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ホームベーカリーで作ったのしもちと鏡餅

そうじもせず、おせちも作らず、年の瀬を迎えました。
ホームベーカリーでのお餅は3合しかできないので、鏡餅をつくったあと、のしもちを3合の米で作りました。
3合ののしもちって、ミニサイズですね。
縮のしもちIMG_1239

ちっちゃーいなぁ、と思わず声をもらしました。つきたてだと、麺棒できれいに四角くのせます。釜から取り出した時、伸びてべたついて、とりあつかいに苦労しましたが、打ち粉を振った台にのせて麺棒でのしたら、きれいに伸びました。きれいに傷一つなくすっと伸び、うれしくなりました。

小さくても少人数の家庭の一日の餅くらいはこれでまかなえます。

玄関には昨日作った鏡餅を飾りました。
縮のしもちIMG_1240

これもそう大きくはないです。あんまり来客もないのでこれでよしとします。
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餅をつくりました-ホールベーカリーで-

2011年も残りあと、一日となりました。

ホームベーカリーを持っています。餅を作る機能もあります。というわけで、去年から鏡餅は家で作っています。
機械で米を炊き、搗き、あつあつのところを水をつけた手で容器にあけ、もちを鏡餅ができるぐらいに分けますが...

びよーんと餅が伸びる、伸びる...両手いっぱい伸ばしても切れず、指を五本総動員し、なんとか切りわけ、丸め部隊1のだんなに渡す。次は、丸め部隊2の子供に...

ホームベーカリーでは3合ずつしかできないので、中と小の鏡餅2ペアのみとなりました。
縮もちIMG_1238
スーパーで伸し餅、鏡餅、お米やさんや、餅屋さんのを売っていますが高いです。作ってみるとわかりますね。3合でこれくらいだと、1升でもそれほどできません。お餅って、手間がかかっているし、もち米もたくさん使っているから、餅屋さんの餅、高くて当たり前だと思いました。
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トンデモ話は奥で繋がる(138) 23.12.29

トンデモ話は奥で繋がる 「第138夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪輪廻転生 ⑧≫
 
 ★ 輪廻転生の意味

 縮西川
   一体、我々は新たな世界である《神界》で何をするの
か。その鍵は、輪廻転生の意味を考えるとによって明ら
かになるとシュタイナーは述べます。 

  ここで、もうひとつの著書に登場願いましょう。
   50巻からなるシュタイナーの連続講義録の、第1巻に
あたる『神智学の門前にて』(西川隆範訳)です。
 

 「 人間が輪廻転生を繰り返すのには、どんな意味があるのだろ
  うか。もし、前後の関係無しに受肉を繰り返すのだったら、輪廻
  転生の意味は無い。

   紀元後2、3世紀に生きた人間が体験した人生の状態と、今日
  受肉した人が体験する人生の状態が、どんなに違うかを考えて
  みて欲しい。
   (…中略…) 

   人間が地上に再受肉するのは、全く新しい人生を送る機会
  現れた時である。そのような機会が現れるのは、何百年ごとか
  である。あらゆる点で、地球はどれ程大きく変わっていくことだろ
  うか。
   (…中略…) 

   人間が再受肉するまでには、どれくらいの年月を要するであろ
  うか。…次のような考察から、答えが出てくる。再受肉までに要す
  る期間は、地球の変化と密接に関係しているのである。
   (…中略…) 

   春分に太陽は黄道十二宮のある点から登るのだが、その点が
  少しずつ移動してゆくのである。2160年ごとに、次の星座に移
  動してゆくのである。
   (…中略…)

   2160年の間に、地球の状態は変化し、人間は新しいものを経
  験するために、再び地上に現れる事ができるということを、神秘学
  は認めている。
   (…中略…)

   しかし、2160年の間に、人間は本来2回地球に生まれる。受肉
  と受肉の間には千年あるのである。これは、人間は1回は男、もう
  一回は女として生まれるという法則による。
   (…中略…)

   こうして、新たな地上の様相の中で、新たな経験を積んでいき、
  人生の書に新しいページを書き加える。地上の様子が一変すると、
  魂は地上で修行を積むことができる。
これが、輪廻転生の意味で
  ある。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp49-52
     《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 シュタイナーによれば、我々はおよそ千年ごとに転生を繰り返すのだと言いま
す。もっとも、『退行催眠で前世の記憶を探ると、もっと近い過去の前世を語
る人がいるではないか』
と思われる方もあると思います。

 しかし一方で、前世の記憶については、必ずしも当該《自我》のものではな
可能性もあります。霊界では、個々の《魂》はいくつかの《魂》のグループである
《同魂》の中に融合し、記憶を共有するとも言われているからです。

 ただし、ここでは千年という明確な《期間》を問題にするより(もっともシュタ
イナーはそう言い切っているのですが)
、転生までの間に、新たな経験が積め
るような状態に、地球が変わる
必要があるということに注目してください。

 ★ 自ら外界を変える
  
 それでは、もう少し引用を続けます。 

 「 人間には《神界》で行わなければならないことがたくさんある。地表
  は、動物相、植物相とともに、絶えず変化している。シベリアにマンモ
  スがいた頃と今とでは、何と違っていることだろうか。
   (…中略…)

   誰が、地表の様子をこのように変えたのだろう。動物の魂、精神は
  どうなのだろうか。植物の魂はどうなのだろうか。
   (…中略…)

   《アストラル界》に歩み入ると、秘儀参入者は、物質界には全く見出
  せない存在を数多く知る。何よりも、動物の属の魂、群の魂を知る。
  地上で人々と交際するように、《アストラル界》で、動物の群の魂と交
  遊する。

   動物は《物質界》には、物質体、エーテル体、アストラル体しか持っ
  ていない。…ライオン、犬、蟻などの《属の自我》は、一個の存在とし
  て《アストラル界》に存在
している。自我がアストラル空間にあって、
  さまざまな動物をマリオネットのように《綱》で繋いでいるのである。

   植物にも、そのような《群の魂》がある。しかし、植物の自我は《神
  界》にある。《綱》はもっと高くまで達しているのである。

   そして、金、ダイヤモンド、石などのように、共通の素材で出来てい
  る鉱物は、共通のグループの魂を《神界》の上位の部分に有している。 

縮西川各界    
   人が死ぬと、その自我は《アストラル界》で動物の自我たちと共に仕
  事をする。動物界を次第に変化させていくという仕事である。

   《下位の神界》で、人間は植物の自我たちを仲間として見出す。そし
  て、植物界を変化させるのである。

   このような方法で、人間は地球を変化させていく。従って、地球を変
  化させているのは人間自身なのである。…新たに受肉する時に地上
  の様子をすっかり変えるために、人間自らが働きかけているのである。

   しかし、この働きかけは、高次の存在達の指導の下に行われる。
   …地球をどのように進化させていくかは、高次の世界にいる死者た
   ちの仕事である。

   人間が進化すればする程、地球、動物相、植物相は早く進化し、完
  全なものになっていく。人間は進化すればする程、神界の高次の部分
  で、長い間働かなければならなくなる
。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp60-63
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 つまり、我々は《神界》で、地上での経験を踏まえ、次回の転生時に、さらに進化を
高めるのに必要だと思われる環境を満たすよう、地球、動物相、植物相を変えて
ゆく仕事
に携わるというわけです。

 しかも《神界》では、地上においては、我々が支配していると思っている、動物、植
物、鉱物たちの自我が存在
し、我々は彼等と協力し合う関係にあります。生前、彼
等の意志を全く考えなかった者達は、深い後悔の念を伴いそうです。

 実は、かつてシュタイナー自身も、この霊的な現実を、非常なショックとともに
体験しているのです
。高橋氏は前述の「照応する宇宙」の解説の中で、シュタイナー
自身の言葉として次のように述べています。

 「 人間がこの世を去って先へ進んでいくと、最初に動物の世界に入って
  ゆく。死の国の一番底辺に動物の世界がある。そしてこのことは、シュ
  タイナーにとって、ショックを受けるような、大きな霊的体験のひとつ
  だった、と言うのです。

   この世で動物達が生き、そして死んでいきます。人間との関係で言う
  と、家畜として大事にされて、人間と一緒に暮らしている一方で、屠蓄
  場で殺されたり、研究所や病院の中でこれ以上無い位の残酷な仕打ち
  
を受けて実験の材料となっています。

   そういう動物の喜びや苦しみが、死者達の国の土台になっている、と
  言います。だから人間が死んであの世にいくと、最初に出合うのは、
  物達が味わっている喜びや苦しみの世界
なのです。

   死者はそこで何をするのかと言うと、動物達の喜びや苦しみを共にし
  て、動物達のために共に働くのです。それが死者の最初の非常に重要
  な役割なのです。

   シュタイナーによれば、霊界での最も驚くべき、最も心を震撼させら
  れる体験は、この世で職人達が手際よさを発揮して、他の人々のために
  いろいろな道具を作っているのと全く同じような仕方で、死者達が動物
  達のために、あの世で一生懸命働きながら、動物達に生きるエネルギー
  を送り込んでいる
姿を見ることだ、と言うのです。

   地上では、人間が動物を奴隷のように支配していますけれども、死の
  国の人間は動物と全く一体となり、仲間となって、動物のために働いて
  いる。

   そのおかげで、動物達はこの世を生きようという本能に駆り立てられ
  ている。どんな一匹の蚊でも蚤でも、ひたすら生きようとして生きてい
  るのは、エーテル界で、死者達が動物達に生きる本能をエネルギーと
  して送り込んでいるからなのだ、というのです。」

  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション(照応する宇宙)』
  pp363-364《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)
 

 ★ 自分自身も変える

 一方、地上の様相だけでなく、私達の前世の性質そのものも、新たにリフレッシュ
される必要があるともシュタイナーは述べています。再びシュタイナー・コレクション
「照応する宇宙」からの抜粋です。

 「 或る人の死から新しい誕生までの期間の長さは、或る世紀に生まれ
  た時の遺伝的な事情の有り様によっても決まります。何故でしょうか。
   (…中略…)

   私達は生前、誕生から死までの間に新たに獲得したものを、死後の
  世界へ持ち込みます。生前一つひとつ獲得した経験の全ては、生前の
  遺伝状態から解放
された時に、初めて有効に生かすことが出来ます。

   生前の私達は、祖先の一定の特徴を魂の中に取り込んでいました。
  この遺伝子上の特徴が、次の人生にも存続し続けていたなら、新しい
  人生に何も新しい状況は生じていなかったでしょう。
   (…中略…)

   ですから私達が特定の世紀に生まれて来ようとしても、新しい人生を
  展開できるようにするために、前世において身につけていた遺伝子的特
  徴が全て失われるまで
、霊界を行き続けなければならないのです。
   (…中略…)

   ほぼ700年経った時、世代から世代へと受け継がれてきた遺伝子的
  な特徴が、全て消え去ることになるのです。しかし今、遺伝的でない特
  徴が創られるために、新たに700年が必要になります。

   ですから、700年のほぼ2倍の時間が必要になるのです。もちろん
  これは平均値に過ぎませんが、これが死から新しい誕生まで、魂が再
  び転生してくるのに要する時間なのです。」   

   (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション(照応する宇宙)』
   pp332-334《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 こうして我々は、地上界の外の環境と、その中で生きる自分自身の内の性質を造
り替えて、前回とは全く違った経験を積めるような舞台を自ら用意しているのです。

 しかし、そうした経験の全てが、明るいものばかりではありません。数々の不幸
や苦悩
も含まれています。次回第139夜は、そうした経験の持つ意味から入っ
てゆきます。


( 追伸 )

 中曽根君、次の世では君に会わない様な世界に
したいものだね。


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ミディアムシップワークに行ってきました12/23-4-

ミディアムの感じる感覚、視えると言われる-イメージ、シンボル-は、個人それぞれによって違うと、中村講師は何度も繰り返していました。
授業中の言葉は-絶対に聞き漏らさないぞ、ひとことも忘れないぞ-と、思い聞いているのですが、そのままの言葉はすっかり忘れています。しかし、中村講師のおっしゃったことで

-すばらしい、すごい能力のミディアムをまねしようとしてもそれしその人独自のもので、まったく同じように感じとる、やれる、ということはできない。それぞれみんな感覚もシンボルの意味も違うのだ。自分における、シンボルの意味、しるしを掴み取る...そのためには何度も練習、経験を重ねて自分なりの合点がいくものをつかんでいくのだ-というようなことが頭に残っています。

私の解釈ですが、シンボルとは、例えば、誰かの霊に何か伝えたいことはないですかと、尋ねます。

すると、さっと赤十字の絵のイメージが浮かんだとします。
この赤十字がシンボルなのです。

そして、赤十字から何の意味をくみ取るか、それが個人により違うということだと思います。
ある人は赤十字は ボランティア、とか、寄付とか
他の人には 献血とか
また、違う人にとっては 近くの赤十字病院そのものをあらわすとか...

これは見えている本人にとっても何を表しているのかわからないと思います。しかし、なんどもそのシンボルが出てきて同じような意味を繰り返していたら、〇〇は=〇★の意味だなどとわかってくるということでしょうか?

前のブログで前述しましたが、〇イ〇のイメージが出てきたとき、その〇イ〇はある程度どの人にとっても同じような意味を持っていたと思います。それでシンボルの意味を類推したら、相手の方は納得していました。

自分の感じる、見える、聞こえる感覚をまずはおそれずに言ってみる、すると、なにかしるしのような、体感、例えば寒気などが感じられたりする、そして、シンボル的なイメージを抱いたら、自分なりのそれに対する意味を言ってみる、→合えばよし、合わねばチェックし、自分の意味と、実際の意味と対照し、記憶しておく。

とにかく練習が大事ですね。このようなワークではとにかく出てきたイメージを信じろと言います。今回のワークでもそうです。でもこのワークの違う点は、細かく、イメージを精査したり、ともすれば途切れそうになる霊視に続けられるよう、学習者の様子を逐一みながら先生が誘導してくれるということです。

この、先生の誘導、合間合間のアドバイス、なかなか疑心暗鬼で進んでいる一般凡人にとっては強力な水先案内人のようです。今回のミディアムの感覚をつかめたということはこの中村先生の導きがあればこそ、とまたもミディアムシップ講座に参加できたことをありがたく思ったのです。

そして、最初の霊性を高めるには?ですが、続きに書きますね
続く
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ミディアムシップワークに行ってきました12/23-3-

デモンストレーション形式でのミディァムの練習しょっぱなでした。
イメージが浮かんだ人の風体、髪型、その他を詳しくいいかけた途端、寒気がしたのです。

その後、疑いが生じたり、いやいやいけないと、思ったイメージを言いかけてすぐに同じように寒気が...これこそ、そのしるしだろうか?と、はっきりと思いました。と、いうのは、ミディアム実習は今回のワークの最後です。その前に瞑想があったり、お互いのオーラを見たりします。その合間に、中村講師が、
-しるし、というものがある-と、言われていたのです。何度も実習を重ねたり、そうではなくても、霊が現れたりするときになんらかの決まったしるしのようなものがあると、言われていたのです。決まったしるし、サインのようなものがあり、それを感じたら、霊が来ているとか、ちゃんと見えているとか、そんなものだろうと、思ったのですが、なにしろわたしにはとんとその感覚がわかりません。
でも、このワークの教えは一言も聞き漏らさず、聞いていたので、その言葉はしっかりと頭に入っていました。

寒気...ぞぅ....としたとき、そしてそれが三回も繰り返されたとき、

そうか...納得したのです。これは、経験ですので、味わってみないとわかりません。でも、実習の前の説明の通りに、合図のように、まるで、見えない世界の人や、ガイドが、
「思い過ごしだと思ったな、お前さん...違うよ、イメージの人は本当だよ」と、駄目押しをしてくれたかのような感覚でした。

いままで、そういえば怪談を話している時にぞっとしたことはありましたが、このように、自分のイメージを語っているだけでぞくっとくることは、ありません。そんなことを殆ど経験しない自分がぞくっとする、そして、その前に、中村講師の説明の-しるし-の話...

疑り深い私にはこれは大きな収穫でした。確信をもてるように仕組まれたかのような事前の説明とこの感覚...この二つが同時に頭と感覚でつかめられ、-霊-がおりてきた感覚がわかったのです。

これでいいのか。この体験は本当に大きく、家に帰って家族に何度も話すほどの感激でした。

続く


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パワーストーンをワイヤーで包んでみました

真鍮の針金があったので、手持ちのパワーストーンをいろいろと包んでみました。

まずは石を好みのものに入れ替えれるペンダントトップです。
これは、穴の開いてない石を眺めていて。どうかして首にぶらさげられないかと思っていたところ、スペイン村で、針金のまいたもので、なかの石を取り換えられるものを発見しました。しかし、自分で作ることは考えてませんでした。でも、石を見るたび、やはり、身につけて歩いてみたいと思い、自作しました。

スペイン村で買ったものはちいさく、私の持っている石はほとんど入らなかったからです。

適当な大きさの真鍮を用意し、くりくりとなんども巻いていたら、なんとか大、中。小、形も〇、楕円などいろいろとできるようになりました。いくつも作り、クリスマス会のくじびきにしたり、友にあげたり...

↓これは大阪の友に差し上げたもの-1-です。
縮パワストン針金IMG_1227

そして針金の巻き方をネットでちょろっと参考にしたりしながら、くりくりと適当に巻いて作ったのがこれです。
中は水晶です。
縮パワストン針金IMG_1228

↑を作ってみて、面白かったし、クリスマスプレゼントを友に用意してなかったことを思い出し、もうひとつ作ってみることに...
くりくりと巻いているうちに。とものミクシー名をちょっとあしらおうと。-T-の字を作りかけ、「あっ、ミクシー名変わったんだった。Sだったよ」と。気づき変更に...
ワイヤーは結構融通性があり、ビーズなどを入れたら特に曲がりあとなどわからなくなります。

くり、くり。 ぎゅっ。 ぽとっぽとっとビーズを適当に入れSの字もあしらいました。ストーンの右側、黄色のビーズでSの字です。写真でわかるでしょうかどしろうとなので、自己流です。

Sの位置決めにちょっと違うところでもよかったかと思いましたが、できました。
パワーストーンのペンダントトップです。歯が痛くて、プレゼントを買いに行けず、替りに作りました。これも大阪の友へのプレゼントです。
縮パワストン針金IMG_1229
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ミディアムシップワークに行ってきました2011/12 -2-

今回のミディアムシップワークは前よりも人数が多く、始まる前にもう、みんなが瞑想をしていました。
いそいで上着などを脱ぎ、椅子に座り目をつぶりワークの始まりを待ちます。

いよいよワークが始まりました。
今回も瞑想、ミディアムシップの説明などを交えての進行ですが、こまかな内容がまた違い、新鮮です。瞑想をシュタイナーの言葉を聞きながらしたりと、今回は今回の雰囲気があり、いつも全く同じでないところがこころにくく、おっと、思いました。

最初の瞑想のあと、その感想をいます。私は虹の一部のイメージをみたのですが、それについて、中村講師が、わたしについて、いっぺんに見たいということがよくでている、などとおっしゃいました。瞑想はチャクラといろんな色の蓮のはなをからめたイメージの誘導でした。私は、瞑想中、蓮の花をイメージするのですが、真ん中にいっぺんに虹のプリズムのイメージを抱いたのです。

いつもこのような瞑想をし、虹のようなものを見たとしても、それほど何も感じず、そのままに捨て置いたのですが、中村講師のこのことばで、自分の癖や性格からなるほど...そうか、と深く納得させられました。

他の人には、ゆっくりと、自分の力で、という◎◎さんの特徴がでているといったことを言われたり...ほんとう、中村講師のアドバイス、助言は的を得ています。
また、別の人には、瞑想に出てきたガイドのことをもう少しつけくわえて言ってくれたりと、瞑想ひとつとっても、とても安心し、確信を得ながら進行していきます。

そして、はぁ!、と思ったことがあります。瞑想がおわり、皆が感じたことを話しているときに私の右隣に座っている方が、左側に寒気を感じるとまず言われたのですが...

寒気?実は私はあまり寒気はいつも全く感じません。しかし、この前のヒメネスさんのワークでちよっと寒いような感覚がありました。ぞくぞくとではないですが、いつも瞑想やクラスの実習、その他では暑くてたまらないというのはありますが、その反対はありません。
寒気?その時はそれほどではなかったので気にしなかったし、なによりも寒気なんて...いかにも低級なもののけがついてきたようで、いやです。

そんなことで、隣の人が寒気を訴えたことで、まず、「まっ、まずい、いつも低級なことを考えているから、へんな霊が私についており、隣の人が寒気を感じているのでは?」という考えが浮かび上がります。
まずい、まことにまずい...そんなことを思っていたら、
「そこにガイドがいますよ」との先生の声...
隣の方のガイドがその寒気を感じる側にいるといわれたのです。

なに?...!

先生は続けて、ガイドが近づいてくるときに寒気を感じる人もいるのです。寒気は悪くないのです、というようなことをおっしゃったのです。

これにはびっくりしました。寒気といえば、おばけ、おばけといえば、怨霊、もののけと思っていましたが、人を導くガイドにも寒気を感じることがあるとは...これは一つの発見でした。
今回の瞑想では、私もガイドが出てきたと思います。

白い着物の、誰かで、小さい人のような...黒い烏帽子をかぶっていたような、そうでないような...あいまい模糊としていましたが、脇にしっかりと閉じた傘を抱えていました。そして、座っている前には琵琶が一つ...この傘の意味、琵琶の意味...私が思ったのは、ガイドが傘で私を守っているということと、昔弾いていたギターが年月がたちいい音になっていていいね!という意味だと思ったのですが...
先生の解説を聞くと、これが違う、でも本当だとうならせるような内容で、今のスピリチュアル的な自分の状態をまさに言い当てていました。

うーん。すごい。私は先生の言葉にそうだと納得をせざるをえませんでした。

そしてミディアム実習です。

今回のミディアム実習は、人数が前より多いです。ですので、デモンストレーションにならってやるということです。私がまずみんなの前に立ちます。

先生が目をつぶってと言います。目をつぶり自分の感じたイメージを言います。
髪が〇〇のような年配の人、
横に先生が立ち誘導してくれます。

途中、途切れると、息を吸うように促してくれたり、私がいう人物像について、どのような人か詳しくきいてくれます。
〇〇の髪の...
最初イメージが出て、確信がない。ほんとかなぁと、疑いがふっとわきます。
先生が〇〇の〇〇のような人ですか?とまた詳しく聞いてくれます。

〇〇の△の×★で...と言いながら、その時です。
右背中上部から腰にかけてさっと、ぞくっと寒気が走ったのです。

うわっ...なんだなんだこれは、もしかして、本当にこれは思い込みでなく、-霊-なのか?
本当なのか?

尚も霊について中村講師が詳しく聞いてきます。
こうですね。〇△ですね

〇△で...本当かな?こころでふっと思い、また〇△★、と言ったとたん

ぞくっ...今度は左肩上部から寒気が...

〇〇で、と言いかけたら、今度は背骨右側を小さく寒気がさっと走りました。

おっ?これは...もしかして霊媒体質の人たちが言っていた-寒気-というもの?その後、霊について思ったことを言っていたらら、参加者のお身内にそれらしき人がいて、
最後にその方への霊からのメッセージをと、先生に促されました。

しかしね。どーかね。メッセージ...いままでメッセージなんてそんなものわかったかなぁと、またも疑いの気持ちが起きかかる瞬間、

カバが口を開けたイメージ(シンボル)が...

そして、それが〇イ〇のイメージに変身しました。
おぅ。これは〇イ〇じゃあないか、これならすぐわかるぞ。

「△を使う、大事にしよう...」
相手の方はちょうどそうだったそうでどんぴしゃでした。

これらの二つの感覚はいままでどうしても感じられなかったものでしたが、いままでわからなかった感覚がわかった瞬間はなんともいえない気持ちがしました。

これは、やったものにしかわからない感覚でした。
続く
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ミディアムシップワークに行ってきました。2011/12月 -1-

アイイスのミディアムシップワークがあり、12/23に神戸まで行ってきました。
ミディアムシップとは 亡き人とコンタクトをとるということで、ミディアムとは日本でいわば霊媒という、霊とコンタクトをする人です。

このミディアム、また、ミディアムシップワークについては、夏にも大阪で行われ、過去の日記に書いています。詳しくはそちらをご覧いただくとして、今回のミディアムシップワーク....なぜ、行ったのか?
前回のワークについては↓をクリック

ミディアムシップ 1 8/12記事

ミディアムシップ 2 8/13記事

ミディアムシップ 3 8/15記事

ミディアムシップ 4 8/16記事

ミディアムシップ 5 8/18記事

ミディアムシップ 6 8/19記事

ミディアムシップ 7 8/20記事
今回も霊などのぶっとんだ話です。こんなたわけた話はくへぇ...たまらん、という方はスルーしてね。

またもミディアムシップワークに行ったのは、中村講師の授業を一度受け、その内容のわかりやすさと、それからえられる気付きが自分の求めていたものであり、これは何度も受けたいと切に思っていたからです。
残念ながら関西は少々我が家からは遠いですが、知り合いもおり、ついでに会ってランチをしても楽しいし...と、行ってきました。
まだ、夜明け前の暗がりの中、家を出ました。電車を乗り継ぎ、窓から日の出の空を見ていたら、前日まで続いていた歯の痛みが全くなくなっているのに気づきました。私は歯の調子が悪く、年末にさわるとかえって悪くなるかもしれないと先生に言われ、診療は年明けから予約しています。我慢できないほどではありません。しかし、買い物も辛く、しかし、なんとか過ごすしかないという状態でしたが...
この日、朝起きたら、なんと全くなんともない。痛くもなんともない...朝早いし、疲れているので、もっと痛くなってもおかしくないのです。私のこの歯の痛みは虫歯ではないのです。体の抵抗力がなくなり、免疫力が落ちているときに出やすいと歯医者さんが言っていたのですが...朝、すっきりとした状態で家をでたのです。

ミディァムシップワーク出席に当たって、前回は、
①どうやってやるのか知りたい
②じぶんの言っていることがについて少しでもフィードバックを受け、確信とまではいかなくても、なにか、ひっかかり、腑に落ちるような感覚を得たい
そのような欲求を抱えながら行ったと思います。とにもかくにも、ミディアムシップのようななんだかわけのわからないものについて、知りたい。掴みたいという情熱、そのなかに、疑問符として①と、②を持っていました。

そして、今回はどうかといいますと、まず、大きく、わかりたい、しりたい、おもしろい...と、好奇心中心の情熱があったということと、具体的な疑問としてひとつ、

①霊性開花とは、具体的にどうすればよいか?といった問題がありました

わたし自身もちょっとした練習会で、えらそうに、霊性開花をめざすとか、向上を、なんて言っております。そういいながら、疑問に思っているとはもなんといいかげんな適当なやつだろうと、我ながら思いますが、このごろいろいろと考えてしまっていたのです。
霊性開花とか、霊格が高いとかいろいろとスピリチュアルな先生や、学びの場ではよく聞きます。もともと霊媒体質の人が霊性が高いのか?といわれれば、そうではないといい、でも、スピリチュアルに関心のある人々はそのような人を持ち上げがちです。霊能力、未知能力ではないといいながら、それで他人を値踏みする人も多いです。

みんながそうではないですが、心のことを言うその口で、他人を傷つける言葉を吐いたり...私はそのようなことをみるにつけ、霊性開花ってスピリチュアルな美しい言葉でなく、普通の生活で、人を勇気づけたり、助けたり、助けられて感謝したり...そんなことだと思い始めていたのですが...

人間は自分が思っている以上に不思議で、可能性に溢れる存在だと思えること、そして、付随的に具体的な透視能力などが磨かれていくのでは?とも思っています。そして、このごろは、霊性開花とは、日常生活を送る人間として、人に優しく、よき人間であろうとすることかなぁと思っているのですが、どうだろう?、と思っていたのです。
それとアイイスのいう、クラスの授業やワークで霊性開花を目指すとは...どのようにつながりがあるのだろうと、疑問を思いはじめていたのです。

そんなこともふっふっと頭に疑問符をしまいつつ、ワークへと向かいました。

 そして、②として、よくミディアム実習で、みんなが、-ぞくぞくする-とか -寒い-とか言っておるのを目にするにつけ、-思い込みだよ-、錯覚かもね...なーんて、思ったり、そんな感覚があるとしたらどんな感覚だろう?と疑問に思っていたことです。このことはただ疑問に思っていただけですが、今回、この感覚について新しい展開がありました。

つづく
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トンデモ話は奥で繋がる(137) 23.12.23

トンデモ話は奥で繋がる 「第137夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪輪廻転生 ⑦≫
 
 ★ シュタイナーコレクション

 さて、シュタイナーによれば、我々が浄化の過程で《意志する感情》を得て、
霊界の真の姿を把握すると同時に、もう一つの別の力が、私達の中から現れ
てくると言います。

 それは《意志する感情》よりも遥かに深い魂の層にあって、我々の生命と意
識を生み出す力として働いていた《魂の創造力》で、死とともに解放され、霊
界を照らし出す照明力に変化するといいます。

 ここから本来の霊界での生活が始まるのですが、『シュタイナーの死者の
書』
の第5講(1914年4月ウィーン公開講演)では、その始まりの部分について、
それ程詳しく述べられていません。

 この辺りがシュタイナーの著書、特に講演語録を読んでゆく時の難しさの一
つで、全ての事項に同じウェイトを置いて話している訳ではないので、所々が
消化不良のまま残される感じがあります。

 勢い、また違う著書を探ることになるのですが、必要な部分について述べら
れているものを探すのも、また一苦労です。多くの入門者が、わからないまま
投げ出してしまうのも頷けるところです。 

縮照応する宇宙  幸い(小生特有のシンクロニシティーの成果か)、つい最
近、行き着けの図書館で、筑摩書房『シュタイナーコレ
クション』(
マンガ本サイズ約400頁・全7巻)なる集約本
を発見しました。

 うち、№3中、『感性界、魂界、霊界を巡る輪廻の諸
相』
(1910年3月19日のウィーン講義)に、詳しく説かれ
た(高橋巌訳)ものが ありますので、そちらの内容を織り
交ぜてゆきます。

 ★ 浄化による衝動

 一般のスピリチュアリズムでは、入門者が離れていかないよう(?)霊界の
現象については「そういうものだ」と言うにとどまっていますが、シュタイナー
は、いつも科学的に説明する態度を貫きます。

 もっとも、今日の科学からはかけ離れてはいます。しかし、それは我々が
まだ知らないだけの科学の法則であり、超能力者でなくとも、誰もが等し
く体験できる
ことだと彼は説きます。

 そして、その姿勢の違いが、同じバックボーンをもちながら、一般人にはな
い霊能力をもつ人達の特殊性を重視し始めた『神智学協会』と決別してゆ
く理由のひとつとなったのです。

 それでは、『照応する宇宙』から、前世の遡及体験を終え、本来の自我が
現れた直後の状態
についての、彼の科学的な説明の抜粋から始めてゆき
ます。

 「 人が死後、他人に加えた苦痛を知覚し、その苦痛を追体験
 る時、その苦痛を成長に対する妨害―私がもしこの苦痛を相手
 に与えなかったら、私は今と違っていただろう―
と感じます。
  (…中略…) 

   環境の中で犯した自分の誤謬、虚偽、悪行を前にして、こう
  言わざるを得なくなるのです。

  《こういう行為を犯したことで、私は完成への道を更に進んでい
   くことができなくなってしまった。》

   しかし、こう言う事で死者の魂の中に新しい力が生まれます。
   そして、この浄化期間に、この過ちを償いたいという思いが強
  くなるのです。
  (…中略…) 

   私達が生前行った全ての不正、悪を清算しなければ、という
  強い意志を次の人生において発揮する力が、浄化期間の終わ
  りの私達に授けられるのです。
  (…中略…)

   地上を生きる現在の私達の場合、単なる思考の所産に留ま
  りがちですが、死後のこの一時期には、生前の追体験が強力
  な創造衝動
になるのです。」
  
  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション』pp326-328  
  《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 この辺りまでは、一般的なスピリチュアリズムでもよく言われていることで
す。生前に犯した幾多の過ちを、自ら感じ取ることで、それを改めたいという衝
動が、転生への道を辿らせるのです。

 ★ 創造力を持った思考内容

 さて、問題はこの《創造衝動》の発現のされ方です。これは我々が現世で考
える、単なる感情とは少々意味合いが変わって来るのだと、シュタイナーは
説いてゆきます。次に彼は、こう切り出します。

 「 《思想は人間精神の所産に過ぎない、事物の根底に存在する、
  事物本来の創造力や作用力とは関係がない》
と信じている人は、
  ただちに思考することを止めるべきです。
   (…中略…) 

   私達の内なる鏡の中で、外界を再び呼び覚ます《思考内容》が、
  外の世界に存在しており、この思考内容の世界《思考界》から万
  物が生み出されてきた
のだということを理解している人だけが、現
  実に即した思考ができるのです。」
  
 (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション』p328  
 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)

 何だか禅問答のように感じますが、内容としては『死後の世界』の現象としては、
よく言われいている《我々が念ずるだけで、願望した物がそのまま目の前に
現れる》
ということが、《常態》なのだと彼は言っているのです。

 つまり、《思考》は常に外界に対して《創造》を伴って作用するものであり、万
物を産み出す主体―生きた《霊》だということです。彼はこれを、現世での《思考》
の表れ方と区別して《宇宙思考》と呼んでいます。

 それでは何故、現世では(一部の超能力者を除いて)、思考によって物質が
創造されないのか
、その理由について、彼は次のように述べます。

 「 人間の思考内容は、創造性を失っています。…この創造的な要
  素は、私達の場合、生存の神秘的な地下に押し込められているの
  です。…人間の《思考内容》は、創造する《意志》が《霊》から搾り
  取られ、意志の無い《霊》が映像のように現れたものなのです。」

 (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション』p329  
 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)

 つまり、我々の思考は、地上においても《霊》なのですが、それらは《意志を
持たない霊》
なのだと言うのです。恐らく一部の超能力者や、強い怨念の波動
である《生き霊》と言われるものは、そこに本来の《意志》が付け加わった状態
なのでしょう。 

 ★ 自分の内面の世界へ
  
 さて、こうした本来の《宇宙思考》を見出した死者の《自我》は、次なる段階
と進んで行きます。

 「 意志と思考が結びついたこの《霊》の中に、浄化期間を終えた
  死者は入ってゆきます。霊界という新しい世界の中にです。

   今この世にいる私達は、感覚印象に取り巻かれ、それを知性
  で思考していますが、死者はその時、創造的な霊界に取り巻か
  れ
、創造的な霊界の中に生き、その世界に属しているのです。

   これが浄化期間の後の最初の体験です。死者はその時、知覚
  対象
に取り巻かれるのではなく、全く創造的な世界中にいる
  です。

   前世において、又は既に前々世において、消化しきれぬままに
  受け取った全ての思考内容、自分の犯した罪を清算しようとする
  力強い衝動、その全てが今、創造的、生産的なものとして感じら
  れるのです。
   (…中略…)  

   死者は純粋に霊的な実質の中で働き、そして生前体験した全て
  を、肉体とエーテル体がある間は自分の中に取り込めなかった全
  てを、この純粋に霊的な実質の中に刻印するのです。」

  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション』p330  
  《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載)

 ここで「感覚印象」といっているのは、3次元的な《物質》のことと考えて結構で
す。ただし我々は、あらゆる《物質》を実在している物として感じていますが、その
実はのようなもので、その「印象」に取り囲まれて暮らしています。

 しかし霊界に入ると、現世で、我々が知覚器官を通して、物質的な感覚を伴っ
て体験してきた事象は、その《莢》とも言うべき物質的な介在物を全てそぎ落とさ
れ、純粋な《原像》だけに変化するといいます。

 すると、全ての知覚の制約を離れた《原像》は、自分の内面の世界そのもの
なるといいます。つまり自身が、そのものについて《こうである》と思っている精神
作用そのものだけ
が残るのです。

 すると、思考している自分自身も、その《原像》と一体化するというのです。これ
が、今まで自分を取り巻いていたと感じていた、全ての事物に対して起こることに
よって、外であった世界自分の中に体験する、その世界が霊界だというのです。

 そして、この霊界で、本来の《創造する思考》を取り戻した《自我である私》は、生
前体験したにも関わらず、その体験の意味を《生産的》に、自分のものにできなかっ
たことを、次々と形にしてゆきます。

 次回第138夜は、その創造活動の内容へと入ってゆきます。

( 追伸 )

 中曽根君、君の《創造衝動》は全く酷いものだねえ。

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放射能検査をきちんとしている食品会社があった-ムソー-

ムソーという会社の食品がきちんとした放射能検査をクリアーしたものだと、聞いたので、ホームページを見てみました。
ムソーの放射能検査について

すごいですね。10ベクレル限界/k未満で不検出となるそうですが、

弊社といたしましては、今後も放射性物質は「不検出」とし、放射性物質が検出された
場合、原料産地変更・取り扱い中止等で対応してまいります。
 何卒、今後ともご理解ご協力をいただきますようお願い申し上げます。


なんと、検出されたら、取り扱い停止...これは、立派だ。

ムソー...なんて実は知らなかったが、お茶、ラーメン、ひじきまで...いっぱいあるわ。
とっても高いけど、たまには食べたいものがいっぱいあります。海藻などはもう食べられないとあきらめていたけど、ここのをごくたまに食べればいいかも...なーんて。

検査限界まで測り、少しでも出たら、販売出荷しないなんて...これなら安心できます。今は生協までが、政府の基準で安心だと、ほざく世です。でもこんな企業があるなら、いつもロシアンルーレットをしているような気分になる買い物から息をつける間ができそうです。
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愛知県の被災地の瓦礫受け入れについて、反対しよう♪

知事が環境相宛てに要請書 がれき処理の基準明確化など

愛知県の大村知事が瓦礫受け入れについて、要望書を細野豪志環境相宛てに提出したとのことです。この記事の前半は
知事は20日の会見で「自治体に判断を委ねる姿勢で、回答になっていない」と環境省を批判した。ことなどについてで、国の曖昧模糊とした判断基準で自治体任せの瓦礫受け入れについて、知事が批判をしているということですが、

要請書では、放射性物質を含む焼却灰を埋め立てた場合を想定し、埋め立て地利用のガイドラインを早急に作ることも求めた。
 県は、環境省から納得できる回答やデータを得た上で県内各市町村の意向をあらためて調べ、がれきを受け入れるかどうか判断する。と、最後に結んでいます。

市町村の意向...ということは住民である我々が、受け入れ拒否の意向を市や町に訴えれば、がれき受入れ拒否の方向に行くかもしれません。
市町村に直接電話で受け入れ拒否の要望を訴えたり、議員に話し、市に言ってもらったり...我々庶民でもできることがあります。私はちょっと具合が悪く、しゃべるのがつらいですが、頑張ります。
まずは市議の〇〇さんに連絡をします。
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リンゴペクチンとグレープフルーツペクチン

チェルノブイリの原発事故の後、放射性物質を体から出すキレート材として-りんごペクチンが摂られました。そこでリンゴペクチンを福島の原発事故以降、日本でも摂取している人がいます。
かくゆう私も実はリンゴペクチンを自作し、たまに家族に飲ませていましたが、すぐに飲むのを忘れてしまい、傷ませてしまうことが多かったです。

リンゴペクチン...寒い国ではペクチンはりんごから摂るのが易しいでしょう。チェルノブイリではリンゴペクチンだったけど、ロシアではとれないみかんとか、グレープフルーツ、その他のペクチンでも放射性物質のキレート財とならないか?そんなことを思っていたら、何か月か前に桃か、なにかでりんごペクチンの代用となるといったことを目にしたようなきがしましたが、定かではありません。

しかし、今の時期、ミカンでできればいいですが、どうでしょう。わかりません。

放射性物質のキレート材となるかどうかは不明ですが、グレープフルーツ...これもペクチンたっぷりです。ペクチンというのは食物繊維の一種です。
フロリダ大の教授の実験でグレープフルーツのぺクチン-一日10グラム-を4か月間血中コレステロール値の高い人に与えたところ、1/3の人が血中コレステロール値が10パーセントから19パーセントに下がり、半数の人が善玉コレステロールと総コレステロールの比率が改善されたということです。

ペクチン...かんきつ系のものでも体によさそうですね。グレープフルーツはペクチンだけよりも生で食べるともっと他のビタミンcなどの栄養素が取れるのでいいらしいです。

ただ、このペクチン15グラムというのが、グレープフルーツ2個から15個だそうで、分析によりばらつきが大きいです。
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genre : ライフ

冬至と薄暗い朝の空

今年の冬至は22日です。
今日、6時半に外を覗いたら、まだ暗く、寒かったです。日が暮れるのも早く、すぐにとっぷりと暮れてしまいます。このごろは、雨が降ったりしていますので、朝焼けも夕焼けもそれほどきれいに見えませんが、朝、夕と、ほのかに赤く色づく空をみると、きれいだなぁと、思います。

さて、この頃、中部地方でもぽつぽつと地震があります。そろそろくるかもしれないと、言っている人もいますが、さて、地震がいつくるか、はつきりとわかれば防ぐこともできますが、なかなかわかりません。

しかし、自然現象、動物の動き、などを観察していれば、はっと気付くこともあるかもしれません。3/11の地震をあてた予見の松原さんのブログでも、地震の時の朝焼け、夕焼けのいろの違いなどが書かれていました。いつもと違う空の色、動物の行動、鳴き声...私たち人間も動物的感覚を最大限に働かせて、地震の被害を最小にしたいものです。

いるか、くじらが、近くの海辺で異常に集まってないか?からすの鳴き声が、騒がしくないか?ラジオの電波の係り具合、遠くのいつもは届かない局の電波の放送が良く聞こえてないか?
磁石の異常、湧き水が干上がっていたり、泥混じりになったりしていないか?見慣れない虫が家の中に急にいるとか...

身の回りのこと、自然の異変に注意し、すごしましょう。
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genre : ライフ

ガイガー旅行記 東京Ⅱ

 本年度、2回目の東京出張です。当日は全国的に強い冬型の気圧配置となり、前回
(10月7日)と比べ、気候的にはかなりの厳しさ覚悟のガイガー旅行記でした。

 午前7:30    名古屋駅新幹線待合室は8割程度の入り。ガイガーの数値は
         0.13~0.18μSVとやや高めでした。

 午前8:10    新幹線のぞみ106号乗車。車内はほぼ前回同様0.12μSVでスタート。

 午前8:50頃  今日は空気が澄み渡り、富士山の姿もくっきり。放射能さえ無けれ
         ば最高の空間なのですが…。ちなみに前回は、トンネルの前後で数
         値が上がったのですが、今回は0.11~0.12μSVと低値。

 午前9:34   新横浜着。0.12μSVで変わらず。

 午前9:46   品川着。こちらも0.12μSVと低値のまま。

 午前9:53    東京着。駅構内に入った直後0.15~0.18μSVに跳ね上がりました。
         今日は「山手線・外回り」に乗車してみることにして、取りあえず
         インフルエンザ対応マスクをつけて在来線乗り口へ。

 午前9:59   山手線乗車。東京都内のみを廻っているせいか、車内は0.11~0.12
        μSV
と低値でした。

 午前10:10~  新橋からのアクセスは今回が初めてになります。西口から飲食店街
         をまず西へ。ガイガーはいきなり0.18μSVを示し、時折0.15まで下が
         るものの、ほぼこの数値を保ったままで、かなり放射線が飛んでいる
         感じです。
          西新橋二丁目から西新宿までは0.18μSVを示したまま。この辺りは
         かなり高そうです。
          そこから再度西向きに折れると、やや値が下がり始め、0.11μSV
         値が続くようになりました。
          西新橋一丁目近辺はほぼ0.11μSV、ここから再度北に折れて、前回
         同様、経済産業省の前へと歩を進めました。
          まず、前回それ程高くなかった東側の植え込みですが、まだ葉が茂
         って残っており、今回は2箇所とも0.15μSVを超えました。
           一方、前回高かった北側の植え込みは、ほとんど刈り込まれたよう
         な状態で、今回はかなり低くなっています。刈り込まれた葉は、どこ
         へ運ばれたのでしょうか。
          そこから東へ渡った財務省の北側の坂道では、再び0.15μSVを超え
        る数値が出ました。ここはまだ葉の残った「いちょう並木」が続いて
        おり、放射性物質が残っているのではないでしょうか。

 午後4:30~  午後からは前回同様、日比谷公園を廻って東京駅まで歩いてみまし
        た。ただ、所々に出来た雪雲が日差しを遮り、冷たい風もかなり強く
        なったので、定点観測は断念して、ガイガーを片手に数値の変化だけ
        を追うことにしました。
          日比谷公園の南側は、今回は低く、前回最高値(瞬間0.24μSV)を出
        した大木付近も0.11μSVに留まりました。ただし、風がかなり強かっ
        たので、その影響がかなりあったかも知れません。
         西側も、千代田線日比谷駅入口辺りまではかなり低かったのですが、
        北に上がると、0.15μSVの数値を示したままとなりました。
         皇居の外濠は、強風にも関わらず、前回同様数値は高く、特に南側
        では、しばしば0.18μSVの値を示しました。
         馬場先濠からは、西側に渡り、また「いちょう並木」の脇を測って
        みると、やはり0.18μSVの値を超えるポイントが続きました。縮東京図 (2) 

 小生のガイガーカウンターの数値が、どの程度信頼できるかはわかりませんが、少
なくとも相対的に見て、地下鉄や山手線の車内の方が低い感じがしますので、移動の
際にはこちらを利用した方がよさそうです。

 止むを得ず地上を移動する場合は、ホットスポットを避ける意味で、ガイガーカウンタ
ーがあった方がよいと思います。先日、武田先生が小牧での講演でおっしゃった ように、
今年の木の葉や表土には、まだ事故当時の放射性物質が残っており、接触や処分には
要注意です。

 また、マスクでは放射線そのものを防ぐことはできませんが、セシウムが付着した
土埃を直接吸い込まないためには十分役立ちますので、東京の舗道を歩く際には、
やはりつけた方がよいと思います。

 本年秋には、ボランティアの団体が中心となって製造した徳望の日本製の「ガイガ
ーFUKUSHIMA」
が、ほぼ原価(1万円前後)で頒布を開始しました。被災地の方が優先と
なっていますが、その他の地域の方も順番待ちで購入できます。

 小生も早速予約し、来年の1月には手もとに届きそうです。そうすれば、今持ってい
る「RADIX」との比較が可能になり、これまでの数値の信憑性が明らかになって来ると
思いますので、また比較した値を掲載してゆくつもりです。

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どこにあっても安全だ...原発、燃料について、細野氏の発言

ライブドアニュースによると
細野環境相が「燃料がどこか判らないが冷却された」と、言ったそうですが...

東京電力福島第一原発の事故収束作業で、政府は冷温停止状態を発表したが、政府・東京電力統合対策室は16日会見し、細野豪志環境相も「燃料の場所がどこにあるにしても、冷却されているという状態」と安全を強調した。

裏返せば、どこにあっても、確かめようもなくても、最初から=安全と、決めているということですね。

今朝の中日新聞でも、ドジョウ首相の-安全宣言を怪しむ記事が複数ありましたが、この期に及んで、政府がいえば真実だと思う人がどれだけいるのでしょうか?まだ政府を信じている人もこんな発言でかえって-おかしいなぁ-と、政府や東電を疑うきっかけになると思います。そんな意味では、もっと安全だとか、大丈夫だとか、大きく言えば逆効果でいいかもしれません。

細野氏もどじょうも!もっと言え!がんばるんだ。
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東京、関東の放射線量、空間線量

木下さんのブログに関東の線量についての書き込みがありました。
タクシードライバーさんと言われる方の書き込みです
以下転載

都内を計測中(12月1日~) (タクシードライバー)
2011-12-16 06:58:35
木下さま講演活動ありがとうございます。

仕事で都内近郊を毎回200Km近く走り回っています。
soeks01Mをフロントに取り付け線量の高い箇所は降りて高さ1mで2分間再計測しています。
都内23区は0.12~0.25mcSv/h位で推移しています。
東京は全域で汚染されています。
都心部に0.45mcSv/h越えの場所が点在します。
東京都の発表は信用できません。
来年3月の海外移住まで計測を続行します。
深夜、水戸街道、日光街道ですれ違う上りのダンプなどは一瞬数値が跳ね上がることが気になります。


23区で0.12から0.25...
都心部で0.45
のところが点在するとのこと


これはやはり、放射性物質が降ってしまった、...その辺を漂ってもいることを示していると思います。
ダンプとすれ違うときに数値が跳ね上がるというのが、現実感があります。私もガイガーカウンターを持っていますが、放射線源があるとすっとあがります。ある自動車修理屋さんの前を通るとすうっとあがることがありましたが、そのような場所、車には放射性物質がどこかに付着していると考えるのが自然です。

0.45ミリシーベルトを超える場所があり、さらに被災地からのトラックなどについて放射能が舞い落ちる...

どじょう首相が-冷温停止宣言をしたそうですが、そんな嘘八百、誰が信じるのでしょう。誰も近づくことすらできないのに...冷温とは。
みんなに、-私はうそつきです-と宣誓したようなものです。

思考停止宣言のほうが真実味があるのに...困ったものです。
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没薬、乳香...東方の三博士

イエスが生まれたことを祝う、クリスマスが近づいてきました...寒空の12月、日の暮れるのも早くなり、3時台から夕方のようにけだるい暮れかかった空になってきました。

イエスの生まれたのは、本当は違っていたと、何かの本で読みました。キリスト以前の宗教や、土着の風習、いろんなのがまじりあい、現在のクリスマスになったのでしょう。

今の時期になると、アベントカレンダーをめくったり、クリスマスイエス生誕の劇を幼稚園児が練習していたのを思い出します。いつも内容、登場人物はおんなじです。イエス様-赤ん坊-、 マリア、ヨゼフ、そして東方の三博士です。キリスト教の幼稚園を除く機会があったので、よく覚えてますが、
幼子イエスが誕生しお祝いに駆けつけたのが、三博士です。
三博士は、
黄金と、没薬と、乳香を幼子に捧げます。

この没薬、乳香と、聞くたびに、なにやら異国情緒とを感じていました。いい匂いの香料、油、のようなものか?みたことはないが、めったになさそうだ...なーんて、思っていましたが、ふとこの没薬、って木が樹脂化した香木のようなものではないか?と、感じ調べてみたら...

没薬も、乳香も木の樹脂が固まったものだそうです。日本の香道でも古い香木を焚き、においを楽しみますが、古い2000年も前、イエスでなくても、香りうるわしい没薬や、乳香を身の回りに漂わせ、楽しむことがあったのでしょうか?

いい匂いは高貴な人に似あうと、東方の三博士の話は伝えているのでしょうか。
ところで、この没薬、ミルラ、というということはご存知の方も多いとおもいますが、このミルラ、=ミイラだとは知りませんでした。あっ、そういえば知り合いに聞いたことを今思い出しました。没薬は防腐財として、ミイラを作るのにつかわれたようです。ミルラを使ったものから転じてミイラとなったのでしょう。

没薬も乳香も漢方薬としても使われているようです。2000年も前のものとおもってしまいますが、中国やアラビアで使われているそうです。

薬としても使われていた...なんて、2000年前の人も病気やけがをしただろうと、思いを馳せると、そんな長い年月もさっと縮んで、現代人とかわらない人びとが砂漠の星空を眺めているのが目に浮かびます。昔も今も子供は大事で、大事な香料、漢方薬を子供に大人は捧げるのですね。放射能が飛び散った今の日本の子供も、大事にしたいものです。
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武田先生の講演-放射能について考えよう-要点

12/11の武田先生の講演の出だしは、いざ、原発事故が起こったらどうするか...ということです。秋の証券取引所の講演でもききましたが、
福井での原発事故がおきたらどうするか、ということです。
放射能は目に見えません、細かな粒です。それが風に乗ってくるのです。
ですから、この愛知県の人びとは、
南や、南東に逃げるのではなく、恵那、中津川などの北、北東の方角に逃げるべきだとまずはおっしゃいました。北ということは、原発から愛知県に直線を引いて45度の直角の角度です。放射能は風に乗ってきます。このあたり、福井から風が吹いてくるときは、そのまま、名古屋を通過し知多半島方面に抜けます。風のいく方角ではなく、風が流れない、45度の方角に逃げるべきとの言葉でした。原発の爆発のときの放射能を乗せた風は幅が10キロぐらいに収まるそうです。風を見て、横へ逃げていけば、まず逃げられるとのことです。

そして、おうちには、インフルエンザ用のマスクと、水の用意を、と緊急時にはこれがまず必要だそうです。インフルエンザをふさぐマスクなら、放射能はふさげるそうです。

福島のこどもについては、聞くと、胸が詰まるような気がいたしました。
武田先生はよく言われていますが、人間の一年の浴びてもよかろうと、決められている値が、1ミリシーベルト。ドイツでは0.1ミリシーベルトとなっており、5ミリシーベルト以上になると白血病が増えるということで、なんと労災がおりるそうです。電力会社そのものが20年前に従業員に1ミリシーベルトと決めておきながら、
福島の子供に20ミリシーベルトという値をおしつけたということ...まことに恐ろしいことです。
先生によると、20ミリシーベルトとは、年に胸のレントゲンを400回とることになるそうです。こんなことで、心配しない親がいるでしょうか。

お休みの時だけでも、福島の子供さんには、線量の低いところに退避していてほしいものです。

また、給食の食材、文部科学省の500ベクレルから40ベクレルに基準値を下げるという話に、17府県からなんと、反対の声が上がった話、など。驚きあきれる話も飛び出しました。
なぜ17府県が反対したかというと、食品の放射能分析器が300万はするため、高いから買いたくない、という理由だ、ということにまたもたまげました。

この日本で、300万、命と健康のため、子供の未来のために300万が高いとは...どうかしています。各都道府県の教育行政、くるっているとしか言えません。

先生は途中で横浜市だったか?どこかの市で、安全だと言っておきながら、実は放射能に汚染された食品を給食に出していたということを言われていましたが、そこの市の人が、-すいませんでした-とあやまればすむことではない、昔だったら切腹だ、と強く言われるのが印象的でした。
食べてしまったものは戻せない。ならば、戻れないことをして責任をとるべきではないか、辞めるとか...そんなことまで言われていました。
本当にそうです。それぐらいの気持ちをもってことにあたらないと、この放射能禍は、子子孫孫までおよび大変なことになるのに...

どこか、能天気な日本人、政府、なんとかならないものかと、思っていますが。

後半は、食品についてすこしと、外食のコメは福島産が入っているかもしれないとかお魚は北海道から静岡まで今年は控えたほうがよいだろうということ
新米は偽装が多く、3か月は買ってはいけないということ←ウソがばれるのに大体3か月
安い果物は避けたほうがよい、など...最後に、
染された瓦礫は他の地方に持って行ってはいけない。瓦礫の拡散はだめ、ということでした。

瓦礫の拡散...断固拒否したいと思います。
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ガラス絵を描いてみました-フラワーオブライフと蝶-ステンドグラス風

アクリル板をだいぶ前に買ってきたので、それにステンドグラス風の絵を描いてみました。
フラワーオブライフという丸が組み合わされた抽象図形と、蝶などをステンドグラスの枠と一緒に描いてみました。

フラワーオブライフは人の成り立ち、この世のすべてをあらわしているとされ、古来から神聖に扱われてきた模様です。古い建物、エジプトの壁画にも描いてあったとか..聞くと.なんとなく神秘的なもようですが、デザインそのものは〇を組み合わせた幾何学模様です。

まずは黒のガラス絵の具を絵の枠となる所に置いていきます。
縮不らをくろIMG_1177

下絵はパソコンでしましたが、大きい30センチ強の透明板なので手描きでもいけるかもしれません。

かなり太く盛り上がり気味に絵の具を置いたので、2日乾かしてから中の色をつけていきました。事前にどの程度の盛り方で、光の透け方、色の輝き方がどうなるか、ガラス瓶に色のガラス絵の具をいろんな厚さに塗って確かめてから、自分の好みの厚さに塗ります。
色も、黄色と赤を混ぜ、自分のオレンジを作りました。紫は赤と青です。

隣の色にかぶらないよう気をつけて、全部塗り、2日ほど乾かします。
縮フラワーステンドIMG_1206

完成です。
すりガラスの窓辺に置きましたが、どうでしょうか。
縮フラワーステンドIMG_1202


光が透過してステンドグラス風になってるかなぁ。
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武田先生の講演会-放射能について考える-に行ってきました

小牧市のライオンズクラブの主催により、武田先生の講演会が日曜日にありました。私は武田先生の講演会は2回目、放射能関係の講演会は、4回目です。

放射能関係の講演は大体がこじんまりとしており、あまり人は来ません。来るとしても、その主催団体の関係の人とか、昔から反核運動をしていた人とか...今、現在、福一の事故以来、放射能について積極的に情報を収集しようという人はそんなにいないです。ですから、沢田先生、松井先生の講演などは内容が専門的で深いにもかかわらず、聞く人は地方の施設の貸教室に8分目といったところです。

しかし...武田先生はマスコミに出て有名なのでしょうか?前回も今回もびっしりの人、人、人...テレビの影響というのはすさまじいものがありますね。集まる面々の顔を見ると、-放射能について知りたい、聞きたい-というより、-テレビに出ているおもしろい先生の話で笑おう-なーんて待ち構えている-気-が満々です。

武田先生の講演でなかったら、このような放射能に必ずしも関心があるとは言えない人々は集まらなかったと思います。
さて、講演の内容です。

武田先生が一番強く言っていたのは、
「瓦礫を拡散させてはいけない」ということです。
瓦礫を拡散させてはいけない...そのことは放射能の危険性を語る人はひとしく言っております。そりゃそうだ、と思いますが、武田先生の次の言葉に私は-はっ-とさせられました。
瓦礫を拡散させると、日本に誰も住めなくなると。先生はおっしゃったのです。
瓦礫を拡散し始めると空間線量もあがります。土壌が汚れます。そして、どこもかしこも放射能まみれになるのです。
このごろは東京都や大阪が受け入れを表明したりして、なんとなくあきらめムードをもっていましたが、やはり、ここはふんばりどころですね。名もない市民でも、市や、県、議員などに働きかけなくてはと、はっぱをかけられた気がいたします。

小牧の講演会では東京のナンバーの車などもとまっていました。いろんな地域からライオンズクラブの人に誘われてきた人も多かったと思います。武田先生の講演を聞いて、
放射能は、安全ではない。子供と自分たちを守るため、まずは瓦礫の拡散を防ぐこと、そして、放射能に汚染されているであろう食品を避けること、それを頭に刻み帰ったことと思います。

この講演で、みんなが、放射能について危険性を知り、まわりのみんなに伝え、またそれが伝わる...そんなことが繰り返されれば、放射能の拡散、余計な被ばくは避けられるかもしれない、などと希望を持ちました。

地方のライオンズクラブがこのような講演会を主催するということは、本当に意味ある、すばらしいことだと思いました。
武田先生の講演の内容については詳しくはまた、書きますね。
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エミールのケーキ、12月

ケーキをたまに買っています。生クリームは、脂分が多く、乳製品でも放射性物質の量は少なくなるだろうと、たまには買っています。
中部地方の乳製品を使っているとのことです。東北の原材料でないということで買ってます。原発事故が起き、ケーキも気をつけなくてはならないとは...これ以上放射性物質が全国に蔓延したら100年後、この国にはだれもいなくなったりして...がれきの受け入れは断固拒否していきたいと思っています。

今回はこんなケーキを食べました。
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私はこれです。↓
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トンデモ話は奥で繋がる(136) 23.12.10

トンデモ話は奥で繋がる 「第136夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪輪廻転生 ⑥≫
 
 ★ 肉体への執着

 前夜で、我々の『記憶内容』自体は、霊的な実体に変わって我々の前にその姿
を表す
とお話ししました。しかし、それを生み出してきた意志や感情を失う訳では
なく、生前と同じように肉体体験を渇望し続けると言います。

 しかし、この思いは次のステップへ進むためには断ち切らなければならない
シュタイナーは説いています。そしてそのための方法が、生前の生活の回顧なの
だと彼は言います。以下、彼自身の言葉を抜粋してみます。

 「 私達の思考内容に関しては以上のことが言えますが、 私達の
  感情と意志の場合は異なります。意志と感情は死後もなお、肉
  体に結びついた時のままに存在しているのです。

   死者は、意志の星が生前の《果実》を伴って遠ざかった後も、
  なおしばらくは自分の産み出した環境である《元素界》の中で生
  きています。
  (…中略…)

   本来《自分自身》であるところの環境世界に生きるのです。
   今、死者は次のように悟ります。

  ―『 そうだ。けれども、お前の感情と意志とは、まだお前の中に
    生きている
。それらは今も一種の思い出を持ち続けているが、
    それは次の地上生活との関連をも示しているのだ。』

   このような状態は数十年も続くのです。

   誕生から死に到る地上生活を生きる時の私達は、喜び、悲し
  み、情熱
を燃やし、意志を発揮します。私達は肉体の中に、その
  ような感情と意志の働きを担っています。

   しかし、感情と意志の中にある力が、肉体を通して全て完全に
  現れるということは決してありません。

   私達が非常な高齢に達した時にも、もっと楽しみ、もっと苦し
  み、もっと意志を発揮することができたら
、と思いながら死を迎え
  ることでしょう。
 
   しかし死後、魂の中に残っている感情と意志の可能性へのこの
  思いは克服されなければなりません。それが完全に克服されない
  限り、私達はその欲望によって、生前の生活と結びついたまま
  いるのです。

   私達が生前の生活を回顧するのは、卑俗な言い方をすれば、こ
  の世の生活とのこれまでの腐れ縁から抜け出すためなのですが、
  この欲望は、私達がそれを克服するのに数十年を要する位に強い
  
のです。
  (…中略…)

   私達は毎夜、日常の生活から離れて、眠りにつきます。そして再
  び目覚めるまでの時間を過ごします。その間、私達は肉体から離
  れて、魂的・霊的なものの中に居ます。
  (…中略…)

   私達が再び戻ってくるのは、この魂的・霊的なものの中で、私達
  が再び戻ろうとする衝動を持って、肉体を求めるからです。私達は
  肉体を渇望する
のです。
  (…中略…)

   つまり、魂的・霊的なものの中に肉体への吸引力が働いている
  のですが、この力は、死後においては次第に力を失わなければな
  りません。そしてついには、全く克服されなければなりません
  (…中略…)

   このように私達は、今述べた数十年間の死後の体験を、地上体
  験を再体験するという廻り道の上で、体験しなければならないの
  です。」
  
  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』pp180-182  
  《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載)
  
   
 ★ アストラル体の消滅

 さて、これらがどのように体験されるかについては、西平氏が簡潔にまとめて くれて
います。今度は、氏の解説から抜粋してみます。

 「 この時期についてシュタイナーは《時間の流れが逆になる》と、
  面白いことを言う。

   人(アストラル体)は、過去に向かって生きている。時系列を、
  逆に遡りながら、生前に経験した一切の出来事を反復する。死の
  直後から始まって、子供の時まで、逆の順序で辿り直してゆく。

   しかもその内容が、全て逆の意味になって体験される。例えば
  腹立ちまぎれに人を傷つけた場面は、傷つけられた人の苦痛の方
  を体験する。

   しかし本当は、この時初めてその逆の意味を体験する》わけ
  ではない
。実は、そうした物質界に由来する欲望は、地上に生き
  ている時から既に自分自身を傷つけていた。

   ただ、それに気付かなかっただけである。この段階で、その事
  実をはっきり見る。
   
   つまり、《地上》の人生を、《地上から離れた所》から見ることに
  よって、初めてその意味が全体として理解される。そのどちらを
  欠いても、人生の意味はわからないと言うのである。

   さて、逆方向の歩みが出生時点まで進むと、一切の欲望が、
  浄化の炎によって焼き尽くされる。アストラル体そのものも崩壊
  する。

   この、アストラル体の崩壊までが《浄化の期間》で、人によって
  その期間は異なるが、およそ、生前の期間の3分の1の時間
  要すると、シュタイナーは言う。

   この段階で《自我(私)》はあらゆる《体》から離れて、全く新しい
  意識状態に入る。《自我(私)》の内部から、《霊的(精神的) 世界》
  
が現れてくる。

   《物質世界を求める欲望によって曇っていた状態》から離れ、
  自我が、本来その内部に持っていた純粋な世界を体験するように
  なる。

   シュタイナーにおいては、ここが《転換点―死から再生まで》
  の折り返し点なのである。」
   
 (西平直『シュタイナー入門』pp132-133《講談社現代新書》より転載)

 つまり、我々は死直後に《肉体》を、走馬灯の映像が終わると《エーテル体》
を、そして前世の追体験後には《アストラル体》をそれぞれ脱ぎ捨てて、本来
《自我》のみの存在となるのです。

 シュタイナーの説に従えば、《アストラル体》を脱ぎ捨てるまでの時間は、ある
程度寿命の長さに比例するようなので、長生きすればしただけ、自らが物質
界に課した行為を、自らの身に体験する期間が長くなります。

 『憎まれっ子世に憚る』的な行為を長年してきた者にとっては、まさに地獄の
責め苦
になるかも知れません。他人を苦しめながら、左うちわで現世を過ごし
てきた報いは、ちゃんと自分に跳ね返ってくるわけです。

 しかし見方を変えれば、シュタイナーが《高齢に達しても、もっと苦しみた
い》
との一言をあえて書いているように、これとて、魂が無意識のうちに、自ら
の人生として望んだこと
なのです。

 つまり、こうした《苦しみ》も体験しなければ、そんな《苦しみ》を他に与えな
いことの大切さ
も解らないわけで、『憎まれっ子』はそれを経験するために、敢
えてそうした行為を選択しているとも言えます。

 また、そうした期間が長くなるなら『長生き』自体も考え物となります。しかし、
睡眠中にはそれがわかっているにもかかわらず、それでもまた肉体へ戻ろうと
する程、この世界での貴重な体験を長くしようとしているのです。

 ★ 死者と現世の結びつき

 さて、この《アストラル体》から抜け出る段階で、第134夜の『人智学』 の、
カルトめいた目標
が関わってきます。曰く、

 《 既にこの世を去った人達と、まだこの地上に残っている我々と
  の間に、密接な『人間関係』を作り、それを通じて『地上に生きる
  ことの意味』を知ること》

 でした。以下シュタイナーの説明を要約してみます。

 私達が死の門をくぐった際、生前非常に愛していた人々が後に残されている
とします。死後我々は、自分自身の思考内容が、実は四大霊の形をとって表れ
ていることを知ります。
 
 すると同時に、その人々の四大霊の存在も見えるようになり、すなわち、そ
の人々の思考内容が、四大霊の中に壮大なビジョンとなって、目の前に現れて
くるようになると、彼は言います。

 つまり、生前愛していた人々に対して、表面上の言動ではなく、心の内面との
間に、この世にいたころよりはるかに深い関係を持つ状態へと変化すること
になるのです。

 ただし、この時《感情の思い出》が必要となるのです。つまり我々が前世で、
肉体の中で感じていた感情の余韻のような響きを、肉体を失った状態で思い
起こすことが必要だとされます。

 この《感情の思い出》があることで、初めて単なるビジョンとして見えていた
愛する人々の思考内容が、生き生きとした力を持つようになり、現世に残し
てきた人々との《生きた関連》が築かれるといいます。

 そして、この力こそが、我々が死後、霊界に属するものを知覚するための
となるのだと言います。この力が強ければ強いほど、霊界での成長を早め
ることになります。

 何故なら、私達は死後の霊的外界で、そこに居る四大霊とも関わりを持たな
い限り、この世界の現実を理解することができないからです。そのためには、
それを知覚する《新しい力》を知らなくてはなりません。

(その力について、シュタイナーは以下のように説明しています。これに
適切な解説を加えることは、小生の力量では難しいので、彼の説明〔高
橋氏訳〕をそのまま記載しておきます。)

 「 私達の内部だけに生きているような《感情と意志》では、私達
  自身でありながら、外部でもあるこの世界に関わることはできま
  せん
。私達は、次第に《新しい種類の意志》を発達させなければ
  なりません。

   その《新しい意志》は、私達の中から流れ出て、私達の生きた
  思考内容
(四大霊のことです。)が存在する、外の世界まで拡がっ
  て行く《意志》です。そのような《意志》が、外なる私達の思考内容
  の中に流れ込みます。

   そして、地上生活においては私達の中にしか存在していなかっ
  た《感情》が、《意志》のこの流動する波の上を《泳いでゆく》 ので
  す。
  (…中略…)

   《感情》は、《意志》が思考内容としての《外なる四大霊》の方へ
  打ち寄せる時、その波に乗って《泳いで》行きます
 
   その時、《意志》とこの四大霊とのぶつかり合いを通して、《感情》
  が光り始めます
。私達は、私達の《意志》のこの波が、寄せては返
  す様を、霊界の真の現実として知覚することができる
  のです。
  (…中略…)

   《意志》は、もはや《意志》として投げ返されるのではなく、意志の
  流れの中で、《感情》が私達の方へ還流するのです。

   意志の流れの中で、感情となって私達の方へ私達の方へ戻って
  くるのは、私達自身の本性なのですが、このことによって、四大霊は
  私達にとって現実的な意味を持つようになります。

   このようにして、私達は、外なる霊的世界において、真に存在して
  いるものを、次第に知覚していく
のです。」
   
  (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』pp185-186  
  《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 ★ 霊視能力と感動の必要性

 この、意志と感情が一体となった力を、シュタイナーは《感情する意志》若しくは
意志する感情》と呼んでいます。そして、この力を使って、我々が死の直後に訪
れたこの世界が、四大霊、つまり我々自身の本性の世界であることを知る
です。

 そして、ここには書かれていませんが、小生はこの力こそ、霊との交流ができる
霊能力者が、(多くは本人も知らぬ間に)身につけることとなった力の一つなので
はないかと思っています。

 小生自身は、霊を見た体験は全くありませんが、霊能力がそれ程高くない、 一
般的な人達の中にも、《霊の姿そのもの》、特に親しい関係にあった人の姿につ
いては、見たことがあるという方が多数存在します。

 しかし、その多くは単なる《ビジョンとしての目撃体験に留まっており、霊と実
際に交流するまでには至っていません。これは、一般の意志や感情では、霊の
持つ思考内容を知覚するにまで至らない
からではないでしょうか。

 その点、霊視能力の高い方は、(本人に自覚がないかも知れませんが)思考
内容そのものである《霊》に、《感情する意志》を投げかけ、その戻ってくる
《感情》の波動を知覚しているのだと思うのです。

 そしてもう一つ重要なことは、死後の我々がそうした《新しい意志》を獲得する
ためには
、それを獲得できる環境が、死者の側に用意されていなければならない
ことです。

 そしてそのためには、死者が生前に、死後の心にも残る《感情体験》の記憶
残していること、及び死後、現世に残っている人々が、死者に多くの愛情の
《思考内容》を送っていること
が必要だという点です。

 そうした《思考内容》に対して《感情する意志》を使って、返ってくる《感情》の波
動を体験できる機会が多いほど、死後の世界に居る者達が浄化の過程に必要
な力を進化させやすい
のです。

 シュタイナーが人智学の目的として、『死者と現世の人々の間との密接な
人間関係
』を挙げているのは、まさに この事実を知っているか否かが、死後
の我々の成長の鍵を握っているからなのです。

 つまり、一般人にとって最も重要なことは、現世においてより多くの《感動体
験》
を積んでおくこと、及び死者に対して変わらぬ愛情の気持ちを発し続ける
ことなのです。
   
 さて、次回第137夜は、この新しい力の話へと続きます。

( 追伸 )

 中曽根君、君は相当な逆体験を覚悟した方が
よさそうだね。

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峠の釜めしの器と、固形燃料でご飯を炊いてみました

薪でご飯をたくのはかまどがないとだめです。薪は無理としても、昔買った-峠の釜めし-の器でご飯を炊いてみたいと思っていました。
先月はとうとう、ガスレンジにかけてやってみました。米一合炊きました。うまくほくほくのご飯が炊け成功しましたが...ちょっと吹きこぼれ、あと、レンジの五徳などをゴシゴシするはめになりました。

こんどは、固形燃料でやつてみました。固形燃料は、30グラムのもので約20分のものです。

縮とうげのかまめしIMG_1189
おぎのや、峠の釜めしの土鍋に、0.9合の米を入れ、着火しました。最初に点火のためのビニールが燃えたときのすすが、釜の底につきましたが、勢いよく火がつき、釜のしりをあぶります。
縮とうげのかまめしIMG_1190
10分もしたか?しばらくたって、-や-の文字のへんから細い薄い煙がでてきますが、写真でもわかりません。
ここで、吹きこぼれるか!と、心配になってきます。ガスレンジにかけたときは最初に中火で10分もたたずに煮え立ったようで、しゅわっと、勢いよく吹きこぼれてきたので、すこしだけ蓋をずらし、火を弱くしたのですが、今回は固形燃料です。
20分たっても吹きこぼれません。
ガスだと、大体、15分から20分弱もたけば炊けると思います。しかし、この固形燃料、説明の20分より大幅にもち、28分くらいついてました。
しかし、土鍋は23分ほどで火からおろします。
ちょっと火にかけすぎたか...?

そんな心配をしながら15分ほど、保温用の帽子をかけてやり待ちます。この蒸らし時間が大事なのです。
15分後、混ぜ込みわかめのもとをごはんに投入、かき混ぜます。

縮とうげのかまめしIMG_1191
ふっくらとうまく炊けていました。おこげも少しありましたが、あのまま火にかけてちょうど水分が飛んだかなァという感じです。

おぎのやの器は-益子焼-だそうです。これでお米を炊くと、ほんと、おいしいです。ご飯粒が立っています。さして、いつまでもあたたかいです。

今回は、固形燃料-30グラム-で、米0.9合を炊いてみました。まったく吹きこぼれもなく、ふわっとうまく炊けました。固形燃料があれば簡単に-峠の釜めし-の器で炊けます。一度試してみてください。

大事なことは、①お米を1時間前ぐらいから水にしたしておく。②炊けてもすぐに蓋をとらずに10分か15分むらす。以上です。
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市民茶会

市民茶会が名古屋であり、でかけました。
場所は、東山荘、名古屋市内で3600坪の敷地の庭園を持つ、市の庭園つきの元山荘です。綿布商の伊東氏が所有していましたが、名古屋市に寄贈され、一般開放されている施設です。

ここは、大きな邸宅が広がる八事にも近く、瑞穂区役所駅から歩いて、橋を渡ったあたりから、小鳥のさえずり、ゆったり歩く人、東山荘のうっそうたる木立の落とす影...都会の中なのに、おだやかで安らぐ気持ちが自然にわいてきます。右手に養鶏場の卵販売の看板を通り過ぎ、きつい坂を上り始めたらすぐです。

立派な門が見えてきました。
縮東山荘IMG_1200
中に入り、玄関でお茶会の受付をします。
渡されたのが、この番号札です。
縮東山荘IMG_1199
22番です。靴箱は33番でした。
ここで職員の方が、ここのお部屋を案内してくださいました。和室、洋室、さすがにお金持ちが茶道の好みを凝らして作っただけあって、すばらしいお部屋が続きます。
縮東山荘IMG_1195
ここで、お茶会、その他の芸術的な会が主催されるようですが、こんなところで、バイオリンの音でも聞くと本当にくつろげますね。
外の紅葉がきれいです。
縮東山荘IMG_1198

しばらく待った後、おちゃをいただきました。
履物を借り、外に降ります。飛び石の敷石をいくつか歩き、すぐそこの茶室へ...と、その時、
しばし、の迷いが...
ここが茶室だろうと思うけど、玄関がない。入り口が無い。くりくり、あたりをみわたしてもそれらしきものはない。...てきなり、すぐそこの掃き出し窓風の戸をあけてもいいのか?と、まよいつつ、がらっとあけると、中で声がしました。
ーここから、あがっていいですか?ーと聞くと、どうぞのこと。
茶室って、掃き出し窓みたいなトコからずぼっといきなり入り込む構造?品がいいのか、何なのか?よくわからなくなりました。
そこで、一人ずつお茶とお菓子をだしてもらいました。
作法も知らなくてもよく、全くくつろげる空間でした。お菓子は万松庵のものでした。お茶は深緑が鮮やかであつすぎもさめてもなくちょうどよく、おいしい一服でした。丁度一緒になったかたが、着物をお召しになっており、
-ステキです-というと、着物をたんすの肥やしにしたくないからできるだけきているとのこと。ここの市民茶会は、ちょうど着物を切る機会にもなっていい、なんておっしゃっていました。

私も着物、持っています。ここのお茶会はきばらず、しかし、とても落ち着きいい感じです。来年も行こうと、思っています。
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靴のサイズとぴったしの感覚、20年ぶりに合う靴が...

今日は市民茶会に行きました。私鉄地下鉄を乗り継ぎ、その後約1キロほど町の中をあるきました。
今回は行きの駐車場から駅までも500メートル強は歩くので、新しく買った靴を試すのにちょうどいい機会だと思いチャレンジしてみました。

今回は今までより0.5センチ小さい靴です。このサイズは自分で測ったサイズです。足のかかとつま先ををかたい箱や角材につけ、はかったり、足形にそわして測ったり...
縦の長さはどう測っても今までの靴から0.5~0.9くらい小さいです。左右も違います。そこで1センチ小さくするかどうか迷いましたが、いつもより0.5センチ小さい靴を探しました。

そして、ワイズです。わいずなんて測ったこともなかったし、興味もなかったですが、力を入れて測ったり抜いて測ったり...いろいろしてみて、Dサイズがよかろう、ということになりました。
そこで、お店でみてみたのですが、私のサイズは縦もなかなかなく、その上Dなんて皆無です。しかし、何軒か回っているうち、名鉄パレで靴祭をしているのに出くわしました。
見ると、なんと、小さいものがあります。〇〇センチ...あるじゃあないか!さっそくワイズを調べると、EEEE、
とかEEEとか...イーばっか...です。

縦はあるが横幅の狭いのはないのか?と思っていたら、なんにもワイズが書いてないのがあります。これも小さいとしてもEだな。はいてみると、ちよっとだけゆるい気がしましたが、まぁまぁ合う。今までの靴からしたらだいぶ合うような...買いました。

そんな靴を今回は履いて、多分、トータルで5キロくらいは歩きました。
結果は?足の疲れが普段と全然違います。あまり痛くならないし、疲れません。
このごろはいろいろと靴をためしているので
-この靴はEE以上だな-とか、
-Eだろう-とかわかってきました。

今回の靴は多分Eサイズだと思います。
若干甲まわりが緩い気がします。しかし、大きくすべって前につま先が行くということはありません。この靴はこうにベルトがついているので一番きつく締めてやったら、まぁまぁいけます。靴って無造作に買い、こんなもんだと思い履いています。しかし、靴で足の疲れ、痛さまで変わってくるのではないでしょうか?自分の足に合った靴、それを探して履くのと、靴に自分の足を合わせることの違い...大きなものがあります。私はでかい靴でもともと薄い自分の足がますます薄っぺらくなったのではないかと、思いました。

特にワイズがびったしだと、足を側面から支えてくれるので、疲れも違うのではないでしょうか。外国にいたときは靴屋さんが私の足を見て、-これが君には合う-と出してくれ、そのままびったし合い、はいていたので、自分のサイズは〇×センチという先入観が入り込みませんでした。ワイズがDくらいのもたくさんあったのでよかったのでしょう。

しかし、日本は、ワイズが大きいのばっかりです。なんとかならないものでしょうか。
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明治ミルクに30.8ベクレル/kのセシウムが...

明治のミルクから放射能が検出されたというニュースがありました。

以下NHKニュースより抜粋
乳児用の粉ミルク、「明治ステップ」から1キログラム当たり最大で30.8ベクレルの放射性セシウムが検出されたことを発表しました。
中略
原料の脱脂粉乳は、すべて東日本大震災の前に生産されたのもので、一部は北海道産ですが、大半はオーストラリアなどオセアニア地域から輸入されたものだということです。一方、今回、交換の対象となる製品は、埼玉県春日部市の工場で震災後のことし3月14日から20日までの間に加工されたということです。このため明治では「原因は特定できていないが、工場で外気を取り入れて乾燥させる加工工程で、東京電力福島第一原子力発電所の事故による大気中の放射性セシウムが入り込んだ可能性がある」と話しています。

これが本当なら、空気をふくんだだけで、1キログラム当たり最大で30.8ベクレルの放射性セシウムが食品に取り込まれたということです。

本当か? マスコミのいうこともこの頃は信用できません。
原乳が福島産のものだったかもしれないし、他のメーカーのミルクのことが全然でてこないのも不思議です。
食品会社ですから、この放射能騒ぎで、会社を乗っ取ろうとおもっている乗っ取り屋の仕組んだことかもしれません...他のメーカーも実は放射能ミルクを売っているが、今回は明治に的を絞っているから、明治のミルクだけ大きく報道されているのかもしれません。

なんにしろ、ミルク、汚染されています、ニュースを額面通りに受け取っても、原因は空気だけでその中のセシウムが製品に入り込んだのだ...ということは、その工場-埼玉県-あたりの人はそこで飲食するだけでセシウムを取り入れることになっていた、となります。

厚生労働省は「原因は分からないが、暫定基準値を大幅に下回る数値なので健康に影響はないと考えている。などとほざいているそうですが、
原因がわからない?こんなことの原因がわからない...あやしいです。
暫定基準値を大幅に下回る数値なので健康に影響はない
 
国民の健康を守るべき厚生労働省は、国民でなく、何を守りたいのでしょうか?

ミルクの基準値は
ドイツ放射線防護47条によれば、

乳児はセシウム137は 5.0ベクレル/kg となるようです
この数字は原発発電所稼働時の住民の一人あたりの被ばく線量の限界値は年間0.3ミリシーベルト、この限界値は1キロあたり100ベクレルのセシウム137を含む飲食物の摂取で超過するため、乳児の場合は5ベクレルとなるようです。←ドイツ放射線防護委員会(日本における放射線リスク最小化のための提言)より

ドイツの放射線防護委員会出した値と厚生労働省の-安全だという値はまるで違うものを測っているかのように全然違います。

暫定基準値だから、安全なのか?
防護委員会は慎重で、評価の根拠に不確実性があるため、乳児から青少年に関しては、4ベクレル/kを超えないようにするのが望ましいとも言っています。

かたや、30.8ベクレルで安全。健康に問題ない。
もう一方は 4ベクレル以下にすべきだ...

30.8ベクレルを健康に問題ないという国...もう、終わっていると思います。
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骨董祭で大島を買いました

着物はあまり買うつもりもなかったのですが、あるお店で足が止まりました。黒の地に小さいもようが全体にちりばめられています。
これは...宝尽くしかなぁ
着物には、決まった柄があり、そのうちの一つ、宝づくしのもようというものがあります。文字どおり、宝が描かれており、その図案は幸運やめでたさにちなんだものです。打ち出の小づちにはじまり、金嚢というさいふ、その他もろもろのめでたいものの図案が書かれたものです。
宝尽くしを見ると、なんとなく楽しくなるので、足をとめて模様を見ていたら、お店の人に、
「これ、宝尽くしですよ」なーんて話しかけられました。

訪問着だったようで、お店の人には
お客さんにはちょっと大きすぎるかも...と、言われました。お店の人は他の全く違うものを手に取りさっと見せます。

あっ...伝統工芸品のシール...それに旗のマークといえば、-大島紬-じゃあないか。私はあんまり大島にはいかれてないんだけど...しかし、一枚色大島を持っています。これが、軽いのです。私は軽い着物、しかも気楽に着れる着物が欲しいと思っていて、手に取ったこれが、薄く、軽い...のです。
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お店の人が、-証書もついているし、横双-ですが、いいですよ。
なんて言っています。
さのうち、もう一枚、出してきて、これは縦横織のようなことを言います。触ってみるとこちらの方がやはり目が積んでいます。これもなかなかいいです。
縮大島たてよこIMG_1186


ふーむ。ふたつでxx000円にしときます。なかなか買わない私が中古で買うには-結構な値段-です。しかし、軽やかでしっかりした織です。しかもしつけがついて、中古とはいえ一回も使用されなかったのです。

ちょっと合わせてみても似合っています。骨董祭の会場を行く人が
ちらっと見て。「わっ。素敵」なんていうのが、何回か聞こえました。ちょっとだんなの顔がちらちらするが...こんなものを買ってしまい、申し訳ないが...買ってしまおう。

道楽者です。すいません...

というわけで買ってしまいました。
大島二枚です。鹿児島のもののようです。買うと帯をどうしようか、帯揚げ帯締めは?とまたも楽しい空想が始まります。ネットで買うと、横双なんかはずいぶん安いようです。ネットよりちょっと高い値段だったかなぁ。でも、現物をよく見るとなかなかいい着物なので満足です。

家に帰って証書を調べたら、本物でした。よかったです。
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名古屋骨董祭で...ごとくを買いました。

名古屋骨董祭に出かけました。
何を目当てに行ったかというと、火鉢関係の道具...火箸、灰ならしなど、それから落雁の型、出ていれば、笙...それから着物が出ているだろうから、面白い生地があればとも。

地下鉄の駅から会場まで、街路樹がステキに色づく中、銀杏を買い、会場中へと入りました。

会場は、びっしりと骨董商のブースが埋まり、人もぶつかるぐらいのにぎわいです。押し合いへしあいとなるほどではないですが、それでもところどころ人が立ち止まり、
『まいど』とか、顔見知りの人々が挨拶したり、お客さんに声をかけたりして、けっこうわいわいがやがや人が楽しく、商品を見ています。

最初のブースで、おサルの自在かぎを見て、『わぁ、いいなぁこれ』と思いましたが、値札はついていません。店の人は?と見ると別のお客さんと話中です。ようやくはなしおわるのを待って値段を聞くと、1,500円とのこと。おサルの自在鉤、いい。買いたいが...うーん。囲炉裏はないし、と、悩み、やめることにします。

あと、見たかった、落雁の型を中ほどのブースで発見しました。しかし...ここでも値段は書いてません。
骨董商は値段を書かないのが、普通なのでしょうか?そういえば、外国の市に行った時、古物商の屋台では値段が書いてなかったような....この世界では多分、お客とお店とそろばんを見ながら値段の交渉をするのが一般的なのかもしれないと、思いました。しかし、いろいろとお店はあれど、茶道具、刀剣、着物、その他は数々あれど、笙はないなぁ。そんなものいくら古物市でもないだろう、と歩きます。

たくさんのお店をみているうち、なんと、動物の足のごとくを見つけました。私の持っている火鉢にぴったりのサイズです。おまけに汚れてません。
縮ごとくIMG_1182


いいなぁ、手にとって見ると、めずらしく、値札が....《2,100円》とついています。
こっこれは、おもしろい上に、高くない。お買い得だぁ、と思ったのですが、次の店に行くことにします。しかし、なんとなく、さっきのごとくが気になり、どうしてもほしくなってきました。
ーやっぱり、ネコのごとく、買おう...-
きびすを返し、ネコのごとく を買います。お金を取り出しながらそのお店の奥を見ました。すると、なんと、笙が飾ってあります。

あれま、あれは笙じゃあないか!おまけに何本かあるぞ。笙に誘われるがごとく、奥に入ってみると、他にも雅楽器が...篳篥、竜笛、お琴、琴柱、複数本置いてあります。珍しい...いくら骨董商でも雅楽器を複数出品しているところはないだろうと、思っていましたが、あったのです。
お店の人と話をして、「雅楽器は乾燥がよくないから、ケースにいれて保湿しています」などとの言葉が...びっくりしました。おまけに笙を一吹きしてくれたのです。
笙は普通で何十万もします。なのでここの品もそれなりにしましたが、まさか、見ることはできないと思った笙を見、音まで聞けるとは...ネコのごとくを買った偶然とはいえ、自分の思ったものそのものを見られる奇遇に驚いたのです。

骨董祭、いくつか品物を購入しましたが、購入して、業者の人と知り合いになり、名刺をもらったりするのも楽しいことです。見るだけでも楽しいし...ネコのごとくもうちに帰って何度もみてもいいなぁと、思えます。
縮ごとくIMG_1183

がっしりと丈夫にできていて、多少ネコが太っているが、これもまぁよしとして、つぎはこの上にのせる鉄瓶を探したいと思っています。
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トンデモ話は奥で繋がる(135) 23.12.3

トンデモ話は奥で繋がる 「第135夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪輪廻転生 ⑤≫
 
 ★ 四大霊登場

 前夜で、我々の記憶力は消え去ってゆくと述べましたが、記憶内容そのもの
については、別の形で我々に迫って来るとシュタイナーは言います。
 まずは、 《怪しげな》彼自身の言葉を抜粋してみます。

 「 死後にこの力が目覚め、成長することによって、この世に居た
  時は『影絵』のようなものでしか無かった思考内容の背後に、
  本来、生命存在が潜んでいること、思想世界の中に生命の営
  みが存在していることがわかるのです。

   肉体を通して体験する思考内容のタブローは影絵に過ぎませ
  んでしたが、それは本当は四大霊の集まりであり、拡がりであっ
  たのです。

   言わば私達の生前の思い出が消えてゆくと、その代わりに普
  遍的な叡智の宇宙から、無数の四大霊が目覚めるのです。
  (…中略…)

   私達が肉体から離れますと、この記憶内容の全ては生き物
  なって現れ、そこに生存するようになるのです。どの思考内容
  生きた四大霊なのです。

   今、私達は悟ります。

   ―『 生前お前は思考を働かせ、思考内容をお前の中に生じさ
     せた。しかし、お前がそのようにして妄想に耽り、思考内容
     
を作り出していた時、お前はひたすら四大霊を生み出して
     いたのだ。

      それは、全宇宙に対して、お前が付加した新しい何かなの
     だ。お前によって霊の中へ産み落とされたものが、今ここに、
     こうして存在している。それはお前の思考内容の真実の姿
     のだ。』

   私達はまず、四大霊とは何かを、はっきり認識しなくてはなりま
  せん
。何故なら私達は、自分で産み出した四大霊を、死後初めて
  知るようになるからです。

   私達が思い出のタブローを持つのは、死後の最初に与えられる
  重要な印象です。しかし、このダブローは生き始めます。本当に
  生き始めるのです


   そして全てが四大霊に変身するのです。今それは本当の顔を見
  せます。それは消え、そして全く別なものに変わるのです。」
   
   (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』pp176-178  
   《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載)


 これが、一発ですんなり理解できる方は、相当イカレた方でしょう。善意の解説
者であるコリン・ウィルソンも、前書『ルドルフ・シュタイナー その人物とヴィジョ
ン』では一言も触れていません

 西平直氏ですら、『シュタイナー入門』の中で、この全過程を述べているにもか
かわらず、敢えて四大霊の存在についてはカットしています。ここでこれを書い
てしまうと、折角『入門』しようとした者がソッポを向いてしまう恐れがあるとの
配慮からでしょうか。

 それ程、この記述にいたっては相当《異様な》―まさにオカルトの面目躍如(?)
というべき印象を与えます。かく言う小生も、理解どころか、未だに《本当の意味》
でイメージできているのかどうかわかりません。

 ★ 四大霊とは

 いきなり『四大霊とは何かを、はっきり認識しなくてはなりません。』と彼は言
いますが、それが一体何(者?)なのかも、この章では説明していません。 そこで、
『日本人智学協会』のホームページで、高橋巌氏が解説しているものを要約して
みます。

 四大霊とは、自然界の四つの要素―火・風・水・地の性質を持つ四つの聖霊
一般に妖精と呼ばれる存在です。現代でも『見える』人もいるようですが、古代の
人類は、努力しなくても見ることができたとされています。

 火の精はサラマンダーと呼ばれ、その多くが、死後『アストラル界』の『動物の
集合魂』に戻れなかった動物の魂だと言います。不完全ながら我々と同じ自我
を得ており、自然の知恵を身につけた賢い存在であるようです。

 彼等は、人間界と動物界の中間に存在し、人間と動物の間に生まれる感情
を養分にしているといいます。特に普段から動物と接する機会の多い人達、例え
ば羊飼いや、競馬の騎手等と、その動物達との間に関わってきます。

 風の精はシルフと呼ばれ、動物界と植物界の中間に存在し、鳥や昆虫による
植物の受粉や、植物に光を運んだりしています。彼等は鳥達が起こす空気の振
動や羽音、光の中
に自らの存在場所を持っています。

 彼等は自身の自我を持ちませんが、鳥達のように、自らの中を行き来する命
の活動によって、自分自身を受動的に感じるのだと言います。

 水の精はウンディーネと呼ばれ、水を介して植物界と岩石が接する場所に
存在し、植物の生長に重要な役割をします。彼等は、夢見るエーテル体となっ
て夢想の空間を作り、植物はその中へと枝葉を伸ばしていくのだと言います。

 また、我々が『紅葉が綺麗だ』とか、『木立ちのざわめきが心地よい』という
感受性』を働かすと、彼等は実際に樹木の中に入り込んで、『木の葉の赤さ』
や『木立の音』を感じることができるといいます。

 地の精はグノームと呼ばれ、岩石と普通の金属が接する場所、すなわち鉱
山の地底などに存在します。彼等は人間よりすぐれた直観的理解力の塊で、人
間を自分より劣ったものと認識し、からかいの対象としたりします。

 また、大地は彼等を両生類の姿に変える危険性を持っているとされ、そのため
地上的なものを憎んでいます。そのため、大地に慣れるということを非常に嫌
い、超地上的な理念―大宇宙的な理念に没頭しているといいます。

 と、ここまで要約したのはよいのですが、深く考えてしまうと、ますますわけが
解らなくなりそうです。特に『グノーム』が、地上に出ると『両生類』に変化すると
かについては、全く唐突のような気がします。

 ところで、高橋氏は最後にこのように書いています。

 「 さて、簡単に四大霊についてご説明してきましたが、ま、ここらへ
  んは『番外編』ですから、ファンタジックに想像の翼を自由に羽ばた
  かせてみてはいかがでしょうか。」

 つまり、これら四大霊については、その1つひとつの正体を詳しく知ることよりも
『我々が地上で体験する現象の全ては、そのような性質を持つ何者かが
関わることによって生起しているのだ』
と考えておけばよいのだと思います。
 
(ところでグノームについては、第五十六夜でお話しした、アトランティス末
期に、制御不可能なマカバを作り出した際に地上に引っ張り出された、2
次元的存在と同一のような気がします。)


 ★ 我々の『意志』を伝えるもの

 コリン・ウィルソンも西平氏も、恐らく広くシュタイナーを紹介するという自分の
使命上、全く前知識の無い読者も居ることを考えると、四大霊の存在については、
深入りしない方がよいと判断したのでしょう。

 その点、小生のプログに付き合っていただける方については、もう少し踏み込ん
だ態度で語るべきかと思います。蛇足、或いは全く脱線する危険性も覚悟の上で、
少々考察を加えてみようと思います。

 まず、シュタイナーの説明の第一段階として、

 《全ての生命の営みにおいて、通常は見ることの出来ない何らかの
 存在が、我々の『意志』を感じ取って、それを形にしている》

という点から入ってゆきましょう。

 これについては、比較的考えやすいのではないかと思います。例えば花壇の植
物や庭木
について、特別の愛情を持って育てた場合と、そうでない場合とでは、
十中八、九、前者の方が立派に育つと思われます。

 無論、世話の仕方が違っているという点もあるとは思いますが、少なくとも誰し
もが、《前者のように心掛けた方が育ちがよいだろう》と本能的に思う筈です。
そして、それが事実ならば、私達の『意志』が『植物』に伝わったことになります。

 その場合、次の①、②の2つの考え方が成り立ちます。
 ① 『植物』が私達の『意志』を直接理解した。
 ② 私達の『意志』を感じ取った何者かが、『植物』の成長を助けた。

 もし、①の立場を取るのであれば、『植物』にも『意志』を感じ取る能力がある
ことになりますが、『植物』を細かく調べても、そのような能力を持つ『器官』を科学
的に示すことはできない
でしょう。

 無論②についても、その何者かの行為を直接見ることはできません。しかし、少
なくとも、現に『植物』そのものにそうした『器官』が無い以上、『万有引力』を認め
るのと同じように、そうした仮説を立てる
方が合理的では無いでしょうか。

 それと同じことが、『動物』との間にも起こることがあります。例えば、飼い主の危
機を察知した動物達が、飼い主を助けるために、普段ではありえない、適切な
行動を取る
例などは、我々の危機を示す『意志』が、動物に伝わった可能性があ
ります。

 それどころか『人間』同士でも、久しい間柄の間では『以心伝心』のような現象
がしばしば現れますし、普段とは違った現象が『虫の知らせ』となって、知人の窮
地を感じ取ったりすることがあります。

 シュタイナーは、こうした『伝達』のされ方の間に《見えない存在》が介在し、
体的な《物質的変化》
を起こしていると説いている訳です。

 童話の世界では、こうした妖精について、例えば、貧しい靴屋が、自らの最後の
パンを、小鳥に分け与えたところ、小鳥は妖精の化身で、一夜にして全ての靴が
出来上がっていたというような、もっと物理的な結果として語られています。

 日本では、安部清明らの陰陽師は式神という目に見えない存在を操り、さまざ
まな使役の任に当たらせたとされています。これらを『伝説』と片付けてしまうのは
手易い事ですが、全く根拠が無いとも言い切れません。

 ましてや、呪詛等の黒魔術的な行為は、現代にも脈々と受け継がれています。
効果の程は当人しか知る由はありませんが、呪者の『意志』を受けて《見えない
存在》
が、当人に代わって物理的な効果をもたらしているとも考えられます。

 ★ 『意志』の実体化

 さらに話を第二段階に進めてみます。

 《それら妖精的な存在そのものは、実は我々の『意志』そのものが、
 実体化したものである》

というものです。さすがにここまで踏み込むと、一般的に受容できるものではない
かも知れません。

 しかし、このブログでは既にそれに似たような話をして来ました。第五十三夜
モントーク・プロジェクトで紹介したデルタTアンテナは、ダンカンの想念を物
質化
することを可能にし、はては『怪物』まで産み出したとしています。

 無論、そんなことはデタラメだと決め付けるのは簡単です。しかし、現実にも多く
超能力者物質化現象を実験的に成功させており、うちいくつの例は、科学
的な説明がつけられないままとなっているのも事実です。

 そうであるならば、超能力者の『物質化能力』を高める装置が存在した可能性は
全く無ではありません。シュタイナーはそれを一歩進めて、ごく普通の一般人であ
っても、その『意志』の全ては、常に実体化していると言っている訳です。

 さて、これを信じるかどうかは読者の選択にお任せしますが、シュタイナーは、
これが科学的な事実であり、3次元で起こることすべてが、我々の『想念』の
集結したもの
だと説いています。

 そして、ここまで進めて来ると、もう一つのトンデモ話も人智学の中に吸い込ま
れてゆきます。第二十八夜以降で、度々お話しして来た、ロスチャイルドを始め
とする無国籍金融資本の世界支配の手法です。

 シュタイナーの説に従えば、特定の人物が、我々の想念の大部分をコントロ
ール
することが出来れば、この3次元の出来事全てを、彼の意図するシナリオ
通りに創起する
ことが出来ることになります。

 そして、まさにそれを目論んで来たのが、『闇の勢力』です。彼等が『貨幣』と
『情報』の支配
で創り上げてきたこの支配の構造は、それを《当然のこと》と思
い込む我々の『想念』
の上に築かれたものです。

 ロスチャイルド財閥に代表される無国籍金融資本は、列強の植民地主義政策
の下で、アフリカ、アジア諸国を次々とその経済支配下に組み込み、アメリカに
その集大成的な一国経済支配体制を作り出しました。

 しかし、その根幹を成している連邦準備銀行の貨幣制度も、第三十九夜でお
話ししたとおり、本来何の根拠や権限も持たない寄生虫のような存在です。それ
を存在させているのは、それをおかしいと思わない我々の『想念』だけなので
す。

 誤解を恐れずに言えば、かつて日本人が『大東亜共栄権』を掲げて彼等に
『NO』
突きつけたことは、或る意味で、当然の反発的『想念』だったと言えま
す。戦後、それは見事に封じ込まれ、その全てが『悪』として思い込まされて
います


 第二次大戦中、我々がして来た事の中には、確かに帝国主義的で悪辣な行為
もあったかも知れませんが、それ以上の悪意を持つ連中に、一方的にひれ伏
すべきという『想念』など無用です。

 一部のスピリチュアリズムの信奉者は、とかく、このような政治的是非論に
ついては、『悪い想念を持たない』として、無関心を決め付けていますが、
悪い想念を野放しにしておく』のも『悪い想念』の一種ではないかと小生は
思います。

 アメリカの、安全性を無視した大企業的農業だけを太らせるTPP加盟や、
国中に放射能を撒き散らす、被災地の瓦礫処理方策など、『悪い想念』に
強く『NO』と言わなければ、それを『是』とした『想念』の世界が形成され
てしまうのです。


 さて、次回第136夜は、その『想念』に出会った死者のその後の話へと
入ってゆきます。

( 追伸 )

 中曽根君、君の『想念』が見えたら、
皆ゾッとしただろうにね。


目次のペーシへはこちらから
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銀杏を買いました

今日から三日間、名古屋骨董祭が開かれています。小雨がぱらつく中、地下鉄に乗って行ってきました。
吹上の駅から公園を通り過ぎる時に、なにやら白い木の実の袋を売っている人と、それを見ているおじさんがいます。

通りの向こう側、公園の中を見渡すと、木々が黄色く色づきとても美しいです。
01いちょう

おぅ。そういえば、建築展に来た時、ホームレスの人が確か200円で銀杏を売っていたが、帰りに買おうとしたら、もう、売り手も銀杏もなくなっており、残念な思いをしたぞ。

あの、白い小さいものは銀杏に違いない。買わねば!ばっとホームレスらしき人のところに近づくと、やはり、銀杏が売られています。
一袋200円、よく見ると、剥いたものもあります。
剥いたものが...なんと、200円!?...

途端に親戚が秋、銀杏を拾い集め、丹念に殻を取り、それを冷凍して一年中食べている姿を思い出しました。めんどくさいから剥きをしなくていい...なんといいんだ。
さっそく買うつもりで、よさそうな袋を選んでいたら、さっきから買いあぐねているおじさんが、迷いながらも銀杏一袋をお買い上げしました。
縮ぎんなんIMG_1180


私が2袋買うのを見ても、自分が1袋買っても、なんとなく、もったいなかったかなぁ、なんて思っている様子です。そんなおじさんに、ホームレスのおじさんは、
「剥いてあるのから売れるよ。でも、一袋剥くのに1時間はかかるんだ」...
縮ぎんなんIMG_1181


200円の安さで売っている銀杏、安さとうらはらにどれだけの手間がかかっているのでしょう。拾い集める、外のくさい外皮をとる、きれいに乾かす、かたい殻を取る...大変な手間です。スーパーで売っている銀杏のように大きくはありませんが、小粒で食べやすく、小さいので食べすぎの心配がありません。

自然になったものですが、大変な手間がかかった銀杏です。今日さっそく炒って食べました。おいしい銀杏でした。たくさんまだあるので当分は食べ続けられます。

銀杏は、咳、鎮咳効果、頻尿にきく、強壮効果など体にも良い成分があるようです。あまり食べすぎると、よくないこともあります。銀杏は「メチルビリドキシン」と呼ばれる成分があり、この成分はビタミンB6の作用を妨げる働きもしてしまいます。中毒になるとけいれんを起こしたりするようですが、一日7.8個ぐらいにとどめておけば心配ないでしょう。

薬効成分もさることながら、銀杏にはビタミンB2などとともにカリウムが多く含まれているようです。

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genre : ライフ

靴のサイズと足

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靴...みなさん靴はどんな大きさのを履かれているでしょうか?
靴屋さんに行けばあるわあるわ、今の時期は大きなブーツなども置かれていて、靴屋さんの店先は華やかです。

何か月か前、知り合いと靴屋さんを除いたら、知り合いが-自分は足が大きくあまり合う靴がないんだーと、言います。-
うぅん?大きくて、靴がない?

えぇっっっっ!私は大きい足の人の靴は豊富だと思い込んでいましたが、大きい足の人も合う靴がないとは...小さい靴がなくなかなか会う靴に巡り合えない私は-はっ-としたのです。

靴ってお店でぱっと履いてみるのと、うちに帰って近所をひとまわりするのとは違っていて、よほどいいと思ったのに、うちに帰って近所のすーばに買い物に新しい靴で行くと、行き道でもう、パカパカかかとから脱げてきてしょうがない、とか、靴の中で足が前へ前へとすべって後ろに隙間ができ、前は指が前のめりになるし、左右ががばがばしているし...なんて、すぐに、はけなくなる靴が多く、靴選びには苦労しています。

このごろ、あまりにも靴がぴったしこないのに業をにやし、靴屋さんの靴の測り方のページを見て、自分の足サイズを測って見ました。そうしたところ、なんと思っていたより、足のサイズが小さいことが判明しました。思っていたのも小さいのにそれよりまたも小さい足でした。

どおりであまり合わないわけです。
また、足のサイズは長さとともに幅-ワイズ-も測ります。ついでにワイズを測って見たら、これが、どう測ってもDです。靴の幅というのは、AからE、4Eまであるのです。どう測ってもBになることはあってもEはありえません。長さも思ったより小さいうえに幅もD。

このせいかぁ。サンダルを買っても足がどんどん前の隙間に入り込み、歩けなくなってくるのは...ゆるいんだ。足の甲回りががばがばだったんだ。と、気づきました。
しかし、靴を見に靴屋さんに何軒かでかけたところ、ワイズが書いてある靴のうち一番小さいのがEでした。DはおろかBなんかはまるで姿も形もありませんでした。

日本ではEの靴しか売ってないのでしょうか?昔外国にいたときは、友人が-ここの靴だけはとても合わない、はけない-と言っていたのですが、私にはそこの国の靴がちょうどよく靴にはこまりませんでした。そこで何足か持って帰りました。しかし...ネズミにくわれ、捨て、靴はなくなりました。

ちょうどよい靴をはくと足の形、骨、肉のつきかたもよくなり歩きやすくなると言います。合わない靴をずっとはいている私ですが、前にずらない靴があれば足の疲れも少なくなるでしょうか?日本でも小さい人用、大きい人用、いろいろなサイズの靴があればなぁと思ってしまいます。
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genre : その他

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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