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花フェスタ公園は人がいっぱいでした

バラがそろそろ見頃だろうと、花フェスタ公演に出かけました。いつもはそんなにいないのですが、コロナのご時世でも人はいっぱいでした。ただ、いっぱいなのは子供の玩具があるところや盆栽みたいなものの展示など、あまりバラ園らしくないものに人が集まっていました。

バラといえば、寂しく、ほとんど薔薇の木も昨年から植え替えしており、小さいのばっかりの上、開花もほとんどなく寂しいものでした。一本だけ満開のものがありました。綺麗でしたが、これではうちのバラの方がたくさんじゃあないか‼️とがっかりしました。
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広いところに小さな苗が一本だけ。残念です。今年はカニのバラ園、やめたほうがいいでしょう。うちはもう年間パスポートを買ってしまったので行きますが、今のところおすすめはしません。

庭の薔薇が咲いています

今年は虫にも病気にもやられず、たくさんの花をつけています。
ピエールドゥロンサール
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プルームーン これは蕾から咲き出したばかりです。なので写真よりも大きく実際は咲いています。
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この頃ようやくアイスバーグも咲き出しました。写真はないです。
去年の秋と今年の冬に薔薇専用の餌をたっぷりやったので、薔薇たちも喜んで咲いてくれました。

帽子を作っていて、思ったこと

帽子を先週作りました。作ってみて感じたことがあります。それはものの見方ということです。私はこのような立体のものをあんまり作ったことがなかったので今まで気づかなかったのです。でも、帽子を作ると立体というものを正確に自分は見ていたのか❓見ていたとしても全てを見ていたか❓なんてミシンを動かしながら思ったのです。

帽子はおでこがわと後頭部側、左右の側と四面があり、それを上から見た形と下から見た形があります。どれも形は違います。その上、それは帽子の外見とも言える外側でその内側があります。それが裏側となるのですが、そのまた表地の裏側に裏地がつき、その裏地にも裏があります。しかし、全てをいっぺんに見ることはできません。前からみると前面の表地の形が見え、裏返すとてっぺんに向かって裏地が見えます。後ろから見ると前側は見えないし、普通はひっくり返しても表地と裏地のくっついている両方の裏側は見えません。でもあるのです。

私は帽子の表裏前後左右、上下、をみて、帽子は全体で帽子である。横から帽子らしい姿を見て帽子だと我々は認識するが、例えばそれをひっくり返しウラ生地の後頭部側だけみて帽子だと思えるだろうか❓ただの薄い布が縫い合わされたチンケなものだと思う人もいるかもしれない。

やや、待てよ。もしかして、私もこのような見方をしていたかもしれないぞ。帽子なのに、目立たないその一部分だけ見て「何これ。何にも役に立たない」と思っていなかったか❓
現実世界で存在している帽子みたいなありふれたものでも、見方によっては帽子と見ることができないことがよくあるのでは❓なんて思ったのです。本当はちゃんとした人なのに、みんなの見やすいところではその能力を出してなかった人が軽んじられ、軽く扱われるなんてこと、あるのでは❓なんて帽子を見ていて思いました。

かつての自分や友達もそうですが、もしかしたら、先生たちも自分たちもが決まりきった一定の見方しかしてなかったから、劣等生だったかもしれないなんて思ったりしました。いろんな角度から物事は見ることができるのに、私たち人間はその一部しか見てないのかもしれません。それよりも本当は人間はどんな角度からもいっぺんに物事を見ることができるかもしれないけど、物質的な観念に囚われ、帽子ひとつ、子供一人、まともに見えてないのが現状なのでしょう。

バラ、今年は大きいのがたくさんです

今年の我が家の庭、虫にやられ、あんまり咲かなかったピエールドゥロンサール、ブルームーン。両方とも大きな花を咲かせています。農薬もかけていません。冬に薔薇専用の餌と炭がらを地面にしきこんだだけです。あとは枝を適度に払いました。葉はむしるのがめんどくさく、やってません。

なのに、今年は虫食いも大きな病気もなく、大きな花をつけてくれています。今週から少し遅れてアイスバーグも大きな花をつけています。

こんなこと。本当に意外です。難しいバラが私の世話で元気にいっぱい咲いているなんて、不思議なくらいです。うちはミニトマトもピーマンもきゅうりもろくにならないのに、難しいバラがろくな手入れもなく、しかも農薬レスで大きく立派に育つとは、物事は定石通りにはいきませんね。アイスバーグなどは枯れかけていた苗なのに、うちの庭で蘇り、真冬にわんさかと咲いてくれるし。薔薇の神様が降臨してるのかなぁ。この荒屋に❓

バラ栽培なんてフランスとかイギリスとかの雰囲気にかぶれているみたいで気障ったらしくて嫌だったのですが、やってみるとこれが、意外と逞しく元気に育ってくれてます。この頃は自分って野菜より、バラに向いているのかもしれないと思っています。切り取った花々や庭に咲いている花につい「君たちはすごい。綺麗。素晴らしい」などと何度も話しかけてしまいます。バラは、「今年のご飯は十分だった。炭がらが意外と乙な味で、気に入った」と言っているような気さえします。

薔薇、見るだけで笑いが出ます。大きく綺麗なのが嬉しいです。ワイン瓶よりはるかに大きいです。
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ガラケーをやめました

旦那がスマホでは電話を受けにくいというので、ガラケーも契約していました。 auです。 半年ほど前、auから来年の三月で3Gのガラケーは使えなくなるとの知らせがスマホに乗り換えのおすすめチラシとともにやってきました。少し前にガラケーのプランを見てみたところ、二年縛りで来年の夏にその更新月となるのがわかりました。

スマホはすでに持っているので、要りません。今日auのお店で聞いてところ、このままガラケーを持っていて、来年の3月に実質的に使えなくなっても金は払わねばならないし、そこで契約を打ち切っても違約金が発生するとのことでした。
なんかねー。勝手に使えなくなっておいて、しょうがなく解約でも解約料金もしっかりと一万なんぼとるとは。

携帯屋のいやらしさは、二年縛りとか何とかの変な契約にあると思い、ほとんどSIMフリーにしていたのですが、旦那が普通のガラケーがいるというのでしょうがなく契約していました。でも、持っていてほとんど使わなかったのですよ。大体いつも電源切っているし、持ってないと安心できなかったのだろうけど、実際職場から電話がかかってきてもノー電源なので役には立たなかったと思います。

もう、旦那も再雇用でほとんど役立たずというポジションなので、このろくに使っていないガラケー、その場で解約してきました。SIMフリーなら、こんなことはないのに。自分で設定しなければならないけど、契約も解約もネットですぐだし、解約料、二年縛りなどありません。SIMフリーはこのように使い勝手がいいですが、大手は二年縛りがあるし、こういうやり方が嫌で大手の携帯やは元から使ってないのです。

auの社員さんはうちの電気やケープルテレビの契約を見て、割引があると言って月二千円台のプラン←スマホ[本体はなし]を勧めてきましたが、これは最低でプラスいろんな付帯料金がかかる上に、二年縛りもがっつりあるでしょう。実はうちのSIMフリーのプランは前は割引があって旦那が三百円台、私が六百円台だったのですが、その会社が楽天コミュニケーションズに吸収され、契約を解約するのにその連絡先がなかなか探せないようになっており、いくつかの会社を繋いで行ってやっと解約できたという感じです。楽天自体はそんなに安いプランはないです。が、支払いの行き違いなどでヒヤヒヤとさせられたので、やめました。

今は旦那が六百円、私が千円、子供も千円が毎月の使用料です。もっと使えば使用料も上がると思いますが、仕事で外に出ても、外に出るときにスマホでずっとなびをさせてもこれ以上になったことはありません。

SIMフリーはプランもスマホ本体も複数の会社のものを試していて、結構失敗もしました。が、お店で待つこともないし、二年縛りもない。おまけに安い。つながりも不具合を感じたこともない。とても満足しています。ただ、SIMフリーの知識はいります。そして自分で設定しなくてはなりません。でも、簡単ですからみんなにお勧めしているのですが、何でもお店でやってもらいたい人が多く、自分の周りでもSIMフリーで月600円なんて人は一人もいません。残念です。



新聞購読をやめました

中日新聞、書いてあることがくそ。今回の選挙のこともなぜか高須院長と田中事務局長が、河村さんが悪いやつみたいなことを言っているのを大きく出しています。

マスコミのやり方は、もう、わかっとるって❗️情弱の年寄りは河村=悪い人なんて思っている人もいるそうですが、日曜日の名古屋市長選は河村さんの粘り勝ちでした。新聞は中国や韓国、朝鮮の都合の良いことばかりであんまり見る気もしないし、この春から収入が激減したこともあり、とうとう中日新聞をとるのをやめました。

旦那は今までは新聞なしというのは考えられないような風でしたが、あまりにもの少ない月収にもう嫌とは言わなくなりました。ふっふっふっ。これで我が家はテレビも新聞もない生活に突入です。と言いながらネットの有料情報番組は続けているので、節約になるのかどうか❓微妙なところです。

新聞、結構いい加減な情報が多いのでなくてもかまいません。新聞屋さんには申し訳ないですが、もう少しまともな公平な記事がほとんどだったらいいけれど、あれではねぇ...浮いたお金でたまにモーニングに行きます。それでは節約にならんか。

散歩、続き

昨日の散歩の時、黄色の花が群生していました。何なんだろう。かたばみではないと思います。
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黄色ばかりの花も幻想的です。

今日は朝は肌寒かったです。旦那は今年の4月から再雇用で、今までのように四時台に起きることはなく、5時半ごろ起きています。6時にパンを食べるというのでパン焼き機をセットしておきました。朝熱々のパンを旦那に切り分け、パリパリと音を立てて食べているのを見ていたら私も食べたくなり、パンをルバーブのジャムで食べました。

そうこうする内、猫が絡んできたり、いつもの朝となりました。

我が家は前より随分長閑な空気が漂っています。旦那もだいぶ笑うようになりました。この十年間、笑わない人だと思っていましたが、笑う人だったのだということをこの頃思い出しました。

またも散歩です

4月初めに足を痛めて歩くのをやめていました。痛さが治らないので一昨日整形外科に行ったところ、骨には異常ないということでした。ただの打ち身だったと思います。

いくら歩いてももういいぞ。久しぶりにいつものコースを歩きました。もう、古墳の公園には鯉のぼりがあがっています。
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昔はあちこちでみんなの屋根の上に鯉のぼりが見られものです。今はこんな公園とか、川の上とか、自治体主催のイベントのコイが多いですね。公園の周りの民家には鯉は一匹も泳いではいませんでした。
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途中、シロツメグサが咲いていました。
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まだゴールデンウィーク前だというのに、藤の花も盛りを過ぎかけています。開花がイヤに早いです。藤には大きな蜂がいっぱい群がっていました。
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3月にはつくしがいっぱい出ていましたが、今はもうすっかり影をひそめ、クローバーをはじめ、他の雑草が伸びています。
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今の定年後の生活は非常に厳しい。

多分、再雇用の人って、今の年金をもらっているファミリーより厳しいのでは❓
通帳を見て驚いています。これで暮らすのは厳しいなぁ。節約をしようと思っていたけど、本当にせざるを得ないわ。

節約としては
1 新聞を止める
2 旦那のガラケーをやめてスマホだけにしてもらう
3 モーニングに行くのを止める
4 美容院をカットだけにしてあまり行かないようにする
5 自分が家にいる時、冷房をつけずに我慢する

うーん。他には思いつかないわ。

節約できないもの
1 染色に関わるもの
2 たまの友人との外食など

着物は自分で縫うことにするか。何かものを作ったり、スペイン語などを自習したりしたいので、バイトはあんまりやる気はないし、コロナで今までのバイトはなくなってしまったし。しばらくは節約中心で暮らすことにします。
今更ながら旦那の頑張りで気楽に生活できていたことに感謝です。

今まで普通に思っていたことを変えてみる〜常識はずれのすすめ

母校がなくなることを聞き、それから昔の自分や友人のことを思い出しました。昔の自分、今の自分。もちろん歳をとって見た目は比べようもありません。が、昔の自分を振り返ると、無意識のうちに思い込んでいたことがいっぱいあったなということに気づきました。そんなふうに思ってなかったつもりだったのですが、もともと自分はだめだから何をやっても無駄だと思っていたのではないかと今の私は推測しています。それが、無意識だったのが本当に痛かったと思います。

人って結構物事の一部分や、いい加減な周りの言葉で周りの世界を限定してしまいます。世界はもっと広く可能性に満ちているのに、そんなことは全然目に入らない人間になっていることは多いです。

私もそうです。こうだから、ああだから、周りと比べて劣るからなんて、そんなくだらない思い込みに人生を翻弄される。そんなことがこの世ではいっぱいあります。スピリチュアルでは自分の思うように自分の世界を作り出すと言います。が、そういう先生がそんな理想を生きてなく離婚を繰り返したりしているのはなぜか❓そんなことはさておいて、この頃私は、思い込んでいることを「違うのでは」と疑問に思ってみようと思っています。

いつの間にか、くだらない常識に囚われている自分を蹴っ飛ばすのです。

経験がないからダメだろうというのは一般的ですが、それに逆らい、経験がない人がやってないことでもいけるのだと思ったり、たくさんのことをやるのではなく一つにしぼれとか言われてもたくさんもやれるぞとか。そんなことをやってみてもいいのではと思っています。また、いつも右手てしていることを左足でやってみたり。いつもとか、普通を破ることをしています。

全然素晴らしいことでもないし偉業でもないです。でも、こんなことですが、自分の知らない自分に出会えるきっかけになっている気がします。常識はずれ、私のマイブームです。意外といけます。

見知っているTら[複数人]について思うことーもしもの時は

先日、古い知人からお互いに見知っているT達についての情報が入りました。知人はTたちとなぜか親交があり「そう悪い人ではない」と言っていたので、私は「❓」とだけ言い、なぜなのかは言わないことにしていました。何か余計なことを言っても私の話は知人の頭に入らないしTを信じ切っていたので詳しいことを言っても無駄だと思っていたからです。

が、先月、知人は Tがあまりにも嘘をついていることをわかってしまい、そのことが残念どころか、あまりにも衝撃だったのでわざわざ私にその出来事の顛末を言いにきたのです。

ふぅーん。やっと知人も少しはあいつらのえげつなさをわかったか。当然のごとくTたちは私の悪口ばかりか、家族についてもありえない妄想を膨らましあれこれ言ったようです。Tのやることはそんなものだと思いました。

その後、Tたちのことを私は考えたのです。これはいいことなのか悪いことなのか❓いい子ちゃんからすると悪いことであろうと思います。それは、もしかTたちが急に倒れたりして人工呼吸とかが必要になった時、助けるか❓ということです。私は家族知人達が事故死をしていることもあり、何度も消防署の人工呼吸の訓練に行っています。口に当てるマウス覆い❓もいつも携行しています。

もしか、道で見知らぬ人が倒れたら私はできる限りのことをします。しかし私はT達が人工呼吸を必要になった場面に遭遇したら、助けません。無能のふりをします。

人間を助けないなんてとか、人に差別をするのかなんていうスピリチュアルな優しい人もいるでしょう。助けないなんてなんて酷い人だと思われるでしょう。
でも、私は何もしません。理由は、T達を人間だと思っていないからです。反対にT達はか弱い人たちを貪りくらう、鬼です。人ではありません。ですので私は人工呼吸を何度習い直しても彼らにやることはないです。それに何もしなくても彼らは何も思わないと思います。なぜなら彼らからすると私は字も書けないくらいの白痴扱いをされており、そのように周りの人々に吹聴されているからです。見捨てるには好都合です。

手芸と子供時代

今年は旦那のベストをはじめとして、ハンドウォーマー、帽子、ポシェットなどを編みました。そして、縫ったものは、赤のロングジレ、赤いバッグ、マスク数個、旦那の服の袖を利用したポシェット、龍柄のポシェットなどです。プラスフルファとしてがまぐち一個です。
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こうしてみると結構、作ったなぁ。これだけできたのは良いミシンを買ったことと、ちゃんと編み針を買ったことでやれたのだと思います。

今はまた違うものを作っています。昔、子供の頃小学校に手芸クラブがあり、入っている子たちは簡単な編み物をしたり、バッグを作ったりしていました。私は器械体操クラブでマットとかトランポリンとかをしていたので手芸クラブには入れませんでした。でも手芸クラブの人たちのやっている編み物など、とても興味があり、入っている人たちに教えてもらい編み方を覚えました。が、編棒、編み針などの道具も毛糸も高価で子供の小遣いでは良いものは揃えられず、号数が糸と針と違うなんて言われながらやっていました。子供では作品ごとに針を買い換えるなんて到底無理だったのです。

それに、編み物は母が良い顔をせず、なんとか針と毛糸を買って適当に編み物をやり始めても、半分隠れながらやっていました。母は編み物を私がやるのが好きではなかったようでした。それでも中学の授業で編み物の自由作品を作るとなったとき、授業の一環だから、嫌な顔をせずに編み物をやらせてもらえるだろうとワクワクしていたのですが、そうとはなりませんでした。作るものも決められて勝手に母がおばあさんに編み物の完成品を頼んだのです。そして「それを提出せよ」と言ったのです。毛糸だけは選べましたが。

私はおばあさんが編み物名人だったのを知っていたし、おばあさんも好きだったので、それを断ることができませんでした。良いものを出すのだから良いことだと無理矢理思い込もうとしました。

が、本当は私は堂々と編み物をしたかった...のだと思います。下手でもクソでも良いからやりたかったのに、それを学校で公にやることさえできなかったのが心のどこかに残ってしまったと思います。

洋服作りは、学校で作りながらだったので、丸ごと誰か大人に作ってもらって提出はできません。でも、中学校の家庭科では、何度も服を作る授業がありました。それで母は私の作りかけの作品を洋裁名人の母の友人に見せて少し縫ってもらったりしました。これも嫌だったなぁ。自分の不味い腕を母の友人=年下の友人の母に見られるのでなんか劣等感を倍増されたような気がしました。母でなくその友達に部分的に縫ってもらった作品。みんなが自分でやっていることすらまともにできないやつなんて感じで嫌でした。それが何度もありました。私はそれでも何かを作るのが好きだったので、家にあるミシンでいろいろと作りましたが、母はあまりそういう私も好きでないようでした。

そんなこんなで手芸や洋裁、編み物はなんとなくやってはいけないものだったのでこれらをやろうとすると「やっても良いのだろうか❓」と後ろめたさに襲われる気持ちがずっとありました。

この頃、ミシンで服を作ったり、編み物をやったりって、ずっとやりたくてもいけないような気がしていたことと繋がっていると今日、気づきました。今の手芸等三昧はものを整理するのももちろんですが、やりたくてもやれなかった気持ちを思いっきり満たしているのではないかと思います。

母がなぜ、洋裁や編み物などを私にやらせたくなかったのか、一つは私が目が悪いというのもありますが、そればかりではないことに私は昔から気づいていました。編み物や洋裁、それは女性の趣味だし、学校の成績とはまた違うものです。そこが気に食わなかったのかもしれません。それがなんなのかはピンポイントではわかりませんが、母の価値観では裁縫、手芸、編み物はやるべきものではなく、すると恥ずかしいものだったかもしれません。母は縫い物などせず、自営業を営んでいることに誇りを持っていたと思います。

今さらの話です。私が今、それらを十分しているのは、もしかしたら母の価値観、ものの見方を受け継いでいた私が全く別の本当の自分になって、自分の見方で手芸などを見れるようになったからなのかもしれませんし、手芸を恥ずかしがらず、こそこそと隠れずにできるようになって、母の見方に染まっていた偽りの目から本当の自分の目を取り戻しているのかもしれません。

本当、私は手芸なんてやってはいけないもののようにどこかで思っていましたが、あまりにも軽快に動くミシンを使っていて今日ふとこのようなことを思ったのです。機械は正直です。いくら女の内職ごとと思われたものでも、見事に仕事をこなしてくれるのです。それに私がよく見ている洋裁の動画は、ミシンおじさん=職人のおっちゃんの動画なのです。そんなに恥ずべきことではありません。やっていけないとか、よくないこととか、ないのですね。なんか、ザマアミロと言いたいです。私はしばらくは洋裁、編み物、手芸も続けます。

ブックオフに売ってみた

日本史の参考書その他と、漢検の問題集です。6冊査定に出したところ、一冊、センター日本史[お城がついている本]のみ書き込みがあり引き取り不可能ということで、他5冊です。金谷の日本史は間違えて二冊買ってしまったうちの一冊で全く使っていません。他のものも書き込みせず、綺麗です。
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一冊千円以上もした本もあります。5冊でクーポンの割増も加えて、約80円。ブックオフの一番安い100円の本も買えません。ほとんどタダみたいなものです。ブックオフは儲けてるなぁ。どうせ捨てるのでこんなもんでしょう。

猫疲れ

猫が、うんこを猫トイレでした後、おしっこを窓際の畳の上でしているのをとうとう見ました。実は猫がうんことおしっこを違うところでしたいのかと思い、深型の猫トイレを買ってきたのですが、そこではせず、畳の上でしているのを見てしまいました。

この、おしっこねこめ❕

猫のおしっこも完全に匂いや跡が取れれば良いですが、なかなか取れません。何か言いたいのかなぁ。欲求不満なのかなぁ。おしっこも盛大にするので、被害は大きいし毎日だと対処しようもありません。どうしたらよかろうか。猫は、座って、尻尾を巻いてこちらを見ています。なんか言いたいのか。猫語もわからないし、なんともしようがなく、明日はビニールシートを部屋に張り巡らせます。

猫 おしっこ爆弾連発

昨日、部屋の片隅、二箇所に液体を発見しました。一箇所はビニールシートの上で、べっこう飴の色の液体でした。もう一箇所は畳の上に液体の跡がありました。そしてべっこう飴色の液体を取り去ってその下の家具下の補強として使っている板には表面、裏面も丸く大きく複数のおねしょ後のような液体跡がありました。
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あんまりおしっこを猫トイレでしてなかったのはこういうわけだったのね。猫のおしっこの始末で臭くなった手を嗅ぎながら納得しました。くそぅ。ニャンコめ。首を絞めたくなりましたが、猫は平気で薄目を開けて寝るばかりです。太々しいにも程があります。

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あいつめ。いい加減にしろよと、復讐の計画を旦那に語ったら、「かわいそうだ」とのこと。何がかわいそうだ❕あいつが来たその日からわしはあいつのおしっこやうんこの処理に追われクタクタだったのだ。うんこもできない赤ちゃん猫だったから、7時に家をでて、6時ごろ帰宅してから世話と猫の暮らしのための環境づくりもあり大変だったのだ。旦那は何もせず、大きくなってからかわいがりだし、甘やかし放題なのだ。
うーん。どうすべきか。何をしたらいいのだろう。

とりあえず、甘やかしたくないけど、猫トイレの世話は旦那がやることにして、もう一つ猫トイレを増やすことにします。本当に贅沢な猫だ❕やっと襖を4枚猫防御仕様にしたところで今度は猫おしっこ爆弾の攻撃で休む間も無いです。

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タイヤ交換完了

今日はタイヤ交換をしてきました。冬用タイヤを夏用に履き替えました。タイヤが古ければ、新しいものに買えなくてはならないだろうと思っていましたが、整備士の人から呼び出しは受けなかったので今あるタイヤでこのまま走り、車検の時か、来年の春の履き替えの時に替えようかと思っています。

車は維持費がかかりますが、餌代と思えばそう惜しくありません。車があるのとないのでは生活が全く違ってくるし、外を車で走ると楽しくなってくるので、金にはかえられません。

タイヤ交換、自分ではとてもできないというか、やり方を習いに行ったのにする気もないので、お店でやってもらっています。が、家に帰って自分でタイヤを保管場所に収納しなくてはなりません。先々週のもう一台のタイヤ交換の時は、一人でタイヤを運び収納したので、ラックに入れるのに苦労し、翌日手や肩が痛かったです。しかし、今日は子供と一緒に収納したので肩も手も痛くないです。

明日は痛くなるかなぁ。何はともあれ、タイヤも履き替えたし、もう冬のものは全てしまっていかなくてはいけませんね。セーター、手袋。ショール、etcしまわなくてはなぁ。四季があるのはめんどくさいですね。

新しい生活

昨日で3月が終わり、4月になりました。旦那も新しい職場で前よりも、人間らしい暮らしができそうだし、母校もなくなりさっぱりとしました。なんとなく脱皮して、違う自分になったような気分です。

先週の川べりの桜はこんな感じでもう満開に近かったです。
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今週、水曜日のお宮の桜も満開でもう花びらが少しハラハラと散っていました。
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桜はいいですね。薄いピンクの花びらが空を舞っているのをみるとうっとりします。

今日で終わりとなりました

前にも言いましたが、今日で旦那が定年を迎えました。とは言っても明日から再雇用で働くので、本人は「終わった気はしん」と言います。

花束をもらうから近くまで来てくれと、名古屋のど真ん中まで車で行ってきました。両手に抱えきれない程の花束を持つ人を待っていました。でも、スタスタと私の車に近づいてきた人は中位の地味な紙袋を下げていました。
「全然大きくないじゃん」あー、こんな小さいなら地下鉄で帰れるじゃんと思ってしまいました。

が、家に帰って花束を見たところ、結構なボリュームでした。ただ、定年を迎えたじじい向きの花束なので渋く、赤いバラなんかはありません。
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昔、私が会社を辞めた時はもっと派手なバラやガーベラなどいっぱいでしたが、色はおとなしめで、しかもゼンマイなんか入っていました。ゼンマイいりの花束。
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これはジジイ向けの定番かもしれません。私としてはわらび餅の方が良いと思いますが、旦那がせっかくもらった花束、花瓶に入れると意外と存在感があり、豪勢です。良いです。
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明日からは今までより一時間遅くいき、一時間早く帰ってくるそうです。金は今までとは比べようもないほど少ないそうで、爪に火を灯しながら楽しく暮らすつもりです。パワハラもあったし、大変だったけど、それを抜けて生きていてくれてよかったと思います。

お疲れ様とは言いません。まだ先もあるし、私の弁当作りも続きます。

講読と文法ースペイン語

オラシオ キローガの短編集を読んでいます。テキスト系のものを読めばもっと読みやすいのですが、読みたいものを読むのがいいので、多少読みにくくても読んでいます。でも、分からないこと、多いです。N大のスペイン文学講読の先生に質問をしたくてももうコロナで大学に行けないし、そもそも先生は忙しくてもう文学の授業はしてません。痛いのは大学図書館にもいけないので資料も見れないことです。

もともと全て独学に近いので、なんとか自分でネットで調べたり、いくつも凡例を調べて法則を予想するしかないかと思っています。カンマの使い方なども長い文章でよく分からないのがあるので色々とネットの文を挙げては調べて考えています。本当に進みが鈍いですが、先生もいないのでこんなもんですし、文構造や文法を考えるのが遅いようで一番早道だと思っています。

そのうち、加速します。

何年か連続してスペイン語の試験を受けていました。しかし、この一年はやめています。結構座って本を読んだりするのが体に堪え、骨が痛くなったりしたので勉強は中止中です。
しかし、頃合いをみて再開しようかなぁ。DELEのB2を前受けて落ちてしまったのですが、久しぶりにその得点を見てびっくりしました。B2は読解と聴解がよく、しゃべりと作文が❌でした。B1の時はしゃべりと作分はよかったので自分はB2もそうだろうと思っていましたが、違っていました。
前、成績表が来たときによく見てなかったのですね。今頃気付くとは、アホすぎます。

が、読解と聴解がまだマシということは、独学はある程度いけてるということだと思います。喋りと作文。これは独学ではなんともならないことなので、あと考えることとして、もっと読解を進めて力をつけることとします。

さっぱりとした気分になってきた

私的なことばかり書いています。先週は今月末で無くなってしまう母校の高校へ行ってきました。閉校式の動画やなんやかやを見てなんとも言えない切ない気持ちになっていましたが、友人と現地へ行って帰ってから、どんどん気持ちが変容し、今は、さっぱりと無くなってしまい、スッキリすると思っています。

高校時代の友が語ったさまざまな言葉。結構、ききました。高校での三年間はこの聡明な友人の能力を伸ばすのではなく、徹底的に叩きのめすためにあったかのようで、私は家に帰ってからしばらくは考えに耽るばかりでした。母校での劣等生という烙印は、私も背負ってきたつもりでしたが、高校卒業後の人生はそんなことを思い出すほどもなく、瀬戸際のような危機が幾度もあり、どこかに捨ててきたので、私はそこまで自分を叩きのめすこともなかったのですが。

出身校は、もともと昔職業科と普通科があったのを昭和の時代、普通科だけ独立分離し、私たちの学校となりました。それがこの令和となり、少子化により普通科独立校となった母校が元の職業科のある高校と統合され、一校になるのです。

母校がなくなると聞き、最初は普通科のあの高校がなくなるとは嫌だなぁと思いました。しかし、先週の久しぶりの訪問以降、自分の気持ちが激変しています。
「無くなって良い。」スッキリと無くなってしまえ

今までのものはこれで終わりだ。今から全てが新しくなるのだ。なんて思っています。もう、あんなくだらない劣等意識に苛まれるのは終わりだ。胸をはって生きようぜ。と、今度会うときは友に言うつもりです。母校がなくなるのは素敵なことです。

カウントダウン

旦那の定年まであと3日。なんか表情も言うことも十年前に戻ってきています。今の職場は多少の移動はあったけど、厳しかったです。体も壊しながら、なんとかやっていましたが、一番ひどい時は能面のような顔をしていました。

仕事、金、老後の不安とか、どうでもいいです。いつまで生きるか分からないのに、いつまでも生きるかのように何十年先までのお金のことなんか心配してもしょうがないです。それよりも普通の顔をして暮らせることの方が大切です。
金があるに越したことはないけれど、なんとか暮らしていければいいのです。

とは言っても昨日は車のタイヤを買い替えたし、出費はあります。税金を4月になったら支払わなくてはならないし、どうなるんだろう。やってみなくてはわかりませんね。金の心配より、今のところはだんだん落ちていく体力や筋力を維持するように体のことに気をつける方が先です。

さらばを重ねている

昨年は、長年愛用した車を手放しました。子供も独立し、一人暮らしを始めました。この3月末には旦那がとうとう定年となります。番外編で母校もなくなります。

今年は、「さらば」といろんなものに別れを告げ、新しいことが始まる年となりそうです。去年ですが、子供か独立することをある友人は「寂しくないか」なんて聞きました。子供が自分で生活できるようになったということは本当に喜ばしいことです。何年も前から分かっていたことだし、「よかった」と思いはしますが寂しくもなんともなく、嬉しい気持ちで過ごしています。私が冷たい親なのかなんなのか、心にぽっかりと穴が開くなんて全くありません。洗濯が減って楽でありがたいと思うぐらいです。

旦那がとうとう定年というのも、ようやく激務から解放されるかと嬉しい気持ちです。お金が今までみたいに使えなくなるそうでそれが気になると言えばそうです。でもまぁいいです。

節目というか、さまざまなものにさらばを言い、新しい何かを見つけ始める時なのかと思っています。

リコールの残したもの{個人的なものです}

去年の夏、古い友人たちにリコールのお願いの手紙を書きました。それで、返事が来た人、来なかった人など、いろいろいました。ずっと何十年も年賀状だけのやり取りで、急にリコールのお願いなんて厚かましすぎて申し訳ないと思いつつも手紙を書いたところ、結局はほとんどの人が署名をしてくれました。

リコールはあまりにも杜撰でかえってみんなに迷惑をかけたと感じ、お詫びに廻らないといけないと思っています。複数の人たちなので、一度では回れません。何度か今年は行くことになります。今回のリコール、とんでもないことばかりで金と時間と自分と友人たちの個人情報を出したばかりでなんの益もなく、かえってマスナスばかりだったと本当に友人たちには申し訳ないと思っています。

それなのに、友人たちは「かえっておいで」と何度も言ってくれ、昨日は高校の友人が地元の駅で待っていてくれました。故郷は両親が亡くなってもう自分には無きものであるし、当然私を迎えにきてくれる人などいないと思っていました。しかし、久しぶりに乗った飯田線、そのいくつかの駅をすぎるとすっかり変わってしまった駅だったのですが、友人が待ってくれていました。
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新幹線の往復割引だと非常に早く豊橋に着くのですが、そこで40分も待たせるのは、さすが飯田線です。

豊橋で飯田線に乗り換えます。
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友人の車で今年の3月末で無くなってしまう母校に行き、二人で中を回りました。意外とそんなに懐かしくも愛着もなかったのがこの二人だったからだと思います。

リコールは出鱈目で、やってよかったのかなんなのかわかりません。でも、あの署名依頼を手紙で書いたから、古い友人とこうしてまた会うことができました。そして飯田線。やっぱり私は名鉄より飯田線の風景の中で過ごしたのだと改めて思いました。電車は昔のものと変わってしまい、ワンマンなんて放送していました。でも、車窓から眺める川、山、道は昔と変わらないところも多く、古い駅舎を通り過ぎる時その奥に帽子を被った父がじっと待っているような錯覚さえ覚えました。電車の本数はないし、不便だし、昔はいいとも思いませんでしたが、たまに乗るといいもんだと思ったりして。

昨日は、もう桜がほとんど満開状態でした。昨日のことを旦那に語りつつ、自分の中で昔の青とクリーム色の飯田線が蘇ってくるような気がします。しかし、思い出せるセーラー服姿の私と友人は卒業アルバムと同じで小豆、米粒ぐらいでとても小さく頼りなげなのです。

うん十年ぶりに高校へ行ってきました

卒業してから一度も行ってません。あんまり懐かしくもありません。でも、これが最後の最後だと思うと、行ってみたくなりました。

今日は古い友と久しぶりに現在のことから、昔の高校時代のこと、最後は高校に関する思いなど、ぶちまけあいました。私も友達も出来が悪く、高校ではぺちゃんこに潰れたカエルみたいな感じでその時代の何かが懐かしいなんてあまり思えないこと、友は成績至上主義の高校のやり方がとても嫌だったし、劣等感で自己否定がつきまとい、それが拭いされなかったことなど、色々と語っていました。

そうなんだよな。でも、高校がなくなると聞き、居ても立っても居られない気がし、はるばる行ったのは、自分でも理由はわかりません。多分、これはわかりやすいNHKの朝ドラみたいなものではなく屈折した潰れガエルの心情なのです。あんまりいいこともなかったけど、思い出すのは、この友と遠藤周作や第三の新人たちの文学作品、その他の純文学を二人で読み耽り、通学途中そんな話ばかりしてたこと。本は読むけど勉強はしないし、さっぱりで、できる人たちには劣等生ということで馬鹿にされていたなぁ。

昔、高校生の頃はそんなことを話すのも惨めすぎて口に出すこともできず、何食わぬ顔をしていましたが、歳をとったのか、開き直ったのか、はっきりと二人でそんなことを口にできるようになったのはよかったなと思っています。あれから何十年も歳を取り、恥をかくために高校へ行ったみたいな二人もおばさんになり高校時代の三年間なんか、遥か彼方の後方へ吹き飛んでいます。

高校の成績の優劣で、自分をダメ人間と思い、生きづらくし、その楔がなかなか拭えず苦しかったと友は言いました。私も自己肯定感のなさは折り紙付きだったと思います。ところが、友の語るいろんな話や考えを聞くと内容が深く、とても馬鹿な人には思えません。よく考える賢い人だと思います。でも、パッとしなかった高校時代のことでまだ自己肯定感が少ないように思えました。

生きるのは本当に難しいです。お前はダメだと徹底的に打ちのめされるとなかなかもうそこから出て行くことができません。自分で自分をどうしようもないなぁと思いながら生きているのも苦しいです。私たちは潰れガエルで惨めそのものでした。その潰れガエルたちはゲロゲロと鳴きながら、遠藤周作の沈黙、海と毒薬、神、善とは、悪とはなんて語りあい、あの高校のメタセコイアの並木を重い鞄を持って歩いていたのです。
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文学に逃げていたのか、取り憑かれていたのか、どちらもでしょう。なんにしろ、明るい爽やかな有意義な高校生活とは随分違った生活でした。はるか昔のことです。
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⏫校舎裏のバスケットコートはもう跡形もなかったです。






アルバムがない

高校の校訓が私の覚えていたものと違っているので、自分が間違っていたのかどうか確認したいと卒業アルバムを探したところ、旦那のアルバムは出てきましたが、私のはありませんでした。捨てたかもしれません。

子供も、旦那も「卒業アルバムは捨ててくれ」とさっぱりしたことを言っていたので、私のアルバムも一緒に捨てたようなきがしていましたが、なぜか旦那のだけまだ残っていました。そこで旦那のアルバムをみたところ、これは、捨ててくれと言われてもしょうがないなぁと思えるアルバムでした。大人しい旦那の写真はどこにあるのかわからない感じで、つまらんアルバムでした。

あんまり面白くない。私は自分の高校のアルバムを捨てたか、どうでもいいところに突っ込んだ理由を別高校出身の超優等生の旦那のアルバムを見ていて思い出しました。高校のアルバムっていろんな場面の写真が半分くらいあるのですが、なんと私の友人の写真がなかったのです。そこで私は非常な努力をして、米粒以下に写っている友人の姿を一つ探し友人に言ったところ、「もういいよ」なんて言われちゃいました。かえっていかんことをしてしまったのに気づいたけど、後の祭りでした。

私は小豆くらいに写っていたのが一枚あったかなぁ。忘れました。とにかく私は友人がそんなわけで一人ずつの写真以外は何もないのがつまらんすぎて、アルバムも全くみなかったのです。見る気が失せていたというか、わざわざそう親しくない人の楽しそうな写真ばかり見ても面白くないというか、つまらんので見ても無駄だし、わしら空気以下の二人が小豆と米粒以下のあまりにもなきに等しい存在だったとこれでもかこれでもかと見せつけられる気がしたのでアルバムなんて粗末にして当然だと思います。

やっぱり、アルバムは捨てた方がいいですね。見るたびに空気以下の自分を発見するのは情けないです。笑えますが、これが、そんなに学校なんてあんまり懐かしさを感じない一つなのかもしれません。ただ、その友人が言ってました。「校舎や風景、懐かしい」そうです。校舎、通学路、行き帰りに友人とした文学談義などが懐かしいのかもしれません。アルバムには自分たちの思い出や足跡は本当にないけど、どこかに何か懐かしさを感じているのは本当です。




手につかない

春になると、ひとつ歳をとります。今年も一つまた無事に歳をとることができました。ありがたいことです。

今年の三月は、あんまり何もせず昔聞いた曲や昔を思い出させる曲ばかり聞いています。昔は思い出してもしょうがないと思っていたのに、高校の閉校の話を聞いて以来、何かが自分の中でどっと溢れ出てきて制御できません。このブログにも手がつけられなく、気がついたら何か曲を聴いています。

曲をYouTubeで探して聴き出すとそればっかりです。他人が同じ曲ばかり聞くのを傍で耳にするのは嫌だろうと、旦那がいない昼とか、寝てしまった深夜とかに聴いています。その時の気分で聞いているのですが、その時その場面での曲というのが人それぞれにあり、この曲はこの時代、あの場所を思い出す、あの曲はあの時をなんていうパターンがあるなぁと思っています。

昭和の時代はその曲が他の人とダブルことも多いでしょう。今はそんなこともないかな。

私は、竹内まりやの幸せのものさし、これを聞くと東京で働いていた頃を思い出します。
今までいろんなことをやってきて、旦那に「あんた面白い経験を何か書いてみろ」なんて言われます。しかし漫画やアニメみたいなとんでもないことやハラハラドキドキのことは漫画で読者として見るのはいいのですが、当事者になると非常に疲れることです。痛手も大きいです。何年間か棒に振ることもあります。が、何もないより、面白かったからいいや、ということで納得しています。

猫対策1

先月、猫を庭に出したところ、近所の工事の音に驚き、猫を抱いていた私をひっかきまくりました。そのせいで、私は腕、胸、脇腹、手など五箇所以上切り傷を負いました。猫の鋭利な爪にやられたのです。

あれ以降、猫を外に出すのはたまらんと思いました。旦那が出したいというのをほとんど拒否しています。旦那に「自分で猫を抱いて出したらいい」と言ってやりましたが、旦那は猫を抱くのはできないようで「やってけろ」と言います。しょうがないので一二度出しましたが、うちの猫は凶暴であるにもかかわらず、気が小さく臆病なのがいけません。ヘリコプターの音がしても驚き暴れるし、庭になんか出したら捕まえたときのこちらの傷がえらいことになります。

そこで、近所の工事のない時、かつヘリが飛んでない時に庭に出してやりましたが、あいつの爪にやられるのは嫌なので、皮の手袋と硬い材質の上着を着て猫を抱いて出ることとしています。上着は厚手のデニムぽいものや、人工皮革のものです。私はこれを防獣服と言っています。もう猫を柔らかいモヘア のセーターで抱いて外には出ません。こりごりです。

三月も半ばを過ぎました

先週、さんぽに行ったところ、もうすみれが用水の土手に咲いていました。遊歩道の雪柳も盛りで、遠くを歩く人も小さく見えます。この先は川があり桜並木になっています。桜が咲きだすとこんな誰もほとんどこないところにも人が来るのでしょうか❓
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私は桜の季節は嫌いです。なぜなら、家の近くは桜の名所で桜の時期になると人で溢れ、通勤通学のチャリは通れなくなり、遠回りをしなくてはいけなくなるからです。この頃は外人が非常に多く、物凄いポーズで写真を取り出したりして、通行の邪魔この上ないです。
最近行くこの写真の散歩道は誰もほとんどこないところなので桜が咲いても人は来ないと期待していますが、どうなるかなぁ。

高校時代のあだ名

高校が無くなるのは結構響きました。こんなはずではなかったのだけど。あんまりいいこともなかったような気がするのだけど、フッフッと高校のことが頭に浮かびます。

今日は散歩中に、高校の時のあだ名を思い出しました。そういえば私は るんるんちゃんと大学の時は仲間に呼ばれていたけど、高校時代はOちゃんでした。なんでOちゃん❓かっこ悪くて嫌だったのに、みんなはその名が好きみたいだったみたいで、Oちゃんと言われながら、山奥や遠くから下宿してきていた友の家などで鍋をやったり、また違う友が春休みで実家に帰る時、みんなで泊まりに行ったりしたことを思い出しました。

実名のXちゃんも呼ばれたけど、Oちゃんだった私、懐かしいです。
Oちゃんて言われていた時、楽しいこともあったのだと思い出しました。全てが陽炎のように感じます。

耳が、

実は先週、あっと驚くことがありました。色々と心配していたのだと思います。突然耳が変になりました。聞こえにくいのと右がつまり、、左だけ音が鐘の中にいるみたいに反響しました。翌日耳鼻科に行こうと思っていましたが、朝になるとその症状はほとんどなくなり、少しだけ右の耳が詰まっている感覚だけとなりました。

何年か前に突発性難聴になったりメニエル病になったりしたときとは違っていたので、翌日ほとんど良くなっておるのを感じ、そのままにしています。ネットで調べると耳管開放症にほぼそっくりです。ストレスでなったりするとか。医者に行ったわけでは無いですが、引き金は先週のあっと驚く出来事だったと思います。
情けないです。あんなことで耳が変になるとは...

桜の季節前後は耳が変になることが多々あったので、異変がまたあったら耳鼻科に行くこととします。なんか、ブログを更新するのも忘れていました。

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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