量をこなすこと

物事ができるようになること...なかなかすぐには芽も出ません。

楽器、運動、勉強...どれもやってはやめ、取り掛かったのはいいけれど、まわりがすいすいとこなしていくのを見ていつまでもできない自分に、-もともと素養がないのだ-と思いやめたことも多かったりして...かといってすごく練習を重ねたわけでもなかったような気がします。

練習も勉強も続けることが大切で、続けないからいけないのだと言います。すぐあきらめてしまうからだとも。しかし、どうしてあきらめてしまうようになったのでしょうか?私のおぼろげながらのごく小さい時のことを思い出すと、

①同じことをやってもすぐにこなす周囲から期待される子供と一緒に過ごし、やってもできない。わからない。どうしてわからないのだと怒られる...
②勉強でなく自分の好きなことは気がついたらずっとやっており、強いてなにかを達成するために努力し続けることを知らなかった。

そして中学生になりスパルタ塾で勉強ができず、英単語なんかは全く頭に入りませんでした。しかし、成績が悪いと罰としてお仕置きがあります。塾にいる間は苦痛で、お仕置きの元凶である勉強そのものが嫌いで呪わしいものでした。

とにかく一応頭に入れようとするわけですが、なぜか私の頭には防波堤があったようで、勉強のたぐいのものを入れるスペースがまるでなく、もがいていたらますます苦しく、できない状態になっていました。

かつかつでなんとか進学校と言われるところに行きましたが、そこで思いがけないことが...なんと何にもしてないのに現代国語の成績が急によくなったのです。これは自慢でもなんでもないです。これは不思議なことで出来の悪い生徒がなぜ、現国だけできたのか?

私はその謎をずっと考えていました。国語のできる人は頭がいいのだ、などとその成績に気をよくした親は言ってましたが、それにしては他の科目ができない。わからない。英語なんかは記憶そのものができないのだ。どうしたわけだろう?としつこく考え続けた末、わかったことがあります。

私は小さい時から読書ばかりしていて、ものすごい数の本を超高速で読んできました。ジャンルも文学、社会、その他さまざまなもの、その数は膨大だと思います。

昔、現国だけは抜きんでていたのは、いつのまにやらすごい数の読書をこなし、普通の勉強量を上回っていたということではないか?そんなことに気づいたのです。きっと、どのひとでも、凡たる人でもたくさんの量をこなせは高い水準を突破するのでは?

そして、もしかして、自分のような英語が覚えられなかった人でも、量をこなせばなんとかなるのではないか?と思ったのです。

できのいい人のことはさておいて、できの悪い人でも量をこなすことにより、いつのまにか、豚がイノシシにイノシシがライオンに...なーんてわけないかもしれません。

しかし、やってやれないことはない。そう思いつつ図書館で借りてきた本を読んでいたらまさに同じことが書いてありました。
量質転化です。
物事を身につけたりするとき、たくさんの量をこなす。それがある一定以上繰り返されたとき、すっとできるようになる、ということです。
喩として自転車に乗ることがでていました。-自転車に乗るには練習がいる。何度も繰り返してある日ふっとのれるのだ。また、のれるには個人差があってすくに乗れる人と時間がかかる人がいるが、途中であきらめたらのれないままである。-

早く乗れる人を見て、乗れない人は自分は乗れないけど練習していれば乗れる、と練習を続けます。これは先が見えているからです。自転車はみんなが-誰でも早い遅いの違いはあれ、のれる-と知っていて、のれないまでの時間を耐えて頑張れるからです。

これが、勉強や音楽、外国語の習得だとどうでしょうか?

すっとなにごともこなしていく人を見て、いつまでももたついている自分...だめだなぁ。無理だろう。もともとできないのだ、と思ってしまいます。
ましてや、私のように、立派なダメ体験、経験が豊富だと、昔の経験から判断し、自分にはもともとできるわけないとすぐにあきらめてしまいます。

よくできる人はもともと呑み込みが早いのでプチ成功体験をすぐ得ることができます。なのでまた意欲的に取り組み、ますます勉強などに身が入って行きます。そしていつの間にか練習量、学びの絶対量が莫大なものになって行きます。かたや失敗を繰り返してきた人間は、努力してもきっとできない、と先に希望が見出せません。

私はこのごろ思います。やり続けるということ、きっとそれが成功の秘訣なのだろう。
しかし、右肩上がりに目に見えるように成果は現れません。暗闇のいつ果てるともしれない坑道をひたすら這い上るような感じでしょうか。
不成功体験ばかりの落ちこぼれには、その坑道の先に光があるということが信じられない。考えてない、ということが一番のつまづきだと思います。

かくゆう私もそうでした。劣等生です。

暗闇の向こうに光があるだなんて、思いもしなかった。最初からその道を行こうとすることすら考えなかったのです。
小さい時や今までの人生の成功、失敗体験というのは重要ですね。人は経験でその行動の幅をどうするかはかります。いままでこうだったから、こうしようとか、これならうまくいくとか。パブロフの犬でも、ベルを押すと餌がもらえると学習したら、鳴らなくても唾液が出ます。人間だってそうです。いままでだめだったから、考えるまでもないよ、やることすら無駄だ、そう考える凡人も多いと思います。

しかし、繰り返しあきらめずやり続ける、そのことによりいままで見ようともしなかった坑道の先の風景が見えるとしたら...
今まで自他共に立派な落ちこぼれとしてやってきた私とあなた...続けることを信じてやってみようではないでしょうか?

とにかく絶対にやる。やれると自分を鼓舞するのです。もしかしたら、ものごとを成すのに大事なのは続けることよりも、続けられる自分を信じる力、やり遂げたいという情熱、それが一番大事なのかもしれません。それがあってこその-続ける-なのです。自己不信の暗闇を猛烈な-続ける-と言う情熱で越えたなら、優等生の味わえない喜びが味わえるのではないでしょうか。
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