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2016 12名古屋ミディアムシップワークです

ミディアムシップワークについて書きました

2016/8/4名古屋アクアワーク

8/4にアクアワークを開催しました。瞑想など書いています。

名古屋アクアワークを終えて

名古屋アクアワークが終わりました。
-いきがい-がテーマでした。
少し感じたことを書いてます。

昔学んだスピリチュアルについて

いったいいつスピリチュアル系の学びに頭を突っ込んだのか?
わかることだけ書いてみます

2014/12/10アクアワーク 自己信頼-2-

アクアワークでは絵を描きます。今回の絵は自分を-木-で描くということでした。

私はよく、自転車で遠くまで出かけます。おばさんが立ちこぎまでしちゃって、よーやるよ。
隣の市のまた隣まで行ったり...自転車で冬の風にあおられながら、ある時は暖かい日差しを背にのんびりと...自転車で走っていると木々の梢の向こうに見える空がいやに青く美しく感じられます。少しだけしか葉が残っていない桜の枝。もう既にすべての葉を振り落してすっくと立っている桜の木。
冬の凛とした空気の中ですべての葉を落とした樹を見るたび、

-冬の木はいい。潔く、立っているさまが好きだ-なんて思うのです。

雪が積もっても、風が吹いても、葉っぱひとつなくただ幹と枝だけで次の春を待っている。そんな姿が私は昔から好きでよく自分の姿と重ねていました。

今回の絵は-木-です。
私は色鉛筆で絵を描き始めました。
木は何にも葉をつけていない冬の木となりました。

つづく

26/12/10名古屋アクアワーク -自己信頼-

名古屋でアクアワークを受けたい...そう思い、アクア講師にお願いしてから、1年ぐらいでしょうか?いろんな人がいろんな人に声をかけてくださり、ワークに常に来て下さる方もおり、本当にありがたく思っています。

一番の気がかりは、参加者がある程度集まるか?先生の負担にならないように、ある程度は集まってほしい...そう思いひやひやしながら始まった名古屋ワークです。どきどきしながら始めたのですが、ふたを開けたら参加者の方が宣伝してくださったりして、毎回多く参加してくださっています。感謝です。

アクア講師のワークは的確なアドバイスと励まし...もう、一度出たらその学びのすばらしさにとりこになってしまいます。
さて、今回は、自己信頼というテーマでした。
進行としては瞑想をいくつもしながら進み、ガイドなどとコンタクトを取る。絵を描き、リーディングしたりしてもらったりといつものように進みました。

今回は初めの瞑想からガイドがそばにいたような気がします。

どうしようもないことだった。
どうしようもないことはある。
それはそれ、

と語りかけてくれていました。

よくやってきた。

といったことも言われたような気がします。

本当に導入の瞑想中なのですが、全く関係ないことをガイドから聞いていました。
そして、
きれいな非常に透明な水がたまっていて、それは涙とも言っていました。すぐにもう一つの水色の水がたまっているところもあり、
次はこれだ
とも言われました。手を入れたら冷たくなかったのがびっくりでした。きれいな水色でした。

つづく

名古屋アクアワークが無事終了しました

名古屋アクアワークが終了しました。
テーマは自己信頼でした。今回は8名様参加されました。みなさんの、絵をみてのリーディングはなかなか鋭く、すばらしい読みをされている方ばかりでした。

内容はおいおい書いていくこととします。

今日のワークに参加のみなさん、そして先生、楽しく有意義な学びの場をもたらしてくださり、ありがとうございました。

ひさびさのワークで少し疲れましたが、個人的には濃いガイドとのコンタクトが取れたように思います。
やはり、学び続けることは大事です。この調子でまだまだ名古屋ワークも続きます。よろしくお願いいたします。

アクアワーク瞑想-2-

瞑想では川が出てきました。渓流だそうですが、私は
アマゾン川でした。
すぐに広々とした川で広くても船で簡単に渡れるところが出ましたが、誘導瞑想では渓流です。
もっと上流だろう!無理に思い浮かべた感がありましたが、森に囲まれた川、なんとか出てきたイメージは
アマゾン源流でした。
これでサルやなまけものが出てきたら、○○先生だったら、-心境が低すぎる-と言われるところですが、ほっほっほ...アクア先生だし、空中から俯瞰しているイメージなので、動物は出ませんでした。
これを後、言葉で表現すると?と先生に質問されました。
即座に
国境と答えました。これはペルーからブラジルの国境だと思いました。なぜなのか?理由はないです。
川については船で簡単に渡れると思いました。しかし、川岸までのジャングルが底知れない雰囲気で、そこを超えるのが大変だと感じました。この川は現実の越えられないものを象徴しているようでした。
確かに、このごろの心境としては、越えられないものは意外と簡単に飛び越えられそうなのですが、それを超えるために、自分でまだわかっていないところをくぐり抜ける必要があると思っていたので、大いに頷けました。

ガイドからはアドバイス、なにか言葉をかけてもらい、物をもらいます。
ガイドは、アドバイスについては
-ない-とさっぱりしたものでした。
続けて-わしはおる-それだけでした。

ガイドはいつもと同じ小さいひとでした。先生の説明によると私がこのごろ一人で悶々と過去にさかのぼることをやっており、ガイドに聞く、ということは何か月もしていない。←本当だ。そうだよ。
だから、近くにいるよ、ということを言っているということでした。

あっ....そうだ。苦しいとき、いろんなとき、心の中で聞いていた。そんなことも忘れて、ひとりで苦しい過去への旅を続けていたのだ。
ガイドと一緒に歩いているのを忘れていた。

ほっ

少し体がリラックスするような気がしました。
過去への旅...独りよがりではなく、ガイドとともに...歩く。すると国境が越えられるのだろう!ペルー側のジャングルは怖いような気がします。この瞑想のアマゾン川はこの森を抜けることにつきると思っています。

アクア名古屋ワーク-枠を超える-瞑想1

アクア講師を招き、ワークを開催しました。お集まりくださったみなさま、ありがとうございました。

個人的には今回は、瞑想が印象的でした。

枠を超えるというテーマに沿った瞑想でした。野原のようなところをこえて、泉のある山の中へ行くといった誘導だったと思います。
が...野原、花畑...美しい風景の中を行くはずが、誘導瞑想の声とは全く違うところへ向かっていました。最初の草原や遠くに見える山々...緑に覆われていて美しい...のではなく、冒頭から、雪原、むこうには雪山、全ては白く雪に覆われていました。この風景は実はワークの導入のチャクラとハスの花の瞑想の時のしょっぱなにも現れました。

以下瞑想実況
白い原、白い山々、それをガイドと眺めている。雪の世界だが、意外と寒くもなく、つらい感じもない。深い雪だが、困難も感じない。そこを歩いているのか、ずっと眺めているのか気づいたら、光景が代わっていた。
先生の声が聞こえる。花、緑の風景らしきことを言っている。しかし、

黒い、八方に広がる世界をすごい速さで飛んでいる。しかし、周りに見える光はそんなに動かない。あちこちに見えるのは、星、惑星と気づく。あれは木星?、宇宙か?
宇宙にいる。星...それでもずんずん進み、なにもない真っ暗な広がりを進んでいる。
ここでまずいと思う。まずい、いかん、ブラックホールか?これ以上進むとなにか恐ろしいようなことになりそうだ。戻ろう。向きを変えてもとに戻ることとする。星が見えて、地球の側面、青いところが見えてそこからはふっと切れ、気が付くと先生の誘導の水が出るところに来ていた。

水は、泉とかではなく、ちゃんと蛇口があって蛇口からひねって飲めるようになっていた。これを飲むと今まで通ってきた困難など、くぐり抜けるために必要であったことが言葉でしめされるということらしい。今回は結構ふらふらしていたこともあるので説明もあまり覚えてないが、そういう意味だったと思う。何がでてきたか...
一字であった。

これは、今の自分にまさにふさわしい言葉でした。
このところ、昔の記憶をさかのぼろうとしてもなかなかできません。あることがあり、記憶を探ることをしばらくやっています。記憶を探ることで現在をよりよくするという目的なのですが、これが意外と大変で昔の記憶というのはさかのぼろうとするだけでひどくわが身を疲労させることになっているのが実情です。

また、昔から私は忘れっぽく、忘れるということで他人になじられたり馬鹿にされたりしてきたので、忘れるということにはマイナスポイントしか感じなかったのですが、
ということで、なんとか生きてきたのかもしれないと感じたのです。また、現在無理して思い出そうとしている昔のことも-忘れる-という必要性があるのだから、無理に引き出そうとこだわるなということなのかもしれません

つづく

ブログ再開します-アクアワークで言われたことが現実に-

忙しさもひと段落つきました。

ブログも毎日書かないと、そのままずっと何も書かずに終わってしまいそうですが、いちど休むと少し書くだけのことでもめんどくさくなったりして...なまけものはいけませんね。

書類をそろえたり、書いたり、その合間にある-職-に応募し、5月から行くこととなりました。4月は、予期せぬ症状に見舞われ、-大丈夫か?わし-と思ったりもしました。頭もその他もおおぼけ状態だでした。

しかーし...
金じゃ、金が要る...と思い、さがしたところ、たまたまある職を発見...正直言って何をやるか、はっきりわかっていなかったのですが、過去に習得した-免許-を持っていると数百円時給が高いとの但し書きに応募する気になりました。

歳も歳だし、面接のときは若い就職浪人の子もいたし、それほど期待はしてませんでした。そうこうしているうちに、私が主催しているこもれびやまで、ワークが開かれました。神戸のアクア講師をお招きしてのワークです。
テーマはtrue color-です。内容は参加者が先生の誘導に従って、色をテーマにリーテ゛ィングしたり、瞑想したり...ということでした。

先生のワークは毎度のことながら助言が的を射ており素晴らしいのですが、今回
-やっ-と思ったのは、みんなが誰かの絵を見て、その人について語ったりする場面がありました。その中で私の絵を見て(もちろん絵を見る人はだれの絵かはしりません)
-変化がある。違った環境、人に出会う。いままでやってきたこと、経験を生かして新しいことを始める-なんてことを言われてしまいました。そのあと、後ろ向きに座って裏の人について言う、ということもやったのですが、同じようなことを言われました。

ぐぉぉぉぉ....

この時は-職-には応募していたのですが、採用かどうかはまだ決定してませんでした。

しかし、このリーディングについて、
-もしかして、採用かも...-とふっと思ったのは事実です...翌日、採用の電話が来たのにはびっくりしました。そして、現場に打ち合わせに行ったとき、リーダーの方が
-○○の経験がある人が来てくれるとは...よかった-なんておっしゃったのです。

確かに、私は○○の経験かつ免許はもっており、素人よりはわかると思っていましたが...あとから思うと、そんな経験の要らないどしろうとでもよい近くの現場のほうがよかったような、悪かったような?

規模的に大変そうなところなので、大変だったら、やめることとし、明日から行ってまいります。

theme : 日々のできごと
genre : ライフ

12/5アクアワーク -自己受容、自己肯定-

12/5にアクア講師をお招きし、ワークを主宰しました。テーマは -自己受容、自己肯定-です。
今回は定員が先行予約段階で埋まってしまいました。一度アクア講師のワークに出られた方はその学びの実感、手ごたえに驚かれるのですが、なかなかないアクア講師のワーク...今回も充実したものとなりました。

私は-こもれびやま-での催しでは主催者なので、ワークに参加しますが、一般参加者の時と違ってワークに100パーセント集中はできません。なので、感じたことも普段よりは忘れてしまったりすることが多いですが、気づいたこと、体験したことを少し書きますね。

瞑想では、ガイドが出てきますが、今回はいつもと違う姿でした。しかし、中身は同じような気がしました。先生によると、私のガイドはあまり仰々しい恰好では出てこない。いろんな姿でてくる。とのことでしたが、このいろんな姿で-えっ-というような奇をてらうような、面白いような姿はなるほど私のガイドだろうと合点しました。

また、途中で、誰かが色を塗った紙を見てどんな人か?誰か?いう実習があったのですが、これは自分の感覚を客観的に信じれるものとなりました。
なぜかというと、その人の能力、たとえばヒーリングができる人、とか、女性性、男性性に富んだ人とか、ざっと詳しい具体的なことが頭に浮かび言葉が出てきました。そこで、では誰ですか?
と聞かれ、Tさんでは?と答えたのですが、実はMさんでした。人は外しました。しかし、この外したことが自分の感覚の確かさを裏付けてくれたのです。

私はMさんとは以前から親しくしており、ヒーリング能力、女性性に富むことその他のことなどよく知っていました。紙を見たとき、自分がヒーリング、女性性などとMさんそのもののことを続けざまに指摘していたのですが、意識の上では、その絵をMさんのものと全く思ってなく、Tさんと思い発言していたのです。

これは、Mさんと予想していて内容を当てたわけではないので、思い込みとか、最初に予想しているとか、ではなくなにか見えない感覚で相手をつかんでいたということの証明にもなりました。私もこの学びを初めてある程度になりますが、今回の実習は本当にワークのテーマ-自己肯定-自分の思っていることを信頼していいのだということを実感させられました。

theme : スピリチュアル・ライフ
genre : ライフ

アクアワーク マイストーリー

名古屋でのアクアワーク、マイストーリーということで自分自身について知るということ...そんな大げさなことではなくても、自分の習性のようなもの、それについて何かの示唆が得られればと参加しました。

いつもはいろんなことをすぐに書き連ねるのですが、午前のワークで得られたアドバイスと、家族にまつわることなど...量が多く、いつものように書けません。が、一つだけ書くこととします。

ワーク後半の瞑想で、ガイド(確かそうだったと思いますが、導いてくれる光の世界の人だと思います)から最後におみやげをもらうのですが、

それは、-泡だて器、ものを撹拌する道具-でした。

その時にふっと浮かんだのが-メスクラ-という言葉...あなたはかき混ぜる という意味のスペイン語です。それと同時に-よいケーキができるぞ-との言葉。

ところで、前半のセッションでも質問したり、答えてもらったりしたのですが、その一つが、
私はいろんなことをやっており、なにひとつ大成してなく、なにもものになっていません。おびただしい数の学びや芸や職業...いろいろとやってきたけどひとつもものにならず、一級のぼんくら星人となっています。いろいろとやっても、なかなか芽が出ないし、金ばかり使いなにもならない。しかし、相変わらずいろんなことに興味があり、好奇心は抑えることができません。ただのぐうたらな のーなし...それを思うと、こんなんでいいのか、と思ったり、なにか一つのことに集中した方がいいのか?と考えをめぐらしたり...なかなか私にとっては悩ましい問題なのです。

そのことについて、前半のセッションで言われたのが
いろんなことはばらばらではなく、それを集めて一緒にしてものにしていく、なんてことでした。そして、この瞑想時の-ミキサー-まさに物を混ぜ合わせ一緒にするということでした。図らずも同じことでした。

先生の説明によれば、いろんなこともばらばらに見えるが一緒に合わせて統合していく。なんとことでしたが...
このワークが終わってからはっとしたのは、
そういえば-めすくら-ってあんた、混ぜよ っていう命令形だよ...

混ぜればいいんだ、混ぜろよ、そうしたらいいものができるから...というガイドからのメッセージと贈り物だったのだろうと気づきました。今までやってきたばらばらのこと。論理的なもの、感覚的なもの、実利的なもの、などなど...混ぜ合わせてその先に自分のできることが見えてくるということでしょうか?

いまのところはここの材料をもっと高めるべく、すべてをあきらめず、たんたんと勉強し続け、どれもやり続けるだけです。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

昨日はセッション、ワークでした。

アクアワークを名古屋にて開催しました。

私はいろいろと縁戚がらみで聞きたいことなどがあったので、セッションを受けました。とにかく情報量が多くいろんなことを言ってもらいました。自分自身のことはもちろんですが、後半、だんなの実家関係について聞いたところ、自分の知っているだんなとまた違う人物像が浮かび上がってきました。

いろいろと苦労しているのですが、全くそう思ってないと言っていたのでそう苦労はないと考えていたのですが、セッションでは私が旦那に出会ったとき感じた、並ではない苦労だ、ということをもう一度再認識させられました。

今回のセッションで思うのは、自分で-自分は不幸だ、運が悪い-という人はそれほどでもなく、ずぼずぼに苦労の中にはまっているとそれが当たり前で-まだまだ-と思ってしまったり...自分自身ではそんな自覚がなかったりすることがあるのだと思いました。

また、苦労と言っても、家庭がしっかりしてなくて、子供なのに-親-の親役をやったり、金銭的に厳しい状態だったり...といった不幸、苦労があるかと思えば、金銭的には余裕があってもあちこちに養子に出されて、冷たい環境で育つという苦労や、両親がそろっていても、体が弱く、入退院を繰り返す苦労だったり、早いうちから親兄弟友達を亡くす苦労だったり...人によりそれぞれだなぁと思わされました。

人の人生はそれぞれ全く違い、その苦しみも違うのだと、今回はしみじみと実感しました。

苦労してきた旦那には、もう、背負わなくてよいのだと、そんな言葉が出てきます。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

自分軸ワークの時の、思いがけないもの

自分軸ワークに限らず、誘導瞑想をし、その中でガイドに逢ったり、その時々のビジョンを得るのですが、大体は、その内容からは逸脱せず、ずれても本人に対することであることに変わりはありません。

しかーし、今回の自分自身を見ていく瞑想の中で、
どこか、いつぐらいか?昔のヨーロッパの街の中、そこをマントをひるがえして自転車で走っているおじいさん...さっと、場面は漫画の進行のように変わり、大きなどっしりとした石造りの建物が。また画面が変わりそこでそのおじいさんが本をめくり調べ物をしている...

これは自分を見ていく瞑想だったと思いますが、うーん。こういう場面はあんまり出たことはないがなぁ、と思いつつ、そのまま過ごし、みんなで少しずつシェアをする時がきました。

これこれこういう場面で自転車のおじいさん、多分大学の先生かなぁなんて言いはじめたら、
先生とMさんが、びっくりして目を丸くしています。

そっそれって...
あわてて先生が話し出しました。
なんと、その情景、人物、もろもろが、実はMさんの過去世と酷似していたそうなのです。過去のリーディングで出たMさんの過去世とそっくりそのままの情景を私が語りだしたのでびっくりされたのです。
びつくりはこちらもで、なんで自分の自分軸を探っていてMさんの過去世となっちまったのか?

それは、実はワークが始まる前、私は先生に
-人に過去世を見てもらったことはあるけど、自分でみてみたい、先生の指導の元ならもっと合点がいく気がする-などと言っていたのです。自分でみてもそれが本当かどうかわからない、これこそそうだ、と言う実感が得たいのだ、と思ってそんなことを言ったのですが...

本当に私が語った大学のおじいさんの姿はMさんの過去世と酷似していたようなのです。

これは、先生も、私もMさんも唖然とするくらいでした。

しかし、なぜ、自分のことをみていてMさんの過去世が闖入してきたのか?

先生によると、Mさんと私は向かい合って座っていたということでチャクラが結ばれていたのでは?ということ。
また、Mさんも疑り深く過去世はこうだったと言われても今一つ信じきれない、疑いの気持ちが残っていたということからこんな形で自分の過去世を語られたら信用せざるをえないということ。そして、私のほうは事前に過去世をみたいが、本当かどうか、信じきれないので実感を得たいということを事前に話していたので、それがそのまま答えとして図らずも見えたということであろうということでした。
もちろん、本人同士事前に了解してないのですが、Mさんはすでに顔見知りで、過去世を私が見ても-よろしい-とお互いのバックの霊界が了承していたのだろうということでしょう。

これはすごい一致でした。

過去世をみたい、と言っていた私の言葉をガイドは知っていて、そのまま過去世というものを見せてくれたのです。しかも、それが間違いないという証拠付きで です。

このよで何気なく発した-過去世が見たい-と言った言葉に、証拠のようにそのビジョンが出てくるとは...ガイドやその他私たちを見守ってくれるエネルギー体も幻想ではなく今現在に実在していると実感せざるをえません。すごいです。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

自分軸-牛としゃれこうべと、仏教、インド...

最初の瞑想の感想で白い牛のことを言いました。
すると先生に、なんか、インド的なものにかかわっているか?やっているか?聞かれました。

その時、まだインドの王様のことは言ってなかったのですが、先生はインド的な何かを察知されたようでした。

そしていくつかの瞑想で仏陀の若い時のような人と、しゃれこうべが出てきました。瞑想の間の感想も少しずつなので全部は言えないのですが、しゃれこうべのことを言うと、
先生が、-修行僧的なところがあるからだ-とおっしゃいました。

私は修行僧的なところがあり、そのようなことに夢中になりすぎるきらいがある。死、無常の世界のことに没頭しすぎて現世のことを忘れてはいけない、とのことでした。これは...そうだとうなずかざるを得ませんでした。

なぜなら、この頃私は
現世的な望みや目標、それを強く持ちそれに向かってまい進するのがいいのか?それとも
そんなことにあくせくする欲そのものを捨て去った方がよいのかもしれないと思ったり、現世を仮の世の魂の修行場として考えれば、地上のことにかかわずらうことすら、道から外れているのでは?と思ったり...

かと思えば、肉体でできえることは肉体を持っている現世でしかない。その世を目標を持ち精いっぱい生き切る方が真の生き方なのでは?などと思ったり、揺れ動く心境でした。

しゃれこうべは、精神的な修行にまい進するだけでは、-現世-に存在する感覚から遊離しているぞ、ということを表していたのでしょうか?アクア講師の解説で腑に落ちる感覚がありました。
そして、一連のインド的なビジョンはアクア講師のヒントで、私のガイドと関連もありそうだということがわかりました。

今回のビジョン、イメージは後になって、あぁ、とわかるものが多く、いまだに全部はわかっていませんが、自分そのものに関する多層的な意味をも含んだものであろうと思っています。

つづく

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

自分軸-牛-

残念ながら、今回のワークではやったことをこと細かく順を追って思い出すことはできません。

印象的なことだけ、記憶に残っています。

そのなかの-牛-
最初瞑想で浮かんだのは牛の白さでした。白い牛とは実際みたことはありません。
薄暗がりの中に白く浮かび上がる白い牛...それは怖くもおそろしくもなく、よく知っている非常に懐かしい
-何か-でした。なつかしい...そんな感覚を瞑想の後思い出していたら、

これは、もしかして
十牛図ではないか?と思ったのです。
十牛図については何度か書いています。牛は悟りであり、牛を探す旅は自分を探す旅でもある、そして失くしていたと思っていた牛は自分であったと、失くしていたのではなくもともともっていたのに気付かなかったのだ...と鈴木大拙の説では言われているようです。

自分軸で-牛-が出てきたということは自分自身をつかみ始めたということでしょうか?瞑想の中でその後もたびたび牛は現れ、私は子供の姿でした。子供の私は牛の背に乗りながら上へ手を伸ばしていました。上に風船があるようでそれを持っているか、取ろうとしているか?そんな姿だったと思います。

深い懐かしさの中で、牛の背に乗っていたかと思ったら、つぎは仏陀の若い時のような、王子様のようなものとインドの王様、ビンビサーラ王か、誰か?ブッダに関係ある王様のような気がしました。これはちよっとびっくりしました。いままで私の瞑想には王様とか、なんだかんだ身分の高い人は一度も出てきません。それが仏陀の出家前のような人、インドの王様です。インドと言うのも初めてだし、仏教というのもいままで基本的に出てきませんでした。なので自分の思い込みではないと思います。

仏教の偉い人が自分についているとか、言いたい人なら思い込みもあるかもしれませんが、あんまり縁がないと思っている私に出てきたので、これは信じてもいいだろうと思いました。

そして、終始出ては引っ込み、また出ていたのはしゃれこうべです。そのしゃれこうべは頭が長く、くりくりと床屋の電灯のように回転していました。

ややっ...なんだしゃれこうべ...しかも、ネアンデルタール人かもしれないぐらい後頭部が長く大きいぞ...なんか、不気味だ。ひっこんでくれ...と思っていてもしゃれこうべは言うことを聞かず、くりくりと回り続けます。

まるでしゃれこうべの独楽です。

白い牛、しゃれこうべ、仏陀みたいなひと...なんだろう?そんなことを思いつつも瞑想は終わり、みんなでその内容を披露していきます。すると、先生の解説で!
つづく

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

自分軸ワーク-1-

アクア講師を招き―自分軸-のワークを開催しました。

自分は何なのか?自分は何が向いているのか?やみくもにいろいろなことに手をつけやってはいるけれど、一体これから先、それがどうなるのか?
知りたいことはやまやまですが、そんなことをセッションで聞いてもどうにもならないし、とりあえず-これをしたい、なりたい-と思ったら、それに近づくよう地道に努力するだけなのですが...

このブログでもさんざん書いてきたように、チャネラーにもガイドにも具体的に-こうせい、ああせい、こうするな、これがおぬしには向いている、使命だ-なーんて言われたくても言われず...

まさに、沈黙...です。自分としては、何かを始めてなかなか芽がでず、
-だめだ、こりゃ-とか、-もともと能力がないのだ...-とか撃沈すること数知れず...
そんなことを繰り返しているうち、ミディアムワーク、クラスに出ることとなり、できえないと思っていた-霊とのコンタクト-ができる、ということにきづきました。それから、なんとなく、これは、他のことにも通ずるかもしれないと、いままで無理だったと思っていたこと、道半ばであきらめていたことに挑戦することとなりました。

しかし、なかなかこれらは難関で、思うように事は運びません。でも...できないことは多々あれど、少しでも前よりもできることがあればそれを喜ぶこととしました。これだけやってすこししかできないから、だめだではなく、これだけやってもできなかったらやれるまでやり続けるだけだ、と開き直った気がします。

いろんな課題に向き合う時、ふっと頭をよぎる感覚があります。
これだけしかできない自分は、才能がない、あきらめたほうがいいだろう...前まではそうでした。しかし、あの見当はずれに難しいミディアムシップの感覚が少しでもつかめたのだから、全然進まなくても気にしない。ちょっとでも進めばいいのだ。やれるまでやる。それだけだと、思えてきました。

そんな折、自分軸のワークです。

自分は何がやれるだろう?前よりは多少、自分の自分に対する信頼とか持続力が増したと思いますが、どこかで心もとない感覚。やれるんだろうか?また、何かを世俗的に成功させようとすることは、欲にとらわれていることで、なにもしようともしないほうがいいのでは?なんて思ったりも...

未だ道半ばの人生を歩んでいる自分が、こうしたい、ああしたいと思いつつも、その中でも迷いがあったり、自問自答することが多かったのですが...

今回のワークのしょっぱな...瞑想でのことです。

牛が出てきました。白い牛です。牛が出てくるとは初めてです。牛は大きく立派で角もありました。おだやかですがしっかりとした目つきをしていました。

牛...これはなんだろう?と考えてましたが、この牛...複数の意味を持っていることに気づきました。

つづく

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

-こもれびやま-のイベントワークが無事終わりました

-こもれびやま-というスピリチュアルワークなどをするところを一応主催しています。

今回はアクア講師をお招きし、イベントワークをいたしました。
-自分軸-ということをがテーマでした。

今回のワークは、ややっ...なんとっ...と勝手に一人で盛り上がることもありましたが、それぞれ適切かつ深い気づきが得られたようで、主催者としては本当に満足いくワークでした。

ワークの詳細、私の気づきについてはまた書きたいと思います。
やっぱり主催者と言うことで、途中で空調のことを心配したり、みんながなにか困ってないか?ふっふっと思ったりして、それ程詳しく内容を覚えてませんが、それなりに気づいたこと、思ったことなど、こののち書きたいと思っています。

しかーし...お昼に食べたミスドのグラタンパイ、なんかグラタンの量が少なかったなぁ...やっぱりソーセージにすればよかった!
どうでもいい悔いをいまさらながら感じていますが。それはさておき、

今日ワークに参加のみなさん、アクア講師、ありがとうございました。

ジューンさんのワーク⑧ 実際にやってみたオーラグラフ、ソウルグラフ

やっと実習についてです。

画用紙に簡単な人の形を描き、その上にぱっとひらめいた色を上乗せしていく...
ただ、それだけです。

あ、その前に相手の方と手を合わせ(左右上下反対方向)下向きの手からエネルギーを出し、相手に感じてもらいます。
今回は、お互いに左手が上向き右手が下向き...でやりましたが、この手を組むときに、
下向きが出すのか?上向きが出すのか?あれあれれ?と少し戸惑ったりして...

大体手から何かを出すとか、あげるとかというと手を下に向けて出したりあげたりすることが多いかと思います。ところが、この実習では下から火山のように出す。噴出するといった感じでした。また右手、左手と出す手を指定されなかったので、左からにたまたまなりました。
のこぎりでも、西洋人は押して、日本人は引いて、と違いがあるので、手のむきもちょっと戸惑うのだろうと思いましたが、このワークの後、

手が、疲れる、痛い。重いと一週間ぐらい手の倦怠感におそわれてました。
これは、もしかしたら、この時の手の方向、出す手の違いによるのでは?なんて考えてます。自分には、右手を下向きにし、右手から出す。左手を上向きにし、左で受け止める...そうするとよかったのではと思っていますが、やってみなければわかりませんね。また、疲れたのは違う原因があるのかもしれません。あまりにも力みすぎたせいかもしれませんが。

そして肝心なのが、
意図です。もぅ、ワークからちょっとたってしまったので忘れましたが、

相手のことを教えてくれ、と頼んだり、
質問を霊界に向かっていくつか投げかけることをする。自分が相手のオーラを読むことにより、なにを知りたいか、明確に明らかにする。→意思を鮮明にするということが大切だろうと思います。

そして描きだしたら、躊躇しない。とにかくでたらめでもよろしーと不安、ためらい、よく描いてやろうとか失敗したくないとか、そんな気持ちは捨てる。どうにでもなれと、恥もなにもかもかなぐり捨て、
描く

そのためには、ジューンさんの言葉を信じ、速く描けといわれているので、そのまま、はやくどんどんパステルで描いていく...


そんな感じで描いてみました。
いい悪い、やれているかいないか?などのことを捨て、描いただけあって、なんともいろんな色の混じったオーラグラフ、ソウルグラフとなりました。

そして描いた後に、それを見ながら相手の方の状況、内面、その他をリーディングしていきます。

これが、やってみたら、いける。やりやすい。すごい。自分で描いた
いろんな部分のいろんな色を言っているうちに、すらすらと相手の方のことが言葉として出てきます。
そして、相手の方も私のことをいろいろと言ってくれますが、
これが、あまり知らない方なのに、
あたっている...

オーラグラフ、ソウルグラフ、うまれつきの霊能者でないものにとって、目に見えない世界へと繋がるすばらしいツールだと思います。普通の者でも、オーラグラフを描くことにより、左脳の動きが抑えられ、いつの間にか、創造の泉、この三次元以上の世界と通ずることが出来るのでしょう。


ワークの後、ジューンさんのタイムトラベルワークの誘いがあり、行きたくなったのですが、その後、体と手が異様に疲れてしまい、いけなかったのが残念です。

ジューンさんシリーズおわり

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

ジューンさんのワーク⑦ ひらめきからオートマチックに描き始めること。オーラグラフ

右脳、左脳の話はつきることがありません。
よく右は創造的、左は分析的と聞きます。ジューンさんは左は一つしか出来ない、しかし、右は一回にいくつものことをする、と仰います。
左は自己エゴ恐れなどをもっているが、右は全体に繋がっており、より、ホリスティックなのだ、と言います。

そんな説明の合間、
みんなに、やってみろと言われたのが、
右足を左回り、左足を右回りなどの各足で逆周りに回してみるということです。

これが...できない。ちょっと回ったと思ってもすぐに、同じ方向に足が回ってしまいます。

これが上手く出来る人は右脳の働きが良いとのことだった気がしますが、わたしは全くダメでしたよ。

ここからは実際のオーラグラフ、ソウルグラフをするときの説明だったと思います。

まずは繋がりたい霊を選ぶということ。それには、
-この人は◎◎といいます。私の◎◎です-こんな感じだけ、言うそうです。

そして、肝心の受け取りは、
①ひらめき、インスピレーション
②自動的に話させられる?

ちょっとこのことは今書いているとちょっと?ですが、
よくある芸術家がひらめいてささっと書いているのはインスピレーションだということでした。そして、凡人は、②の自動的、といった形がよいのだということでした。

オートマチックということは、何も考えずに、とにかく書き出すということということです。
書いてから後、意味がわかるということです。
 
このオーラグラフというのは、
とにかく、オートマチックということを開花させたいということでした

バステルを選び、
-書きます-と意図し、書き始めるのです。

とにかく、オートマチックに、速く、書き始めるのです。考えなく、とにかく描く、描きまくる。

なにを見て描くかではなく、描いた後に、なにを受け止めれるか、何が見受けられるか?そんなことが重要だそうです。練習すれば上達するとも...

というわけで、実習に入りました。

つづく

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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