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歩きお遍路

友人がこの頃神社仏閣巡りに狂い出し、あちこち行っています。信心深いとは遥かに遠く、太宰治に憧れていた人です。最近、お四国参りも始めているようです。友人はお参りがマイブームで、この分だと全国のお寺参りに行きそうです。

四国遍路。昔私も行きました。歩きで徳島から始めましたが、私は足が遅く、一日歩いてもそう進みません。なんとか高知まで行きましたが、高知までの海岸を歩きながら考えました。私の歩みの鈍さは極めつけでした。最後までの距離とそれまでにかかる宿泊日数、金があまりにもかかりすぎることに恐れを抱き、高知の繁華街で偶然中古のママチャリを一万円で目にし、それを買って歩き遍路をやめてチャリ遍路となるこことしました。

車や電車で回らずにとにかく自分の足で行くのだからままいいやと、思い、歩き遍路をやめました。
こうぼう


高知市から先はチャリで行ったのですが、その途中で徳島の山中で同行したおっちゃんの歩き遍路に出くわしました。この人は体格も良く、歩くのも早く、歩いて遍路をするということにこだわるし、そのことに誇りを持っている人でした。その上、足も早く、私のようないい若いものが仕事もせず遍路をするなんて、いかんやつだと思っているのがありありとわかる人でした。その人は何か痛風のような持病を持っていてそれを治したく、祈願をかねて、遍路をしているようでした。

そのおっちゃんは自転車に乗り換えた私を見て、歩きで始めたのに、チャリに変えるなんて情けないやつと思ったらしく、何か声をかけてきましたが、私は言われることはわかりきっているので、さっとチャリで抜かしてやりました。
あの親父は歩くのが早いし、自力で歩いて行くのを誇っていたけど、なんかなぁと私は思いました。

大体、歩くということが競走からは外れたことでないのか❓早くいっぱい歩けるというのを自慢したいなら、車で行けよ。わしは歩いている。それも早く。すごいんだ なんて思っとるとしたら、歩かなくてタクシーに乗って運転手さんや車に感謝していく方が本当ではないのか❓
そんなことを私は思いました。

徳島から高知市まであのおっちゃんに何度も追いつかれ、厳しいことを言われヘキヘキとしていた私は、自転車を見て、思いました。予算のこともあるし、ここで自転車に乗る方が、本当ではないのか❓無理して歩いて、自分は歩き通したすごい人だとちょこっとでも思ったりしたら、私の思う本当の遍路ではなくなってしまうだろう。途中で歩くこともできなくなった情けないチャリ遍路だけど行かさせてくださいと、そんなふうに前に進むのが自分に相応しいと、私は思いました。

早くいく。力を誇り、すごいぞと胸を逸らしいくのもいいでしょう。でも早い、強いなら車で行けばいいのです。私の行き方はこれでいいと、チャリで高知からは進み、最後の札所まで行きました。歩き遍路もあんなおっちゃんばかりでなく、同じようなおじちゃんだけど、私の歩くのがあまりにも大変そうに見えたのか、気遣ってくれる人も何人もおり、あれはあれでいい思い出です。

ビワ


大昔のまだ三十前の話です。チャリで遍路の3/4は行きました。歩きよりはマシとはいえ、もう一度行けと言われても行きません。自力で四国一周は本当、大変です。しかし、途中でお接待でもらった大きな琵琶の甘さは忘れられません。
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着物で出かけました。お茶と桜とetc

着物イベントで出かけました。着物は蕪やなす、唐辛子などの野菜の柄です。帯ははるか昔、12歳の時にに初めて作ってもらった名古屋帯です。半分子供の頃に作ってもらった帯なのでこんなおばさんが締めるのは三十代の時も憚られましたが、今回、思い切って締めました。着物の人が多いイベントなのでみんなに紛れて目立たないだろうと、思い切ったのです。

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庭園で撮りました。花曇りで雨の心配があり、下駄ばきです。下駄はクッションがないのでカクッとなります。しかし、神社の砂利や地面の凸凹など足裏に直接ショックが来ず、足は楽でした。草履や靴よりも私のような足裏がすぐ痛くなるタイプには非常に楽に歩ける履き物だと思いました。ただ、桐の歯は柔らかく、履くたびに大きくすり減っています。

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お茶もいただきました。昔痛めた足が気になり非常に行儀が悪くなってしまったことを、あと思い出し、恥じています。

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昨日は、朝からどんどん桜の蕾が膨らみ、咲いてきて、帰る頃は来た時よりも花は開いていました。
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マンボウがあけて知人と会食

マンボウもなくなり、友人たちと会食しました。天ぷら、刺身、その他美味しいものをいただきながら、家族の話になり、三人とも家族構成も生活もずいぶん違うことがわかりました。それぞれの毎日と、人生での出来事など聞いていると、「えっそんなことが❓あったのか」なんて感じたりして、みんなそれほど順風満帆ではないのだなぁと思いました。

私は友人に「るんるうんちゃん、兄弟は❓」なんて聞かれ、いつもはそう言わないのです。でも、「三人だよ」なんて言ってしまいました。説明するのがめんどくさく、普段は二人というのに、今日は言ってしまいました。この歳になるともう死んでいる兄弟を持っている人もいて、減っていてもそんなに疑問に思われないだろうと瞬間的に思ったのです。

帰ってから、久々に亡くなった姉妹のことや、幼馴染、外国での同期の仲間、親たちなどがザーッと頭に浮かんできました。この頃はあまり思い出すこともなかったのですが。思い出すと、どうしても思ってしまうのが、もっと手を伸ばして持ち堪えていれば、と手を伸ばすイメージが出てきてしまいます。これはどうしようもありません。

旦那のお母さんみたいに、十分生きている、いや、生きすぎているぐらいに見える人だと、きっと亡くなっても旦那はこんな思いはしないだろうと思うと、いいような悪いような、どちらともいえないなぁと思ってしまいます。長生きの人は、死んだ後、周りがいつまでも心残りのような切ないような割り切れなさを持たなくて良いので、やはりめでたいのだと思います。でも、いつまでも振り回されるという地獄つきです。

人間はそれほど長生きせず、それなりに歳をとって死ぬというのが平和だろうと思います。
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3/19のいなべの梅と12の近所の梅

去年は二月中頃で満開でした。今年は開花が遅いだろうと、約1ヶ月遅れで行ってきました。
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三月半ばでもまだ盛りでした。

こちらは地元の公園で3/12に撮った梅です。ちょうど白も赤も両方咲いていました。
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こちらの花は3/20でもまだ咲いていました。
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梅が好まれるのは、開花時期が長いということもあるのかもしれません。長寿を連想させますから。
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何がフェイク情報か❓ウクライナなど

ウクライナに住んでいて日本に脱出された何丘さんのブログです。

何がフェイクか、市民はどういった状態なのか❓ロシアに正義はあるのか❓など、このブログを読むと参考になると思います。ウクライナにもロシア側の言い分を言う人もいるし、政治の腐敗もあると思います。ただ、一般市民として自分がこの状況に置かれたらどうだろう❓市井の声を聞くことが必要だと思います。

流亡の記
ロシアに侵略されてるウクライナに住んでる日本人の日常と心情
オデッサ(ウクライナ)情勢、現地報道まとめ
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昨日はオルガンコンサートへ行きました

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今回は、バッハとその関連曲ばかりでした。今までオルガンを聞きに行っても、現代的な物ばかりだったり、ちょっとポップだったりしたのです。そういう選曲のせいもあったと思います。オルガンといえばバッハと思う私には満足できない何かがあったのですが、今回は満足しました。と言っても、曲は前半のバッハでなく、後半のメンデルスゾーンやブラームスなど、よかったです。最後のレーガーは音の広がりというか鳴りがすごくて嫌いな人が多いそうですが、非常に気に入りました。
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今回と合わせて何度も県劇場のパイプオルガンを聞いて分かったのは、オルガンとそれが置いてある劇場や教会に合う曲があるということです。私が昔外国で聞いたパイプオルガンの音は多分バッハが合っている教会だったのだろうと思いました。何度県立劇場で聞いても天から音がひらひらと落ちてくるようなあの音がなかったのはそのためだったのかと今回やっと納得しました。

県立劇場のオルガンはとても大きいので、多分、江戸時代、元禄前後のバッハの音楽より、江戸時代後期、から明治時代以降の作家の曲の方が合っているのだろうと思います。時代により、楽器も建物も大きくなって行ったのだと思います。それで曲もそれに合うようになったのだと思います。その代わり、段々曲もオルガンも時代が新しくなるに連れて、その時代の音を表現するようになっていったのでしょうか。
何にしろ、県立劇場の大きなオルガンは街の教会でステンドグラスから漏れ落ちる光と一緒に包まれるような音ではないのだろうと思いました。

帰りはしばらく耳が聞こえづらいような変な感じでしたが、地下鉄の中で元に戻りました。
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春めいてきました

ウクライナへのロシア軍の侵攻以来、今まで見ていたひどい夢を全く見なくなりました。夢で見ていたのが現実に変わったみたいで、いい感じはないですが、睡眠が取れるということで、この頃はすっきり眠れるのでありがたいです。

先週、散歩に行ったところ、少しだけネモフィラが咲き出していました。
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とはいえ、まだ咲いている梅もありました。
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公園全体はまだ冬っぽいですが
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これはこれで美しく、
若葉が萌え出るのが待たれます。
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おなじことをずっと言い続ける義母

昨日は義母を整形外科に連れて行きました。整形では、肩の骨折はよくなりもう治療は終わりということでした。しかし腰が痛いということを訴えていたので、しばらくは1ヶ月に一度注射をしてもらいに病院へ行くということになりました。

さて、今回は行きも帰りも義母が「寒くて、腰が痛い」とずっと言い続けていました。車はエアコンを効かせているので寒くはないのです。が、ずっと言い続け、病院でも、帰りの車の中でも休むことなくずっと「寒くて。腰が痛い」と言い続けていたのです。

旦那と義母を車に乗せているときから、「寒くて。腰が痛い」...エンドレスです。車で走っているのはそれほど長くないのですが、最初の信号待ちぐらいから、旦那も私もなんとも、苦しいというか、逃げたいと、いう申し訳ないけど思ってしまいました。もう、我慢できないという感じで、背中が重いというか、勘弁してくれという思いに駆られたのです。
車の中は、ドーンと重苦しい雰囲気になり、義母の「寒くて、腰が痛い」という言葉以外はなく、旦那と私ははずっと無言でした。

なぜですかね。たかが、「寒くて。腰が痛い」という言葉がずっと続いているというだけなのですが、耐えるのが苦しかったです。義母はコロナの前までは痴呆検査もいい成績で全く普通以上だったのに、あれだけ同じ言葉をエンドレスで一時間も言うのは、やはり、認知症だと思います。認知症だからしょうがないと思えるので、怒りが湧くとかはありません。ただ、あれだけ同じことをずっと聞かされると、参ります。

だんなも疲れてうんざりしたらしく、帰ってから「今日は吸い玉を背中にしてくれ」と言いました。寝る前にしてやったところ、吸い玉にマイナスエネルギーがしこたま入っているような気がしました。気がつくといつもは近くにいる猫が外にいて中をうかがっていました。なんとなく猫は吸い玉が吸ったマイナスエネルギーを察知して、それを浴びないように外に出ていたのだと思います。

ネットで調べると、認知症老人の繰り言、同じ話がたまらないなどと、たくさん出ています。たかが同じことを言っているだけなのに、聞くこちらは逃げ出したくなるほどの強烈な何かを感じます。こちらの不徳と致すところだとは思うのですが、いつもこれ以上は耐えられんと思ってしまいます。通院が1ヶ月に一度になり、少しは気が楽になっています。
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歯医者に行きました

連休中、左の下の奥歯の横がピッピっと痛みました。何も食べなくてもぴっと来るし、食べてもくない時もあります。ただ手で触ったらピッとくるところがありました。これは、すぐに歯医者に行かねばと休みが明けたら、予約して今日行ってきました。

結果は、なんともないとのことでした。ピッと来るのは本当なのです。でも、不思議で全くない時もあり、今日からは何もぴっとこないのです。よくあるんです。左側の歯は上も下もちょくちょくこのように謎の痛みが出る時があります。いつもの歯医者さんは悪徳ではないので、何も削ったりせず、私の言っている歯の写真も撮って、「悪いところはない」と言ってくれました。

まぁこの歳になるとたまに友人が総入れ歯だなんてことを聞いてびっくりしたりします。50、60で総入れ歯だなんて、悲しいです。そういえば父は四十代で総入れ歯、母も五十代で部分入れ歯を入れていました。多分歯周病がひどくなり、抜けたり、抜いたりしたのだと思います。歯磨きもちゃんとしていたのに歯周病になっていました。昔は歯の健康診断をそうやらなかったから、歯の寿命が短かったのかもしれません。

歯も死ぬまでもってくれればいいのだと思っていますが、そのためには今ある過剰歯を抜いた方が歯周病で歯を失くすリスクが少ないとの歯医者さんの言葉に、どうしようかなぁと考え中です。確かに、余計な歯を一本抜けば随分歯磨きはやりやすくなります。しかし、素人考えだと、せっかくある元気な歯を抜いてしまうのは勿体無いのでは❓なんて思うのです。
とりあえず、歯と歯茎の境目をよく磨くつもりです。でも、そううまくはできそうにないです。歯並びが悪すぎるからです。磨けるだけ磨いて、歯医者の定期検診の回数を増やす方が先決かもしれません。父も母も平均寿命なんてとてもいかなかったのは、歯周病が心身に悪影響を及ぼしたのかもしれないと思っています。歯は体に比べて軽く見がちですが、全身に影響を及ぼす重要な器官です。

親のようにならないよう、歯を大事にしたいと思っています。
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不思議な蛾の群れープーチン誘蛾灯

我が家にはテレビがないので、世間一般の声や有名知識人の意見などあまり知りません。ただ、藤井先生の番組やヘミシンクピンポンパンで幾人もロシア擁護、プーチン万歳。などと言っているらしいと知りました。

一部のそのことより利益を得られる政治家などは わかりますが、一般の人まで熱心にプーチンを応援したり するのは、非常に不思議に思います。一方的に武力を持って人の国に押し入り、建物を破壊し一般人を殺している。それだけで100% プーチンのほうに非があるんだと思います。それが、スピリチュアルが好きな善良であると自身が自負している人たちが、ロシアの応援をしていると言う事はどういうことなのか?

これは、ある種の人間の持っている指向性{上を目指す。光に向かう}に負っているのだともいます。そのタイプの人間はピラミッド型の社会を是としているのです。一番上にはたった一人。その他は非常に細かい分類にしたがって階段型に人間が存在します。そして一番上、もしくは上部にいる人間はその社会のいる人間に対して眩い光を放ち、みんなそれに魅了され、崇め群がるのです。

横から眺めると誘蛾灯の灯がその頂点であるカリスマプーチン。それにひき寄せられるのが蛾であるスピリチュアルで善良を自負するプーチン礼賛者なのです。しかし、実際に住むところを破壊されるとはどんなことか、そのため人も死んでいるし、悲惨そのもだと思います。なのに、そういうウクライナの状況に心を寄せることもできないとは。のほせあがりすぎです。

なんのかんの言っても、スピの人だと言っても、本来のひととは、大きく違うのだと思います。一番上の強い、光に溢れたカリスマを求める人たち。それしか見えないのでしょう。それとも周りの人たちをそのまま見れるか。蛾になってしまったらおしまいだと思います。

誘蛾灯に行った蛾の末路はどうなるのだろう...



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ウクライナなど

ロシア、ウクライナのことなど、テレビがないせいか、ワイドショーなどで言われていることなどは全く耳に入りません。YouTubeでこれはといった映像を見るか、有料視聴している藤井厳喜先生のワールドフォーキャストを見るぐらいです。篠原さんのYouTubeはほとんど見ていません。篠原さんは大物のジャーナリストですが、ふっふっと何か引っかかるところがあるというか、わざと突っ込まないところがあるようなところがあるので、早送りで飛ばしながらたまに見る程度です。こんなことでちゃんとした情報が入るのか❓結局は自分の気に入ったものを見るだけです。偏っているかもしれません。

ロシアの情報も何が何だか、どれが本当でどれがプロバガンダなのか❓私もよくわかってないとは思います。大局的に見て、藤井先生は戦争を起こしたロシアがまずはいけないというスタンツで、ロシア擁護はしてないと言うこと。ウクライナも中国と連んでいる部分はあるが、まずはロシアの暴虐は❌だと言うことを言っています。篠原さんは生物兵器研究所のこととか言ったりしていたようですが、藤井さんはそんなことは言わないし、なぜ言わないのだろうと思っていましたが、この頃は訳がわかったような気がします。

多分、藤井先生は、こう思っているのではと思います。ー大局的に見れば、今の最も重要なことはロシアの侵略に反対することである。仮にもジャーナリストがロシアにも理由があるなどと言うと物事がねじ曲がっていく。言論人として、侵略に異を唱えるスタンツを取るべきだ。ー

ロシアの肩を持つようなことは言わない、しないのだろうと気付きました。ワールドフォーキャストも全部見たわけではないですが、ロシアの侵略にちゃんとノーを言っています。節約のため、視聴をこの三月でやめようかなぁと思いましたが、続けることとしました。
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もうお彼岸です

いつの間にか、春分の日、春休みとなります。早いです。先週、川の土手で何かを取っている人がいました。「多分つくしだろう」と家で話していたら、旦那が「採りに行こう」と言い出しました。あんまり人のこない場所を知っていたので出かけました。そこでは予想通り、つくしが生えていました。が、小さくて痩せているものばかりでした。でもせっかくきたし、そうたくさんなくても良いだろうと、両手で掴めるくらいはとってきました。

帰って、ちくわや菜の花と一緒に煮ました。まあまあ美味しかったですが、量が少ないのであと一回分しか残りませんでした。

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いなべの梅林へ行きました

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今年は例年より約1ヶ月遅れの梅見物です。昨日の雨風で梅の花、蕾までも落ちていました。でも、桜と違ってしっかりと枝についているものもあるし、ほとんど蕾ばかりの梅もありました。ただ、まんぼうで去年と同じく梅祭りは中止です。出店も何もありませんでした。祭りはなくとも、梅はたくさん咲いているし、何も梅祭りなんてイベントをしなくても十分だと思いました。
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力なし、自転車で栄まで行ったところ

この間、自転車で名古屋市内まで行きました。そのことを知り合いに行ったら、「体育会系」なんて言われました。「そんな体育会系なんて違うよ。体力もないよ」と言ったのですが、知り合いは地下鉄を使う区間を全部チャリで行くというのが信じられないらしく、私のことをすごい筋肉モリモリの体力のあるおばさんだと思ったようです。

違うのです。自転車だから行けるのです。自転車は、力なし に優しい乗り物です。筋肉がなくても、腕力がなくても、もともとパワーがなくても、自転車が補ってくれるのです。なので私のような人間でも好きなところに連れていってくれるのです。

ドッチボールや、相撲とか小学校の体育では逃げてばかりいて、「早く終わらんかなぁ」なんて思っていました。中学、高校では、バレーやバスケばかりで球が痛いし、あんな球取り合戦や打ち込み比べみたいなのはやる気もまるで出ず、これも早く終わるのを待つばかり。嫌だったなぁ。それでも自転車を走らせるのは好きでした。

昔は自転車で栄まで言ったなんて言えなかったし、言ってもすごいと言うより、変な人と言われるばかりだったので、自転車で栄とか、木曽川とか言い出すと、電車で行けばいいのに、なぜそんなことをと、バカが考えることみたいな空気を感じていました。しかし、この頃は少し空気が変わってきたように感じます。先日は、ヘルメットをリュックに下げて歩いて三越で商品を眺めていると、「自転車❓かっこいいね」と複数の店の人に言われました。近くの自転車専門店でも「ここから名駅にチャリで行くとすると云々」なんて話になったりして、チャリで少し遠出しても変な人認定されなくなってきたのです。

いいことです。昔は小さくなって自転車の遠出をしていましたが、今は堂々とできます。ただ、遠出は一人です。誰もそんなことをしたい人は周りにはいないのです。でも、一人の方が気ままに走れるのでいいのですよ。
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昨日は眠気で更新できず

昨日、夕食後にブログを書くつもりでした。しかし、猛烈な眠気で更新もせずに寝てしまいました。今日起きたら地震があったとか。何も気がつきませんでした。東北で地震だなんて、まだ三月です。暖かい日のときもあれば、雪が舞う時もあります。あんまり被害がないと良いですが...新幹線が上に跳ね上がったとも聞きました。それでも死んだりする人もなかったと言うのは、さすが日本の新幹線だと思います。

昨日は、良い天気で居間に入る瞬間、こんなに暖かいと地震が来そうだと思いました。この暖かさも少しは地震と関係あるかもしれません。天気が良いので、図書館にロシア史、キエフ公国の本など探しにいきましたが、観光を兼ねた「ロシア」と言う本が一冊あるだけでした。日本人のロシアから北欧にかけての意識の薄さを見た気がします。ロシア語がなぜギリシャ文字なのか、それがロシアでもなくウクライナ、周辺の地でも使われているのはなぜか。それはキエフ公国と密接な関係があるからです。今のロシア、モスクワ、歴史ある都とされるサントペテルブルグでもキエフと比べれはそれから派生した都市とも言えるのではと、詳しく歴史を見たいと思ったのですが、近くの図書館にはありませんでした。

歴史からすれば、ロシアに文明、文字をもたらしたキエフ公国の末裔であるウクライナに、今は末流であるロシアが正統な風を装い、殴り込みをかけている。そんな風にしか私には思えません。今と、少し前のソビエトしか見てないと、歴史ある大国ロシアと、その周辺の弱小周辺国ウクライナと思いがちですがそうではありません。

もう少し詳しい歴史を探ってみたいです。ロシア語の抗議プレートを後ろ手にして、しょっ引かれている人の姿を見てから、その映像が消えません。違う図書館へ行ってキエフの歴史を調べてみようと思っています。

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夢をパッタリと見なくなった

ロシアのウクライナ侵攻後、夢を見なくなりました。今は見ないので幸いです。夢の内容はよくないものばかりで、口にするのも思い出すのも嫌なので、書けません。なんだかんだ言っても、直接外国の軍隊から攻撃を受けるだなんて、ウクライナの状況は悲惨だと思います。

ある種の人間は社会道徳という枷が取っ払われると、考えられない残虐性を発揮します。昔の、北方四島を掠め取ったソビエト、民間人の日本人を捕まえてシベリアで強制労働もさせました。大陸から帰ってくる婦女子にも凌辱の限りを極め尽くしました。このようなことは自分がされなければ知らぬ顔をする人間も多いのです。人権とか、自由とか。そんなことばを言うのは、火の粉が被ってこないところで唱える趣味の念仏みたいなものです。

悲惨な夢が途絶えてしぱらく経ちました。念仏を唱えるのもバカらしいし、戦争を嘆いていてもしょうがないです。不謹慎かもしれませんが、楽しく毎日を送りながら、せめて公平な見方ができるよう、ちょくちょくロシア、ウクライナ情勢のYouTubeを見ています。

私は夢で悲惨な光景を見たので、とにかく、人の国に武器を持って押し入り、破壊するなんてこれは❌だと思います。口より、現実、行動です。穴の空いた小学校の壁、割れて散らばったガラス窓。これが現実でロシアのやっていることです。昔、アメリカが「戦争を止めるためにやったことなのでで正義である」として原爆を落としたことと同じです。そんな正義はないです。民間人、民間人が住んでいるところに攻撃は完全に❌だと私は思います。
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街中の人出は多かった

今日は名古屋駅近辺で友人と待ち合わせし、その後歩いて栄まで行きました。栄に着いたら道を歩く人は多いし、三越の中もたくさんの人がいました。人気店なのか、行列のチョコレート店も見かけました。自転車で出かけました。歩道をゆっくりチャリで行く老人も多く、危ないのでこちらは押して歩くことが多かったです。バスも停車時に老人の団体を吐き出していたので、先を行けず老人が降りて道から消えるまで待っていました。

今日は暖かく、みんなお出かけしていたのだと思います。

友人は居酒屋バイトをしていて、午後は仕込みとお客の相手で、客はほとんど老人だそうです。やっぱり、人口構成が老人が多くなっているのだと思います。友人は「自分はそんなに長生きしたくない」と言いました。自分も老人になるのだろうけど、長く生きるのもそういいことだと思わないし、でも、今の年寄りを全て嫌うのも違う気がするし。なんにしろ。自己中な自分中心の年寄りにはならないよう、心して生きないといけないなぁと思います。
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自転車の話題が増えた

黄色い自転車を買ってから、今までまるで知らなかった自転車のメーカーの名前がわかるようになりました。ダホン、GIANT、ルイガノetc。ルノーなど自動車メーカーまで自転車を出しているなんて、初めて知りました。

実は去年買った自転車は安定性があり、八段変速、二十インチで走りやすいのはいいのですが、12キロあります。ホームセンターの折りたたみは20キロ弱あったのでそれでも随分軽いのですが、電車の車内にも持ち込むにはもっと軽いものがいいと思うと、どうしても軽いルノーの自転車話を旦那にしてしまいます。

旦那は自転車には興味はないのですが、いつも私の話を聞いているせいか、通勤途中にあちこちの家に止めてある自転車に目が行ったようです。先週、旦那が、うちの近くの家で、ルノーが無造作に止めてあるのを見たと言います。でもルノーと書いてあってもなんかそれっぽくない感じだったようです。それで私が見に行ったところ、ルノーの自転車はありました。が、無造作に軒先に置いてあり、その辺のホームセンターで売っているような買い物かごがつけてあります。その上、サドルとかにビニール袋が被せてありました。自転車本体は汚れていました。

ルノーの自転車は安いものは二、三万ぐらいからあったような気がします。ですので、近所の家では普及品として扱われていて、それほど大事にはしてないのでしょう。旦那は、私が黄色の自転車が盗まれないように、家の自転車置き場でも太い鍵をつけた上にカバーをかけて自転車が泥棒の目に入らないようにしているのを見ているので、ルノーの自転車が無造作に外に置いてあるのを見て変な感じがしたのでしょう。

ルノーでもピンキリだし、持ち主の意識もさまざまでしょう。ただ、私の自転車はコロナの影響もあり、品薄状態が続いていて、手に入りにくいのです。その上今年、一万円も値上がりしたので、やっぱり泥棒対策はしないとなりません。すると、出かけるたびに重い鍵を背中に背負って行くこととなります。良い自転車に乗れるのは嬉しいですが、下車するたびに盗まれないかと心配するのが定番となっています。これはこれで煩わしいです。

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切符を考え中

昨日の寒い電車にはまいりました。もうあんなに寒い思いは味わいたくありません。暖かくなったら乗れると思いますが、今のうちは無理です。というわけで、どのように病院まで行くか考え中です。

実は遠いし、金もかかるしということで通院はほぼやめていました。しかし、昨日診療を受けて帰ってから、目の調子が良く、よく見えるし、疲れないし、痛くもなりません。あんまり金を使いたくないとケチケチしていても、目にはよくないだろう...少しでも通院を続ければ目の調子はそれなりに保たれるだろう。
毎月とは言わないまでも、2ヶ月に一度か3ヶ月に一度くらいは行ったほうがいいかもしれないと思い、どのように行くか考え中です。

新幹線を片道使う。バスで往復。気候の良い時に例の近鉄快速を片道だけ使う。片道だけ近鉄特急を使う。青春切符を使う。など考えています。JRは新幹線なしで大阪まで使ったことはありますが、途中の大垣から米原、その先で、青春切符を手にした老人たちで溢れかえり、席もいっぱいだし、ぎゅうぎゅう詰めでびっくりしたことがあります。
あれほど殺気だった乗客の群れはなかなかないです。席争奪戦に湯気が立ってくるような気がして、もう乗るのはやめたのですが。しかし、老人が青春とは❗️なかなか面白かったです。

節約もしたいし、とはいえ寒い冷蔵庫の中に居続けるようなのはまっぴらだし、悩ましいです。目には確実に漢方のお医者さんはいいので、やめることはできないと今回悟ったし。何を切り捨て何を残すのか、時刻表と予算と体力を秤にかけて、一番いい方法で通院することとします。
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寒すぎる電車

今日は和歌山まで眼科受診してきました。この頃は旦那が定年後の再雇用になったり、コロナ以降私のバイトも全くなくなったので収入が今までより減りました。そこで節約のため、名古屋から鶴橋まで近鉄の快速&普通電車、鶴橋から天王寺までは環状線、天王寺から和歌山まで阪和線の快速に乗っています。特急を使わないため、普通料金のみで行けるのが良いともう何回もこの路線は乗っています。まぁ、朝一番列車に乗るのが辛いですね。朝早いだけで安く行けるならと行っていましたが。今日、この路線には重大な欠陥があることに気づきました。

欠陥とは...

こちらの名鉄と同じように思ってはいかんということです。今日は名鉄の一番電車に乗った時は普通でした。そして、名古屋駅で近鉄に乗り換えて、すぐに、足元に猛烈な勢いで冷たい[多分外気]風が当てられます。名鉄ではそこからは暖かい暖房風が送られるはずなのですが、送風というより、外気そのものを強風で送ってくる感じです。今日の五時台の外の気温は確か三度くらいです。その空気を直接当てられるのです。寒い寒いぞ。多分、暖房の効きが初めはうまくいかず、時間が経てば暖かくなるだろう。二、三十分も経てば、温まってきて気にならなくなるだろうと思っていましたが、三十分経っても一時間経っても変わらず、けっきく鶴橋までむちゃくちゃ寒い風を受けながら過ごしました。寒すぎるせいか、だんだん登ってくる太陽の光が窓を抜けて手とかに当たると少し暖かく暖まるのです。

朝の太陽が暖かいなんて、どれだけ寒かったんだ❗️

この頃は少し春めいているので、冬の格好では車内では暑かろうと、早春ぽい服装で出かけたのが、痛かった...
寒くて寒くて、鶴橋で駅の構内に出たら外の方が少し暖かいぐらいでした。そして、環状線に乗り、椅子が少し温まっているかもしれないと期待して座りました。座ってみたら僅かに、奥の方から暖かさが感じられました。

おぅ。わずかだが、JRなら少しは暖かいかもと阪和線に乗りました。すると、今度はブワァと頭の上から強風で扇風機が風を吹きかけます。今度は近鉄ほど寒くなく、それは多分、この扇風機は車内の空気を回しているだけで、外気ではないからだろうと思いましたが、足元を覗いても温風の吹き出し口もありません。

暖房がない❗️近鉄よりは多少マシでしたが、でも、寒かったです。

今までもこのルートで乗りましたが、真冬に真冬の服装で乗ったため、まだマシだったのだと思います。でも、今日は参りました。寒すぎるのです。暖房がないなんて、冬、早春はこのルートはやめて、バスか、新幹線でないとやってられないと思いました。全て特急抜きなので、五時間近くも電車に乗っているわけで、その間ずっと冷蔵庫のおかずみたいに冷やされ続けるのは辛いのです。多分、この電車に乗っている人は名古屋から和歌山までずっと鈍行なんてしてないので、我慢できるのだと思います。

帰りは高速バスにしました。乗ったら程よい暖かさで、すぐ寝てしまいました。行きは寒すぎでとても眠れなかったのですが、暖かいということは良いことです。最後に名古屋駅から名鉄の普通電車に乗ったところ、足元にはほかほかと暖房が効いていて、暑いくらいでした。

暑くてもいい。冷蔵庫の中よりはと思いました。関西の電車は暖房しないのでしょうか。行きの阪和線では弱冷車と壁に書いてありましたが、あれが弱なら近鉄は強冷車でしょう。昔、ブラジルの知り合いのところに泊まったところ、ブラジルは暑いからシャワーは水と決まっているのだと言われ、入浴は水シャワーでした。暑いところだからお湯は要らないということでした。でも、実際に水を浴びると冷たくて飛び上がりました。暑い国の風呂は水だから嫌だなぁ。自分の住んでいるところは温帯だからシャワーはお湯という常識だからよかったなぁと思ったものです。

電車の暖房も地域によって違いがあるかもしれません。高校の頃、飯田線では暖房が暖かすぎて、眠くなることも多かったです。
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木曽川までチャリで行ってみました

新しい自転車を、古墳の駐車場まで車に乗せてみました。自転車を車に積み込むのもまだ要領を得てないため、多少手間がかかりました。しかし、折り畳み部分の油がついているところなど、袋を被せたり、事前に折り畳み自転車用のカバーを作っていたため、車を汚さず運べました。そのまま載せるだけではガタガタするため、なんらかのがたつき防止がいると思い、自転車と後部座席のシートベルトの接合部分を自転車の荷物ローブで結んだところ、普通に発信、右左折、停止をしたぐらいでは全く問題ありませんでした。

これからはこの運び方でいいかなぁと思えました。車での運搬はこれでいいだろうと安心しました。

古墳から、木曽川犬山緑地まで7,8キロありました。しかし、今日は風もなく暖かく自転車散歩日和でスイスイと漕ぐことができ、無事に木曽川まで着くことができました。
川に着いたら、河川敷でボール遊びをしている人がいました。がそれ以外はあまり人はおらず、鵜飼船が夏の出番を待ちかねてずらっと並べてありました。
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そこから岸を少しくだり、川の流れを見たら意外と綺麗で透きとおっていました。
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何かが憑いていたのかも

今年の初め頃までなんとなく気分が乗らないというか、やる気がないという状態でした。その上、気分が滅入ることもありました。自分としては、こんな気分でいたくないのに、どうも気が滅入るのです。それを無理にでも拭い去ろうと、型染めをしたりしてもどうも鬱々とした気分の只中にいます。何かをやれば多少気分は上がりますが、やる気が出ないのです。

どうしてしまったんだ。わし。

ものすごく嫌な気分というわけでもないのでそのままにしていましたが、時折感じるのです。この気分は自分らしくない。自分ぽくないと...でも、気分はそのままなのでしょうがなく普通に息をして普通に過ごしていました。

この二月でしょうか。ある時、スペイン語の構文の本を広げて、忘れてないかチェックをしはじめました。それと同時にいろんなネットの記事を見たりし始めたところ、不思議なのです。スペイン語の構文の本を開けて、読んだり書き始めた途端、はっきりと自分の中がスッキリとし始めたのを感じました。なおも本を読み進めたところ、なんと、何ヶ月か続いたやる気のなさと鬱々とした気分がザーッと取り払われた気がしました。

それ以降、今もですが、気分がスッキリして普通にあちこちいろんなことに興味を持つ本来の自分になっているのです。スペイン語の構文を見ているうちサーっと気分が変わっていくのがあまりにも差があり、自分でも驚いてしまいました。
これはなんなんでしょうか。実は私はスペイン語は、しばらく本を見過ぎていたため、目がまたも悪くなってしまったので、中断していたのです。また、座り続けていたためか、腰、骨まで痛くなり、これは流石にまずいと少し勉強から遠ざかることにしたのですが、それ以降、気が抜けたというか、腑抜けてしまったような気がします。

そんな腑抜け状態のところに、何者かが取り憑いたのでしょうか。ただ、スペイン語を再開後の私と中断中の私はまるで違う人の気分でした。よどんだ気分は旅行に行けば瞬間的には治りましたが、すぐに元に戻ってしまっていたのに、構文の本を見るだけで心身の中まで入り込んでいた何かが抜けた感がします。

何が、どうして私の中に入っていたのか、自分でおかしいと思っていても抜けなかったのに、スペイン語の勉強を再開するだけで吹っ飛ぶとは、不思議です。
以前、フランス語の本を読み、義母の骨折対応などをし始めて少しは気分が上向きましたが、完全ではありませんでした。しかし、今はもう完全に元に戻りました。構文は、また全ておさらいして、じっくり説明を読んだりして楽しんでいます。こんなことができるなんて、昔、外国に行っていたからです。むちゃくちゃ大変でしたが、若い頃、ただでスペイン語を学ぶことができたことに本当に感謝しています。
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自転車の練習

新しい自転車を昨年、買いました。この頃は春めいて、日中は暖かい日が多く、自転車を走らせています。ママチャリでは止まる時は、サドルに座ったまま足を地面につけていました。しかし、スピードが出る自転車ではこれでは足の力が無駄になります。

よく街で見かけるのは、自転車乗りたちは乗り降りする時、サドルに腰をかけずにフレームの上に跨ったままひょいと腰を上げ、走り出したりしていました。
ーこれだなー
このスタイルで自転車に乗れば、サドルを高くしてもいいし、そうすると足の力もそう無駄にならずもっとグングン先に進めるぞ。そう思い、やってみようとしたのですが、お尻を上げたまま、着地するのが恐ろしくずっと先送りになっていました。が、ー今のままでは足がくたびれるぞ、ーとなんとか練習してみようと思いました。そして、いい方法を考えつきました。

いい方法とは、サドルをぐんと下げ、その上にお尻をあげ、着地してみるのです。お尻が空中にあって着地しようとしても、ふらついたりしたらそのままサドルにお尻を下ろせば良いと言うわけなのです。

田んぼの真ん中の誰も来ないであろう畦道でやってみました。すると、サドルからお尻を離して着地、停止もなんとかできました。その後、サドルは上げて何度か練習中です。練習を始めてまだ一週間も経ってません。まだなんとなく怖い感じはします。でも、サドルをずいぶん以前より上げたおかげで、漕ぐのが楽だし、スピードも上がりました。街中走行はまだ少し怖いです。でも、田んぼみちなどは平気になってきました。

もう少し練習します。
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内職の手間賃

昨日、シール張りの内職のユーチューブ動画を見ました。一万枚のシール貼りで、52時間かかったと言っていました。最後に手間賃を発表していました。それが、びっくりするような金額だったのです。52時間も費やして、なんと三千円ぽっち。それを旦那に言ったら、旦那は「それくらいだったらまだいいよ」なんて言いました。旦那に金額を言う前に「どのくらいになると思う❓」と聞いたところ、1500円と言っていました。結構近い数字でしたのでびっくりしました。

私は、七万ぐらいかなぁと軽く思っていたのですが、1500円と結構近い値を言える旦那は、すごいなぁと思いました。旦那は義母の内職の手伝いを子供の頃ずっとしていたので、内職の工賃については明るいのです。0.3円とか、2円とか、いろんな例を出して言っていましたが、聞いていて、嫌になります。

一万枚ものシール貼り。おんなじことをし続けて、諭吉が3枚。⇦諭吉でなかったかな❓千円札3枚です。人間のもらう金額ではないような気がします。

あんまり安い金額で働くのは自分が惨めになるので、私はやりませんが、仕事も好き好きで、こういう内職がいいのだと思う人もいるので、世の中は成り立っているのでしょう。しかし、こんな時間をかけて三千円をいただいたら、スピのワークなんて、とても出られませんね。スピのワークはいくら安くても三千円では参加できません。稀に見る五千円ぐらいのに出るとして、百時間はシール張りをし続けなくてはいけません。八時間労働をして平日きっちり二週間は続けないといけません。それで五、六千円の収入です。

自分だったら、内職もスピのワークもしないなぁ。なんか、世の格差というか、現実を思い知らされすぎです。

旦那は、外に出たくないという人が内職をするのだと言いますが、そういう人が居るとしても、受けとめ辛いです。
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有名な素晴らしい人の言うことだからと鵜呑みにするのは❓

この頃は見たり見なかったりです。飽きしの宮家の方々についてのユーチューブ配信です。でも、まだまだいろんな新情報が出てくるようで、有名なユーチューバーの人たちはちょくちょく新情報を出しています。ジャーナリストの篠原さんはKKについて、詳しく調べていて信頼のおける人だなぁと思っていますが、H親王などの高校入学についてなどは少し甘いような気がして、いかがなものかと疑問を感じることもあります。

飽きしのみや家についても、ひどい行状を知りながらも、あまり強いことは言ってないように感じるのは、自分だけかなぁと思っていたら、コメントやチャット欄には同じように感じることもいたりします。篠原さんもジャーナリストとして生きているので一般人のようにズバズバとは言えないかもと思っています。

ただ、先日の動画の中で篠原さんがコメントしていたことはどう考えても違うなぁと思います。篠原さんが言うのに、 ーH親王が作文コンテストで盗作をしたという記事が海外で大きく取り上げられていると、いろんなメディァ、その他が言っているが、そう言う事実はなく、ごく一部のメディアが取り上げただけである。
こんなふうに宮家をことさら悪く言い立てるのはほどがすぎるーといったような内容を言っていましたが。

私はそれって本当かなぁと思ったのです。それで調べてみました。スペイン語で、ナマズ殿下の息子さんの名前と、盗作とか、告発とか、作文とか、剽窃など、言葉を検索にかけてみたら、出るわ出るわ。スペイン語の報道だけでもずらっと出てくるのです。それも結構詳しい記事もあったのです。そして、文は思ったより長く、詳しく、おまけに私たちがそんなに見てないなまず一家やその方々の写真が何枚もあげられているのです。ある雑誌は、アメリカの雑誌ですが、複数のヨーロッパの国で国際版が出版されており、そのスペイン版の記事の下には、ずらっと、まこむろの記事と写真がいくつも並んでいました。

ー篠原さん、そんなに記事は出てないなんて、ないのだよ。本当、こんなに恥ずかしい盗作などと書かれた記事が出回って、ないと思い込んでいるなんて、ちょっと、Google検索したらいいのに。ー
篠原さんがあんなことを言うとそうかと信じる人も多くいると思います。でも、うーんと思ってしまいます。ベトナムや中国で大きく取り上げられていると言うことは、他の国でもそういう可能性はあるのに。篠原さんでも思い込みがあるのだろうなぁと思いました。

なんにしろ、情報は、どんな人が言うことでも鵜呑みにしないことだと思いました。

みると恥ずかしくなって嫌になりますが、ついでに何件かリンクを貼っておきます。翻訳にかけると大体のことはわかると思いますので、興味のある方はクリックしてみてください。三つだけあげましたが、実際はもっと多いです。この分だと、将来の天皇が盗作したと既に多くの外国の人に幅広く知られていることだろうと情けなく思いました。

記事の中に出ている acusa は告発、 plagioは盗作 などの意味です。日本だと、YouTubeなどでも、盗作までの言葉でなくコピペとか、似ているなどとソフトな感じで言っていますが、盗作とはっきり言われると、ガクッとなります。仮にも将来の天皇が盗作だとは、それに頭を垂れる国民って、なんだろう❓情けないです。これは庇うことはできないと思います。

monarquira

hola

bekia
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戦車と戦闘機がやってくる

昨日、寝ようとしたら、瓦礫だらけの街のイメージと、戦車がこちらに向かってくるイメージなどが出てきて、目が冴えて眠れませんでした。昔、自分の方へやってくるとテレビで流されていた戦車の映像が、拭おうとしてもすぐに頭の中に復活してきて、眠れないのです。

本当に、ロシア、中国に責められなければいいが。ウクライナのことは他人事ではありません。

何度もここに書こうとしました。でも、恐ろしくてかけませんでした。もう何週間か前から嫌な夢を見ていて、そのあと、ウクライナの攻撃を受けた惨状を見て、「あっ」と思っています。日本人は銃を持った軍人さんも街で見てないし、戦車や戦闘機がこちらへ向かってくるなんてウクライナの映像を見ても全く関係ないものと見てしまうでしょう。でも、その時が来てしまったら遅いです。

ーあんまり暗いことは考えないようにして過ごすのがいいのかなぁ。ー この頃は嫌な夢を良い夢に作り替えればいいと思い、意識はしています。でも、まだできません。
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いつまで続くのかー長寿の年寄り

今日も旦那のお母さんを病院へ連れて行きました。前回、あまりにも腰が痛いとか言うので、先生が「写真を撮ってみる」と言いました。肩はほとんど良くなりました。写真の結果は、腰が歳のせいか、脆くなっていて、定期的に注射を打つといいということでした。

あまりにも痛い痛いというので、腰も診てもらったのですが。

先回は義母を施設に乗せて行って降りるときには自分で降りていたし、痛いとも言わずに中に入っていきました。なんか怪しい❓と今日義母をよく観察していたら、病院へ行くとか、レントゲンを撮るとかになると「痛い痛い」の連発なのだと思えてきました。どうも、やりたくないとか行きたくないとかだと「痛い」と言って、やめさせようとするのだと思い、帰りに観察していたら、ひとりで立って、痛いとも言わずに自分で車椅子に座り、中に入って行きました。

病院では大きい声で「痛い」とか、自分のことをずっと話しています。他の人は歳の人でも静かに椅子に座っているのに。本当はそれほど痛くもないのに「痛い」と言って診察を避けようとしているなんて、と思うと、もう嫌になってきました。痛い痛いと言っていたので、やはり心配になっていたのですが半ボケとはいえ、もうたまりません。

帰りの車の中では義母が喋り続けていましたが、旦那も私もそれに応える気力も失せ、無言でした。

いつまで続くのだろう。この病院送迎...

近所の年寄りもずっと元気で死なないし、年寄りって、130くらいまでは生きそうだなぁ。そうすると途中で先に自分たちが死ぬからいいということか。義母の通院もあと一回二週間後にいけば、1ヶ月毎になると聞きましたが、死ぬまで続くとなると申し訳ないですが、げっそりします。今日は旦那がとても疲れたそうで、「吸い玉をしてくれ」と言いました。マイナスエネルギーをたんまりと吸い込んだのでしょう。私も疲れました。
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自転車で走る

今年の一月に骨を折った義母。この骨折には振り回されました。が、このことで得たことがあります。人間は老います。骨も脆くなるし、筋肉も衰えます。ころっと転ぶと骨折することもあります。そんな老人を目の前にしていて、自分の体を鍛えたり、気遣うということをしないわけには行きません。私たちも真の年寄りにそのうちなるのですから。

自分も骨をもう少し頑丈にして、筋肉をつけなくては❗️

完璧な年寄りになる前に、体を健康に保ち、できるだけ鍛えておかないといけないと思います。とはいってもそうたいしたことはできません。自転車で毎日10キロくらいは走ることと、中性脂肪を下げるために玉ねぎを毎日食べること。そんなことをまた始めました。
今日川沿いを走ったら、川べりに梅の花が咲いていました。水仙の群落もまだあります。いつもは遠くにあるように感じる造り酒屋の煙突がすぐそこに見えた頃、「気持ちがいいなぁ」と感じました。

家の中で本やパソコンばかり見ているとこんなことは感じません。外にも出ないといけませんね。自転車で今週はずっと出ているのでこの程度で今日は右膝が痛くなりました。でも1ヶ月くらい続ければそんなこともなくなると思います。しばらくはこの形で毎日を過ごしたいと思っています。
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花園天皇の「誡太子書」かいたいしのしょ

花園天皇の「誡太子書」に現天皇はかねてより感銘を受けておられ、今回の誕生日でも皇位継承問題についての質問が出たときにその内容をあげ、「徳」の大切さを述べられたとのことです。

それでこの「誡太子書」を調べてみたのですが、結構厳しい内容でした。万世一系ということや、尊い皇族ということであの篠原さんもひれ伏しているのが、なんか違うと違和感を覚えていたのですが、太平記の時代の天皇が、このような厳しい目を自分たちにも向け、戒めの気持ちを捨てていなかったことに、清涼感を感じます。

世は、乱れ、後醍醐天皇、足利尊氏、楠木正成などが活躍する1300年代に天皇としてわずかな時代ですが即位してあとは僧として生きた花園天皇。「誡太子書」の中の激しい言葉は皇族方の中にもいる、よからぬ方々のイメージを刷新させてくれます。こんな天皇がおったのか、と驚いています。

花園天皇の遺した書、その内容は、天皇は比類ない長い歴史を持つ尊い家柄だから、何をやってもみんなが頭をたれなくてはならないなどとは言ってないのです。 以下nippon.comより抜粋


先祖のおかげで天皇になろうとする自分が恥ずかしくないか

宮内庁書陵部に所蔵される花園天皇直筆の誡太子書は、原文が漢文で難しいが、要約するとかなり激烈な内容となっている。

「皇太子は宮中で育ったので、民人の苦しみを知らず、知ろうともしない。国への功績も、人々への恵みもない。ただ先祖のおかげで天皇になることを期待している。そんな自分を恥ずかしく思わないか

「愚かな人たちは言う。『我が国は皇胤(こういん)一統(万世一系)で、興亡を繰り返してきた外国とは違う。だから、為政者に徳がなくとも、心配ない。先代の残したものを守って治めていれば、それで十分である』と。私(花園上皇)は、これは大きな誤りだと思う」。そして、数年のうちに内乱が起き、国が衰えることを予言した記載もある。

厳しい帝王学を授けられた量仁親王は、討幕の計画が発覚した後醍醐天皇が廃されたのを受け、光厳天皇になる。しかし、時代が激しく動き、鎌倉幕府は滅んだ。隠岐に流されていた後醍醐天皇が復権して建武の新政を始めると、光厳天皇は都から東国に逃れることになり、在位わずか1年半ほどで廃立されてしまう。その後、光厳は北朝初代天皇となるが、南北朝の混迷した時代に巻き込まれて、寺の禅僧として亡くなった。

光厳天皇は現在では歴代天皇から除外され、南朝初代の後醍醐天皇と比べて知る人は少ない。しかし、光厳天皇の血を引く北朝6代の後小松天皇が南北朝合一で第100代天皇となり、今日の皇室につながっていくのである。

以上引用終わり



血よりも、長い歴史を誇る尊い家系というよりも、学問や物事に秀でると言うよりも、「徳」が大事なのだと花園天皇は思っておられたように思います。また、施政者や天皇が徳を持って君子たる座におることがないのなら、他国のように滅びるし、そういう国は危ないといった危機感も感じておられたのでしょう。

下に原文を載せておきます。

この最初の文もいいですね。上杉鷹山公みたいです。
天は民を生み出し、これらを君主として司るのは、君主のためではない。人のためなのだ。
下々の民はあまりものを分かってないので、それを仁義で導き、無知ゆえの失作を防ぐためにも政がある。しかし、その才がないものはその職責についてはいけない。大したことのない一役人でも、そうなのだから、君子という重責は言わずもがなだ。

「誠太子書」

「余聞く、天は蒸民を生じ、之に君を樹てて司牧するは、人物を利する所以なり。

下民の暗愚なる、之を導くに仁義を以てし、凡俗の無知なる、之を御するに政術を以てす、

凡俗の無知、之を馭するに政術を以てす。其の才なくば則ち其の位に處すべからず。人臣の一官之を失ふ。猶之天事を乱すと謂ふ。鬼あへて遁ること無し。何ぞ況や君子の大寶をや。慎まざるべからず。懼れざるべからず。而も綺羅の服を衣、織紡の労役を思ふ無し。鎮、稲梁の珍膳に飽き、未だ稼穡の艱難を辨ぜず。國に於いて曾って尺寸の功無し。民に於いて豈に毫釐の恵有んや。只先皇の餘烈と謂を以て猥りに萬機の重任を期さんと欲す。徳無くして謬って王侯の上を託す。功無くして苟も庶民の間に莅のぞむ。豈自ら慙じざらん乎。又其の詩書礼楽、俗を御すの道、四術の内、何を以てか之を得ん。請ふ、太子自ら省焉。温柔敦厚の教、性を体し、疏通知遠の道、意に達せしむ。則ち善矣。

然りと雖も猶不足有るを恐る。況や未だ此の道徳備らず、争彼の重位を期す。是則ち求る所其為す所に非ず。譬へば猶網を捨て魚羅を待ち、耕さずして穀熟を期するがごとし。之を得るに豈難しからずや。仮使へ勉強して之を得るも恐らくは是吾有に非ず。所以、秦の政、強しと雖も漢の并する所と為る。隋煬盛んなりと雖も唐の滅する所と為る也。

而して諂諛の愚人は以為へらく、吾が朝は皇胤一統、彼の外国の徳を以て鼎を遷し、勢を以て鹿を逐ふに同じからず。故に徳微なりと雖も、隣國窺覦の危きことなく、政乱るると雖も、異姓簒奪の恐れなし。是れ其の宗廟社稷の助、余国のに卓躒たる者なり。然らば即ち纔に先代の余風を受け、大悪、国を失ふことなければ、即ち守文の良主、是に於いて足るべし。何ぞ必ずしも徳の唐虞に逮はず、化の陸栗にしからざるを恨みんやと。士女の無知、此の語を聞いて皆以て然りとなす。

愚惟深く以て謬と為す。何ぞ則ち洪鐘響きを蓄へ、九乳(鐘のこと)未叩、誰か之を無音と謂ふや。明鏡影を含み、萬象未だ臨まず、誰か之を照さずと謂ふ。事跡未だ顕れずと雖も物の理は炳然たり。所以に孟訶は帝辛以て一夫為り。武發の誅を待ざる矣。薄徳以て神器を保たんと欲するは豈其の理の當る所ならん乎。之を以て之を思へ。累卵の頽嵩の下に臨む危き、朽索の深淵の上を御すこと甚だし。仮使へ吾國、異姓の窺覦無くも宝祚の脩短以て茲に由る。加之中古以来兵革連綿、皇威遂衰、豈悲しまざるべけんや。太子宜しく前代の興廃の所以を察観し熟すべし。亀鑑遠からず、照然と眼に在る者歟。況や又、時澆漓に及び人皆暴悪、自ら智は萬物に周からず。才は夷険を経ず。何を以て斯かる悖乱の俗を御せんや。而して庸人は太平の時に習ひ、曾って今時の乱を知らず。時に太平、則ち庸主と雖も治するを得べき故に尭舜而も上に在り。十の桀紂有りと雖も之を乱すことを得るべからず、勢治まる也。(韓非子に「堯舜生在上。雖有十桀紂不能亂者勢治也」)。今時未だ大乱に及ばずと雖も乱の勢萌已に久し。一朝一夕の漸に非ず。聖主位に在れば則ち無為に帰すべし。賢主國に當れば則ち乱無し。若し主、賢主に非ざれば則ち恐くは唯だ乱数年の後に起こるべし。而して一旦乱に及べば則ち縦へ賢哲の英主と雖も朞月(きげつ・一年)は而活すべからず。必ず数年を待つべし。何ぞ況や庸主(凡庸な君主)此の運に鐘れば國は日に衰へ、政は日に乱る。勢必ず士崩瓦解に至る。愚人は時変に達せず、昔年の泰平を以て今日の衰乱を計る。謬哉謬哉。近代の主、猶未だ此の際会に當らず。恐らくは唯太子登極之日、當にこの衰乱の時運なるべし。内に哲明の叡聡あり、外に通方の神策あるに非ざれば則ち乱國に立つことを得ざる矣。

是朕の強く學を勧むる所以也。今時の庸人、未だ嘗って此の機を知らず。宜しく神襟を廻すべし。此の弊風の代に当たり詩書礼楽に非ざれば自ら治むるを得べからず。是を以て寸陰を重んじ夜を以て日に続き、宜しく研精すべし。縦へ學、百家に渉らずとも口に六経(りくけい、詩経・書経・礼記・楽経・易経・春秋)を誦し、儒教の奥旨を得ざるべからず。何ぞ況や末學膚受(まつがくふじゅ、うわべだけの学問)に治國の術を求め、蚊虻の千里、鷦鷯(しょうりょう・みそさざい)の九天の望を愚さんや。故に思ふて學ぶべし、學べば思ひ経書に精通す。日に吾躬を省みれば則ち相似たる有り。



凡そ學の要為や周物の智を備へ、未だ萌さざるの先を知り、天命の終始に達し、時運の窮通を辨へるなり。



若し古に稽ひ先代の廃興の跡を斟酌せば、変化無窮なる者なり。諸子百家の文を暗誦し、巧に詩賦を作り、能く議論を為す如きに至らば、群僚皆所掌あり、君主何ぞ強て自ら之を労せんや。故に寛平の聖主遺誡に天子雑文に入る日を潰やすべからず云々。近世以来、愚儒の庸才、學ぶ所は則ち徒に仁義の名を守り未だ儒教の本を知らず。労して功なし。駛に所謂博して要を寡する者也(史記 太史公自序に「博而寡要、勞而少功」)。又頃年、一群の學徒あり、僅かに聖人の一言を聞き自ら胸臆の説に馳す。佛老の詞を借り濫りに中庸の義を取る。湛然虚寂の理を以て儒の本と為す。曾って仁義忠孝の道を知らず、法度を論ぜず、礼儀を辨へず。無欲清浄則ち取るべきに似たりと雖も唯是老荘の道也。豈に孔孟の教え為んや、是並に儒教の本知らざる也。之を取るべからず。縦へ學に入ると雖も猶此の如きの失多し。深く自ら之を慎み宜しく益友を以て切磋せしむべし。學猶誤り有れば則ち道に遠し。況や餘事に於いてを乎。深誠し必ず之を防ぐべし。而して近く曾って染る所則ち小人の所習は唯俗事、性相近し、習ば則ち遠し。縦へ生知の徳備ふと雖も、猶陶染する所有るを恐る(「文心雕龍」に「陶染所凝」とあり)。何ぞ況や上智及ばざるをや(荘子:逍遥遊第一に「 小知不及大知」)。徳を立て學を成すの道、曾って由る所無し。嗚呼悲かな。先皇の緒業此の時忽ち墜んと欲す。余、性拙、智浅なりと雖も粗ぼ典籍を學し、徳義を成し王道を興さんと欲す。只宗廟祀を絶へざらしむるを為すは宜しく太子の徳に在るべし。

而今道廃れ脩せず。則ち所學の道、一旦溝壑を填する亦用ふるべからず。恐れざるべき乎。若し學功を立て、徳義成らば、啻に帝業当年に於いて盛んなるに匪あらざるや。亦即ち美名を来葉に貽り、上大考を累祖に致し、下厚徳を百姓に加ふ。然れば則ち高くして危ふからず。満ちて溢れず。豈楽しからざらんや。一旦屈を受け百年栄を保つ、猶忍べし。況や墳典に心を遊ばせ、則ち塵累の纏索無し(文選に「綬を結びては纏牽を生ず」とありこれは、官綬につながれて拘束される憂いをいう。)。書中に故人に遇ひ、只聖賢の締交有り。一窓を出でず而して千里を観ず。寸陰を過ぎずして萬古を経る。楽の尤も甚だしきは此れに過ぐる無し。道を楽しみと、乱に遇ふは憂喜の異なり。同日に語るべきや。豈自択せざる哉。宜しく審思すべき而已。」
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行きたかったところ、行きたいところ

子供の頃、小学生の頃はドイツやオーストリアなどのお城のあるところに行ってみたかったです。アメリカ本土やハワイなどは全く興味はなかったです。

中学高校の頃は、ヨーロッパに行ってみたいと思ってはいましたが、到底無理だろうと感じていました。それに友人がベルばらに凝っていて「オスカルさま」なんて叫んでいたので、「けっ」と思ってしまいました。軟弱な西洋かぶれは嫌だなぁとフランスとかイタリアとか嫌だなぁとさえ思っていました。フランスなんて、かっこつけの軽薄なものどもの好きなチャラチャラした国だと、いい感じは持っていませんでした。

反対に凝っていたのは、中国です。中国といっても日本人の書いた中国ものにどっぷりとハマってしまって、高校生なのに東京の神田まで中島敦全集を買いに行ったほどです。それでも聊斎志異など、中国文学の訳したものなどは買い込み、読んでました。が、行きたいのは中国そのものではなく、どこまでも広がる草原でした。

大学になり、中国物は相変わらず読んでいました。そして第二外国語がロシア語だったので、当時のソビエトも草原、大地が広がる国であったと気づき、シベリア鉄道に憧れました。シベリア鉄道で西に向かうなんて心躍るじゃあないですか。第二外国語の授業でカチューシャ、トロイカから始まっていろんなロシアの歌を聞いたりするうち、シベリア鉄道に乗りたいとの思いはますますつのりました。そこで親に「シベリア鉄道に乗る」と言ったら、驚き慌てて、「恐ろしすぎる。」「だめだろう」と親戚のおじさんまで言い始めました。

当時はソビエトは共産国だったし、粛清も拷問も当たり前の国でした。シベリア鉄道に乗ってサントペテルブルクに行きたいと言っても、私はロシア語も実はサボりまくっていて、全然ダメでした。英語もできません。こんなんでは、たとえ金があっても一人で外国旅行は無理だろう。そう思い、やめました。今振り返ると、行かずに正解でした。行っていたら、拉致被害者になっていたかも知れません。その後、私は蛸壺のようなひどいところにハマったので、そんなことは考えることもできませんでした。

蛸壺を抜け出した後、私は中国でもロシアでもないところに住むことになりました。そこは南米でした。ずっと私が行きたかった草原があり、また動物も色々といるところでした。草原のあるところに行きたいと思っていたのは子供の頃からだったので、この望みが叶ったのは本当に満足です。

その後、行きたいところがあるかというと、この頃はフランスやイタリア、スペインなどのラテン系の国々です。コロナでもう行けそうにないのですが、行ってみたい気持ちはあります。高校生の頃は軟弱だとバカにしていたのに、歳をとってえらい変わりようです。

でも、変わってないこともあります。私はアジアの国は台湾を除いて行きたいところはないのです。今は中国には全く憧れも興味もないし、アジアの他の国も得体が知れない感じがして、とても行く気になりません。旅行ならアジア各国には結構みんな行っていると思うのですが、私は行ったこともないのです。昔から行きたいとは思っていません。こういうものは人により好き好きがあるのでしょう。

コロナで、海外に行くということもこれから先難しいかも知れません。また、外国というのは何が起こるかわかりません。突然身柄を拘束されてどうかなってしまうということもこんなご時世でなくても普通にあり得ます。市民に向けて発砲ということも頭に入れて歩くのがベターというのが海外というところです。

呑気にヨーロッパ団体ツアーなんて行けたらいいですが、今の国際情勢だと無理ですね。でも、たまにグラナダでドーナツとホットチョコレートをカフェテリアで味わったり、フランスでカタコトのフランス語で買い物するのを夢想してしまいます。




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プロフィール

握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。猫、鳥、虫等、とやり合いながら暮らしています。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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