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かぼちゃチーズケーキです

南瓜チーズケーキを作りました。クリームチーズに南瓜を混ぜたものを焼いてあります。ロック好きな友人の好みに合わせてドクロの絵にしました。
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やっぱり黒猫とかの絵の方がよかったかな❓
ハロインは昔はこんなに一般的ではなかったです。私は高校生の時、ユニコーンという英語の教科書にハロインのことが詳しく載っていてそれで知ったのですが、周りのみんなもそれで初めて知った人ばかりでした。英文は全く頭に入らず、内容とわずかにトリックオアトゥリートという子供たちの掛け声だけが記憶に残っています。
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熊野6 

熊野三党 X氏 mixi過去記事再掲 
2009年08月31日22:09

私は、足助のXを調べてみました。すると和歌山にX家関係の神社があることがわかりました。
神社のホームページを見て私は驚きました。
熊野のX氏の何某が義経を追って足助まで行ったこと。その先をさかのぼるとXの祖先は熊野三党の一党、X氏であり、それをさかのぼると物部氏、それをさかのぼると祖先(祖神)は-ニギハヤヒ-だと書いてあるのです。

私はその-ニギハヤヒ-という名前を見たとき、驚きました。
X氏=ニギハヤヒ子孫とは...私は元をたどっているのか?お母さんはニギハヤヒと関係があるのか?
そしてすぐに、あの岩の写真を見たくなり、見ると、背中が苦しくなりやめ、また見ては背中が苦しくなり、しまいにだんなが「みるのをやめよ」と、背中をさすってくれながら言ったのです。

私は熊野大社のやた烏の由緒書の看板-写真-を見ました。やたガラスの三本足は熊野三党の宇井、X、榎本氏をあらわすと書いてあります。
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「こ、これ...」

私は看板のX氏のところを指差しました。だんなは無言でうなづきました。
Xはありふれた苗字だが、この看板に書いてある熊野三党のXに本当に関係あるのか?あるとしたら、私は元に帰っているのか?

やたがらすの三本足の一本が熊野三党のXとすると、昨日見たイメージによく似ています。

この熊野は...❓
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 熊野5

熊野三党 X氏 ミクシー過去記事再掲
2009年08月31日22:09


熊野、母、瀬織津姫、ニギハヤヒ神...
今回の熊野行きは、ゴトビキ岩をみたときのなんともいえない気持ちが原動力となりました。 しかし、それは、いろいろな糸がひとつに集約していったような不思議な絡みがあったのです。 去年の暮れ、私は個人的に実家の問題、父のひどい境遇、病気、兄の病気など、たいへんなことが続いていたので、とうとう母の実家に相談しに行ったのです。
母が亡くなってから7年経ちますが、実は、母の実家へは一度も行ったことがありませんでした。
伯父も高齢になったし、我が実家の問題を年寄り夫婦に言ってもかえって申し訳ないと、いつの間にか疎遠になっていました。

何年ぶりかで伯父夫婦の家を訪ねたとき、伯父達は非常に喜んでくれました。私は実家の悩みをぶちまけた後、伯父に「Xの家は古い家だったようだけど、祖先はどこなのか」と、聞いたところ、「よーく聞いてくれた」と、伯父が喜んで話してくれたのです。
母の実家のX家は愛知のKというところにもともとはありました。古い昔からの旧家で武家だったという話を母にきいたことがあります。

伯父が話すに、「Xの家はK町にあったが、もともとは足助から出たのだ。そして、足助には、昔、Xの先祖が熊野から源義経を追って(助けるために)行ったのだが、足助で足を痛めて進めなくなり、そうこうしているうちに義経もうちとられたのだ。」ということを言ったのです。

そしてその日はT市に移した母方の墓に参ることになり、帰って来ました。

私は、足助のX家を調べてみました。すると熊野、和歌山にX家関係の神社があることがわかりました。

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「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える2

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「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える

ヘミシンクピンポンパンに蓮舫さんと伊藤しおりさんのことが書かれていました。ヘミシンクピンポンパンは非常に考えさせてくれる記事ばかりで面白く、記事のアップをいつも楽しみにしています。そんな記事の中でこの頃伊藤詩織さんについて書かれていました。過去記事も合わせると蓮舫さんも伊藤さんと似たような何かがありそうです。

さて、私は伊藤詩織さん、蓮舫さん、二人ともそれほど知っているわけではないですが、伊藤さんに関してはネットで身元も出身校、出身地すらわからない輩だということを目にしてから胡散臭い奴だと思っていたのです。その後、ヘミシンクピンポンパンで蓮舫さんと重なる点などを目にしてから、チラチラと頭に浮かぶイメージがあるのです。彼女らの肢体が同じように見えるのです。
うなじとか、ハイレグの足の線とか、体にぴったしのレオタードの後ろ姿とか。蓮舫さんはもう歳をとってきていますが、イメージとしてはそんな感じが出てくるのです。そこから粘りのついた吸盤のついた管が飛んでくるような...危険な奴らには違いありません。

さて、「遠入」ですが、皆さんはこの言葉を聞かれたことがあるでしょぅか❓私は随分前、学生の頃でしょうか。新田次郎の小説をいくつも読んでいました。新田次郎さんと言えば山岳関連の小説で知られていますが、実は歴史物も書かれているのです。その一つが「笛師」という小説です。維新から明治にかけて尾張藩の下級武士が武士から龍笛を作る人になり、その子孫がそれを受け継いでいくという話です。その中で「遠入り」という言葉が出てくるのです。

その下級武士はお堀下同心の家に生まれました。お堀下同心というのは普段はのんびりとしていますがいざ有事の時に秘密の出口で藩主を脱出させるという役目がありました。その秘密の出口というのは同心みんなが知っていたわけではありません。武士の間では同じ仲間でもどこかに「遠入り」がいるということを知っていたのです。ですので、お堀下同心でも秘密の脱出口は知っている同心と知らない同心といたのです。仲間でありながらどこかで誰かが敵であるとお互いに警戒していたということです。笛師になった武士は実は「遠入り」だと家督を継ぐ頃に親から聞かされたという設定になっています。
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遠入りとは、その家族でさえ、素性を知らないという何代も前に尾張の家臣として藩内に入り込んだ幕府の間者なのです。(小説では幕府のスパイですが、一般的には何代も前からどこかの国に入り込む忍者だと思います)

続く

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 熊野4

2009年ミクシー過去記事再掲

熊野本宮
2009年08月31日20:20

駅レンタカーを9時に予約してあったのですが、早めに行ったら、お店のおじさんがすでにすぐ出れるように待ってくれていました。 おかげで9時5分には出発です。
勝浦から新宮に出て、一本道を熊野川ぞいに本宮へと車を走らせます。4.50分ぐらいかかったでしょうか。何の障害もなくひどい渋滞もなく、ところてんをぐいっとついたように、あっけなく本宮に到着しました。

本宮の鳥居から本殿までは階段はあるとはいえ、気になるほどのことはなく楽に行けました。-でも、サポーターを足に巻くのは忘れなかったですよ- 朱印帳に朱印を頂き、まわりを見渡すと、人は多いですが、明るくすがすがしい雰囲気です。

-これが、熊野本宮か...ようやく来たぞ。やっとだ。-
熊野は本当に遠く、ここまできたというのは不思議です。 わたしとだんなは本殿を拝し、説明の看板を読みました。
その看板は私に「あっ..これは...」と、声をあげさせたのです。
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古今地図ー水害対策に

我が家は東海豪雨の時、屋敷内浸水で終わりましたが、もう少しで床下浸水になるところでした。あれから雨が降るのが恐ろしく、激しい雨の時はパソコン、ギター、バイオリン、本、その他を二階にあげてはまた一階に戻すという作業をやっています。
警報が出てますが、雨雲の動きを見るとなんとか雨の勢いも尻すぼみになりつつあります。空も幾分明るくなってきたような...ぁっ、鳥の声が聞こえます。荷物移動はしなくても良さそうかな❗️

だいぶ前に古家を買いました。水害に弱いところだと前の持ち主は言わず、しかも屋根から雨漏りがあったことも申告してもらってなかったと、買ってから20年以上経って知ったのです。結構高い値段で買ったので悔しいですが、今更悔やんでも後の祭りです。しょうがないので財産は安物ばかりで、なくなってもよいものばかりにしています{もし山の上に住んでいても多分安物ばかりの家ですが}

今日はそんな水害の恐怖で私のように日頃おののいている皆さんに、こちらの地図をお知らせします。たまに見ている玉蔵さんのブログにあったのですが、とても良いので拡散します。
古今マップ現在の地図と明治時代の地図が同時に比較できます。過去水路、沼、川だったところがわかります。住まれている土地の昔の状態をこれで把握されておくと危険から身を守る一助となるのではと思います。
私はこれで自分の家近辺が、沼でなく田んぼであったことに少しほっとしています。田んぼでもそれほど高い土地ではないですが、川底だったと言われるよりずっとマシです。あの武蔵小杉のタワマンあたりは、元、川だったとも言われています。土地や家を買うときはよく調べて買うべきですね。

⭐️台風19号の時見た恐ろしい牛の夢1
 牛の夢2

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熊野3

2009年ミクシー過去記事 再掲です

宿で寝つくまで

2009年08月31日15:33
いよいよ明日は熊野本宮へ行きます。

そこで気になるのは天気です。
一日目は雨が降ったり、曇ったりでした。

もし、雨が降ったら、神倉神社の石段はとうてい登れないだろう。
だんなと私は天気予報が午後雨がぱらつくかもしれないと言っているのを見て、2日目は天気が持てば、熊野本宮とあの神倉神社にいくこととしました。
心配なのは足です。足首を痛めている上に、ひざも悪いのです。熊野本宮の100段近くの階段、神倉神社の500段強の階段が行けるか?

心配でしたが、なんとかなると思うしかありません。

寝入りばなに、古いですが、おばQの頭みたいに3本の棒が突き出ているイメージが浮かびました。まるで手でピースというのを3本指でやっているような感じです。なにかのイメージでしょうか?
明日は本宮です。いろいろと考えている間に寝てしまいました。

翌日、勝浦からレンタカーで熊野本宮に向かいました。
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熊野2

熊野へと ーmixi過去記事再掲ー
2009年08月31日15:01

熊野詣は熊野本宮、速玉大社、那智大社の三つを詣でます。 この尾張の地から行くには、三重県を抜けて、和歌山県を南下しなければいけません。 ゆかいリゾートのバスが、紀伊勝浦の宿まで走っているのでバスに乗って出かけることにしました。

朝早く、バスは出るので集合場所に行ったら、運転手さんに声をかけられました。
バスに乗り込むと、私たち夫婦を除いて誰も乗っていません。
だんなが「どこに座ってもいいんですか」と、聞くと「他にお客はいないので好きなところに...」と、運転手さん。 貸切バス状態で勝浦の湯快リゾート-越の湯-へと向かいました。

ふたりだけの大型バスというのも妙なものです。 ときたますれ違う別の観光バスの客が変な顔でこちらを見ていたりしておりますが、二人だけというのは、乗ってる本人も変な感じです。静かなバスの中で地図をみたりして過ごしました。
途中から雨が降ってきました。宿に着くと曇り空ですが雨は降っていません。
到着も2時近いので、熊野もうでは明日にして今日は、海上船で紀伊松島めぐりに出ることにします。
雨が降ってきそうなどんよりした空ですが、なんとかもつかな?海をみると魚がぴょんぴょん跳ねています。

観光船は海の島(岩)を案内しながら進みます。
しかし、この日は海が荒れて近場だけを廻るとアナウンスがあったのですが、激しいアップダウンがあり、ぐわぁんと上に上がり、ザブーンと波間に落ちるという落差が激しく、「ジェットコースターよりすごい」と、誰かが叫ぶほどです。
私は海に落ちたら、だんなが泳げないので、どうやって助けるかなどと考えたりして、いまさらながらに海の怖さを感じました。 ちょっと内側のおとなしい海に入ったらそんなことを考えずに岩を見たりして楽しんでいるのに、人間の感情や感覚もまわりに合わせ目まぐるしく変わるものですね。

なにはともあれ、雨にも降られず、船もひっくり返らず観光できました。

財布もだんなも落ちなくてやれやれです。
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熊野1

熊野へ行ってきました-何故に-
2009年08月31日10:44一ミクシーからの再掲です


8月26/27/28と、熊野に行ってきました。

熊野は遠く、車で運転していくにも電車で行くにも躊躇するような距離です。
ずっと前から行ってみたいと思っていましたが、なかなか行く決心がつきませんでした。
しかし、去年の暮れ (今年の2月だったかも...)に熊野のある写真を目にし、「これは、行かねば...ぜひ会いにいかなければ...」と、思ったのです。

その頃、モノリスワークの広島ワークの記事を見ていて、雅楽-竜笛-厳島-平家-源氏-と、そのころは何かが心にひっかかることがあったのですが、それだけのことでした。しかし、時を同じくして、家にある本の写真を見て、息を呑みました。

それは、神倉神社の“ゴトビキ岩”でした。

私の母はもう亡くなっています。母は水により、亡くなりました。
母は人から「弁天さんみたいだ」といわれたこともあったのに、なぜ、水で死んだのか?私はその疑問が解けず、その疑問が、瀬織津姫とニギハヤヒを追うこととなることとなり、ずっとそのことを追ってきたのです。
弁天さん=瀬織津姫=母(関係がある?)
そんなことを思いながら本をよんだりしていると瀬織津姫と同時に“ニギハヤヒ”が私の前にちょろちょろでたりかくれたりしてきました。ニギハヤヒ、この神さまは...なにかある。私は瀬織津姫とニギハヤヒさんを同時に追いかけていたのです。

母の死から始まって、他人には全く関係なく思える二神の話です。でも、この二神は、私の視界からなくなりませんでした。

実際の歴史、物部氏のことも知りたいと、思っていたら、地元の歴史講座で、物部氏と尾張、皇族たち、などについての詳しい講座が開かれ、受講しました。そこでニギハヤヒと物部氏、などについて聞きました。これも何年か前のことです。 でも、これと熊野...または神倉神社と何の関係があるのか?
何故、神倉神社の-ゴトビキ岩-を見て、行かねばと思ったのか...

私は岩の写真を見て、「あっ、お母さんだ。」と思ったのです。神聖な岩を母と同じに見るとは不敬かもしれません。でも、瞬間的にそう思い、肩甲骨の間が苦しくなったのです。

そして、ネットで“熊野”“ゴトビキ岩を”検索していたら、もっと驚くようなことがわかったのです。

続く
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熊野と私

ー神話、神を考えるーについてコメントをいただいて、続きを書いてないことに気付きました。その続きをそのうち書きたいと思っていますが、その前に過去のミクシーの記事を掲載したいと思います。全てはつながっている気がするからです。
熊野へ行ってから、もう10年近く経っているのに驚いています。私は熊野や出雲、鹿島などを巡って歩いたことがあります。古代の陰に追いやられた神と巨石と母の匂いにも似た何かを追っていたのです。熊野には母を連想する巨石があるということを知った時、これはどうしても行きたいと思ったし、また、熊野には特別な理由があり、いつか言って見たいと思っていたのです。

私の母方はある古い家が途絶えてしまうため、曽祖父が養子に入りその家を継ぎました。しかし、曽祖父があまりにも悪い奴であり、放蕩者であったという理由により、その家を追い出され今の地に移り住んだということです。身内ながらー少しは庇わんかーと思いたくなるほど、その子孫の伯父伯母たちもそのことにはー放蕩したんだろうーとそう憤慨はしてないのですが、おじさんたちによると、曽祖父が放蕩してなくなるぐらいのケチな財産ではない。多分、曽祖父は放蕩はしたのだろうが、親戚たちがそれにかこつけて全てを曽祖父のせいにして、財産をみんなでとってしまったのだろうと言っていました。

金持ちで旧家の家から一転して貧乏人になってしまい、その後のX家は今の母とその兄弟の代にようやく人並みの暮らしができるようになりました。
よく親戚たちが言っていました。「元いたKには曾祖父さんの名前を明かしていくことはできない。悪名が轟き渡ったからだ」そんなにも悪い奴であった曾祖父さん、どんな人だったかもそう聞いたこともありません。母もそう接したことはなかったのではないかと思います。でも、みんなでー悪い奴だったらしいーと言いつつも、少し面白がっていた伯父伯母たちの気持ちもわかる気がします。

そんなX家の話ですが、もっと先があるのです。ある時伯父が、X家はKにあったのだが、元は足助なのだ。そして足助にももともといた訳でなく熊野から出てきたのだ。という話をしてくれたのです。昔、義経が奥州に落ち延びていった時、援軍としてXという人が熊野から出て行ったのだが、足を悪くして足助でそのまま進めなくなったのだ。それの子葉末端がKのX家だったのだ。

義経とX兄弟は親しい間柄であったのでしょう。同族で奥州まで行き、義経とともに亡くなった人もいるようです。
IMG_20191018_190327_convert_20191019203603.jpg先週、押し入れの中から、久しぶりに出てきた熊野本宮のお守り
もともと血縁があるわけでもないし、曽祖父がただの養子となっただけだし、熊野から出たというのもーそうらしい話があるーというだけで、確証はないのです。あるのは曽祖父が悪い奴であったという話だけです。なんとなく話が面白く、いつかは熊野に行って見たいなぁと思っていたところ、約10年前に愉快リゾートのバスが熊野まで出ているというのを知り、旦那と一緒に熊野詣でに出てみようと決めました。

次回より、ミクシーに書いた過去記事を掲載します。
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栗きんとんを作りました

岐阜の農協で栗を売っていました。季節のものは逃したらアウトです。即買いです。
ダッチオーブンで焼いた後、身をスプーンでくり抜き、適当に粉々にしました。少し渋皮が入ってもご愛嬌ということです。
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鍋に放り込み、グラニュー糖を入れて火にかけ混ぜます。

砂糖が溶け、暖かい温度になったら、手で少し丸めます。
布で茶巾絞りにします。

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出来上がりはなんかバリウムうんこみたいですが、味は栗でした。
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プログの行間

プログを書く時って、どの程度で行を空けているでしょうか❓

私の場合は4、5、6行続けて書いて、一行空けてまた繰り返す中に、一行だけ独立させたり時に応じて変えていますが、この行間についてネットで調べると、そんなに詰めて書かれると読みにくい、という人からある程度かたまりがないと読みにくい人までさまざまでした。
なんと、ある意見では、一行書いて何行か空けてそれを繰り返しているのが読みやすいというのもありました。

えっ‼️

私は一行書いて一行とか、何行とか空けて書いてあるブログはとても読みにくくて嫌です。私は速読だし、画面全体を見てパッと大体を理解しつつ、左上から読んでいくので、そんなに間があると非常に読みにくいし、スクロールがめんどくさいのです。これも人それぞれなんでしょうが、最近ある法則を見つけました。
私がよく見ているお気に入りブログで、記事はがっちり詰まって書いてありとても読みやすいのですが、たまに変な挑戦的ないかれているコメントがあり、その持ち主のブログを見ると間が多すぎて私にはとても最後まで読めないのです。読めないのは、記事がつまらない上に、何を言っているのかわからないということもありますが。

なんでかわかりません。人って読み方ひとつとっても違いがあるのかなぁと思ってしまいます。ただ間がある方が良いという人もいるのは確かです。行の間だけで読者層は変わってくるのではないかと思っています。
昔、小学校高学年でも字数の少ない本をよく見てる人がいたし、反対にジェーンエアを読んでる子供もいたのでそういう違いなのかもしれません。

ただ、ブログを読む層の違いは確実にあって、もともと本を読んだり調べたりはしない人は行間が多い、文章量の少ないものを好むだろうと推測しています。
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パワハラはどんな人でもされる

神戸の小学校の教師による教師へのパワハラ、いじめというよりも傷害行為の内容はひどいです。腫れあがるほどお尻を何かで叩いたり、激辛カレーを食べさせたり、蹴ったり、新車の屋根の上に土足で上がったり、他にも様々な暴力行為、嫌がらせをしていたようです。
これについてネットを見ていたら、梅沢富美男が「やられたらやり返せ」と言っていたのが気になりました。今はその言葉が反感を買って炎上しているとか‼️
やり返せるようだったらそんなに問題はないのです。

立場とか、責任とか、いろんな事情があってやり返せない人を狙ってくるのがパワハラではないかと思います。
強い人ならやり返せるかというとそうではありません。去年、少し受けていた私のネット{スタディサプリ}の日本史の先生の伊藤賀一先生、この先生は日本史、その他社会の知識、教える能力は並外れています。その上、なんとボクサーでもあるとか‼️先生としての能力も卓越していてかつ腕力もあるからこんな人はいじめとは無縁だろうと思っていましたが、配信講義の中で先生が言ったのです。

「いじめーパワハラーを受けたことがある」

「えっ」

私はびっくりしました。ひどいパワハラで精神のダメージを受けて大変だったと言ってました。元気で強い先生がそんなことに。とびっくりしたのですが、もっとビックリしたのはそのパワハラした人物は女だということでした。
にあの伊藤先生が打ちのめされた‼️伊藤先生は前述したように頭も力も{見かけは弱そう}並外れているうえ、先生をやるのに体験が必要と考え自動車工場の期間工や炭鉱の炭鉱夫までありとあらゆる仕事をされたほどの先生です。ちなみに期間工はボクシングで鍛えた伊藤先生でもきつく、機材もよろめくぐらい重く、慣れるまでは疲れすぎて爆睡してたとか。まだ40代ぐらいだと思いますがこれだけでも並外れていると思いますが、そんな人をコテンパンにするなんて、どんな女なんだ‼️

多分、すごい狡猾でずる賢く、でも知識も経験も伊藤先生に比べれば月とスッポンぐらいの女だと思います。
そういえば、小牧市の若い職員を自殺に追い込んだクラッシャー上司も女だし、知り合いを心療内科通いにさせたのも、その同僚を療養状態にしたのも女だったなぁ。

男とか女とか関係ないですが、人を廃人にするくらいのすごいやつ、そんな奴が威張って生きている世はやり切れません。そんな強力なメドゥサに見つかる前に姿を消せれば良いですが。
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あいちトリエンナーレ閉幕

愛知トリエンナーレ、終わりました。中日新聞には写真入りで堂々と表現の自由とか、検閲はいかんとかの記事が出ていました。そんなことは中日新聞だからこんなもんだと思いましたが、私の関心は津田総監督のです。前見たときはサンダルに裸足でした。今回は‼️靴を履いてました。今日は寒かったから、サンダルに素足はないだろうと納得して新聞を畳んだ後、❓・・・

もう一度取り出して見てみると、あっ頭が白い。津田さんは頭、黄色に染めていて、あんまり清潔感がなかったのだけど。ネットで見たときもそんな感じだったのに・・・白に染め直したのか、それとも新聞が修正しているのか❓写真と実物の感じはだいぶ違っていて実物の方が清潔感がなかったです。新聞の方は顔も小さくてスッキリしているし、違う人みたい‼️

新聞て修正、編集しているのかもしれませんね。反対に都合の悪い人は鬼みたいな写真を作って出しているかもしれません。大手メディアは信用できないなぁと思います。

トリエンナーレは過去の政治的なものがない年度でも、作品自体の力がないというか、これでこんな国際祭に出れるのか❓などと思われるものもあり、その企画開催自体に怪しいものを感じること、数度。癒着とか、利権とか、腐敗臭ムンムンな祭りですが、美術の関係者に感想を聞くと、腹が立つとか、いくわけないとか、そうすかんです。←私の知り合いでは。

次はトリエンナーレ、広島でやる予定だそうですでにひどい天皇関連のものの出品が検討されているとか。トリエンナーレは毎年愛知でやるのが定番だったのに広島に移すというのが、作為的ですね。これから先、どうなるか、注目大です。
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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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