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瞑想-座禅-

昔の話です。

20代の頃、外国で働くことが決まりました。遠い国でした。
JICAという国の外郭団体から派遣されたのですが、任期は3年間でした。3年間は親が死んでもかえれないという今から考えると昔の軍隊のような決まりがありました。
行き先もペルーとかなんとか...アメリカやヨーロッパのような物に満ち足りたところではありません。

3年間行ったきり...ということを考えると、私はなにか、鍛えたほうがいいだろう...と、思い隣町の禅寺の座禅会に行くことにしました。座禅をしたら、なにか、心もすわり、物事に動じない人になれるか...などとおもったのか、なにかしてないと不安になったのか...いろいろとおもったのでしょう。

なまけもので、ふだんは決して早起きをしない私が、夜明け前の暁天座禅会に何回か行ったのです。
みなさんもその気になって調べると以外に思われるでしょうが、座禅会をやっている禅寺は意外と多く、探せばあちこちにあるものです。
私が行ったところは、母が子供の頃通った幼稚園があったお寺でした。

座禅会に参加した頃は、秋を過ぎて、冬になっていました。冬の暗い座禅堂で、座禅のあいだ、線香がともります。
線香が消えるまで座禅をするのですが、これが-寒い-、体がこわばる...真冬です。やはり、瞑想以前の問題がまたしても襲い掛かってきます。瞑想や、眠気以前に寒さで体の自由がききがたいのです。

そして、線香の終わるのが長いこと...

やはり、座禅はてごわい。

なにしろ姿勢がきちんとしてないとまず、いけません。足をくむにも、両足を組む結跡朕座(けつかふざ)片足だけを組む半跡朕座(はんかふざ)の二通りがありますが、なかなかすっきりとした姿勢とはいきません。
姿勢に気をとられると瞑想しにくく、瞑想と思うと、形が崩れてしまいます。

今から思うとろくに瞑想状態になってなかったような気がします。
ビジョンがみえたような、また、ふっと何も考えないような気もしたかもしれませんが、気が散ることが多くあまり身になりませんでした。

しかし、いきなりはじめた私には長くても、常連のおばあさん、サラリーマンは、平気な感じで座っていたようです。

また、その時におもったのですが、座禅会は常連が多く、当時20代の女性がいきなり行っても、なかなか仲間にいれてもらえません。寺の案内にはどなたにも開かれています...と、書かれていましたが、実際はそういうふうにはいかないようでした。
私から見ると、常連の人は、-自分は大分やっているんだ。おまえはなんだ-なんて高圧的な人が多々いたし、-座禅-という言葉にまとわりついている-無-とか、-悟り-とか、一休さんの-豪放磊落さ-とか、全く想像できない雰囲気も渦巻いておりました。

私は、やっぱり、こういうところは自分のいるところではない...と、思い何度か行き、すぐに出国となったこともあり、その後は-寺-の座禅会には行ったことはありません。

瞑想というのはいろいろとスタイルがあるようです。
座禅は、永平寺の映像とかを見た人にはたまらなく神秘的でかっこよく、素敵に思えます。
しかし、お寺の座禅は、いかめしさと、形式美があるがゆえのたいへんさがあります。
わたしにはどうもそれが難しかったといえます。

瞑想...中学からその魅力にとらわれていましたが、禅寺に行っても-やれた-と満足できることなく、私は外国へと飛び立ったのでした。

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瞑想と雑念

瞑想はいろいろとあります。
光明瞑想、無を味わう瞑想、誘導瞑想、いろいろとあります。
私は、いろいろと目をつむり、何も考えないと思い、思うがゆえにも何かを思ってしまうということに足をとられ、いつしか、瞑想そのものが自分にはなしがたい、非常にハードルの高いものとなって行きました。そうこうしているうちに-瞑想-から離れた生活となっていたのです。

しかし、私はこの2.3年、いろんなところで-瞑想-というものに参加してきました。
参加して驚いたのは、-誘導瞑想-でした。

息を整え、姿勢をただし、雑念を払い、無を目指す...というスタイルではなく、最初から、誘導の声があり、そのイメージを頭の中で作って追って行くのです。

これは、-無-ではないです。イメージを追ったり、作っていくのです。

瞑想は何も考えないものと考えていた私にとってこの誘導瞑想は非常に新鮮で、かつ行いやすいものでした。
イメージがひとつのことに集中してきます。余計なことも考えなくなってきます。

何にも考えない...からはっきりとした視覚化という形に変わることにより、急に私の-瞑想-の集中力はつきだしたようです。

これはいいぞ...私は思いました。



立禅-続き-

前回、太極拳にひかれていたということを書きました。
私は、大学卒業後、何年間か太極拳をしていました。楊名時師に直接教えを受けた先生に習いました。

太極拳といっても、健康体操のようなものです。武術として習っていたわけではありません。
ゆったりとした動きをいろいろな型をとりながらやるわけです。

太極拳で最初にやるのは、準備体操のようなものと、目をつむり、呼吸を整える-立禅-でした。...といってもあれから15年以上たってますので、詳しいことは忘れてしまいました。

覚えているのは、、頭に紐がついており、天井にぶらさげられた操り人形のような感じで力を抜いてゆるやかに立つ。
手は前、横にあるが、まず息をゆっくり口から吐き、鼻から吸う。ゆっくり呼吸をし、心を静める...だったかな?

とにかく、力は抜く。呼吸はゆっくり、だった覚えがあります。

呼吸をゆっくりし、目を閉じ、何も考えない一瞬...
そんな時、やはり私は、心は静かになったが、何かを考えたり、これでいいのか?などと思ったりした覚えがあります。目を閉じると、外の光が黄色く光って感じたり、まぶたの中がぼっと白くなったりしていますが、外の音は聞こえるし、普段感じてない、自分の体の一部がいやに気になったりします。

そうすると、まぶたを閉じ、光を感じながらも-これでいいのだろうか-と、感じたりしまいます。

ただ、目を閉じているのとどうちがうのか...ますます、へんなことを考えたりします。

とはいえ、太極拳がはじまると、その型をするのに集中するので、そんなことはふっとんでいきます。

しかし、つぎのお稽古の時、目を閉じると、むくむくと、余計な考えが沸き起こってくるのです。

考えない...考える...考えない...考える...これが果てしなく続くわけです。 そのうちに考えないと考える自分を考える←なんだそれ?と、なったりします。


以下はお知らせです。

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呼吸と瞑想

少し前にボックス呼吸というのを書きました。
吸う、とめる、吐く、とめるを4.2.4.2.のリズムで繰り返すものです。

これを私は何年か前にやってみました。

吸う4とめる2...いけます。

やれるぞ...ムフフフ簡単だぞ。

しかし、吐く4とめる2

すぐに吸う1.2.3とかぞえるあたりで、くっ...苦しい。昔、子供の頃、プールで息を止める競争をしましたが、それに比するくるしさがあります。

しかし、7回これを繰りかえさねばなりません。
たった7回なのに非常に苦しい...

はっ、はきたい。吸いたい。ぶぉ。リズムに関係なく息を吐き、吸ってしまいました。

息を吐ききらないと苦しく、どうにもたまらなくなります。そのときはすぐにこの呼吸をするのはあきらめました。

呼吸というものは、無意識にしているけれど意識してするのは、苦しく、体、腹筋などを意図的に統御する必要があるのだなぁと、思いました。

しかし、この間、もう一度試みた時、思い出しました。

お腹で息を入れたりとめたりといえば、竜笛、篳篥-ひちりき-の呼吸です。
おぅそうだ。こんな呼吸など比べ物にならないくらい、息を長く保ち吐くということを雅楽の-笛吹き-でやっていたのではないか...
そこで、こんどは腹に意識を集中します。


さっそく楽器を吹いているようにお腹の筋肉を使いました。

うまく行きます。あつくなってきます。自分がゆるぎなく、どっしりとした自分になってきます。

息を吸う、吐くというのは、誰でも同じだ。たとえ、凡人といえども、吐く、吸うということにおいては、-禅-の達人、ヨギーたちと変わらない。その中身の程度はそれなりなのだろうが、吸う、吐くということを意図的にやるのは、ただ漫然と忙しいだけの毎日を送るだけとは、違うのだろう。
やすらいだ気分がいつもの日常との差を感じさせます。

やはり、-呼吸-というものは、大切なものですね。

吸う、とめる、吐く...これだけですが、人間にとって非常に大事なものです。

-プレアデス +かく語りき-によると、
-体と身体が完全なバランスを保ちたいと願う人にとっては規則的な一種の深呼吸の練習をすることはきわめて重要である-と、書かれています。

確かに深い呼吸は、心が穏やかで、どっしりとした気分の時にしている気がします。
反対に深い呼吸をすることで、心を静め、意識を清明にし、怖れのない安らかなきぶんになるのだろうと、思います。

立禅

中学の時は、外で-瞑想-もどきをやっていましたが、弓道をそのうちやらなくなっても-禅-とか、-瞑想-とかに対する興味は心の奥底にひそんでいました。
いまから思えば弓道そのものも、-禅-に似通ったところがあり、-矢-を放った後、確か-残心-と言ったと思います。
矢を放った後は、何もこだわらず、考えない...それが-残心-。当てることをするために弓をひき、矢を放つのですが、手を離したら、全てはなつ...といったことだったと思います。

私は、中学の後、高校でも弓をひいたのですが、指導者のいなかったところでやっていたせいか、ひどく型が崩れていたので直すのに四苦八苦しました。

そのうえに、夏は蚊、ぶよがやたらめったら飛んできて、かゆいのです。
蚊はまだしも、-ぶよ-の痒さときたらハンパではありません。痒くなったと思ったら、腫れ上がってきて、痒い。痛い。と、たまりません。

そのうちになんと、まぶたなんかを刺されたりしたて、じっと立って弓を構えることはおろか、-残心-なんてどっかに飛んでいってしまいました。

というわけで、弓道部はやめました。情けなくも私はぶよで弓道部を去ったのです。

弓道のことはさておき、大学を出てしばらくしてから、私は太極拳を始めました。

そのころ、たまに、テレビで北京の公園のゆるゆると舞う老人達を映すことがありました。
非常にゆるやかで、円を描く動き、指先の動きの上品なこと...そのころの中国は自転車が主な交通手段だったらしく、ゆるゆると足をあげたりしている老人の後ろにたくさんの自転車が通りを走っていくのがとても中国らしく、異国情緒を感じられる風景でした。

私は、太極拳...なんかいいぞ。と思い、習い始めたのです。
習い始めたところ、-太極拳-も瞑想とつながっていることを知りました。

つづきはこの次に...

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瞑想法にまつわる話-1-

今回は瞑想法は書きません。
瞑想と聞くと、特別でなしがたいものと思います。
瞑想、座禅ときくと、なにか人生の道を極めた老人や僧がおこなう非常に神秘的なものであると、反射的に思う人も多いと思います。
しかし、神秘的でなにやらあやしい匂いのする-瞑想-は、人をひきつけてやみません。

私も禅とかにひそかにあこがれていました。

瞑想といえば、-目を閉じて何も考えない-ことをすると思います。
私もそう思っていました。

私が-目を閉じて何も考えない-ということに励むことになったのは、中学の時でした。

中学の時、私は弓道部に入りました。顧問の先生は名ばかりで弓道場に来たこともない人でした。誰も教える人がいない弓道部...先輩の適当な指導で適当に弓を引いてました。後から考えると型もずいぶんいいかげんだったので変な癖がついてしまいました。
そんな弓道部でしたが、そこでは、毎日欠かさず-瞑想-と称して10分以上目をつぶり何も考えないということを繰り返していました。

外でやってましたので、それをみて、他の生徒が笑ったり、わざと大きな音をたてたりします。
おまけに、バレー部の玉が飛んできたりして...
ポカッ...あっ痛...
今から考えると-瞑想-の環境としては恐ろしく劣悪な環境でした。
寒くなると、鼻水が出ます。自分の鼻水はまだいいのですが、友達が鼻をずるずるいわせて、苦しい呼吸をしていると、-大丈夫か-なんて考えてしまいます。←これではだめです。

私は目をつぶり、目に光を感じるだけで、-考えない-ということを考えました。
すると、-今考えたぞ-と、考えて(思ってしまいます)しまいます。

考えるな-もう考えた-あっ、誰かが通った-かんがえてるぞ-
もう、とりとめもなく物ごとがうかび、去っていきます。

そのうちに背中が痛くなったりして、-はやくやめたい。勘弁してくれ-などと思ったりします。

こんなのが瞑想か?
そんなことを考えたりして、とても精神集中も、禅の心も全くつかめず、中学3年間は終わりました。

瞑想法-2-

瞑想をするということは、呼吸を意識してコントロールすることにより、宇宙に存在するエネルギーを取り入れるという意味があるのでしょうか?

カバラの本-実践カバラ入門-大沼忠弘著によれば、

ボックス呼吸というのがあるそうです。

①イスに座り-姿勢は自然なs字カーブ-
②4拍息を吸い
③2拍とめる
④4拍息を吐く
⑤2拍とめる
②から⑤までが①回で、はじめは1拍1秒でやる。これを7回やるのが1セットとなり、まずは1セットを1日やる。
だんだん増やしていってもよい。

これをするとエーテル体とよばれる微細なエネルギーをつかめるかもしれません。

本によると、霊的修業のなかで-呼吸-ほど重要なものはないそうです。

吸う、とめる、吐く
または、吸う、吐く

どんなやり方でも一日に一回でも意識して呼吸をしてみると、違った世界がひろがるかもしれません。

瞑想法-1-

瞑想はいろいな人がやっています。
呼吸法も吸ったり吐いたり、口、鼻と、使い分けたりが面倒で一度先生についてやっても、やり方を忘れたり、めんどくさくなったりしてつづきません。

ぽつぽつと本などで見つけた瞑想法を紹介しますのでよろしかったらどうぞ

まずはソニアショーケットさんの-スピリチュアルティーチング-にある
「エネルギーを取り戻す瞑想法」です。

15分間の瞑想です。
目を閉じて心を開放するだけで意識を高めることができるそうです。

①イスにすわり、足を床につけ、手は膝に、頭はイスの背にもたせかける。

意識を呼吸に集中させる。ゆっくり深く息を吸い、4つ数えながら吐く。そのままで4つ数えて、こんどは4つ数えながら息を吸う←そのままというのは、息をとめて4つかぞえるのか、ただ、吸う、吐く、を4.4.と連続するのか不明です。多分、息をとめて4つかな?

吐く4つ-とめる4つ-吸う4つでしょうか?

③あれやこれや考えるが-私はリラックスしている-とか思い、自分の心を静めるように思いをひとつに集中する。

④15分間何も考えない状態でリラックスする←考えすぎるわたしは、-リラックス-と考えると、-何も考えない状態-ではないなぁ...と、思ってしまいますが、これはやる人の受け取り方しだいでしょうか?

瞑想のやり方ひとつをとっても算数の計算問題みたいにすっきりはいきませんね。



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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
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