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すぴと光り輝く指導者、人気者、カリスマ

多分、このようなことを書くとスピの人から反発を食らうと思いますが、書きます。
私はずっと考え続けていたのです。

スピリチュアルではたくさんのカリスマが出ています。大きなすぴ事業をしてなくても人気のスピリチュアリストはあちこちにいます。10年ほど前のスピブームの時はそれこそ、ワッといろんな人気者がスピコンとか他のスピイベントに出ていました。その中で感じるとか、わかるとか言うすぴ好きな人は「◎◎さん、オーラが大きい。すごい」とか「まる◎さん、エネルギーが強い。すごい」とか「オーラが光っている」とか言ってました。

私の知り合い、友人たちはそんな不思議な感覚がある人が多かったのでそのようなすごい人に引き寄せられて、教えを聞いていたりしました。「そんなすごい人なのか」私はいくら目をこらしても何をしても何にも感じずわかりませんでした。光り輝いている。それがどう輝いてすごいのか、全くのボンクラの私には毛ほども何も感じなかったのです。
でも、友人たちのことは信頼していたので、その人たちのいいと言う人にチャネリングをしてもらったりしました。みんなが言うだけあってチャネリングや霊視の精度は満足できるものが多かったのでそれほど不満はないのですが、それらの先生たちのある人たちについて、私はみんなが言うように素晴らしいとは思えなかったのです。

確かにチャネリングは悪くないにしても、「なんかあんまり好きでないなぁ、この人」と思ったり、チャネリングもよくないし「雰囲気からしてお下劣だよ」なんてどうも嫌悪感が出たり。申し訳ないですが「この人、教養ないな」とか「欲望強いな」なんて考えが湧いて出てきてしまうのです。みんながすごい先生と崇めているのにそんなことを思ってしまったりしました。

そんな人たちは私にとってあんまり好きでないと言うことでよかったのですが、困ったのはとても性格も良いし善良だし能力もある霊能者Aさんでした。Aさんはスピをやり始めて途中から「すごい、すごい輝き、」とベタ惚れしていたスピの指導者のところで活躍していましたが、そこのセッション料金が半端でなかったのです。何万円もしてました。
Aさんはそこでも売れっ子で鑑定を希望する人たちがひっきりなしでした。一度Aさんに話を聞いたことがありますが確か、お金に対する罪悪感だか、思い込みを捨てるように言われたとか、何だとか。はっきりとは覚えてませんが、迷いは吹っ切られたような感じでした。

私は困りました。そしてずっと考え続けざるを得なくなったのです。
Aさんはいい人だ。他人に奉仕したいと思っている人だ。スピの能力も高い。しかし、あの料金は何だ‼️よっぽどの人でないと払えないぞ。セッションを受けるのに決心をきちんとクライアントがつけるためとか、お金は血液同様だから回さなくてはいけないとか、その上のすごい人が言っているにしても、どうも納得できませんでした。確かに霊能相談は疲れるし特殊技能なのである程度はもらうと言うのはわかるのですが、その先の答えが出ないのです。

私にはそのAさんは良い人に見えたのですが、その上のカリスマ指導者はネットで見てもいい人に見えなかったのです。集まる人はまるで昔のスターに群がるファンみたいだし、そこまで来ると私にはどうも理解できないと言うか、わかりませんでした。

私はAさんのことは好きだし、能力も買っています。見える、感じると言う人たちもAさんのオーラの強さ、輝き、大きさに目を瞠っていました。その上、Aさんはとても華のある人で、見た人はみんな好きになり、寄って行きたくなるひとでした。みんなが引き寄せられる一目で好きになってしまう、させてしまう人でした。私も同性ですが、Aさんには惹かれました。あんな良い人のことを悪く思ってはいかんかな❓と思ったり、「でも、あんなに高額では愛とかみんなの為とか言うことと違うじゃんか」ということを思ったり。でも、心の底では「あれはいかん」なんて思ってしまったので、Aさんにはあんまり合わす顔がないのです。

なんかまとまりがないですね。スピで報酬を得てはいけないと思っているわけではないのです。私的には、ある程度誰でも受けれるくらいでないと、どうも納得いかないと言うことだと思います。また、もう一つどう判断していいのか苦しむのは、みんなが「オーラが強い、光り輝いている、オーラが大きい、すごい」なんて言う人が私からするとものすごく欲が深かったり、えげつなかったりする人も多々いると言うことです。そしてそれが凡人の私からすると一目顔を見るだけで嫌になるような感じなのですが、反対に見える人からすると光輝く立派な人だと言うことです。なんか訳がわかりません。
そして、性格もよく、みんなを惹きつける力が大きいAさん、その人も光り輝くオーラが強いと言うことです。本当によくわからなくなりました。

何なんだ。
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リコール署名での注意点

ヨウスケのブログより抜粋です。

かつての名古屋市議のリコール時の時のものです。
⬇️

文字を訂正書きしたのものを全て無効
部屋番号を先に書いてしまいマンション名を書き加えたものを全て無効
二~三ミリの試し書きをした署名を全て無効
修正テープあるいはホワイトで修正したものを全て無効
他の区で使うため、二本線で抹消訂正し区名を書き込んだものを全て無効
請求代表者の印鑑が一つでも薄かったり、一人の印影が半分しか見えなかったりしたものを全て無効
印刷機の具合で解散請求の用紙と請求代表者証明書の印刷がやや二重写しになっていた署名用紙(判読可能でも)を全て無効
誕生日の年の勘違い、元号の記載漏れ、誤記の訂正あるものを全て無効
同一マンション内で署名を集めるためにマンション名をまとめて書いていたら、棟や部屋番号、氏名などが全て明らかに筆跡が違っても全員分を無効
自署した署名であっても、似た筆跡は同一筆跡とし、全員を無効
家族に頼まれて代筆したものでも代理人印がないとの理由で全て無効
町名、マンション名があれば住所確認できるが、番地が抜けていれば無効
通常通りUR団地と住所に書いたもの(正式には公団なので無効)
同居家族が住所を「〃」と書いたものを無効
押印が判読可能でも薄い・濃すぎるもの、欠けているものを無効
同姓の人が同じペンを使って署名したものを筆跡が違っても無効
選挙人名簿の名前が平仮名であったために漢字で書いた表記を無効
住所が枠内に書ききれなかったので、はみ出して書いたものを無効
全部読まれる方も少ないかもしれませんが、異常な判断でことごとく無効署名にしており、なにがなんでも必要数に達しないようにしていた事が伺えます。

集まったリコール署名をチェックする人たちが中立でなかったり、圧力があったりするとせっかく大村知事のリコール署名が集まっても無効とされる可能性を懸念すると、名古屋市義の解散リコールの時のように異議申し立てにて覆せない可能性もあるので署名する時から徹底して正確に書いていく必要がありそうです。(彼らならメディアも味方している事もあり、やりかねず、常識が通じないのは確認済みですよね)

ーーーリコール署名時の注意点ーーー

上記の無効にされた内容から、署名時に徹底した注意を払う部分をまとめておきます

訂正はしない、新たに書き直す

家族でもそれぞれが書く筆跡が似ていたら嫌でも違う感じに

同一住所でも「〃」で省略しない

住所は正確に(住民票確認してでも

住所は長くても、読める字で一行で枠内に入れる

署名用紙が印刷ブレしているものは破棄する

押印は正確無比に・・

同一マンション名でも部屋番号だけでなくマンション名から各々が書く

家族・同性でもできれば違うペン

とまあ、いかに市議会リコール署名のチェック体制が如何に酷かったのかわかるだけでしたが、大村知事サイドの事を思えば徹底しておくにこしたことはないでしょう。
⭐️以上抜粋、赤字などは加えました。

こんなひどい制限があっても名古屋市議会議員のリコールは成立しました。やれます。とにかく正確に一行で訂正なしに書きましょう。

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ー勝つーよりも欲望優先がいい。

大分昔のことです。ある危険カルトに誘われました。誘った人はとても真面目な同級生です。私はこの団体の悪い噂は知っていたのですが、行きました。

馬鹿です。知っていたのにあんなところにのこのこと行った人は私ぐらいのものでしょう。でも、私はその頃ー本当ーを探していて、世の中に本当に素晴らしいものがあるなら、見つけねばならない。人が色々という怪しいところはあろうとも、自分の目でそれを見て体験してみないとわからないのではないのか❓本当、真実を知るためには人生も自分も命もそう惜しくない。そんなことを思い、知りつつも誘いに乗ったのです。本当にアホの極みというか、底抜けのノータリンというか、自分の馬鹿さ加減はやはり底無しだつたと思います。

私はその教義が神の愛とか真実を語っているという講義を受けました。そしてもっと知りたいと思い誘われるままにそのサークルに加わりました。その教義は休みなく何時間もぶっ通しで、うまく人を一つの思想に追い込んでいくものでした。私はそれを聞き、しばらくやってみることとしたのです。その経験についてはこの記事だけでは書ききれないのでパスですが、私を誘ったTさんは非常にその団体の責任者に評判がよくそこに入るまでは頑固なところもあり、他人のいうことを簡単に聞く人ではなかったのですが、そこでは完璧に上の人のことを聞く従順で素直な信者となっていました。

その人はどこでも素晴らしいとか、その人を見習えとか絶賛されていました。
よく、祈っていたのを目にしました。「勝つ。勝利する」何て言葉をよく口にして涙をこぼし祈っていました。その人は真面目でしたが、非常に勝気な人でした。私がギターを爪弾くともっと早く複雑に指を動かし自分はもっと上手いんだということを見せたこともあります。負けたくない人なのだとその時思いました。私はギターが弾ける人なら一緒に合わせたいと思っただけなのですが。弾き比べ大会なんて思ってもなかったのです。

そのサークルでは勝つとか、一番とか、上とかが重要なようで、教義では「愛」とか「平和」とか「平等」とかいうのに、誰々は◎◎で勝利したとか、競争を煽るのです。

そこで勝利の道に邁進するため、みんな基本的な欲望、睡眠をとるとか、普通にご飯を食べるとか、自分の勉強をするとか、そんなことも全て道のために捧げることが美徳とされていました。Tさんはもちろんその道で優等生でした。

が、私は思うのです。何かにストイックに身を投じると言うのはいいことのような気もしますが、一歩道を誤れば地獄が待っています。あのような洗脳状態のところでは意外と欲望が人を救ってくれるような気がします。
もっと寝たい、寿司を一切れ食べたい。いいじゃないか‼️そんなことを言うだけでそこの劣等生になりますが、最低なやつでいいのだと腹を括れば、いいのです。愛とか、神とかそんな高邁な言葉に酔う時には、わざとでも肉体的な欲望に沈むといいような気がします。肉体は正直です。肉体の欲望も正直です。それを無理にねじ曲げて我慢させる教えなんて、どこか変です。

我慢する姿が崇高だ、素晴らしい。自分たちは他の下級な人がやってない修行をしているんだ。なんかそんな考えが私はとっても嫌で、最低で最悪なことをわざとではないが、いや、やはりわざわざあえてでもしたいと思ってしまう自分がいました。しかし馬鹿ですね。何でわざわざこういうことをしたのか❓入るにも出るにも馬鹿だったということです。経緯はここだけでは語れない哲学的な問題とその答えと現実がどうしても折り合わないこともありその団体とは別れを告げたのですが、貴重な自分の時間とその他を浪費し散々苦労するという結果となりました。

こんな歳をとった今でも、私は今でもあのTさんのことをたまに思い出します。
あの人が、もっと勝ちたいとか、抜きんでたいとかでなかったらどうなっただろう。他人の人生ながらその後のTさんを想像もしたくないのですぐに違うことを考えてしまいます。勝ち負けって意外と「勝つ」方が怖いかもしれません。
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中国にいるのは危ないのでは❓

今でも日本企業はまだ中国に残っているのでしょうか❓中国で働いている日本人はどのくらいいるのでしょうか。新聞をはじめとするマスコミは何も言いませんが、危ないと思います。帰ってきた方が良いのでは。仕事があるし、そんなわけにいかないという人もいると思いますので究極的には好きにしろととか言えません。でも、できたら家族は日本に帰した方が良いと思います。

戦後、大陸に残った日本人は嬲り殺しにあったり、ひどい目に遭いました。それと同じことが起きなければ良いですが。多分、何かことが起きても企業は現地の日本人を見捨てるだけだと思います。危険です。
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Zちゃんに聞く

私はZちゃんや30代で亡くなった出木杉くんのことを寝る前に思い出しました。そして「あぁ、ちょっと聞いてみよう」と思ったのです。それは記憶のことです。

私は記憶力がなく、英語もハイジみたいだったし、覚えておけと言われたことも全く覚えてないことが多く中学の時は本当によくスパルタ塾のみんなに笑われていました。今はスペイン語の勉強をしていますがやはり単語なんかは本当に覚えられず、人の百倍以上やらないとダメだと思います。いや、それ以上やってもダメだろうと感じています。つい先日は旦那に「三年でやれる人がいるから、わしはその15倍=45年でやれればいいのだ。」と言ったら呆られましたが。旦那のような優等生にはこのような頭の人の気持ちはわからんだろうと思いました。

本当に覚えられないのです。漢字が混じっていると違うのですが、横文字は苦しいのです。そこでどうして覚えられないのか❓なんとか覚えられるようになる方法はないのか❓寝入り端に目を閉じてZちゃんや出木杉くんのイメージがチョロチョロしてきた時、聞いてみました。
すると。
「覚えていすぎるのさ」
その後、「また、覚えていることを忘れたいと思っているからなのだ」
こんなような返事でした。この答えが出てきた時には誰がどう答えたのかわからないようになってきて、他にもたくさんの人が出てきた感じがしました。

わかるような気もします。Z ちゃんの入院の時の様子だって、病室の階数まで何となく出てきます。だけど、忘れたい。思い出したくない。そんな気持ちもあるのです。よく考えると第一に「忘れたい。忘れよう。」と願っているのかもしれません。自分の意思の一番奥で、覚えたいより、忘れたい。 が、優先されているのかもしれません。
でも、何ともならないのです。もともと記憶力が悪いんだと思って「どうしたらいいんだ」と聞いてみたら「思い出すことだ」と全く違う視点からの助言でした。

思い出したくもないことを忘れようとするより、思い出して楽しいことを思い出してみたらどうだ、ということでした。そう言えば楽しいことを思い出したいとか、つとめてはしてないです。忘れようと常に思い続けるより、思い出せると思った方がいいかもしれないぞ。何となく説得力はありましたが、これで単語が覚えれたらいいですが。せっかくZちゃんたちがアドバイスしてくれたのでやってみることとします。
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今日は砥鹿神社に行きました

大己貴命をお祀りする三河国一之宮砥鹿神社。今日は用事があり、東三河に行きました。そのついでと言っては何ですが、私的なことのお礼参りとリコール戦勝祈願をしてきました。

今日は雨降りでしたが、そう雨に濡れず、お参りできました。境内には大きな亀石があり、撫でてきました。運気が上がるかもしれません。そう言えば砥鹿神社の神紋は亀甲紋ですね。昔は砥鹿神社なんていつでもいけると、返ってあまり行くことはなかったですが、久々に行くと木々の陰を歩いたりでき、気持ち良いところでした。

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帰り食べた天ぷら定食は大容量で食べきれませんでした。
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いとこのことを思い出しました

銀河鉄道のことを書いていて、知人のことはもちろん、他の人のことを思い出したり書いたりしました。が、7月に亡くなったZちゃんのことを忘れていました。Zちゃんは私のいとこで、五つくらい年上でした。非常に楽しく面白い頭の良い人で、地元の一番の高校に行きましたが、合わなかったらしくやめてしまいました。どんな感じの人と言えば、尾崎豊を面白くした人みたいな感じです。私は尾崎豊の曲を聞くと反射的にZちゃんを思い出すのです。

超学歴重視の親戚の家でそれは考えられないことでした。頭のキレとみんなに好かれるのと両方持った人でしたが、根っからの自由人でもう50年、40年くらい前に独学で大検を受けてパスし有名大学も受かりましたが蹴り、地方の芸術大に行きました。他の兄弟は旧帝大を出てエリートとなったのと違って、Zちゃんは全くちがう人生を歩んだようです。これを書いていて、私も絶縁状態の兄に「勝手なやつだ」と言われているのを思い出しました。

Zちゃんは40歳代に癌で亡くなりました。名大病院の9階ぐらいの病室で久しぶりにZちゃんを見た時はその痩せ衰えぶりにびっくりして、こない方がよかったとその時も亡くなった後も思ったのですが、この銀河鉄道のことを書き終わる時にZちゃんのことを思い出したのです。

それは記憶のことです。

続く
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鳥の手口

ぶどうをバルコニーで育てています。無農薬、無肥料で育てました。虫がいつぱいついたのですが、虫を食べる蜂などによくないと思い、薬散布はやめました。いつもは虫の発生と同時に蜂が何匹も飛んできて人間が害虫を捕まえる必要もありません。しかし、今年は蜂も出払っていたので、今年はせっせと箸で一匹ずつつまみ取りました。

その虫害が治まったと思ったら、今度は鳥害です。まだそう甘くないうちからせっせとぶどうを取りに来て、代わりにフンを置いていくので、7月に入って袋がけをしました。
百袋はしたと思います。が、鳥もさるもの。袋を破って中を食べていることが判明しました。多分今まで三十袋はやられています。悪い奴らです。

⬇️鳥に上側部から穴を開けられた袋と、辛くも残ったブドウ の実、下の方だけクチバシが届かず、食べられなかったのか‼️
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なので家にいる時は何度もバルコニーに出ては警戒を怠らないようにしました。来年は、とうとう薬を撒くことと、鳥除けの網を取り付けることとします。
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みんなの手のイメージ

いとこのことを考えていてその最後です。

ある画像が頭に浮かびました。何人も若くして亡くなった知り合いがいて、その人たちが掌を上にしています。そして円形になってその掌を重ねて掌でできた器のような形にしています。するとその中にいっぱい人がいるのです。掌に小さくなった人を盛っている感じです。人は灰色で目鼻まではわかりません。

少し気味が悪い感じがしました。何なのだろう。あの小さい灰色の人たちは‼️そのうちはっとわかることがあるかもしれません。今は記録だけしておきます。
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マスコミがダメなら細々でもやる

マスコミ、特に愛知県のマスゴミ中日新聞は全くリコールを取り上げません。今日はコロナ対策について語る大村知事の写真がどんと一面に載っていました。

マスコミは取り上げないどころか、本当は邪魔をしているのでは❓そんなことは承知です。後、少しですとリコールの会から知らせがあったので、三河の友達に手紙を書きました。こんな政治的なことを言ってくる人とはもうごめんだ。と言われたらそれまでですが、一人でも多く集めたいのです。

今日散歩中に家康さんのことが頭に浮かびました。どうして家康さんが❓なんて思ったところ、そう言えば私は今月中に東三河の長篠近辺に行くことを思い出したのです。
「援軍来たる」と叫んだ鳥居強右衛門。劣勢だった徳川軍から長篠城を託された奥平信昌はそれで息を吹き返しました。劣勢でも粘るのだ。援軍を頼むのだ。持ち堪えよ。そう、家康さんは言いたいのかなぁ。

友も援軍になるかどうかはわかりません。わかりませんが、援軍をと手紙を出しました。
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銀河鉄道、コロナからどこへ続く[プロキシマ、次の星へ}

長々と銀河鉄道関連で書いてきました。黒い神様、黒服の男たち、疫病、物質文明とそれを生み出す無である真の黒、玄。豊穣と災厄、破壊。銀河鉄道はこの世の一切と、あの世との行き来、関わりを持っているのではと思います。あまりにも多岐にわたり関連性が及んでいるので、銀河鉄道は◎◎だということは言えません。

今まで私が書いてきたことは、あくまで私が思いついたというか、頭の中の考えなのでそれが本当かどうかもわかりません。ただ、この銀河鉄道のことを考えると私は懐かしいような悲しいような気持ちになります。そしてそんな気持ちの後、地球の大地に立っている自分を感じます。南十字を目指しているように見えた懐かしい人たち。あの人たちはどこへ行ったのか❓突然亡くなった人はショックでなかなか浮かばれないと言いますが、それは残されたこの世の人もそうです。思い出したくないことばかり思い出してしまい進まないのです。

でも気がつくと地上にいるのです。銀河鉄道の夜の最後に、確か、ジョバンニは 夢の世界でなしに本当の世界を自分の足で本当の切符を手にして歩んでいくというところがあったように思います。

私は銀河鉄道のことを書いて、銀河鉄道はいくつも軌道があり、行き先も色々あるのでと思っています。まさとさんのブログの銀河鉄道の車掌の名はプロキシマ、ケンタウルスの足のところの星もプロキシマ。これ[プロキシマ]はスペイン語proxima で次を意味します。=NEXTです。車掌さん[ 案内人]は次を案内するのです。

やはり我々はどこか次へと向かっているのです。プロキシマと女性形なのは次なる星 proxima estrellaプロキシマ エストレッジャ[次の星]を目指しているということでしょうか❓
「銀河鉄道の夜に関する本を読みたいが、読むと影響されて自分の頭の中の考えが飛んでいってしまう」と、読むことができませんでした。まだまだ書き足りないことは多いのですが、今回はこれで一つの区切りとします。本を読んで何かを感じたらまた書くこととします。長々と面白いのか面白くないのかわからないこのシリーズをお読みいただき感謝します。
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銀河鉄道、コロナからどこへ続く[かごめの鶴と亀はー番外編}

6から6、678、67 などのことを書いた後、風呂に入る前に「かごめかごめの歌」を思い出しました。この歌はよくスピの人に取り上げられます。私はかごめの歌で子供がくるくると回るという遊びのところが、6から7の世界に映る瞬間のような気がして少し前から気になりだしていたのです。

次元が変わるとか円形とか、始まりから終わりの連続とかを考えていたのですが、湯船に使って「はっ」と思ったのが、「鶴と亀が滑った」と「夜明けの晩に」です。

鶴と亀って、もしや木星と土星では❓夜明けの晩にって、やっぱり始まりの終わりと、終わりの始まりでは❓なんて思ってしまいました。今の六で終わる周期が夜明けであり、晩であり、その時に土星と木星が滑る=順行したり逆行したりして交差する。その瞬間に6から7、その他の世界への移行が始まるのだ。なんて、でたら目占星術かもしれませんが、想像してしまいました。

その後、いろんな人のかごめの歌のブログなど見ましたが、鶴と亀についてはあまり書いてありませんでした。ついでに今の時期のインドホロスコープを見ると山羊座に木星と土星です。これらの惑星は木星の周期が約30年、土星が60年でスローペースなので去年、今年、来年と山羊座で同室があったりすると思います。

普通は木星が非常に弱くなり、土星が極めて強くなるこの配置はよくないと言えますが、この世自体が出鱈目の今、膿を出し切る大精算が行われているような気がします。亀はのろいけど強いのです。また、非常に厳しいのです。

続く
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銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→指数関数的落下}

67という数字は、6という現在から、物質という檻から自由な7の世界へ今進んでいるということではないかと述べました。が、以前にも書いたように、現在という分岐点からは三つの道があるのです。

6 →7
6→6
6→5→4→3 ❓or 6→7→8→9

66は今の苦しみや矛盾に満ちた物質文明のままの世界です。
最後は6543というのがありそうだと以前書きましたが、よく考えると、6543に向かう道というのは、惑星の配置のまま6789に向かっているのではと思います。この7は新しい次元を超えた第一の道、67の7ではありません。
惑星の順番、6 土星 の次は 7天王星 海王星 冥王星です。この天王星の7ではないかと思えるのです。なぜなら天王星は火星の性質をもっており、その何倍にもパワーを増した星であるからです。
欲望、情熱、争い、破壊の意を何乗にもした力を持つ天王星。火星はスピの話によれば、争い、災害などがひどく、滅びたとか。

私はこの六の時代の終わりの時、ある意識の人はその中にこの天王星の道を選択するのではないかと思っています。どんな世界なのかは見当もつきませんが、アセンションというものがあるならば、この指数関数的落下の道を含めて三つの道が人々の前に広がっているのではと思います。

続く
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銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→7}

まさとさんのブログに67について書かれている記事があります。商店街のシャッターに血が変色したような黒い字で67と書かれていたとか。

今の文明はカレンダーを含めて、6、12周期で時は進んでいます。暦は12ヶ月で収めるため、28、30、31など不自然に日にちが変動するし、時計は六十分で一時間。これで私たちの物質文明はうまく回っているのですが、なんか、おかしい。変に感じます。物質は回転運動をするし、フラフラと揺れます。直線的ではありません。変化はあるようですが、地球の共振周波数は7.8だし、自然に目を転ずると何事も割り切れないズレ、隙間、揺れのようなものがあります。

これらのことはは物質では表しきれない多次元の世界を非常に小さい粗い物質の中に押し込めているのではないかとも私は思います。

さて、円を描く、連続させるというのは神秘的です。円の始めと終わりを結んで円形ができます。この円形を作り終えた瞬間は、次の円を描く瞬間でもあります。この円を成り立たせる透明な世界、透明板、透明立体があるとすると、また、以前の円をなぞる場合と、なぞっているようだけれど違う場所、時に円が移る場合があるのではと思います。円が書かれている透明版はまさに透明で質量はないのです。それが重なっているのです。固定された物質的な時間と位置に書かれた円は実は透明な何層もの次元の世界が重なっていて、何か周期を持っており、それが地球では0から6で円を完結する。そこから、また、ゼロから六の回転を始める場合もありますが、この円の終わりと始まりのときに、次元の門が開かれ、全く違う次元7の世界のサイクルへと始まるのではないかと思うのです。

ただ、7に移行するのはそれを選んだ人、合った人であり、66の道、それから、もう一つの道もあるのではと思います。
7に移行するということは地球のサイクルから出る、出発するということです。これもこの世で天国ができるとか、あの世で聖人として極楽に住むとかはわかりません。ただ、物質的な波動からは離れた新しい魂というか、存在になっていくのではないでしょうか❓

そういう意味で、67を見た人はそちらを向いて歩まれているのではと思います。

⭐️今日は昭和7年生まれの亡き父の命日で、この日に7のことをかけるということはありがたいと思います。もう亡くなって10年近くが経ちました。だんだん足が動かなくなり、車椅子に座ったり立つこともできなくなり、最後は呼吸ができなくなったのか❓死んでしまいました。しかし亡くなってからは元気な姿でたまに夢に出てきてくれましたが。肉体がない今は何にも心配しなくて良いのでありがたいです。

続く
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銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→6}

このシリーズの何話か目に6から7、その他への三つの道の可能性を書きました。

破壊、終わりの6は次なる世界の地ならしなのです。真の黒は根元であり、全てを生み出す場でもあります。すべてを破壊する神も黒。黒から始まり黒に終わる。6から6の世界は生きることで因縁を生み出しそれが生死を繰り返しても続く輪廻、繰り返しの世界とも言えます。
6から6の道はまた同じことの繰り返しです。偉い人の本の話でもありません。考えとして湧いたことを書いているだけです。
地球の歴史、宇宙の歴史、長い間繰り返してきた歴史があると思います。それこそ、私たちが知らない始まりがあり栄があり、終わりがある無数の物質文明があったのではないか❓私は今、その時がきているのではと思います。
6から6
今の物質的な世を再び繰り返す、そんな世界を66サイクルは示しているのではと思います。もちろん、それも人間の意思、その人の視点と言うか、立ち位置によるのではと思いますが、現実の今の地球においてこのまま物質的な[栄]楽しみ、[破壊]苦しみを味わい続けるということ。そして肉体が滅んでもその感覚を持っているということ。それは続くのです。なので、66の連続というのはあの世もこの世もそうであると言えます。

⭐️ 円と角度と時間と多次元と今の時期について今回の6-7の過程に絡めて書きたいのですが、説明がしづらく、頭の中で落ち着いたら書きます。

続く
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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


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十二か月の着物

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