、我々の霊性を曇らせ、覚醒の
機会を奪ってきた
のであり、その社会的・教育的支配が続く限り、我々の本当
の意識に繋がることが困難だったのです。

 不幸にも、その手段として『革命』を是認したことが、『啓明結社』の内紛に繋
がり、ひいては啓蒙君主からさえも弾圧を受けることとなりました。彼の思想は、
漸進的に進めるには「時期早尚」だったということでしょう。

 もっとも、小生は、現在『イルミナティ』という名で呼ばれている者たち全て
の陰謀を
否定したり、擁護するつもりはありません。しかし、それらはヴァイ
スハウプト自身の目指したものとは別物ではないと思うのです。

 『啓明結社』の消滅後、その『革命思想』そのものが独り歩きを始め、様々な
別の『策謀』が、あたかも全て彼らの残党の仕業であるかのように次々と結び
付けられています。

 そして、それらの『イルミナティ』という結社名に『陰謀論者』を釘付けにする
ことで、かえってそれを陰で利用している、本当の『世界統制チーム』の動き
を見えにくくしているのではないかと、小生は思っています。

 続きは、次回第120夜でお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君も『原発推進陰謀集団』を創っては
どうかね。もっとも、君は陰謀というより堂々と開き
直ってやるタイプだよね。

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