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久しぶりに写真を見てみた

昨日、久しぶりに新婚旅行の写真を見てみました。こんな写真、それこそ新婚旅行直後以来、見てません。気恥ずかしくずっと本棚の片隅に石のように固まったまま、一度たりとも開いたこともなく...忘れておりました。
が、
だんながあちこちと探し、本棚の隅にあるのを発見しました。
-久しぶりに昔を懐かしんでみたくなったのだろう- って?
そんなわけ...ないのだ。

実は、新婚旅行はニュージーランドに行ったのです。山、田舎、町...クライストチャーチも行ったのです。確か羊のマットを買いました。春の初めでまだ寒々としていましたが、それでも緑の豊かなきれいな町で、ゆったりと川下りをした覚えがあります。

きれいな、いいところだったのに...

アルバムをめくると、大聖堂をバックに今より細い私が立っています。違うページをめくると町のベンチに座り、だんながこちらを見ています。町は煉瓦づくりの建物が落ち着いた感じで、きれいです。

大聖堂の写真を見ると、あの崩れた塔はなく、端正な煉瓦づくりの聖堂、塔がそびえています。

残念だ。あんなにきれいないい町だったのに...
クライストチャーチは二人とも気に入り、楽しませてもらった町です。

地震はいとも簡単に一瞬にしてえいえいと築いてきた人の営みを奪い去るものなのですね。
ニュージーのみなさんがはやく立ち直るよう願ってやみません。だんなは募金をしたいと言ってましたが...
クライストチャーチの親類が被災したという人もいるようです。

はやく、あの美しいクライストチャーチが立ち直るよう、祈るばかりです。
ついでに昔の写真を見て、旦那と私、二人とも別人のように歳をとっていることに、愕然としたわたしでした。とほほほ。こちらは復興なるか?むずかしいです。
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パウンド(フルーツ)ケーキを作りました。

ドライフルーツ入りのパウンドケーキを今年に入ってから3回作りました。
パウンドケーキはしろうとでもそれほど失敗せず作れるといいます。

前にも作ったことはありますが、それは若い頃でした。家庭をもってからはかえって作らなくなり、ケーキの型も一度も使ってないものも多いです。このごろはそれではいけない。作ってみたいと思ったら、実行だと、本やネットを参考にして作っています。

実は作ってみたいが、でも...と、ついつい手をつけてなかった原因は-型-の大きさです。うちの型は大きかったり小さかったりで、よくある本の標準サイズに当てはまりません。一つは標準タイプの日本製ですが、本当はもっと大きいものが作りたい。一番大きな型を使いたい...そこで昔、型の容積を計算し、本のものと対比した割合で分量をだし作ったら、ちゃんと計算したはずなのに、どうもおさまりが悪く、うまくいきませんでした。

そこでネットで調べたところ、
ありました。-いいのが-

アメリカに住んでられる方のレシピで型の容積から材料を割り出すというものがあったのです。それでやってみたら、やはり我が家のの大きい型は半パウンド-225グラム-用の型でした。
パウンドケーキというのは、どれも1ポンドの分量で作ることから名がついています。粉、砂糖、バターどれも同量のケーキはどっしりとした風味のあるものです。
卵も入れますが、半ポンドとなると、別立てて生地に入れないと分離しがちだということだけ注意すれば、あとは簡単にできるケーキでしょう。

生地を混ぜ、
縮IMG_0818
縮IMG_0816


チェリーブランデーに10年漬けたレーズンと2.3日つけたレーズンおよびあんずなどのドライフルーツを少し小麦粉をまぶし最後に生地に入れます。

型に紙を敷きます。

縮IMG_0819


縮IMG_0836

生地を流しいれ、とんと台に落とし生地をしつかりと型に入れ、オーブンで焼きました。

普通はラム酒にフルーツを漬けるそうですが、ラム酒はなかったので昔チェリーブランデーにつけたのです。このブランデー漬、さすがによく風味がついており、ほんとうにおいしかったです。写真にものせましたが、10年物は黒く、そうでないものは色があまりついていません。この後、また、1.2週間つけたレーズンでパウンドケーキを作りましたが、まったく違う味で、コクという点においては全く違っていました。ある本にでていた料理研究家のものは5年ものらしいですが、長くつけたものは食べてみると格別の味わい、風味があると思いました。

縮宝地図お茶IMG_0820


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theme : 食品・食べ物・食生活
genre : ライフ

トンデモ話は奥で繋がる(80) 23.5.26

トンデモ話は奥で繋がる 「第八十夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪アヌンナキが求めたもの ③≫

 ★ 魂の選択

 今回からはバーバラのチャネリングのうち、「ツォルキン」の意
識から入ってゆこうと思います。第七十七夜でお話ししたとおり、
彼は9次元の「時の守り手」とされています。

 「 2万5607年前あなた方は過去を意識的に記憶し、現
  在を鋭敏に知り、純粋な意図の力で幸福な未来を生み出
  していく、そんな個別化した人間になることを決意しました。
   開かれたハートと健康な肉体、賢いマインドと活性化さ
    れたを持つ人間になろうと意図したのです。

   当時、あなた方は世界に溶け込んだ簡素な生活を送っ
  ていました。樹木もライオンも自分でした。全世界と、そこ
  に参加している全存在を感じることができたので、分離し
  た感覚
は全くなく、ただ至福を生きていました。

   ある日、たまたま空を見上げて、自分とはどのような存
  在か知りたいと思ったのです。そのためには世界の中に
  いる自分自身が見えなければなりません。とすれば、自
  分を客観的に見る必要があります。

   そこで、「世界における自分を知る」ための長い旅が始
  まりました。あなた方はその願いを、天の川の銀河の「時
  の守り手」である私、ツォルキンにもたらした訳です。」

  (バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』p354
  《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載)


 彼の意識によれば、それまでの人類は、第四十七夜でお話し
「心」とも「身体」とも言えない意識、ユング博士が「類心的領域
と名付けた意識のみで生活していたと言います。

 さて、このような意識の実体については、正統的スピリチュア
リズム
の中にも出てきます。我々の魂の元をたどれば、自他
の区別のない一つの意識へつながるとしています。

 しかし、我々は「魂の成長」のために「個々の意識」を持って
自分自身が何者なのか」を知ろうと思い立ったのです。これ
も正統的スピリチュアリズムの説くところと同じです。

 つまり、少なくともバーバラのチャネリングの根源的な部分は、
正統的スピリチュアリズムと同じです。ただ、その方法を受け入
れてもらえないのに過ぎせません。

 ★ レムリアからアトランティスへ

 さて、2万5000年前の地球には、正式な歴史は存在しませ
ん。しかし、ギリシアの哲学者プラトンや一部のチャネラーが、
ほぼ一致して言及する伝説上の時代があります。

 その「アトランティス」の時代については、特にエドガー・ケイ
シー
のリーディングがよく知られていますが、記述がやや断片
的で、総括的に理解しづらい気がします。

 その他にも多くの著書が「アトランティス」について言及してい
ますが、その大陸に人類が生まれた経緯については詳しくあり
ません。
縮書籍   
   そんな中で、小生が最もよくまとま
っていると思うのが、ダイアナ・クー
パー
シャーロン・パットンの共著
アトランティスからのスピリチュ
アル・ヒーリング
』です。

 彼らは、一緒に瞑想していた199
4年12月31日
の夜に、 同時に同
じメッセージを受け取ります。送り手
は光の王「クメカ」と名乗る異次元の存在とされます。

 その存在は、彼らに「アトランティス」に関する著書を書くよ
う、メッセージを送ってきました。同書はその内容をまとめたも
のです。 まずは、冒頭から抜粋してゆきます。

 「 アトランティスはかつてヨーロッパとアメリカの間にあ
  った大陸で、今では大西洋の下に沈んでいる。

   この大陸は24万年に渡り、人間が肉体を持って生き
  ながら、「大いなるものすべて」(創造主、神、源として
  知られるもの)とのつながりを保ち続けることができるの
  かどうかを試すための、聖なる実験の場になってきた。
  (…中略…)
   もともと「源」は、自分の側面である聖なる輝き、また
  はモナドと呼ばれる分身を、経験と成長を目的として宇
  宙の全ての次元に送りだした。
   最終的にモナドが、その体験を「」のもとへと持って
  帰ってくれることを意図したのだ。

   中には地球上に来た者もあり、そこで彼らは自分自身
  で決定する自由
を与えられた。この壮大な試みを統制
  する必要から、宇宙のエネルギーを集めた銀河宇宙評
  議会
が設立されて、この実験を監視した。

   地球は常に特別な場所だった。地球は、偉大なるセン
  トラルサン
とのつながりを持つことから、この宇宙のエ
  ネルギーのバランスを保つ上で要となる。
 
   地球上ではいくつかのエキサイティングな試みが行わ
  れた。アトランティス南部にあった「ムー大陸」が最初
  の舞台となったが、ムーの住民の中にはアトランティス
  に転生した者はいなかった。
 ……………………………………………………………………

縮レムリア 
 (ドランヴァロ・メルキゼデク『フラワー・オブ・ライフ』p143
  《ナチュラルスピリット(脇坂りん・邦訳)》より転載)

 (おおよその位置と大きさの想像図・いくつかの島からなる)

  後の実験は南半球の「レムリア大陸」で行われ、レムリ
  ア人
が誕生した。彼らは物理的肉体ではないエーテル
  体
を持ち、両性具有の完結した存在で、意識的な意志
  とエネルギーの変換によって生殖した。
  (…中略…)
   当初、レムリア人は完全にサイキックな存在で、テレ
  パシーを使い、純粋なエネルギーと「」との同一性を
  維持していた。
  (…中略…)
   全ての魂と同様、「知覚」することはできたのだが、
  さらに「感覚」を体験したいと望むようになったのだ。

   レムリア人はセックスしたことも、草の葉に触れたこ
  ともなかった。食べ物を味わったり、バラの甘い香りを
  嗅いだり、恋人の頬の柔らかさを感じたこともない。

   そこで、肉体を伴い、物質世界に深く関わりを持つこ
  とがどんなものかを知りたいと切望するようになったの
  だ。レムリア人たちは「」に懇願した。 

   「」は、これが許されたら、肉体を持ったレムリア人
  
は自堕落になり、快楽に溺れた生活を送るようになる
  ことを知っていた。「感覚」の持つ魅力によって、彼ら
  はスピリチュアルな叡智を捨て、肉体の幻想の中に生
  きるようになってしまうだろう。

   そこで、交換条件が提示された。さらに関連した「
  情
」を感じることに同意すれば、肉体を持って転生し、
  様々な「感覚」を感じてもいいというのである。
  
   「感情」は基盤であり、地に足をつけて生きることを
  助けるだろう。これによって自分の行いに責任を持つ
  ようになり、その結果としてスピリチュアルな探求と理
  解を触発できると考えたのだ。

   願いは聞き入れられ、それぞれの魂は全て、2つの
  存在、すなわち男性と女性に分けられた。生殖のため
  には、もうひとりの異性の人間と交接しなくてはならな
  い。
  (…中略…)
   地球は特別だった。全宇宙で、「」がこうした試み
  を行った唯一の場所だったのだ。魂が肉体を持って転
  生し、感覚、感情、セクシャリティーを体験できるただ
  一つの場所。これはすばらしいチャンス、前代未聞の
  できごとだった。」

  (D・クーパー&S・ハットン 『アトランティスからのスピリチュ
  アル・ヒーリング』p18-20《徳間書店(清水玲奈・邦訳)》より
  転載)


 彼等のチャネリングが正しければ、「世界に溶け込んだ存
」とはレムリア人的存在であり、「」の許可のもと、ツォ
ルキン
が肉体への転生を計画したとみることができます。

 年代の記述に矛盾があると思われるかもしれませんが、
以下に述べてゆくように、このゲームは何回も実験され、
何度も失敗に終わっているようです。

 そして、その都度、前回の設定条件を見直し、同じ願望
持ったレムリア的存在が、その実験の舞台である地球へ転
生しているとされます。 

 バーバラのチャネリングの対象であるチャレンジャーは、
アトランティス大陸での、4回目以降の実験に参加した「存
在」であると考えれば、矛盾点は解決されます。

 ★ 実験、そして中断

 さらに先を続けましょう。少々引用が長くなりますが、この経
緯を見ていると、現在の我々が辿っている歴史と、悲しい程似
ています。 

縮アトランティス 

(ドランヴァロ・メルキゼデク『フラワー・オブ・ライフ』p143
  《ナチュラルスピリット(脇坂りん・邦訳)》より転載)

(おおよその位置と大きさの想像図)


  地球上に生きるほとんどの人々は、かつてアトランテ
  ィスに転生していた経験
がある。アトランティスでは、
  スピリチュアルな、そして技術的な知識が私達の理解
  を超える偉大なレベルで集結していた。
  (…中略…)
   アトランティスは地球上に出現した最も長く偉大な文
  明
で、紀元前25万年から紀元前1万年まで続いた。こ
  の期間に、銀河宇宙評議会は数回に渡って試験を中
  止した。
 ……………………………………………………………………

   1回目と2回目には、人々は自身の内なる神聖なもの
  との繋がりを失い、獣性と黒魔術の世界に堕落した。

 ……………………………………………………………………
 
   3回目の実験では、銀河宇宙評議会は違うやり方でア
  トランティスに人々を誕生させることにした。今度は豊か
  な喜びの大陸になるようにしたのだ。

   住民達は全ての宇宙から招待され、ありとあらゆるも
  のが与えられた
。住宅、神殿、その他必要なもの、欲し
  いもの全て彼らを待ち受けていた。

   優れたテクノロジーサイキックな能力も与えられ、
  学ぶべきことはほとんど無かった。当初は甘やかされて
  いたが、比較的短期間のうちに、新しい住民たちは2つ
  のグループ
に分かれた。

   一つは怠惰で快楽に溺れ、貪欲になった人々。彼らは
  ベリアルの息子達と呼ばれ、ありとあらゆる肉体的・性
  的な充足を求めた。
  (…中略…)
   一方で、ワンネスの法に従う子供たちは、神聖性との
  繋がり
を保つように努めた。自分達の目標は神とひとつ
  で有り続けることだと理解して、愛、光、バランス、純
  潔、正義、宇宙の知恵を尊重した。
  
   この二つのグループに人々が分離したことで、紛争が
  生まれ、豊かさにも関わらず、不調和が生じたのだ。
 
   その時代に起きた問題はそれだけでは無かった。動物
  達は進化して巨大化し、大型ゾウ、マンモス、ネコ科の
  大型獣、巨大な馬、マストドン、コモドオオトカゲや巨
  大な鳥が地球上にあふれ始めた。
 
   こうした動物たちは、他の世界の存在たちに支配され
  て、非常に凶暴になった。地上の生活は困難を極め、人
  々は動物たちをコントロールするための、ありとあらゆ
  る平和的手段を試みたが、みな失敗に終わった。   
  (…中略…) 
   そして彼らは絶望のあまり、猛獣達を殺すため一連の
  核爆弾を作り出すことで合意した。
  (…中略…)
   紀元前5万2000年に、爆弾は巨大地震を引き起こ
  し、この影響で生物は滅んだ。しかし、自然界のバラン
  スが崩れ
、人間達も生き続けることが出来なくなった。

   地球の住人たちは死に絶え、魂はそれぞれの故郷の
  星に帰った。この破壊的事件の結果、紀元前5万年の
  地球の地軸はシフトし、アトランティスは5つの大陸
  なったのだ。
 ……………………………………………………………………

   紀元前2万8000年には銀河宇宙評議会が集まり、
  知恵を生かしてアトランティスに再び肉体を持った存在、
  すなわち、男性、女性、動物を住まわせることを決めた。
  (…中略…)
   今度は、委員会は当初から、集まってくれたボランテ 
  ィアたちに、居心地のいい暮らしを整えてやるのはよく
  ない
と判断した。
    
   やって来た人々には、必要とされるあらゆる現実的、
  或いはサイキックな技術が備わっていたが、住宅や神
  殿が建てられることは無かった。

   人々は自分達で全てを作り出す必要があり、共同作
  業を行いながら、しばらくの間は強い絆で結ばれていた。
  (…中略…)
   しかし、この試みは、以前と同じ破滅の道を辿った。
  ワンネスの法の子供たちは神聖性との繋がりを保とうと
  したが、再び肉体を得るべくやって来たベリアルの息子
  達
は、純粋なワンネスの子供たちよりもずっと強力にな
  った。
   彼らは心との繋がりを絶ち、テクノロジーと黒魔術を
  用いて大衆を無力化し、支配した
。戦争屋たちが優勢
  になった。
  (…中略…)
   この4回目の実験は、紀元前1万8000年まで1万年
  に渡って行われたが、銀河宇宙評議会は、権力の乱用
  が目立つようになったことから、アトランティスをもう一
  度終わらせなければならないと決定した。

   瞬時に終結を完了させるために、彗星を用いて地球
  の磁力軸を動かすという方策がとられた。これによって
  氷河時代が訪れたが、これは地球を浄化する手段だっ
  たのだ。

   陸地の形は再び変わり、アトランティスの5つの島は
  目に見えて小さくなり、高地の部分だけが残って、北ア
  メリカ大陸に続く一連の島々となった。バミーダ島
  ナリア諸島
アゾレス諸島は、アトランティス大陸の名
  残の一例である。」 
  
  (D・クーパー&S・ハットン 『アトランティスからのスピリチュ
  アル・ヒーリング』p21-23《徳間書店(清水玲奈・邦訳)》より
  転載)


 この後、銀河宇宙評議会5回目の計画を実行することに
なりますが、バーバラのチャネリングはこの4回目と5回目の
の時期を捉えているものと思われます。  

次回第八十一夜は再びバーバラのツォルキンの話から
始めます。



目次のペーシへはこちらから
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このごろの高速バス

この間、新宿行の高速バスに乗りました。
長距離バスなんて、この歳で乗るものではないと思っていましたが、まったくの個人的な用事での上京です。家族がバスにしろとかいうわけではないです。しかし、仕事でもなくなんでもなく新幹線...京都とかならいいですが、東京までこんなことでお金をつかってはもうしわけないと、勝手に思い、行きはバスにしてみました。

昔は、新宿ではなく東京駅発着だったと思いますが、新宿着のバスは休憩時間を4.50分とった割には早く着き、買い物までできました。

バスの発着所を見ると、いろんな会社のバス、JRバスなどたくさん出てます。昔よりバスは多くなったのですね。それだけ今は景気が悪く、貧富の格差も広がったのだろうと考えずにはいられませんでした。私の乗ったバスも年配の友人同士、若いカップル、学生とおぼしきグループ...様々な客層です。学生とかは昔からこのようなバスを使う人もいましたが、カップルは昔は見かけなかったし、老年の男性の二人ずれなんていうのもそうそう出会わなかったと思います。

短距離ならいざしらず、何時間ものらなければならない長距離バスに、老人、カップルまで乗っている。おまけに席はいっぱいです。

やはり、人びとのくらしは極端に分かれつつあるのではと、念をおされたように感じました。新幹線にためらわず、ばんばん乗っている人と、バスにのる低所得者と...

バスに乗っている人がすべて低所得者というわけではないですが、昔はこんなにバスに人は乗ってませんでした。バスはひざ掛けも用意されているし、運転手さんも親切だしいたれりつくせりです。時間があればそれほどいやになることもありません。

いいところもあります。途中で休憩するので、おみやげが買えます。出発時にお土産を買い忘れていても買うことができます。たまにはいいですが、高速バスの盛況ぶりをみると、庶民の生活は格段と落ちたのだと、昨今の現実をまざまざと見せられたような気がします。
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聞き上手...? 話し上手!

今日は暖かったです。風もなく穏やかで、体がらくです。
自転車で本屋さんに行こうと思いつつも、あとの用事が気になり、やっぱり車で行ってしまいました。

本屋さんは何かを買おうと思って行ったのではありません。なにかおもしろいものがあるか?と思って行きました。

だいたい私は、ふしぎなことが書いてあるものか、小説のコーナーに行きます。しかし、このごろはたと思ったことがあります。

-そういえば、ビジネス本、のコーナーにほとんど行ったことがない。手に取った本もないぞ。
むむむ。
興味がないとはいえ、まったく立ち止まって手に取り、見たこともないというのは世界が狭すぎるではないか。-
そう思い、この頃はビジネス本コーナーにも足を運びます。
美しい情景描写や、うまいセリフ、心をうつひとことなど、まったくありません。
いかに、うまく、この世でやっていくか...そんな現世的なやる気まんまんの雰囲気ががビジネスコーナーからは漂ってきます。

まったく興味のない世界でしたが、今日たまたま手に取った本を読むと、-あっ-とおもうことが書いてあります。
スピーチ、の本だったと思いますが、
-自分で聞き上手と思っている人は聞き上手でなく、人の話を聞いていない-なんて書いてありました。
-おおっ-
えっ、そんなことが?

立ち読みですから、そう詳しくは読んでませんが、その本の周辺の本もちらつと読んでみると、会話ということについて、
聞き7 話3がよい。なんて書いてあります。
-なるほど-
結構人の話を聞いていると自分は思っても、実際は5/5半分半分くらいで、意外とそれ以上は聞いてないかもしれません。だいたいが、話すときは自分を解放しているから、実際より感覚的には話してない気分になるかもしれません。
きっと、聞く7 話す3と、心の中で思っていると、ちょうどいい会話に落ち着くのでしょう。会話では聞いていると思っても意外と聞くよりも話すことに入り込んでしまいがちなのだ...ということを前述の-聞き上手と思っている人は聞いていない-ということにつながるのでしょうか。

なかなか面白いです。

私はいままでこのような本は全く読んでなかったのですが、意外と-はっ-と気づかせてくれる内容があります。ビジネス書というのは、日常生活でいかにうまくやっていくか、それをビジネスと発展させていくか、あんまり現実の効用ばかり言っていて、ちよっと...と思っていましたが、よりよい人間関係を築くためにはよい内容があるなぁと、見直しました。
やはり、どんな本も幅広く読むということが大切です。
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自分に合ったミディアム-霊能者-に出会うには...

昨日、配偶者の先祖の霊視のもようを書きました。

ミディアム...霊能者で有名なのは-江原啓之氏-てす。

テレビでオーラの泉というのをしばらく前までやっていました。オーラの泉の前は-えぐら開運堂-というのを深夜にやっていました。そのころは、普通の庶民の霊視、スピリチュアル相談でした。
いろいろな人の悩みを霊視することにより、解消していく、そんなスタイルの番組でした。すべての相談者が深い苦しい人生の重荷を抱えているわけではなく、たまには、-もっと自分の生き方を見直せ-と一喝されることもあり、なるほど江原さんは霊のみでなく隠した嘘、相談者のいい加減な生き方、考えまでも見通していると、感心したものです。

江原さんも深夜からゴールデンの放送時間に茶の間に出てくることになり、オーラの泉も最初はなるほどと思える深い内容でしたが、だんだん歌手や役者の前宣伝的な番組となりはてたのか、一時間芸能人としゃべっておわり...というような徹子の部屋ならぬ江原の部屋になってしましました。

深夜番組の時代からみていたものにとっては残念でしたが、テレビという媒体を通して、スピリチュアルなことをするのは、あのあたりが限界か...と思わせてくれましたが...

江原さんの出現はいままで-霊-の世界にはそれほど関心のなかった人びとまで、そういうこともあるだろうと、なんらかの影響を与えました。
このような不思議なことは好きな人は子供のころから好きなんですが、江原さんの出現でもともと関心のなかった一般のひとまで霊などのことをそれほどむやみに否定しなくなったのではないかと思います。

私はむかしからこのような-霊-の世界はあると思い、関心もありました。テレビで江原さんの能力をみるにつけ、私も一度そのような人にみてもらいたいものだと、思っていました。

このブログにも書きましたが、今回のミディアムに出会う前、何人かのチャネラー、霊能者にみてもらったことがあります。最初はインターネットで-霊能者-と検索しました。
誰も紹介者もいないし、自分でさがすしかなかったのです。

霊能者と検索し、出てきたのは、-霊視-とか、-霊障-とかのおどろおどろしい見出しとともに、霊能者のプロフィール-すばらしい霊能力とか、なんとかかんとかで修業とか、圧倒されると同時にあやしさも感じます。
私は当時いろいろと-霊-などに聞きたいことがあり、そうとう探しました。

しかし...

本当か?鑑定料も半端ではありません。万単位です。
もしか、何万か払ってそうあたらなかったら、たとえどこかに本物の霊能者がいても、二度と行かなくなるだろう。やっぱりやめよう。
検索をしては、あきらめる そんなことを繰り返していたある日、万ではなくx千円で相談できる人を発見しました。そこでその方にみてもらったのですが、その方はちゃんと能力があり、いろいろと言ってもらえることができました。

そのご、その世界では有名な人、すごいと言われる人、などなどみてもらいました。そのころはスピリチュアルな世界の知り合いも多くなり、その情報も昔より多くなっていました。しかし、基本的には自分で探した人からまた、あらたなチャネラーの情報をもらうか、またもせっせと自分で検索したどり着く...ということを繰り返してきました。

今回の優秀なミディアムは、そんな過程でようやく巡り合えたミディアムです。今までいろいろなことをチャネラーなどに聞いてきましたが、チャネリング、リーディング、霊視などは断片的な情報が多く、なぞときみたいなことも多いです。また、情報量も霊能者により違います。また、有名ですごいと言われる人だから、何か自分の参考になったかと言われればそうでもなく、反対にまったく無名の人が今までわからなかった謎を霊を介してといてくれると、いったこともあります。

さて、今回のスピリチュアルカウンセリングではいままで欠落していたパズルが一つの絵のように鮮やかにあぶりだされた感がありました。これは、ミディアムの視点と、自分の疑問の立ち位置があっていたということでもあるかと思われますが、わたしは今回のカウンセリングで悟ったことがあります。

それは、その霊能者が優秀だということはもちろん、その相談者との相性、時期にもよるのでは?ということです。私は、あるひとに優秀だというチャネラーを紹介したことがありましたが、相性が合わなかったのか、その方は内容に非常に立腹し、あと、こちらまで文句を言われたことがあります。

もしか、そのチャネラーのことが違っているにしても、また、たまたま内容が合わなかったにしても、スピリチュアルな相談というのは、やたらに人に紹介できないのだなぁと思いました。

それからは古くからの知人で性格や、考えをしっている-この人なら-というひとだけに-こんな霊能者がおられるよ-ということにしていますが...

江原さんのような腕利きにみてもらいたい人は、何年か自分で探してみるのも手です。
私は思うのですが、霊能者、チャネラーもいっぱいいますが、このひとだというひとにはなかなか巡り合えません。本気であれば、なんとか自分でまず努力して探してみる...そんな姿勢も大事ではないかと思います。本気で亡き人に巡り合いたいと思っていたら、探さなくても、友人に紹介してもらうこともあります。そんな人は天の計らいなのでしょう。

しかし、自分で見つける...それもできると思います。そしてこれはと思うミディアムに巡り合えたら、自力でたどり着いた分だけ、本当に感謝できるのです。ありがとうと...
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genre : 心と身体

スピリチュアルカウンセリングと祖先

遠藤周作の本は昔よく読みました。キリシタンものが多く、何年か前ははるか長崎まで行き、沈黙の舞台となった美しい海をみながら-ドロさまそうめん-をたべました。
雲が多かったですが、雲の切れ目から、まばゆい日光が海にさしこみ、きらきらと、海は青く、笑うように軽やかに輝いて見えました。

遠藤氏はキリシタン関係のものが多いですが、戦国時代についても詳しく、-埋もれた古城-という本も単行本で出しています。

戦国時代といっても、歴史小説の吉川さんとか、司馬さんとかが書かれるようなヒーローに焦点をあてているのではないです。華々しい武功や反対にかえりみられない敗戦の-将-だけではなく、名もない雑兵や、強者に翻弄されしたたかに生きた弱小土豪、などに遠藤周作は興味を覚えたようです。

この-埋もれた古城-はそんなヒーローとは程遠い、戦国時代の名もないさむらいたちをに思いを馳せた本です。

私は、今回、スピリチュアルリーディングを受けるにあたって、なにを思ったか、この-埋もれた古城-を本棚から引っ張り出しました。こんどのカウンセリングは遠方です。乗り物に乗っている間、たいくつだといけません。なにか本を持っていこう...そう思い、だしたのが、-埋もれた古城-と向田邦子の-父の詫び状-です。結局持って行ったのは-父の詫び状-だったのですが、私はこの-埋もれた古城-をたまに読むのは、この中に書かれた信州真田の城の文と、それに続く-長篠城-について書かれた文が非常に印象に残っているからなのです。

長篠の戦いは、鉄砲を使った戦いとしてよく知られています。勇猛な武田の騎馬隊が鉄砲の前にあえなく崩れ、武田軍が負けた戦いとして有名です。
遠藤氏の-埋もれた古城-を読むと決まって、はるか甲斐の国からきた雑兵が、最前線で戦うも、戦いに敗れ、断末魔、故郷の山とその上に広がる青い空、残してきた家族...そんなことを心に思いながら死んでいったのだろうと、感慨にうたれるのです。
実際、長篠近辺では名だたる武将の討ち死にの碑がそこらかしこにあります。

しかし、そんなことはスピリチュアルカウンセリングには関係ない?ですね。本はただ行きがけに持っていこうかと偶然思っただけなのかもしれません。

ふっと、この本の-武田軍のひとびとたち-のことを思っただけなのです。

今回は身内の霊が現れ、いろいろなことをかたってくれました。そして最後に聞いたのはだんなの祖先のことでした。このことについては2日前のブログに書いてあります。

ミディアムはしばしの沈黙の後、語りだしました。
-戦いが...戦っているさまがみえる...-
戦い?
-武士です。甲冑...鎧よろいをつけている。といっても馬に乗っているわけではない。
足軽...奇兵隊のような、歩いて戦う...

最前線で戦っている。-

えっ...だんなの祖先は自分で調べたところによると近くの昔x山のあったあたりで、お百姓をやっていたような気がしたのですが...-武士?-

-このかたは、いまのあなたがお住まいの県のひとではない。-

ずっと...
ずっとここに土着の人だとおもっていたのですが...

-いいや、違うようです。よそから流れてきたのです。
風林火山が見える。甲斐の人。甲斐の武士...最前線で戦う武士だったのでは?
負けました。
戦いに敗れ、ぼろぼろになっています。髪もざんばらで着ているものもぼろぼろになり、刀を杖のように前につき、かろうじてそれを支えとして立っている-

負けたのです。そして、武士をやめ、今の地でお百姓さんになりました。
立派な農家の家がみえますよ。義理のお父さんのおうちは立派な農家です。-

そんなことをミディアムはおつしゃったのです。

そして、
-紋は◎△...-と、見えたものを教えてくれました。

風林火山 とは...おもいもよらない結果でした。

ミディアムは-私がみえたもので、本当かどうかはわかりません-というようなことをおっしゃていましたが、これは、なんとなくうなずけるものがありました。
うなずくといっても、これも本当に-そう思う-と感ずるだけですが...

またも、武士 しかも負けた武士、そして、最前線の戦いで懸命に戦った。
うーむ。これって、自分の過去世リーディングとかでも似たようなことを言われたぞ。そういえば、クリスタルヒーリングの時のビジョンはこれによく似ている。
また、ほかでも、時代や国は違うが、-戦い-をするひとがでてきたなぁ-しかも旦那もいっしょに-

実はだんなも私も、だんなのお父さんも現実には-戦い-は全く縁がなく、弱く、力瘤もなきにひとしいです。こんなよわっちいおうちなのに、戦う人がよくでるなぁ...
そんなことを思いましたが、納得することもあるのです。

私がふっと感じたことなのですが、私の祖先は多分、-武士-関連のおうちの子孫でないと、結婚に協力してくれないのでは?と思ったことがあります。-武士-といっても立派な殿様とかでなく、前線でほんとうに戦った人でよいのです。身分は足軽でも雑兵でもいいのです。
そんなことを感じていたのですが、だんな及びだんなのお父さんは弱く、勇猛果敢とははるかに遠いし、近くのお百姓の子孫だろうと予測していました。なので、ふっと思う、祖先が武士の人でないと結婚しないのでは?という思いは思い込みだろうと思っていたのですが...

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もしか、このミディアムの-霊視-が当たっていたら、私の思い込みもまんざらではなく、なにかのインスピレーションが湧いたゆえのことでもあると、いえるでしょう。

だんなの家は今は全くお百姓でもなく、勤め人で力なしで偉くもないです。金もありません。でも-風林火山-に縁がある家ではなかろうかと、信ずる気持が多いです。
行きがけに、たくさんある蔵書の中から、なぜか、武田が敗れた-長篠の戦い-についての本を取り出し、思いを馳せた...

-甲斐-の国。思ってもいなかった、遠い国、しかし、その戦いの地には縁があるのかもしれない。そして、帰りに会った古い知り合いは、祖先が、-武田-の落ち武者であったらしいという話をしてくれたのです。

偶然か、ただの思い過ごしか...偶然とするにしても、私はだんなの祖先が、最前線で精いっぱい戦い、刀を杖に立つのがやっとの姿になり、その後-お百姓-に転じたということが-うれしくてたまりませんでした。
最前線で戦う、勇気あふれる姿、しかし、負ける...負けたら、もう戦いとはすっぱりと縁を切り、お百姓となる。

自分の血縁ではないですが、足軽でも雑兵でも、そのぼろぼろの姿に-立派だ-と思えてしまいます。

江原さんは-武士-はサラリーマンと言ってましたが、江原さんの-武士-像は、江戸時代の偉い勤め人の姿です。ミディアムが見た私のだんなの-祖先-の武士は血なまぐさく、ボロボロです。でも、精いっぱい生きたと、思えるのです。
激しい戦闘のうえ敗れた兵は、息も絶え絶えに夕日の中立っていたが、何年か後、刀は鍬にかわり、青い空の下、汗をとばしその土地と格闘すことになる。かつての雑兵は百姓となりいまわの際に、一瞬、甲斐の美しい山々にはためく-風林火山-を思い出しただろう。いつのまにやら何代かたち、子孫はその土地の人となり、甲斐の山のことも武士であったこともも忘れられていった...

風林火山の旗のもと、名もなき雑兵であるだんなの祖先もも力の限り戦ったと...ただ胸があつくなります。


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トンデモ話は奥で繋がる(79) 23.2.20

トンデモ話は奥で繋がる 「第七十九夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪アヌンナキが求めたもの ②≫

 ★ 飛来目的①-種の存続

 それではバーバラのチャネリングによる「デジタリア」の意志
の続きを見てゆきます。

 「 100万年ほど前、ニビルにはオリオン出身の種族-
  いわゆるアヌンナキ-が住んでいた。
   彼らはとても寿命が長く、新しい故郷を求めてニビル
  に来てから、既に50万年が経過していた。
   種を存続させるには新しい遺伝形質が必要だと気付
  いたが、オリオンに新しい遺伝基盤が発生するのは50
  万年先だった。
   今地球でアヌンナキと呼ばれている彼らは、ニビルと
  地球がどちらも同じ超新星から生まれたのを知ってい
  たので、地球を訪れて新しい遺伝基盤を探すことにした
  。そこで、45万年前からニビルのアヌンナキが地球に
  飛来するようになったわけだ。
   この惑星は3600年ごとに太陽系に入って来て火星
  と木星の間を通過するが、
毎回必ず地球に降りてくる
  わけではない。
縮マヤ周期入り 
   訪問に最も適した時期は「牡牛座」の時代と「蠍座
  の時代、つまり太陽がフォトン・ベルトから遠く離れ、
  「銀河の夜」の奥深くを旅している時である。
   例えば、彼らは紀元前3800年から3400年には
  多くの時間を地球で過ごし、その間にシュメール文明
  
を創造した。」
 【バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』
p410より抜粋《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》】

 アヌンナキはオリオン出身の種族とされています。オリオン
といえば、第五十三夜でお話ししたように、デルタ・T・アン
テナ
の技術の提供者とも目されています。

 つまり、その提供者こそアヌンナキであった可能性もあるわ
けです。彼らが四次元の存在でもあるとすれば、ダンカン
がタイム・トンネル内で出会った可能性も出てきます。

 彼等が地球にやってきた目的は、種の存続に必要な遺伝
基盤を探すこととしています。恐らく、彼らだけでは子孫を残
すことができなくなったのではないかと考えられます。

 ★ 飛来目的②-金の獲得 

 さて、もう一つの理由はシッチンの解明にもあったように、
地球の豊富な「」を発掘することです。しかし、何故彼等が
それを必要とするのかについては解明されていません。

 どうやらその理由は、我々が考えるような「金」の経済的価
値ではなく、極めて実用的なことのようです。まずは、『フラ
ワー・オブ・ライフ
』のドランヴァロの解説から見てみます。

 「 シュメールの記録によれば、およそ43万年くらい
  (もしかすると45万年以上前かもしれません)昔の
  こと、ネフィリムの惑星であるニビルに問題が起こり
  ました。
   それは大気に関する問題で、私たちが今直面して
  いるオゾン層の問題と大変よく似ていました。
  (…中略…)
   地球の科学者は太陽の壊滅的な光線をろ過する
  ために、粉塵の分子をオゾン層にばらまこうと考えた
  ことがあります。
   ニビルの軌道は太陽から相当遠くまで離れていく
  ので、を蓄える必要がありました。そこで彼らは、
  鏡のように光と熱とを反射させるために、大気圏の
  上部に「金の粉」をばらまくことにしたのでした。
   それを霧状にして惑星上部の空中に留めておくた
  めに、大量の金を採取することを計画しました。
  (…中略…)
   エンリルという名前の人が採掘の統率者でした。
  彼らは地中深く掘り下げてゆき、大量の金を掘り当
  てました。
   それから3600年ごとにニビルが接近して来る度
  に、自分たちの故郷の惑星へ金をシャトルに乗せて
  運んだのです。それからニビルが再び軌道を巡って
  やって来るまでの間、また掘り続けました。」
  【ドランヴァロ・メルキゼデク『フラワー・オブ・ライフ』
 p132-133より抜粋《ナチュラルスピリット(脇坂りん・邦訳)》】
 
 ★ 給金スタンド地球

 再び、バーバラのチャネリングに戻ります。次は何とアヌン
ナキの首長「アヌ」自身からのものです。(以下、何回かに
分けて、アヌ自身の言葉にも触れてゆきます。)

 「 わたしは偉大なる神、アヌである。エジプトでは『オ
  ン』と呼ばれ、わが名はシュメールエジプトにおいて
  古代地球の歴史に君臨している。
   シュメールアッカドはわたし自身で創造し、そのあ
  とエジプトが邪魔になったので、これも支配すること
  にした。
  (…中略…)
   その前にひとつ理解して欲しい。わたしは君たちの
  神であり、「人間はこうなり得る」と考えたような姿にさ
  せる ため、刺激を加えてきた。
   その結果、巧妙な働きかけに人間は本当によく呼応
  し、わたしが望んだとおりの存在になり過ぎてしまった。
   今では、結婚生活において自分の意志を見失った者
  のように、君たちも「自分を知らない」がため現実を破
  壊するギリギリの所にいる。
   このわたしも、今やっとわかったのだ。世界を自分の
  手で本当に破壊してしまうかも知れない、と君たちが悟
  った瞬間に。

   我々の惑星ニビルが軌道を巡って太陽系に戻り、
  球
とかかわり合う時、ここは3次元の燃料ステーション
  
になる。「アヌ・ガソリン」というわけだ。
   我々は存在を維持するために、君たちの圏内から必
  要な物をもらっている。地球が存在しなくなれば、ステ
  ーションが閉鎖されてしまうのだ。
   宇宙空間に出ている間、我々は星の意識を勇敢に探
  検している。ただ、衛星と同じで探査能力に限界があり、
  地球のような場所は他に遭遇しない。
   君たちの惑星がいかに実り豊かな場所かというと、
  球で集めた資源
によって深淵宇宙を3000年も旅でき
  る程だ。流刑の体験を持つ者だけが、この旅の孤独を
  想像できるだろう。クルド人はわれわれの同類だから、
  この気持ちを知っている。
   我々は寂しくなると絶望し、野蛮になる。ずっと昔、君
  達の聖典に「出エジプトの物語」を深く埋め込んだのも、
  我々が宇宙に出ている間の気持ちを知ってもらうため
  だった。しかし、君たちはこの物語を道具に使って敵を
  非難している。
   我々は地球のを採掘し、太陽系に入るとき惑星ニ
  ビルのオーラを守るために
利用する。太陽から一番遠
  ざかるとシリウスに近づくが、シリウスには惑星が存在
  しない。

   我々とシリウスの関係は惑星の意識ではなく、恒星
  の意識
にかかわるものなのだ。プレアデス人が人間に
  とって、星の進化の源であるように、シリウス人は我々
  にとって星の進化の原型である。
   シリウス人の高次の意識が、何らかのレベルで影響
  を及ぼしていなければ、我々アヌンナキは進化しない
  だろう。プレアデス人がいなければ人間は霊的に進化
  しないのと同じである。」

【バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』
p282-284より抜粋《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》】
  
 ★ 「不一致」に見る効用

 上記が、人類の多くの神話において、『神(々)』とされてきた
アヌ」自身が語り始めた最初の部分です。この『神』は、
知性体
であって、「万物の創成者」ではありませんでした。

 前半部分では、彼(等)は我々が理想的な生命体となるべく、
人類に課題を課し、それに対して人類が真っ正直に応え過ぎ
たと述べています。

 この部分こそ、これからお話ししてゆこうとする核心の話
なります。人類の歴史とは、彼等アヌンナキの創り出して来た
偏った世界観に振り回されてきたのです。

 ちなみに、第五十八夜で触れたように、「エジプト文明」に
ついては、少し違った経緯を辿っているようです。この点につ
いてもお話してゆきます。

 さて、後半部分では、「金の採掘」の理由が述べられていま
す。興味深いのは、ドランブァロバーバラのチャネリング
では「金の効用」に若干の違いがあることです。

 前者は「太陽系から遠ざかっている時の熱保有」のため
とし、後者は「太陽系に入る時のニビルのオーラを保護す
るため
」としています。

 ちなみに、ドランヴァロは主として「シリウス系」のメッセー
ジを主体としているのに対し、バーバラは「プレアデス系
のメッセージを多く受信しています。

 つまり、どちらかの説が正しくない可能性がある訳です。
(無論、場合によってはどちらも間違っているか、どちら
も別の側面を述べている可能性もあります。)

 この辺りの食い違いが、チャネリングに対する心構え
知る上で、貴重なデータとなります。つまり、ある人物の説
全て信じ込むことに対する危険性を示しているのです。

 しかし一方では、「別々の主体」からのチャネリングの中で、
金をニビルの環境を保護するために使用する」という点
では一致していることになります。

 つまり、この点では「不一致な点」に比べて「確実性」が高
い可能性があるわけです。チャネリングの内容を判断する場
合については、こうした「比較」の積み重ねが重要です。
 
 同じことが「シリウスの惑星」についても言えます。ドラン
ヴァロ等
ノンモ人の住む惑星について言及していますが、
アヌの話では「存在しない」ことになっています。

 これらついても、どちらかが間違っている可能性もありま
すし、かつては存在していたが、アヌンナキが来た時点では
既に無かった可能性もあります。

 その意味で小生は、今後お話するドランヴァロとバーバラの
チャネリングについては、間違っている可能性も否定しません。
しかし、その内容を知る必要性は高いのです。

 この分野に首を突っ込む限りは、できるだけ多くの「トンデ
モ話」に耳を傾け、常に「付かず離れず」の姿勢をもつ

要があると思っています。

 そして最終的な判断は、やはり一人ひとりの「直感」です。
その「素質」は、特別な人だけに有るのでは無く、我々全て
に等しく備わっている
はずだと、小生は思います。

それでは続きは、次回第八十夜でお話しします。

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亡き人とのコンタクト...知らないことを祖先から教えてもらう

先日、亡き人の言葉を聞きに行ってきました。ミディアム-霊媒-が亡き人とコンタクトをとり、伝言を伝えたり、アドバイスをしてくれたりしてくれるというものです。

今回は、ミディアムは東京のミディアムというだけで、それ以上は書きませんが、今回のスピリチュアルカウンセリングをしてくださったミディアムはオーラの泉の江原さん以上といえるすばらしいかたでした。

私はもうこの世にうまれ何十年...もうだいぶ歳をとりました。しかし、老人にはまだまだ遠いです。もっと歳をとると死別の経験はみなさんされると思います。しかし...私くらいの年代の人は父母も健在の人も多く、-死-とは隔たった暮らし、人生の人も多いです。
また、もっと歳をとってそれらの経験をなさった方は、不慮の死とか、あきらめきれない無念さなどとは無縁な、長寿のうえの自然死として身内の死を経験されりと、-死-も自然の摂理と受け止めれる状況て゜はないかと思われます。

親しき人が突然いなくなる...歳月がどれほど経とうが、それらの人びとは心の中から消え去りはしません。

わたしが今度のカウンセリングを受けた理由の一つは、早くあの世に行ってしまった-みんな-に会いたい。声を聞きたい...どんなことでもいい。声を聞きたい。そんな思いがあったからです。

私は、兄弟、親、友人...たくさんの人を突然になくしています。そんな人々の声を聞きたいと、何人かのミディアム、チャネラーに聞いたことはあります。
過去聞いたミディアムの方々も優秀な方が多く、それなりに伝えてくださったのですが、-亡き人の声を聞く-ということだけに絞って聞いたことはないし、亡き人の伝言でも、-こういうことです-と、意味を言ってくださったり、ある光景がみえる、と一場面を言ってくださったりしたのですが、-霊-が具体的なことを言って、それをそのまま伝えてくれるのは少ないので、どうしても-もう少し、何か言ってほしい。-と、思っていたのです。

今回は、-このかたなら、具体的に霊の言葉を通訳のように、伝えてくださるのでは?-と思うミディアムがいらっしゃったので、みてもらうことにしました。

最初に、ある人、次に父の母-祖母-、母、が出てきてくれました。内容は本当に細かいこと、読んでいた本、二人で行った観光地、よく行ったレストラン...実に細かい、私と亡き人しか知らないことがずらりと一方的にミディアムの口から出てきます。これらの内容については後日書くことにしますが、今回のカウンセリングでは、ちょっと変わったことを頼みました。

それは、配偶者の家の家紋のことです。じつは配偶者-だんな-の家はだんなのお父さんが、その親から家の話などはろくに聞いておらず、先祖の話はおろか、家紋なんかも-◎-かなぁ。いや、-△-じゃあなかろうか。などと言っている始末で、3代先のこともまるでわかっていません。
このことは先祖、むかしのひとびとについてあれこれと父や母、伯父などから語られていた私からすると非常に奇天烈なことに思え、義理の父に聞いても、反対に義理の母に-そんなことは聞くもんじゃあない-と言われる始末です。
我が家では、父方も母方も祖先の話を聞くと、喜んで-よくきいておくれたのぅ-と話してくれていたので、義理の母の言葉にはびっくりしてしまい、それからなにも聞けなくなりました。

しかし、なにもしらず、このまま暮らしているというのも、なんとなくすわりが悪い気がします。血をついだだんなは、いいんだ。馬の骨で、なんて言ってますが、こうなるとどうしても気になり、昔の古文書や、おじいさんが住んでいたところあたりを調べると、どうやら、あるところに同じような-苗字-の人たちが何軒か固まって住んでいるのを発見したのです。それから調べていくと、ある程度はわかったのですが、-紋-はわからずじまいです。

今回は、亡き人の言葉をつたえてもらう、ということです。
そうだ、もし、自分の身内の霊の言葉を充分きけたら、旦那の家の-紋-はなにか、旦那の祖先にでてもらって聞けばいいじゃあないか...そんなずうずうしいことを思いついたのです。

そして、何分か身内の霊の言葉を聞いた後、まだ時間があったので、聞いてみました。

だんなの家の-紋-が知りたいのですが、わかりますか?
ミディアムは、だんなの名前を紙に書いてくださいと言います。
そして、しばし待ちました。このミディアムの方は、身内の霊の時は待ち時間は何秒もなくすぐに゜語ってくれたので、-やっぱり、自分の身内でない、旦那の...しかし、だんなも知らない祖先においでを願っても無理なのか...-と、あきらめかけたら、

この続きはまたね。
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トンデモ話は奥で繋がる(78) 23.2.18

トンデモ話は奥で繋がる 「第七十八夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。
 
≪アヌンナキが求めたもの ①≫

 ★ シリウス・ミステリー

 太陽を除く、全天で最も明るい恒星ー大犬座のシリウスは我々の
地球から8.6光年(約300兆㎞)の距離にあり、地球との距離で
7番目に近い星です。

 アフリカのサハラ砂漠近辺の高地に住むドゴン族は、そのシリウ
スに関するいくつかの伝承を受け継いでいます。ほとんど雨の降ら
ない土地に、彼らは泥と藁作りの家に住み、文明と隔絶して暮らし
ています。

 1950年、フランスの人類学者マルセル・グリオールゲルメ
ーン・デラタン
は、彼らと20年以上生活を共にし、彼等の伝える神
話を『スーダン人のシリウス信仰体系』として出版しました。

 その書物の内容に魅了された、東洋学者のロバート・テンプル
は自ら現地に入り込み、その成果を『シリウス・ミステリー』として
1976年に発表しました。

 ドゴン族のシリウスの伝承は次のようなものでした。以下『月の謎
と大予言』(小笠原 邦彦 日本文芸社)
より抜粋して紹介してみ
ます。なお伝承上、シリウスにはもう一つの恒星Cが存在します。

 ① 超古代のある時期に、シリウスCを回る衛星から人魚の
  ような知性体が地球を訪れ、未開状態の人類にさまざまな
  知識を授けて帰っていった。

 ② シリウスCを廻る衛星はニャン・トロと呼ばれる。ニャン・
   トロ
の住人は人魚のような水陸両生の知性体で、ノンモ人
  と称している。

 ③ 宇宙で最も重要な星は、シリウスAを廻る、肉眼では見
  ることのできないシリウスBであり、ポ・トロと呼ばれる。

 ④ ポ・トロは夜空で最も明るい星、シリウスAの周りを50
  年
かけて廻っている。

 ⑤ ポ・トロの軌道は楕円形で、母なる星シリウスAは、その
  軌道の焦点の一つに位置している。

 ⑥ ポ・トロは非常に重い星で、かつ小さい。色は白く、この
  地上には存在しないサガラという金属のようなものからな
  っている。
   サガラは大変重いので、地上の生き物全てが力を合わ
  せても持ち上がらない。
 
 ⑦ シリウスCシリウスBの4分の1の重さしかなく、軌道
  はずっと大きい。

縮軌道 

(小笠原 邦彦『月の謎と大予言』p82《日本文芸社》より転載) 

 そして、シリウスBについては、彼等の土地にある洞窟に残ってい
る、700年前に描かれた壁画の中にも記されていたのです。

 ★ 確かめられた事実と偽説のレッテル

 天文学者がシリウスAの軌道の揺らぎから、③シリウスBの存在
を確認したのは1862年、さらにそれが白色矮星で、④公転周期
が50.09年
であることが確認されたのは1926年でした。

 また1914年には光学分析により、その表面温度は1万度以上と
され、かつ⑥地球と同じぐらいの小さい星であるにも関らず、太陽に
匹敵する質量
を持っていることがわかったのです。
 
 その半径と質量から割り出された比重は、1c㎥当たり0.4トン
いう信じがたい重さであることを示していました。名前を「サガラ」と
いうかどうかはともかく、地球上ではあり得ない物質です。

 さらにドランヴァロの『フラワー・オブ・ライフ』の中では、当初、
科学者たちが何であるか全くわからなかった、壁画に描かれていた
下記の「小さな絵」の謎解きについて述べています。

縮デジタリア
(ドランブァロ・メルキゼデク『フラワー・オブ・ライフ』p36《ナチュラル
スピリット(脇坂りん・邦訳)》より転載)

 その謎は、コンピューターによる解析技術により、シリウスAと
の位置関係の計算により初めて明かされました。その図は1912
年から1990年までの両者の位置とぴったり一致したのです。

 (ちなみに「デジタリア」とはテンプルが「シリウスB」に付けた
名前で、もともとドゴン族の間で「ポウ」と呼ばれていた小さな
食用種子の学名です。)

 これらの話は、時の宇宙物理学の権威カール・セーガン博士が、
『グリオール博士たちが作り出した話である』としたことから、都
市伝説的なレッテルを張られたままとなっています。

 また、この伝承の独自性を証明する最高の証拠となるべくシリウ
スC
についてはいまだに発見されておらず、今後の展開を待たねば
なりません。

 しかし、科学的権威は常に「闇の勢力」の管理下にあるものと考
えてみれば、この問題が彼らの出自そのものと係わる不都合な
真実である限り、決して公式なお墨付きは得られないのです。

 また、カール・セーガン博士自身は後に1966年に出版した『宇
宙の知性体』
では、古代シュメール神話に記された知恵の神エア
は異星人だったのではないかと述べているのです。

 博士自身、自らが葬り去った話が、実は自身が述べたエアの故
郷にも係わる話だと知ったら、「飛来するのに極めて都合の良
」距離にあったこの星を見直すことになるかもしれません。

 ★ 兄弟惑星ニビル

 さて、ここからは第七十六夜でお話ししたように、「」にも「
」があるという前提で話を続けます。『プレアデス銀河の夜明
け』
では、チャネリングによる「デジタリア」の意識が語られていま
す。

 以下、少し長くなりますが、「デジタリア」の意識が伝えたとされ
る内容を抜書きします。まず、バーバラが「これが地球創造の
本当の起源であると考えている
」とした部分です。

 「 わたしには、ソルグムという聖なる双子の兄弟(星)がい
  る。我々(兄弟)は、互いに直角の軌道シリウスAの周り
  を公転している。
  (…中略…)
   今から40億年余り前、星間塵から太陽系が形成され
  ようとしていた頃、わたしは超新星となり、シリウス星系
  は大変混沌とした状態だった。
   わたしは内的爆発による急激な収縮で高密度の小さ
  な天体になり、ソルグムとともにシリウスAの周囲を廻り
  始めた。
   ある日、疲労困憊していたわたしは、自分の一部が引
  き裂かれて地球という惑星になっていることに気付いた。
   地球は近くにある恒星の周囲を巡り、きみたちはそれ
  を太陽と呼んでいる。
  (…中略…)
   その後、自分の別の一部がもうひとつの惑星となって
  いることがわかった。なんと素晴らしいことか。その惑星
  はニビルと呼ばれ、3600年ごとに太陽系に侵入する。
   地球と同じようにわたしの爆発から生まれ、太陽に向
  かって飛んでいったのだが、ニビルの軌道は地球と違
  って3600年ごとに我々のもとに戻ってくる。」

 つまり、我々の「地球」とシュメール神話に登場するアヌンナ
の星「ニビル」については、同じ「シリウスB」から別れ出た
兄弟惑星」だということです。

 ニビルの「超楕円軌道」の起源としては、素人には納得し易
い説明になっていますが、恐らく「正統な科学者」はあれこれと
難癖をつけることだろうと思います。

 しかし、地球の起源という点では第六十三夜シッチン
説と多少の食い違いがあります。全くの私見ですが、次のよう
に考えてみてはどうでしょう。

 つまり「シリウスB」から最初に飛び出した塊は、形成途中に
あった太陽系へ流れ、そこで単独又は複数の惑星となり、その
ひとつが後の「地球」となる「ティアマト」だと考えるのです。

 「ニビル」については、後になって「シリウスB」から飛び出し
たため、既に形成されていた惑星の重力の影響をうけ、太陽
系とシリウス星系を巡る軌道に入ったのではないでしょうか。

 無論、「正統な科学者」は全く取り合わないでしょうが、小生
の「直感」がそう思うのです。(ついでに第五十八夜でバシ
ャールが「間違っている所もあるが」と言った部分も解決
です。)

 さて、次回第七十九夜ではいよいよアヌンナキが登場
してきます。


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合わない靴

去年の師走、神戸に行きました。何の用があるわけでもなく、ただ買い物してきただけです。

師走だけあって人も多くかったですが、もう年末休みのところもあり、開いている店は盛況で、靴屋さんも何人かのお客がおりました。
中に入り、小さい靴があったのではいてみるとぴったりです。かかとの高さも低すぎず高すぎずいい感じです。はいていた靴はだいぶそこが減っていたので、その靴を買うことにしました。その後、ほかの裏通りの店も覗いたら、子供の買った同じ靴がなんと1000円から2000円ほど安く売られていました。

うわっ...やられた。

同じ靴をこんなに値を上げて-お買い得です-なんて...神戸の商人はなかなかのものよ。とほっと思いましたが、考え直し、まぁ、私の靴はぴったしだったからよいか。と思っていたら、この靴、だめでした。

合わせたときは、ぴったしだと思ったのですが、うちに帰って、はいて玄関から門まで歩いただけで、靴が脱げそうになります。近所のスーパーまで歩いて行った時も、右足を地面につけてさあ踏み出そうと、右後方から足をけると、くつだけ地面に残り、かかとが靴から脱げます。左足もそうです。右、左、歩くたびにかかとがくつから飛び出て、それを防ごうとすると、すもうとりのようにのっしのっしとあるかねばなりません。
その上、靴が脱げないように歩いていたら、靴下がずずっと下にずれ、だんだん脱げてきます。靴が脱げ、靴下が脱げ...なんとか踏ん張って歩いていたら、すぐに膝が痛くなってきました。

のっし、のっし...こんな歩き方、5分が限界です。

神戸で゜買った靴、いいと思ったのに...5分もあるけない。

この靴はだめだ。地面は歩けない...いまのところ、庭に出るためだけに使っていますが、くやしいです。靴だけは外国にいたときのほうがあっていたなぁ...せっかく買ったのに、使えない靴...よくあるんです。残念です。
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試験の極意

世の中にはいろいろな試験があります。学生の入学試験から各種資格習得試験まで...試験というからには難しいものが結構あります。きのう書いた福祉関係の資格も難しいです。

歳をとってもう勉強をしなくてもよくなると試験というものの大変さを忘れてしまいますが、たまにいろいろな試験問題を見ると、難しさに後ずさりしたくなるような気がいたします。

私はこのごろ、-どうしたら勉強ができるか-とか、勉強法とかの本を読んだりします。こんな歳なのに、なにをむだなどうでもいいことをよんでいるのだろうと、笑う人もいるでしょう。まぁ、私は試験は昔なんども受けたので試験は受けませんが、このごろ、-?-ということがあるのです。
-?-とは...私は勉強、試験が嫌いでした。
得意は、勉強を全くしなくても高得点がとれる-現代国語-試験問題の詩文を見ると、自動的にその時の先生の説明が頭に再生される-漢文-あとはその時おもしろいとおもったもの...でした。
英語なんかひどいもので、なにしろ、中1の時にbとdを間違え、先生に-こんなアホがいる-とみんなに大きな声でいわれてから、苦手でたまりませんでした。

-英語-は中学段階はなんとかクリアーしたものの、それ以降はわからず、苦しい思いをしました。

高校になって難しくなった英語なんかはまず、意味のがからないし、発音を記憶するのが苦しく、覚えられませんでした。その上、英語を勉強する動機も-なぜやるのか?-つかめず、わからないままこの歳まできてしまいました。

しかし、この歳で思うのは、なぜわからなかったのだろう。もっと良いやり方があったのでは?たとえば英語を覚える=記憶するということだけでももっと自分にあった効率的なやりかたがあったのではないか?なんて考えているのです。
昔は、優等生の先生が優等生を教えて、ますますすばらしい優等生にしたてあげていました。
もしかして、優等生の先生のやりかたではあわない勉強法、教授法があり、劣等生にふさわしい教え方、学習法があれば劣等生でも伸びるのではないか?なんて思ったのです。

それでいろいろな勉強法、記憶についてなどなど、本を読んだり、学生の受験攻略本を読んだりすると、どうも凡人でもある程度までは-勉強-ができるのでは?ということにたどり着いたのです。
試験のための勉強...それはただやみくもに勉強するだけでなく、効率的に、自分の力をよく把握しうまく利用しつつやれば普通の人、記憶力の悪い人でも試験が受かるまでになるのでは?と、思っています。

今から思うと昔の自分はなんの攻略も工夫もなく、空手で試験にのぞんでそのまま撃沈したのだろうと思っています。試験を受ける方は、勉強をやみくもにするだけでなく効率...ということも考えられるといいと思います。
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福祉の仕事は...体はきついがお金は少ない

先日、福祉関係のお仕事をしている友人たちとモーニングに行きました。
実は私の身内も福祉施設でお世話になっています。施設では動けない人や、ぼよんと一日中いる人、いろいろな人がいますが、職員の人がおむつなどの交換をしてくれています。

動けない人のお世話などは力がいるし、こういう仕事をしている方たちは腰を痛めている人も多いと思います。友人たちも腰痛はさけて通れなかったようで、腰の不調があるようでした。
お話を聞いていると、働くにも資格が必要だったり、試験も難しかったりと、なかなか大変、かつ気苦労の絶えない仕事のようですが....
聞くとパートの給料などは非常に安く、びっくりしてしまいました。

体と気をつかい、汚い汚物の処理もしなくてはなりません。だから、ある程度はもらっているのでは?と思っていたら、そんなことはない。本当に安いのです。

しかし、ケアマネージャーなどの資格を取ろうとしたら教材費などの勉強代に数万円、そして、試験がやさしいかと思っていたら...これがいやらしい。5つのうち3つが正解とならないと一点にもならない。まさに落とすための試験です。
私は身内が施設に入所しており、ケアマネージャーの-脳-障害についての知識に疑問を感じ本屋で問題をちらっと見たことがあります。その時にみたのは-頭-のことについてのみなので、ざっとした全般的なことだなぁとおもったのですが、改めてネットで見ると、いろいろな知識を問う問題です。こんな問題を約80パーセント取り、ようやくゲットしたケアマネージャーの資格...

さて、パートでいくらか?と思っていたら、ちょうど今日、市の広報でケアマネージャー(非常勤)募集とありました。難しい資格だからさぞ、いい時給だろう。そう思い見たら、九百いくらかの時給でした。

驚くというより寒々とした思いが一瞬広がりました。こんなに安いのか...
あんまりです...

昔、光明皇后は、病んだ人の世話をしたということで、尊敬されました。でも、いまの福祉の現場の人はお金もちょっとしかもらえないし、尊敬されてもいません。
-これしかできない-という人もいますが、そんなことはないです。大変な仕事です。気配りもいるし、やさしさもいるし、だれでもできる仕事ではありません。粗忽で、気配りのできないわたしには、とてもできません。

尊い仕事です。もっと社会がこのような仕事に高給をもたらすような、そんな状態になればなぁと思わずにはいられません。
スピリチュアルでは、本人がそう-薄給でもいい-と創造しているだけというかもしれませんが、私は-あんまりだ-と思うのです。



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お菓子のアウトレット...

お菓子のアウトレットがあると聞き、行ってきました。

ちかくの製菓メーカーの不揃い品が毎日9時と3時にアウトレット品として出ます。大きすぎたもの、目方の足りないもの...まさに不揃い品です。毎日出るそうなのですが、何品でるかはその日その日で違います。

でもそんなに多くはないようなので、9時、3時には人が行列を作ると聞き、9時2分前に到着し、前方を見ると-24品-との看板が...
今日は定番の-300円-袋詰めが24袋。前を見ると20人くらいいそうな気配が...

きりきりかも?そう思ったら、いっしょに車に乗せてくれてきた友人がくるのがすごく遅く感じます。その間にもぞくぞくと、白い車、灰色の軽自動車...白い車からはおばさんが出てきてこちらに向かってこようとしたが、車の中をのぞきもぞもぞとやっている。はっ、早くあのおばさんが来る前に...
うっ...はやく、こないかぁ。

一分が30分くらいに感じていたら、人影が建物のかげから出てきました。まちわびた友人です。白い車のおばさんはその後となりました。
そしてまもなく、列が動きだし、みんなお金を無言で渡し、袋を受け取ってます。

よく勝手のわからない人間は私たちだけのようで...しかし、しっかりと-要冷蔵-というシールの貼られたずっしりとした袋を受け取りました。そして、うしろの友人も-ぇっえっ-ととまどいながら袋をゲットです。こんかいは、それで机の上の袋は終了のようで、友人の後ろの人は、-もうしわけありません-と、店の人に謝られていました。

さて、ゲットしたのは...
縮IMG_0846

不揃いですが、エクレア、シュークリーム、クレープ、生クリームのロールケーキ、etcと10品です。定価を見たら一つ100円から200円はしています。

これで、朝早くから、行列ができるのですね。みんなが来るわけがわかりました。
縮IMG_0847


今日の夜は、エクレア、シュークリームを食べましたが、さすがアウトレット、大きいのがいいひとは大きい重いエクレアを...少しがいい人は軽いエクレアを...食べました。アウトレット、不揃いがかえってそれぞれの食欲に合わせることができ、いがいといいなぁと思いました。もちろん、値段がむちゃくちゃやすいというのも魅力です。



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おひなさまの飾りつけ-左大臣のひげは難しい

もう二月です。三月にはひなまつりがあります。はやく出さないとおひなさまが出ている期間が短くなります。
うちもおひなさまを先週にはもう、出しました。

最初はおひなさまのならベ方とか、写真、小冊子があったのですが、今はどこかにいってしまいました。適当に出していますが、右、左、お道具の順番等、間違っていても気にしないこととしています。

おひなさまは、段飾りを組み立てるのから、人形を並べるまで、あれこれ、めんどくさいです。段飾りの土台を出すのは、二人がかりで板をはめ、こっちをもって...もうせんを引っ張って、と大ごとですがさっさっと組み立てれます。

しかし、面倒なのは、人形の身支度です。五人囃子のたいこを持たせたり、鼓を肩にのせたり...下足番のおじいさんにくつを持たせたりするのはまだしも、一番難儀なのはこれです。
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左大臣、この人の支度が一番いやです。
この左大臣、ひげが長いです。このひげが、毎年いやになる原因です。
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大臣は冠をかぶらせ、あご紐をしめます。それが゜大変なのですよ。

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冠のひもに-鬢-びん がついています。もみあげを左右に束ねたようなものです。その鬢をひもにつけたまま、ほお骨の位置で左右に張らせつつ、長い白ひげをまくりあげ、あごひもを結ぶ。これが超難しい...鬢を下げずにかつひげをはさまず、冠をきちっとかぶらせる...これは難しいですよ。
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私は最初は結んだと思ったら鬢がまがり、ひげをうまく挟み込まずに結んだと思ったら、冠がうしろにぽろっと落ち、失敗、なんてことを繰り返していました。そのうち、、先に、ひげをゴムでたくしあげ、ひもを結ぶ...なんてことを考えだしやっていましたが、ゴムがない時はどうするか?

それは...右足左足、指を使い左大臣の頭、ひげを押さえ、両手の指でひもを結ぶのです。これも慣れればうまくいきます...が、うちでは私しかやりません。ほかの家族はとてもできないと言い、しり込みします。

足の指で左大臣の顔を押さえ、かんむりをかぶすなんて、あんまりだ...とおもいますが、本当、この左大臣の冠の支度は、難しく、しかたないなぁと、思いつつやっています。行儀が悪いですが、だれも手伝ってくれません。難しい人形はひとりで支度をするのです。

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トンデモ話は奥で繋がる(77) 23.2.12

トンデモ話は奥で繋がる 「第七十七夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪プレアデス メッセージ ⑦≫

 ★ 7~10次元

 「7次元」は「純粋な想念のコミュニケーションライン」とされ
ています。何を持って「純粋」とするのかはよくわかりませんが、
その伝達経路が「フォトンベルト」であるとされています。

 「フォトンベルト」の役割は主として2つです。一つ目は、銀河
の中心と「銀河系の渦」の外縁をドーナツ状に取り巻くように存在
することで、銀河系の恒星や惑星の軌道を保つことです。

縮ベルト 
(バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』p73
《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載)

 そして2つ目が、「アルシオネ」のようなフォトンの中心星に、 意
識の脈動を伝え、星々と交信するためのコミュニケーション網
維持することとしています。

 全く「?」な話ですが、前提として思いだして欲しいのは、物質と
しての「」もまた個々の「意識」を持っているということで、 「フォ
トンベルト
」は言わば「星々」の通信網なのです。

 (「8次元以上」の説明については、小生ではとてもついて
ゆけません。取りあえず書かれているままを書いておきます。
今後新たな「直感」が湧いたら書き足すことにします。)

 「8次元」は「銀河連盟」と呼ばれる「地球の知性の構造体」で、
「アルシオネ」を通じて「オリオン星系」の意識へと繋がっているそ
うです。

 ここは「知性の会議の場」とされ、我々が日常で、困難な問題、
主として他人との権力的な軋轢に直面した場合、瞑想を通じてこ
の場に繋がることで、その緊張を除くことができるようです。

 「9次元」は全ての波動が結実した現実とされていますが、小生
には解釈不能です。その場所は「銀河の中心」であり、「時の守り
手」である「ツォルキン」が導いているとされます。

 そして「10次元」は「宇宙そのもの」です。サティア自身が、「我
々が地球から知覚できるあらゆるものを含む『大いなる全て
で、名付けることも、描写することも、理解することもできない」

としています。

 以上が、同書に書かれた各次元の概略です。どこまで真実と見る
かは、読まれた方の感性にお任せします。逆に小生自身も消化しき
れていない部分について、新たな解釈をされるのも自由です。

 ★ ♪浄化は内!、進化は外!♪

 では、7次元の「フォトンベルト」がもたらすものとは一体何でしょ
うか。以下、同署で述べられている主な点について抜書きしてみま
す。

 まず、「フォトンベルトの内に入る」ことの意味から始めましょう。
同書では外側にいる時期と、内側に入ってからでは、人類の身体
に対する意味合いが変わってくるとします。

 「 太陽系がフォトンベルトの外側を旅している間、あなた方
  は生物学的に進化します。そしてフォトンベルト内に入る
  と、その生物学的な進化の内容を浄化するプロセスを体験
  し、内省的分析によってあらゆる種が恩恵を被ります。
                               (p112)」

 つまり、外側にいた間に進化させた身体的な特性から、不必要
な部分を取り除く時期
だというのです。もう少し具体的に触れて
いる部分を見てみましょう。

 「 1987年から、フォトンベルトに誘発されて、否定的なカ
  ルマの盛大な解放
が始まっています。
  (…中略…)
   何千年も昔、まず人間の霊体が、次にメンタル体が光の
  変換を受けました。そして魚座の時代は、ずっと感情体
  変換が行われてきたのです。
  (…中略…)
   あなた方は皆、開放すべきマヤズムを抱えています。
  ヤズム
とはエーテルの塊で、遺伝疾患や過去世の病気の
  パターンを記憶として保持しています。
   今世の病気でも、予防接種をしたために記憶を具現化し
  て消去することができず、解除されなかったものがありま
  すし、本当は肉体が自らの免疫系を使って治癒するか、
  死ぬという形で完全に癒すことを望んでいたのに、抗生物
  質や薬品や放射線によって体内深く追い込んでしまった病
  気の記憶もあります。
   こうしたマヤズムが、1994年3月14日からフォトンベル
  ト
によって強烈に活性化されています。あなた方のヒーリ
  ング
の過程が2次元の元素の領域に移ってきたためです。
                                (p90)」

  「 過去1万1000年の間に地表に放出された不安定な元
   素
は、土の次元(2次元)の周波数に戻し、そこで地球の
   中心とあらためて調和できるようにしなければなりません。
  (…中略…)
   それらの元素は地球内部のゆたかな闇を切望します。
  地表のあなた方には、既に自分の現実を作るための材料
  がたっぷりあります。フォトンベルトは元素の安定化のプロ
  セスを誘発し、そこで人間の果たすべき役割は自分の肉体
  の浄化
です。                      (p100)」

 どうやら、「3次元」での体験により、ため込んでしまった、 「否定
的な想念
」を捨て去る過程のようです。同時に、体内に「不必要に
取り込んでいる元素
」も地中へ返すのです。

 ★ フォトンベルトの脅威?

 また別の章では、我々が「3次元の肉体」を持ったもう一つの目
にも言及しています。引用が少々長くなりますが、これこそが、我
々が目隠しをされている部分なのだと思います。

 「 ひとりひとりの奥深くに「秘密」があります。今の肉体に転
  生することに同意した時、星の世界から地球に持ってきた
  贈り物です。その「秘密」とは多次元的な知識のモナドであ
  り、意識の奥底に横たわっています。 
  (…中略…)
   何であれ、あなたの引き受けるトラウマは、自分の贈り物
  (才能)をどのようにして世界に届けるかを知るための訓練
  なのです。
  (…中略…)
   けれど、あなた方はトラウマを否定し、そこから学ばずに
  永遠に繰り返すばかりで、出来事や物事をただ増やしてゆ
  きます。それにしても、さすがにゴミ、賭博場、殺人、ジャン
  クフード、自動車、爆弾など間違ったものを創造しているこ
  とがわかってきたでしょう。

   こんなにも多くの無益なものを創造してしまったので、あ
  なた方は罪悪感を覚えています。罪悪感にふけるあまり、
  正しいものを創造する方法を忘れ、そして自分には限界が
  ある
と結論づけます。

   でも本当は、社会に何と言われようと、自分には限界が
  無い
感じているのに気付いたことはありませんか。その
  内なる無限の感覚にこそ、あなた自身の創造性につなが
  る道が存在します。

   その道を進めば、もう「内なる秘密」に促されていた行動
  をとらずに遊んでいることはできません。「内なる秘密」は
  じれったさのあまり、大いなる元素の力たちを体内に引き
  入れ、彼らはあなたに耳を傾けさせるために肉体を病気
  にします。それが仕事なのです。
  (…中略…)
   それでも耳をかさなければ、何回転生を繰り返しても
  きまとい、冷たい土の中に連れてゆくでしょう。
  (…中略…)
   創造性が発揮されず、具現化に導かれないでいると、
  (元素の力は)内向して破壊的になります。前にも述べた
  ように、感情を吐き出す作業は完了して、肉体のワークが
  始まりつつあります。あなた方が1994年から98年の間
  に勇敢にも具現化し、癒してゆく病気は全て、太陽がフォ
  トンベルト
に入ってからは、人間を瞬時に殺すことができ
  ます。                    (p143-144)」
  
 我々は「自由に創造する」ために「3次元」に転生して来ていま
すが、それぞれ自分に贈られた「トラウマ」としての知性を使った
創造が必要なのです。

 しかし、得てしてその「トラウマ」は自分にとっては目を向けた
くない
ものであるため、全く無駄な物ばかり創造し、元素の力を
を呼び込んで、何回も転生を繰り返しているということです。

 同書では、太陽が「フォトンベルト」に入った現在、その元素の
力は瞬時に我々を死に至らせるとしています。フォトンベルト
死の恐怖」があるとすれば正にこの部分でしょう。

 従って、「天変地異」や「宇宙人の襲来」や「小惑星の衝突
などという脅威説などは、全く見当違いなのではないかと、小生
は思っています。

 ★ そもそも死の恐怖とは?

 後に詳しく述べることになりますが、「死の恐怖」そのものも、
アヌンナキが我々の感情の支配のために植えつけたもので、
「死」の本来の意味は「3次元の世界から去る」ことです。

 確かに「3次元」の世界だけが「意識できる現実」と思ってし
まうと、「死」の意味は重大です。しかし仮にそうだとすると、
「意識」が消えれば「恐怖」を感じようがありません

 逆に「死」の後も「意識」が残るのであれば、それは自分自身
の終わりではなく、「肉体」という容れ物を失うことでしかあり
ません。

 また、「死」の瞬間そのものに対する「恐怖」は確かにありま
すが、誰もその瞬間を予期することは(一部の例外的な人
を除いて)
できはしません。

 仮に、一時的な「死の恐怖」が訪れ、それを逃れたにせよ、い
ずれ本当の「死」が来ることは確実で、単に時期の問題でしかあ
りません。とすれば、何度もそれを味わう方が不幸です。

 要は「死ぬ時が来れば死ぬ」のです。仮に天変地異が起こっ
て宇宙人に助けられようが、今の肉体である限り死ぬのです。
誰もそこまで助けてはくれないのです。

 一方、手塚治虫が「火の鳥」で「永遠に死ねない命」を得た者
の孤独を描いたように、仮にアセンションで「不死」の命を得たと
しても、我々はそれに耐えられるのでしょうか。

 何千年、何万年と生き長らえるうちに、他の寿命のある生命は
次々と耐えてゆき、何億年先には「太陽」さえ無くなります。そ
れでも「死ねないこと」こそ「恐怖」ではないでしょうか

 つまりは、「死の恐怖」など考えずに「その瞬間に悔いの無い
生き方
」をすることこそ本当の生き方なのです。そして、それに
気付かせないようにしているのが「闇の勢力」なのです。 

 彼らは「来世」を肯定する者に対しては、決まって「自殺」を誘
発する危険思想と騒ぎ立てます。しかし、それは彼等の真の意
図を隠すための、全く見当違いの煙幕なのです。

 魂に全くの悔いが無く、そうすることが「トラウマの解消」になる
のであれば、「自殺」も意味のあるものとなり得る場合もあるでし
ょう。しかし、大半は「逃避」でしかありません。

 モナドの話のとおり、「自殺」をしたところで「その瞬間に悔いの
ある魂
」は「トラウマ」を残している限り、また転生して同じ課題
をさせられることになるのです。

 つまり、問題を「先送り」するだけなのです。その際「前世」の記
憶が無ければ「自分」とは気付かないかも知れませんが、結局は、
そこから逃げることはできません。

 従って、「来世」を肯定することは「自殺」という行為を肯定も
否定もしない
のです。その困難に今立ち向かうのか、また来世
で繰り返すのかは、本人の魂の選択なのです。
 
 ★ 直接の影響とは?

 フォトンベルトに入ると「3次元としての我々」はなくなってし
まうとの説もありますが、同書にはそんな心配も述べられていま
せん。次にいくつか抜粋してみます。

 「 あなた方にとってアセンションとは、星の記憶をを開き、
  ふたたびエデンの園に浸ることです。(p92)」

縮グラウン  「 フォトンベルトに完全
    に浸ると、あらゆる次元
    が同時
に呼び起されま
   す。そのとき、あなた方
   は3次元にいてグラウン
 ディング
し、すべての次
   元の周波数を保持
して
   いなければ、肉体を離れ
  ることになります。 
                      (p135)」

 「 フォトンベルトの中で
    は、9つの次元に増幅
   されていないものは3次
   元にとどまりません。
      そう、これは真実です
   が、すべてはあなたが
   全員
が肉体を加速して
   同調できる程度にゆっく
  り
進行しています。 
                 (p98)」
 

(バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』p127
《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載)
 

   「 人間は4次元を本当にすばやく統合しつつあり、4次元
   
において、5次元以上の刺激をますます強く受けています。
   いまでは地球のクリスタルを強烈に感じ、2次元の「土
    の領域」が目覚めつつあることもしっかり意識しています。
   新しい秩序が生まれようとしており、あなたがたの光は
    変化しています。                                             (p82)」

 「 1987年の春分から2012年の冬至までに、あらゆる
  生物は聖なる知性と調和し、それによって地球の感情体
      は、来たるべき銀河のオーガズムの激しさを受け止めら   
  れるようになります。                (p77)」

 何やら抽象的ですが、「アセンション」とは、我々が唯一の現実
と考えてきた「3次元」だけでなく、「1次元」から「9次元」までの
全ての波動を受けることのようです。

 その全ての波動に対応できなければ「3次元」を去るとも書かれ
ていますが、全員の「肉体」が同調できるような速度で進んでいる
とも言っています。

 「3次元が無くなってしまう」とか、「対応できる者だけが生き
延びる
」とも言ってはいません。我々が「3次元」に生きてゆくこ
と自体には何ら変わりがないのではないでしょうか。

 ★ 本当の変化とは?

 さて、以上が「フォトンベルト」と「アセンション」に対する、小生
の現状での見解です。大まかに言えば「3次元」的には何の変
化もなく、「多次元」への感度が高ま
るということです。

 また、物質文明に俗されている我々がそれに気づくのはかな
り難しいのではないかとも思っています。その意味で、前史的な
生活様式を残した原住民的種族の言動に注意を払うべきでしょう。

 かと言って、我々にフォトンベルト内に入っている効果が、全く
無いわけではありません。20世紀の終わり頃から以下の2点に
ついては確実に変わっているような気がします。

 1つ目は、多くの人が「他次元」の波動を感じ、「真実」を直感
的に感じることが、今までより容易になっているのではないかとい
うことです。

 特にここ数十年の間に、今まではごく普通の生活をしていた人
達が、チャネラーとして直感的なメッセージを捉えるようになって
います。

 そして2つ目は、そうしたメッセージが不特定多数の人に伝え
られる機会
が飛躍的に増えたことです。今までは「活字」にさえ
ならなかった事柄の書物が、ごく当たり前に書店に置かれていま
す。

 加えて、インターネットの爆発的な普及により、それらのメッ
セージが瞬時に伝えられる空間ができました。「文字」による表
現の限界はあるものの、それ自体「光通信網」なのです。

 これらの情報ネットワークは、「真実」を隠し続けてきた「闇の
勢力
」にとっては、今までにない不都合な出来事でしょう。しか
し、注意すべきは、彼らがそれを逆手にとる手法です。

 彼らは「真実」を隠すために、「真実」に見せかけた「偽の情
」をその中に混ぜることにより、どれが「真実」なのかの判断
攪乱する方法を取り始めているように見えます。

 最も危険なのは、特定のチャネラーやヒーラーを神格化
させることで、その信奉者を彼らの言動に盲目的に従わせ、全
く違った方向に導いてしまうことです。

 「多次元とつながる能力」は、本来一人ひとりが既に持っ
ている
能力なのです。たまたま特定の人が、先にその能力に
気付いた」のに過ぎません。

 その「特定の人物」を崇めることは、たまたま「宝くじ」に当た
った人を崇拝するのと何らかわりません。誰しも「宝くじ」に
当たる確率は等しく
持っているのです。

 あまっさえ「当たってもいない」のに、多くのサクラ的組織
の力で「当たった」ように見せかけ、催眠商法のようにあなた
を誘導することだって可能なのです。

 最も心がけるべきことは、その人の言動が「真実」かどうか
を「他人の評価」によって決めるのではなく、常に自分の「直
感」
を信じることです。

 特定の人物の能力を見るのではなく、その言動を常に観察
するべきです。また、その人が「能力」を獲得するに至った「
法」の是非
についても「直感的」に判断することです。

 その意味では、第二十夜以降でお話しした「心の道場」の
方々の、ニューエイジ系のチャネラーへの選考眼を持つ
ことは、常に心がけるべきことです。

 しかし、その観点から全てのチャネラーに対して「正統的ス
ピリチュアリズム」の手法を適用して敵対することは、まさに
真理を攪乱しようとする「闇の勢力」の思うツボなのです。

 そして、全く同じことが「正統的?陰謀論者」にも当てはま
ります。「科学的的」であることは重要ですが、その「科学」
そのものにも「陰謀的匂い」を嗅ぎ取るべき
ではないでし
ょうか。

 せっかく「闇の勢力」の騙しの匂いを別々の方向から嗅ぎ
取った者たちが、彼らの姿を目前にして敵対してしまっては
何にもなりません
。「闇の勢力」がほくそ笑むだけです。

 お互いに「灰色は黒」としてしまう前に、一つひとつの「騙し
の証拠」
をお互いに交換し、受け入れる余地のあるものは受
け入れ、正すべきは正す。これこそ彼らを追い詰める近道だ
と小生は思っています。

 さて、次回第七十八夜からはアヌンナキから「闇の勢
力」に繋がる話へと入ってゆきます。


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外構リフォーム 門扉から...

うちの中のリフォームは8月にしました。本当は去年の5月にエクステリアのリフォームを考えはじめ、見積もりもいくつももらいました。

しかし...考えれば考えるほどことが進まず、とりあえず、中を先にやり、外を後考えることとなりました。そのまま秋が来、年が暮れ、はや2月となりました。

悩みの一つは-シャッター-です。シャッターをつけるかつけないべきか。シャッターはお金がかかります。2台ようの駐車場の電動のもので、定価で200万強。もちろん本体のみでです。いまどき近隣を見渡すと、そんなものをつけているおうちはなかなかいません。とくに我が家のようなちいさい家で200万ものシャッターなど...多分、身分不相応と思う人が大半でしょう。

でも、外や近隣の視線を考えるとつけたい...となり考えあぐねていました。

田舎の大きな家の人や、お金持ちにはわからない気持ちだと思います。

うちは南向きなのですが、いまはやりのオープン外構にすると中が丸見えです。住んでいるところがいろいろな人が住んでいるところならまだよいと思いますが、我が家は40年ほど前に開発された住宅団地にあります。

そういうところは、日がな一日まわりの様子をうかがっていたりする老人がいたり、夜には-見まわり隊-の老人グループが見回り兼、家々の様子観察に廻ってきます。
たまに近隣の話を聞くと、-ここの家の◎がこうだ-とか、実に子細なことまで皆が知っていたりするのに驚いたりします。
そんなわけで、あんまり、外から丸見えなのはいやなのです。

シヤッターつけたいが、どうしたもんか。

問題はいろいろとあります。お金は出しても、シャッターをつけると隣に圧迫感を与えることになり、文句を言われるのでは?とか、わざわざシャッターをつけても奥行きがないので小さい車しか入らない...そんなんでわざわざシャッターをつける意味があるのか?

ふーうーむ。またまた、ふりだしにもどってしまいました。
そこで、今日は出入りの造園関係の人に案内してもらって、何軒かのエクステリアをみせてもらいました。

その中の一軒で-これは-というものがありました。
そこの家は大きなお屋敷で大きさは我が家とは比べ物になりません。しかし、そこの家のガレージと門扉、通路が一番最初に考えていた感じにできていたのです。

ガレージ-2台分-があり、そこの側面-中央より-から門扉-出入り口-があり、ガレージのすみが、人の通路となっていました。これは雨に濡れないし、人の通り道とガレージの空きスペースと両用にすれば、もっと庭も面積がとれるし...いいアイディアです。これは去年さんざん考えて思いついた形です。

しかし、去年このアイディアを業者に言ったところ、それはすすめられない。人の通る門と道は別にとらないといけないと言われ、-できないかなぁ-と、思っていました。でも、今日見たおうちは大きな立派なお屋敷にも関わらず、そんな門扉でも別に変な感じはしませんでした。

シャッターはついています。シャッター...なおも迷っていたら、また、何軒かほかの家を見せてもらいました。ある家は、シャッターはないですが、窓際に目隠しの植栽がありました。

窓の近くに植栽...考えなかったわけではありません。うちは奥行きがないので、植えるスペースの問題等も出てきます。しかし、なにか目隠しを窓近くにする、というのも手かもしれない...そんなことを思ったりしました。

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トイレ掃除...一番楽だ

トイレ掃除...小学校の頃、ぼっとん便所でした。
コンクリートの床の左右に4つか5つくらいあるぼっとん便所、冬になると寒く、ひゅうと隙間風もしたから入り、コンクリートのちょっとぬれた床が寒々と見えたものです。

子供のころは順番で掃除場所をかわり、窓ふきが一番人気でした。反対に嫌われたのがトイレ掃除です。トイレは臭く汚くさわりたくないばかりか、あまり行きたくないところだったのでしょうか。みんないやがっていました。

この頃はトイレのうた なんかがあり、トイレ掃除も見直されているようです。しかし、昔、トイレの掃除をいやだと思わない子供はあまりいませんでした。
トイレは臭く汚く、不潔...さわりたくない。そう感じるのは当たり前でしょう。しかし、小学生のころから私はトイレ掃除...結構好きでした。

なぜか...
トイレはもともと汚いので、ごしごしするときれいになって掃除をしたという気になる。
また、トイレの掃除は教室の掃除と違って重いものを運ばなくてもよい。小さな私にはトイレブラシがとても軽く優しく感じたものです。

そして、これは大人になったいまでもそう思うのですが、トイレの掃除って、やることが決まっている...だから、これをこうして、とかあれをかたずけて、とか、あれこれ迷わなくていい。そして、掃除をする範囲が狭いので、すぐ終わるのに、できあがりはぴかぴか。このピカピカが好きで、小学生の時は友達にあきれられながらきんかくしを磨いたものです。きれいにするのだから、汚いなんて思いませんでした。さいしょはうんこがばっちりついている便器をきれいにするとぴかぴかになるのがうれしかったです。

今は学校のトイレなんてはるか昔のことです。

トイレは狭い空間ですから、やろうと思えば-きれい-にだれでもできる...そんなところがいいのでしょう。私は整理整頓はとても苦手なので、トイレそうじで、-自分でもきれいにできる-と励まされているような気がします。

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スピリチュアルエクササイズ オーラを感じる

お菓子やリフォームの話をのぞきに来られた方、オーラ...あやしい。あぶないぞ、こいつ。と、びびった方もおられましょう。しかし、このネットの片隅のちっぽけなブログで霊感商法も宗教も毛ほどのこともありませんのでご安心を。
今日は、わたしのやっているスピリチュアルなエクササイズのお知らせをしたいと思います。三月にオーラを感じる。グランディング、などのエクササイズをかのんさんといたします。

オーラとは体をとりまいている見えないエネルギーのようなものだと思います。

人の目に見えないからといって、ものが存在しないと断言するのは早計です。人間の目、実際には目という感覚器官から情報を取捨選択し、脳が必要なものを見たと判断しているのが正しいのでしょうが、私たちは一般には肉体しか見えませんので、そのまわりをオーラなるものがとりまいているというと、あやしいと思われる人もいると思います。

オーラがあるかどうかはさておいて、ここではあるものとし、話を進めたいと思います。

人はオーラに包まれているといわれます。よく人に会うと疲れたり、人ごみにでかけるとぐったりする人がいます。そんな人はオーラの境界線がしつかりとしてなく、人の負のエネルギーなどを受けやすいと言われます。反対によく怒ったり、不快な感情を日常的に持っている人が、ある人と会うと気分がよくなる ということがあります。そんな人は自分のマイナスエネルギーを他人のオーラの中に捨てているのでしょう...しかし、吸い込んだ人はたまったものではありません。

人は社会で生きてます。いろいろな人とかかわっています。いやな人、不満の多い人、そんな人に遭遇することはよくあります。そんな時に、それらの人びとのマイナスエネルギーをもらわずにすごせれたらどんなによいでしょうか。

霊媒体質の人や、同情的な人など、人の負のエネルギーをもらうことがよくあるようです。

実は私もそういうものをもらいがちだったのですが、このごろはあまり疲れたりしません。

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昔は体がよくぐったりして、めまいまでありました。しかし、このごろはよいです。よくなったのはさまざまな理由がありますが、一つは、オーラの境界線をしっかりとし、防御するということをやったからではないかと思います。
このごろは江原さんの本などにも書かれていますが、自分のオーラを卵状に整え、まわりを金の厚い膜でおおう というイメージをするだけです。

これは最初は-そんなことで...?-なんて思いますがなんどかやっているとだんだん実感がわいてきます。

オーラの膜は金でなくてもいいし、白の泡状でもいいとか...教える人により違いはありますが、要は自分の肉体の周りにオーラという見えないエネルギーがある。それをしつかりとイメージし、ふちをしっかりとしたものでイメージし、そこからは負のエネルギーは入らない。自分は守られていると想像することです。私もこのイメージするというのができづらく、ちゃんとできているか、確認できないので不安になりました。
そこでワークなどにもさんかしましたが、内容は本でのこととそう変わりはありませんでした。しかし、みんなでやるので実感としてはつかみやすかったです。
やってみたい方は、本屋さんで、オーラの本とかを買われるしてもよろしいですし、私の-スピリチュアルエクササイズと癒しのお茶会-三月の会でもオーラの卵についてやります。
近くの方で、やってみたい方はどうぞいらしてください。

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人間と常識と洗脳

最近、伊藤桂一さんのエッセイなどを読む機会がありました。
軍隊に若い頃入り、中国の戦場などをてんてんとされた方です。

伊藤さんは軍隊にいたというだけあって、おじいさんだと思います。本は図書館で借りました。いつのものかはわかりません。書かれたのももうだいぶ昔だと思います。

伊藤さんのエッセイの中で、軍隊のいじめ、制裁などがひどかった...ということが何度でも出てきます。なにかにつけ、殴るその他の暴力がすさまじく、ある日気を失い、何日か寝て、気づき、その後病気になったら除隊になっていた...なんて書いてありました。
軍隊といえば、かの有名な妖怪漫画家の水木しげる先生も、殴られたりひどい扱いを受けていたらしいです...

昔は軍隊では、上の者の命令は絶対で、上の者は下の者を殴ってもなにをしてもいい...という常識のようなものがあったようですね。今はそんなルールがあったら、おかしいと言えますが、それがおかしくないとされていた時代だったのでしょうか...人を人ともおもわない行動が正当化されていたのです。
でも、それをやっていたのは、普通の人です。それが-是-とされていたから、やっていたのだといえますが、よく考えると、これって非常に怖いことだと思います。

その時代、その場所で、-是-というルールが敷かれたら、なんの疑問も思わず、人をいたぶり、時には殺すこともできる...それがすごく悪い奴というなら納得できますがそのへんの普通の人がそういうことをするのです。
伊藤さんや水木先生を殴り制裁をしていた軍人も、日本に帰ったら、普通の人として、むやみに他人を殴ることもなく暮らしていただろうと思います。

昔、黒人や有色人を売買していた奴隷商人も、-黒人は人間でないから売買してもよい-と勝手な見解をキリスト教会から出してもらいおおっぴらに人買いをしました。

いくら白人でも、おかしいなぁ。と、思う人もいたと思います。しかし、そんな考えはどこかにふきとび、-黒人は人でなくものである-との考えを常識とし、ふっと感じる人間としての良識や、やさしさをはねのけ、教えられた常識に基づいて行動した...その結果奴隷制度をいつのまにか普通の事とかんじるようになる。
また、軍隊でも、人を死ぬほど殴り、制裁しても、教育だという教え、常識が普通だとなると、それをしてもなんにも思わない人が多くなる。なかには、こんなことはおかしいと思う人もいるだろうが、そんなことも感じない人間がでてくる。そして、それがその辺にいる普通のひとなのだ。

そんなことを考えると、人って恐ろしいようです。ある考えを受け入れてしまうと、それが非道なことであっても、正当化し、あたりまえだと思ってしまいます。
これが洗脳なのでしょうか...

人はいろいろな行動をとるとき、迷ったり、考えあぐねたりします。いつまでも右も左も決められない人を見ると-早くどっちかにしろ-とはっぱをかけたくなりますが、ある教え、その時の常識に従うと、なんとなく人間的でないなぁとか、あんまりだ...とか思うことがあります。

優しさや迷いは切り取って、合理的な判断を...なんて迫られることもあります。そんな時私は昔の軍隊の話や奴隷商人の常識を思い出すのです。その時に世間で-よし-とされたことでも、人間として-あんまりだ-とふと思うこと...そんなことがあったら、私は、世間の常識や、はやりの思想にそむいても、血のかよった人間として、物事、人に向かいたいなぁと思っています。
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ひーりんぐ体験-耳鳴り解消

ヒーリングについては、過去いろいろと書きました。私はヒーリング-手かざしなどをして、手などからエネルギーを出し、人の病気を治したり、心を癒したりする-を体験したのは、ここ、3年前からぐらいです。

何年か前に、身内の病気をなんとかしたいと、あせる気持ちがあったのか、普通だったら絶対に行かないであろう、レイキの講習会に行きました。レイキというのもヒーリングの一種で、エネルギーを人から分けてもらい、自分も手などからレイキというエネルギー、パワーを出すというものでした。

これは、もらえば、自覚がなくてもエネルギーがもらえるというもので、反対にお金を払ってそのエネルギーをもらわなければいけないのか?と、考えるとなんとなく-?-を感じ、講習会に行ったにもかかわらず、出てる自覚もないことだし...なんて思い、そのままなにもしてません。

世にはレイキでヒーリングしている人もおおいので、こんなことはもったいないでしょうが、まぁ、そんなところです。
さて、ヒーリング...不思議世界の人たち、スピリチュアルな人たちの間ではヒーリングで癒される...こころが満たされる...などという方は多いです。

私もヒーリング=てかざし...→目をこらして手を見る→何もでてない→本当か?
という図式で思っていたので、どうもとっつきが、わるいというか、なんとなく怪しいと思う気が先に立ち、どうなんだろうか?と思うところもありました。しかし、色々な場で、受けた人の感想、効果を見ると、何か特別のエネルギーがあるのでは?と疑うこともできないことを体験することもしばしばでした。

そのうちのひとつが、あつしさんのヒーリングです。

ヒーリングの効果は気持ちや、心、見えない心のわだかまりなどがすっきりとしたとか...で語られることが多いです。
見えないエネルギーが見えない心の内部にみえない癒しをもたらした...
そんなことが多いわけですが、これは、そうであると言えると同時に、思いすごしとか、プラシーボ効果だとかとも言えます。実際にヒーラーの手腕が高く、受けた方に大きな癒しをもたらした場合でも、思い過ごしととられるときもあるし、ヒーラーからなにも出てないのに、被術者がプラス思考の思い込みをしたため、自然によくなった...なんて場合もあります。

そんな治療効果の確証がなかなかえられないのがヒーリングの泣き所なのですが...

私は一昨年の秋、あつしさんのヒーリングのモニター体験をしました。

あつしさんのヒーリングは最初に問診のようなことを紙に聞き取り、後、ヒーリングをしていくというスタイルです。ヒーリングはオーラレイキヒーリングといって、体の上に手をかざしてエネルギーを当てていくというスタイルだったと思います。

このときに、実は突然、一方の耳がバリバリと鳴り出したのです。鼓膜が痙攣しているのかと思いましたが、バリバリと鳴り、しばらくすると、やみ、またバリバリとなる...こんな経験はしたことはありません。
ヒーリング事態はゆったりとした寝椅子にねころがるスタイルだったので緊張もしないのですが、突然の耳のバリバリには驚きました。

しかし、ヒーリングも進むうちなくなったので、気にもせずにいたのですが、

次の日
-あれ-
と、思ったのです。

実は、そのころ、私は低い耳鳴りに悩まされていました。メニエル病になったこともあり、耳鼻科にも行ったのですが、低い耳鳴りは鳴り止みませんでした。
それほど気にしなければ普通にくらせるので気にせずほっていたのですが、なんと、驚くべきことに、あのうっとうしい耳鳴りが、オーラヒーリングの翌日に消えていたのです。

これにはびっくりしました。

ヒーリングのときは、低い耳鳴りのことはまったくきにせず(ヒーリングで耳鳴りを治そうとは全く思ってなかった)行き、帰ってきたのです。たまたま、夜寝静まったとき、-あれ、いつもの低音が消えている-と、気付き、わかったのです。

ヒーリング...目にはっきりと見えるものではないが、何かエネルギーがでているのでは?あの、ヒーリング中のバリバリとなっていた耳の音は、ヒーリングのエネルギーが体の悪いところを治療している音だったかもしれない...などと思ったりしました。

おもしろいのは、あつしさんも私ももともとの低音の耳鳴りのことはなんにも気にせず、ヒーリングをしていたということです。わたしも低音の耳鳴りはたまにでるのでそう気にもしなかったのです。当然ヒーリングを受けるに当って耳鳴りのことはいいませんでした。忘れていたのです。

しかし、あのヒーリングの日を境に耳鳴りはなくなり、それから一回もでません。
ヒーリングというのは、見た目にはあやしく、いかがわしく、得体の知れないもののように感じることもありますが、なにかの力を秘めているということはあるんじゃあないかと思っています。また、ヒーリングも施術者により、効き目の質や内容が違うのでは?なかてことも思います。あつしさんのは結構体の神経系に強いような気がしました。

興味があるかたは、あつしさんのホームページをのぞいてみてください。私は耳鳴りや、鼻の悪い人なんかにいいんじゃあないかと思っていますが、お医者さんではないので、そんな感じがする、としか言えませんが。私が鼻がつまっていたらもう一回いってみると思います。

ヒーリング...不思議なものです。


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トンデモ話は奥で繋がる(76) 23.2.6

トンデモ話は奥で繋がる 「第七十六夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪プレアデス メッセージ ⑥≫

 ★ 次元とは何か

 我々が日常において次元という言葉を口にする場合、「低次元
の話
」という表現に見られるように、「高次元ほど程度が高い
ようなイメージを持っています。

 また、我々は「3次元」の世界におり、「1次元」や「2次元」の
物体は全て見えていると思っています。しかし、果たしてそう言え
るのでしょうか。

 我々は、数学の授業で「1次元」とは「長さ(距離)」のみを持つ
次元、「2次元」は「(広さ)」のみを持つ次元、そして「3次元
は「立体(体積)」を持つ次元と教わりました。

 しかし、「1次元」が「長さ(距離)」のみを持つとすれば、その
「線分」の幅は全く無いことを意味しています。仮にそのような
物体があるとすれば、我々はは見ることができないでしょう。

 同じように「2次元」とは「面(積)」のみを持つ次元であり、そ
の厚さは全くありません。その面には「原子」のひとかけらさえ
存在しないのですから、光を反射せず目に見えません

 つまり、数学上の「1次元」「2次元」は概念上の存在であっ
て、実際には「3次元」の物体の一側面に過ぎず、我々の目に
は「3次元」の物体しか見えないのです。

 それでは、「3次元以外の次元」とは何なのでしょう。「3次
元」しか立証できない現在の科学では、空想はできても定義
はできませんので「非科学的」に考えるしかありません。

 その「非科学的」な説が、ほぼ一致して述べている定義が、
波動(若しくは波長)」の違いによる境界により、異なった次
元が存在しているというものです。

 実際、我々「3次元」に存在するものの全てが(絶対0度の
物体でない限り
)原子レベルでは「振動」しており、我々の五
感はその「振動」の一部を温度色彩として認識しています。

 多次元の波動とは、3次元以外の方向(?)にも振幅する
と考えられます。といっても小生のような凡人には具体的に
は見当がつきません。

 しかし、思い出してください。我々の身近な「」は、同時に2
つのスリットを抜けて「波」の性質である「干渉縞」を作るではあ
りませんか。つまり3次元以外へも振幅するのです。

 さらにもう一歩進めて考えると、我々を取り巻いているこの
元が3次元とは限りません
。単に我々の通常の感覚器や機
器が「3次元」のものしか知覚できない可能性もあります

 ちなみに『プレアデス 銀河の夜明け』では「フォトンベルト
は「7次元」の「光」情報の伝達経路であるとしています。以下、
各次元の持つ性質を見てゆきます。 

 ★ 10の次元

 「次元」の性質や区分については、各媒体のチャネリング
内容からヘミシンク体験の説明までさまざまな説があり、どの
説がより真実に近いのかはわかりません。

 従って、以下の説明の真偽の判断については、個々人の感
性にお任せしますが、小生にとっては、いくつかある「次元」の説
明の中で今のところ最も「しっくりくる」解釈だと思っています。

縮次元イメージ 
 同署のサティ
の説明では、
10の次元に区
分しています。
    それぞれ独立
した性質と目的
を持った次元で
あり、優劣があ
るわけではあり
ません。

 また、奇数
次元と偶数
次元には大きな
性質の差があり、
奇数の次元
は創造性の発
現を、
偶数の次元
構造的な枠組み
を構築する次元
としています。

(バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』p261
《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載)
 

   そして、最も重要な点は、「各次元の主体」がそれぞれ独自の
意識」を持つとしていることです。それらの主体の中には、既存
の科学では「生命」では無いものも含まれています。

 しかし、「定説的な科学」はひとまず脇に置いてみてください。
第一、我々に「意識」が誕生する瞬間や、その存在自体も科学的
に解明されている訳ではありません。

 単なる「原子の集まり」に過ぎない「肉体」に「意識」が宿るので
あれば、同じく原子で出来た「」や「鉱物」に「意識」があっても不
思議ではありません。単に我々が感じないだけかもしれないのです。

 (次元の数についても、7次元や13次元とするもの等、いろ
いろな説がありますが、小生は次元の数自体にはあまりこだ
わる必要はないのではないかと思っています。)

 ★ 1・2・3次元

 それでは個々の次元についての説明を要約してゆきます。

 「1次元」は「地球の核」となっている「鉄クリスタル」の作用であ
り、「重力」の正体でもあります。この1次元のみが純粋な意味での
固体」で、瞑想等の世界で「グラウンディング」する基礎になる次
元です。

 「2次元」は「地球の核」から地表に至るまでの「元素」の作用で
す。本来は地中にあって我々の体のチャクラを「地球の核」に結び
付ける役割を果たします。

 しかし、第五十六夜でお話しした「火星人の合成マカバ実験
の失敗以来、過去1万1000年の間に、彼ら「元素」は地球に放出
され、彼らにとっては不安定な3次元の世界に置かれています。

 地表に出た元素は自らを「3次元」の生物よりは「固体」であると
思っており、より隙間だらけの「人体」へ潜り込もうとしますが、本
来は、常に元の地中へ返ろうとしています。

 そのため、人体の中にさまざまな「病変」を引き起こすことにな
ります。ヒーリングの大きな効用の一つは、彼らを地中へ戻して
やることであり、「科学的治療」より効果的な場合があります。

 「3次元」は我々の「形態」の世界であり、我々もまた、自身を
「固体」であると思い込んでいます。また、時間と空間は直線的
に続いていると思い込まされています。

 「3次元」の目的は「自由な創造」と「体験」です。本来的には、
全ての体験に「善悪」の区別はありません。何ごとにも縛られるこ
となく、自らの欲求を実現する場なのです。

 しかし、「1次元」と「2次元」とつながらないまま「3次元」に存在
する者は、その力を濫用しがちになります。この意味で「地球」の
意思と繋がることが重要としています。

 ★ 4次元

 「4次元」の目的は「3次元」をとりまくように存在し、我々に「
位の次元
」からのメッセージを伝え、それに対し、我々がどのよ
うな現実を創造するのかを楽しむこととされます。

縮多次元図 

(バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』p129
《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載)

 「4次元」の外側からは、各次元からの情報が「」の波動とし
て送られてくるのですが、それは「2つの可能性」を秘めて我々
の身に降り注ぐということです。

 量子学では「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる、有名な思
考実験があります。内容はウィキペディアを見てください。量子学
的な「猫」は同時に2つの運命をもつのです。 

 また小生は、このことが「ダブルスリット」を通過する光の性質
に起因しているような気がします。我々はこの「光」を受けて、
果のわからない創造
を始めるのです。

 サティアはそれを我々自身が選択した「遊び」と表現しています。
そして、この「4次元」の「主体」であり、ここから「感情」の波動を
通じて我々に介入してきたのが「アヌンナキ」達なのです。

 本来彼らは、我々の見守り役であり、その「成長」を促す者たち
でした。しかし、今後お話ししてゆくように、彼らのやり方は少々度
が過ぎていたのです。

 ★ 5次元

 「5次元」は「地球の愛の波動」で、同署のメッセージの主体で、
我々人類の歴史にもさまざまに関ってきた「プレアデス人」によっ
て導かれているとしています。

 彼らは、我々に「愛の波動」を注ぎ込むことで、彼ら自身もその
感情の中に浸ることを望んでいます。
 特に我々が「3次元」において「愛情のあるセックス」が、彼等
はそのエネルギーに最高のエクスタシーを感じるとしています。

 また、「アルシオネ」から円錐形の螺旋状に繋がる3番目の星
が「マヤ」で、かつて存在した「マヤ文明」の遺産は、彼等が創造
したものとしています。

 さて、巷には、「アセンション(次元上昇)」の際プレアデス人
が人類を救済する
ような説も流布していますが、同書では全く
のことを述べています。

 サティアによれば、「プレアデス人」は前回の地球の「アセンシ
ョン」の時期であった1万3000年前(歳差周期で「獅子座」に
あった時代)に過ちを犯したと告白しています。

縮周期1 

(バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』p33
《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載)


 同時代、地球は激動の時期(地軸の変動を指しているもの
と思われます)
に見舞われましたが、それ自体は人類が「恐れ」
を超越するプロセスとして必要な経験だったのです。

 本来はその過程を見守るべきだったのですが、同時代から既
に人類と関わってきたプレアデス人は、「同情心」を起こしそこ
に介入してしまいました。

 彼らは、「いつくかの集団を安全な場所へと導き、最も激し
い変動の時期の間、一部の人間を地球から持ち上げて」

おうとしました。まさに、巷で言われているようなことをしたのです。

 その結果、救われた人々は「プレアデス人」を『神』と見做して
しまいました。つまり『神』に救いを求めるようになり、人類の魂
の進化の過程を中断させてしまったのです。 
 
 (救済説を唱えるチャネラーの一部は、このビジョンを未来
の事と錯覚して見ているのかもしれません。) 


 彼らはその「過ち」を2度とは繰り返さないと決心しており、その
過程を人類に必要なものとして見守るとしています。つまり、仮に
天変地異が起こったにせよ、彼らは手を下さないのです。

 ★ 6次元 

 「6次元」は我々の「3次元」での創造性の記録庫であるととも
に、それを銀河系全体に拡大する次元とされています。しかし、
それを描写することは、サティア自身「たいへん困難」としています。
(小生にも正確な意味は、正直よく掴めません。)

 これらを司っているのは、我々のもう一つの「文明の授け主」で
ある「シリウス星系の主体」によって導かれており、今後お話しす
ることになる、アヌンナキの主人的存在でもあります。

 そしてこの次元のエネルギーの源泉が「幾何学的パワー」であ
り、それを地球上で表現していたのが、ピラミッドに代表される
ジプト文明
の数々の建造物です。

 また、全ての「物体」はこの「6次元の形態場」にあり、我々が
その物体を「想念」として「存在して欲しい」と願うと「3次元」にそ
の物体が形成されると言います。

 これは、(小生を含め)科学的思考オンリーの現代人には理解し
難いのですが、第五十六夜でお話しした、かつて地球上にいた
ムリア人
が実践していた方法でしょう。
 
 また、サイハバらが物質を現出する方法も、これと同じなので
は無いでしょうか。また科学的にも、全ての物体は「水の結晶」の
ような幾何学的な原子の配列なのです。

 さて、7次元にはいよいよフォトンベルトが登場しますが、
続きは次回第七十七夜とします。


目次のペーシへはこちらから
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人間のリズム

この3週間前、なぜだかやる気がいろいろとわき、料理、お菓子つくり、新しいホームページの作成、他の創作するものについての構想を練る、ほかもろもろのアイディアを書きとめたり...

あれもこれもやつていましたが、これがまた、急にぼけっとしはじめ、ぼよんと猫のような生活をすること一週間...そのまま、ずっと猫のまま...昨日はアジを、今日は牡蠣を食べましたが...

人間ってリズムがあるのでしょうか。ある時はとても精力的に3人前以上のことをこなすが、あるときはなんにも力が出ない...
いつもかわらず元気で調子がよく見える人もちまたにはいらっしゃいます。そんな人はどうなんでしょう。きっと克己心が強い人ではないかなぁ...なんて思います。

私はこの自分のリズム...いままできままに好きなようにやっていたのでまるで感じなかったのですが、実はこの頃予定表なるものをつくり、実行しています。予定と言っても1.2週間単位で必ずやることを書き入れているのですが、この必ずやること以外に-あれもやろう-とか、-こんなことも-なんてことが頭に浮かびます。

自分の自由な予定なので、-できたらやる-予定として入れます。
そして、予定をこなしはじめたわけです。そうしたところ、いままで思ってもなかったことを発見しました。
今までは...好きなようにいっぱいやりたいことをやってきた、と思っていたのですが、そうではない。
その時のリズムにのってやっていたことも多いのでは?と、思ったのです。

予定は1.2週間で立てます。その時、リズムが上げ調子だと、予定の数も多い。そして、実際にその週、気分が高揚していると楽々と予定以外もこなします。しかし、気分がそうのってないときに予定を立てると、やりたいことじたいがそれほどわいてこない。そして、あまりなにもせず日がくれていく...

そして、また、気分が高揚し、たくさんのことがやりたくなってくる...

たかが、ちょっとした予定表-こなすべきこと、やることを書き入れるだけです-を自分で立てるだけで、自分にはやる気の波があり、生産性もそれにそっている...なんてことがわかりました。

よく考えれば-バイオリズム-とか、人間の感情、行動は月の満ち欠けに左右されているとか言われています。
人間も機械ではないのでそれぞれの固有のリズムがあるのでしょう。私はやる気がなくなったり、しなければいけないことをだるさのためやらなかったことがあります。それもリズムが下向きの時だったかもしれません。

予定表、そして、自分の気分、調子を書いた日記をみれば自分のリズムがわかるかもしれません。これから、気づいたら記録に書きとめておこうと思っています。
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昨日は節分でした

昨日は節分でした。豆まきをされたかたも多いと思います。節分は季節の変わり目です。今日は立春大吉...二月でも春の声がどこからか聞こえてくるような...こころなしか昨日も今日も暖かくひざしが柔らかくなったような気がいたします。

実はきのうは節分というのを忘れていました。夜も深まり、さあ寝ようと、昼間干したふとんにするすると入りこんでから、だんなが

「きょうは、節分じゃあないか。豆まき、まめまき」と、いいます。
「そうだね」

ほかのことなら、布団の中からはでないのですが、節分の豆まき...忘れるわけにはいきません。
のろのろと布団から這い出し、買ってあった青鬼のお面つきの-大豆-をあけ、福は内。と、家の中に二粒まきました。そして、ドアを開け、外と中に向け、
-鬼は外、福は内-とまきます。外への豆は多く、中は掃除が面倒なので二つぶにしたら、だんながそれを見ていて、あきれていたので、奮発し、もう何粒かまき、終了です。

半分眠っていたので、このようにすぐ終わってしまいました。私の生涯でもっとも短い豆まきでした。

豆まきも終わると、次はひな祭りです。例年ならもうお雛様も出しているのですが、今年はまだ出してません。なんだか行事を楽しむというより、行事に終われてますが、来年は豆まきをもっと楽しむことにします。
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道を覚える

昨年遅ればせながらナビを買いました。買ってもほとんど使わず、遠出のときももっぱら地図を見て出かけていますが、地図を見てもナビを見ても間違う道はあるものです。

ナビでみたから大丈夫と思っても手前で曲がってしまったりするとかえってややこしくなります。

よく、道を一発で覚える人がいます。私の親族の一人もそうで一度行くと何年かたっても間違えません。では、わたしは?と言えば、前の週に行ったところでも間違える。一か月前なんて全然覚えてない...なーんてことがよくあります。特によく似た交差点、交通量が多いところ、住宅街、田舎のハウスがいっぱいのところ...まぁなんでもかんでも区別がつきづらく、間違えます。

なので行くときは地図を必ず見ます。地図を見さえすればたどりつくので、行きはよいのです。ナビは家に置いてあるのでつかいません。

しかし...問題は帰りです。来た道だから、逆にたどればいいだろう...そう思い逆にたどったつもりが...いつのまにやら海の近くを走っていた...なんてことが数回。
われながらいやになってしまいます。

しかし、帰りも地図をみるのはしゃくです。でも、どこかで間違う...問題は交差点だ。そこで、私は行き道、よくありそうなへんてつもない交差点で発進した後、ミラーで後ろを見るのです。ちよろっと振り返ることもあります。
なぜか...

実は同じ場所、同じ交差点でも方向によってまったく景色が違って見えたりするのです。まっすぐ交わって見える交差点も、斜めに交差してかつ段差があったり...行き道と帰り道では同じ場所にいながらまったく違う風景に見えたりするのです。
行きはおおきく見えていた看板が、帰りは角度の違いのため見えない なんてこともざらです。

私はよくまちがうので、看板の付き方とかも一応チェックします。-運転しながらなので適当ですが-そして、現在位置が地図のどのへんか考えながら走っています。

でも...間違えちゃいますが、交差点、ミラーで振り返ってみるというのは、いいですよ。少しは道案内の役目になります。みなさんはナビをもたれているのでこんなことは関係ないかもしれませんが、これは歩きのときも参考になるかもしれません。ナビが頼りの方もちょっとやってみると便利ですよ。
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みんなでESPカード等を当ててみよう-41-

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透視ということになりますか...写真を見てうかんだものを投票してください。
縮IMG_0838

結果発表は3月はじめです。気楽にクリックしてくださいね。

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結果発表 みんなでESPカード等をあててみよう-40-

一月に問題を出しました。
ESPカード等をあててみよう-40-です

結果は
縮IMG_0837


これです。
水上勉 の-はなれごぜおりん-でした。

水上勉はきびしい北国の描写をおりまぜながら、底辺にあえぐ名もない人びとを描くことか多い作家です。名もない底辺の人々...そのなかでもさらに底にさすらうかのような-ごぜ-この物語は三歳にして盲目となりごぜ(旅をして門づけをしながら三味線、唄をうたいながら生きている盲目の女の芸人)となり、途中おきてをやぶり、男と契り、ごぜの座を追われたおりんの物語です。
日本海辺をさすらい、新潟などを渡り歩くが、この人と、思い一緒に歩いたひとが...

実は脱走兵だった。
男は軍に追われ、処刑されます。
社会の底辺にうごめく虫けら以下のあつかいの-ごぜ-や脱走兵...かれらの哀しい愛と、悲劇...
情感たっぷりにかかれたこの小説は凄惨ながら、ごぜの心根の美しさと明るさにふしぎな安堵感を覚えます。

さて、正解ですが、

新潟 歌 兵隊 これらは小説の中にふんだんに出てきます。正解です。

さして、子供...こどもの話は-おりん-の話でなく、この本の中にあるほかの短編でもでてきます。これも正解とします。

みなさん、投票くださりありがとうございました。また、やりますのでまたトライしてみてね。
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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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