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ミディアムシップと自分なりの手順、踏まえておくこと

ミディアムシップをするにあたっての必要不可欠なものがあると思います。

ミディアムシップに入る前
① まず、瞑想をする
 -瞑想で、グランディング、および天の光を体に通し、天とも繋がりつつ、自己浄化-
 -ガイドを思い浮かべコンタクトし、協力を頼む-

② ミディアムシップをするにあたり、-相手のゆかりの霊、またはガイドとのコンタクトをし、情報を得る-と意図する

③ 相手のオーラと自分のオーラを混ぜ合わせる

④ 瞑想の時にガイドにお願いしたが、もう一度ガイドに協力を頼む。ガイドに助力のしるしがあったら示してくれるよう頼むといい。

ミディアムシップ突入
⑤浮かんでくるイメージがあったら言う。音、感覚も同じ
 -なにも出てこない場合、言っていて全く見当はずれの場合、息を吸う、吐くを繰り返しちょっとのイメージその他でも言ってみる-
⑥迷い、不安が出たら目をつぶってもよい。
⑦やりつつ、これは視覚か聴覚か、感覚かの差異、サイキックなのか?違いに気づくようにする。
⑧うまくいかない感があったら、ガイドに再度頼み、他のことを考えない。集中する。
-雲をつかむような感覚の時、ガイドの情報が羅針盤と思い、それを読むことのみに専念する。-生身の相手ではなくガイドのもたらす情報のみに集中-

 終わり
⑨相手とのオーラのつながりをとり、浄化のイメージ
⑩ガイドに感謝を言う

以上のことを自分なりにやって行こうと思ってますが、なかなか、いざとなると2.3項目は忘れてしまっていて後、-あっっっ...-と気づいています。
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ミディアムシップで感じたこと

ミディアムシップを学び始め1年が過ぎました。
より大きい確信、実感を得ようと始めましたが、実感を得るというよりも、かすかなるしるしでも信頼するということにだんだんなっていっているように思います。

先日のワークでは、事前に、
意図する、ということを掲げ、行いました。相手の方のゆかりの情報を聞く。ということです。
内容は当たったようなはずれたような...でしたが、今回は、視覚情報よりも、聴覚、耳に聞こえる情報が95パーセントくらい。
どうしてだ。と思ったところ、

事前の意図設定が、
霊の情報を聞くでした。

今までの自分の実績を振り返ると、視覚情報が多い...なのに、聴覚のわけがわかりました。
意図が-聞く-だったから、聞くスタイルになったのでしょう。こんどからは-霊の情報をもらう-のほうがいいでしょうね。

また、今回の聞くという感覚は、ミディアムレベルの-ガイド-を介在した情報の取り方だったのでは?しかし、今までの視覚的な感覚は、サイキック的な、自分の第六感的な感覚を多く使っているのでは?とあとから感じています。

ガイドが瞑想で登場した時、
-わし、わしじゃ-の言葉だけでした。いつもの人?とすぐにわかりましたが、-わし-だけであとは無し。
すぐにわかるので、わし 一言ですむんでしょう。

このようなことを考えていたら、ねむりばなのときやまどろみつつ起きる寸前、いろんな声が聞こえる感じがしたりしました。しかし、ガイドの声は右耳のこの辺り、と決まっているのに、左後頭部付け根からとか、左耳上からとか、聞こえてくる感覚が違うし、声も女の声だったりして...-わし-ではないです。
言っている内容もよくわからないし、やたらなものとチューニングを合わせるのもいやなのでそう聞きませんが。

このような勉強を続けていると感覚が開けてきて、いろんなものと通信できるようになると思いますが、そうなるとますます自分の意思を明確にしっかりと持っていないとへんなものをキャッチしてしまうなぁと思います。

徐々にガイドの感覚がわかってきているので、ちがうものがくるとその感覚の差がわかります。やはり、こつこつと学んでいる成果がでてきているのでしょうか?
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2012/8月ミディアムシップ入門ワーク ...失敗は完成への道筋

今回は当たることもあったが、全くということもあり、ミディアムの単なる結果、正答率としてはそれほどでもありませんでした。とはいってもすべてに〇か×か答えがないのでわからなかったことも多々ありますが...

この一年を振り返ると、
全くどうやってよいかわからなかったのが、やり方がつかめてきた。また、ぴしっとあたる時もあるが当たらないときもある。しかし、以前との明確な違いは
 明確なイメージ、感覚がなくてもそれだとまず信じてみようと思う。
 イメージなどを言い、当ったり当たらなくても、信じ続けれる
 それを続け、全体的な平均点の下限値が確かに上がっている
と思います。

最初は、なにがなにやらわからなかったのが、
こうやるんだというスタイルが固まって、あやふやさの中に一応立っていられることができていると思います。

実際のミディアム実習での出来不出来はまだまだの段階です。
ようやく一年一回りして、まだまだだけど、-このままやり続ければよい-と確信に近いものを感じています。むろん、もともとの霊媒体質の人と、凡たる人間の差はあると思いますが、この感覚は一般の私のような凡たる人への励まし、希望となるのではと思います。

また、今回の実習で思ったのですが、
はっきりと、イメージが来るとき、はつきりと機関銃のようにいろいろとガイドが言ってくれる時、確実にこれはこうだと確信にも似た考えが湧くときがあります。そのような時はそれをそのまま伝えることができ、安心しておれるのですが、いつもこうだとは限りません。
その時々により、イメージなどの霊的な情報はおぼろげで、うつろいやすく、はっきりしません。←私の場合

今回のリーディングではそんな感覚が強かったです。

そんな時、一度はっきりとした明確なビジョンで成功していると、かすかなる感覚は
はて?、とためらってしまいます。ためらいが、自信のなさ、疑いに変わることはたやすく一瞬で、懐疑心が心の中を占領します。

それほどはつきりとしてない。ほんとかなどうかな...間違いかも?

でも、なぜか今日は、それでもいいと思いました。
人は間違うのが当たり前です。間違うからこそよいものが目指せます。間違うかどうかわかる前にびびっても疑ってもしょうがないのです。言うしかないのです。今の瞬間にあるカードはそれしかないのです。躊躇してはいけません。

-もっとはっきりとしていればこんな思いもしないのに、あいまいだから間違うかもしれない。-凡人のつまづきは大きく、超える山も高いです。しかし...です。

反対にいえば、凡人の良さ、極みはそこにあるのです。
間違う...当たってない...こんなことは生まれつきの霊能者にはできないのです。

金をとっているわけではない。練習なのだ。そう、練習、企業のものつくりでいえば試作品です。
良いものは、まちがってなんぼです。よいものができるまで、すぐにすばらしいものができるわけではありません。なんども不具合が出て、それを修正し、改良し、よき製品が出来上がる...

無名の町工場の製品に一流企業のものを上回るものが出ます。一っ跳びにいかなくても、失敗しつつ改良しつつ、自分のキャパシティをあげていくしかないと思っています。それから、今回は去年の冬のワークで一緒だったTさんがすばらしいリーディングでずばずば言い当ててました。
とてもTさんが喜んでいるのを見て私もうれしくなりました。また、Tさんが相手の方に言ったこと、そのなかに私がその相手の方に春の実習で思ったこととほぼ同じことがありました。
Tさん、ほんとだよ。私も本当だ...
よかったです


最後になりましたが、実習での相手の方から父のことを言われ、先生も補足してくださいました。大きい車に乗っていたということ...など。結構あたっていました。父はフラッグを振っているということでした。私のゴールもちょっとだけ見えてきたようです。なかなか出てこない父が出てきてくれ、よかったです。
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2012/8月 ミディアムシップ入門ワーク やりにくさもあったが...

今回の実習は二つ。
ペアを組み、
①相手のオーラの色をあらかじめ用意された紙に3色書く、その後その色を見てリーディングをする
②相手のゆかりの霊と交信する-ミディアム実習そのもの-

私の相手の方は、おとなしそうなまだ若い方でした。
相手の方のオーラの色を30秒ぐらいで書き、その後リーディングですが、なんとなく、やりにくい。

いつも、ミディアム実習にすっと、入っていく隙間、さっと開けてくる感覚があります。もしくは、差し伸べられる手、または開いた窓のようなもの、相手の方と通信できるような感覚があるのですが、とっかかりがつかめない。

公共施設の外側でよく鳥が、大きいガラス窓にぶつかって骨折し死んでたりしますが、ちょっとその鳥になったような...確実に相手の方はすぐそこにいらっしゃるのですが、透明の壁があり、とっつきにくい、そのまま行くとぶつかるものがある。またすっと身をかわされてしまう...

まぁなんにしろ、やるしかないジューンさんの言葉を思い出し
オートマティック
ということで、おもいつくままをしゃべりつづけます。
でも、なかなかこれが...難しい。なにかしゃべっても表情もかわらないし、うなづきもなく、
-うっっっっ、ぜーんぶ違っているか-なんて疑いも出てきます。
時々、先生が合いの手を入れてくれたような気がしますが、あれがなかったら、氷原にひとり立ちすくんでいるようで、
-本当にいいのか-なんて疑いと不安で持ちこたえられなかったような気がします。
たぶん、相手の方はコールドリーディングをさけるため、そのような姿勢だったと思いますが、反応があまりないというのは、気持をずっと高く持ち続けるのに大変というか、難しいなぁと思いました。

内容が当たっているかどうかは、あたっているものもあるといったところでした。あまり詳しく言われない方なので、なにがどうとは細かくはわかりませんでした。

そして、ミディアム実習は、
前回のブログで意図として設定した通り、相手のゆかりの霊のことを聞く、と心の中でつぶやき始めたところ、
最初に白いシャツのイメージが...そして、後は右耳でガイドが教えてくれる感じがあり、それをそのまま言う、というスタイルでやりました。
結果的には、白シャツも、なんなのか不明だし、出てきた霊もそれらしいところもあるが違うような...みたいな感じが多く、
すぱっと言い当てる、と言った感じにはなりませんでした。
ミディアム実習も、先生の合いの手でそうかどうか、答えてくれるということで、なかなか難しかったです。

春に◎さんと実習の時は、すっと実習に入り、しばらく言うとそれに対して
なんだかんだ、と自分の言葉の裏打ちのようなことを言ってくれたので、やりやすかったのですが...

あまり反応のない人はやりにくいですね。とはいっても、
デモンストレーションとかで、
そうとうはっきりとしたことを言っても、なかなか手をあげてくれない人がいるとか、またセッションでも、見てもらいにきたのに見てもらいたくないとの念がつよく、見えにくい人がいたり...そうでなくてもこちらのその時の体調、精神状態、またあちらの状況により見えにくい場合があるといいます。

今回はそんないろんな状態でも自分を信頼し、間違ってもよいとし、恐れずに、いやにならずに挑む。続ける、ということだろうと思い、最後まで続行しました。

よくわからんなぁ。こうじぶんでは言ったが、反応がないし、いいのか?わぁ ふっ不安だ...と思っても、やるしかありません。
実際のセッションでは疑り深い人も、寡黙な人も、反応がない人もいると思います。今回の練習はそんなときにも途切れずに続ける勇気、自分に対する信頼感を持て、ということだったと思います。

後から思いましたが、お互いに背中合わせ、もしくはミディアム側が目をつぶる状態でやった時、もちろん相手は全くわからないのですが、後からあたっていることが多かったこともありました。目をつぶった状態と相手の反応が少ない場合と条件はかわらないのですが、このような結果でした。目をあけたことで相手の雰囲気にかえって飲まれてしまったかもしれません。

これはいい経験だったと思います。目をつぶって実習に専念する...そのようなスタイルの方がいいかもしれないぞ。こんどは目をつぶってみるか...

ミディアム実習を始めてちょうど1年が過ぎました。去年の八月から今年の八月までをひとつの円の一回転とすると、一回転がおわり次の螺旋の階段を昇りはじめるところです。

つづく
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2012/8月ミディアムシップ入門ワークに行ってきました

去年の8月にミディアムシップのワークを受けて以来、その不思議さ、少しずつ実感を感じられることにとりこになり、以来アクア講師のミディアムワークは全部出ることにしています。

ことしの春は、見ること、聞くこと、感じることに重点を置いてやりました。しかし、今回のワークは入門なので、ミディアムシップについての説明があったり、また、どれか一つの感覚に重点を置くと言ったことはせず、スタンダードなミディアム実習でした。
が...
今回は初心者の人もいたということにもかかわらず、非常にピンポイント、的を射ぬくようなリーディングが続出。素晴らしい結果となりました。
では、お前はどうだったのか?といわれると、
うーん。うまくいったような、いかないような...まぁ、ある部分は当たりある部分ははずしているといったまだら状の結果でした...どひょーん。

今回、ワークにあたって自分なりにかかせないことを前もって考えました。

①意図を明確にする
-ミディアムシップのワークで、その場の人のかかわりのある霊の情報を聞く。性別、父方か母方か?言いたいこと、メッセージを聞きます-と、自分の意思で霊とのコンタクト、情報の受け取りをするということを宣言する。
②ガイドに助力を頼む、ついでに先祖にも頼む
ガイドが仲介役となり霊の情報をもたらすので、ガイドに頼むのは必須条件
③ガイドが出てきたときのしるしを意識する
④なにか視覚的なシンボルや自分の知っている映像が出てきても思い込みと判断しない

以上です。

今までクラスやワークに出てきて、なかなかはっきりとすべてをつかむのは難しいですが、これらの感覚も、
①はっきりとそうだとくる
②だいたいそんな感じ
③確信はないけどそうじゃないかな
④まったく確信はない
⑤でたらめと思える


その時々により、①から⑤までめまぐるしく変化していると思います。ただ、わかる、みえるといってもそれほどはっきりしているわけでもない場合③以下の場合も多く、そんな時にどこまでその感覚を信じれるか、初心者の凡人の一番最初の関門も、勉強途上の凡人の壁もそんなところにひとつはあると思います。

後から振り返ると、今回のワークではそんなおぼろげなる感覚を信用できるか?まずはそれをそのまま認めて、相手の反応がなくても言い続けれるか?自分にはそんな練習問題が与えられたと思います。

今回のワークでは瞑想では、ガイドにあう。いろんな色のハスの花を思い浮かべる、など。そして、先生の音読を聞いての瞑想も...まぁいろいろとありましたが、出てきたガイドはいつもの人?で、なにかプレゼントは小さいへらのような、手のようなものでした。先生の解説によると手助けしているということだったかな?ちょっとあいまいですが、ガイドが
-いつもいっしょにいる-といっていたので、いつも手助けしているのかもしれません。

ただ、ワーク前のちょっとした瞑想から、さいごの瞑想まで...
白い雪を抱く山々、いる場所も4000メートル級の高地。青い空。そして、一転して緑が生い茂るジャングル、アマゾンの森のような美しい森の中が出てきました。途中では、
ガイドが、
-そう考えるな-とも...
その時ガイドと私は、4000メートル級の高地から、白い万年雪を抱く高い山脈を眺め、ガイドが私の肩に手をまわしていました。私たちはあの白い峰を目指しているかのようでした。

この風景がでてくるとやはり、なつかしく悲しく、つらいような、でもこころがしんと静まり、おだやかさに満たされてくるようです。瞑想をすると昔、旅の途中で見た6000メートル級の山々のことを思い出すのか、それともなにかを暗示しているのか?今もってわかりません。

瞑想が終わり実習です。
つづく
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トンデモ話は奥で繋がる(171) 24.8.26

トンデモ話は奥で繋がる 「第171夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪霊的本性たち ③≫
 
 ★ 惑星紀~①土星紀

 さて、前夜でお話したとおり、リーディングによる歴史観には、
パラレルワールドという弱点がありますが、正確な追究をする
限り、大局的な歴史観については、ある程度固まったものになる
と思われます。

 しかし、神智学や人智学の場合、通常のリーディングの範疇を
超えた、物質的な地球の誕生以前の話から始めているため、
地質学的な根拠も乏しく、全くの空想と言われても反論はできま
せん。

 そのため、西平氏があえて『補論』とし、『自分にも理解できて
いない』
とした心情は理解できますし、全く正直な感慨であると言
えるでしょう。

 無論、その思いは小生にもありますが、シュタイナーの捉えた
世界を理解する上で、『地球紀』に到るまでの出来事は、どうして
も避けて通れない部分なのです。

 以下、その部分のリーディングについて、西川氏の『神智学の
門前にて』
の翻訳本から、地球と人類(といっても現在のそのま
まの意味ではありません)
の歴史を抜粋してみましょう。

 「 地球は、現在の惑星になる前は、別の惑星だった。
  この地球は4つの受肉を経てきている『土星』
  『太陽』『月』『地球』
である。

   『土星』『太陽』『月』『地球』という名は、今日存在
  する惑星を指しているのでは無い


   …太古の『太陽』は惑星だった。受肉の経過の中
  で『太陽』は惑星から恒星の等級に上昇したのであ
  る。

   太古の『月』と名付けられているものも、…地球の
  第三受肉段階
である。
   『土星』は地球の最初の進化段階である。
  ……………………………………………………………

   『土星』上に、既に人間は存在していた。…しばら
  くの間存在した後、『土星』は次第に消えていき、長
  い間、目に見えなくなった。

   そして次に『太陽』として再び出現し、輝きを発した。
  『太陽』も同様の経過を辿り、次に『月』として再び現
  れた


   そして同様にして『地球』が現れたのである。
  …互いに分離した惑星と思い描いてはならない。
  …1つの惑星の、4つの現象状態なのである。
  ……………………………………………………………

   惑星上の存在も、全て、惑星と共に変容していっ
  た。人間は他の惑星上にいたことは無い。地球がさ
  まざまな状態で存在したのである。

   地球が『土星』であった頃は、人間界の最初の萌
  芽
しか存在しなかった。今日、人体は非常に精巧に
  作られているが、土星上にはその最初の萌芽しか
  存在しなかった。

   鉱物、植物、動物は存在しなかった。人間は創造
  の初子
なのである。…『土星人間』は大部分、霊的
  存在
だった。

   …この人間の姿は一種のオーラの卵であり、その
  中に小さな西洋梨のような皮の形姿があり、閉じた
  牡蠣の殻の様な、一種の渦巻きがある。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp110-112
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
  

 細胞分裂中にある受精卵は、途中、幾つかの組織の生滅を繰
り返しながら、次々とその形態を変えてゆきます。まさにそれと同じ
ことが、我々の惑星自体にも起こっているのです。

 神智学等では、その幾つかの生滅の時期を、各惑星の名前をつ
けて呼んでいるに過ぎません。しかも各惑星は、その末期にはい
ったん消え去ってしまう
ようです。

 ★ 惑星紀~②太陽紀

 さて、我々人間は、他の物質体に先駆けて土星に現れましたが、
やがて土星の消滅とともに消えていき、次のステージへと進化し
てゆきます。
 
 「 『土星』はプラナヤの中に消え去り、そのプラナヤ
  の中から『太陽』として再び現れた。『太陽』とともに
  人間も再び現れた。

   しかし、その間に人間は、何かを自分から分離す
  る力
を得た。かたつむりが殻を抜け出るようにであ
  る。

   人間は殻のような形のものを、浮遊する形態とし
  て分離し、進化するために、精妙な素材を自分の
  内に留めた


   こうして、人間は自分から、鉱物界を形成したの
  である。しかし、この鉱物は一種の生きた鉱物だっ
  た。

   人間は『太陽』上で、今日の植物のように、エー
  テル体が加わるように進化
した。人間は『太陽』上
  で植物界を通過したのである。…

   『太陽』上で、人間は植物だった。人間は『太陽』
  の中にあり、『太陽』の身体に属していた。『太陽』
  は光体だった。

   『太陽』は光エーテルから成り立っていた。人間
  はまだ植物であり、
頭を『太陽』の中心点に向けて
  いた。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp114-115
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 まず『プラヤナ』について説明しなければならないでしょう。
(…と言っても、小生が正しく理解して説明をできるのかどうか、甚
だ疑わしいのですが。)

 シュタイナー曰く、

 『 惑星が前段階の受肉の期間を終えて、次の受肉
  を行う間、惑星の姿が見えず、外的な生命を送ら
  ない時期
 』
 
 を言う言葉だそうです。さてこれを、この言葉のまま理解できる方
は、シュタイナーをある程度読み込んでいる方だと推察いたします。

 かく言う小生は、この文章を書き込んでみて、ようやく朧げに理解
した程度ですが、以下、蛇足と薄学を覚悟の上で、少々解説してみ
ます。

 まず大前提として、『惑星』も『意識』を持つひとつの生命体
あって、我々と同じく彼等の『意識』が、惑星の『体』に受肉する
ことで、現世に『生まれる』のです。

 そして、現世での『死』を迎える際、その『意識』は惑星の体を離
、別の世界(恐らく我々と同じ霊界)へ移り、惑星の体は消滅して、
現世には何もなくなります。

 この惑星の『生』と『生』の間の期間をプラナヤと言っているのです。
ちなみに『生』の期間についてはマンヴァンタラと言っています。
(まあ名前は何でもいいのですが。)
 ………………………………………………………………………

 ところで『太陽』の中で人類は、殻のようなものを脱ぎ捨て、自ら
の中に『エーテル体』の成分を加えた『植物体』の段階へと進化
たと言います。

 一方で、脱ぎ捨てられた殻は『鉱物界』となって、別の進化を歩
んでいきます。つまり、鉱物そのものも、その源は人間が産み出
した
ものだとシュタイナーは言います。

 ただし、それは『生きた鉱物』であり、今ある鉱物とは違うものだと
も言っています。シュタイナーはそれ以上言及していませんが、小生
は次のように考えています。

 まず始めに、第138夜の図を思い出してください。我々を含む
ての存在
は、物質界から神界まで間に『4つの体』全てを持ってい
ます。
縮西川各界

 うち『鉱物』は『物質体』以外は全て『アストラル界』より上位にあり
ます。従って、現世では、個々の意思を持って生きてはいません

 ところが『土星紀』の人間は、まさに『物質体』だけで『生きて』
いた言います。しかも、それでいて「霊的」な存在であり、『太陽紀』
に移って初めて、自らの中から『エーテル体』を創り出しています。

 つまりこの時期の人間は、ちょうど植物の種のような存在で、外見
上は生きているように見えませんが、種の中には将来他の『3つの
体』
となるべき要素を宿した状態だったのです。

 そしてそれは、脱ぎ捨てられた『鉱物』も同じ、鉱物達は『4つの
体』の全ての要素を持って物質界に存在し
、動きは無くとも、個々
の意思で生きていた
のだと思います。
 ………………………………………………………………………

 さて、このようにシュタイナーの話す『アーカーシャ年代記』は、全く
雲をつかむような話で、西平氏が説明をためらった気持ちもわかる
と思います。
 
 無論『これを証明せよ』と言われても、我々にはなす術はありません。
しかしその時、我々は第168夜でお話しした、2つの悪癖に陥って
はいけないのです。

 非科学的だと切り捨てるのでも、盲目的に信じるのでもなく
あくまで、菩薩自身から受け取った霊感に従うのです。それが無
いうちは、否定も肯定も早まってはいけません。

 そして、シュタイナーは、このように受け取ったということです。
そこには何の証明も必要とされません。『真理であると認識する故
に語』
ったのです。
 
 以下、しばらく、このことを念頭においておつきあいください。

 さて、次回第172夜は『月紀』の話へと続きます。
( 追伸 )

 中曽根君、我々はそろそろ君の殻を
脱ぎ捨てる時のようだね。

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安ワイン万歳 第5回

 モンテ・ブランコ(赤) <チリワイン>  
縮モンテブランコ赤図
スペイン語で『白い山』を表し、それをかたどったシン
プルなラベルが印象的である。

 ただし、ホームページを検索すると、生産者のサン・ニ
コラ・ワインズ社の紹介に『有名大手生産者の翼下』とし
てあるのには、思わず苦笑してしまう。正面きっては名を
だせないのだろうか。

縮モンテブランコ赤文

 しかし、HPの謳い文句に『バランス抜群』とあるように、
味の方はシンプルにきっちりまとまっており、これで500円
台とは、まずまずの出来である。
モンテブランコ

 評価は上記の通りで、特に、日本酒とビールしか飲んだ
ことがない方で、好みも何もわからないという方には、入
門的なお手頃なワインとしてお薦めである。 
 
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呼吸と、生命エネルギーとチャクラについて

チャクラに関して、ワークや本などで説明を受けると、名前はもちろん、数、場所その他などが、説く人や本により違いがあります。大体が のど、眉間、頭頂部は同じなのですが、それより下について、いろんな説があるので、混乱する人も多いと思います。私もワークの数だけチャクラがあるとは言わないまでも、人により違いが大きいので、なかなかはっきりとこうとは言えません。

自分の覚えのためにも、どんな説があるか、またどんなチャクラが自分自身には-ぴったし-とくるか?そんなことを書いてみたいと思います。

まず、チャクラについて...チャクラというのは目には見えないが-ある-人間の生命エネルギーに関わる部位、器官であろうと思いますが。
人間を肉体のみの存在としてみると、この生命エネルギーからして、-?-怪訝なるものとなります。ですので、ここでは人間は肉体だけの存在ではなく、それ以外のエネルギーに取り囲まれ、それを出したり入れたりして生きているとして語ります。
人間を生かさしめているもの、それはよく宇宙に充満している-気-とか、プラーナとか言われます。カバラでは、呼吸は単に空気を取り入れ、肉体を維持するためだけではなく、呼吸により、生命エネルギー、-気-を取り入れることにより、人を生命あるものといたらしめているとか...

気というのは、生命力とか...命そのものを含んでいるということでしょうか?そういえば呼吸ということばは、スペイン語でrespirar ←「息をする、呼吸する」 espirar←息を吐く ずっと続けると命のおわり
英語で 〔息〕breathing; respiration , 精神、霊spirit
spirit 肉体を越えた次元での活動力としての精神。
   また、元来肉体を備えていない存在も指す。

ラテン語で
「spir」→「息、呼吸」
spirare(息を吐く、吹く、呼吸する、発散する)
spiritus(息、呼吸、風、霊、魂)です。

reというのは、内側にとりこむ、戻す、exというのは外側に出る、出すといった方向性を表すと思います。ちまたでは、よくスピリチュアルという言葉が出てきますが、スピリチュアルということばそのものが呼吸と関係あるのです。ラテン語などの言葉は 呼吸と、肉体を超えた生命力が密接にかかわっていると暗示しているようです。

スピリット、風、霊、魂をあらわす形ということは、まさに呼吸により、人間は生命力ある精神体となりしめていることを古代の人々は感じていたように思います。

この宇宙全体に充満している生命エネルギーを取り込んだり出したりすることにより、我々は生きている。そのエネルギーについてかかわりがあるのがチャクラだと思います。

つづく

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genre : 心と身体

うさぎ

北陸に8月の初旬、行ってきました。

途中でうさぎの里によりました。JTBで宿を頼んだので、指定のところに行くと何かもらえたりします。
今回は、これです。

兎のストラップ
縮ウサギIMG_1489

結構可愛く、いい出来です。

そしてこんなぬいぐるみも買いました
縮ウサギIMG_1486
ピンクの兎です。
お部屋に飾ると結構ピンクがはえます。気に入っています。
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去りゆく夏

昨日、南信州にドライブに出かけました。
昔は、下道を半分走ったりして高速代を浮かすことを考えてましたが、歳をとり、長々と走るのはつらくなってきました。高速をずっと一台も追い越さず、松川インターで降りるころには、道路から赤く色づいたりんごがちらほら...
-わぁ!りんごだよ。-

自宅を出るとき、リンゴ園に電話をしました。
-さんさ...いっぱいありますよ-と言われた通り、リンゴ園の売店の右も左も赤いリンゴ、半分青いリンゴが実っていました。

りんご、ブルーベリーなどをしこたま買い込み、車に乗り込むとき空を見ると青い...
心なしか自宅で見るよりも青く、澄んでいる...

やっぱり信州は低地より早く秋が来ているのか、と思っていたら、最後に寄った元善光寺の登り階段のところで、
つくつくほーし、と蝉が鳴きはじめました。

はぁ、ツクツクボウシ?
友人が
-早いんだねぇ。もう、つくつくぼうしが...-と言いました。
手を清める手水鉢の水は澄みわたっていて、透明さが際立って見えます。そこにかかる午後の光も幾分和らいでいるかのようでした。
そして、空を見上げるとやはり青い。懐かしいような青の一色塗り。
午後の日差しは信州でもきつく、暑い日でしたが、空を見ると、どこかで夏がばいばいと手を振っているような気がしました。
夏の終わりのきれいな青は、その年の夏からの-さよなら-レターかもしれませんね。季節のさよならも少しだけさみしさを感じます。
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信州で果物を買ってきました。

毎年、りんごを買いに信州まで行ってます。
8月にでてくるさんさはさくっとして酸っぱさも甘味もあっておいしいです。りんごに限らず果物には時期というものがあります。さんさはとにかく早めに買いにいかないとなくなってしまうので、友人と出かけてきました。

地元のりんご園でりんご、プラム(貴宝)、ブルーベリーを買い、その後その辺を走っていたら、無人販売に遭遇しました。


縮くだものIMG_1495
↑プラムは大きいです。ぶどうも大きめですよ。りんご、なしは普通サイズです。

なんと、りんごが一袋◎百円...とっても安い。
ブドウ、梨も、というわけで買ってしまいました。

というわけで、今日は、果物ばかり買ってしまい、ちょっと多かったかと少しばかり後悔しましたが、やはり、とれたての果物はおいしく、家族も大満足でした。
帰りは元善光寺の戒壇めぐりで、ぎゃー、わーと大騒ぎの友人に、えらそうに、ああだこうだと言って歩いていたら壁にぶつかったり...

おもしろかったです。南信州では、だいち というところで栗拾いもできるということをおみやげやさんで聞きました。こんどは栗を買いたいと思っています。
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咳とのどのいがいが

5月ぐらいから胸の中心-気管だと思う-から咳き込むことが多く、気がついたら、のどがざらざらして咳き込むようにもなっていました。
子供のころから冬、寒くなり乾燥してくると、寝床に入って寝入るまで咳が出てしまい、家族を起こしてしまったり...でもとめたくてもとめられない。別に風邪を引いたわけでもなく、ただ、空気が喉を通過するときに空気が気管の毛にひっかかるような感覚があり、咳がよくでました。

気管支が強くなかったのです。

暖かくなるとなくなつていたので、冬だけのものと思っていたら、5月暖かくなってきたら、咳が時折出る。胸の真ん中気管がざわざわしているかと思っていると、のどにも空気がひっかかる感じ。

でも、寝る時でなく、本を読み始めたとき、食事の途中、寝ていてふと目が覚めたとき...いろんな場面で咳き込むことがあり、
今月ご飯を食べようとして、食べ物ごと咳き込みました。
あきれる家族...だんなが、
-よくものをかんであわてず食べよ-と言ったと思います。

ちっ違うんだ。
実はこの頃咳が出ると、はっきりと言えなかったのですが、言いました。
咳が出てきてしまったんだ、と涙目で旦那に言ったところ⇒医者に行くようにと何度も言われ、内科の診察でも訴えましたが
-咳止めをだしましょう-と喉も見ず、聴診器も当てず、言われました。この医者はだめだとね自然回復を待つも、なかなか治らない...

その後、胸のもやもやは緩和したのですが、まだのどの違和感、咳が何度も出て、
子供に-おかしい-と言われる始末。
-最近咳が多い-とも。

5月末の驚愕体験で、4科にわたって検査をしましたが、こんどは咳が止まらない...

耳鼻科で内視鏡を通して見てもらったところ、
これも、のどや気管には異常なしと、言われました。

Drが言うに更年期の人にある症状で、精神的なものだと言われました。子育てに翻弄される時期も終わり、体のことが気にかかりすぎたりするそうです。のどなどは敏感なので、そんな気がかりだけでごろごろしたり咳が出たりもするそうですが、自分としてはそんなにやわではないと自負していたので、ちょっとショックでしたが、実際はどこも悪くないといわれればまずは一安心です。

しかーし、更年期、それも精神的なもの...こんなこと初めて言われたよ!
でも、そうかもしれません。先生によると、のどに梅干しが詰まっているくらいの感覚を訴える人もいるとか...

このノー天気な私が精神的なものが原因の疾患にかかるとは...びっくりですが、更年期というのは本人も気づかないほどのデリケートさが体に現れるときかもしれません。
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トンデモ話は奥で繋がる(170) 24.8.19

トンデモ話は奥で繋がる 「第170夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪霊的本性たち ②≫
 
 ★ アーカーシャ年代記

 さて、西平氏は、現在の『地球紀』に前後する7つの時期につい
て、シュタイナーがその源泉としているものについては、(恐らく意
図的に)
言及していません。

 しかし、度々紹介してきた西川氏の訳による『ルカ福音書講義』
によれば、過去の出来事の唯一の源泉は『アーカーシャ年代記』
であると、シュタイナーは言っています。

 「 過去の出来事についての霊的探求には、一つの源泉
  しか無い
というのは本当です。源泉は、外的な文献の
  中にはありません。
  (…中略…)

   不滅の年代記、アーカーシャ年代記の中に読み取る
  ことのできるものが、私達の霊的探求の源泉なのです。
  (…中略…)

   超感覚的な世界に参入した者は、アーカーシャ年代
  記を読むことを、次第に学んでいきます。アーカーシ
  ャ年代記は、普通の書物ではありません。

   皆様の霊眼の前に、一連の出来事が繰り広げられる
  と考えてください。ローマ皇帝アウグストゥスの行為が、
  霧のように、皆様の目の前に現れると考えてください。

   当時起きた事の全てが、皆様の霊眼の前に現れます。
  そのように、霊的探究者の前に、様々な事象が現れて
  来ます。」

  (ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書講義~仏陀とキリスト教』
 p21《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 つまり、リーディングの世界ではエドガー・ケイシーを始め、多
数の霊能力者がその存在に言及している『アカシック・レコード
と考えてよいでしょう。

 西平氏は、自分の学者としての立場もさることながら、このこと
に言及することが、シュタイナーが一般の霊能的カウンセラー
同列に見られてしまうことを懸念したのかも知れません。

 ★ リーディングの限界

 さて、やや脇道にそれますが、ここでアカシック・レコードを拠り
所とした、過去や未来のリーディングの確かさについて、少々
考えてみたいと思います。

 よく、同じ個人の過去生や歴史的事象をリーディングしても、
視者によって全く違った結果になってしまう
ことがあり、それ故、
いい加減な印象を与えてしまうことがよくあります。

 一般の方にしてみれば、能力の差異により、つかんだ印象に多
少の鮮明さの差があるのは仕方の無いとしても、同じ事象を探究
して、全く違うというのは合点のいかない所でしょう。

 しかし、数々の優れた霊能力を発揮したエドガー・ケイシーでさ
え、第二十三夜でも述べたように、そのリーディングによる予言が
外れる度、否定論者の格好の論拠にされています。

 この点について、シュタイナーは、このようないく違いが生じる一
番の原因は、我々が物質体、エーテル体、アストラル体、自我
の4つの構成要素の集合体であるから
だと説明しています。

 「 しかし、アーカーシャ年代記を読むのは、物質界
  の出来事を見るのとは違って、容易なことではあり
  ません。
  (…中略…)

   現在生きている人を考察して、『この人の自我は、
  前世ではどこにあったのか
』を知ろうとするなら、
  神界を通って、その人の前世に到らねばなりません。

   どの自我が輪廻転生を通じて、その人に属して来
  たのかを、はっきりさせねばなりません。

   複雑な方法で継続する自我を、地上の様々な段階
  と結びつけなくてはなりません。

   その自我が、前世でどの身体に受肉していたかを
  探究するとき、非常に誤謬に陥りやすくなります。
  (…中略…)

   物質体エーテル体とでは、全く違った流れを辿
  っているように、アストラル体独自の系図を有し
  ています。ですから、

   『 エーテル体は、ある全く別の個人の再来であ
    って、その人の自我が前世で受肉した人物の
    エーテル体と同じなのではない 


  と、言うことができるのです。
  (…中略…)

   誰かを霊的探究の観点から、完全に理解しようと
  するなら、その人の祖先の事を調べたり、その人の
  エーテル体の由来、アストラル体の由来を調べたり
  するだけでなく、

   物質体、エーテル体、アストラル体、自我の4つ
  の全てがどのような道を辿って、現在1人の人物に
  結びついている
かを、完全に調べなくてはなりませ
  ん。
  (…中略…)

   霊視者や秘儀参入者の観点から、人間であれ、他
  の存在であれ、世界の現象について語ろうとする時
  には、非常に込み入った状況に出会う、という事が
  お分かりいただけたと思います。」  
   
  (ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書講義~仏陀とキリスト教』
 pp22-26《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 つまり、その人の過去を見ているつもりでも、それが4つ要素の
どれに当たるのかを、常に注意して見てゆかないと、全く別の要素
の歴史や過去生と繋げてしまう
ことになるのです。

 ですから、その部分を見る霊的能力がいくら優れていても
意力や整理力を常に働かせている必要
があり、その部分が弱い
場合は、正確なリーディングが出来ない訳です。

 ★ 過去・未来の歴史

 もう一つ、過去や未来の歴史の確かさについてはどうでしょうか。
これについては、小生はまだ、シュタイナーの解説に出会った事は
ないので、小生なりの考え方をお話ししてみます。

 さて、歴史と言っても、自然界の大きな変動もあれば、人間が織
り成す人為的な歴史
もありますが、まず、後者の人為的な歴史か
ら考えて見ましょう。

 少々話が飛びますが、小生の乏しい『外国小説の読書歴』の中に、
トルストイの大作『戦争と平和』があるのですが、この小説をトルス
トイは、あるテーマを持って書いています。

 作品は、ナポレオンが台頭し、ロシア遠征に失敗するまでの期間
を通じて、戦争の時代に巻き込まれながら、多くの登場人物が織り
成す人生を、実に詳細に描いています。

 岩波文庫4冊で約2千頁強のこの大作を読み終えた後、薄学の小
生は、この小説のテーマを月並みにこう考えました。

『人間は、歴史の大きな流れに翻弄される生き物である。』と。

 ところが、『あとがき』には、トルストイ自身のテーマが解説されて
いました。そこには、『歴史はどう創られるのか』というテーマに
対し、小生とは正反対の洞察が載っていました。

 トルストイ曰く、

『 歴史とは、少数の英雄的存在によって創られるものでは
 無く、無数のひとり一人の繋がりによって動いてゆくもので
 ある』
と。

 つまり、小生がどこかの書店で一冊の本を買ったことさえ、
めぐり巡って、世界の歴史の流れを変える出来事の一つに
なる
という事を、長く詳細な物語に託して表現したものなのです。

 これを、もう少し霊的観念から捉えて見ましょう。第137夜
第141夜でお話ししたように、我々は、霊界で自らの人生の設
計図を創り、その実現のため現世に転生
して来ます。

 また、第138夜でお話ししたように、転生すべき現世が、設計
した人生を送るために適したものとなるように、動物霊や植物霊
と共同して、地球の環境を変える作業
もしています。

 とすれば、前者の『自然界の大きな変動』でさえ、我々を含め
た、地球を舞台とする全ての霊的存在の総意によって、少し
ずつ変化していると見ることもできます。

 つまり、我々が生きてゆく環境も人生も、我々自身が霊界に
いる間に用意したもの
であり、その総和が現世の歴史である
と言うことができます。正に我々自身の意思が歴史を創るのです。
 ……………………………………………………………………

 さらに、もう一つ『時空』について考えて見ましょう。現世では、
我々は『時間』も『空間』も『切り離せない唯一共通のもの』
で、遠く彼方まで繋がったものとして認識しています。

 しかし、そもそも『空間』とは、主に分子の波動を、我々の視
覚が、色や形として認識している
ものに過ぎません。仮に空気
を『黒』と認識したなら、全く暗闇になるかもしれません。

 『時間』についても、我々が存在しているのは常に『現在』の一
時点で、ほんの数秒たりとも『過去』や『未来』に身を置ける
わけでは無く
、どちらも概念上の時間でしかありません。

 つまり、我々人間が認識できる『時空』とは、人間としての感覚
の世界に制限された、限られた1時点の空間に過ぎません。全
て繋がっているというのは、概念で思っているに過ぎないのです。

 例えば、第134夜でもお話ししたように、スピリチュアリズムの
基本である、自分自身が宇宙と繋がろうと意識する際には、我
々にとっての空間は、視界に入る球形の空間に限定されます。

 これを一歩進めて考えれば、我々自身にとって、自分が今存
在している(と錯覚している)空間
こそが、自分自身の個々の
空間であって、それ以外の空間は自分の空間では無いので
す。

 世界を飛び回っている商社マンにとっては、全世界が自分の固
有の空間ですが、自分の地域に閉じこもって生活している人にと
っては、その地域のみが空間の全てです。

 そして、その空間は、そこに参加している個々人が、霊界で予
め設計してきた意思の総和として存在しています。反対に、そこ
関係しない人達にとっては『存在しない』空間なのです。
 ……………………………………………………………………

 ここに『時間』の観念を追加して見ます。地図上では同じ地点
であっても、『現代』を選んで転生した人達と、『江戸時代』を
選んで転生
した人は、違う『空間』を生きていると考えてみま
しょう。

 すると『時間』と『空間』は、当人が転生することを選んだ環
境を特定する一つの『地番』
に過ぎず、我々は、そこで出会う
人々とのみ、特定の『時空』を共有
していると言えます。

 つまり、我々の現世は、ただひとつの時空では無く、精妙に調
整された、個々人の時空の集合体である、と考えるのです。

 そして、その『全ての時空の地番』が『アカシック・レコード
に載っているとすれば、霊視者は、特定の個人のいた『時空』
を検索することで、そのビジョンを霊視することができます。

 そのように考えれば、『過去の地番』にいる個人の霊視について
は、4つの構成体を注意して見分けさえすれば、ある程度一致し
たビジョンが見られるはずです。

 何故なら、過去の『地番』に参加する個々人は、タイムトラベ
ラーでもいない限り既に決まっており、事前に彼等が用意して
霊界での『設計図』も、ほぼ確定し更新されることが無いから
です。

 実際には、個々人の『設計図』は、『顛末記』のような形になって、
第135夜で述べた『思い出のタブロー』となって『アカシック・レ
コード』に引き渡されるのでは無いかと、小生は思います。

 ★ タイムワープと放射能

 同じように考えれば、『未来の地番』についても、現在霊界に住
む霊的存在が、日々未来の『設計図』を用意して、『アカシック・
レコード』に書き込んでいると思われます。

 このように、全ての個々人の時空が『アカシック・レコード』上
にある
とすれば、第五十三夜でお話した、数々のタイム・ワープ
現象についても、その説明がつきます。

 通常、我々は現世の『時空』こそが唯一の時点であると錯覚して
いますが、あるきっかけで『3次元』の制約から解かれると、『ア
カシック・レコード』上の違った『時空』へ飛ぶ
のです。

 また、霊能者のリーディングによる『予言』も、未来の『設計図』
のビジョンを見る能力があれば可能でしょう。
 しかし、問題点が一つあります

 まず、未来の『設計図』に参加する個々人は、その時点で確
定していない
ことです。

 その『地番』に参加しようとする人々が日々変動した場合、その都
『設計図』が変更される可能性があります。
 
 そして何より、今現在、現世を生きている我々が、地球環境を
直接に変容してゆく
ため、『設計図』の出発点が、日々刻々と変わ
ってゆき、直前までのシナリオが大きく変わったりするでしょう。

 ここで、直前までの『設計図』が消滅すれば問題は無いのです
が、第135夜でお話ししたように、霊界では『全ての思考は生き
ている』
とシュタイナーは言っています。

 もし、直前のビジョンも行き続けるとすれば、霊視者がこちら
のビジョンを見る可能性
があり、小生は、これが俗に言う『パラ
レル・ワールド(平行現実)』
の正体では無いかと思っています。

 そのため、未来の『予言』は、前の時代であればある程、この
り消されたビジョンを霊視する可能性
が高くなります。それがあ
まり変わらない場合もあれば、全く違う場合も起こって来ます。

 そして、これと同じことが『過去の地番』に対しても起こりうる
とすれば、過去の霊視の際にも、既に取り消されたビジョンを見て
しまう可能性があるのではないでしょうか。

 逆に言えば、霊界で決めつつある『未来の設計図』も、現世を
生きる我々の行動次第で、変わってゆく
のです。江原氏がよく
言っている『宿命は変えられないが運命は変えられる』です。

 そして今、その法則に従って、最も行動を起こすべきなのが、
我々が誤った利用を続けている『放射性物質』からの脱却では
ないでしょうか。

 放射性物質は、もともと地球の奥深くに存在し続けるべきで
あった、惑星のエネルギー源
を、その制御方法もままならぬま
ま、地上に掘り出してしまったものです。

 プルトニウムに到っては、我々の寿命の2百倍の年月に渡って、
放射線を出し続け、200代先の子孫の自然環境までも変えて
しまう
物質です。

 『除染』を喧伝する人達もいますが、『放射性物質』から『放射
能』を無くすこと等できません
。いくら洗い流しても、被曝する確
率を下げるかわりに、被曝の可能性のある範囲を広げてしまう
だけ
なのです。

 今、我々がすべきことは、これ以上の汚染地域や汚染物質を出
さないよう、地球規模での対策を取ることです。そのためには、
『原発0%』は当たり前の判断なのです。

 もちろん、今は放射線とは全く関係の無い『地番』に生きて
いる方
もあり、自分の人生では、何の関わりも無く余生を送る
『設計図』を持っている方
も多いと思います。

 その人達にとっては、関わらず、ただ状況を見守るという選択
肢もあるでしょう。しかしそれは、同時に、放射能が『未来の設計
図』 をどんどん変えていってしまうのを黙認する
ことです。

 少なくとも、我々の手でこれ以上の『放射性物質』を増やさな
い選択
ができるのに、それをしないのは、第156夜でお話しした
自己中心的な思念を来世に持ち込むことにならないでしょうか。

 今、現世にいる我々の現世での意思が『未来の設計図』の行
方を大きく変革できる可能性
を秘めていると小生は思っています。
それには、できるだけ多く人の意思が関わることが必要だと思う
のです。

 さて、次回第171夜はまた本題に戻ってお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君の思念だけは
『未来の設計図』には載せたくないね。

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最後に大宮売神社による

今回は、スピリチュアルなパワースポットの評判の高い真名井神社、皇大神社等を訪れてみました。
古い、倭姫の言い伝えのある神社などと期待を持って出かけたわりには、あまりなにも感じることもなく、肩透かしを食らった気がしましたが...
また、違った人には、すばらしい神気が感じられるかもしれません。

あまり心に響くところはなかったと、帰り道...とある神社に寄りました。
丹後のパワースポットめぐりに行く人にはそれほどなんということもない神社。しかし、本当は非常に古い歴史を持ち、遺跡でもある場所です。

大宮売(め)神社です。帰り道に神社があるということでちょっくら寄ってみたところ、神社の前に並木道があります。
縮天橋立旅DSC01174


なんともすっきりとした明るさがあって、気持ちが良いです。

いいところだなぁと、駐車場に車を停め、トイレに入ったら、これが、きれいで新しい。いつも清掃をしているのだなぁと奥の方に目を向けると、神社の一角で地元の人がなにやら物を出しているのか、集まって作業、話し合いをしているようです。

久しぶりに地元の人が実際に神社で作業したり、お参りしたりしている姿を拝見しました。
ここは、実際に今も、お祭りが行われているのだなぁと感じました。トイレも綺麗だし、散歩しながらおまいりしている人もいる...

縮天橋立旅DSC01173


本殿にお参りし、看板で御祭神を確認したところ、
織物と酒造を司る大宮売神(おおみやめのかみ)、食物・穀物を司る女神である若宮売神(わかみやめのかみ、豊受大神)の二神を祀っているようです。大宮売神は天鈿女命であるともされるようで、技芸の神です。

ここは、このような神の名がついていますが、当地では、古い古代からまつりごとをされていたようで、境内そのものも祭祀遺跡(大宮売神社遺跡)となっており、既に勾玉などの遺物も発見されているとか...

縮天橋立旅DSC01171


有名ではないですが、古さの中に、ずっと今でも続いている人々の信仰、畏敬の念に、なんとなく、ほっとしたやすらぎを感じました。神社というのも一般の人々のうやまう心があってこそですね、
アメノウズメさんにはそれほど思いいれはないですが、すっきりとした境内、きれいなトイレ、並木道の気持ちよさに、この旅で見つけられなかったものがあったような気がいたします。

大宮売神社のトイレの神様...
ありがとう。♪



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ジューンさんのワーク⑧ 実際にやってみたオーラグラフ、ソウルグラフ

やっと実習についてです。

画用紙に簡単な人の形を描き、その上にぱっとひらめいた色を上乗せしていく...
ただ、それだけです。

あ、その前に相手の方と手を合わせ(左右上下反対方向)下向きの手からエネルギーを出し、相手に感じてもらいます。
今回は、お互いに左手が上向き右手が下向き...でやりましたが、この手を組むときに、
下向きが出すのか?上向きが出すのか?あれあれれ?と少し戸惑ったりして...

大体手から何かを出すとか、あげるとかというと手を下に向けて出したりあげたりすることが多いかと思います。ところが、この実習では下から火山のように出す。噴出するといった感じでした。また右手、左手と出す手を指定されなかったので、左からにたまたまなりました。
のこぎりでも、西洋人は押して、日本人は引いて、と違いがあるので、手のむきもちょっと戸惑うのだろうと思いましたが、このワークの後、

手が、疲れる、痛い。重いと一週間ぐらい手の倦怠感におそわれてました。
これは、もしかしたら、この時の手の方向、出す手の違いによるのでは?なんて考えてます。自分には、右手を下向きにし、右手から出す。左手を上向きにし、左で受け止める...そうするとよかったのではと思っていますが、やってみなければわかりませんね。また、疲れたのは違う原因があるのかもしれません。あまりにも力みすぎたせいかもしれませんが。

そして肝心なのが、
意図です。もぅ、ワークからちょっとたってしまったので忘れましたが、

相手のことを教えてくれ、と頼んだり、
質問を霊界に向かっていくつか投げかけることをする。自分が相手のオーラを読むことにより、なにを知りたいか、明確に明らかにする。→意思を鮮明にするということが大切だろうと思います。

そして描きだしたら、躊躇しない。とにかくでたらめでもよろしーと不安、ためらい、よく描いてやろうとか失敗したくないとか、そんな気持ちは捨てる。どうにでもなれと、恥もなにもかもかなぐり捨て、
描く

そのためには、ジューンさんの言葉を信じ、速く描けといわれているので、そのまま、はやくどんどんパステルで描いていく...


そんな感じで描いてみました。
いい悪い、やれているかいないか?などのことを捨て、描いただけあって、なんともいろんな色の混じったオーラグラフ、ソウルグラフとなりました。

そして描いた後に、それを見ながら相手の方の状況、内面、その他をリーディングしていきます。

これが、やってみたら、いける。やりやすい。すごい。自分で描いた
いろんな部分のいろんな色を言っているうちに、すらすらと相手の方のことが言葉として出てきます。
そして、相手の方も私のことをいろいろと言ってくれますが、
これが、あまり知らない方なのに、
あたっている...

オーラグラフ、ソウルグラフ、うまれつきの霊能者でないものにとって、目に見えない世界へと繋がるすばらしいツールだと思います。普通の者でも、オーラグラフを描くことにより、左脳の動きが抑えられ、いつの間にか、創造の泉、この三次元以上の世界と通ずることが出来るのでしょう。


ワークの後、ジューンさんのタイムトラベルワークの誘いがあり、行きたくなったのですが、その後、体と手が異様に疲れてしまい、いけなかったのが残念です。

ジューンさんシリーズおわり
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ジューンさんのワーク⑦ ひらめきからオートマチックに描き始めること。オーラグラフ

右脳、左脳の話はつきることがありません。
よく右は創造的、左は分析的と聞きます。ジューンさんは左は一つしか出来ない、しかし、右は一回にいくつものことをする、と仰います。
左は自己エゴ恐れなどをもっているが、右は全体に繋がっており、より、ホリスティックなのだ、と言います。

そんな説明の合間、
みんなに、やってみろと言われたのが、
右足を左回り、左足を右回りなどの各足で逆周りに回してみるということです。

これが...できない。ちょっと回ったと思ってもすぐに、同じ方向に足が回ってしまいます。

これが上手く出来る人は右脳の働きが良いとのことだった気がしますが、わたしは全くダメでしたよ。

ここからは実際のオーラグラフ、ソウルグラフをするときの説明だったと思います。

まずは繋がりたい霊を選ぶということ。それには、
-この人は◎◎といいます。私の◎◎です-こんな感じだけ、言うそうです。

そして、肝心の受け取りは、
①ひらめき、インスピレーション
②自動的に話させられる?

ちょっとこのことは今書いているとちょっと?ですが、
よくある芸術家がひらめいてささっと書いているのはインスピレーションだということでした。そして、凡人は、②の自動的、といった形がよいのだということでした。

オートマチックということは、何も考えずに、とにかく書き出すということということです。
書いてから後、意味がわかるということです。
 
このオーラグラフというのは、
とにかく、オートマチックということを開花させたいということでした

バステルを選び、
-書きます-と意図し、書き始めるのです。

とにかく、オートマチックに、速く、書き始めるのです。考えなく、とにかく描く、描きまくる。

なにを見て描くかではなく、描いた後に、なにを受け止めれるか、何が見受けられるか?そんなことが重要だそうです。練習すれば上達するとも...

というわけで、実習に入りました。

つづく
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ジューンさんのワーク⑥霊視、霊聴...食べ物の影響など

ハートセンターで感じるということ。感覚で伝えてくるということもあると、言います。
これは、先回のミディアムワークで、クレアセンティエンスについて学んだことと同じようなことです。

ハートチャクラで、感情や感覚をそのまま感じるということでしょう。

また、それから話は喉のチャクラの話に移りました。ミディアムはハートセンターで主に機能しているのだが、のどはもっと素早いし、もっと繊細であると言われます。
先ほどの足引きずる人の場合だと、
-足を骨折した-ということが聞こえてくる、と言われました。

これは、自分の体験からそうだなぁと思えます。私もミディアム実習で右耳にだっーと語りかけてくる感じがありました。これはとても早く、スピードがあったと思います。
また、なんの感覚か聞き取れませんでしたが、匂い、霊的な匂いを感じることもあるということです。

また、視えるということでしょうか?クレアボヤント、クリアシーイングというのは明晰な視覚だということです。メモリーシーイングとは違うということですが...
クレアボヤントは、第3の目を使うと思いますが、第3の目を使うとホログラム的に見えるということです。浮き上がって見えるそうです。3D映像のように立体的に見えるということでしょうか?ちょっとわかりません。

それから、第3の目を機能させるには、松果体が健やかな時のみ機能させることができるとのことです。そのためには食べ物に気をつけること。動物脂肪のものとか、精製されたものは松果体を固まらせるとのことも言われました。そのようなことは本などでも書いてあることもあります。やはり、食べ物はチャクラに影響を与えているのですね。自然のものがよいとは、目に見える肉体だけでなく見えないチャクラその他にも大いなる影響を与えているからでしょう。
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ジューンさんのワーク⑤具体的なイメージから...

ジューンさんは具体的に説明します。
スピリット(ガイドなど)が送ってきた情報というものがあります。受け手はその情報が見えているわけではなく、例えばおばあさんのイメージ、像が見えたと思っても、それは、ガイドが-おばあさんのような-情報を送ってくるのだ、と言います。

すっと頭、心によぎるイメージ...そのもとは自分ではなく自分へのガイドからの情報である、といったことでしょうか。

またも、一例をあげます。
例えば足を引きずるおじいさん、のイメージ、像があるとします。
足をひいているというのは、ダイレクトにそのまま受け取れます。しかし、なぜ足を引いているのか、足のけがか、靴の中に石が入っているのか?なんなのかはそのイメージからはわかりません。

そこで、ジューンさんはイメージそのままをいうことを強調します。足をけがしたとかは真実でもなんでもないと言います。

イメージはガイドの送ってくれるままそのままに意味があるので、仲介者のミディアムなどは自分の解釈で真実を曲げてはいけないということでしょうか?
うーん。このことは半分納得で半分不可解でした。

ガイドなどのスピリットが情報を与えてくれるということはわかります。ガイドから情報を得、それを伝える...それはもっともです。自分のサイキックなレベルだけではミディアムシップはできないと教えられているし、ミディアムシップの練習でもガイドに協力を頼むのが定番です。

しかし、そのままり画像だけを伝えることも大事だが、その画像にこめられた送り手であるガイドと受け手のミディアムとの符牒のようなものがあるのでは?たとえば、足が悪い、引きずっている-像-があればあるミディアムにとっては困難の象徴であり、あるミディアムにとっては文字通り、足のけがに気をつけろとの印だったり...
シンボルとしての解釈はできないのだろうか?

また、足をけがした?などと疑問形で言ってもいけないということは、ちょっと難しい気がいたします。実際には、もっと解釈が挟み込まれたりするのでは?と思うのですが、このあたりはちょっと不可解でした。

つづく
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ジューンさんのワーク④ ハートセンターとメモリーシーインク

チャクラの説明でハートチャクラは、トップとボトムとふたつにわけられるとの説を聞きました。
トップとボトムで波動のスピードが違うとのことです。
トップはミディアム的な感覚を受けるとき、スピリットを感じる感覚であり、ボトムは波動のスピードが遅く、周りのエネルギーやお互いのエネルギーを察知できるのだ。=サイキック、などとも述べられました。

ハートセンターが見えないものを見ているとき、(形而上学的ワークの時)
メモリーシーイングで記憶を見ているときもハートセンターは動いてるとおっしゃいました。これは、スピリットとコミュニケーションするときに、知っているものをひきだしてくるということで、見たことのあるもの、体験したことのあるものを引き出してくるということあるとのことです。
これらのことはゼスチャーゲームのようなことでもあると、おっしゃいました。

ハートセンターが働いている人は視えているのではなく、スピットがあたかも視えたようにみえる情報を送ってくるといことでしょうか。

これらのことを聞いているとなるほどと思われることしきりです。
スピリチュアルな学びをするときによく言われることは、ミディアムとサイキックは違うということです。非常に大雑把ですが、サイキックは自分の感覚を使っているのですが、ミディアムは、自分の力のみで視えていたり、聞こえているのではなく、ガイドに教えてもらう...ということをします。
やっている本人でも感覚の差異は分かりがたいところもあるとはいえ、ミディアムはスピリットとコミュニケーションをする場合に、仲介として自分のガイドなどに立ち会ってもらい、情報を伝えてもらう、ということをするのです。
自分の感覚ではなく、他の霊、エネルギー体、スピリットとコミュニケーションするとき、この、ハートセンターが働き、動いているとジューンさんは続けます。

確かに、ミディアムとして霊のことをみるためには、ハートで感じることが重要だと、日ごろいわれております。


続く
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トンデモ話は奥で繋がる(169) 24.8.12

トンデモ話は奥で繋がる 「第169夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪霊的本性たち ①≫
 
 ★ 地球と太陽の分離

 キリストの本性については、第153夜以降で度々お話ししました
ように、シュタイナーは、通常の物理的感覚では捉えられ無い『太陽
の本性』
だといっています。

 そして、私達自身も、多くは無自覚のまま、一部は間違った期待を
持って、『太陽の本性』が我々の前に姿を現す事を『再臨』として待
ち望んでいます。

 しかし、一体、何故私達は『太陽の本性』を待ちわびるのでしょ
うか。…こう書くと、読者の中には、『私はキリスト教徒では無く、そん
な事とは無縁だ』と言う方も、少なからずみえると思います。

 しかし、本来『キリストの本性』は『キリスト教徒』に限定されるような
ちっぽけな存在ではありませんし、シュタイナーは『キリスト』という名
称さえ、別の言葉に代えてしまってもよいと言っています。

 さて、これ以降にお話しする事項は、シュタイナーの話の中でも、相
当に『(原義としての)オカルト的』な部分です。しかし、これこそが彼
の伝えようとする、我々の住む宇宙の原理の部分です。

 それ故逆に、これらの話をすんなりと容認できるのであれば、今まで
で小生がくどくどと説明してきたことは、蛇足に過ぎないと言ってもよい
と思います。

 それでは「キリストの本性」と題された部分から抜書きして見ます。

 「 地球紀における精神の進化をめぐる観点を理解するた
  めに、思い出しておきたい事があります。地球紀の初め、
  地球はまだ太陽と一体でした。

   その後、太古の或る時点で、太陽と地球が分離しまし
  た。もちろん、神智学徒なら分るように、地球物質と太陽
  物質の単なる物質上の分離だけを問題にしているので
  はなく、

   物質としての惑星と結びついた神霊存在たちが別々に
  なった
のです。

   地球と太陽の分離以後、地球には一定の霊的存在たち
  が、太陽には別の霊的存在たちが結びついていました。

   太陽の霊的存在たちは、地球紀の状況を超えて進化を
  遂げた
ので、更なる進化を地球で遂げることができなく
  なったのです。

   このように、或る種の霊的本性たちは地球と密接に結
  びついており、他の本性たちは太陽と結びついて、太陽
  から地球に作用
を及ぼしました。

   ですから、太陽の分離以後、2つの舞台―地球上の舞
  台とそこに現れる本性たち、太陽上の舞台とそこに現れ
  る本性たち―があるのです。

   高次の領域から人間のために働く霊的本性たちは、太
  陽と共に地球の外に舞台を移した本性たちです。

   そして、太陽の舞台に現れるこの本性たちが、時に応
  じて地球の人類と結びつき、地球紀と人類のために進化
  を導いてきたのです。

   諸民族の神話の中に、繰り返し『太陽の英雄』(日の
  御子)』の事が出てきます。それは、霊界から人類の進
  化のために働きかけてくる本性たちのことです。
 
   そういう太陽本性に浸透されている人は、外見上より
  も遥かに偉大な存在です。外観は幻影であって、その背
  後に本来の存在
が生きているのです。

   そういう人物の本性を窺い知ることのできる人だけが、
  この偉大な存在を予感できるのです。」   

  (『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
 pp297-298《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)


 ★ 西平氏の『補論』

 いきなり「地球紀」という言葉が出てきすが、これは単に、現在我々
が住んでいる地球の歴史では無く、地球が存在する以前からの人
類の霊的進化のステージ
の一つです。

 もっとも、この手の話は、シュタイナーの思想を伝えようとする研究
者の多くが、読者の辟易する顔、そして何より研究者自身が変人
視される
危険性を恐れ、正面きって紹介する人は少数です。

 実は、第131夜以降で幾度か登場いただいている西平直氏も、そ
うした危険性を躊躇するように、あえて『本論』では紹介せず、巻末に
『補論』として乗せています。

 これを読んでみると、自らの立場を持ち崩さないよう、慎重に言葉を
選んでいる様子が伺えますが、それ故、エッセンスだけが簡潔にまと
められています。

 「 どうやら、シュタイナーが『神智学概論』の中で最も力
  を入れたのは、この部分
であったらしい。

   その大切な所を『補論』に回すのは申し訳ないのだが、
  実は、ここもまた、私には、十分に理解できない所なの
  である。
  (…中略…)

   人間を構成する4つの要素の進化が、地球の進化と
  密接に関連している
と言うのである。

   地球の進化といっても、普通に考えられている、地球
  46億年の歴史では無い。

   シュタイナーによれば、
  『物質存在としての地球は、ある霊的な宇宙存在から
  進化してきた

   そして、その過程で、何度も姿を変えて来ている。

   各段階には、こんな名前が付けられている。
    第1段階『土星紀』、第2段階『太陽紀
    第3段階『月紀 』、第4段階『地球紀

   現在私達が暮らしている地球は、この第4の段階
  ある。そして、今後の展開として、

    第5段階『木星紀』、第6段階『金星紀
    第7段階『ヴァルカン紀
  がある。

   こうした名称から違和感を感じてしまうようでは、とう
  ていシュタイナーの深い英智を理解できるはずもない
  のだが、

   そんな私にも重要だと思われるのは、人類が地球と
  一緒に進化する
という点である。
  (…中略…)

   地球が姿を変える、その全ての転換に、人間は参加
  していた
。そして、地球の転換に合わせて、人間の存
  在様式も変化して来た。
  (…中略…)

   まず、第1段階『土星紀』では、人間は『肉体』として
  のみ存在
していた。『エーテル体』も『アストラル体』も
  『自我』も、まだ肉体の中に組み込まれてはいなかった。

   第2段階『太陽期』で『肉体』が『エーテル体』と結び
  つく
。エーテル体を組み込むことで、肉体は、それまで
  の在り方を変化させる


   同様のことが、第3段階『月紀』でも生じる。その時期
  に、人間の祖先は『アストラル体』を自分の中に組み入
  れた
肉体は3度目の変化を遂げ、エーテル体は2度目
  の変化
を遂げる。

   そして、第4段階『地球紀』に到って、人間は初めて、
  『自我』を組み入れる。それによって、肉体は4度目の、
  エーテル体は3度目の、アストラル体は2度目の進化
  
を遂げる。

   ここに、ようやく4つの構成要素を備えた、現在の
  『人間』が出現したことになる。

   しかし、何故人間は、地球と進化を共にして来たの
  か。ごく簡単に言えば、人間が霊的世界と物質世界の
  『仲介』を果たす
からである。

   人間は、誕生の際に受け取る物質的な力を、地上の
  生活の中で新しく造り替え、別の形にして地球に手渡
  す。

   (逆に)霊的世界から流れ込んで来る力を、人間が
  仲介することによって、大地に伝えてゆく

   だから、地球の存在の仕方が変わると、人間も変わ
  らざるを得ない。そして、人間の構成要素が変わると、
  地球の存在も変わってゆく
ことになるという訳である。」
 
  (西平直『シュタイナー入門』pp142-144
  《講談社現代新書》より抜粋転載)


 ★ 両刃の道標   

 いかがでしょうか。まとめれば、人間は『星』と一心同体の存在
あり、今までさまざまな『星』を遍歴しながら、お互いの要求に呼応
して共に進化して来た
、ということになります。

 ただし、ここで言っている各惑星の名については、必ずしも現在の
惑星そのものを指すものでも、実際に我々の実体がその天体にあっ
たと確定するものでもありません。

 何故なら、我々の住む太陽系は、物理的にも、初めから現在の惑
星配列をしていたという保証はありませんし、霊的には、我々は他
の天体と結びついていた可能性
もあるからです。

 ところで西平氏は「私には、十分に理解できない」とか、「こうし
た名称から違和感を感じてしまう
」という表現を交えて、自分の理
解外のこととしています。

 無論、本当に理解できるのは、恐らく『真のメシア』だけなので
しょうが、加えて、彼自身があまり深入りすべきではない立場にい
ることも考えての表現だと思います。

 しかし小生は、西平氏は、その部分にこそ惹きつけられるものを
感じているのではないかと思います。何故なら、単なる『入門篇』
としてなら、この部分は無くてもよい
と思うからです。

 がしかし、西平氏は「シュタイナー」があまた大勢の「夢想家」
の1人として理解されるべきではない
と思い、あえて「両刃の剣」
に相当する、この部分を『補論』として紹介したのでしょう。

 この部分があることによって、これまでの話に何とか視線を逸ら
さずに付き合ってきた懐疑的な読者は、大きく2つのグループに
分かれてゆきます。

 ひとつは、シュタイナーに『オカルティスト』というレッテルを貼
り、全く敬遠してしまうか、逆にその道の権威(?)として取り
扱う者達
です。

 彼等にとっては、シュタイナーの言っている事は、特定の人類の
みが理解し、到達し得る分野
であって、全く無視するか、逆に自分
こそは一般人とは違う、選ばれた者として意識するのです。

 そしてもう一つは、自分が常々疑問に感じていた現世の意味と仕
組みについて、新しい見方を提示され、それが全人類に共通す
る法則として理解し始める者達
です。

 西平氏は、恐らく後者の1人であり、彼の『入門篇』から次の書物
に進もうとする後者の人達に、貴重な『道標』
を残そうと、あえて
この『補論』を入れたのだと、小生は思っています。
 
 さて、今夜は各『紀』の話だけになってしまいましたが、続き
は、次回第170夜でお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君には『亡国のニュ―・クリスト』
という偽メシア名を進呈しよう。

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ジューンさんのワーク③

ビジュアリゼーションとは見えない何かを視覚化するということ。それを絵に起こすのが役に立つ。絵に描かれたものを解釈するということ...それを最高善を満たすため、役に立ちたい、とジューンさんはおっしゃいました。
そこで見えないものをみるために重要なチャクラについての解説が始まりました。

結跏趺坐をしたかたちの人体図を描かれました。そして説明です。
チャクラというものは先生、教えにより数などに違いがあるとのことをおっしゃった後、
下から
①base
②salar prexus
③spleen
④heart

⑤throt
⑥3rd eye
⑦crown

と、7つのチャクラを描かれました。
ソーラープレクサスはこれでいい、これはおかしいと腹に感じる感覚
spleen-脾臓-のチャクラはout of body...体外離脱と関連がある、リモートビューイングなども、と述べられてましたが...

これらの説明で一番びっくりしゃくりだったのは、
ご自身もこれを師に習った時
-びっくりしゃくりだぁ-と思ったというとおり...
驚愕の事実でした。

ジューンさんはチャクラシステムについてルイノースエイジ?という方から学ばれたそうです。そのルイさんはチャンという人か指導霊か忘れましたが、チャンという人から学んだと言います。
そのチャンさんによると...
4.5のチャクラ、脾臓とハートですが、真ん中ではなく体の左にあるということなのです。なっなに?チャクラが左に...

これにはびっくりしました。そのことで調べようと今日も書店めぐりをしましたが、チャクラ本のどれを見てもチャクラは真ん中ばかり...たぶん、ひだりによっているチャクラ...だれも想像もつかないでしょう。
そしてハートセンター...ハートチャクラのことでしょう。ハートセンターは、左によっていて、しかも上部-トップ-と下部-ボトム-で分かれているとも...

こんなことは、初めて聞いたぞ!すごい。おもしろい...と、ますますジューンさんの話に聞き耳を立てます。

つづく


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theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

ジューンさんのワーク②

申し込むときには、
メタフィジカルアート...?なんじゃこれ?

メタ+フィジカル+アート=メタ?+体?+芸術...うーんわからん。テーマをそう考えずに参加したところ、ジューンさんのお話に、形而上学という言葉が飛び出してきました。
形而上学? 概念のような哲学的な思考のようなものだったかなぁ。なんだったか?

形而上学とは目に見えない実体のないものをあるとして、普遍的な原理について理性的に思考し、認識していくというものらしいです。まぁ、肉体的物質的には捕らえられないものを、理性的にとらえ、考え、認識していくというものでしょうか?目に見えない世界を否定する大槻教授の考えとは反対のものですね。

この形而上学をメタフィジカルと言うようですが、哲学用語でしょうか?アイイスの今回のワークの題にはメタフィジカルアートというのは根本原理芸術というふうに訳されています。
根本原理というとわかりにくいですが、身体を使ってのアート...体をくねらせて字を書くとか、頭で絵を描くとかのアートではなく、見えないものを見える芸術にするということでしょう。あぁ、それでみえない-エネルギー、オーラ-を素早く絵で描くということをしたのだったか...今頃意味がわかってきました。
ワークのはじめは、ジューンさんのお話です。
これが、45分でしたが、形而上学という言葉を出す方だけあって、目に見えない世界、それらに関する説明が理論的で分かりやすい、しかも、頭で考えただけでなく、経験から導き出された具体的なお話も多く、非常にためになりました。

ジューンさん、しょっぱなは、ビジュアリゼーションについて語られます。

この世で普通に生活しているとき、現実をとらえるのに、左脳を使います。思考するとき、不安なときなど左脳が動き、つい日常生活でも左脳が全面に出てきがちです。

ジューンさんは、左脳が右脳を使うことをブロックしていると言います。ふっとこうじゃないか、あっわかったぞと急になにかひらめいたとき、右の脳が活躍しているけれども、すぐに-いいや、なーんかね。ふっふっふっ、そんなわけないだろー-とか、-ふっとおもったけど怖いなぁ、変なことを思ったけど、こんなわけないよ、こわいし-なんて巧みに左脳が
ピッピッピッ、と警笛をならし、普段考えなれた、考えに戻させます。
そんなのが、左脳のブロックなのでしょうか。

ジューンさんは、ビジュアリゼーションというのはそんな右と左の脳のせめぎあいのなか、右脳をもっと全面に出させ、ひらめきを出させるように役に立つ、非言語コミュニケーションの業であるとおっしゃいました。

ビジュアリゼーションというのはまさに見えない世界とこちらの世界とをつなぐ重要なツールであると言えます。

続く
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ジューン エレニーさんのメタフィジカルアートを使ったワークに出ました①

ジューンさんのワークが7/31にあり、参加しました。

以下ジューンさんについて、アイイスの記事より抜粋

ジューン-エレニー・レイン 
スピリット・アーティスト、クレアヴォヤント・ミディアムとして、霊界に旅立った方たちの肖像画を18年以上に渡って数多く描いてきました。スピリット・アートのエキスパートであり、アートを使って霊能力を開花させる本を世界で初めて執筆した著者でもあります。英国スピリチュアリスト協会(SAGB)でミディアムとスピリット・アーティストの資格を取得し、現在はロンドンのカレッジ・オブ・サイキック・スタディーズを中心に活動しています。世界中でデモンストレーションを行ない、その模様はテレビで放送されていたことがあります。ラジオのパーソナリティでもあり、国内外問わずに活躍の場を広げています。

今回のワークは

こんな内容です↓

メタフィジカル・アートを使ったミディアムシップとヒーリング 才能開花ワークショップ

このワークショップでは、最大限にメタフィジカル・アート(根本原理芸術)を利用して、ミディアムシップ とヒーリングの才能を開花させるためのヒントを提供し、方向を指し示します。 お互いのエネルギーをリーディングし合う「オーラグラフ」や、愛する身内と繋がる方法である「ソウル グラフ」の描き方を指導します。この「ソウルグラフ」は、霊界に旅立った身内と繋がる事のできる方法で、ジューン- エレニーさんは、この方法だけでミディアムシップの仕事をしています。 この実習では、参加者がアートを通して得られた情報を正確に解釈するためのスキルを学んで蓄積する ために、その情報をどのように解釈するかを説明し、指導します。 また、身体の内外のエネルギー(オーラ)をヒーリングするのに有効な体の透視術も指導いたします。 ※ 参加者は、画用紙と色鉛筆等をご持参ください。

-メタフィジカル、ソウルグラフ、オーラグラフ...なんかよくわからないが、メタフィジカル・アートを使ったミディアムシップということは、なにかミディアムシップに役立つことをやるのだろう-と考え、参加することにしました。

今回の参加者は10人を超えてましたが、やや不安を持って答えても一組ずつ、質問したり、コメントをくれたりと、みんなが自信を持てるように誘導してくれたと思います。おかげで結構リーディングも当たっている人が多かったと思います。

続く
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genre : 心と身体

エミールのケーキ 8月

エミールのケーキを買いました。
縮ケーキ8がつIMG_1484

白いピラミッドみたいなのがアマンディーヌ
メロンケーキ
イチゴが乗っているのかダブリンです。

どれもおいしかったですよ。夏の高温のせいか、クリームが溶けかかってしまったのが残念でした。

包装紙とリボンは
縮ケーキ8がつIMG_1483
黄色とオレンジ...この色の組み合わせ、好きです。
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genre : ライフ

比沼麻奈為神社-ひぬまない-神社に行く

元伊勢というのは、この丹後でもあちこちにあるようです。全部の場所に神様が点々と移っていったとしたら、神様って、あちこちでキャンプしたり野宿したりして移って行くサーカス一座か?なんて思いますが...
比沼麻奈為神社のご祭神は、
豊受大神です。
この神様は、
元伊勢外宮、真名井神社奥宮などでも祀られています。
いくつもある、真名井、よさの宮...何が何なのか、どこが本当かなんてそんなことはどうでもよく、ただ今はいろんな言い伝えとともに、豊受大神が祭られているところがそこらかしこにあるということです。

ひぬまない神社、私たちが行ったときは、ちょっと雨が降り出したときで、でも傘はささずに歩ける程度でした。田舎の田んぼの広がる農村の一角のちょっとだけ民家があつまっているところに比沼麻奈為神社はありました。
田んぼ道の向こう...鳥居がみえますが、ここまでも曲がったりした道があり、すっと行けません
縮天橋立旅DSC01157

 地図で書くとこんな感じです。
比沼


ここに、入ると、白砂がざっと掃き清められており、きれいで管理されている印象がありました。
縮天橋立旅DSC01160

縮天橋立旅DSC01159


伝承で伊勢の神様がいたところだと、格式の高さを予想していきましたが、雰囲気としては、田舎の村の管理が行き届いた神社といった風情でした。特別のなにかパワーとかは感じませんでした。

写真を見ると皇室っぽい感じもします。
縮天橋立旅DSC01158

縮天橋立旅DSC01161

個人的な感想ですがここはまない神社奥宮や皇大神社より明るい感じがしました。ただ、砂が敷いてあるせいか、古いというより新しい神社の雰囲気もしました。

ここは田舎で、神社の前は車が入れないかもと予想しました。田んぼ道に車を止めててくてくと歩いて神社まで行きましたが、帰りに、神社すぐ近くの看板を見て、びっくり!

こーんな感じの熊注意の札がありましたよ。
くまimage

 ぐわはははっ!

なーんにも知らず、誰一人歩いていない田舎道をのんきに歩いていたよ...
この旅に出る前に、
ひぬまない神社をひるまない神社と間違って覚え、だんなにけげんに思われたけど...
ここに、本当...熊が出るとは知らないから、
全く、ひるまなかったが...

看板をみているこの瞬間もだれも居ない森閑とした田舎道...もしや、熊が出てきたら...と、ぞっとし、あわててすたこらひるみつつ車まで戻りました。
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theme : 神社・仏閣巡り
genre : 旅行

ジューンさんのワークに行きました

アイイスの夏のイベントでイギリス人のミディアム、ジューンさんが来日。ワークを開催しました。

メタフィジカル・アートを使ったミディアムシップとヒーリング才能開花ワークショップです。

人のまわりにみえるオーラ、エネルギーの色を描き、リーディングしていくというものでしたが、最初の説明から出てくる言葉の端々に勉強と研究にたえまないことをうかがわせる、知識、経験の量...それに裏打ちされたワークの内容。
素晴らしかったです。

おいおいこの内容を書いていきますが、このワーク、先週の月曜日にあったのですが、ワークで力を出しすぎたのか?ワークが終わった直後から、ひどい疲れを感じました。そう遠くに行くのでもなく、それほど歩いたわけでもない。なのに...

なんだか疲れてしまい、その夜から、一週間、
手のひらと足の平の真ん中...直径5センチくらい。まるーく、重く、痛く、疲れた感覚...それが強く続きました。私はもともと、疲れて眠くなると手のひらが疲れる。または手のひらがだるく重くなると疲れて横にならないとおれません。この一週間はあまりの疲れに、ときたま横にならざるをえませんでした。

ワークでペアになり、二人で手を合わせ、エネルギーをだし、受け取り、それを感じてやっていくワークだったからでしょうか...そういえばワークの時自分の手から最大限に噴出するイメージで心の中で-ふ゛ぉーん-と力み過ぎたような気がしますが...

やっ...やりすぎたかもしれないですね。

ジューンさんのワークについてはおいおい書きます。
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genre : 心と身体

トンデモ話は奥で繋がる(168) 24.8.5

トンデモ話は奥で繋がる 「第168夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪復活と再臨 ⑨≫
 
 ★ 我々の2つの悪癖

 それでは、前夜のシュタイナーの言葉を続けましょう。彼によれば、
我々は前述の『偽メシア』の出現にさらされると、2つの全く異なる
反応
で対応しがちであると述べています。

 「 こういう分野での偽者の影響力は、途方も無く大きい
  のです。何故なら、現代人は、両極端の間を揺れ動い
  ているからです。

   一方で現代人は、人々の中に働く霊的な力を認めよ
  うとしません
。独創的な霊力が示されると、現代人はそ
  の才能や能力を認めたがりません。

   いつでもどこでもそうです。新聞もまた繰り返しそうい
  う発言をしています。これは現代の悪癖の一つです。

   私達の時代に、地上最大の個性が生まれてくるはず
  なのに、私達の時代はそのことに全く鈍感で、それに注
  目しようとはせず
、ただなりゆきに任せています。

   そして、もう一つの悪癖も存在します。

   それは他の多くの現代的習慣と共通のものです。すな
  わち、霊的な個性を過小評価して、その存在を認めない
  のと同じ位に、

   その反面、誰かを神のように崇拝して、雲の上の存在
  にしてしまおうとする強い要求が存在しています。

   今日、到る所で、それぞれの救世主を戴く信者達の集
  会が見られます。もちろん現代に限ったことではなく、
  これまでも何世紀にも渡って、繰り返しそういう風潮
  現れてきました。」

  (『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
  p259《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)


 我々は、古代アトランティス人の見霊能力を失った時から、常に『偽
メシア』の出現に対し、感性だけで対応する必要
が生じています。
そして2つの両極端な姿勢をとろうとするのです。

 2つの悪癖は、全く対照的な反応なのですが、共通しているのは、ど
ちらも『未知なるもの』に対し、他人の意見やマスコミの批評に頼
らず、それをよく吟味し自らの判断を下そうとしない
点です。

 シュタイナーが何度も繰り返し言っているように、今必要なことは、我
々の中に眠っている、物質的ではないものに対する感性を目覚め
させること
です。

 しかし、『その感性が分ると称している人物』に対して、全く非科学的
だと跳ねつけたり、言われたままにそう信じる
ことは、自らの感性を
目覚めさせることを放棄してしまうことなのです。

 ★ サバタイ・ツヴィに学べ《/span>

 さて、シュタイナーは、この言葉に続けて、幾人かの『偽キリスト』
例を述べています。

 1097年、スペインのコルドバでキリストを名乗った者
 1012年、モロッコのフェズに出現した偽メシア
 1137年、フランスに現れ死刑に処された偽キリスト
 1147年、ペルシアでキリストを引き合いにした者
 
 そして、その極端な例として、1666年スミルナ(イズミル)に現れた
サバタイ・ツヴィの例をこう語っています。

 「 彼(サバタイ)はキリストの再来であると自称していまし
  た。彼の姿を見ると、偽メシアの本質と、周囲に及ぼす
  影響とを、最も詳細に研究できるのです。

   その当時、スミルナから、新しいキリストがサバタイ・ツ
  ヴィ
という人間になって現れた、というニュースが広まり
  ました。

   当時の精神運動が小規模なものだと思ってはなりませ
  ん。ヨーロッパのあらゆる地方―フランス、スペイン、
  イタリア、ポーランド、ハンガリー、南ロシア、北アフ
  リカ、アジア内陸部―から、新しいキリストであるサバ
  タイ・ツヴィを見ようと、人々がスミルナに集まって来
  ました。

   当時サバタイ・ツヴィに新しいキリストを見た人々に、
  彼自身が打ち明ける前に、人々が彼の戦略を見抜く前に、
  
   『彼が本当のキリストでは無い』と、もし誰かが言ったと
  したら、その人は憎まれ、途方も無い人々の宗教心を逆
  撫で
したことでしょう。

   これがもう一方の悪癖です。多分これはキリスト教世
  界の諸地方で無くとも、他でも日常見られる悪癖です。

   肉身の救世主に出会いたいという要求が潜在的にある
  のです。

   キリスト教国の中では、通常は比較的小さな範囲内で
  こういう個人崇拝が生じますが、しかしこういうキリストた
  ちが繰り返し現れて来る
るのです。」

  (『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
  pp260-261《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)


 どうでしょう。これと同じことが、今や宗教化しつつある一部のスピ
リチュアリズムにも起きている
とは思いませんか。あなたは眼で癒す
怪人が、戦略を用いているかどうか見抜く事ができますか

 或いは、それが『本当の怪人では無い』と感じた時に、ストレートに
口に出来るような精神状態に、周りの人達はあるでしょうか。
それも
戦略の一部では無い
と、確信を持って言えるでしょうか。

 ★ 

 そしてシュタイナーは、我々が本当に大切にすべきことを述べています。

 「 大切なのは、人々が神智学による事実の正確な洞察
  通して、前者の悪癖にも、後者の悪癖にも染まらないこと
  です。
  (…中略…)

   私達が古い菩薩の伝統精神においてでは無く、新しい
  菩薩の意味において生きようとするのであれば、いつか
  弥勒仏となるべき菩薩からの霊感を受けることが大切
  のです。

   そしてこの新しい菩薩は、私達に霊感を与えて、次の
  事に注意を向けさせます。

   『 キリストが新しい形式で、エーテル体の姿で、
    新しいエッセネ派の叡智を通して作用する時代
    が来た。

     キリストがエーテルの衣装をまとって人々に
    近寄り、人々に生命力を賦与する時代が来た。』
  (…中略…)

   私達は、何らかの宗教信条の意味で、キリストが
  再び物質界において知覚できるようになる、と言う
  つもりはありません。

   けれども、ひるむ事無く、語ろうと思います

   『 我々は真理であると認識する故に語るのだか
    ら、どんな結論になろうが構わない。
   
     我々は東洋の宗教教義を偏愛するつもりはな
    いが、未来においてキリストがどのように出現
    するのか
を、菩薩自身から霊感を受けて、我々
    はこう語るのだ。』」

  (『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
 pp261-262《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)
   

 我々に必要なことは、本当の菩薩からの霊感を感知することです。
それには、それがどんな結論になろうとも、自らの感性を信じる勇
が必要なのです。

 もちろん、自らの感性が判断を誤ることもあるでしょう
 しかし、それはそれで、自らの霊性が未熟だったと割り切って、再度
転生して改めた方がよい
と、小生は思います。

 無論、途中でその誤りに気がついた(いや、正確には誤っていた
と 判断したと言うべきでしょう)
時には、潔く誤りを正し、たとえ正反
対の方向であろうと、振り返って進んでゆく勇気
も必要です。

 さて、次回第169夜は、キリストも含めた宇宙の本性について
の話から入ってゆきます。

( 追伸 )

 
中曽根君、我々もひるむ事無く、
 君を『亡国主』と呼ぼう。

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元伊勢外宮 豊受大神社にも行きました

皇大神社は内宮の元伊勢、豊受大神社は外宮の元伊勢といわれているようです。丹後周辺では元伊勢を名乗る神社はいくつかあるようですが、皇大神社とのペアとしては、この豊受大神社があたるようです。立地も近く、車で走れば10分もしなかったような...丁度良い距離にあります。



ここの神社はすっきりとしたというか、あっさりとした感じの、そう余計なものはない神社でした。

神社の裏に矢場がありました。
縮天橋立旅DSC01140


田舎ですが、弓道ができる矢場があることに、うれしさを感じました。神社で心を清浄にし、弓道をする...なんとなく気持ちがひきしまる気がしました。
が...

ここのご祭神は、豊受大神です。食べ物の神、豊穣の神であり、伊勢の外宮の元宮ということで、格式の高さがあるためか...
ここの社務所に立ち寄ろうとしたところ、ちょうどその前に、軽トラにのったじいさんがおりました。
社務所まであと4.5歩といった位置でしたが、
そのじいさん、
-なんか用か?-みたいなことを聞きました。
聞き方がつっけんどうで、またも上からの物言いです。
おまけに、
こちらが、朱印を押してほしいということを

-納経帳に-といってしまったから、
なんども
-なに、なんだ-と聞かれる始末。

だいたい手に持っているから分かるだろう...と後思いました。そのじいさん、朱印帳にサインする人のようで、印と字を書いてくれましたが。
縮IMG_1472


なんかね、なーんだか、げクーだかゲボーだか知らないが、うちも外も威張ってるよ。こんな田舎のはずれに来てみたけど、このごろ神社に神はいないという人は多いけど本当だな。少なくとも、神社に関わる人の心や行動はちょっと疑問を感じるよ、と思わざるをえませんでした。

でも、神社自体のすっきり感は今回の旅では一番だったと思います。ここの場全体の雰囲気はよかったですよ。

つづく

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ミディアムワーク3回目...感動する人も

私の実習はまぁまぁでした。みんなでかわりばんこに実習をするなか、Mさんの番となりました。
内容はすっかり忘れましたが、Mさん...途中で涙を流されました。

語られた内容は、霊が
-見守っているとか、愛情をもっている-とかの心温まる内容だったと思います。

これは...見ている私にも、何か、Mさんが感動し、心ふるわせていると察せられました。今までもいろいろと感極まっている霊媒体質の人とかを見ていたのですが、私はどうも疑い深いので、全くは信じることができませんでした。思い込みの強い人が、妄想にのめりこんでいる、とか、いっちゃっている、とか。
どうも、疑いの気持ちが介入し、このような光景を見ても疑問を感じていたのですが...

Mさんはいままで一緒に実習していても、もともと霊媒体質のような感じもないし、感情のアップダウンが激しそうでもありません。(外からみただけですが)普通にみえるMさんがこのように感激のなみだを流されることに、-本当-を感じ、実習後質問しました。
-悲しくなったんですか-
いや、違う。
Mさんに言わせると、何か感動が胸に湧いてきたような、こみあげてきたような感じらしいです。なかなかその感覚を言葉で言い表せられなく、表現に四苦八苦されてました。
クレアセンティエンス...見えない世界の住民の感動、感覚を同じように感動、感覚として味わう。Mさんの今回の-感動-はまさにクレアセンティエンスそのものです。私は自分は味わったことがないですが、Mさんの感動に打ち震える様子を見て、
クレアセンテイエンスというのは、本当にあるのだろうと、思いました。(こんな練習を続けていて、我ながらよくいまさらいうよ!)
※ただ、後の先生のコメントとしては、ミディアムとしては平静を保ち、涙を出さないほうがよいとのことでした。感動の涙は相談者のためのものといわれました。実習となのでよいということでしょうね。
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genre : 心と身体

ミディアムシップ 最終回三回目

今回は、予約してないのにもかかわらず、きりきりで近鉄特急に乗り込むことかでき、早めに着くことが出来ました。そのため、三宮でお店を眺めたり、紅茶を買ったり...ワークというより、買い物に来たみたいでした。

さて、ワークは三回目を数え、最終日です。帰って翌朝にでもパソコンに向かっていればもう少し覚えていたと思います。忘れっぽいので、テキトーなところもありますが、ご容赦ください。

今回は、感覚、感情を使ってミディアムシップをするということです。
感覚、感情...クレアセンティエンスです。先回先々回は
クレアボイヤンスー視覚
クレアオーディエンスー聴覚
でした。
今までの回を振り返ってみると、もともと私は視覚型かも...と思っていたところ、先回のクレアオーディエンスのときに、右耳で自分の独り言、または独り言のように噴出してくる会話型の思考、そんな感じをそのまま、言ったところ、うまく行きました。

自分が自分にどこかのおじいさん、仙人の語り口で語りかけているんだろうと、普段思うことはありましたが、驚愕体験以降、これは、ガイドが語りかけてくれているかもしれないと思い、そのまま言うこととしました。そうしたら、私自身は知らないけれど、あたっていることがたくさんあったので、ガイドの働きかけをより強く感じはじめています。

イメージ、何かの象が頭によぎること、そして、これは知っていると、知らないのに確信できること、何かが話しかけてくるように一方的に言葉がでてくること...なんとなく、これまでのワーク、クラスの授業でつかめてきました。

でも、しかし、ぐほほほ
クレアセンティエンスって...わからんのよ。

でたー。苦手だ。

最初に瞑想をし、そして、カードを渡されます。
封筒の中に言葉が書いてあり、それを感じてみるということです。その字の形を視覚化するのでもなく、ガイドにそっと教えてもらい右耳に囁いてもらうという、クレアオーディエンス的カンニングでもなく...
封筒を手渡されたら、その感覚、うけとる感情に注意を払いながら、その言葉を答えるといったものでした。

今回は残念ながらその言葉は忘れましたが、みんなその言葉に近い感覚の言葉を答えていました。例えば、
寂しいなんてカードがあったら、楽しいという感覚の言葉は一つも出なかったということです。
なにかその言葉から連想されうる言葉をみんなが答えたというのは、確立からいって、非常にまれであり、やはり、目に見えない感覚をみんなが持っているのだと、思えました。

そして、瞑想の時のガイドの言葉...
ハートで感じろこれ!
私って、ほんとう、小さいのに、頭でっかちなのか?自分ではそうは思わないのですが...

こういうこと、多いんです。リーディングでも一番言われることだよ...

そうだろう。わかっているんだが...ミディアム実習でハートで感じるということを言われても、
わからんのよ。こんな気持ち、あんな感覚、楽しい、感動、悲しい、痛い、心地よい...そんなの、いままでも全然感じんなぁ。

苦手だ。やるしかないが、そのように努めるだけで、期待はできない
と、ミディアム実習をはじめたところ、やっぱり、霊の感覚、感情はなんにもわかりませんでした。しかし、他の感覚もたよりにしてやったので、なんとか、いうことはできましたが、今回はまぁまぁという結果に終わりました。
ただ、ある方の霊をみたときに、クレアセンてぃえんすとは違うのですが、最初は色の黒い、労働者風の人、脛が黒い...とここまではいいのですが、

その人全体像を見ようとすると、

なんと、
私の近隣のくそ親父の顔がその像の顔にぴたっと重なってきてしまいます。

くっくそ親父...こんなときまで、じゃましにくるか!
この親父、朝はやくから、自宅の土木工事をずっとやっています。作業の車を出したり入れたり...しかも後ろ向き...××車をとめるわ、×△を載せるわ、考えられない親父です。おまけにここの犬、鳴くときは4時台から鳴いていました。

いろいろとありますが、いつもあのおやじのことが気になっているせいか、なんと、
リーディングまで、出てきました。

外での作業をする人らしきイメージ..そこに.親父の顔がばかっと出てくる...

あぁ、邪魔だぁおやじ、あっち行け!
しっしっ...と言っても、
ハイしーどうどうと、なだめても、
親父の強烈なイメージが、私の神聖なるリーディングを阻みます。さすが、近隣に-並ではない-と恐れられているおやじです。馬以上です。

ここで苦し紛れに農業の人?と言います。土木関係者なんて思いたくないから言ったかもしれません。でも違うようです。
やっぱり...あのくそおやじが普段の安らかな私の現実生活ばかりでなく、ミディアム実習まで殴り込みをかけてきやがった。なーんて、瞬時に思ったりして...

とにかく、これは自分の思い込みが強いかも、と思った瞬間。

漁師さん、と脈絡なく浮かびました。そのタイムラグ、一秒もなく、ほとんど同時に相手の方が、-漁師-ではないかと言いました。それからはイメージが浮かんでくる。メッセージもわいてくる...なんとなく乗れた感がありました。

今回はそんなわけで、できたようなできなかったような、でした。が...

続く
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genre : 心と身体

梅干が完成しました。

梅干を先週、7/21から7/24まで干しました。
白いほうの梅です。
縮うめざるたIMG_1477



週の前半は青空とはいえない、薄い雲が広がった夏空でしたが、気温もあがり、暑い日が続きました。

今回梅を干してこれはと、思った点をあげます。

まず、天気です。
真っ青な夏空の下に、梅干の赤、黄色を並べたいところですが、夏の空はすっきりといきそうでそうではありません。入道雲が広がるだけでなく、薄い雲が空全体を覆うこともあります。今回の週の前半はそうでした。
頭の上を薄く覆う雲を見ると、なんとなく、心配になります。

梅干の乾きと、雨です。

曇り空でも梅干は乾くか?そんなことを思い、干しましたが、一日目の2時間経過するあたりでそんな心配は吹き飛びました。夏は暑いです。とにかく強烈な暑さと、適度な風で、ザルに干した梅干はドンドン乾いていきました。
干し場所は二階のルーフバルコニーに、新聞紙を敷き、平たい丸ザルを並べました。下にレンガを置いてコンクリート床と梅干ザルの間に風が入るようにしようかと思いましたが、めんどくさいので、べたっと置いてしまいましたが、渇きには影響なく、どんどん乾いていきました。

このことから、

① コンクリート床にざるを直接置いてもちゃんと乾く。ということがわかりました。

また、赤い梅干の初日は、
梅干を甕から直接ザルに並べるのでなく、一度違うザルに入れて汁を切ってから並べました。
縮梅干しざるIMG_1466

そして、いきなり、午後2時半の一番強烈な日光に当てました。白い梅干の初日は朝の日光で熱しておいたザルに同じように違うザルにいれ水分を切った梅干を並べました。

② ザルはやはり、あつく熱しておいたほうが梅干がくっつかないと思いますが、

③一番だと思ったのは、いきなり、午後の強烈な日差しの中に出すということです
白い梅、赤い梅、大きさ、など違いがあると思いますが、先ずは強烈な日差しにいきなり当てたほうが梅干の破れが少なかったです。梅干の干し始めは、強烈な日差しに最初にあてるといいと思います。
です。
赤い梅はうまく乾きましたが、白い梅は10個ほどやぶれました。どちらも南高梅です。

それから、干し方はいろいろとあるようですね。
私も本を見たり、ネットで調べたりしてめんどくさくないやり方を選択しました。

3、4日外に干すだけというものです。とは言っても、雨が降りそうで、夜は一日だけ、干しました。
夜、瓶の梅酢にもどし、また、朝干すなんてやり方も多いのですが、塩の味がきつくなりそうなのと手間がかかるということがいやでやめました。


また、
④ 梅の裏返しは、気付いたら何度もする、というスタイルです。家にいるときは、30分から1時間、2時間に一回、離れるときは、3時間に一回ぐらい。何度も裏返すことがくっつかないことにつながると思います。干しているときは暑さに、顎から汗が滴り落ち、梅干を直撃しないように気をつけました。

そして、梅ができあがったら、保存はどうするかということです。

①そのまま瓶に詰める
②梅酢にしたしてから、びんに詰める
③梅酢の中に戻す


以上のやり方があるようです。
最初は②のやり方でつめましたが、梅酢を入れる容器、梅だけを入れる容器がいいものがないので、③の梅酢の中に戻すという保存方法をとりました。これだと、梅酢の浮力でしたの梅干が潰れないだろうとの考えもありました。
梅干は白2キロ、赤2キロの梅を使いました。できあがりは白は梅酒の中くらいの保存容器に3/4ぐらいまで梅酢とともで入りました赤は。1.8リットルの容器+1.5リットルぐらいでしょうか。
縮梅干しざるIMG_1465


白は梅酢が1リットルあるかないか...しかし、赤は目分量ですが、1リットル以上はあると思います。
縮うめぼしIMG_1450

この赤と白の差は、紫蘇を塩とともに加えたことによると思えます。また、白は容器が小さかったので梅酢があがったら、重石を全く取り払ったのですが、赤は一キロの重石をずっとしていました。そのせいで梅酢が多くできたかもしれません。
縮うめざるたIMG_1478
縮うめざるたIMG_1479


そのためでしょうか、干すときに赤は果肉がザルにくっつくことはまずなかったのですが、白は干しあがりもおそいし、果肉が、横に広がりがちの梅がたまにあり、ひっくり返すとき、いくつか皮が破けてしまいました。


できあがった梅干は非常に柔らかく、美味しかったです。塩の味というより、まさに梅干のすっばさ、酸味がお口の中をさっぱりとしてくれます。塩が20パーセントなので、塩からさを心配しましたが、てづくり梅干というのは、出来立てでも、塩がきつくなく、意外と食べられます。

また、びっくりしたのは、白い梅(紫蘇を使ってないもの)の果肉が、黄色いことです。うまく黄色く熟した梅を使いましたが、梅干になっても、中身は黄色い、梅でした。自然の手作り梅干というものは、出来立てはまだ中身が黄色なのです。保存していくと茶色になっていくのでしょう。

それから、つけるときに水に一晩つけて茶色くなってしまった赤い梅干ですが、梅酢もにごらなかったです。干しあがり、食べてみたら痛んでもなく、非常においしくいただけました。ちょっと茶色くなった梅干...色が変色しただけなら使えるかもしれません。ただ、カビや腐敗は気をつけたほうがよいでしょう。お店ですでに茶色の梅はちょっと?かもしれません。


※土用干しは温度が高く、風もまぁまぁあります。曇っていても1日、2日だけでも、夜干さなくても、梅は良く乾きます。ひまがない人は、ちょっとだけでも充分大丈夫だと思います。
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genre : ライフ

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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