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パソコンが不具合になり、ようやくもどりましたが、

シマンテックのノートン、バージョンアップするというのでクリックしたら動かなくなっちゃいました。
これが連休前の26日の夜。しょうがないので他の豆サイズのパソコンでブログをアップしてましたが、小さすぎてやりにくい。うちにくい。

今日、やっと電話がノートンからかかって来、応対したところ、途中の言葉がふぁーんと聞こえ、聞こえづらい。こっこれはもしや、と名前を聞いたところ、ほにゃららチャーハン麻婆と、中国名でした。

ぐぇっっっ。なぜに中国人、東京からかと聞いたところ、上海とかなんとか。またもぐぉぉぉぉ、とよろめきましたが、前もって連絡したのは確かにシマンテック、ノートンの連絡先でしたので、-なりかまし-ではないだろうと判断し、ちゃっとをしつつ、復旧まで漕ぎつきました。再起動を繰り返し結構時間がかかりました。

疲れました。というよりも、
中国人にレスキューをさせているなら、ゴールデンウィークは関係ないだろうが!なぜ365日しないのだ。こちらは3日もパソコンが使えず不自由したのだ、とあとから思いましたよ。

ほとんど向こうで遠隔操作でしたが、見ていて-ウイルス対策-は、反対に好き放題各人のパソコンを操作できるなぁと、恐ろしく思いました。ウイルスを先に撒いて、後対策グッズを買わせるなんて、やろうとしたら、やり放題じゃあないの?と思っちゃったりして...どこかですべてを握られているようなそんな気さえしました。


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エミールのケーキ 2013年4月

エミールのケーキを食べました。

縮ケーキ4月DSCN0338
 いちごタルトと、チョコレートのケーキ-ブランジェ-です。

それと初めてシュークリームを買ってみました。ここのシュークリームは卵の味わいが濃厚でもさっぱりとした味わいでした。

いちごたるとは何層にもなっていて、いちごの濃い赤を見ながら食べると春そのものを味わっているようで、五月になるのだと、今更ながら春の只中にいることを感じました。
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おもしろいちご

昨日は農協でいちごを買いました。1パック110円のいちごです。

路地いちごの小さいものです。ジャムやいちごソースに良いと思い買いました。が、ちょっと食べてみて酸っぱいけど甘い、みずみずしい、となつかしの味がし、そのまま食べることにしました。

すると、家族もパクパクと食べ、すぐに2パック食べてしまいました。昔は実家の近くにいちごハウスがあったなぁ。たまに農家の方に誘われてハウスに入り、いちごを採ったり、食べたり...あの時はまだ冬だったと思います。ハウスのいちごがこの頃は主で、路地ものは今すんでいる地方ではとんと見かけませんが、県内でも温かい地方へ行くと農協でいっぱい売っているのですね。沢山買ってしまいました。

さて、小さいけれど酸っぱく甘い、いちご...さいごに、こんなのが残りました。
クッキングパパの顔みたいないちごです。

縮いちごDSCN0341

働き盛りのだれか?のようです。顎の部分から食べましたが、おいしかったです。♪
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もう、ゴールデンウイーク?

今日は、家族の用事の為、往復200キロを走りました。が...

東名は事故渋滞でした。そこで一号線に降りたのですが、一号線も渋滞回避の車であふれかえり、渋滞です。途中で旧東海道に入っても、他県ナンバーの車がずるずると列をなしています。親戚の家に行くつもりでなんとか渋滞を逃れようとこんどは姫街道を通り、東へ向かおうとしたところ、ここもまた渋滞...

ぐほほほほぉっ。豊川稲荷近くでもう時間がなくなってしまい、親戚の家に行くのは断念せざるを得ませんでした。高速をつかいながらも同県内で3時間を通過しても目的地に達しないとは...

今回は事故渋滞があったのですが、どこの市内も車が多く、まるで出勤時間の名古屋市内のようでした。

これは、ゴールデンウィークに突入しているせいだと、のろのろ運転で疲れがでてきてから気付きました。

ゴールデンウィークは車ででかけてはいけませんね。どこもかしこも道が込みすぎているし、途中で農協を覗いても人出はおおいけれどそのせいで野菜は売り切れ続出です。買い物もろくにできないし、今日はほんとう、くたびれ損の一日でした。ふぅ。
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量をこなすこと

物事ができるようになること...なかなかすぐには芽も出ません。

楽器、運動、勉強...どれもやってはやめ、取り掛かったのはいいけれど、まわりがすいすいとこなしていくのを見ていつまでもできない自分に、-もともと素養がないのだ-と思いやめたことも多かったりして...かといってすごく練習を重ねたわけでもなかったような気がします。

練習も勉強も続けることが大切で、続けないからいけないのだと言います。すぐあきらめてしまうからだとも。しかし、どうしてあきらめてしまうようになったのでしょうか?私のおぼろげながらのごく小さい時のことを思い出すと、

①同じことをやってもすぐにこなす周囲から期待される子供と一緒に過ごし、やってもできない。わからない。どうしてわからないのだと怒られる...
②勉強でなく自分の好きなことは気がついたらずっとやっており、強いてなにかを達成するために努力し続けることを知らなかった。

そして中学生になりスパルタ塾で勉強ができず、英単語なんかは全く頭に入りませんでした。しかし、成績が悪いと罰としてお仕置きがあります。塾にいる間は苦痛で、お仕置きの元凶である勉強そのものが嫌いで呪わしいものでした。

とにかく一応頭に入れようとするわけですが、なぜか私の頭には防波堤があったようで、勉強のたぐいのものを入れるスペースがまるでなく、もがいていたらますます苦しく、できない状態になっていました。

かつかつでなんとか進学校と言われるところに行きましたが、そこで思いがけないことが...なんと何にもしてないのに現代国語の成績が急によくなったのです。これは自慢でもなんでもないです。これは不思議なことで出来の悪い生徒がなぜ、現国だけできたのか?

私はその謎をずっと考えていました。国語のできる人は頭がいいのだ、などとその成績に気をよくした親は言ってましたが、それにしては他の科目ができない。わからない。英語なんかは記憶そのものができないのだ。どうしたわけだろう?としつこく考え続けた末、わかったことがあります。

私は小さい時から読書ばかりしていて、ものすごい数の本を超高速で読んできました。ジャンルも文学、社会、その他さまざまなもの、その数は膨大だと思います。

昔、現国だけは抜きんでていたのは、いつのまにやらすごい数の読書をこなし、普通の勉強量を上回っていたということではないか?そんなことに気づいたのです。きっと、どのひとでも、凡たる人でもたくさんの量をこなせは高い水準を突破するのでは?

そして、もしかして、自分のような英語が覚えられなかった人でも、量をこなせばなんとかなるのではないか?と思ったのです。

できのいい人のことはさておいて、できの悪い人でも量をこなすことにより、いつのまにか、豚がイノシシにイノシシがライオンに...なーんてわけないかもしれません。

しかし、やってやれないことはない。そう思いつつ図書館で借りてきた本を読んでいたらまさに同じことが書いてありました。
量質転化です。
物事を身につけたりするとき、たくさんの量をこなす。それがある一定以上繰り返されたとき、すっとできるようになる、ということです。
喩として自転車に乗ることがでていました。-自転車に乗るには練習がいる。何度も繰り返してある日ふっとのれるのだ。また、のれるには個人差があってすくに乗れる人と時間がかかる人がいるが、途中であきらめたらのれないままである。-

早く乗れる人を見て、乗れない人は自分は乗れないけど練習していれば乗れる、と練習を続けます。これは先が見えているからです。自転車はみんなが-誰でも早い遅いの違いはあれ、のれる-と知っていて、のれないまでの時間を耐えて頑張れるからです。

これが、勉強や音楽、外国語の習得だとどうでしょうか?

すっとなにごともこなしていく人を見て、いつまでももたついている自分...だめだなぁ。無理だろう。もともとできないのだ、と思ってしまいます。
ましてや、私のように、立派なダメ体験、経験が豊富だと、昔の経験から判断し、自分にはもともとできるわけないとすぐにあきらめてしまいます。

よくできる人はもともと呑み込みが早いのでプチ成功体験をすぐ得ることができます。なのでまた意欲的に取り組み、ますます勉強などに身が入って行きます。そしていつの間にか練習量、学びの絶対量が莫大なものになって行きます。かたや失敗を繰り返してきた人間は、努力してもきっとできない、と先に希望が見出せません。

私はこのごろ思います。やり続けるということ、きっとそれが成功の秘訣なのだろう。
しかし、右肩上がりに目に見えるように成果は現れません。暗闇のいつ果てるともしれない坑道をひたすら這い上るような感じでしょうか。
不成功体験ばかりの落ちこぼれには、その坑道の先に光があるということが信じられない。考えてない、ということが一番のつまづきだと思います。

かくゆう私もそうでした。劣等生です。

暗闇の向こうに光があるだなんて、思いもしなかった。最初からその道を行こうとすることすら考えなかったのです。
小さい時や今までの人生の成功、失敗体験というのは重要ですね。人は経験でその行動の幅をどうするかはかります。いままでこうだったから、こうしようとか、これならうまくいくとか。パブロフの犬でも、ベルを押すと餌がもらえると学習したら、鳴らなくても唾液が出ます。人間だってそうです。いままでだめだったから、考えるまでもないよ、やることすら無駄だ、そう考える凡人も多いと思います。

しかし、繰り返しあきらめずやり続ける、そのことによりいままで見ようともしなかった坑道の先の風景が見えるとしたら...
今まで自他共に立派な落ちこぼれとしてやってきた私とあなた...続けることを信じてやってみようではないでしょうか?

とにかく絶対にやる。やれると自分を鼓舞するのです。もしかしたら、ものごとを成すのに大事なのは続けることよりも、続けられる自分を信じる力、やり遂げたいという情熱、それが一番大事なのかもしれません。それがあってこその-続ける-なのです。自己不信の暗闇を猛烈な-続ける-と言う情熱で越えたなら、優等生の味わえない喜びが味わえるのではないでしょうか。
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春の庭は...

気温が目まぐるしく変わっています。昨日は雨で肌寒く、今日はのどかな-春-そのものといった陽気です。

庭仕事に興味がないわけではなく、いろいろとやりたいのですが、ヒマもなく気がついたら雑草だらけの庭となっていました。そんな中、いつものように自然と伸びて茂ってくる春の定番。
カモミールです。

縮カモミールDSCN0337

今日はさすがに庭に出て雑草を引き抜いたのですが、雑草だけでなくカモミールも一緒に取ってしまいがちでした。
いつもながらのいい加減ななまかわ仕事の私です。一つの花壇の60パーセントくらいしかとりませんでしたが、軍手を取り、玄関前に置き、家のドアを開けて入ろうとしたところ、自分と一緒になにやら甘い、春の日だまりにも似た匂いが...体にまとわりついていたのでしょう。カモミールの甘いりんごのような匂いがすっと玄関内に広がりました。そういえば、もう、四月も後半で連休まじかです。

冬になってから植えたパンジーもいつの間にか大きく育っています。
縮パンジーDSCN0336

昔バーネットの-秘密の花園-を読んだとき知ったのか、それとも他の本で知ったのか?うまく植物を育てる人のことを緑の指を持っていると言うとか...もう引っ越しましたがお隣さんは花はおろか、野菜なども育てるのがうまく、朝顔のネットみたいな縦のものにスイカを這わせてうまく育てていました。畑でなく普通の住宅のお庭です。

さて、今日、ひょいとお隣を見たら同じ花壇にパンジーがきれいに咲きほこっていました。もう野菜まではその花壇では作られないようです。新しいお隣さんに変わり、花壇の花の種類は変わっても花壇自体はきれいです。

おとなりは所有者が変わってもずっと-緑の指-で手入れされた花壇で、うちのは何だろう?と思っちゃったりして...まぁ手入れなしの我が家の庭はそんなわけで、いつも虫と雑草の天国となっています。
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吸い玉とお灸

このごろは毎日お灸と吸い玉をしています。

特に効くのが足裏の吸い玉です。小さい吸い玉を足裏湧泉やその周辺(結構アバウトです)をひとつ...やります。何分やるかは人によりさまざまです。

何分か玉に吸わせた後、夜眠りにつくと、足が暖かく、冷え性の人でも暖かい足のまま眠りにつくことができます。また、そのせいかぐっと深い眠りに入れます。これは非常にききます。

その次に効いたのが、目の使い過ぎと、歯痛のための頭痛、肩こりが、肩のツボ肩井あたりの吸い玉をやった翌日、すっかり軽くなりました。その時は肩甲骨周辺も吸い玉をしたのでその効果かもしれませんが、効きました。

お灸は長生灸を使っています。ここのお灸はできがよく、きっちりと作ってあります、欠け、折れ、はがれはなく、焼成時間も均一です。品質管理のよさを感じます。
灸31Yt+qRSDiL__SL500_AA300_
まず、レギュラーとライトを買いました。これはぐっ、ぴっと熱さが来ますが、すぐにひいてくるのでしろうとでも我慢できます。

膝のつぼ、膝眼、そして何だか知りませんが膝の上にもしています。膝の裏は小さい吸い玉です。これも効くそうです。今は仕事や、勉強がつまっているので吸い玉、お灸は体調を整えるのに非常に役立っています。今日友が頭がよくなるツボはないか?と聞きましたが、昔子供のころにお寺でほうろく灸を頭に乗せやったことを思い出しました。たしか頭がよくなるということでしたが...わたしのあたまは効果があったか?どうでしょうか...
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genre : ライフ

チョコレートケーキ うまいっ!

このあいだ うなぎの寝床というチョコレートケーキをいただきました。
うなぎの寝床
ウナギの寝床と言うと、京都の昔のお店のように、奥に長い家、商店を思い出しますが...おしゃれな洋菓子のそれもチョコレートケーキにそのような名前をつけるとは、かわってるなぁ?もしかして、夜のお菓子?なーんて思ったりもして。

きれいな包みを開けてみたら、ウナギの寝床のように長細いケーキでした。
縮チョコケーキDSCN0335


早速食べてみると、うまい。チョコレートが濃厚。生地がしっとり。そして、絶妙なのが中に入っているイチジクでした。イチジクのうまみと、チョコレートのパンチがかけあわさり、とっても味わい深い、おいしいケーキとなっていました。残念ながらウナギの切り身は入ってませんでした。

おいしかったです。
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自分軸ワークの時の、思いがけないもの

自分軸ワークに限らず、誘導瞑想をし、その中でガイドに逢ったり、その時々のビジョンを得るのですが、大体は、その内容からは逸脱せず、ずれても本人に対することであることに変わりはありません。

しかーし、今回の自分自身を見ていく瞑想の中で、
どこか、いつぐらいか?昔のヨーロッパの街の中、そこをマントをひるがえして自転車で走っているおじいさん...さっと、場面は漫画の進行のように変わり、大きなどっしりとした石造りの建物が。また画面が変わりそこでそのおじいさんが本をめくり調べ物をしている...

これは自分を見ていく瞑想だったと思いますが、うーん。こういう場面はあんまり出たことはないがなぁ、と思いつつ、そのまま過ごし、みんなで少しずつシェアをする時がきました。

これこれこういう場面で自転車のおじいさん、多分大学の先生かなぁなんて言いはじめたら、
先生とMさんが、びっくりして目を丸くしています。

そっそれって...
あわてて先生が話し出しました。
なんと、その情景、人物、もろもろが、実はMさんの過去世と酷似していたそうなのです。過去のリーディングで出たMさんの過去世とそっくりそのままの情景を私が語りだしたのでびっくりされたのです。
びつくりはこちらもで、なんで自分の自分軸を探っていてMさんの過去世となっちまったのか?

それは、実はワークが始まる前、私は先生に
-人に過去世を見てもらったことはあるけど、自分でみてみたい、先生の指導の元ならもっと合点がいく気がする-などと言っていたのです。自分でみてもそれが本当かどうかわからない、これこそそうだ、と言う実感が得たいのだ、と思ってそんなことを言ったのですが...

本当に私が語った大学のおじいさんの姿はMさんの過去世と酷似していたようなのです。

これは、先生も、私もMさんも唖然とするくらいでした。

しかし、なぜ、自分のことをみていてMさんの過去世が闖入してきたのか?

先生によると、Mさんと私は向かい合って座っていたということでチャクラが結ばれていたのでは?ということ。
また、Mさんも疑り深く過去世はこうだったと言われても今一つ信じきれない、疑いの気持ちが残っていたということからこんな形で自分の過去世を語られたら信用せざるをえないということ。そして、私のほうは事前に過去世をみたいが、本当かどうか、信じきれないので実感を得たいということを事前に話していたので、それがそのまま答えとして図らずも見えたということであろうということでした。
もちろん、本人同士事前に了解してないのですが、Mさんはすでに顔見知りで、過去世を私が見ても-よろしい-とお互いのバックの霊界が了承していたのだろうということでしょう。

これはすごい一致でした。

過去世をみたい、と言っていた私の言葉をガイドは知っていて、そのまま過去世というものを見せてくれたのです。しかも、それが間違いないという証拠付きで です。

このよで何気なく発した-過去世が見たい-と言った言葉に、証拠のようにそのビジョンが出てくるとは...ガイドやその他私たちを見守ってくれるエネルギー体も幻想ではなく今現在に実在していると実感せざるをえません。すごいです。
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クッテネルのトンデモ話は...

ずっと続けているクッテネルのトンデモ話ですが、クッテネルもこの春より多忙を極めており、食って寝てばっかりしておれなくなりました。

ぽちっぽちっと記事はアップしますが、毎週のアップは難しくなりました。

これからしばらくは、たまにアップするということとなります。よろしくお願いいたします。
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自分軸-牛としゃれこうべと、仏教、インド...

最初の瞑想の感想で白い牛のことを言いました。
すると先生に、なんか、インド的なものにかかわっているか?やっているか?聞かれました。

その時、まだインドの王様のことは言ってなかったのですが、先生はインド的な何かを察知されたようでした。

そしていくつかの瞑想で仏陀の若い時のような人と、しゃれこうべが出てきました。瞑想の間の感想も少しずつなので全部は言えないのですが、しゃれこうべのことを言うと、
先生が、-修行僧的なところがあるからだ-とおっしゃいました。

私は修行僧的なところがあり、そのようなことに夢中になりすぎるきらいがある。死、無常の世界のことに没頭しすぎて現世のことを忘れてはいけない、とのことでした。これは...そうだとうなずかざるを得ませんでした。

なぜなら、この頃私は
現世的な望みや目標、それを強く持ちそれに向かってまい進するのがいいのか?それとも
そんなことにあくせくする欲そのものを捨て去った方がよいのかもしれないと思ったり、現世を仮の世の魂の修行場として考えれば、地上のことにかかわずらうことすら、道から外れているのでは?と思ったり...

かと思えば、肉体でできえることは肉体を持っている現世でしかない。その世を目標を持ち精いっぱい生き切る方が真の生き方なのでは?などと思ったり、揺れ動く心境でした。

しゃれこうべは、精神的な修行にまい進するだけでは、-現世-に存在する感覚から遊離しているぞ、ということを表していたのでしょうか?アクア講師の解説で腑に落ちる感覚がありました。
そして、一連のインド的なビジョンはアクア講師のヒントで、私のガイドと関連もありそうだということがわかりました。

今回のビジョン、イメージは後になって、あぁ、とわかるものが多く、いまだに全部はわかっていませんが、自分そのものに関する多層的な意味をも含んだものであろうと思っています。

つづく
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自分軸-牛-

残念ながら、今回のワークではやったことをこと細かく順を追って思い出すことはできません。

印象的なことだけ、記憶に残っています。

そのなかの-牛-
最初瞑想で浮かんだのは牛の白さでした。白い牛とは実際みたことはありません。
薄暗がりの中に白く浮かび上がる白い牛...それは怖くもおそろしくもなく、よく知っている非常に懐かしい
-何か-でした。なつかしい...そんな感覚を瞑想の後思い出していたら、

これは、もしかして
十牛図ではないか?と思ったのです。
十牛図については何度か書いています。牛は悟りであり、牛を探す旅は自分を探す旅でもある、そして失くしていたと思っていた牛は自分であったと、失くしていたのではなくもともともっていたのに気付かなかったのだ...と鈴木大拙の説では言われているようです。

自分軸で-牛-が出てきたということは自分自身をつかみ始めたということでしょうか?瞑想の中でその後もたびたび牛は現れ、私は子供の姿でした。子供の私は牛の背に乗りながら上へ手を伸ばしていました。上に風船があるようでそれを持っているか、取ろうとしているか?そんな姿だったと思います。

深い懐かしさの中で、牛の背に乗っていたかと思ったら、つぎは仏陀の若い時のような、王子様のようなものとインドの王様、ビンビサーラ王か、誰か?ブッダに関係ある王様のような気がしました。これはちよっとびっくりしました。いままで私の瞑想には王様とか、なんだかんだ身分の高い人は一度も出てきません。それが仏陀の出家前のような人、インドの王様です。インドと言うのも初めてだし、仏教というのもいままで基本的に出てきませんでした。なので自分の思い込みではないと思います。

仏教の偉い人が自分についているとか、言いたい人なら思い込みもあるかもしれませんが、あんまり縁がないと思っている私に出てきたので、これは信じてもいいだろうと思いました。

そして、終始出ては引っ込み、また出ていたのはしゃれこうべです。そのしゃれこうべは頭が長く、くりくりと床屋の電灯のように回転していました。

ややっ...なんだしゃれこうべ...しかも、ネアンデルタール人かもしれないぐらい後頭部が長く大きいぞ...なんか、不気味だ。ひっこんでくれ...と思っていてもしゃれこうべは言うことを聞かず、くりくりと回り続けます。

まるでしゃれこうべの独楽です。

白い牛、しゃれこうべ、仏陀みたいなひと...なんだろう?そんなことを思いつつも瞑想は終わり、みんなでその内容を披露していきます。すると、先生の解説で!
つづく
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自分軸ワーク-1-

アクア講師を招き―自分軸-のワークを開催しました。

自分は何なのか?自分は何が向いているのか?やみくもにいろいろなことに手をつけやってはいるけれど、一体これから先、それがどうなるのか?
知りたいことはやまやまですが、そんなことをセッションで聞いてもどうにもならないし、とりあえず-これをしたい、なりたい-と思ったら、それに近づくよう地道に努力するだけなのですが...

このブログでもさんざん書いてきたように、チャネラーにもガイドにも具体的に-こうせい、ああせい、こうするな、これがおぬしには向いている、使命だ-なーんて言われたくても言われず...

まさに、沈黙...です。自分としては、何かを始めてなかなか芽がでず、
-だめだ、こりゃ-とか、-もともと能力がないのだ...-とか撃沈すること数知れず...
そんなことを繰り返しているうち、ミディアムワーク、クラスに出ることとなり、できえないと思っていた-霊とのコンタクト-ができる、ということにきづきました。それから、なんとなく、これは、他のことにも通ずるかもしれないと、いままで無理だったと思っていたこと、道半ばであきらめていたことに挑戦することとなりました。

しかし、なかなかこれらは難関で、思うように事は運びません。でも...できないことは多々あれど、少しでも前よりもできることがあればそれを喜ぶこととしました。これだけやってすこししかできないから、だめだではなく、これだけやってもできなかったらやれるまでやり続けるだけだ、と開き直った気がします。

いろんな課題に向き合う時、ふっと頭をよぎる感覚があります。
これだけしかできない自分は、才能がない、あきらめたほうがいいだろう...前まではそうでした。しかし、あの見当はずれに難しいミディアムシップの感覚が少しでもつかめたのだから、全然進まなくても気にしない。ちょっとでも進めばいいのだ。やれるまでやる。それだけだと、思えてきました。

そんな折、自分軸のワークです。

自分は何がやれるだろう?前よりは多少、自分の自分に対する信頼とか持続力が増したと思いますが、どこかで心もとない感覚。やれるんだろうか?また、何かを世俗的に成功させようとすることは、欲にとらわれていることで、なにもしようともしないほうがいいのでは?なんて思ったりも...

未だ道半ばの人生を歩んでいる自分が、こうしたい、ああしたいと思いつつも、その中でも迷いがあったり、自問自答することが多かったのですが...

今回のワークのしょっぱな...瞑想でのことです。

牛が出てきました。白い牛です。牛が出てくるとは初めてです。牛は大きく立派で角もありました。おだやかですがしっかりとした目つきをしていました。

牛...これはなんだろう?と考えてましたが、この牛...複数の意味を持っていることに気づきました。

つづく
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-こもれびやま-のイベントワークが無事終わりました

-こもれびやま-というスピリチュアルワークなどをするところを一応主催しています。

今回はアクア講師をお招きし、イベントワークをいたしました。
-自分軸-ということをがテーマでした。

今回のワークは、ややっ...なんとっ...と勝手に一人で盛り上がることもありましたが、それぞれ適切かつ深い気づきが得られたようで、主催者としては本当に満足いくワークでした。

ワークの詳細、私の気づきについてはまた書きたいと思います。
やっぱり主催者と言うことで、途中で空調のことを心配したり、みんながなにか困ってないか?ふっふっと思ったりして、それ程詳しく内容を覚えてませんが、それなりに気づいたこと、思ったことなど、こののち書きたいと思っています。

しかーし...お昼に食べたミスドのグラタンパイ、なんかグラタンの量が少なかったなぁ...やっぱりソーセージにすればよかった!
どうでもいい悔いをいまさらながら感じていますが。それはさておき、

今日ワークに参加のみなさん、アクア講師、ありがとうございました。
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すみれが家の前の側溝にも咲いてました

寒かったり、暖かかったり...風が吹いたりして寒い日は冷えるので、灯油を1缶買ってしまいましたが、家の側溝の前にすみれが咲いていました。
早速、写真を撮り、アップしようと思ったのですが、カメラの調子が悪く取れませんでした。

↓この写真より紫が濃かったです
すみれimg_637335_22445417_7

すみれは可憐ですが、側溝のコンクリートの割れ目にも咲く強さを持っています。そういえば菫の花束が出てくる歌詞のある歌がありました。
ずいぶん昔の歌です。

中島みゆきの遍路です。

この歌は好きでした。遍路...ずいぶん旅をして来たけれど、やっと曲がり道、行き止まり、遠回りを過ぎ、いつのまにか帰る家ができたような気がします。

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身体の手入れ

昨年末以来、私も家族も、骨が削れたり、すり減ったりし、肩が痛く眠れなかったり、急に腰に痛みが来て歩けないどころか、しびんを買ってくる始末になったりして...

昨年の義父の葬儀にまつわることで忙しかったので、それがたたったのでしょうか?まさに骨身をけずってあちこち走り回ったのだと思います。骨身を削るって、たとえだと思っていましたが、本当にあるのだと身体が痛んでから思いました。

骨はそうそうもとにはならないのでだんだん痛みが軽減していくと言った調子です。

もともと身体が強くなく、小さいころから鍼には通っていました。鍼の効能は身をもって知っています。西洋医学でどうにもならない症状でも東洋医学や民間療法で改善します。鍼は無理ですが、灸は素人でも使えるので、灸をはじめとして、いろいろと体にやることにしました。

そこで、何か月か前に買ったマッサージベットを組み立て
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吸い玉をやったり、
すいだまほかDSCN0270_copy

ピーナツオイルとオリーブオイルを温めたものを使って、オイルマッサージをしたり、

お灸をしています。
灸31Yt+qRSDiL__SL500_AA300_

身体の部分的な保温は医療用あんぽを使っています。

これだけそろえてやっていると、よく効きます。特に足の吸い玉は足の冷えが改善されたり、ひざの痛みが減少したり...すぐに効果が出ます。不眠にもいいですね。ネットのオークションで安くセリ落としましたが、いい買い物をしました。もう一セット。吸い玉を買ってもいいと思っています。

お灸は、もともとは違うメーカーのものを使っていて、使い心地もよかったのですが、廃業してしまい、こちらの灸を今日から試してみます。どんな具合か?楽しみです。
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スピリチュアルセッションとアドバイス

スピリチュアル相談...何を相談するか?いろいろと占い師やチャネラー、霊媒を尋ねますが、人によってその相談内容は違うと思います。

実際の問題について聞くことは多いと思います。病気や人間関係、それについての霊的な意味など、自分だけでは気づかなかった答えやアドバイスを得られることは多いと思います。そんな生活の問題とともに、自分自身について、例えばなにかをやろうかという場合、それが自分に向いているかどうか、やっていってうまくいくか、質問したいとか、聞きたい、ということも多いでしょう。

それを聞きたいと思わない場合でも、
たまた、まはからずも、
-あなたは。〇〇をするのがよい-とか-〇○をしているあなたが見えている-とか言われる方もいます。

自分がなにかを成したいとき、でもこれができるかどうか、わかりません。先は見えないのです。そんな時、-〇〇の道がむいている-なんて言ってもらえたら、非常にうれしいのですが...

私の場合は、いままでそんなことをいわれたことはありませんでした。
昔は、何かのセッションで-〇〇をするといい-なんて言われたよ と、知り合いが話したりするのを聞くといいなぁ、とうらやましく思えたものです。

私が
〇〇がいい、とか向いている、とか言ってもらえたわずかな言葉は、評判のチャネラーの
-るんるうんさんは自分で思っているより、面白くて楽しい仕事がむいているよ-と言いながらくっくっくっと笑っていた...それだけです。

そのチャネラーさんのみえている私像は、漫才でもやっていたのでしょうか?謎です。

しかし、具体的に〇〇の道が見えるとか、〇○がいいなんていちどもなく、なんとなく物足りない思いを抱いてきましたが...
この頃は、自分に適したこと...、自分は〇〇ができますか?なんてチャネラーや霊媒に聞かなくてもいいのだと思い始めています。チャネラーだけでなく、自分のガイドや高次の存在などに聞いたり、お伺いをたてて安心するなど...どうでもよくなってしまいました。


私は私がやるといったことをやるのです。人もガイドもチャネラーも、関係ありません。自分の人生、自分がわからないもの、たとえ高次の存在だからといってわかるものでしょうか?
他人や、霊に聞く前に、自分がどうしたいか?どうするか...かなりむちゃくちゃな望み薄のことだったら、ガイドもノーと言うかもしれません。
でも、やる。

一番最初に聞くべきは、自分では?
他人に聞く前に、とにかく自分の足で前へ進む。この現実世界にいる私たちはこの現実を飛行している旅の間は自分の思いを燃料にして突き進む。飛ぶだけです。
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四月のおついたち

大分遅くなりました。おついたちです。

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おひなさまの薯蕷まんじゅう...しっとりとしていました。
となりは橘です。
縮おついたち800×800縮ハープ800×800DSCN0296

手前の波と貝は、早春らしいです。
まんなかは桃山です。

和菓子はもともと決まった名前が多いですね。桃山、ねりきり...など。

草餅が入っていると期待したのですが、それっぽいちぎり餅(右手前)は弾力があっておいしかったです。♪
桜も散り、暖かくなるかと思いきや、冷たい風と地震...まだ春の海にでるのは早すぎるようです。

と、以上は三月のおついたちでした。
間違えました。四月はこれです。
4月おついたちIMG_1802_1

桜の塩漬けのついたまんじゅうと、その他、たけのこの何だったか...忘れてしまいましたが。
桜の塩漬けは塩の味と桜の香りと程よくマッチして絶品でした。

しかし、私も暢気なものです。3月のおついたちを4月と間違えて最初アップし、後、気づいたのですから...
四月のおついたち、ちょっと他の月より影が薄かったかも?です。
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十牛図 すぐれた師のもとで学び、感覚をつかむ、そして...

牛を追いかけ、やっと足跡を見つけます。
2.見跡(けんせき) - 牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。

そして、すぐれた師に逢い、やっとミディアムシップというものが見えてきました。
3.見牛(けんぎゅう) - 牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。
アクア講師のミディアムシップクラスに通い、ようやくその感覚がわかってきました。
そして、ふっと、-霊-そのもの、-霊-がみえないけれどもここにおり、私たちに語りかけているのだということがわかりました。

4.得牛(とくぎゅう) - 力づくで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。
今はおぼろげながらも-霊-とのコンタクトができるのだという感覚ができてきましたが、まだ、こうではない、こういうふうに?これでいいのか?などと迷いが出る状態です。
まさに、得牛の状態でしょう。

この頃私は思います。ミディアムシップにおいても、多分、私たちは、もともとすでにわかっている。感じでいる。どこかで-霊-と通じているのですが、そのこと自体を忘れてしまっているし、自覚できないのです。
普通の生活でも私達は見ているようで見ていなく、自分自身のもっている素養や可能性そのものも、意外と見えてないかもしれません。

ミディアムシップの旅も、牛を尋ねる旅も、何かを求めているようで実際はもう持っているけど気づいていないものに気づく自分自身の再発見の旅かも知れません。
自分自身に気づく旅、それは自分を信じることへの道なのでしょう。迷いつつも信じて進むと、自己不信の濃霧の向こうにすでになにかを得た自分がいるのではないか?そんな気さえします。
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今日は古い友達と会ってきました

今日は、大学時代の友人たちと会いました。

大学時代の話に始まって、子供の話、親の葬式の話...などなど。やっぱり歳をとるとそれなりの話です。私の親は早かったのでそうは感じなかったのですが、みんなによるとこの2.3年、親を亡くす人が多い、とのことです。

友人たちもこの2年ほどに父親を失くしたのですが、結構淡々としていました。私も父を一昨年失くしていますが、みんなのお父さんよりは若干若く、80までは達していなかったので、親の死も80越してからだと、後悔もろもろ、後を引きずることは少ないのだろうと思いました。

大体、私の大学の友人たちは、北陸方面が多いのですが、今日会った友人たちは静岡県に住んでいます。電車をいくつも乗り継ぎ出かけましたが、今日の浜松はとても風が強く、寒く...震える程でした。が、友人たちとランチをしながら昔の話、今の話をしていたらすぐに時間がたってしまい、帰りの電車へ...

もう、歳をとったなぁ、と思いながら車窓を眺めると西に太陽がまだ輝いていました。
まだまだ、もうひと頑張り、やるぞ、とその西日に向かってひとり、頷きました。
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今、現代に生きている恩恵

昔は何もなかったと...自然と一体に暮らしいい時代だった。そう言い、今の時代はよくないといったりします。自然がいっぱいあって、食べ物もそのままで添加物がない。もちろん原発も...昔はよかったということはいろいろとあります。埋めたて前の昔の浜辺ののどかさなどは忘れられません。今は何もかも便利になり、携帯なども普及し、いつでもどこでも電話できるし、便利です。

若い頃、ある国に住んでいたころ、そこは電話事情が悪く、電話がありませんでした。電話がないから、突然の用事でも連絡できません。不自由かと思えばそれほどでもなく、予定があったら手紙。途中変更は-しゃあない-ということでほっておく。約束がふいになろうがどうしようが、そんなことよくあることなのでおとがめなし。
ついでに電気もよく止まるので電気もなし...それもないだったらないでよい とそう気にすることもなく過ごしました。

ないないでそれもよし。しかし、今は日本でいろんな機器に取り囲まれて暮らしています。昔はなく今あるのがパソコンです。電話...それを動かす電気さえよく途絶えた昔から比べるとパソコンでいろんなことをこなすのは非常に便利で楽しくおもしろいです。今はパソコンがない日々は想像できません。

そう言えば学生のころはパソコンなんかありませんでした。インターネットでいろんな情報を得て、身につけることもできませんでした。今は外国語の動画を家でその場で見ることができます。ロシア語の発音もなぜわからなかったか?というとひとつの単語で疑問を持つとずっとそのことばかり気にし考え、気がついたら授業がだいぶ進んでいた→あとのところがちんぷんかんぷん...となっていました。そんな脱線気味の学生でも、ネットで探せば生の発音などはすぐに出てきます。

これは、本当に時代の恩恵です。今はパソコンその他があるので、普通の人も文章もたくさんかけるし、外国語をネットで身につけたり、なんども聞きなおしたりできます。昔はすぐに教室で頭に入れることのできる人しか、なかなかものにできなかったと思います。

パソコンは外付けの自分の頭のようです。記憶容量のわずかな人にとって強力な助っ人だと思います。文明や機械化で人間が-らしさ-を失ったという人もいますが、今はどんな人でもいろんな手を使って勉強したり、練習したりすることができます。すぐ忘れてしまう私でも機器で再生したりすればだんだん忘れなくなります。いい時代です。本もいろいろと出ているし...何をするにしても昔だったらあきらめていたような人が本気で何かをものにできる時代になってきたと思います。

パソコン、MP4プレーヤー、その他もろもろ私はもともと機械(例えば台所関連のものはほとんど試していると思います)好きですが、やっぱりこれらの機器、機械があってほんとうによかったと、感謝しています。
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レイラインと、水のライン山の辺の道を行く-13-檜原神社から見た二上山

花もりの休憩を切り上げ、しばらく歩くと、檜原神社に到着です。

縮檜原神社DSCN0322


ゆったりとこの神社の雰囲気に浸りたいところですが、帰りの電車のことを考えると気が気でありません。すぐにベンチに座り、聖林寺に行くときにもらったタクシー会社の名刺を見ながらタクシーの依頼をしました。-電車に間に合うよう、40分くらいまでに来てほしい-と言ったらなんと、今から出るとそれくらいにちょうどそちらに到着しますとのこと...本当にタイミングがいいです。

ほっと胸をなでおろしながら、神社正面を見ると、Rさんが-三鳥居ってなんだろう-と、言いました。私は三鳥居って、三本柱の鳥居と混同していたので、実際の鳥居を見ても-?-でしたが...

さすが、神道系、巫女系の匂いがむんむんするRさんです。しばらく見ていて、鳥居が三つくっついて連なっているのを発見しました。そうです。よく見ると(よく見なくてもだよ)ここの神社の拝殿は三つの鳥居がくっついているのです。
檜原神社image
ここは清楚で、きれいな雰囲気。きよらかな十代の女の子がいる田舎の中高一貫校のような雰囲気です。

玉砂利もきれいに敷き詰められ、みんな
-わぁ-と、歓声をあげ、あちこち見たり、場の雰囲気に浸ったり...
しかし...拝殿正面になにやらあやしい、動きの二人の男が...

正面で、手をあげたり下げたり、ちょっと見ると、ラジオ体操の初めの手をあげる部分のような感じですが、ラジオ体操ではない。しかも、拝殿まじかにそこに向かい-はぁ-とやっており、遠くから見ると

二人の手のうごきがいやに合っているのが不気味だったりして...

たぶん、スピ系の人で奉納体操とかをしていたかもしれないと、帰りの電車の中で噂しましたが...私はタクシーが来るまでの間そんなことを見るよりも、

二上山が...二上山を見るのが大切に思われました。
時はもう、日も傾きかけ、太陽は西にありました。西に沈む太陽。けだるい夕日です。そちらに二上山がありました。
夕日はあまり好きではない。特に夕日が沈む二上山は...あんまり見たくない、でもなんども見てしまうのでした。不思議なことに前、歴史の会でちらっと見た夕日に包まれた二上山より、いまは何度も見ることができました。夕日は好きではないけど、二上山は悪くないなぁと感じました。

みんなは檜原神社を見てましたが、私は檜原神社を背に二上山ばかり見ていました。
縮檜原神社DSC_0710

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この頃は忙しく...

奈良の旅の続き、十牛図の続き、など書きたいですが、ほかにやることが多く書く時間がありません。今年は2つ、試験を受ける予定ですが、その勉強もなかなか手ごわく時間ばかりかかって思った量がこなせません。

筋金入りの、英語劣等生が、どこまで〇〇語が今以上に伸びるか?もともとのレベルが低いので、伸びるには伸びるだろうと、今ぬか喜びをしていますが。自慢じゃないですが、外国語は大嫌いで、大学の第二外国語のロシア語も実は、アルファベットがいつまでたっても覚えられませんでした。

アーベーぐぇー..ときたら、おえっ、びぇっ、とかなんとか...時々その時のことを家族に語ると
-ハイジみたいじゃん-
そうです。

この間寝付かれないとき、中学の時の英語の覚えられなさを思い出していました。最初からつまづくというより、ばったりと倒れていました。しかし、兄弟は出来がよく、私も兄弟のようだろうと思われたのがうんのつき、秀才の集まるスパルタ塾に自動的に入れられました。そこは、出来の良い人にはよいところですが、悪いものには地獄でした。

最初にDとBをまちがえたことに始まり、そこでは間違えたもの、成績の悪いものをぼこぼこにうちのめす罰がありました。、みんなの前で屈辱的なことをされることにより、生徒の奮起を促すという先生の方針でした。悪い点を取ると自分で他学年の教室に行き、そこの生徒の前での屈辱的な仕置をされます。そして自分のとった悪い点数をさらし、それをみんなが楽しく笑う-嘲笑する-といったそんなやり方が、昔の親たちには、-きびしくてよい-と評判でした。

3年間、ずっとそんなことを続けていると、もう、自分というものが、もともとなにもできないと、無意識にしみこんでいました。ただ、そんなつらい目にあって、誰でも行けるところに行くのはなんとも情けなかったのでなんとか進学校といわれるところに行きましたが...英語...できませんでしたねぇ。もともとアルファベットを覚えるのに苦労していたと思います。
大学の第二外国語のロシア語も、アルファベットの段階でずぼずぼと沈みかかっていたと思います。

ハイジのアーベーセーばっかりやっている姿は、自分にそっくりでした。やる気も自信も耳もなにもかもなかったのだと思います。さすがにロシア語教室では罰も嘲笑もなかったので、なんとか過ごすことができましたが、勉強...特に外国語に対する苦手意識はそのままでかわることはありませんでした。

しかし、このごろ、昔仕事で住んでいた外国の言葉をもう一度学びなおそうとやりはじめています。語彙数も昔よりも多く覚えようと毎日単語集を読んでいます。じつはこの言葉を使ってあることをしようと企んでいるのですが...何度も繰り返していたら、昔覚えきれなかった単語がだんだん定着してきました。

昔は最初からだめだろうと、勉強もしないし、勉強方法も知りませんでした。しかし、この記憶が衰えるという人生後半になってから、なんと前より覚えられるのを感じているます。
知りませんでした。単語帳をなんどもさらって、覚えていけるとは...!

昔のスパルタ塾の-あほ-がどこまで行けるか、やってみたいと思います。覚えれなかった単語がすっと思い出せる喜び...外国語の苦しみは〇〇語で楽しみに変換するかもしれません。
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エミールのケーキ2013年春

しばらく見かけなかったエミールの人がまたまた販売に出られるようになりました。病気かなぁ、と心配していたのですが、元気にケーキを売られている姿を見て安心しました。

春、まだ三月だったので、和風の抹茶のケーキを買ったら、お茶の香りが高くおいしかったです。

縮抹茶エミールケーキDSCN0327
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つくし

昨日、パソコン復旧の間に近くに散歩に行ってきました。

桜が風に流れ、その中を花見客が上を見上げながら歓声を...
しかし、私は犬のように、下に視線を...

土筆です。花見の人が多い桜並木の下はあまりありませんでしたが、近くの空き地には、いくらか生えていました。
縮つくしDSCN0334

つくしはお日さまの光いっぱいの土手や野原に出ているイメージがありますが、もう時期が少し遅いのか、ひなたにはなく、隣の建物の影にいっぱい生えていました。
陰に咲く花、てはなく、つくし...どれも痩せてひょろひょろでしたが、懐かしい味でした。
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毎日書いてますが、

新しい、MP4プレーヤーが不良品で、取り替えてもらいました。こんどのMP4プレーヤーをパソコンにつなげたら、パソコンの電源が落ち、うんともすんとも動か電気が全くつきませんでした。コードを外し、バッテリーも外し、2時間ほどあと、やりなおしたら、電源がつきました。喜んでまた新しいMP4プレーヤーを接続したところまた、電源が落ちました。

バッテリーが減っているのであろうと、家電店に注文しに行き、別のパソコンでMP4プレーヤーを接続しようとしたら、ハブのなんたらこうたらと、いう警告が出ました。どうやら新しいMP4プレーヤーは電気をむちゃくちゃ食うらしく、二台のノートパソコンでは充電も何も出来ないらしいとわかりました。
そこで、昼間充電に使った、デスクトップを使うことにしました。これで大丈夫だろう。ファイルを入れようとしたら、MP4プレーヤーそのものが認識されたり、されなかったり...なーんか...交換してもらったMP4プレーヤーも壊れているようで、また、メーカーに電話をかけなくてはならないとは...ふんだりけったりです。

今日は一日中、パソコンの復旧やMP4プレーヤーにかかりきりで、殆ど何も出来ませんでした。ブログも毎日書いているのに、かけないかもと思いましたが、ようやくこんな深夜になって書いてます。本当は次の日になってしまいました。残念です。書いた時間を20分ほど前へずらし、毎日ブログにします。ふぁ...疲れました。明日はメーカーへクレームをまた言わねばなりません。気が重いです。
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立命

春山満という社長さんがいます。首から下が難病で動かないという大変なハンディを持ちながらも、たくさんの社員を抱える社長として精力的に活動されています。
その春山さんのブログのなかに、

壺中有天 という語録集があります。

その中に
↓ブログより抜粋

第一の天「宿命を嘆くな、自らの命を立てよ」
「宿命を嘆くな、自らの命を立てよ」

人生にはどうしようもない定めがあり、それは「宿命」と呼ばれる。
私にとって進行性筋ジストロフィーの発症は、
まさにその宿命そのものだった。
しかし、宿命の裏には立命というものがある。
「こうしたい、ここへたどり着きたい」。そう自らを勉励することによって、
宿命は立命に変えることができるのである。
自らの命を知って、自らの命を立てる。人生はじつに面白い、と思う。
宿命を嘆くのではなく、限りある命を知り、
自らの力で人生を切り開いていく。そういう志や気力のもとに、
大きな道が開けてくるものなのだ。

以上のようなことが書かれています。

この立命...それは宿命とは違います。この春山さんは筋ジストロフィーという病を得たことは宿命だが、それを自らの意思で、変えることができると言っています。動かない、それだからといって、-こうなりたい。こうしたい-ということまであきらめていいのでしょうか?春山さんのこの語録はそんな疑問を投げかけてくれます。

動かない体だからできることは限られていると、そう思うのは普通のようでも早計に過ぎないのではないでしょうか?そんなことを言うと-春山さんはとくべつだからだ-と言ったり、-普通の人はそうはいかない-と言ったりする人がいますが...翻って自らを省みると、〇○だから、しょうがない、とか××でできるわけないとか、そんなことが頭の底に存在し、物事を行おうとするとき、また普段の生活でもそれが自分の行動のスケールとなっていることに気づきました。

もしかして、できるのではないか?最初から無理だと思い、参戦すら考えてないことが多かったのではないか?

おなじことを仕上げるにしても、内容は同じでも、もともと素養のない人はスタート地点がマイナス地点から始まり、素養のある人は大分進んだプラス地点から始まります。
勉強でも音楽でもなんでもすぐに物事を習得し上級レベルまで行ける人をもてはやします。かたや、凡人はおろか、それ以下のさえないやつ、がいます。勉強であったら、なかなかものを覚えられない。理解が悪いなどなど...そんなひとは優れた人を見て、―自分はだめだ-とか-無理かも-など考えるのはざらで、-こんな出来が悪くて恥ずかしい-と感じたりして...

もともと、もともと素養がないのだ。などと考え、あきらめへと...

私もそうです。ミディアムシップも他の勉強も...もともとの能力、素養、勉強に関しては記憶力が他の人よりないのだ、とあきらめることが普通のこととして選択していました。

しかし...ミディアム実習で、ある感覚を実際につかんだことは、私の-なにか-を変えてくれたように思います。
足りないものはあるのだ。それは現実だ。しかし、それだからと言って何が問題であろう。何か、やりたいこと、今までできなかったことで完成したいことがあるなら、やってみればいいじゃあないか。むろん、最初から秀でている人のようには行かないだろう、
でも、やってみよう。やってみるしかないじゃあないか。とはたから見たら基地外(←多分禁止用語なので当て字)沙汰のことです。内容を打ち明けたらあざ笑う人、多数でしょう。

でもやってみる。

スピリチュアルでは、-簡単に成功できる-と思えば-成功-すると言います。しかし、そんなたわごとは、もう捨てました。この世は現実です。語学一つにとっても実際に練習、勉強を積み重ねないとどうにもならないということをなぜ今の流行のスピリチュアルは重要視しないのでしょうか?
彼らは言います。
-努力しなければならないと思っているから努力して達成することになる。簡単にできるとおもえば努力なしにできるのだ-
本当かね?よくもまぁ、こんなたわけたことを軽々しく言い、みんなもそれに頷くよ...

私はそんな言葉より、春山さんの-立命-と言う言葉に心が湧きおどります。

宿命により、それぞれみんな素質、ハンディはもっています。でも、それを立命により運命へと変える時...人生の挑戦への意気込みと、困難さゆえの楽しさと、達成感と、得られるのではないでしょうか?かつて私は英語が苦手で、全く単語が覚えられませんでした。ちょっと覚えても、スラスラ覚えていくまわりの秀才たちには全く及ばない鈍才です。嫌いだし、じぶんにはわからないと、最初からもう覚えるのもあきらめてました。

しかし、たまたま書店で手にした高校生向きの英単語集に、それが東大志望者向けのものなのですが、
-みなさん、なかなか覚えれない と思うと思います。10個覚えたつもりでも3個しか覚えてない。7個も忘れてしまった。そう思うでしょう。でも人間は忘れる動物です。10個覚えて3個覚えた、とできたことを喜んでください、そしてなんども繰り返し学習するのです-などという内容が書かれていました。

東大志望者に-忘れて普通だ。覚えれなかったことを責めるよりも、覚えたことを喜べ-なんて言うのです。これの言葉は自分の今までの考えを根底から覆すような言葉でした。東大志望者でも忘れて当たり前、少しの成果でもそれを喜べとは...

なんとなく力とやる気が湧いてくる気がしました。ただ手をこまねいて、スピリチュアル的に-楽にできると思う-ことをするより、現在の力を出し切り、自分の-こうなりたいという姿-をめざし、そのために必要なことをするしかない。努力することも勉強することもそのための必要な過程なのです。やるしかないのです。
宿命を立命に...これがあるからこそ、人生の喜びがあるのだと思います。もともとあまり素養がないことは、挑戦することがが多いという神からの-贈り物-であって、重荷ではないのです。



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レイラインと、水のライン山の辺の道を行く-12-二上山と大津皇子

日本の古代、古代と言ってもせいぜい奈良時代より前のことで、そんなに昔ではありません。藤原鎌足、蘇我馬子、聖徳太子、天智天皇、天武天皇etc...時代は重なったり前後したりしますが、これらの人の時代は、さまざまな陰謀や策略が渦巻き、政争の中、汚名を受け、消された人、はめられた人...後、権力を最終的につかんだものは、ずいぶんあこぎなことをして、自分に都合の悪いものを排除していったと思われます。

万葉集に現れる悲劇の人は有間皇子、大津皇子です。有間皇子は中大兄皇子に、大津皇子は持統天皇にはめられ、命を落としました。

檜原神社から春分近くのある日、二上山に沈む夕日が見えると言います。大津皇子は有能で、性格もよく、みんなに慕われたと言います。漢詩文にも堪能だったとか...あまりにも有能で人望もあったという大津皇子。彼には姉がいました。大伯皇女です。大伯皇女は大津皇子が処刑された後、二上山を見ての歌を詠んでいます。

うつそみの人なる吾や明日よりは二上山を我が兄(せ)と吾(あ)が見む
  
弟の葬られた二上山を弟の形見と思って眺めよう、と歌う、深い悲しみとせつなさと...なんともいえないやるせなさが伝わってきます。政治的権力が絶大な持統天皇の前には、なにをされてもあがらえないといったことも浮かんできます。

私はこの山の辺の道を行きながら、大津皇子の無念さ、憤り、大伯皇女の悲しみなどを感じざるを得ませんでした。大津皇子は無念だったけれども、そう執着はなかったかもしれません。しかし、道理にあわない死です。大伯皇女は二上山を見ながら、悲しみとともに、この世の無常さを感じていたかもしれません。

私は持統天皇は大嫌いです。しかし、古代の歴史関係を知りたかったのは、持統天皇の-三河行幸のなぜ-を知りたかったのもあるのですが...こうして山の辺の道を歩くと、
-なぜ、殺されたのか?しかも、ありもしない謀反の疑いと汚名をかけられて...
あぁ、有能であったからいけなかったのか?いっそのこと、なにもわからない、無能な人間であったら、こんな目に合わずにすんだ。-
などと思ったり、
-権力争いに巻き込まれたとはいえ、なぜ、ここまでされねばならないのか-と非常に悔しく、悲しく思え、大津皇子の無残な最期のこと、そして二上山を毎日眺めただろう大伯皇女のことを考えると、やりきれない気がしました。

もともと、いままで日本各地を回っても負けた側、敗れた方に気持ちが行ってしまい、勝ったやつらにはいい気はしないのですが、この山の辺の道は大津皇子の最期が哀れだったこともあるのでしょうか?
そう言えば、大津皇子の大津って、自分の名前に似てるよ、なんて、ふっと思い出しました。名前が似てるから思い入れが無意識のうちに出てくるのかなぁ。

そんなことを考えつつ歩くうち、ようやく檜原神社に到着です。
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レイラインと、水のライン山の辺の道を行く-11-狭井神社から檜原神社へ

展望台から狭井神社まで5分ほどでしょうか?
狭井神社です。
ここからは、三輪山頂上への登山道入り口があります。
山そのものが崇拝の対象なので、入山には、節度が求められます。←クリックすると詳しくわかります。
大神神社の摂社であり、病気に良い霊験があるとか...ここは神水が湧いているので、あらかじめ持ってきた水筒に入れたり、そこの備え付けのコップで水を飲んだりしました。
おいしい水で、何杯かいただきました。

狭井神社からはまた山の辺の道に戻り、檜原神社へと向かいます。
すっと行けばよかったのですが、
途中で、お休みどころ、花もりを見かけたらみんな、休みたいとのこと。

ここで、わらび餅を頼んだり、お抹茶を頼んだり...結構いい休憩となりました。が、時間が...ない。休憩しすぎです。この花もりは、外で気持ちよくお茶を飲むには素晴らしいのですが、8名で頼んだせいか、出てくるのに30分以上はかかつたような...しかし、お抹茶と牛皮を使った金柑のお菓子はいい出来でした。
はなもりk740900ps1


なんだか、狭井神社からこの花もり休憩で、予定時間が大幅に過ぎてしまい、当初の予定の電車はすでに無理です。みんなはまだまだくつろいでいたい感じでしたが、みんなを急がせ次へと向かわねば...

ちょっと歩くと、玄實庵です。

実は、この玄實庵、最初は、電話予約して、中の不動明王を拝観させてもらう予定でした。しかし、何度電話しても通じず、予約できなくてあきらめたのですが、
-本当、予約できなくてよかったよ。予約してたら、私たちのために2時ごろに待っててもらわなくてはならなかったけど、その時間より大幅に遅れてしまっている。玄實庵の人を待たせることになっていたよ。予約できなくて、かえってラッキーだったよ-と胸をなでおろしながら山道を歩きます。

歩きながらみんなにちよっとしたことを提案しました。
この山の辺の道、檜原神社周辺ではいろんな歌が万葉集に収められています。

その中のひとつ
古尓 有險人母 如吾等架 弥和乃桧原尓 挿頭折兼
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の歌です。

いにしへに、ありけむ人も、我がごとか、三輪(みわ)の桧原(ひはら)に、かざし折りけむ
- 昔の人も、私たちのように、三輪(みわ)の桧原(ひはら)で、小枝を折って髪に挿(さ)したことでしょうか。-
昔の人は檜の枝を髪に飾ったのでしょうか?そういえば、常緑樹というのは、いつまでも青いです。キリスト以前から古い西洋でもその変わらぬ緑に生命力、見えない木々の精霊の力を感じ尊んだとか。
当時の人は、桧(ひのき)などの常緑樹の枝を髪に挿すことがありましたが、これは、樹木の聖霊の力を身につけることができるという意味もあったのだと思われます。

人麻呂よりももっと昔の人がしていたとは...このあたりも昔から檜の茂る、林だったのでしょうか?

時は春分間近、これまたドルイド僧などが尊ぶ時期です。大切な節目である春分近くの15日に、精霊や、木々のエネルギーを体にまとうべく、道脇の常緑樹の葉っぱ(私は檜?にしました)を髪にさしたり、ポケットに入れたりしましょう、なんてみんなに呼びかけました。
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むろん、そんな大きい葉はとりません、せいぜい2センチくらいだけ、いただきました。
昔の人も、こうして葉を身に着け、木々のスピリットの息遣いを感じ、生命力を強めたのでしょうか?また、友達や恋人と小さな葉っぱを髪にさし合ったり、探したりして自然のなかでまったりと過ごしたのでしょう。私はこのように友と-葉っぱどれがいいかなぁ-と言いあったりして旅ができることの幸せを感じました。

この-遊び-はなんとなく万葉以前のおおらかな人々になったようで、面白かったです。

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サービスエリアでのケーキ

先日、滋賀まで高速ででかけました。
ちよっとした用事でした。乗っているうち、ガソリンが少ない、ということに気付きました。でも、なんとか長浜で持ちそうです...高速のガソリンスタンドは高いから、使わないようにしているのです。だんなに気付かれないよう運転していましたが、高速に乗ってすぐに気付かれてしまいました。

-サービスエリアで、ガソリンを入れよう-だんなはすぐに言いました。

うーん。入れたくないが、なんとなく、危なそうな気がしてきました。まぁ、いいや、入れよう...20だけ。満タンでなく、20だけ入れたのですが、後ろの座席で値段をみていた子供が-たかー-と声をあげます。なんか、いつもの激安スタンドよりは高いようです。やっぱりガス欠の恐怖と戦い、粘ったほうがよかったか?と思ったその時、スタンドの係員に、チケットをもらいました。
500円割引券です。サービスエリアで500円分、金券として使えるそうです。

うわっはっはっはっ

喜びつつ、帰りのサービスエリアで抹茶ロールを買いました。
金券があったので500円安くなりました。
縮抹茶ロールケーキDSCN0326
なかなかおいしかったです。高いガソリンを入れてしまったなぁ、と先に入れてなかったことを悔やむところ、思いがけない500円の金券のプレゼントでした。聞くと今だけのサービスらしいです。なーんか、ついていました。
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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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