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とうとう整形外科に行きました

去年の秋頃から足の付け根がたまにピットするし、この頃はお尻が痛いです。ぐわんとずっと痛いし、座ったり寝ているともっと痛みが増します。

行きたくない。変形股関節症だったらだんだん歩けなくなってしまうじゃん。恐ろしい。そんなことは言われたくない。と、整形に行くのをずっとためらっていましたが、今日はへんな天気です。どこへ行っても満員で一時間はゆうに待たなくては行けない晴れた日と比べたら、スッと見てもらえるかもしれないと、グーグルの評判の良い医者に行ってきました。

レントゲンを撮って、医者の説明を聞くと「年相応の少しの腰の変形からきている」とのこと。股関節がすり減っているということではないようです。まずはやれやれと思い、帰ってきました。

結局は何か病気とか怪我とかいうほどではないのでしょう。リハビリも何もなしでただの痛み止めを出されただけでした。そのまま過ごして痛かったら痛み止めをやって、ということです。なんか、腰の筋肉とか、太ももの筋肉とか強化する体操でも教えてくれるのかと思ったのですが、なしです。そうたいしたことないということでしょうが、痛みはあるのです。

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医者ではダメですね。何処かトレーナーがいるところに行って、もっとお尻や腰、足を鍛える体操などを教えてもらおうと思っています。でも、大したことなくて良かったです。と言いながら、ピッと痛みを感じています。

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6/2 ,3大雨の日に伊豆に出かけました

本当はキャンセルしたかったのです。しかし、一週間前でも結構なキャンセル料が発生するので、不穏な雨の中、出かけました。途中で、愛知県境を過ぎるぐらいで物凄い雨。しかし、静岡まではなんとか普通の雨や、小やみで行けました。その後、伊豆山中を避けて行ったら、なんと箱根周りで行ってしまいました。でも霧ぐらいでなんとかやり過ごし、伊豆の道の駅で休憩しました。

ここらへんまではそうたいした事はなかったのです。しかし、伊豆高原の美術館へ寄ったぐらいからすごい土砂降りで、近くの湖も溢れそうです。ほうほうの体で、見学を五分ぐらいでやめ、宿に着いたら、雨は小降りになっていました。

宿の料理 朝ご飯の一部
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この宿のパンは手作りでした。
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すごい雨と風で、結局どこにも行けず、宿に着いたのです。宿はひどく無愛想で、時間に厳しく、旦那がロッテンマイヤーさんだと言っていましたが、料理は良かったです。そこで伊勢海老の塩焼きや舟盛りを出してもらい、その夜は満足して過ごしたのですが、帰りは、静岡、愛知の県境で高速はどこも使えず、下を降りても動かない車ばかりで全然進まず、夜遅くなりやっと帰宅しました。

途中の伊豆や沼津の海の眺め
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どんよりしています。
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美術館の庭
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雨を体験しに行ったかのような旅でしたが、新東名を使って行ったので雨にやられることが少なかったのだと思います。新東名はトンネルばっかりですから、雨に強いのです。
 

お土産
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職場の雰囲気

コロナもひところの騒ぎは落ち着き、観光客もあちこちに出ているし、いろんな仕事の求人も出てきました。実は友人とバスクに行きたいと去年話していました。が、今までやっていたバイトはほぼ無くなったし、あったとしてもやる気も無くしていて仕事をする気はなかったのです。

子供も社会人になり、学費などの負担は無くなったし、節約すれば無理に外に出ていく必要もない状態です。でも、できれば友人とバスクでなくても旅行に行きたいし、旦那とももう少し節約を気にせずお出かけしたいなぁと思っていました。
すると、以前から登録していた職探しのメールで、自分の思っていたような今までの経験や特技を活かせるような仕事の話が舞い込んできました。

一つは、少し遠いですが、今まで勉強してきたことが役に立つ仕事です。一つは、昔勉強してとった資格に絡む仕事です。どちらとも特殊なしごとながら、残念ながらお金はそれほどではないです。しかし、時間的にこちらのわがままが効き、出る日にちも少なくてもいいとのこと。これはいいと、まずは一つの仕事場に出かけて、訪問者を装って仕事をしている人を観察してみると、結構特殊なスキルがいる仕事な上、その職場の正職員の人はおらず、なんでもこなしているようでした。おまけに人が少なく、とんでもなく関係ない仕事まで任される模様。そのせいか、そこで働いている人はピリピリしていて、職場全体も暗く厳しい雰囲気です。

こんなところでは、たとえ、職種の聞こえが良くても、いく気にならない。と即座にその場で行くのをやめにしました。私が以前こんな雰囲気を感じた職場はこれよりもっと酷いのが税務署です。その次かな。

その後、違う職場の違う職種の見学に行きました。

そこはそう格好の良い仕事ではありません。ただ、私の昔習得した資格がそこで結構役に立つようなことを言ってもらいました。実際に仕事を見たら、確かにその資格があると多少取り組みやすいということは言えるなぁと思いました。そこの職場はリアル現場で見たら、私のような資格のある人が見たらそう何も思わないけど、たまに引く人がいるかも、といった感じでしたが、雰囲気は、光が差して心が和む優しい感じに満ちていました。先の職場と比較すると、波動が違うというのはこういうことかと思うようなところでした。

今まで座ってパソコンや本ばかり見てましたが、バイトを週二日とかしようと思っています。早く慣れれば良いと思っています。週二日でも、十分旦那と旅行に行く足しになるし、少しずつお金を貯めて1,2年後に友人とバスクに行けるぐらいは貯まると思います。

しかし、この頃私が思っていたのは、
ー友人とバスクに行けるぐらいのバイトがないかなぁ。机で勉強でなく、スペイン語を話す人とリアルに会話ができるような職場だったら、座ってお尻や関節を痛くすることもないし、しゃべる練習になる。でも、力を使ったり、気を使うのはできないなぁ。力がいるし、腰や関節に負担がかかる老人介護は無理。スピードや効率を要求されるのは、ちょっと❌。週二日くらいでチンタラ勤めてもいい感じのところ。ー

そんなことを考えていて、いくらなんでも週二日とか1日とかはないだろうと思っていたのですが、不思議なことにそんなしごとが舞い込んできて、しかも、とっても全く役に立たなかったレアな資格があるということで。慣れるのも普通よりは早くできそうなのです。こんなことがあるでしょうか。しかもスペイン語を使う機会もあるだなんて、あり得ません。

いつまでやれるかは未知数ですが、やってみようと思っています。旦那が定年をしてから、節約ばかりしてきましたが、旅行も財布を今までよりも気にせずいけそうです。



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567の6を抜ける

つい先日の夏至の日、二見浦で禊をしていた時、また、夜中、禊に行こうと準備していた時、567が浮かびました。こんなことは私の頭の中の妄想なので、スピじみたことはあまり好きでない人はスルーしてください。

6ということが頭にまず浮かんだのです。6というのはがんじがらめの循環の輪のようなもので、それから螺旋というのでしょうか、繰り返しの輪っかから、今回は出口というか、脱出口があっけらかんと先にあり、もうそちらに移行しつつあるような感じがしたのです。

6、六月だからか。夏至を挟んで先は7月だからか。なぜそのようなイメージが不意に出てきたのか、いつもの夏至はそう何も感じることはなかったのですが、その時は過ぎ去る遥かかなたの6。何も感じずそのまま過ごしているけどもう7の夜明けが開いてその中にいる感じ。

唐突にただ頭に浮かんだイメージです。これがなんなんだ、と言われても意味も何もありません。
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何かをやり遂げることのない、中途半端な人生

そう体力も才能もあまり無いなりに、なんとか一人でも生きれるよう、いろんな勉強をしたり、外国まで行きました。が、苦労したわりに、結局は資格も取りそびれ、ただの無能の人となっています。この数年はスペイン語の資格を取りたいと思い、B1まで取りましたが、なかなかそれ以上に挑戦することもできず、宙ぶらりんです。

スピリチュアルも、才能のある人はどこかの教室に入った時点で、もう特別コースに入れられてすぐに助手、先生へと昇格しています。方や、何年経っても同じ扱いの私のような人、どんな道でも元から輝いている人と、路傍の石の違いは明確にあります。

スピのワークなどにはもうご無沙汰して長いです。なのでスピについてはもっとこうなろうとか、欲は全くなく、それで何かを得たいと思うこともありません。が、私はずっと昔から、自分について何事も中途半端、身についたものは何もなく、掴んだ成果もない、と成し遂げられないのをなんとかしたいと思ってきました。色々とやってきたに関わらず、何も身に付かず老いていく。資格も取りそびれたものが多いし、誠に情けない人生です。

いろんな道で活躍している人を見るにつけ、我が身の情けなさは身に沁みていました。

が、ようやく です。この還暦を過ぎた初老の歳になり、気づいたのです。
ーなんか、何事も完成せず、中途半端な人生。それを自ら、望んでやってきたのではないか❓ーと思ったのです。何事も道を極めるとか、そんなにすごいことでなくても何かをやり続けるとか、そういうことで人生の実りというものはあるのだと言うことはよく聞きます。

色々と手をつけてもパッとせず、おまけに実績もない。ただとしを取るだけ。そんな人の人生を誰が重んじるでしょうか❓誰も「ああはなりたくない」と思うと思います。が、このごろ私が思うのは、人生とか、この世の常識とか越えたものがあるのでは。と言うことです。

この濁世での実績とか、善行とか、それすら越えたものがもっと大きい枠組みで私たちの意識にあり、それはこの世での業績とかそんなことには全く違うものではないかと思えるのです。この世に、地球に生まれ生きている私たちなのですが、今生きているこの世の基準とそれを越えた大きな世界の、この世的な理とは違うものがあるのではないか❓それからするとこの世での人生の非凡なる何かを成し遂げる人生と、凡たるただ生きていたという人生と、そう区別をつける必要もないような気がしてきたのです。だからと言って、ダラダラしていよう、とかそう言う話は別の話です。

この頃私は、この世で何事も成さず、凡庸たる人生でもいいような気がするのです。この世は、たまたま短期旅行に出てきただけ。その中でのキラキラした世界に心奪われ、この世の欲望の海に溺れるよりも、適当にこの地球短期旅行を楽しむのがいいのかなぁと思っています。

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名古屋城エレベーター問題と差別

新しい名古屋城にエレベーターをつけるかどうかということで差別とかなんだという問題にまで発展しました。

現在の名古屋城の耐震度合が、危ういということで五、六年前に昔の設計図通りに全て作り直すということでした。ついでにエレベーターはつけないという方針を名古屋市が出したところから、障害者関連の人たちが猛反発。話し合い、説明会で誰かが「わがままだ」と言ったら「差別」の障害者関連者からの大バッシングでした。

昔のそのままのお城にエレベーターがなかったら、さべつか。なら、犬山城にもつけんといかんの❓
新しく再建するお城は、昔を忠実に再現するというものでもエレベーターをつけないと、「差別」問題発言なの❓

なーんかね。名古屋城内で少しだけですが、働いていた私からすると、いい加減にしてくれと言いたいです。
元々、現在のコンクリートの名古屋城はエレベーターを2段階で備えています。すっと、城の腹からそのままエレベーターで途中の階までそれで行き、途中で降りて正面からのエレベーターに乗り換えてもらうのです。障害者のひとの対応のため、どちらの乗り口、降り口も係が備えており、全てに渡り障害者優先で、いくら人が並んでいても並ばずに、係の対応を受けてさっと乗れます。

みんなが並んでいても、一番目のエレベーターから乗り換えに、障害者の人が乗れるように、正面口の人の人数を先に減らして、乗れるようにもします。城の案内係はみんなで無線で連携をとり、障害者の方がスムーズに乗れるよう、やっていました。

でも、ゴールデンウィークとか、結構混んでいて長い行列の時、車椅子の人が乗ると当然エレベーターにはみんながたくさん乗れないわけで、それでも怒る人もまるでなく、後からの障がい者の人を優先していました。差別なんて、みんなを見ていたら、そんなことは感じることはありませんでした。日本人も外国人も優しいです。

ただ、激混みの時に、障がい者の人が、二段階、車椅子で登ってきて、エレベーター到着最上階から天守閣まで、もう一つ今度は階段を登らなければならないのですが、その時に車椅子できた障がい者の人が今度は歩いて、手すりにつかまりながら登ったのです。その時は、階段も狭いし、人がいっぱいでした。スムーズに昇り降りするのがいいのですが、その足の少し悪い障がい者の人が階段を登り始めたので、みんながそれを避け、その人が全て登り切るのを待たねばならなくなりました。
平日や、普通の土日ならまだしも、名古屋城を何回か周りに列ができたGWです。

これにはまいりました。人はいっぱいだし、上から降りる人も、登る人もキュゥキュゥの上、急な階段です。でも、足の不自由な人なので、階段を左右にふらつき、ゆっくり登っています。これを差別という人がおるかもしれませんが、できたら、こういう方は、せめて普通の土日に来ていただきたいと思いました。ただ、車椅子で途中から降りて足で天守閣に登る人はその人しか見ませんでしたが。

お城の案内は、忘れ物をした人や、外人さんの応対、みんながうまく分散してお城に滞在できるよう、全ての人に対応しなければなりません。本当、障害のお持ちの方には、できるだけ、特別対応しているのです。が、ものというのには、限度や容量があります。エレベーターをつけないと差別とかいう人もいると思いますが、それプラスたくさんの人がアテンドしていて、同じお客さんも配慮していてくれることも事実あるのです。

差別とか、簡単に言っているなぁと、あのお城にいた私は思ってしまいます。ちなみに、障がい者の手帳を持っている人は特別ルートで優先で登れるのですが、精神系の心身には何も問題なさそうな人が、家族とエレベーターには少し疑問を感じましたが、今はもう、名古屋城の再建問題が起こり、天守閣までは行けないので誰も中には入れません。

私は差別ないお城見学がみんなができるといいと思っています。普通の一般の人が金鯱の前で写真を撮って欲しいと言ったら、撮ってやりたいし、外人さんが何か忘れ物をしたと泣いていたら、すぐにその辺りを探してやりたいです。足の悪い人にも、何かアクシデントで困ってしまった健常者にもそれこそ差別しないで平等にアテンドしたいと思っとしまいます。

差別なし、てどういうことでしょうか。その中には全ての人が含まれると私は思います。
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夏至祭に参加しました

令和5年6月19.20日に二見興玉神社の夏至祭に参加してきました。

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二見興玉神社では毎月、海に入り禊を行なっています。それの最大の規模のものは夏至に行われる夏至祭です。日の出の時に合わせて海で禊をします。運が良いと、夫婦岩の間から日の出が拝めます。
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私は15年ほど前に一度参加しました。今回は家族のいろんな節目が重なったこと、みんなの息災をぜひ祈りたいということもあり、参加しました。70歳になるとこの禊行には参加できなくなるそうで、還暦を超えた私ももうあまり時間的余裕はないかもとも思い、3時半から始まる夏至祭に行くことを決心したのです。

夏至祭は古神道の興玉の鎮魂や、息吹その他の法などを祈祷殿で行い、海の中で、身を沈めて清めたりします。古めかしいですが、非常にアクティブで「えいえい」と叫んだりしていると、なんだかとても楽しくなってきて、ハイテンションになってきます。

今年の海は意外と冷たく、そして大潮の満潮で少し奥に行くだけでもう一メートルは体が沈み、その上、ザブッと波が勢いよく押し寄せてきて、一瞬身の危険を感じたりして。なかなか大変でした。とは言っても、危険なところや海の沖がわにはベテランの禊会の人が立っていて、注意を促したりしてくれるので大丈夫でしたが。

前もそうでしたが、この興玉の浜は、風と波が沖からザーッと吹き寄せ、日中は水平線にタンカーなんかがゆったりと航行しているのが見えます。その風景と波の音と、とても気持ちがよいのです。夏至祭は夜明け前なのでそんな感じはなく、行についていくのが精一杯ですが、ほとんどの行が終わり、海水にザブッと浸かり、ずぶ濡れの姿で最後の君が代斉唱の時に、さっと太陽が夫婦岩の間に現れました。

これにはみんな感激していました。夏至祭の時ってなかなか梅雨のせいか、日の出を見られることはないので、本当にラッキーなのです。夏至の時には大小の岩の間に太陽が見えると、絵で見たりしますが、本物を見るのは初めてでした。私は背が低く、おまけにみんなの最後尾でほとんど見えなかったのですが、たまたま、みんなの体が左右により、隙間が開いた瞬間がありました。その時にしっかりと見ました。

波間にほぼ浮かびながら見ましたが、赤オレンジのお日様の輝きはとても美しかったです。

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終わった後、お下がりをもらい、近くの旅館の風呂に入りました。とにかく海が冷たく、風呂に入った後も、指がビリビリと痺れていて、これが結構長く続いたのには驚きました。
この禊は夏至に限らず、毎月やっているようです。この禊はいく前はなかなかいく気になりませんが、一度行くと海での禊の爽快感で、もう一度行こうかと思ってしまいます。

良い体験でした。
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捨てる夢

夢です。そう大きくはないマンションに旦那と住んでいます。そこを引き払うのか、持っている荷物を捨てることにします。あれもこれも、何でもかんでも捨てます。ふと、ある本に目が止まります。特別版の水木しげるの本、DVDなどです。それを見て、これはとっておこうかなぁと思っています。

以上の夢です。服も雑貨も食器もその他一切、捨てているのです。

夢を見ながら、なぜこんなに未練がないのだろうと思っていますが、自分自身は納得しています。夢の中ではそうだったのですが、目が覚めると、ビニール袋一枚も勿体無くて捨てられません。夢占いによると捨てる夢は不必要な人間関係、その他を断ち切り、捨てて新しい人生のステージに入っていくということらしいです。

なかなか捨てきれない不要なもの、人など、バッサリと捨てた方がいいということでしょう。
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慢性的な掌と腕の痛みがだいぶマシになりました

マッサージや鍼灸などで軽減されるけど、なかなかひかない痛みに、もうパソコンのキーボードを打つのもあまりしなくなっていました。が、そのおかげか、この頃腕の痛みがいつもの一割くらいに下がり始めました。掌の腱も痛みはありますが、パソコンや彫刻刀を使ってもそう響きません。

パソコンでスペイン語の記事を読んだり、疑問をチャットGPTに打ち込んだり、結構手は使っていたと思います。ドラック、コピーなど何度も繰り返していて、手に負担がかかっていたかなぁと思いました。
スペイン語をもっとものにしたいと欲をかきすぎていて、でも、なかなか進まず、手や腰が悪影響を受けていたようです。随分前から、足の関節も痛いし、手も同様でした。全然語学は進歩していないのに、座りすぎや、手の使い過ぎで体はガタガタになっていました。

何日か前、急に「もうスペイン語に執着するのはいい加減にしよう」と思いました。もっともっと解りたいという欲望は無くなりませんが、机の前に座るのはしばらくはやめにしました。農作業と洋服、着物製作、染色、部屋の壁紙の張り替えなどやることはいっぱいあります。今はそちらを優先で、スペイン語は喋る、聞くを中心とします。

この頃は何のために、どうして、スペイン語をもっと上達したいのか❓と自問自答しています。が、自分でも良く解りません。今より解りたいというのもあるけれど、過去にとらわれているのかもしれないなぁとも思います。
高校の時、英語が得意だった人より、外国語として遥かにもっと上のレベルを取ってやりたいと、どこかでリベンジの思いを持っているのかもしれません。

いつまで経っても「まだまだだ」と思えてしょうがないのです。

ただ、この頃 NHKラジオのイタリア語講座を聞いていて、ものすごい初級で「難しいなぁ」と思える自分がいて、一方に、これくらいの入門段階はスペイン語では遥か昔に通り抜けたことを思い出します。
意外と身についていることもあるかもしれないと思っています。思い切って、手を使うスペイン語学習はやめて、小休止もいいかもしれないと思っています。スペイン語の問題集や、構文の本は開かず、勉強はしばらく休止です。
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プロフィール

握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。猫、鳥、虫等、とやり合いながら暮らしています。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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