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経営者とスピリチュアル ーヘミシンクピンポンパンを見て思い出したことー

あのスピリチュアルな経営者船井さんが、あの世では迷っているとか...
詳しくはピンボンパンをご覧いただくとして、私は昔、子供の頃に聞かされた母の話を思い出しました。

私の父は自営をしていました。古い知り合いの自営業者が倒産したとき、その様子をそっと見に行ったことがあります。そのことを母に語ったのだろうと思いますが、父からは直接聞いたことはありません。その自営業者は今までの取引先に不渡りを出し、その債権者が押し寄せてきたと言います。その時、ある新興宗教のような、道徳の会みたいなものを積極的に取り入れ、奉仕の精神を従業員に教えていた●●の社長が、どうにもならなくて倒産したかつてのお客さんである自営業者にものすごい罵詈雑言に満ちた責めを行っていたそうです。その時まではそんなに親切とか、情とかには無縁に思われていた他の業者が霞んでしまうほどだったと言います。

私はその時から、この世で一番怖いものは倒産の時の取り立てだと身に染み込んでしまいました。それから何度もその話を聞くにつれ、母の言葉が印象に残って消えません。ー●●屋の社長は道徳経を従業員を洗脳してありがたりながら目一杯働かせる奴隷にしているのだ。あいつはひどい。道徳教は経営のための道具だーそんな内容のことを言っていたのです。そのせいでどこでも売っているその●●屋の商品は私はどうも買えないと言うか、恐ろしいのです。

いつもは仏さんみたいに柔和で良いことを言って、人の道を説いていた人が、そんな人とは‼️とても恐ろしく思います。
父は世の中であれほど怖かったことはないと母に言っていたようです。子供に言ってないと言うことは口にするのも恐ろしかった光景だったのだろうと思います。スピリチュアルを経営に利用する...人食い人間に見えてしまいますが、そんな人にのこのこついていく人も多いのがこの世の幅の広さでしょう。

ローマ法王と亡くなった人々を思う

必ずしも映画とは現実は同じとは言えませんが、ーローマ法王となる日までーの中で、ベルゴリオ[後のローマ法王]さんが自分だけ生き残ったと嘆く場面があります。結び目を解くマリアとの出会いの場です。この場面は映画として名場面で見せ場なのですが、見ているとこんな私でもー今のぬるま湯の中、真剣に生きているのか❓ーなんて自分自身に問いを投げかけてしまいます。

私の外国に行った仲間も複数名、亡くなっています。しかし、私は生きて残っております。道半ばで亡くなっていった友人、知人。それらの人々を思い出すと、スピの場での美しい祈りや、教えを語る人々たちの言葉も色褪せて感じてしまいます。本当に切羽詰まったところで生きている人たちがいて、それらの現実と私はスピの場の美しい言葉や教えにはとてもギャップというか、ついていけない感覚を感じてしまうのです。

自分自身が傲慢なのかもしれません。スピも真剣にやっている人もいると思うのですが、白刃の中を回潜って生きているようなギリギリの感覚とは違うと思ってしまうのです。品行方正なスピの人々の安全な場での美しい言葉はどうも生ぬるすぎるように感じてしまいます。すいません。

ローマ法王と暗い時代{ヘミシンクピンポンパンを見て思い出したこと}2 生と死

ー海、川に沈んだ普通の人々、生き残った普通の人々ー

私はこの暗い時代の後、アルゼンチンに行ったのでその時を生で見ていませんが、新しい政権になってまだそれほど経ってませんでした。アルゼンチン人は外人から見るとみんな気さくておしゃれで気のいい人ばかりでした。
が、後から考えてみると❓を感じるのです。

連れていかれて二度と帰ってこなかった人々は、軍政に反対したり、そうでなくてもそのような疑いをかけられた人たちです。では、今も無事にいる人は❓

1 もともとその政権の賛同者だった
2 活動家など市民を捕まえ、売ったスパイだった
3 反政権派だったが、なんとか捕まらずに済んだ。仲間をかくまったりした
4 独裁政権は好きではないが、目をつけられたくないのでその体制に従った
5 とにかく時の権力の言うことに従った

↑こんなところでしょぅか❓私は国を憂いた人々がたくさん亡くなったことを思うと、この年代以降、優秀な人材の枯渇があったのではないかと思います。正直で勇気ある人たちがごそっとなくなったのではないでしょうか。残った人たちの中にも反政府活動を命をかけてして、辛くも生き残ったという人も多数いるとは思いますが、そんな人ばかりではなかったと思います。
フランシスコ法王の映画ーローマ法王になる日までーでは、3の立場でなんとか生き残ったフランシスコさんが生き生きと描かれています。この映画が全くの真実なのかどうかはわかりません。でも、自分の見知った風景の中の過酷な出来事は何度見ても辛い気がします。

日本人はこれを見ても自分に関係ないと思うでしょう。しかし、投票率の低さや時折聞く、徴兵制度賛成の声など、よく考えて‼️と言いたくなります。ことがマイナスに向かう時は歯止めが効かないのです。映画の中の若い時のフランシスコ法王のように身を危険に晒してきても、後悔は多いのです。どんな時も大勢に従えばある程度安穏と暮らせるとしても、それでいいのか❓と何かの声が自分に問いかけるような気がします。

香港のデモも他人事と考えるのはどうかなぁ、と思います。

とりとめのないことを書きました。

ローマ法王と暗い時代{ヘミシンクピンポンパンを見て思い出したこと}

ヘミシンクピンボンバンを見ていて、ーあぁ、これは本当にフランシスコ法王を見ているーと感じたことがあります。
ローマ法王フランシスコ一世訪問NO3
虫けら以下の存在の庶民、あっけなく殺される多数の人々。殺戮、虐殺。このヘミシンクで見ているものはアフリカだということですが、私にはつい3,40年前に起こったアルゼンチンの軍政時の出来事と重なってしょうがありませんでした。フランシスコ法王の現世の友や仲間たちに実際に起こったことにも思えるのです。

日本はこんなことはないですから、みんなは想像もできないと思います。ナチや戦時中の日本を思い浮かべれば近いかもしれません。
アルゼンチンでは軍政の時代がありました。その時の支配者に睨まれるとしょっぴかれ、そのままみんなの前から永遠に消えるのです。でもそんなに前の話ではないのです。私がアルゼンチンに行っていた時はもう軍政の時代は終わっていたのですが、その時のことをよく聞かされました。軍政に賛成でない人、少しでも反対の意見を持つ人々は軍に捕まり、二度と戻ってこなかったのです。その数も多く、捕まった人々は私が聞いたところによると重石をつけられて、川や海に生きながら投げ込まれたこともあったとか。学生も多く犠牲になり、その当時知り合いや家族が行方不明者になった人も多かったとか。友達や知り合いが実は友を売る密告者だったり、拷問や処刑の残酷さも伴ってその話は相当恐ろしく感じたものです。

映画 ローマ法王になる日まで

一歩間違えれば自分もやられてしまう。そんな時をなんとか生き延びたフランシスコ法王は、拷問され虐殺されたりした多くの仲間を見てきたと思います。ご自身は生き残ったのですが、亡くなって行った仲間たちのことを思い、なんともやるせない思いはあったのではないでしょうか❓

私はローマ法王、フランシスコさんを見るたびに、アルゼンチンの恐怖政治の時の時代が頭に浮かんでしょうがありません。別に特別ひどい人やバカな国民がいたわけではないのです。普通の市民が多い普通の国がこんなひどい軍政の国になってしまったことに怖さを強く感じるのです。
日本は今は平和ですが、何かに先導されて一歩先を間違えるととんでもない恐怖政治に突入してしまうこともあるのでは❓とみんなの警戒感のなさに不安を覚えたりもするのです。

「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える2

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「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える

ヘミシンクピンポンパンに蓮舫さんと伊藤しおりさんのことが書かれていました。ヘミシンクピンポンパンは非常に考えさせてくれる記事ばかりで面白く、記事のアップをいつも楽しみにしています。そんな記事の中でこの頃伊藤詩織さんについて書かれていました。過去記事も合わせると蓮舫さんも伊藤さんと似たような何かがありそうです。

さて、私は伊藤詩織さん、蓮舫さん、二人ともそれほど知っているわけではないですが、伊藤さんに関してはネットで身元も出身校、出身地すらわからない輩だということを目にしてから胡散臭い奴だと思っていたのです。その後、ヘミシンクピンポンパンで蓮舫さんと重なる点などを目にしてから、チラチラと頭に浮かぶイメージがあるのです。彼女らの肢体が同じように見えるのです。
うなじとか、ハイレグの足の線とか、体にぴったしのレオタードの後ろ姿とか。蓮舫さんはもう歳をとってきていますが、イメージとしてはそんな感じが出てくるのです。そこから粘りのついた吸盤のついた管が飛んでくるような...危険な奴らには違いありません。

さて、「遠入」ですが、皆さんはこの言葉を聞かれたことがあるでしょぅか❓私は随分前、学生の頃でしょうか。新田次郎の小説をいくつも読んでいました。新田次郎さんと言えば山岳関連の小説で知られていますが、実は歴史物も書かれているのです。その一つが「笛師」という小説です。維新から明治にかけて尾張藩の下級武士が武士から龍笛を作る人になり、その子孫がそれを受け継いでいくという話です。その中で「遠入り」という言葉が出てくるのです。

その下級武士はお堀下同心の家に生まれました。お堀下同心というのは普段はのんびりとしていますがいざ有事の時に秘密の出口で藩主を脱出させるという役目がありました。その秘密の出口というのは同心みんなが知っていたわけではありません。武士の間では同じ仲間でもどこかに「遠入り」がいるということを知っていたのです。ですので、お堀下同心でも秘密の脱出口は知っている同心と知らない同心といたのです。仲間でありながらどこかで誰かが敵であるとお互いに警戒していたということです。笛師になった武士は実は「遠入り」だと家督を継ぐ頃に親から聞かされたという設定になっています。
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遠入りとは、その家族でさえ、素性を知らないという何代も前に尾張の家臣として藩内に入り込んだ幕府の間者なのです。(小説では幕府のスパイですが、一般的には何代も前からどこかの国に入り込む忍者だと思います)

続く

鍬、鋤、升とは

ヘミシンクピンポンパンの記事の中にhttps://ameblo.jp/masato356/entry-12487932237.html
鍬、鋤、升というのがあり、どうも頭に湧いて離れないのが、地鎮祭です。
家を建てる時、地鎮祭をするのですが、そのときに使うのが鍬、鋤、升なのです。

これは何らかの意味、共通性があるような気がします。初めを意味するのか❓物質界に何かを封じ込める意なのか❓なんとなく私には精神的、非物質的なものを物質化するような、また反対に非物質的なエネルギーを物質の中に封じ込めるような意味も感じますが、それだけでなく何かがあるような気がしします。

地球の初め、物質世界の初めを開き、非物質的な高次の感覚、世界を閉じ込めたような感じが鍬、鋤、升の形にあるような気がします。

鎮め物という箱、これがなんとなく怪しいです。

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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