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ゴミ捨ー不要な衣服

去年からあまり着ない衣服や古くて寿命の衣服を集めていました。今日ようやくゴミとして出しました。45リットルと30リットルの袋いっぱいにつめました。ゴミ捨て場は少し歩くので重かったです。

所有物の始末は大変です。特にろくに着てない上、まだ着れる衣服はなかなか捨てれませんでした。が、着るたびに着にくいなぁと感じるものはダメだと思い三回だけ着たものも捨てました。買うよりも捨てる方が少ないので服も溜まるばかりです。この頃はもうあんまり服は買いませんが、それでもふと買ってしまいます。一つ買ったら、三つ捨てるぐらいでいないと物の海の中で溺れてしまいます。
そう思い家の中を見渡すと、ありすぎる物、物、物...

何年か前、ー捨てるーことを懸命にやっていました。総量数トンとなりました。が、それからまだものは増えています。そろそろまた捨てる生活をし始めないといけませんね。

でも、ポケモンのクッキー缶とか、ハシビロコウのぬいぐるみなどこれは捨てられないと思うものが多く困ります。

猫を探したら

猫がいなくなり、家中を探しました。外のドアを開けた時に猫を逃したのか、そんなことも思い少し不安になりました。しかし、ドアもそんなに開け閉めしてないし、人が出入りするドアにはうちの猫は一度手を挟みそうになってたことがあり、そのことがトラウマで絶対に開け閉めの時にドアを通ることはないのです。

なので、家にいるだろうと探したのですが、いません。が、探し続けていたら、いました。
布団の中です。手だけ出して、ぐっすりです。うちの猫は布団の中に潜ることはなかったので、こんなことは初めてで気づくのに遅れました。でも、家の中にいてよかったです。子供が久々に家に帰ってきたのでその匂いがたまらず、布団の中に潜ったのでしょう。子供の匂いがうちの猫は大好きなのです。
猫の手_convert_20210131193951

K とT 天敵か

ちょっと悪徳な工務店に工事を発注してしまったのに気づいたのは、発注後。実際は職人さんは丁寧で良い仕事でした。しかし、目をむくような金額で、私も迂闊だったと反省しています。金の損失は諦めるとして、その工務店の営業と施工監督というやつと現場の職人の連絡がよくなく、現場の人の下検分と営業の請負契約書の工事箇所が違うということで、現場の人に聞かれたのですが、私は工事を頼んだだけで、その箇所の請求書の四箇所ということしか知らなかったのですが。職人は三つか五つしかありえんというのです。そこで四つでなく三つの間違いではないかとその会社に電話したところ、施工管理のKTというやつが「何をいう、そんなことは言っておらん」などとすごい剣幕でした。

なんかねぇ。そいつはきてもないし、今まで話をしてもないのに「言っておらん」などといい、こちらを怒鳴るのです。もともとは連絡が不十分のお前の会社が悪いのだろう。それを管理するのが施工管理のお前だろうが。
百マン以上ものぼったくりをしておいて、これはないです。

いずれはどこかの評判サイトに詳しく顛末を書いてやることとしますが、
こいつの名前はK T 、 高須先生はT K 、昔散々私を貶しまくり否定し続けた近隣の同級生はT K 、近隣の妖怪のような奴は T T やKです。今までサイテーと思ったバイト先は 高島屋T 国税局Kです。天国は名古屋城Nでした。高島屋はあまりにも苦しく合わないので、やめました。そのすぐ後に霊能者にあったのですが、私がバイトのことを話そうとすると咳込みだし「悪すぎるからやめよ」と言いました。実はやめたところだと後で言いましたが、霊能者は事前情報がなくてもひどさがわかったようで、私が思ったよりも数倍ひどいところのようなことを言っていました。

話は戻ります。私はお客であるにもかかわらず、罵倒されたのです。久々にこういうのを味わいました。そしてこういう人たちって同じだと思いました。なんか、最初からこちらのことが気に食わず、叩きのめしてやりたいと思っている雰囲気が同じなのです。私の持っている、醸し出している雰囲気がTやKに嫌われるのだと思います。
ブルーハーツの歌のろくでなしか、わしは。

何故だろうか。どいつも同じような威嚇するような雰囲気、物凄い自信を持っていますが、高須先生はどうなんだろうか❓議会でお見かけした時は良い人に見えましたが、こちらが悪くなく、そちらが悪いのに「訴える」とかボランティアにいうのはやはり、TKだからでしょうか。

※これはたまたま私の体験だけなので、全てのT、Kさんが変な人というわけではありません。

大安売り

旦那が肩の怪我をして復帰することとなりました。ちょうど今は蜜を避けよとかいろんな制限かあるそうです。職場のパソコンを持ってあちこち回れという指示が出ました。しかし、パソコンはノート型で大きく重く、肩を骨折しようやくついたばかりの旦那にはなかなか運ぶのは大変です。そこで、肩掛け型のパソコンが入るカバンを買いに出かけました。
ショッピングセンターにつきました。

すると❗️旦那のカバンではなく赤いリュックサックに釘付けになりました。もともと赤札がついていたところに、7割引の値札です。近く、売り場の改装があるということで、いろんな商品が普段は買えないような破格の値段で売っているのです。私はリュックが古くなり捨てたので新しいのを探していました。ちょうどいいタイミングです。

少し大きめですが、赤く目立つし[忘れないし、他の人のと間違えない]とてもいいです。買い物、あんまりしないつもりでしたが、買ってしまいました。約、三百円でした。
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風が吹けば、

今、コロナで旅行業、飲食業が叩かれています。ー旅行に行くのも外で飲み食いするのもやめよ。ー
そのせいか、スーパーでは今まで見たことのない立派な苺が1パック250円、またこんな時期には高値のトマトが今まで見たことのない値段で売っています。トマトも買ってみると今まで見たこともない品質の良いトマトで、こんなトマトどこにあったの❓なんて言いたくなるトマトです。多分、それらの果物野菜は外食産業に直接届けられていた高級品なのでしょう。今はコロナでレストランも料亭も半休業状態なので、行き場を失った食材がスーパーを経て我が家のような一般家庭にまで回ってきているのです。

風が吹けば桶屋が儲かるという話があります。風と桶屋はすぐに関連性はないけどつながっていて、あることが起きるとそれが連鎖し、直接関係のないところまで影響を受けるということです。

テレビではコロナの脅威ばかり言っていますが、今一般社会はまずい状況になりつつあります。外食産業や旅行業の不振ばかりではなく、全く違う他の業種も傾きつつあるのではないでしょうか。

実は私の友人の店もコロナの影響を受け昨年末、閉店しました。珍しいさまざまな観葉植物や苗を売っていました。流行っていたし、他にはないものがいっぱいある良い店でした。コロナばかりの理由ではないですが、コロナのとどめの一発がきいたということです。食べ物とも旅行とも全く関係のない職種であるにもかかわらずこうなってしまいました。コロナでの政府の政策、移動制限や飲食店での外食の締め付け、それらの打撃が全く関係ない職種まで及んでいるということを実感しました。

コロナ恐怖政治、こんなことをやっていたら本当に、社会崩壊となってしまいます。テレビに煽られるのもいかがなもんかと思っていたら、ネットのアンケートでコロナワクチンを打ちたいか、打ちたくないかとの質問に打ちたくない、打たないと回答する人が多く、一位でした。そろそろ、一般人もきづいているかも知れません。煽るテレビを冷めた目で見だした人が多くなっているのです。友人の店の閉店は残念ですが、コロナワクチンを打ちたくないという人がネットでは大多数ということに希望を感じています。

ワクチン接種

ワクチンを全国民にただで接種できますと、テレビで言っていました。テレビ...うちにはないのです。病院の待合室のテレビが盛んに言っているのを見ました。

予防接種、昔、私は医者に禁じられて三種混合もうってません。予防接種の副作用などそれほどいわれてなかった時代でしたが、今調べると三種混合は副作用がひどく出ることがあったらしいです。ヘタレの私を心配して東大出の先生は「うつな。打つと言うならその時期わしが決めてわしが打つ」と言ったとのことで、結局予防接種はせずに終わりました。

今、そんなふうに一人一人をちゃんと見て言ってくれる先生はいるでしょうか。コロナのワクチンができたからみんな受けよ。そんなふうに言われても一人一人事情が違うし、コロナのワクチンはこれから何年か先の副作用も未知数です。そんなものを受けたくはありません。

ただ、昔は医者が「受けるな」、なんてヘタレ庶民に言ってくれましたが、今は政府が医者に「お前らから受けよ」なんて言っています。無茶苦茶です。旦那も強制されるのを怖がっているので「アレルギーがあるから無理」と言えば良いなんて言っていますが。ただ、子供もそれで拒否できるかどうか、心配です。

コロナワクチン、医療関係の人の話を聞くと遺伝子に作用するそうで、本当に危険を孕んでいる危ないワクチンなのです。昔、知り合いが、陰謀論なんて揶揄されながら伝染病のワクチンに死を誘発させる因子を潜ませ、人口削減をねらっているのだとの動画などをアップしていましたが、こんな急ごしらえのワクチン...なんの意図もなくてもひどい副作用が出ないとは限らないのです。そんなものを世界中で広めようだなんて、本当に悪意があるのかもと思えてきます。




死ぬことー寿命

今はコロナから身を守ろうと、マスク、消毒の徹底、三密を避けることなどどこへ行っても注意されます。年寄りの方も感染を怖がって病院にもあまりいません。前は整形外科などに行っても待合室は満員だし、待ち時間も一時間以上なんてザラでした。どの科でも老人ばかりいたし、老人は診察時間が長いので自分が高熱の時は病院へ行くのはやめていましたが、今はそう待たずに診察を受けることができます。

多分、病院でコロナにかかるのを怖れて、今まで来ていた老人患者は来なくなったのだと思います。しかし、これっていつも不思議に思います。もう老人だったらいつ死んでもそう惜しくないはずなのに、老人たちはいつまでも生きようとしているようです。生きることに執念さえ持っているように思えます。もう十分に生きたからいいだろうとこちらからすると思えるのですが、老人たちは死を非常に怖れているのです。

こんなことを言うと差別とか、老人蔑視とか言われますね。そんなつもりではありません。私は自分も歳をとり、六十にはまだなっていませんが、近づいています。六十。私の母は60台で亡くなりました。それを思うと今の自分でももう十分生きていると思えます。これ以上生きることにあまり執着や未練はありません。子供も社会人になったのでそんなに生きなくてもと思っています。ただ、猫があと10年、15年くらいは生きるかもしれないので猫が死ぬよりも後に死にたいと思っています。

猫を残して死ねないなぁ、とそれぐらいです。人はこの世で永遠に生きれるわけでもないです。あんまりこの世に執着してもしょうがないです。こんなことを考えるようになったのは歳を取ったと言うことなのでしょうか。やはり、母の死んだ年齢に近づいていることが、そんなことを感じさせるような気もします。

去年から気分が下がることがあります

そう嫌なことがあるわけでもなく、困ったことがあるのでもない。なのに、去年からちょくちょく気分が沈みます。リコールの結果があまりにも酷かったことや、こんな庶民にもアメリカ大統領選のひどい不正の挙句の売電大統領当選が響いているのかもしれません。どこかで期待していてがっかり感がガツンと重く響いているのかもしれません。

気分が落ち込み、気持ち悪くなります。変です。些細なことで腹が立ったり。どうしちゃったんだ、わし。

バシャール は「楽しい気分でいろ」と言っていますが、この世紀末の世で意外と自分は現実に目が向いていて、暗い未来も感じたりして心の奥底ではいろんなことを心配しているのかもしれません。でも、そんなことを思ってもいいことはないのです。なんとかこの暗い気分から抜け出したいと思っています。

今のところは昔の曲を聞いたり、編み物をやったり、スペイン語とフランス語の本を見たり。編み物は根気がないので途中で嫌になることの連続ですが、言語は続けてやっているとあっという気づきがあり面白いのでもう少し集中してやればこんな変な気分も失せるかもと思っています。




美術館へ絵を見にいくつもりが、自分がずっと注視され続けた

上杜会という昔の東京芸大を出た人で構成された、日本で洋画を広めていった画家たちのグループが昔ありました。その美術展です。荻須高徳、小磯良平、牛島憲之などなどそうそうたる顔ぶれの作品があると聞き、豊田市美術館まで行ってきました。豊田市美術館は建物が現代的で綺麗で素晴らしいと聞いていました。建物も作品もいいだろうと出掛けたところ、作品はまぁまぁでした。が、今日は作品鑑賞というより、展示室に入ってすぐに、もう、あんまり作品にも集中できませんでした。

最初の作品室に入ってすぐです。なんか、じろじろと見られているような気がしました。と言っても私は目が悪いので誰かがこちらを見ていてもわからないのですが、なんとなく粘着するような視線を感じます。
ーなんか、服、へんかなぁー
適当に家にあるものを着てきたので、おかしいかなぁと思っていたところ、展示室のあちこちにいる監視員の人が後ろから寄ってきて言います。。
「アルコール消毒液のスプレーは鞄の中に入れてください。作品にとぶといけませんので。○○ほにゃらら...」

わしの心の声。ーえっこんなの今まで名古屋の美術展でも三重でも、松坂屋の美術館でも、自分の市の美術館でも言われたことはなかったぞ。それにこれはスプレーでなくジェルだし、外に液だれなんかはしないアメリカ製の優れものなのに。ーと思いました。外に下げてすぐ使えるように、それが外れないようにソフトでも頑丈なゴムの輪っかが付いていてそれでバッグに外付けしていたので、なかなか取れません。このジェルは取り外し時間かかるのだ、と思いつつ時間をかけて外したら、なんかねぇ、どうも作品に身が入りません。

なんか言ってやっても良かったですが、監視員もバイトで義務でやっているのがわかるのであんまり強くいうこともできません。何も言わずにそのまま進んでいくことにしました。
しかし、この美術館、監視員が多すぎます、あっちの角、こっちの脇、そこら中に監視員がいます。
豊田市だからやたらと監視員を雇えるのでしょう。が、こんなにあちこち監視員がいてどうも監視員を伺っていると人にいるところによっていって、じっと人を注視しています。

どおりで見られている感が半端ないわけです。

そして中盤で、ガラスケースが置いてあり、その中にはそうたいしたものがなかったのです。あれは何かの説明のようなものがケースに入っていたような気がする程度のもので、その上にたまたまその辺りに飾ってあったパッチワークの作品の作者の説明があリました。私はその作者が教えていたという大学が自分の染色をやっているところの前身ではないかとその説明で気づきました。そこで一緒にいた旦那を呼んでその説明を指差したところ、
監視員がやってきて
「作品に触れないでください」でした。
作品でなくそのしたのガラスケースに手が触れたからそう言われたようでした。

カラスケースに触っただけでいかんのか‼️

思わず文句を言いたくなりましたが、バイトに怒ってもなんなのでやめましたが。腹が立ったので、ガラスケースから五センチくらい手を離しその位置で手をずっと止めて旦那と話していました。その間、監視員はずっとこちらを見ていました。

なんかね。とても嫌な気持ちになりました。持ち込み禁止のものがあるなら、入場時に言えよ。ガラスケースにはその前に綱をはるか、触るなと看板をおけよ。名古屋市内や、静岡の美術館で同じ格好、同じ荷物で入っても何も言われなかったし、あれほど足先から頭の毛先まで舐め回すように見られることもありませんでした。
でも、豊田市美術館はこんな鈍感な私が見られているのを感じるくらいでした。あと、他の人も注意されているのを見ました。やだなぁ。

あんなに客に注意しているにもかかわらず、常設展のムンクの絵の位置は入り口近くに無造作に置いてあるし、手書きかプリントか見間違えそうな作品こそ、触られないように前に縄など貼って防御すべきなのに、そこには何もなくおまけに監視員がそこだけ手薄でした。建物は近代的なだけで、金だけたんまりあるけど、本当に美術の歴史があるところではない田舎感が漂ってくるような、にわか長者屋敷みたいな雰囲気でした。

なんかなぁ。ここって美術を見せるのではなく、来た人が作品で、監視員に見られるという新趣向の超現代アート美術館なのだろうと納得して帰りました。

美術展、結構何度も行ってますが、豊田市美術館はもういかないでしょう。私は二度と生の動く作品になってあちこちから監視されたり、怒られたりしたくないので、絶対に行きません。こりごりです。
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売電が大統領になってしまったが。

すごいことです。あの欲惚け老人の売電が大統領になってしまいました。売電って動画で幼い女の子の頭を舐めていたような気がするのですが。危ない人です。こんな破廉恥な人が大統領になるなんて‼️去年の末から愛知県知事リコールも大統領選も私の頭では考えられないほどの不正のオンパレード、そしてそれがまかり通り正式な結果となるなんて、もう嘆くこともできません。

こうなったら、肚は決まったぞ。こんなことになってしまった世の中、もう本当に終わりだとしても、自分はトランブ支持はやめないし、そう悲観はしません。経済的に先がどうなるかもわかりませんが、たとえ超インフレが来ても人は生きるし、猫も犬も生きます。米国が自由の国から売電の腐敗と不自由の国に変わることで、日本がインフレだけで済めばまだ良いのですが、中国の属国になれば凄まじい粛清が待っています。本当に危ない時代に差し掛かっていますが、こんなちっぽけな個人でも自由と独立の気持ちを持ち続けていれば違うと思います。

先のことを考えると暗澹たる思いにかられますが、希望と気概は持ち続けます。

クーデターは起きるか❓

アメリカの大統領選挙。ごまかし不正がまかり通り、腐敗に満ちた売電が大統領になる予定です。それを阻止すべくトランプさんを頭に軍が動くかどうか。動いたとしても結果オーライとなりうまくいくか❓

軍が動き、売電の首をかきにいくとしたら、国民全体のそれを待ち望んでいる声と反乱者のない隙のない軍の統制が必要でしょう。

昔、某国にいたとき軍隊が蜂起しクーデターが起きました。すぐに戒厳令が出され、外出はできませんでした。どうなるか❓テレビなどでは軍が戦車などを繰り出し首都へ向かっている光景が出てました。こういう時はとにかく情勢を自分で見て行動しないといけないと、家の中で一人籠っていました。電話も何もないので情報がなかなか直接伝わらないのでそれが不自由でしたが、その時は意外にあっけなく一日、二日ぐらいでクーデターは収まりました。

なぜ大ごとにならなかったか。あの時は長い軍の恐怖の独裁政権が終わり、ようやく普通の自由な政治体制になって数年の時だったのです。クーデターは一部の軍人の起こしたもので、民衆は誰もそれは歓迎しなかったと思います。何もクーデターを起こすような必要性は民衆にはなかっのです。むしろ、みんな前政権には嫌悪感を抱いていました。
ですので大義も支持もなく、しりすぼみに終わったのです。

しかし、今回のアメリカでは事情が異なります。不正と偽りの売電大統領成立に待ったをかけるため、軍隊が蜂起したらどうなるか❓鍵は大衆の支持と軍隊の統率だと思います。マスコミの嘘を本当と信じる人、腐敗の蜜の一部にあずかっている人は売電支持ですが、そうでない人たちがどれだけいるか、大衆の支持にもかかっているような気がします。

NHKも中日新聞もトランプさんを非難ばかりしています。が、今日二十日になっても私はトランプのなんらかの反撃を期待しています。

鳥の集会

今日は寒かったです。が、散歩に出ないと足腰が弱るので周りをぶらぶらしてきました。近くの川の河岸に鳥が数羽いました。ゴイサギ、白鷺、鵜です。少し雪も舞う冬の日にもかかわらず、鳥たちは外で元気です。ただ、太陽光の差す川の中洲に近い河岸は暖かいのかもしれませんね。しかし、鳥の足は寒さに強いです。吹き曝しでも川の中でも平気で何時間もいるのは驚嘆です。
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ボケか❓

よく何度となく、しているうっかりがあります。それは、

木曜日を水曜日と錯覚することです。水曜日を火曜日と錯覚することもあったような気がしますが、これが何度かあります。木曜日の面接で水曜日だと自分は思い込んでいて、面接官から電話がかかってきたことが二度三度。
木曜日の用事をまだ水曜日だと思い込んでいて、全て終わってから夜、「あっ」と気づいたこと二度。用事はパァ。頭もパァ。これってボケているのかなぁ。ネットで検索したらそうではないと出ましたが、こんなによくあるなんて、なんということだ。

特に木曜日を水曜日と思い込んでいるのが多いのですが、半日経って「あっ」と気付くことが多く、いつまでも南米の時差、12時間遅れのリズムで頭が回っている感じなのかなぁ。

この大ボケ曜日錯覚を治すためにどうしたらよかろうか、思案中です。12時間遅れの国にいけばよかろう❗️それが一番良いかもしれないけど、コロナでどこにもいけないです。困ったなぁ。毎日とにかく朝、カレンダーと用事の照合をした方が良いだろうと思っていますが、忘れっぽいのがこれもできるかどうかわかりません。スマホに曜日を叫ぶようにアプリがあったら使おうかなぁ。

飽きました〜コロナ

こんなことを言うと怒られますね。でも思ってしまうのでしょうがないです。コロナは飽きました。陽性、感染者、濃厚接触者こんな言葉ばかり毎日聞いています。いったいいつまでこの騒ぎは続くのでしょう❓風呂で死ぬよりも、交通事故で死ぬよりも少ないコロナ死者。前年よりも去年の方が死者が少ないのに、死者が出たと騒いでいるマスコミ。それに脅され、コロナに恐怖を感じ、さわぐ人たち。もうたくさんです。

そう騒がなくても、飲食店を虐めなくても、対策をすればそれほど大したことないと言う医者や学者を非難し、口を封じ、騒ぐマスコミとその信者たち。どうかしています。去年までツイッターでお医者さんや学者さんの言葉をリツイートしたりしてきましたが、いくら先生たちが言っても、非難の言葉しか言わない人たちは変わらないと思って今年はもうそんな無駄なことはやめました。

人は自分の思いたいこと、聞きたいこと、信じることが全てで、それ以外のことは受け入れたくないのです。テレビや、そこに出ている学者の権威を信じている人はその反対をいう人のことは受け付けません。何を言っても無駄だと思います。偉い人や権威に跪き、その言葉を信ずる人は宗教を盲信している人と同じでなんともならないと思います。ただ、そういう人が世の多数を占めているので、これからどうなるか。
私はコロナに関してはそう心配はしてないし、怖くもないです。小池知事や大村知事が自粛を叫ぶのを聞いたり見たりするとうんざりするぐらいです。今は恐ろしい伝染病コロナが蔓延しているのではなく、コロナ恐怖症にかかっている人がそこら中にいるということです。子供がマラソン大会で何人もマスクのために酸欠とかになって倒れるなんて、狂っています。

この狂ったコロナ恐怖症にかかった世界はいつ正気を取り戻すか❓

人はいつかは死ぬし、そうでなくても死ぬときは死にます。
みんな一体いつまで生きるつもりなのだろう...
永遠に生きるつもりなのでしょうか。人間の生きる時間は一瞬です。私はコロナでびびるより、そのわずかな時間をこの世でできること、楽しむことに使いたいと思います。なので自粛に応じないお店に行ったり、外出も楽しみます。マスクはしたくないですが、周りが何かを思うのもいやなのでしますが、薄ーい呼吸のしやすいマスクで出かけます。

市の商品券が役に立つ

去年の秋から今年の5月末まで、市の商品券が使えるので、事前に購入申し込みをしました。施設に入っている旦那のお母さんと他家族の分も合わせて上限ギリギリまで申し込みました。今年はコロナでプレミアも大きく1万円分買うと三千円おまけが付くということです。そのためか人気が殺到したらしく抽選となりました。私が実際に買えたのは16万分とそれのプレミア分のおまけです。今まではこんな金額を買ったことはなかったし、商品券もずっと買ったこともなかったのですが、この2、3年、三、四万円分ぐらい買っていました。

うちはその程度でいいのです。他の市で買い物をすることが多いのでそんなに市の商品券は要らないのです。が、今年はそろそろ電化製品の買い替えをしなくてはと思っていたし、スタッドレスタイヤも買い替えないといけないし、バックカメラ 、ドラレコもつけた方がいいだろうと出費を予定していたので、こんなに買ってしまいました。

結局、こまごまとした買い物とスタッドレスタイヤとバックカメラ、ドラレコ取り付け、洗濯機の買い替えをしたら、プレミア合わせて二十万弱の商品券を全て昨日使い切ることとなりました。あっけなかったです。洗濯機が一番高かったです。後は夏布団と毛布で掛け布団としていたのをとうとう羽毛布団に買い換えました。これも商品券を使いました。布団は迷ったのですが、猫と人間と一人と一匹で寝るには薄い布団を積み重ねて寝るのは寝にくいのでとうとう買ってしまいましたが、買ってみたら正解でした。布団が大きいので猫と人とうまく布団を共有できるのでとてもいいです。

あと買い替えの時期に差し掛かっているのは冷蔵庫とエアコンですが、それは今年の年末にまた商品券を使い、買うこととします。

こわれた

1/14昨日、洗濯をしていたら、洗濯機が回らなくなりました。カッカッカッと音がするだけで回りません。仕方がないので、手で洗い手で絞りました。これは大変な作業でした。

以下、現在の時点から壊れたものをまとめると
1/14 洗濯機壊れる
1/6 には排水マスが壊れているのを発見。基礎まで被害が及んでいた。
11下旬には新しい自分の車をもう一つの自分の車にぶつけた。
10月上旬には古い車が春に車検に通ったにもかかわらず、突然エンストする。

なんか、去年から壊れ続けている我が家の設備、及所有物です。

洗濯機も車も危ないと思っていたのですが、まだまだ使えると使い続けていたら止まってしまいました。年数が結構経っているのでしょうがないと言えばそうですが、突然洗濯機や車が止まると困ります。

家の修繕から機器の買い替えまで、出費はすごいですが、しょうがないです。物ぐらいならどうとでもなるしそうたいしたことないです。
ただ、家の基礎に被害が及んでいたのに気付けたのは、いつも自分で開けれていたキッチンの排水ますが開けられず、業者を読んだから発見できたのです。たまたま家の修繕会社の会員になっていたので、少しの金額で排水ますの掃除をしてもらえるので気楽に頼んだところ、風呂の排水ますが壊れ、同時に基礎まで悪くなっている箇所があるということが分かったのです。あのキッチンの排水のマスのふたがいつものように開いていたら、風呂の排水ますや、基礎のことには気付けなかったです。蓋が開けれなくてラッキーでした。

昨年末はガスレンジの電子制御がおかしかったのを、業者の人に直してもらいましたが、東邦ガスのガス機器の会員になっていたのでただで済みました。ものは壊れるものなのですね。

ついでに旦那も肩を骨折し、今仕事はやれません。手をパソコンなどを打ったりするのに使うのは厳禁らしいです。このせいで風呂の掃除は全て私がやることとなってしまいました。めんどくさいです。

こういうこともあるさ‼️骨は時間が経てばつくし、ものも壊れれば直すか、新しくすれば良いです。金はかかっても、この程度のことでラッキーです。
あと、壊れるとしたら、冷蔵庫とエアコン一つです。どちらも予備のものがあるので壊れても洗濯機ほど慌てなくて良いですが、折を見て買い換えたほうがいいかと思っています。去年から今年のテーマは古いものは壊れ、新しく物事も刷新するということだろうと思います。ただ、人間は古びていくだけです。

 

わやな世の中

去年末はリコールでの紛糾がありました。ごまかし、裏切り、策略などめちゃくちゃなことのオンパレードで自分まで「訴えられるかも」なんていう変な忠告をされたりして、参りました。今は去年からのアメリカ大統領の不正選挙に関して、何もしてないトランプ大統領が訴追されるとかなんとか。

はぁ・・・

議会の混乱も映像もしっかりと残っているのに、「トランプが悪い」とマスゴミはいい、平気でその嘘を言いふらしまくる。相撲は白鵬が休場なのに、それに関して辞めよともマスコミは言わない。コロナで死んでいる人は風呂や交通事故で死んでいる人より少ないのに「大変な事態だ」とマスコミや県知事は煽りまくる。本当に嘘、ごまかし、不正がはっきりと見えるのに、それがまかり通っていて気持ち悪いです。

嘘が正しく、本当が不正で偽りとなっているのは、きっと前からなのです。ただこの頃はネットもあるしわかってきた人たちが増えたので、よく見えるようになってきただけなのでしょう。とはいえ、気持ち悪すぎて、嫌になります。

この世は鏡だといいます。鏡映文字はひっくり返っているように、この世で嘘と言われるのが本当で正しいとされるのが偽りだというのは理にかなっていると思います。大体このひっくり返った世の中を本当と思うのがおかしいのでしょう。ひっくり返る前の真実の世界が本当だとしたら、この鏡の国のわしは偽りのワシということになります。

本当のわし、嘘のわし。訳が分からなくなります。

鏡の国からでないとこの気持ち悪さは治りませんね。気持ち悪さは鏡の国の感覚が肌に合わないのでしょう。多分肌に合っている人はコロナの恐怖に戦いていて、マスク警察とかしているんでしょうが、こういうことがいやでたまらないわしはものを喋っても反感を喰らうだけなので黙っているとかありません。あぁいやだ。

ご飯はやめている

ダイエットとか糖質制限ではありません。一日にホテルの福袋を手に入れました。その中に大きなホールケーキがありました。おいしいのですが、半老人二人にはなかなか消化できません。生ケーキ、その日のうちに食べるのが普通ですが、三日か四日で二人で食べきることとしました。

1日目、夕方、1/4を二人で食べました。一人当たり、1/8です。うまい。最高と二人でホテルのパティシェに驚嘆したのはいいのですが、名古屋の代表的な一流ホテルのケーキだけあって、生クリームもたくさん使ってあります。イチゴもいっぱいだったし。
結局、ケーキでお腹がいっぱいになり、その日の夕食はご飯を炊くのはやめにし、おかずだけ食べました。それでちょうど良かったです。

二日目、ケーキのことを考えて、あちこちを歩き回りました。お腹をできるだけ空かせて、3時のおやつに1/4プラス1/8を食べました。一人当たり、1/8プラス1/16です。すると、やはりお腹がいっぱいです。そこでこの日も夜はおかずだけにしました。ちょうど良かったです。
二日目をすぎて、ご飯を炊かないのが非常に楽だと感じ始めました。
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三日目、残りのケーキを二人で3時に食べ切りました。
大きかったです。芥川龍之介の芋粥の主人公の気分がわかりました。今まで、一度でいいから、何も気にせず、おいしいイチゴケーキをいっぱい食べたいと思っていましたが、私はショートケーキ一個半ぐらいでギブアップということがわかりました。腹ポンです。
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イチゴケーキ、ありがとう。しかし、ホテルのイチゴケーキ、イチゴも新鮮なものを使っているようで、三日目になっても全くいたみはなく、しっかりとしていたのはさすがでした。

そう食べられないことがわかりましたが、来年は子供に元旦は家にいるように頼み、またもホールケーキとパンの福袋を買うことにします。欲が深いです。すいません。

今日の夜もおかずのみでご飯はなしでした。

彫り師さんの話に驚く

一昨年、頼まれて大須の彫り師さんの工房へ行きました。タトゥ、とか刺青とか言いますが、彫り物を生業にしている方は女性で見るからに職人さんという感じの誠実で真面目そうな方でした。
大須にはこのような彫り師さんが結構いて、大須商店街から少し外れて細い道や路地裏を歩くとタトゥなどの看板がふっと顔を出すのに出くわします。私もちょくちょく大須には行っていたのでそういった工房のことは知っていましたが、中まで入って職人さんと話をするのは初めてでした。

古いビルの中廊下を進み、中庭を見ながら階段を上り廊下を進むとその工房はありました。中に入ると、武者絵や虎、龍、十字架と髑髏などなど。大きな見本に囲まれます。ここの工房は大通りに面しているのです。しかし古いこのビルに入ると窓からひんやりとした風が抜けて、名古屋の街の中とは思えない静けさでした。
その日はその工房に行って少し頼まれた用事をしたのです。その時にタトゥや彫り物の話をしました。私はこのような世界は初めてだったので怖々行ったのですが、彫り師さんは非常に腕の良いその筋では知れ渡った方にもかかわらず、気さくな人でした。

その彫り師さんから聞いた話です。彫り物はいろんな種類があるそうです。そして彫り師さんもいる。彫り物といえば、徒弟制度というか、上手な人に教えてもらって始めるのでは❓なんて考えますが、そこの彫り師さんは海外にも行って腕を磨いた人らしく、やはり、人について学んだそうです。

そして、日本の彫り物、日本のタトゥの技術❓は別格らしく、世界で好まれるそうです。しかし、これを利用してよからぬことを考えた外人がいるらしいです。
「中国に彫り物学校があるんだよ」なんて言って彫り師さんがスマホで見せてくれたのは、中国の学校と思しき教室にたくさんの学生が集まり、タトゥ、彫り物をしていた映像です。ーこれはすごいなぁーという私に彫り師さんの言葉は続きます。
「こうして学校まで作って、外国に行き、日本の彫り物と宣伝してやるから、いかんのだ」というのです。

中国では彫り物の学校を作り大量に卒業生を出し、日本の彫り物といえばステータスが格上なのでそう称し、世界で稼いでいるのです。詐称そのものと言って良いです。でも肝心の技術はまるで及ばないばかりか、危険なこともしているようなのです。
純粋な日本人としてはなんともいえない思いと憤りを感じてしまいます。

なかなかそうはいかないースピの理想とこの世に生きるわし

この世は幻想。ガチガチの物質化した世界に変化自在の魂が、我を忘れてその中に嵌まり込んでいる。また、この世の出来事は自分が作り出しているので、自分の想念を変えればうまくいく。世の中のごたごたに目を向けず自分の幸せな世界を心と頭に置いておけば良い。そういうことはわかります。でも、なかなかそういう風にはできません。

ウイグルの人が捕まって、生きながら臓器を抜かれていたり、愛知県大村知事があまりにも専横な行いをしていることを知っているのに、自分の世界は幸せであると、その想念の中で生きると、できるのか❓マイナスのことに焦点を合わせると自分の波動が落ちるから、そんなことは考えないほうがいいのか。

悩ましいです。スピの理想はこの世の人間からするとむごい。冷たすぎると思ったりする私はやっぱり、馬鹿で波動が低いのか。いつまで経っても答えは出ません。
この頃の夢は亡き母や父が出てきて、その場面で自分が出かけるのが遅いと感じる夢が多いです。リコールも他人事と知らんふりをしていた方が良かったのか、中国のチベットやウイグルの人に対することに対して何も感じない方が、高次元の世界に早く行けるのか❓

なかなか自分のハッピーな世界に立ちきれません。自分のことだけに集中した方が良いのだろうとは思うのですが、俗人はそうなりきれません。どうしたもんか。夢の中でも何かに遅れつつ進んでいるようです。

年賀状の今後

年賀状を受けるたび考えてもすぐに忘れることがあります。

ー元日に来る年賀状は、向こうも出す気でいる。二日は忙しくて出すのが遅くなったかもしれない。三日は大分経っているので、こちらの年賀状を見て、本当は出す気もないし、出したくなかったけれど出さざるを得なくなった。ー
などと年賀状を受け取った直後は思うのですが、そのまま一年経つと全て忘れてしまいます。

義理や嫌々出してもらってもいけないので、今年は受け取った日にちを記録に残しておけば良いと考えていたら、旦那もそう思っていたようで「年賀状に今日の日付を書いておいて」なんて頼まれました。ーおんなじことを思っていたなー
旦那も色々と考えていたようです。私たちは年賀状はパソコンで印刷するのでそう手間はかかりません。ですので、毎年同じ人に出していましたが、こちらから出すという行為が相手にとって年賀状を無理強いさせられるということとなってしまっているような気がしてならなかったのです。こちらから出すということが相手にとって負担になっているかもしれないということです。

そこで今年もらう年賀状をもとに来年は出し方をかえることとしました。

今年一日、に投函日の日付がなくて到着したものは来年も出すということにします。そして後の投函日付が新年度のものは、まずはこちらから出すのはやめることにして、相手方からきたら出すことにしてみようと思っていますが、年賀状は投函日が刻印されないのですね。二日以降の到着年賀状は原則的に出さないことにします。

今までははっきりと日にちを記録に取ってなかったのですが、頭の記憶では同じ人に限って、年賀状をこちらのを受け取ってから寄越していると思います。多分、私の年賀状は負担なのではないかと思います。

この頃は年賀状をやめるとはっきり寄越してくる人もいます。それだとわかりやすいですが、年賀状を出すのも良いことばかりではありません。意外と受け取った人に嫌がられているのではないかとも思います。また、この頃は親ぐらいの先生や世話になった人へ出した年賀状も不在ということで戻ってくることもあります。私ももう年寄りになりつつあるので年賀状もだんだん少なくしたいと思っています。

今年もよろしく❗️

今年はどんな年になるか❓コロナの恐怖に世界中が参っていて、もう嫌になってきています。「いずれ人は死ぬのだ。そう騒がんくても...」なんて口が裂けても言えない雰囲気いっぱいのこの頃です。

今年は福袋も前年から販売しているし、帰省の人も少ないようだし、いつもと違う正月となっています。今日は名古屋観光ホテルのケーキとパンの福袋を取りにホテルまで行きました。今年の正月は子供はおらず、旦那と二人だけです。旦那の肩の骨折はまだ治らず、三角巾で腕を吊っています。不自由なので、外食にも行けないし、モーニングにも行ってません。ホテルのケーキを食べて、新春気分を味わうこととします。
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ここのホテルのスイーツとパンは絶品で、買って良かったと思いました。おいしいです。ただケーキが大きすぎて食べきれません。

いつ、手が動かせるようになるのだろう?

しばらくはこのままです。不自由です。猫のトイレを洗ったりするのも旦那がやっていたので、それをしなくてはなりませんが、めんどくさいです。

冬至の不思議

10年くらい前の冬至の日にブログを始めました。秋分の昼に結婚したし、太陽の動きにあわせ自分も動いているのかもしれません。それを実感したのは今年の冬至です。

今年はリコール活動に参加したのはいいけれど、その後のゴタゴタで自分まで「犯罪の片棒、告発...」などと言われたりして結構ショックでした。何も言ってないし、やってないし、そう言う場面にも全く登場してないのに、信用している人から言われちゃったりして。なんかなぁ。まぁ、私のようなものが告発されるとか。だったら、世の中みんなされているだろうと、それ自体は全く恐れも何もないのですが、こう言うことがあると落ち込みます。

何度もこんなことを言ってしまいすいません。が、そんな気分で冬至の日を迎えたところ、急になんだかとてもすっきりとして、楽しい気分になっていました。自分では何にもしていないのですが。地球と太陽のリズムなのでしょうか。今までのドロドロで出口の見えないお化け森から出ていた感じになっていました。

冬至ってすごいですね。沼も淀みもヘドロもすっきりと流れて、全ては終わり、新しい太陽が登る。太陽が出ている時間が一番短く、太陽の力が最高に弱まった極に達して、古いもの全てを洗い流し、また別の新しいサイクルが始まる節目なのでしょうか。

元気が湧いてきたのは冬至のパワーがあるのでしょうか。太陽、月、星々、そして地球。星のリズムは自分のリズム。リコール も大切だけど私は世直しをしにこの世に来たわけではないのだ。いつの間にか自分もずれていたかもしれないと思いました。

親のすべきこと

相続トラブルについてこんな記事がありました。

財産目録...
これを作っていてくれないにしても、何がどれだけ借金を含めて言っておいてくれれば、私も苦しみませんでした。何しろ、何がどれだけあるのかわからないのです。財産は全て兄弟が握り、私は何もわかりません。長男に全部ということで親は全て財産は長男に渡すつもりだったとは思いますが、それにしても、何がどれだけあるのか、死ぬ前に公開だけでもしてくれれば、私も全容はつかめたのですが。

何ももらってない私が一方的に悪人になることもなかったのです。本当は財産なんか全く無い状態で死んでくれていたらさっぱりとしていたのにと、親が死んで何年も経っても思います。多分親は財産を全部晒さないでおいた方が、財産をつぐ長子が、寝たきりになっても親を捨てるということはないだろうとふんでそうしたのだろうと思っていますが、蚊帳の外の私はふんだりけったりです。反対に施設入所の費用も言われただけ出しました。

私が親から以前からもらっているのだろうと、兄弟と兄弟のお嫁さんは思い込んでいると思いますが、ゼロです。

私は全部自力なのだ❗️なんでわからないのだろう。親が資産があるということは苦しみです。何もいいことはないです。

やっぱり、勇気がいるのだ

売電さんが不正をしているのに、多くのメディアも判事などの法律家もそれに目を瞑っています。日本では上念さんやカズヤさん、素早く売電押しになっています。すぐに強そうな、権力をモテそうな方につくというのは、勝てば官軍というのに似ています。

この頃、これって意外と普通の一般人の生活でもあるのでは❓と気づいています。町内会、近隣の人間関係、職場などなど。私は馬鹿すぎるので、弱いのに「こんなことはやれん、おかしい」と言ってしまい、そうすかんを食らうことが今まで日本では多かったのですが、よく周りを見渡すと、周りの人々って、常にそこの権力者の意向を伺って、なんとかご機嫌をとったり、好印象を与えることにより、自分の安泰を築いていることがわかりました。

本当は、やっては行けないこと、歓迎すべきでないことでもそこの集団の権力者が押し進めることなら、noと言わないばかりか、反対にゴマをすって自分の守りを固める。そんなことが実は子供の頃からあったのではないかと思えます。
今思うと、いじめっ子や強い人に脅されたり、恥をかかされたりしたのは、それをかわす処世術を全く持ってなかったからではないか。子供とはいえ、他の子は強いジャイアンを見たらすぐに、自分が危険な目に合わないことと、その中でうまくジャイアンの嗜好を把握し、うまく取り入って自分もそこそこうまくその集団でやれるような社会的にフィットする本能を持ち合わせていたのでは、と感じています。

でも、それがこの世を生きていく基本としたら、それが進んだ先にはロクでもない世界が待っているのではないでしょうか。結局、自分だけがよければ、悪も何も目をつぶろう、なのです。どんな小さいことでもそんなことが基本となっていたら、どんなことをしても自分を通す、超エゴの持ち主が君臨する社会になってしまうと思います。

私はいろんなところで、まぁまぁの地位にいる人を見るにつけ、この人たち、要領よく世渡りしてきたな。強い人には逆らわず、仮に不正なことがあっても目を瞑り、時にその権力者を喜ばすことまでしてきただろうなぁと、そういう人と会話している時にふと感じたりします。気は心なのか、以心伝心なのか、そういう風に感じた人は、どうも私を避けているようなところもあります。思いすぎかもしれません。

私はあまり地位も名誉も、たくさんの友達もいないので守るものはあまりありません。あんまり格好をつけても今更だし、立場なんてどうでも良いです。守るものがないからかな。それもあるでしょう。ただ、そんな私のようなものでも、怖い人に「いやだ」と言ったりするのは非常に躊躇することなのです。また、自分が危険な人扱いをされるだろうと予想しながら、選管まで行って署名の閲覧を要求するのも実はそんなに軽やかに足を出せるものではないのですよ。

でも、嘘はつけないし、真実を曲げたままにはできません。そんな思いが背中を押し、やってみようと勇気を出しているだけです。私はそうたいしたことないです。が、ちょっとしたことでも、曲げずに勇気をみんなが出したら、世の中は変わっていくように思います。やはり、最終的には人間は勇気を出すかどうかです。

損傷 車二台と家族のけが 

 11月末に買ったばかりの車を車庫でもう一つの自分の車にぶつけました。子供が自転車を避けずに無理に止めたのがいけなかったのですが、買って1ヶ月でぶつけるとは、痛かったです。修理代が二つ合わせて17万くらい。もともとどちらも中古車だし、1台分は子供が払うと言っていたとはいえ、子供の乗っている車の見積もりは十万強の修理代です。
社会人になったばかりのペーペーにはとても払えないです。凹みはなく引っ掻き傷だけなので、まぁいいかとし、10月に買った方の車を六万弱出して修理することにしました。

そして、12月半ばになり、旦那が夕方勤務先を出たところ、道で転倒、肩が痛いと言って帰ってきたのを整形に連れて行ったら、肩骨折ということでした。転倒は駐車場の車止めに足を引っ掛けたとのことですが、肩から落ちるとは、さすが運動神経の鈍い旦那です。ということで仕事もできず、自宅療養1ヶ月半ぐらいになる見込みかな❓
それにしても、ああだこうだ言うし、顔面はずっと蒼白だし、何度も骨折している子供より手が掛かるし、旦那の顔見るとべートー弁の悲愴を思い出したりして‼️それでも、生きているし、いいじゃん。

車の修理と人間の修理とどちらが安いか❓なんて思ったりしても旦那には言いません。旦那ももう歳なので、鶏のように4時に起きて誰よりも早く職場に行き仕事をやるなんて「やめよ」と神様が無理に強制静養をさせたのだろうと思っています。いいことです。

こういうことって波があって、なる時にはなるような気がします。この波が過ぎれば飛躍が待っているでしょう。今のところは旦那の肩の怪我がなんとかうまくくっついて早く治るよう願うだけです。

しかし、結構要求や雑用が多く、旦那の病院の送り迎えや、服が着れないのでぽんちょを出したり、することがいっぱいあるのに、夜ふけてから「パンは丸いパンにしてくれ」なんて言うので疲れます。「夜になってからコッペパンを作るのは時間がかかるから食パンにしろ」と言いましたが。←食パンはホームペーカリーで焼くのでそう手間はかからないのです。手が使えないと言うのは周りまで疲れます。私が出したゴミを「違う、もう一度こうこうするのだ」なんて言うので、嫌になってきました。ゴミなんてそんなにやらんでもいいのだよ。とうとう、「自分でやってけろ。ワシはやらん」と言ってしまいました。旦那はこういったどうでもいいことにキチキチとしてしているのですが、家のメンテナンスとか、釘の打ち方とか、全然考えてなく大雑把なのでそこが私とまるで違うのです。

早く治ってくれ。一刻も早くだ‼️

激動の秋だった

今はクホホホと笑い飛ばすだけです。
すったもんだ。ああだこうだ。世話になった人を応援はしますが、それ以外は「あんなことを言ってるぞ」と面白おかしく見るだけです。

リコール、面白かったです。負け惜しみではありません。金と時間と労力をまま、使いましたが、やはり何事もやってみるものです。今って本当に激動の時だと感じています。天と地がひっくり返るような、今まで善と思っていた人が鬼畜だと分かってしまったり、公平だと思い込んでいた事がまるで違っていたり。それまで思い込んでいたことが覆されることの連続です。一応、何でもかんでも参加しないと気が済まないたちなので、ショックは大きいです。それにつけても自分の見る目のなさに赤面です。T先生、本当に清らかな風の中に立っているように見えたのですが、金を支払わないで、支払いを4ヶ月も待っていた相手方に「許す」なんていう人とは、想像もつきませんでした。すいません。

ぼかすか。あいたた。なんだこいつ、なんだとスカポンちん なんてこともあるようなないような。まあ、リコール関係のツイッターもしばらくは見ることはやめます。しかし、こんなカオスの中にすっぽりとハマっているとバシャール の針の穴なんてどうなんだろう。本当に小説みたいなことを味わうのは面白いですが、こたえるのも確かです。
が、
悟りを開くために自分だけお高い清い位置にいて濁世にダイビングしないなんて選択肢にはありません。バシャール がどうのこうのよりもこう生きるだけだなぁ。また、あんまりリコールの結果や幹部の腐り具合にもそう腹は立ちません。こんなものです、誰でも人間ですから。ただ、びっくりしすぎて腰が抜けた感があり、立て直し中です。

リコールで語学の勉強も家の修繕も物作りも全く中断したので、それらを再開します。今回のリコールでわかったことは多々あります。その中で身にしみて感じたのは、どんな清廉潔白な人でも闇は抱えているし、弱い。そんな簡単なことさえ人は見えない、見抜けないことがあるということです。信じるということは洗脳にもつながり、恐ろしいと思います。

世の中どうなるかわかりませんが、バラを見たり、猫を触ったりして生活を楽しむのは続けます。

私のネット政治系番組の変遷から今を思う

私がネットニュースを月額払いや年額払いで見始めたのは、2011年です。テレビは見てもどこもおんなじことばかり。原発について情報を集めていましたが、一番詳しいのがビデオニュースドットコムでした。二人のコメンテーターとゲストの語りが面白く放射能のことにも京大の小出教授を招いて聞いたりして、参考になりました。その後、あんまり見なかったのですが、お金は払っていてたまに見たりしていました。
が、マックブックではうまく視聴できないし、おまけにあるとき、微妙な違和感を感じたのです。

なんか、このコメンテーターの人って、上から目線で庶民と自分たちインテリは全く違うと持っているな❓そんなことを思ってしまいました。それに、どうも出てくる人選を見ると左の方に傾いている。そう思いつつ見ていたら、このコメンテーターの人が、愛知トリエンナーレの津田さんのことを親しい人だと言っていたのです。そして、トリエンナーレについて、一方的に日本を貶める内容ばかりなのはあまり言ってなかったように思います。はっきりとは覚えてません。なぜなら不快なので全部見なかったのです。

そして、同時に見ていた岩上チャンネル。これも見ているうちになんかおかしいと思えてきました。暴力的な左の活動には全然批判しないのに、森かけとか桜の会とかばっかり。なんか偏向を感じやめました。どちらも枝野とかよく出ていたと思います。

しかし、馬鹿すぎます。誰がって私がです。多分これらの番組って左への洗脳でもあったと思います。なのに、ありがたがって見ていたのです。
それから、武田教授の話が私は好きだったので武田教授が出ている虎ノ門テレビを見るようになりました。私はでも虎ノ門も拒否反応があったのです。だってあの統一教会が一押しの産経新聞を良いとしている情報番組だからです。ですから、引き気味ですが、出演者のいうことを自分なりに裏を取りつつ見ている感じです。

虎ノ門でも、武田先生は論理的なことを言うので私はいいと思います。反対に何にもわかってないのが上念さんかな。原子力推進で放射能の害はないと言うのが、どうもデータをちゃんと調べていってない感情的な判断に頼る人のような気がします。よくある新聞記者とかマスコミに多いタイプに思えます。子宮頸癌ワクチンも勧めまくってましたが、うーん。実際にある大学教授から「様々な観点から勧められないし自分の子供には絶対に打たせない」と理由を挙げて危険な点を聞いているし、この人、自分は賢いと思っているけど、科学的でないなぁと思ってしまいました。それで水曜日は見ません。

何が本当で何がそうでないのか。わからないこと多いです。アメリカの大統領選でも何が本当かそうでないか。大手マスコミも果てはYouTubeからTwitterまで、売電押しでない情報は出てないし。これがスペインの新聞もそうで、世界中のマスコミは嘘ばかりだろうと思えます。どこへ行っても地球上では金太郎飴みたいに習近平マンセーが出てくると思えます。スペインの最大大手のel pais なんかは東アジアのニュースは北京に特派員がいてそこから出しているのです。私はシュウきんべい万歳一色に感じてアジア情勢は読みません。

私が加わったリコール運動についても、嘘、本当が乱れ飛びぐちゃぐちゃです。今って、嘘と真実が乱れまじり、それを自由にそれぞれが選び取る時期に入っているのかもしれません。
真実はどこか。何か。今こそあぶり出しの時で、今までわからなかったこと、知らなかったことが出てくる時なのだと思います。こんな時は本当に真実を見分ける目が必要です。欲や人の意見に振り回されると見誤りそうです。が、ちゃんと見ていれば真実は浮かび上がってくるような気がします。私もボンクラの目の持ち主なので、せいぜい事実を追っていくだけです。でもそれだけでもある程度深層が追えると思います。

虎ノ門テレビでも、視聴者が水曜日は最低だったと言っています。虎ノ門だからいいと言うわけではないのです。みんな見抜いていると思います。そういえば私は今年の春からは藤井厳喜先生の番組を見ています。藤井先生は論理的で知識があり、気に入っています。猫と料理の番組もあり、いいですよ。

秋の終わりの花フェスタ公園

出かけたのは、11/21です。イベントが何もないらしく、ほとんど人がいません。

朴葉がしきりに落ちていて、3枚拾いました。朴葉味噌にするとよかろうと手に持って歩きました。途中、鳥の形の植え込みを見て写真を撮りたくなり、付近の植え込みにそれをおいて撮ったところ、忘れました。だいぶ歩いてから気づき戻りましたが、既に掃除のおっちゃんに朴葉は吹き飛ばされ、ゴミになっていました。
途中で感心した植え込みです。
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バラのアーチはまだ白いのが咲いていました。
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喫茶のコスモスも未だ盛んに咲いています。
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私は空と木々の風景が好きです。なかなか赤一色の錦繍というわけにはいきませんが。
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Google翻訳と読書

毎日語学の勉強をすると言っていたのに、なんだかんだあり、2ヶ月くらいほとんどしていません。まぁ、いいや。
机にしがみ付いていても、それが効果があるかかどうかは別の話です。学習法、記憶法もいろんな人の本やネットでの意見を参考にやってみたましたが、そうはかばかしくありません。もう、そういう頭の良い人たちの方法は捨てました。

今まで、とにかくやり続けるというのにも挑戦しましたが、だめです。勉強という正攻法が私にはあってないのかも知れません。ふっと思い出したのは、漢検です。漢検の読みは大分上の級までほとんど読めました。それは頭が良いのでも努力でもないのです。私は子供の頃から30代前まで、物凄い量の本を読んでいたのです。それで自然に頭に入ったのです。

そこで、とにかく読むということをすることとします。読書で頭に入れるというのは非常に効率が悪く、勉強でやった方が時間と量は少なくすむと思います。しかし、勉強でただ暗記するというのができない自分にはこの読書法が一番いいのでは❓と思いました。

読書も本でなくネットでします。原文を読み、すぐにグーグル翻訳にかけるのです。読んでいた自分の頭の中の訳と比較対照します。これが良いのです。Google翻訳、前はロクでもなかったですが、日一日と進化しています。これがいいのは慣用句や、文型を掴んだ上での訳文が出てくることです。変な訳もありますが、使えます。

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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