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かぼちゃチーズケーキです

南瓜チーズケーキを作りました。クリームチーズに南瓜を混ぜたものを焼いてあります。ロック好きな友人の好みに合わせてドクロの絵にしました。
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やっぱり黒猫とかの絵の方がよかったかな❓
ハロインは昔はこんなに一般的ではなかったです。私は高校生の時、ユニコーンという英語の教科書にハロインのことが詳しく載っていてそれで知ったのですが、周りのみんなもそれで初めて知った人ばかりでした。英文は全く頭に入らず、内容とわずかにトリックオアトゥリートという子供たちの掛け声だけが記憶に残っています。
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熊野6 

熊野三党 X氏 mixi過去記事再掲 
2009年08月31日22:09

私は、足助のXを調べてみました。すると和歌山にX家関係の神社があることがわかりました。
神社のホームページを見て私は驚きました。
熊野のX氏の何某が義経を追って足助まで行ったこと。その先をさかのぼるとXの祖先は熊野三党の一党、X氏であり、それをさかのぼると物部氏、それをさかのぼると祖先(祖神)は-ニギハヤヒ-だと書いてあるのです。

私はその-ニギハヤヒ-という名前を見たとき、驚きました。
X氏=ニギハヤヒ子孫とは...私は元をたどっているのか?お母さんはニギハヤヒと関係があるのか?
そしてすぐに、あの岩の写真を見たくなり、見ると、背中が苦しくなりやめ、また見ては背中が苦しくなり、しまいにだんなが「みるのをやめよ」と、背中をさすってくれながら言ったのです。

私は熊野大社のやた烏の由緒書の看板-写真-を見ました。やたガラスの三本足は熊野三党の宇井、X、榎本氏をあらわすと書いてあります。
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「こ、これ...」

私は看板のX氏のところを指差しました。だんなは無言でうなづきました。
Xはありふれた苗字だが、この看板に書いてある熊野三党のXに本当に関係あるのか?あるとしたら、私は元に帰っているのか?

やたがらすの三本足の一本が熊野三党のXとすると、昨日見たイメージによく似ています。

この熊野は...❓
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 熊野5

熊野三党 X氏 ミクシー過去記事再掲
2009年08月31日22:09


熊野、母、瀬織津姫、ニギハヤヒ神...
今回の熊野行きは、ゴトビキ岩をみたときのなんともいえない気持ちが原動力となりました。 しかし、それは、いろいろな糸がひとつに集約していったような不思議な絡みがあったのです。 去年の暮れ、私は個人的に実家の問題、父のひどい境遇、病気、兄の病気など、たいへんなことが続いていたので、とうとう母の実家に相談しに行ったのです。
母が亡くなってから7年経ちますが、実は、母の実家へは一度も行ったことがありませんでした。
伯父も高齢になったし、我が実家の問題を年寄り夫婦に言ってもかえって申し訳ないと、いつの間にか疎遠になっていました。

何年ぶりかで伯父夫婦の家を訪ねたとき、伯父達は非常に喜んでくれました。私は実家の悩みをぶちまけた後、伯父に「Xの家は古い家だったようだけど、祖先はどこなのか」と、聞いたところ、「よーく聞いてくれた」と、伯父が喜んで話してくれたのです。
母の実家のX家は愛知のKというところにもともとはありました。古い昔からの旧家で武家だったという話を母にきいたことがあります。

伯父が話すに、「Xの家はK町にあったが、もともとは足助から出たのだ。そして、足助には、昔、Xの先祖が熊野から源義経を追って(助けるために)行ったのだが、足助で足を痛めて進めなくなり、そうこうしているうちに義経もうちとられたのだ。」ということを言ったのです。

そしてその日はT市に移した母方の墓に参ることになり、帰って来ました。

私は、足助のX家を調べてみました。すると熊野、和歌山にX家関係の神社があることがわかりました。

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「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える2

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「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える

ヘミシンクピンポンパンに蓮舫さんと伊藤しおりさんのことが書かれていました。ヘミシンクピンポンパンは非常に考えさせてくれる記事ばかりで面白く、記事のアップをいつも楽しみにしています。そんな記事の中でこの頃伊藤詩織さんについて書かれていました。過去記事も合わせると蓮舫さんも伊藤さんと似たような何かがありそうです。

さて、私は伊藤詩織さん、蓮舫さん、二人ともそれほど知っているわけではないですが、伊藤さんに関してはネットで身元も出身校、出身地すらわからない輩だということを目にしてから胡散臭い奴だと思っていたのです。その後、ヘミシンクピンポンパンで蓮舫さんと重なる点などを目にしてから、チラチラと頭に浮かぶイメージがあるのです。彼女らの肢体が同じように見えるのです。
うなじとか、ハイレグの足の線とか、体にぴったしのレオタードの後ろ姿とか。蓮舫さんはもう歳をとってきていますが、イメージとしてはそんな感じが出てくるのです。そこから粘りのついた吸盤のついた管が飛んでくるような...危険な奴らには違いありません。

さて、「遠入」ですが、皆さんはこの言葉を聞かれたことがあるでしょぅか❓私は随分前、学生の頃でしょうか。新田次郎の小説をいくつも読んでいました。新田次郎さんと言えば山岳関連の小説で知られていますが、実は歴史物も書かれているのです。その一つが「笛師」という小説です。維新から明治にかけて尾張藩の下級武士が武士から龍笛を作る人になり、その子孫がそれを受け継いでいくという話です。その中で「遠入り」という言葉が出てくるのです。

その下級武士はお堀下同心の家に生まれました。お堀下同心というのは普段はのんびりとしていますがいざ有事の時に秘密の出口で藩主を脱出させるという役目がありました。その秘密の出口というのは同心みんなが知っていたわけではありません。武士の間では同じ仲間でもどこかに「遠入り」がいるということを知っていたのです。ですので、お堀下同心でも秘密の脱出口は知っている同心と知らない同心といたのです。仲間でありながらどこかで誰かが敵であるとお互いに警戒していたということです。笛師になった武士は実は「遠入り」だと家督を継ぐ頃に親から聞かされたという設定になっています。
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遠入りとは、その家族でさえ、素性を知らないという何代も前に尾張の家臣として藩内に入り込んだ幕府の間者なのです。(小説では幕府のスパイですが、一般的には何代も前からどこかの国に入り込む忍者だと思います)

続く

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 熊野4

2009年ミクシー過去記事再掲

熊野本宮
2009年08月31日20:20

駅レンタカーを9時に予約してあったのですが、早めに行ったら、お店のおじさんがすでにすぐ出れるように待ってくれていました。 おかげで9時5分には出発です。
勝浦から新宮に出て、一本道を熊野川ぞいに本宮へと車を走らせます。4.50分ぐらいかかったでしょうか。何の障害もなくひどい渋滞もなく、ところてんをぐいっとついたように、あっけなく本宮に到着しました。

本宮の鳥居から本殿までは階段はあるとはいえ、気になるほどのことはなく楽に行けました。-でも、サポーターを足に巻くのは忘れなかったですよ- 朱印帳に朱印を頂き、まわりを見渡すと、人は多いですが、明るくすがすがしい雰囲気です。

-これが、熊野本宮か...ようやく来たぞ。やっとだ。-
熊野は本当に遠く、ここまできたというのは不思議です。 わたしとだんなは本殿を拝し、説明の看板を読みました。
その看板は私に「あっ..これは...」と、声をあげさせたのです。
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古今地図ー水害対策に

我が家は東海豪雨の時、屋敷内浸水で終わりましたが、もう少しで床下浸水になるところでした。あれから雨が降るのが恐ろしく、激しい雨の時はパソコン、ギター、バイオリン、本、その他を二階にあげてはまた一階に戻すという作業をやっています。
警報が出てますが、雨雲の動きを見るとなんとか雨の勢いも尻すぼみになりつつあります。空も幾分明るくなってきたような...ぁっ、鳥の声が聞こえます。荷物移動はしなくても良さそうかな❗️

だいぶ前に古家を買いました。水害に弱いところだと前の持ち主は言わず、しかも屋根から雨漏りがあったことも申告してもらってなかったと、買ってから20年以上経って知ったのです。結構高い値段で買ったので悔しいですが、今更悔やんでも後の祭りです。しょうがないので財産は安物ばかりで、なくなってもよいものばかりにしています{もし山の上に住んでいても多分安物ばかりの家ですが}

今日はそんな水害の恐怖で私のように日頃おののいている皆さんに、こちらの地図をお知らせします。たまに見ている玉蔵さんのブログにあったのですが、とても良いので拡散します。
古今マップ現在の地図と明治時代の地図が同時に比較できます。過去水路、沼、川だったところがわかります。住まれている土地の昔の状態をこれで把握されておくと危険から身を守る一助となるのではと思います。
私はこれで自分の家近辺が、沼でなく田んぼであったことに少しほっとしています。田んぼでもそれほど高い土地ではないですが、川底だったと言われるよりずっとマシです。あの武蔵小杉のタワマンあたりは、元、川だったとも言われています。土地や家を買うときはよく調べて買うべきですね。

⭐️台風19号の時見た恐ろしい牛の夢1
 牛の夢2

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熊野3

2009年ミクシー過去記事 再掲です

宿で寝つくまで

2009年08月31日15:33
いよいよ明日は熊野本宮へ行きます。

そこで気になるのは天気です。
一日目は雨が降ったり、曇ったりでした。

もし、雨が降ったら、神倉神社の石段はとうてい登れないだろう。
だんなと私は天気予報が午後雨がぱらつくかもしれないと言っているのを見て、2日目は天気が持てば、熊野本宮とあの神倉神社にいくこととしました。
心配なのは足です。足首を痛めている上に、ひざも悪いのです。熊野本宮の100段近くの階段、神倉神社の500段強の階段が行けるか?

心配でしたが、なんとかなると思うしかありません。

寝入りばなに、古いですが、おばQの頭みたいに3本の棒が突き出ているイメージが浮かびました。まるで手でピースというのを3本指でやっているような感じです。なにかのイメージでしょうか?
明日は本宮です。いろいろと考えている間に寝てしまいました。

翌日、勝浦からレンタカーで熊野本宮に向かいました。
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熊野2

熊野へと ーmixi過去記事再掲ー
2009年08月31日15:01

熊野詣は熊野本宮、速玉大社、那智大社の三つを詣でます。 この尾張の地から行くには、三重県を抜けて、和歌山県を南下しなければいけません。 ゆかいリゾートのバスが、紀伊勝浦の宿まで走っているのでバスに乗って出かけることにしました。

朝早く、バスは出るので集合場所に行ったら、運転手さんに声をかけられました。
バスに乗り込むと、私たち夫婦を除いて誰も乗っていません。
だんなが「どこに座ってもいいんですか」と、聞くと「他にお客はいないので好きなところに...」と、運転手さん。 貸切バス状態で勝浦の湯快リゾート-越の湯-へと向かいました。

ふたりだけの大型バスというのも妙なものです。 ときたますれ違う別の観光バスの客が変な顔でこちらを見ていたりしておりますが、二人だけというのは、乗ってる本人も変な感じです。静かなバスの中で地図をみたりして過ごしました。
途中から雨が降ってきました。宿に着くと曇り空ですが雨は降っていません。
到着も2時近いので、熊野もうでは明日にして今日は、海上船で紀伊松島めぐりに出ることにします。
雨が降ってきそうなどんよりした空ですが、なんとかもつかな?海をみると魚がぴょんぴょん跳ねています。

観光船は海の島(岩)を案内しながら進みます。
しかし、この日は海が荒れて近場だけを廻るとアナウンスがあったのですが、激しいアップダウンがあり、ぐわぁんと上に上がり、ザブーンと波間に落ちるという落差が激しく、「ジェットコースターよりすごい」と、誰かが叫ぶほどです。
私は海に落ちたら、だんなが泳げないので、どうやって助けるかなどと考えたりして、いまさらながらに海の怖さを感じました。 ちょっと内側のおとなしい海に入ったらそんなことを考えずに岩を見たりして楽しんでいるのに、人間の感情や感覚もまわりに合わせ目まぐるしく変わるものですね。

なにはともあれ、雨にも降られず、船もひっくり返らず観光できました。

財布もだんなも落ちなくてやれやれです。
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熊野1

熊野へ行ってきました-何故に-
2009年08月31日10:44一ミクシーからの再掲です


8月26/27/28と、熊野に行ってきました。

熊野は遠く、車で運転していくにも電車で行くにも躊躇するような距離です。
ずっと前から行ってみたいと思っていましたが、なかなか行く決心がつきませんでした。
しかし、去年の暮れ (今年の2月だったかも...)に熊野のある写真を目にし、「これは、行かねば...ぜひ会いにいかなければ...」と、思ったのです。

その頃、モノリスワークの広島ワークの記事を見ていて、雅楽-竜笛-厳島-平家-源氏-と、そのころは何かが心にひっかかることがあったのですが、それだけのことでした。しかし、時を同じくして、家にある本の写真を見て、息を呑みました。

それは、神倉神社の“ゴトビキ岩”でした。

私の母はもう亡くなっています。母は水により、亡くなりました。
母は人から「弁天さんみたいだ」といわれたこともあったのに、なぜ、水で死んだのか?私はその疑問が解けず、その疑問が、瀬織津姫とニギハヤヒを追うこととなることとなり、ずっとそのことを追ってきたのです。
弁天さん=瀬織津姫=母(関係がある?)
そんなことを思いながら本をよんだりしていると瀬織津姫と同時に“ニギハヤヒ”が私の前にちょろちょろでたりかくれたりしてきました。ニギハヤヒ、この神さまは...なにかある。私は瀬織津姫とニギハヤヒさんを同時に追いかけていたのです。

母の死から始まって、他人には全く関係なく思える二神の話です。でも、この二神は、私の視界からなくなりませんでした。

実際の歴史、物部氏のことも知りたいと、思っていたら、地元の歴史講座で、物部氏と尾張、皇族たち、などについての詳しい講座が開かれ、受講しました。そこでニギハヤヒと物部氏、などについて聞きました。これも何年か前のことです。 でも、これと熊野...または神倉神社と何の関係があるのか?
何故、神倉神社の-ゴトビキ岩-を見て、行かねばと思ったのか...

私は岩の写真を見て、「あっ、お母さんだ。」と思ったのです。神聖な岩を母と同じに見るとは不敬かもしれません。でも、瞬間的にそう思い、肩甲骨の間が苦しくなったのです。

そして、ネットで“熊野”“ゴトビキ岩を”検索していたら、もっと驚くようなことがわかったのです。

続く
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熊野と私

ー神話、神を考えるーについてコメントをいただいて、続きを書いてないことに気付きました。その続きをそのうち書きたいと思っていますが、その前に過去のミクシーの記事を掲載したいと思います。全てはつながっている気がするからです。
熊野へ行ってから、もう10年近く経っているのに驚いています。私は熊野や出雲、鹿島などを巡って歩いたことがあります。古代の陰に追いやられた神と巨石と母の匂いにも似た何かを追っていたのです。熊野には母を連想する巨石があるということを知った時、これはどうしても行きたいと思ったし、また、熊野には特別な理由があり、いつか言って見たいと思っていたのです。

私の母方はある古い家が途絶えてしまうため、曽祖父が養子に入りその家を継ぎました。しかし、曽祖父があまりにも悪い奴であり、放蕩者であったという理由により、その家を追い出され今の地に移り住んだということです。身内ながらー少しは庇わんかーと思いたくなるほど、その子孫の伯父伯母たちもそのことにはー放蕩したんだろうーとそう憤慨はしてないのですが、おじさんたちによると、曽祖父が放蕩してなくなるぐらいのケチな財産ではない。多分、曽祖父は放蕩はしたのだろうが、親戚たちがそれにかこつけて全てを曽祖父のせいにして、財産をみんなでとってしまったのだろうと言っていました。

金持ちで旧家の家から一転して貧乏人になってしまい、その後のX家は今の母とその兄弟の代にようやく人並みの暮らしができるようになりました。
よく親戚たちが言っていました。「元いたKには曾祖父さんの名前を明かしていくことはできない。悪名が轟き渡ったからだ」そんなにも悪い奴であった曾祖父さん、どんな人だったかもそう聞いたこともありません。母もそう接したことはなかったのではないかと思います。でも、みんなでー悪い奴だったらしいーと言いつつも、少し面白がっていた伯父伯母たちの気持ちもわかる気がします。

そんなX家の話ですが、もっと先があるのです。ある時伯父が、X家はKにあったのだが、元は足助なのだ。そして足助にももともといた訳でなく熊野から出てきたのだ。という話をしてくれたのです。昔、義経が奥州に落ち延びていった時、援軍としてXという人が熊野から出て行ったのだが、足を悪くして足助でそのまま進めなくなったのだ。それの子葉末端がKのX家だったのだ。

義経とX兄弟は親しい間柄であったのでしょう。同族で奥州まで行き、義経とともに亡くなった人もいるようです。
IMG_20191018_190327_convert_20191019203603.jpg先週、押し入れの中から、久しぶりに出てきた熊野本宮のお守り
もともと血縁があるわけでもないし、曽祖父がただの養子となっただけだし、熊野から出たというのもーそうらしい話があるーというだけで、確証はないのです。あるのは曽祖父が悪い奴であったという話だけです。なんとなく話が面白く、いつかは熊野に行って見たいなぁと思っていたところ、約10年前に愉快リゾートのバスが熊野まで出ているというのを知り、旦那と一緒に熊野詣でに出てみようと決めました。

次回より、ミクシーに書いた過去記事を掲載します。
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栗きんとんを作りました

岐阜の農協で栗を売っていました。季節のものは逃したらアウトです。即買いです。
ダッチオーブンで焼いた後、身をスプーンでくり抜き、適当に粉々にしました。少し渋皮が入ってもご愛嬌ということです。
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鍋に放り込み、グラニュー糖を入れて火にかけ混ぜます。

砂糖が溶け、暖かい温度になったら、手で少し丸めます。
布で茶巾絞りにします。

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出来上がりはなんかバリウムうんこみたいですが、味は栗でした。
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プログの行間

プログを書く時って、どの程度で行を空けているでしょうか❓

私の場合は4、5、6行続けて書いて、一行空けてまた繰り返す中に、一行だけ独立させたり時に応じて変えていますが、この行間についてネットで調べると、そんなに詰めて書かれると読みにくい、という人からある程度かたまりがないと読みにくい人までさまざまでした。
なんと、ある意見では、一行書いて何行か空けてそれを繰り返しているのが読みやすいというのもありました。

えっ‼️

私は一行書いて一行とか、何行とか空けて書いてあるブログはとても読みにくくて嫌です。私は速読だし、画面全体を見てパッと大体を理解しつつ、左上から読んでいくので、そんなに間があると非常に読みにくいし、スクロールがめんどくさいのです。これも人それぞれなんでしょうが、最近ある法則を見つけました。
私がよく見ているお気に入りブログで、記事はがっちり詰まって書いてありとても読みやすいのですが、たまに変な挑戦的ないかれているコメントがあり、その持ち主のブログを見ると間が多すぎて私にはとても最後まで読めないのです。読めないのは、記事がつまらない上に、何を言っているのかわからないということもありますが。

なんでかわかりません。人って読み方ひとつとっても違いがあるのかなぁと思ってしまいます。ただ間がある方が良いという人もいるのは確かです。行の間だけで読者層は変わってくるのではないかと思っています。
昔、小学校高学年でも字数の少ない本をよく見てる人がいたし、反対にジェーンエアを読んでる子供もいたのでそういう違いなのかもしれません。

ただ、ブログを読む層の違いは確実にあって、もともと本を読んだり調べたりはしない人は行間が多い、文章量の少ないものを好むだろうと推測しています。
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パワハラはどんな人でもされる

神戸の小学校の教師による教師へのパワハラ、いじめというよりも傷害行為の内容はひどいです。腫れあがるほどお尻を何かで叩いたり、激辛カレーを食べさせたり、蹴ったり、新車の屋根の上に土足で上がったり、他にも様々な暴力行為、嫌がらせをしていたようです。
これについてネットを見ていたら、梅沢富美男が「やられたらやり返せ」と言っていたのが気になりました。今はその言葉が反感を買って炎上しているとか‼️
やり返せるようだったらそんなに問題はないのです。

立場とか、責任とか、いろんな事情があってやり返せない人を狙ってくるのがパワハラではないかと思います。
強い人ならやり返せるかというとそうではありません。去年、少し受けていた私のネット{スタディサプリ}の日本史の先生の伊藤賀一先生、この先生は日本史、その他社会の知識、教える能力は並外れています。その上、なんとボクサーでもあるとか‼️先生としての能力も卓越していてかつ腕力もあるからこんな人はいじめとは無縁だろうと思っていましたが、配信講義の中で先生が言ったのです。

「いじめーパワハラーを受けたことがある」

「えっ」

私はびっくりしました。ひどいパワハラで精神のダメージを受けて大変だったと言ってました。元気で強い先生がそんなことに。とびっくりしたのですが、もっとビックリしたのはそのパワハラした人物は女だということでした。
にあの伊藤先生が打ちのめされた‼️伊藤先生は前述したように頭も力も{見かけは弱そう}並外れているうえ、先生をやるのに体験が必要と考え自動車工場の期間工や炭鉱の炭鉱夫までありとあらゆる仕事をされたほどの先生です。ちなみに期間工はボクシングで鍛えた伊藤先生でもきつく、機材もよろめくぐらい重く、慣れるまでは疲れすぎて爆睡してたとか。まだ40代ぐらいだと思いますがこれだけでも並外れていると思いますが、そんな人をコテンパンにするなんて、どんな女なんだ‼️

多分、すごい狡猾でずる賢く、でも知識も経験も伊藤先生に比べれば月とスッポンぐらいの女だと思います。
そういえば、小牧市の若い職員を自殺に追い込んだクラッシャー上司も女だし、知り合いを心療内科通いにさせたのも、その同僚を療養状態にしたのも女だったなぁ。

男とか女とか関係ないですが、人を廃人にするくらいのすごいやつ、そんな奴が威張って生きている世はやり切れません。そんな強力なメドゥサに見つかる前に姿を消せれば良いですが。
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あいちトリエンナーレ閉幕

愛知トリエンナーレ、終わりました。中日新聞には写真入りで堂々と表現の自由とか、検閲はいかんとかの記事が出ていました。そんなことは中日新聞だからこんなもんだと思いましたが、私の関心は津田総監督のです。前見たときはサンダルに裸足でした。今回は‼️靴を履いてました。今日は寒かったから、サンダルに素足はないだろうと納得して新聞を畳んだ後、❓・・・

もう一度取り出して見てみると、あっ頭が白い。津田さんは頭、黄色に染めていて、あんまり清潔感がなかったのだけど。ネットで見たときもそんな感じだったのに・・・白に染め直したのか、それとも新聞が修正しているのか❓写真と実物の感じはだいぶ違っていて実物の方が清潔感がなかったです。新聞の方は顔も小さくてスッキリしているし、違う人みたい‼️

新聞て修正、編集しているのかもしれませんね。反対に都合の悪い人は鬼みたいな写真を作って出しているかもしれません。大手メディアは信用できないなぁと思います。

トリエンナーレは過去の政治的なものがない年度でも、作品自体の力がないというか、これでこんな国際祭に出れるのか❓などと思われるものもあり、その企画開催自体に怪しいものを感じること、数度。癒着とか、利権とか、腐敗臭ムンムンな祭りですが、美術の関係者に感想を聞くと、腹が立つとか、いくわけないとか、そうすかんです。←私の知り合いでは。

次はトリエンナーレ、広島でやる予定だそうですでにひどい天皇関連のものの出品が検討されているとか。トリエンナーレは毎年愛知でやるのが定番だったのに広島に移すというのが、作為的ですね。これから先、どうなるか、注目大です。
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久しぶりに毎日書いてます

スペイン語やそれ関連の勉強をしていてあまり歩かなくなったせいか、今年になってから骨が痛くなってしまいました。
体を動かさなければいけない‼️
それで、八月末からは元の怠け者生活に戻しています。やろうと思った問題集も何もしていません。やり始めるとキリがなく、他のことに手をつけなくなってしまいます。それも体に悪いし、他のことをやったりしながらボチボチと行こうと決めました。

金銭的に目標額を達したので、バイトも自分にあったものが出た時だけ行きます。

ブログもできるだけ書きたいと思っています。クッテネルも昔は書いていたのですが、今はまだ忙しいので書けません。1、2年経てばまた参加できると思います。その時はよろしくお願いします。
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痛いテレパス

–七瀬ふたたび–で出てきた超能力者の一つにテレパス{他人の考えや気持ちを読むことが出来る}があります。
この能力者は割合多くいると思いますが、ドラマのようにそのままを読み取れる人は少ないです。スピの人は結構自信を持っている人も多いと思いますが、たまにある程度あたり、時に大外れと正確性を持った人はあまりいないのではないでしょうか❓

ところが、全くの一般凡人であり、本人も全く自覚もないうちのダンナ。変なテレパスもどきになったことがあります。
義理の父、ダンナのお父さんが、お腹が痛く医者に行ってもわからなかったことがあります。その連絡を受けて何日かで義理の父の症状は治まったのですが、ダンナが急に腰の痛みがあり、~半休をとった–と急に連絡をしてきたのです。歩けないほどだといい、確か途中の地下鉄駅まで車で迎えに行きました。その後、整形に駆けつけたところ、石、結石だと言われました。その時は先生の指示に従い水をたくさん飲み、症状は治まったのです。

その後、またも義父がお腹が痛くなり、医者は何も言ってくれませんでしたが、その時にダンナがまたも結石になったのです。そこで私はハッと気づいたのです。
「お父さんの腹痛って、アンタの腹痛とよく似てない❓」
ダンナ←「はっ‼️」
しかもお父さんが辛い症状になると程なくダンナが腹痛になっていたのです。
「アンタ、お父さんの腹痛を再現してるのでは❓」

そこで私たちは高速を使い義実家に出かけ、大量にポカリスエットを置いてきたのです。
飲んでくれないとまたもダンナが激痛に襲われそうだとわかったからです。その後、お父さんが私たちの指示通り、ポカリスエットと水をたくさん飲みだしてからダンナもお父さんもその症状に襲われることはなくなったのです。

変なテレパスです。相手の症状がわかるというか自分までなってしまうなんて、情けないというか、つまらん変な身体的テレパスです。でも、ダンナはお父さんの時だけで、私がいくら高熱に浮かされてもいびきをかいて深く眠っていますが。


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あいちトリエンナーレを垣間見た

急なバイトが入り、あいちトリエンナーレに行きました。

会場内を通過する必要があったので、チラッチラッと展示を目にしました。どれも通過中に視界や耳に入っただけなのでよくはわかりません。
しかし、ある展示室でびっくりしたのです。入ったらいきなり、ブーンという唸ったような機械音です。頭の上から不気味です。正面はどこかの無人の街を大スクリーンで映していました。台湾です。通り過ぎながらも恐ろしい逃げたいような感じがしました。-なんか親が言っていた昔のB29襲来みたい-
横目に作品の説明<キャプション>を見ると、-台湾の軍隊が演習中で、その時に誰もいない街の光景-だということでした。
もうすでにイアンプ像<少女>、天皇の写真踏み付け燃やし作品、アメリカの国旗で作った変なテントやその他の諸々は部屋が閉まっていて通過も何もできなかったです。でも、これらの展示プラスこの台湾の風景、変です。

一体何が言いたいんだ。この何が芸術、美術なんだ。
台湾の軍隊をやるなら、中国の軍隊はどうなの❓

おまけに作業中に総監督の津田さんがなんと金髪頭、サンダルばき、裸足でゾロゾロと背広軍団を従えるのを見てもっと❓が増えました。スタッフなどはきちんとした上着、靴などです。こんな人にみんなひれ伏して、一体なんなの❓

大村知事にはわしは投票しませんでしたが、多数決でこんな知事になってしまいました。展示再開も名古屋市長にも説明なく決めています。こんな奴がやると決めたトリエンナーレ、おかしいです。
でも、じゃあ反対に韓国軍のベトナム女性性奴隷像を作れば‼️と言われれば私にはできません。そんなものを作品にするなんて気は起きません。こういうものを表現の自由とか、芸術とか、やりたいなら作品の力で客を集めてやればいいと思います。どこかの会場を自前で借りてやればいいのです。芸術と名前をつければ飲みさしのペットボトルでも展示できるかのような錯覚を覚えます。
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過去のスピセミナー 麻美さんのセッションとワーク

これはずいぶん前になります。スピコンで初めてのスピセッション、ヒーリングが本物であったので、チャネラーの千春さんのイチオシの麻美さんのワークに出てみることにしました。当時、私はなんだか内容もよくわかってなくて、悩みであった人間関係の境界線をはっきりさせて、これ以上嫌な思いをしないでいいようにという目的で参加したのです。
ワークはハイヤーセルフと出会うとか、トラウマを解読し癒すとか、そんな流れでした。

私はその時自信がないとばかり言われ、そうだと納得はしたものの、痛みも感じました。自信がないことについては「今世が大変だった」と言われたのに対して普通の庶民として生きてきた私なのにそんなだったかなぁ❓なんて思いつつも「本当だろう」とどこかで腑に落ちたのを覚えています。でも、生き方や、姿勢を悪く言われたり、正されたりすることは全くなく、「今世が大変だったから、青があるが、ルンルウンさんは、本当は楽しく面白く、ウキウキする仕事が向いている」なんて私の背後を見ながら笑っていた姿は忘れられません。私の背後に裸踊りをしている私がいるみたいな楽しそうな感じでした。

セッションでも詳しく状況を言わなくても私の状況などわかり、能力的には結構信頼は置けました。そうは言っても、私はどうも最初から麻美さんの雰囲気が苦手で、あんまりいい感じは持てませんでした。しかし、当時信頼していた千春さんが麻美さんにゾッコンで~素晴らしい~のオンパレードだったし、ワークも麻美さんのファンが多く、みんな崇めている感じだったので、何にも見えない私が、「能力以外はあんまり近づきたくない」と思うのが悪いような気がして、自分がいけないやつなのかなぁと思ったりしましたが、後、麻美さんはミニカルトみたいなことをやりだしたりして離れた人が多いと聞きました。

ミニスピ会でもカルトでも怖いのは信頼の置ける人が心を込めて推薦し、崇めている人が実はとんでもない人だったりすることがあるということです。麻美さんはチャネリング能力は確かに素晴らしかったのですが、ネットなどで調べると深く関わったりした人は金銭面、心身面に深い痛手を負ったりもしたといいます。

スピの能力と人間性は別だし、まかり間違えばカルトのように全てを吸われて終わりになってしまいます。

私は不思議なことが好きですが、昔から人を崇めたり、追っかけをしたりするのは全く理解できなく、昔スピ好きの友人から「あなたはどの人が好き」なんて聞かれた時、人よりもチャネリングやその他の能力がいいかどうかじゃあないかと言ったことがあります。

この人生、私は失敗ばかりしてきました。本当に危ないギリギリの縁にも立ったこともあるのです。なのでたとえ素晴らしい友人や先生が傾倒していても、その対象が素晴らしいと思ってはいけないなぁと思っています。最初にふと思った「この人苦手、近づきたくない」と凡人の自分の感覚で感じたものを信用すべくだと歳をとってしみじみ思います。

でも、こんなミニカルトみたいなのは、真性カルトからするとちょろいもので、だからこそみんなが集まってうっとりしていられるのだなぁと思います。半分突っ込む状態、足湯みたいなちょい楽しい感覚はどうも理解できません。

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猫と旦那と家にいます

今度の台風は雨と風と両方とも警戒すべきと言われています。
そこで、キッチンの雨戸なしガラス窓にプラッスティック板を貼り付けたりしていますが、小さいおばさんの私には結構大変な作業で4枚のうち二枚だけで終わりました。それもぺらぺらのだったり、窓より小さかったりで不十分です。

水害対策で本やパソコン、服、猫の餌、ありとあらゆるものを二階に持っていきます。なんだか昨日から頭が痛くて動きたくありませんが、頑張ります。非常食用のおにぎりも作らなくてはいけないなぁ。

日本は災害が多いからたまらんよ。
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少年ドラマシリーズ

以前にもブログに書いたかもしれません。昔のNHKの少年ドラマシリーズに超能力ものがありました。時をかける少女や七瀬ふたたびなど面白いものがあります。七瀬ふたたびも、時をかける少女も何年か前まで動画がネットに出ており、最初から最後まで見ましたが、昔の少年ドラマは今見ても面白く、また見たいとなんども思ってしまいます。

この七瀬ふたたびに出ているのがいろんなタイプの超能力者です。念力を使う人、予知能力者、人の考えがわかる人、時を遡れるタイムトラベラー。これはドラマ、おしばいの中での分類です。世のスピ教室やワークではこの中の何の能力を高めようとしているか❓

他の次元との存在と交流し情報をつかむ能力がまずは挙げられます。これが9割ぐらいでしょぅ‼️

しかし、ドラマでは、

◎ミディアム、チャネラー。これはなんでしょうか❓異界の人や存在と交信できる能力。目に見えない存在から情報をもらい伝達するという能力なので七瀬ふたたびの中に出てくる人たちとちょっと違う気がします。お化け、幽霊のことがよく見える人はこれらの能力がもともと高いのではと思います。
◎念力 これは私が今まで接してきたチャネラー、ミディァムでもその能力は見たことがありません。できても見せない人がいるとは思いますが、数は少ないでしょう
◎予知 これもあまり聞きません
◎タイムトラベラー これも聞きません
◎テレパス 人の心が読めるはよく聞きます

スピの生まれつきの感覚があると自称する人は「感じる」とか「ナニカガイル」などと周りに言われますが、その感覚と七瀬ふたたびに出てくるような感覚とは少し別のようです。テレパスは持っている人が多いですが、大はずれの時もあります。

ただ、普通と思っている人でも、幽霊には合わないし何も感じないけど、予知やタイムラベラーのような経験がある人もいると思います。自分自身が多次元を行き来することとチャネリングなどとは大雑把な不思議体験としては同じような感じですが、やはり違うのかもしれません。
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スピリチュアルな能力とその育成について 8

今まではすぴ教室について述べましたが、教える方ではなく学習者について考えたいと思います。

私はスピリチュアルな能力の向上には瞑想などの数をこなすことがやはり必要だと思います。先に述べた教室ではなかなか能力が伸びないというのは、教室で一回五千円で実習をするのだとその絶対数、経験値が足りないという気がするからです。良い先生の元だと何も言ってくれない先生より力はつくと思いますが、先生の指導でやれる数は多くはありません。ピアノや書道を習うように毎週レッスンに通い、家でも練習に励む。スピは意外とそのような鍛錬と練習が必要ではないかと感じます。しかし、一度の集団レッスンで安くても五千円ほどもかかると、ピアノを習うようにはいきません。またスピは非常にマイナーなのでそうそう教室もありません。

ところが、すぴの学びにおいて、どの人もどこでも異次元との接触は可能であり、それを各人が自覚してないだけなので、この世の先生に頼らずも自ら直接異界との交信をすることも可能なのです。

道を歩いていてふと、何かの考えが浮かぶ、映像が出てくる。そんなことは誰でもあると思います。瞑想の時間を取ればそれこそ次々といろんなイメージが出てくるはずです。
肝心なのはそれを自分の感覚とともに詳しくメモり、記録に取ることです。それを繰り返すことで何かがつかめてくるのではと思うのです。先生について学ぶのも良いですが、自分で先生のように自分の感じたイメージに対して論評をし、それを記録するのもいいと思います。学ぶということは自分なりにつかむということを体得することではないでしょうか❓

ですので自分で瞑想をするとともに、その経験を注意深く観察し、言葉や画像に表現したりすると違うと思います。ただ漫然とビジョンを受け流すとか、自分のガイドは神々しかったとかで感激するだけでなく、その感覚を仔細に渡って現実感覚に落とし込むということが必要だと私は思います。

しかし、これらは私の考えであって、そんなことはないというスピ関係の方の意見も尊重します。教室に通い続けることで何かその人にとって素晴らしいものが得られるのなら、良いことだし、いろんな教室に通われている方はそのような体験と情熱を抱かれているので行かれているのだと思います。実際に教室に通うことで気分がすっきりとするとか、希望を感じるという方もいらっしゃいます。人はいろんな道があるしいろんな考えがあり、それぞれの自分世界に住んでいるということです。


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すピリチュアルな能力とその育成について 7

私がスピの学習の場から撤退した理由は一つは費用対効果がないということでした。しかし、これはお金と時間をふんだんにかけることのできる方は別かも知れません。

あとはその学習を続けるにあたって、その効果を実証する客観的なデータがないということです。

●. ワークなどを続けたとして、それが能力の向上と結びつく客観的なデータなどがあるか
● その証拠としてもともとの能力がある人は別として、スピ教室や教祖のもとで長年学んだ普通の人が先生を務める程の実際的な能力を得たという例はどの程度あるか

だいぶ昔の話ですが、障害や発達に問題のある子どもに対しての治療に関わったことがあります。問題のあるお子さんがいるとします。まずはそのお子さんの状態をできる限り詳しく把握します。現状を正確に掴んでから、いろんな凡例をもとに治療計画を立てます。この子のタイプであれば、XXをやればこれくらいの期間でこれぐらいは伸びるだろう。
とは言ってもそういかないこともあるのでその時々の経過を見てやっていくことになりますが。

スピの教室の場合はこんなに専門的に把握できなくてもいいのですが、大雑把でも、その教室で何クールかこなせば半数以上の人がある程度能力の向上が見られるとかのラインがあればいいのです。でも、ありません。私の場合で恐縮ですが、最初はそのような感覚に気づくことができ、実感を得られます。しかし、その後が続かないのです。

それはオメェがダメなせいだ。なんて言葉も出ますが、それだけでない問題もあると思います。

スピの感覚は初心からそれ以上進むには教室やワークでは体験はできますが、学習や能力向上についての力強いサポートはあまり望めないのではと思っています。なぜなら、アイイスの先生でもそうですが、(随分前に離れてしまったので今は知りません)長い間研鑽を続けていた人もいますが、先生になる人は最初から先生が能力があると決めた人ばかりで、凡人で入り、長く続けていて先生になった人は見たことがないのです。最初から能力のある人は1ヶ月そこそこで先生になれても、凡人は三年、五年とやってもそんな段階にたどり着かないのです。ということはクラスもワークに出ていてもそのような突出した能力は獲得できないということです。

スピの先生は口を開けば「このような能力は誰でもある」という割に実はそうは思ってないのでは❓とそのスタンツがダブルスタンダードなのを感じるのは私が多分、心境が低すぎるせいでしょう。

よく考えるとこのようなシステムは語学教室でもあり、外人の先生のもとでずっと会話教室に通って20年なんて人があんまり喋れないなんてケースによく似ています。ただ漫然と会話を続けるだけではあんまり上達は見込めません。確かなのはその間ずっと支払いが続くということです。
私は外国語でも一回だけ、会話の授業に行きましたがやめました。ただ話をしてても時間を浪費するばかりでそう得るものはないと思ったからです。

スピな人はなんと物質的な考えだと思われるでしょう。でも、私の頭は実証的、具体的というか、感覚より論理みたいなところがあるのでしょう。波動が低かろうが頭にこういう考えが湧いてくるのでしょうがないです。

私は思いました。スピは目に見えないことを扱う。高次元には凡人も選ばれた人も金もないはずだ。生身の先生とか教室でなしに自分で直接瞑想をしても充分だし、夢を見ること一つでも異世界からの情報であるし、それを取るに足らないことと流さずに分析したりするだけでもスピの勉強になるのでは❓と思ったのです。





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生きるにしぶとくも、手を離す

先日、友人とランチに行ってきました。

欲深くも大盛りを頼もうと思いましたが、やめて正解でした。スパゲッティとピサの耳、残しました。

以前、友人は癌になり、その後も後遺症が出たりして大変でしたが、なんとかやっています。友人から聞く癌治療の副作用、後遺症は凄まじく、よくその治療に耐えたものだといつもながら思いました。

よく頑張った。友人を見るといつも思います。

そんな話の中で延命治療の話になり、管を入れたりとか胃瘻とか、人為的な延命は嫌だねなんて話になりました。ただ命を引き延ばすだけなら、死んだほうがいいよ。二人とも同じ意見でした。
私も友人も親の容体が悪くなった時、胃瘻をしますか❓とか延命治療について聞かれたことがあったのです。図らずも二人とも延命は要らんと断ったことがありました。

生きるのに最初から白旗はあげないけど、でもそれほど生きることに執着しない。意外と自分たち世代はそんな感覚かもしれません。

あんまり歳をとって生きてもねぇ、なんて他の友人とも言いあったりしているのですが、80、90を超えた人生の先輩に言わせるともっと生きたいとか、生きることへのこだわりを見せる人が多く、「あなたたち若い人❓でも歳をとったらそうなるわよ」なんて言われたりしちゃいます。でも、感覚が違う気がします。

欲望があんまりそこまで湧いてこないのです。こんな態度でいいのか❓なんて少しは疑問も感じますが、お年寄りほどギラギラとした本能みたいなものが周りの友人などもあんまりなく、成るように成るとテキトーに生きているのです。年金制度もどうなるかわからないし、そうそう老人になってからのことなんか、自分で気張ってもたかが知れていると心のどこかで思っているからかも知れません。
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自分を見ている自分

2011年、父が亡くなってのち、記憶や時間がらみの強烈な体験をしてから、自分の斜め右前の空中に自分がいて自分を見ている感じがします。
幽霊みたいに浮かんでいる感じもするし、自分を取り巻く全面が一つのスクリーンみたいな感じになっていてそっちの方から自分がこの肉体の自分を見ている感じもするし、上から見ている感じもします。変なことを言っています。でも、肉体の自分が自分というより、ロボットであり、空中にいる自分がリモコンとかで動かしているようなそんな感じもするのです。
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スピリチュアルな能力とその育成について 6

1 費用対効果と庶民の懐事情

ど素人がスピ教室に行き、なんとなく全容を掴み、もっと分かりたいと何年も教室に通うということはよくあります。
そんな時に、その学びにどれくらいの経費がかけられるか❓それは大事な問題です。

スピリチュアルな教室は、良心的なところで一回2時間程度のレッスンで5000円前後の授業料から、一万、三万、五万、と万を越すところもザラにあります。授業スタイルはよくある外国語の会話レッスンのように、五人以上の生徒が集まった中での集団レッスンとなります。
私の場合は最初に一日中レッスンがあり。それが何日かおきに開催されるスタイルの麻美さんのワークに行きました。それが7万円か8万円だったと思います。日数もある程度あり、朝から夕方までぶっ続けであったので、スピリチュアルな相場あらすればまぁまぁ良心的な価格だったと思います。全くのど素人での参加でしたのでそれだけの体験、実りはあり良い体験だったと思っています。

アイイスやアクア講師のクラスやワークもだいたい一回5000円ぐらいです。ですので、三万とかそれ以上のワークが多い中、スピの愛好者にとっては来やすい所となっていると思います。

その後、私はアイイスのクラスにも行っていたのですが、瞑想をしたり、サイキックの練習をしたり、マントラを唱えたりしてもそうなにかがわかるとか、力がついてくることもなく終わりました。
これをやっていて意味があるのか❓私は考えました。回を重ねてもスピの私の能力はあんまり変わりません。
夜遅く、職場から急いで会場まで出かけ行ってもそれほどなんということもなく、人数が多いとシェアすることすら少なくなってしまいます。時間の都合をつけてある程度コンスタントに行くとなると身体的な負担もありました。

一回あたりにすると4.5000円とスピにすると安いというが、忙しい庶民の自分にとって安いのか、またふさわしいのか❓考えなくてはいけないだろう。

私は工芸美術をやっていますが、それは三回レッスンがあって5000円弱。外国語でも個人レッスンでも5000円はしなません。スピリチュアルは安めのところでも、それらのレッスンと比べると随分高額です。反対に私がやっていた低賃金のバイトは900円も行かなかったりしたのです。きついバイトで体を壊し、一日行っても6000円にもならない。ワークやクラスの一回のレッスン代金プラス交通費にも及ばないのです。そんな貴重な働きで紡ぎ出した金を湯水のようには使いたくない、と思ってしまいました。

せめて、この学びである程度の成果が上がり、わからないものがわかるであろうという確実性があれば良いですが、そんなものはないように感じました。費用対効果がない。そう思ったのです。アクア講師のクラスも神戸という遠方です。交通費などを合わせて考えると、私のような庶民には届かない所だと思いました。

やはりスピリチュアルはある程度お金と時間に余裕のある人でないと難しいと思います。
安いと行っても、スピリチュアルは他のお稽古ごととはまるで違うのです。私は自力で勉強してある程度効果が上がる外国語学習へとシフトしました。自力だとタダですから。

続く


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2016年からの出来事

2011年に父が亡くなり、翌2012年に義父が亡くなり、それ以降、家族の職場環境、子供の環境など非常に厳しくどうかなってしまいそうな日々でした。2016年には旦那がとうとう救急車で運ばれるということとなり、すぐに子供が何かに感染したのか、血便が出てしまいました。そうこうしているうちに私も帯状疱疹になり、家族みんな体調を著しく壊すということになりました。幸いにしてその後子供と私の体は回復しました。旦那はよくなったとはいえ心身の不調がまだ続いていますが。

2016年の八月の終わりに赤ん坊猫を引き取ってから、なんとなく我が家の運気が変わってきました。
直接どうこうというわけではないですが、猫が来てから家の中の空気に余裕が出てきたのです。

そして、翌2017年3月に友人のアンジェリカさんが突然ミデイアムシップモードに入り、そこで出てきてくれた古い知り合い、M木さんが私にある助言をしてくれたのです。
ー未だ完遂してないことがある。すぐにやれー
私は怪訝に思いながらも聞きました。

ーそれって、スペイン語のこと❓ー

私はスペイン語があまりできないにも関わらず、なんとかもっと分かりたいと思っていましたが、諦めていたのです。南米にいたとはいえ、それほど喋れるわけではなかったし、もともとの語学音痴の自分には到底できないと思っていたのです。
しかし、M木さんの霊はーやれるーと言っているとアンジェリカさんはいうのです。

~エッー−

私は信じられないとは思いましたが、この時出てきたM木さんは本当に良い人でかつ信用できる正直者でした。私はM木さんが嘘を言うはずはないと思い、本当にこの自分ができるとは考えられないが、ー信じてみようーと決めたのです。

その後、幾つもの試験を2017,2018,2019年にわたり一発で受かってしまい、これは本当にびっくりしたのです。考えられないことです。

そんなわけで、2016年からは今までの自分ではないような展開があったのです。非常に個人的なことなのですが、自分の自分に対する認識が変わったというか、今までの固定観念がとろけてしまったというか、嬉しい変化が起きたのです。もともと優秀な人にはわからないかもしれませんが、わからなかったことがわかるとか、自分でもできたとか、素直に嬉しいし、今までの自分は狭い見方しかできなかったなぁと今までと違う観点から見ることができるようになったと思います。

また、2016の末、2017年始めには庭を大改造し、小さくても庭作業ができる庭を作ることができました。今までの隣の人に気遣い外に出ることもできなかった生活とは全く違う暮らしをしています。

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スピリチュアルな能力とその育成について 5

理由としては

1. 費用対効果があるか
2. 1から関連して、ワークなどを続けたとして、それが能力の向上と結びつく客観的なデータなどがあるか
3. その証拠としてもともとの能力がある人は別として、スピ教室や教祖のもとで長年学んだ普通の人が先生を務める程の実際的な能力を得たという例はどの程度あるか

これらを考えると肯定的にどうも納得できる考えは出てきませんでした。私は訓練も勉強もある程度万人に対して、それが有効なある程度の確率というか、数字はなくてはならないといけないと思っています。でなくては新薬などは世に出せないではないでしょぅか❓

どうもスピリチュアルや語学の旧来からの学習制度はこのようには考えられておらず、ほとんどは生徒のもともとの不出来からその習得の困難さは生まれ出でると考えている節があると思われます。こんなことをいうと神聖な修行であるスピリチュアルの学びにそのような現世的な視点を持ち出すとはけしからんと、憤慨する方も多いと思います。

まぁ、私のような不良スピリチュアル人が言っていることとしてご勘弁ください。でも、生徒の出来にほぼ依存する学習なら、先生は要るのでしょうか❓

続く
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すぴリチュアルな能力とその育成について 4

頭や、体の感触でつかんだイメージや音、言葉など、ミディァム実習での体験は~これは⁉️-という驚きと実感を与えてくれました。しかし、いかんせんど素人です。イメージが浮かびくるもそれが本当かどうか❓分かり難いのです。
そこで、私は実習の時の感覚、イメージ、その時の状況などをできるだけ詳しく記録に残すことにしました。詳しく言葉で描写することにより、何か向上の一助となれば良いと思ったのです。

とにかく場数を踏むしかないだろう。色々とやっているうちにはっきりとしたものがコンスタントに現れるのではないか❓そう思ったのです。そこで経験を増やすためにスピリチアルな出店をしたこともあります。なんとかもっと分かりたいと思っていたのです。しかし、ど素人の出店にはほとんど人は来ませんでした。結局他の人のミニセッションなどを受けて終わったという結果となりました。やはり、輝きのない凡人はダメですね。

しかし、もっと知りたいという思いはまだあったので、アクア講師のミディアムクラスに出続けたりしたのですが、霊視などの感覚はそれで進んだかというと相変わらずでした。

私は考えました。撤退しよう。

ちょうどその頃、金銭的にも時間的にもミディアムシップの学びを続けることが難しくなっていたのにともない、このような学びをするのを中断することとしました。(地元でたまにアクア講師を呼ぶワークを主宰者ということもあり、それは続けていますが)
それに、私はこの学びの中断、取りやめには外的な事情もありながら、このまま続けていてもそうそう得られるものはないと感じたのです。初めの導入はいいですが、ある程度ワークなどに参加した人にはそれ以上はそれほど必要ないのではと思ってしまったのです。

理由は複数あります。
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スピリチュアルな能力とその育成について 3

スピリチュアルなワークなどに出ている人からちょくちょく聞かれるのが、「ルンルウンさんはミディァム、チャネラーになりたいのか❓それとも霊性の向上を目指すためなのか❓」などと聞かれます。

私はその質問自体、違和感を感じます。確かに、スピリチュアル的な能力をゲットしてカリスマ的な指導者となると、人から崇められるし、しかも高額なワーク代金やセッション代金を受け取ることができウハウハでしょう。
また、いろんなワークに出れば、霊性を向上できるか❓

馬鹿らしい。

まぁ、心がざわざわしていたり、霊的に敏感な人は瞑想などで心身の不安定さを軽減させることができるだろうと思いますが、ごく普通の一般人は瞑想やスピワークをしないと生きづらいようなことはもともとなく、そんなことはしなくても普通に生きていられます。何か変な霊がいたとしても何も感じないか少しの違和感で終わるのがオチです。
また、瞑想をしたり、高額なワークに出るだけで人格者になれるとしたら、それをやっている先生はもっと上の人格で神様みたいな人ばっかりでしよう‼️しかし、このようなスピリチュアル関係の指導者の中にひどい人格者や鬼畜のようなはざらにいます。先生がそうなのに、その下で瞑想やその他をして人間が向上するか❓そんなことはありません。

人格はこの浮世の矛盾や苦しみに揉まれて石が玉のようになっていくのではないですか❓。

私がスピリチュアルな教室やワークを続けたのは、「なぜか」、「もっと知りたい」と単純に知りたい、という好奇心があったからです。またその感覚をはっきり掴みたいという欲望もありました。また、一番最初に千春さんの紹介の麻美さんのワークに出た時、頭に浮かんだことをそのまま言ったところ、「それでいいですよ」と言ってくれた時の新鮮な驚きやその後ミディァムワークに出た時のアクア講師のアドバイスと自分の映像が一致した時の感慨は今でも忘れられません。

ですので、私のようなズブのど素人、全くの凡人が何かスピワークに出てその感覚をとりあえずはつかむ、というのはそう悪いことではないと思います。
しかし、問題はその後です。

続く
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スピリチュアルな能力とその育成について 2

スピリチュアルの能力を高めたり、気づくための講座は色々と今でもあります。瞑想講座、チャネリング講座、ヘミシンクのワーク、ミディァムシップの講座など、様々です。それらの基本は半睡眠状態に至り瞑想をし、自己浄化をしたり、ガイドと話したり、死者と交流したりとどれも瞑想がまずは基本となっております。

私は最初は高次の存在から何かを聞くとか、その姿を見るとかが全く想像がつかず、どうやってやるんだ❓と疑問ばかり思っていました。なので、何か特別の方法があるとか、とても特別な感覚が特別なやり方でつかめるかもしれないと少しは思っていました。が、今から思うとそれは特別なものではなく、目をつぶって静かに心を落ち着けているときやふとしたなんでもない時に色々と頭に浮かんでくる映像や、言葉、それらがそのような次元の違う存在達の姿であったり、言葉であったりするということだったのです。

これは後から考えると、知らず識らずのうちにチャネリングなどをしていたのだろうけど、全くそうとはおもわず、自分の思い込みとか、考えと処理していたのだと気付きました。よくあることですが、夜空を見て、南十字が視界に入っているにも関わらず、見えていることに気づいていない人に似ています。

私は千春さんの紹介のチャネリングワーク「実は行ってからそうだと気付いた」に行き、ハイヤーセルフと出会うとかをして、自分では意識したなかったふっと浮かんでくる思いや映像など、そんなことも一つの多次元からの情報であると改めて知ったのです。

それから、それが本当か、確かめるように友人の勧めでヘミシンクワークに行ったりしました。

しかし、瞑想の映像などは自分自身でそれが本当かどうか、どうも信じきることができませんでした。自分の感じた映像、感覚、これは本当かどうか今もってわからない。それで、私はミディァムシップワークに行くことにしたのです。事前情報ゼロで死者との対話をし、その姿、死因、職業、家族、etcなどを言い、それがあっていたら、自分の頭に浮かんだことは思い込みでなく明らかに異世界からの情報を掴んでいるということになるからです。

続く
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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
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