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パソコンが不具合になり、ようやくもどりましたが、

シマンテックのノートン、バージョンアップするというのでクリックしたら動かなくなっちゃいました。
これが連休前の26日の夜。しょうがないので他の豆サイズのパソコンでブログをアップしてましたが、小さすぎてやりにくい。うちにくい。

今日、やっと電話がノートンからかかって来、応対したところ、途中の言葉がふぁーんと聞こえ、聞こえづらい。こっこれはもしや、と名前を聞いたところ、ほにゃららチャーハン麻婆と、中国名でした。

ぐぇっっっ。なぜに中国人、東京からかと聞いたところ、上海とかなんとか。またもぐぉぉぉぉ、とよろめきましたが、前もって連絡したのは確かにシマンテック、ノートンの連絡先でしたので、-なりかまし-ではないだろうと判断し、ちゃっとをしつつ、復旧まで漕ぎつきました。再起動を繰り返し結構時間がかかりました。

疲れました。というよりも、
中国人にレスキューをさせているなら、ゴールデンウィークは関係ないだろうが!なぜ365日しないのだ。こちらは3日もパソコンが使えず不自由したのだ、とあとから思いましたよ。

ほとんど向こうで遠隔操作でしたが、見ていて-ウイルス対策-は、反対に好き放題各人のパソコンを操作できるなぁと、恐ろしく思いました。ウイルスを先に撒いて、後対策グッズを買わせるなんて、やろうとしたら、やり放題じゃあないの?と思っちゃったりして...どこかですべてを握られているようなそんな気さえしました。


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エミールのケーキ 2013年4月

エミールのケーキを食べました。

縮ケーキ4月DSCN0338
 いちごタルトと、チョコレートのケーキ-ブランジェ-です。

それと初めてシュークリームを買ってみました。ここのシュークリームは卵の味わいが濃厚でもさっぱりとした味わいでした。

いちごたるとは何層にもなっていて、いちごの濃い赤を見ながら食べると春そのものを味わっているようで、五月になるのだと、今更ながら春の只中にいることを感じました。
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おもしろいちご

昨日は農協でいちごを買いました。1パック110円のいちごです。

路地いちごの小さいものです。ジャムやいちごソースに良いと思い買いました。が、ちょっと食べてみて酸っぱいけど甘い、みずみずしい、となつかしの味がし、そのまま食べることにしました。

すると、家族もパクパクと食べ、すぐに2パック食べてしまいました。昔は実家の近くにいちごハウスがあったなぁ。たまに農家の方に誘われてハウスに入り、いちごを採ったり、食べたり...あの時はまだ冬だったと思います。ハウスのいちごがこの頃は主で、路地ものは今すんでいる地方ではとんと見かけませんが、県内でも温かい地方へ行くと農協でいっぱい売っているのですね。沢山買ってしまいました。

さて、小さいけれど酸っぱく甘い、いちご...さいごに、こんなのが残りました。
クッキングパパの顔みたいないちごです。

縮いちごDSCN0341

働き盛りのだれか?のようです。顎の部分から食べましたが、おいしかったです。♪
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もう、ゴールデンウイーク?

今日は、家族の用事の為、往復200キロを走りました。が...

東名は事故渋滞でした。そこで一号線に降りたのですが、一号線も渋滞回避の車であふれかえり、渋滞です。途中で旧東海道に入っても、他県ナンバーの車がずるずると列をなしています。親戚の家に行くつもりでなんとか渋滞を逃れようとこんどは姫街道を通り、東へ向かおうとしたところ、ここもまた渋滞...

ぐほほほほぉっ。豊川稲荷近くでもう時間がなくなってしまい、親戚の家に行くのは断念せざるを得ませんでした。高速をつかいながらも同県内で3時間を通過しても目的地に達しないとは...

今回は事故渋滞があったのですが、どこの市内も車が多く、まるで出勤時間の名古屋市内のようでした。

これは、ゴールデンウィークに突入しているせいだと、のろのろ運転で疲れがでてきてから気付きました。

ゴールデンウィークは車ででかけてはいけませんね。どこもかしこも道が込みすぎているし、途中で農協を覗いても人出はおおいけれどそのせいで野菜は売り切れ続出です。買い物もろくにできないし、今日はほんとう、くたびれ損の一日でした。ふぅ。
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量をこなすこと

物事ができるようになること...なかなかすぐには芽も出ません。

楽器、運動、勉強...どれもやってはやめ、取り掛かったのはいいけれど、まわりがすいすいとこなしていくのを見ていつまでもできない自分に、-もともと素養がないのだ-と思いやめたことも多かったりして...かといってすごく練習を重ねたわけでもなかったような気がします。

練習も勉強も続けることが大切で、続けないからいけないのだと言います。すぐあきらめてしまうからだとも。しかし、どうしてあきらめてしまうようになったのでしょうか?私のおぼろげながらのごく小さい時のことを思い出すと、

①同じことをやってもすぐにこなす周囲から期待される子供と一緒に過ごし、やってもできない。わからない。どうしてわからないのだと怒られる...
②勉強でなく自分の好きなことは気がついたらずっとやっており、強いてなにかを達成するために努力し続けることを知らなかった。

そして中学生になりスパルタ塾で勉強ができず、英単語なんかは全く頭に入りませんでした。しかし、成績が悪いと罰としてお仕置きがあります。塾にいる間は苦痛で、お仕置きの元凶である勉強そのものが嫌いで呪わしいものでした。

とにかく一応頭に入れようとするわけですが、なぜか私の頭には防波堤があったようで、勉強のたぐいのものを入れるスペースがまるでなく、もがいていたらますます苦しく、できない状態になっていました。

かつかつでなんとか進学校と言われるところに行きましたが、そこで思いがけないことが...なんと何にもしてないのに現代国語の成績が急によくなったのです。これは自慢でもなんでもないです。これは不思議なことで出来の悪い生徒がなぜ、現国だけできたのか?

私はその謎をずっと考えていました。国語のできる人は頭がいいのだ、などとその成績に気をよくした親は言ってましたが、それにしては他の科目ができない。わからない。英語なんかは記憶そのものができないのだ。どうしたわけだろう?としつこく考え続けた末、わかったことがあります。

私は小さい時から読書ばかりしていて、ものすごい数の本を超高速で読んできました。ジャンルも文学、社会、その他さまざまなもの、その数は膨大だと思います。

昔、現国だけは抜きんでていたのは、いつのまにやらすごい数の読書をこなし、普通の勉強量を上回っていたということではないか?そんなことに気づいたのです。きっと、どのひとでも、凡たる人でもたくさんの量をこなせは高い水準を突破するのでは?

そして、もしかして、自分のような英語が覚えられなかった人でも、量をこなせばなんとかなるのではないか?と思ったのです。

できのいい人のことはさておいて、できの悪い人でも量をこなすことにより、いつのまにか、豚がイノシシにイノシシがライオンに...なーんてわけないかもしれません。

しかし、やってやれないことはない。そう思いつつ図書館で借りてきた本を読んでいたらまさに同じことが書いてありました。
量質転化です。
物事を身につけたりするとき、たくさんの量をこなす。それがある一定以上繰り返されたとき、すっとできるようになる、ということです。
喩として自転車に乗ることがでていました。-自転車に乗るには練習がいる。何度も繰り返してある日ふっとのれるのだ。また、のれるには個人差があってすくに乗れる人と時間がかかる人がいるが、途中であきらめたらのれないままである。-

早く乗れる人を見て、乗れない人は自分は乗れないけど練習していれば乗れる、と練習を続けます。これは先が見えているからです。自転車はみんなが-誰でも早い遅いの違いはあれ、のれる-と知っていて、のれないまでの時間を耐えて頑張れるからです。

これが、勉強や音楽、外国語の習得だとどうでしょうか?

すっとなにごともこなしていく人を見て、いつまでももたついている自分...だめだなぁ。無理だろう。もともとできないのだ、と思ってしまいます。
ましてや、私のように、立派なダメ体験、経験が豊富だと、昔の経験から判断し、自分にはもともとできるわけないとすぐにあきらめてしまいます。

よくできる人はもともと呑み込みが早いのでプチ成功体験をすぐ得ることができます。なのでまた意欲的に取り組み、ますます勉強などに身が入って行きます。そしていつの間にか練習量、学びの絶対量が莫大なものになって行きます。かたや失敗を繰り返してきた人間は、努力してもきっとできない、と先に希望が見出せません。

私はこのごろ思います。やり続けるということ、きっとそれが成功の秘訣なのだろう。
しかし、右肩上がりに目に見えるように成果は現れません。暗闇のいつ果てるともしれない坑道をひたすら這い上るような感じでしょうか。
不成功体験ばかりの落ちこぼれには、その坑道の先に光があるということが信じられない。考えてない、ということが一番のつまづきだと思います。

かくゆう私もそうでした。劣等生です。

暗闇の向こうに光があるだなんて、思いもしなかった。最初からその道を行こうとすることすら考えなかったのです。
小さい時や今までの人生の成功、失敗体験というのは重要ですね。人は経験でその行動の幅をどうするかはかります。いままでこうだったから、こうしようとか、これならうまくいくとか。パブロフの犬でも、ベルを押すと餌がもらえると学習したら、鳴らなくても唾液が出ます。人間だってそうです。いままでだめだったから、考えるまでもないよ、やることすら無駄だ、そう考える凡人も多いと思います。

しかし、繰り返しあきらめずやり続ける、そのことによりいままで見ようともしなかった坑道の先の風景が見えるとしたら...
今まで自他共に立派な落ちこぼれとしてやってきた私とあなた...続けることを信じてやってみようではないでしょうか?

とにかく絶対にやる。やれると自分を鼓舞するのです。もしかしたら、ものごとを成すのに大事なのは続けることよりも、続けられる自分を信じる力、やり遂げたいという情熱、それが一番大事なのかもしれません。それがあってこその-続ける-なのです。自己不信の暗闇を猛烈な-続ける-と言う情熱で越えたなら、優等生の味わえない喜びが味わえるのではないでしょうか。
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春の庭は...

気温が目まぐるしく変わっています。昨日は雨で肌寒く、今日はのどかな-春-そのものといった陽気です。

庭仕事に興味がないわけではなく、いろいろとやりたいのですが、ヒマもなく気がついたら雑草だらけの庭となっていました。そんな中、いつものように自然と伸びて茂ってくる春の定番。
カモミールです。

縮カモミールDSCN0337

今日はさすがに庭に出て雑草を引き抜いたのですが、雑草だけでなくカモミールも一緒に取ってしまいがちでした。
いつもながらのいい加減ななまかわ仕事の私です。一つの花壇の60パーセントくらいしかとりませんでしたが、軍手を取り、玄関前に置き、家のドアを開けて入ろうとしたところ、自分と一緒になにやら甘い、春の日だまりにも似た匂いが...体にまとわりついていたのでしょう。カモミールの甘いりんごのような匂いがすっと玄関内に広がりました。そういえば、もう、四月も後半で連休まじかです。

冬になってから植えたパンジーもいつの間にか大きく育っています。
縮パンジーDSCN0336

昔バーネットの-秘密の花園-を読んだとき知ったのか、それとも他の本で知ったのか?うまく植物を育てる人のことを緑の指を持っていると言うとか...もう引っ越しましたがお隣さんは花はおろか、野菜なども育てるのがうまく、朝顔のネットみたいな縦のものにスイカを這わせてうまく育てていました。畑でなく普通の住宅のお庭です。

さて、今日、ひょいとお隣を見たら同じ花壇にパンジーがきれいに咲きほこっていました。もう野菜まではその花壇では作られないようです。新しいお隣さんに変わり、花壇の花の種類は変わっても花壇自体はきれいです。

おとなりは所有者が変わってもずっと-緑の指-で手入れされた花壇で、うちのは何だろう?と思っちゃったりして...まぁ手入れなしの我が家の庭はそんなわけで、いつも虫と雑草の天国となっています。
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吸い玉とお灸

このごろは毎日お灸と吸い玉をしています。

特に効くのが足裏の吸い玉です。小さい吸い玉を足裏湧泉やその周辺(結構アバウトです)をひとつ...やります。何分やるかは人によりさまざまです。

何分か玉に吸わせた後、夜眠りにつくと、足が暖かく、冷え性の人でも暖かい足のまま眠りにつくことができます。また、そのせいかぐっと深い眠りに入れます。これは非常にききます。

その次に効いたのが、目の使い過ぎと、歯痛のための頭痛、肩こりが、肩のツボ肩井あたりの吸い玉をやった翌日、すっかり軽くなりました。その時は肩甲骨周辺も吸い玉をしたのでその効果かもしれませんが、効きました。

お灸は長生灸を使っています。ここのお灸はできがよく、きっちりと作ってあります、欠け、折れ、はがれはなく、焼成時間も均一です。品質管理のよさを感じます。
灸31Yt+qRSDiL__SL500_AA300_
まず、レギュラーとライトを買いました。これはぐっ、ぴっと熱さが来ますが、すぐにひいてくるのでしろうとでも我慢できます。

膝のつぼ、膝眼、そして何だか知りませんが膝の上にもしています。膝の裏は小さい吸い玉です。これも効くそうです。今は仕事や、勉強がつまっているので吸い玉、お灸は体調を整えるのに非常に役立っています。今日友が頭がよくなるツボはないか?と聞きましたが、昔子供のころにお寺でほうろく灸を頭に乗せやったことを思い出しました。たしか頭がよくなるということでしたが...わたしのあたまは効果があったか?どうでしょうか...
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theme : 日々のできごと
genre : ライフ

チョコレートケーキ うまいっ!

このあいだ うなぎの寝床というチョコレートケーキをいただきました。
うなぎの寝床
ウナギの寝床と言うと、京都の昔のお店のように、奥に長い家、商店を思い出しますが...おしゃれな洋菓子のそれもチョコレートケーキにそのような名前をつけるとは、かわってるなぁ?もしかして、夜のお菓子?なーんて思ったりもして。

きれいな包みを開けてみたら、ウナギの寝床のように長細いケーキでした。
縮チョコケーキDSCN0335


早速食べてみると、うまい。チョコレートが濃厚。生地がしっとり。そして、絶妙なのが中に入っているイチジクでした。イチジクのうまみと、チョコレートのパンチがかけあわさり、とっても味わい深い、おいしいケーキとなっていました。残念ながらウナギの切り身は入ってませんでした。

おいしかったです。
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genre : ライフ

自分軸ワークの時の、思いがけないもの

自分軸ワークに限らず、誘導瞑想をし、その中でガイドに逢ったり、その時々のビジョンを得るのですが、大体は、その内容からは逸脱せず、ずれても本人に対することであることに変わりはありません。

しかーし、今回の自分自身を見ていく瞑想の中で、
どこか、いつぐらいか?昔のヨーロッパの街の中、そこをマントをひるがえして自転車で走っているおじいさん...さっと、場面は漫画の進行のように変わり、大きなどっしりとした石造りの建物が。また画面が変わりそこでそのおじいさんが本をめくり調べ物をしている...

これは自分を見ていく瞑想だったと思いますが、うーん。こういう場面はあんまり出たことはないがなぁ、と思いつつ、そのまま過ごし、みんなで少しずつシェアをする時がきました。

これこれこういう場面で自転車のおじいさん、多分大学の先生かなぁなんて言いはじめたら、
先生とMさんが、びっくりして目を丸くしています。

そっそれって...
あわてて先生が話し出しました。
なんと、その情景、人物、もろもろが、実はMさんの過去世と酷似していたそうなのです。過去のリーディングで出たMさんの過去世とそっくりそのままの情景を私が語りだしたのでびっくりされたのです。
びつくりはこちらもで、なんで自分の自分軸を探っていてMさんの過去世となっちまったのか?

それは、実はワークが始まる前、私は先生に
-人に過去世を見てもらったことはあるけど、自分でみてみたい、先生の指導の元ならもっと合点がいく気がする-などと言っていたのです。自分でみてもそれが本当かどうかわからない、これこそそうだ、と言う実感が得たいのだ、と思ってそんなことを言ったのですが...

本当に私が語った大学のおじいさんの姿はMさんの過去世と酷似していたようなのです。

これは、先生も、私もMさんも唖然とするくらいでした。

しかし、なぜ、自分のことをみていてMさんの過去世が闖入してきたのか?

先生によると、Mさんと私は向かい合って座っていたということでチャクラが結ばれていたのでは?ということ。
また、Mさんも疑り深く過去世はこうだったと言われても今一つ信じきれない、疑いの気持ちが残っていたということからこんな形で自分の過去世を語られたら信用せざるをえないということ。そして、私のほうは事前に過去世をみたいが、本当かどうか、信じきれないので実感を得たいということを事前に話していたので、それがそのまま答えとして図らずも見えたということであろうということでした。
もちろん、本人同士事前に了解してないのですが、Mさんはすでに顔見知りで、過去世を私が見ても-よろしい-とお互いのバックの霊界が了承していたのだろうということでしょう。

これはすごい一致でした。

過去世をみたい、と言っていた私の言葉をガイドは知っていて、そのまま過去世というものを見せてくれたのです。しかも、それが間違いないという証拠付きで です。

このよで何気なく発した-過去世が見たい-と言った言葉に、証拠のようにそのビジョンが出てくるとは...ガイドやその他私たちを見守ってくれるエネルギー体も幻想ではなく今現在に実在していると実感せざるをえません。すごいです。
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クッテネルのトンデモ話は...

ずっと続けているクッテネルのトンデモ話ですが、クッテネルもこの春より多忙を極めており、食って寝てばっかりしておれなくなりました。

ぽちっぽちっと記事はアップしますが、毎週のアップは難しくなりました。

これからしばらくは、たまにアップするということとなります。よろしくお願いいたします。
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genre : ライフ

自分軸-牛としゃれこうべと、仏教、インド...

最初の瞑想の感想で白い牛のことを言いました。
すると先生に、なんか、インド的なものにかかわっているか?やっているか?聞かれました。

その時、まだインドの王様のことは言ってなかったのですが、先生はインド的な何かを察知されたようでした。

そしていくつかの瞑想で仏陀の若い時のような人と、しゃれこうべが出てきました。瞑想の間の感想も少しずつなので全部は言えないのですが、しゃれこうべのことを言うと、
先生が、-修行僧的なところがあるからだ-とおっしゃいました。

私は修行僧的なところがあり、そのようなことに夢中になりすぎるきらいがある。死、無常の世界のことに没頭しすぎて現世のことを忘れてはいけない、とのことでした。これは...そうだとうなずかざるを得ませんでした。

なぜなら、この頃私は
現世的な望みや目標、それを強く持ちそれに向かってまい進するのがいいのか?それとも
そんなことにあくせくする欲そのものを捨て去った方がよいのかもしれないと思ったり、現世を仮の世の魂の修行場として考えれば、地上のことにかかわずらうことすら、道から外れているのでは?と思ったり...

かと思えば、肉体でできえることは肉体を持っている現世でしかない。その世を目標を持ち精いっぱい生き切る方が真の生き方なのでは?などと思ったり、揺れ動く心境でした。

しゃれこうべは、精神的な修行にまい進するだけでは、-現世-に存在する感覚から遊離しているぞ、ということを表していたのでしょうか?アクア講師の解説で腑に落ちる感覚がありました。
そして、一連のインド的なビジョンはアクア講師のヒントで、私のガイドと関連もありそうだということがわかりました。

今回のビジョン、イメージは後になって、あぁ、とわかるものが多く、いまだに全部はわかっていませんが、自分そのものに関する多層的な意味をも含んだものであろうと思っています。

つづく
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自分軸-牛-

残念ながら、今回のワークではやったことをこと細かく順を追って思い出すことはできません。

印象的なことだけ、記憶に残っています。

そのなかの-牛-
最初瞑想で浮かんだのは牛の白さでした。白い牛とは実際みたことはありません。
薄暗がりの中に白く浮かび上がる白い牛...それは怖くもおそろしくもなく、よく知っている非常に懐かしい
-何か-でした。なつかしい...そんな感覚を瞑想の後思い出していたら、

これは、もしかして
十牛図ではないか?と思ったのです。
十牛図については何度か書いています。牛は悟りであり、牛を探す旅は自分を探す旅でもある、そして失くしていたと思っていた牛は自分であったと、失くしていたのではなくもともともっていたのに気付かなかったのだ...と鈴木大拙の説では言われているようです。

自分軸で-牛-が出てきたということは自分自身をつかみ始めたということでしょうか?瞑想の中でその後もたびたび牛は現れ、私は子供の姿でした。子供の私は牛の背に乗りながら上へ手を伸ばしていました。上に風船があるようでそれを持っているか、取ろうとしているか?そんな姿だったと思います。

深い懐かしさの中で、牛の背に乗っていたかと思ったら、つぎは仏陀の若い時のような、王子様のようなものとインドの王様、ビンビサーラ王か、誰か?ブッダに関係ある王様のような気がしました。これはちよっとびっくりしました。いままで私の瞑想には王様とか、なんだかんだ身分の高い人は一度も出てきません。それが仏陀の出家前のような人、インドの王様です。インドと言うのも初めてだし、仏教というのもいままで基本的に出てきませんでした。なので自分の思い込みではないと思います。

仏教の偉い人が自分についているとか、言いたい人なら思い込みもあるかもしれませんが、あんまり縁がないと思っている私に出てきたので、これは信じてもいいだろうと思いました。

そして、終始出ては引っ込み、また出ていたのはしゃれこうべです。そのしゃれこうべは頭が長く、くりくりと床屋の電灯のように回転していました。

ややっ...なんだしゃれこうべ...しかも、ネアンデルタール人かもしれないぐらい後頭部が長く大きいぞ...なんか、不気味だ。ひっこんでくれ...と思っていてもしゃれこうべは言うことを聞かず、くりくりと回り続けます。

まるでしゃれこうべの独楽です。

白い牛、しゃれこうべ、仏陀みたいなひと...なんだろう?そんなことを思いつつも瞑想は終わり、みんなでその内容を披露していきます。すると、先生の解説で!
つづく
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自分軸ワーク-1-

アクア講師を招き―自分軸-のワークを開催しました。

自分は何なのか?自分は何が向いているのか?やみくもにいろいろなことに手をつけやってはいるけれど、一体これから先、それがどうなるのか?
知りたいことはやまやまですが、そんなことをセッションで聞いてもどうにもならないし、とりあえず-これをしたい、なりたい-と思ったら、それに近づくよう地道に努力するだけなのですが...

このブログでもさんざん書いてきたように、チャネラーにもガイドにも具体的に-こうせい、ああせい、こうするな、これがおぬしには向いている、使命だ-なーんて言われたくても言われず...

まさに、沈黙...です。自分としては、何かを始めてなかなか芽がでず、
-だめだ、こりゃ-とか、-もともと能力がないのだ...-とか撃沈すること数知れず...
そんなことを繰り返しているうち、ミディアムワーク、クラスに出ることとなり、できえないと思っていた-霊とのコンタクト-ができる、ということにきづきました。それから、なんとなく、これは、他のことにも通ずるかもしれないと、いままで無理だったと思っていたこと、道半ばであきらめていたことに挑戦することとなりました。

しかし、なかなかこれらは難関で、思うように事は運びません。でも...できないことは多々あれど、少しでも前よりもできることがあればそれを喜ぶこととしました。これだけやってすこししかできないから、だめだではなく、これだけやってもできなかったらやれるまでやり続けるだけだ、と開き直った気がします。

いろんな課題に向き合う時、ふっと頭をよぎる感覚があります。
これだけしかできない自分は、才能がない、あきらめたほうがいいだろう...前まではそうでした。しかし、あの見当はずれに難しいミディアムシップの感覚が少しでもつかめたのだから、全然進まなくても気にしない。ちょっとでも進めばいいのだ。やれるまでやる。それだけだと、思えてきました。

そんな折、自分軸のワークです。

自分は何がやれるだろう?前よりは多少、自分の自分に対する信頼とか持続力が増したと思いますが、どこかで心もとない感覚。やれるんだろうか?また、何かを世俗的に成功させようとすることは、欲にとらわれていることで、なにもしようともしないほうがいいのでは?なんて思ったりも...

未だ道半ばの人生を歩んでいる自分が、こうしたい、ああしたいと思いつつも、その中でも迷いがあったり、自問自答することが多かったのですが...

今回のワークのしょっぱな...瞑想でのことです。

牛が出てきました。白い牛です。牛が出てくるとは初めてです。牛は大きく立派で角もありました。おだやかですがしっかりとした目つきをしていました。

牛...これはなんだろう?と考えてましたが、この牛...複数の意味を持っていることに気づきました。

つづく
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-こもれびやま-のイベントワークが無事終わりました

-こもれびやま-というスピリチュアルワークなどをするところを一応主催しています。

今回はアクア講師をお招きし、イベントワークをいたしました。
-自分軸-ということをがテーマでした。

今回のワークは、ややっ...なんとっ...と勝手に一人で盛り上がることもありましたが、それぞれ適切かつ深い気づきが得られたようで、主催者としては本当に満足いくワークでした。

ワークの詳細、私の気づきについてはまた書きたいと思います。
やっぱり主催者と言うことで、途中で空調のことを心配したり、みんながなにか困ってないか?ふっふっと思ったりして、それ程詳しく内容を覚えてませんが、それなりに気づいたこと、思ったことなど、こののち書きたいと思っています。

しかーし...お昼に食べたミスドのグラタンパイ、なんかグラタンの量が少なかったなぁ...やっぱりソーセージにすればよかった!
どうでもいい悔いをいまさらながら感じていますが。それはさておき、

今日ワークに参加のみなさん、アクア講師、ありがとうございました。
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すみれが家の前の側溝にも咲いてました

寒かったり、暖かかったり...風が吹いたりして寒い日は冷えるので、灯油を1缶買ってしまいましたが、家の側溝の前にすみれが咲いていました。
早速、写真を撮り、アップしようと思ったのですが、カメラの調子が悪く取れませんでした。

↓この写真より紫が濃かったです
すみれimg_637335_22445417_7

すみれは可憐ですが、側溝のコンクリートの割れ目にも咲く強さを持っています。そういえば菫の花束が出てくる歌詞のある歌がありました。
ずいぶん昔の歌です。

中島みゆきの遍路です。

この歌は好きでした。遍路...ずいぶん旅をして来たけれど、やっと曲がり道、行き止まり、遠回りを過ぎ、いつのまにか帰る家ができたような気がします。

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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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