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12/6 水 名古屋アクアワークのお知らせ

申し訳ございませんが、以下の↓ワークセッションは中止となりました。
お申込くださった方、ご迷惑をおかけしてすいません。来年もワーク、セッションを開催しますのでよろしくお願いいたします。

☆2017/12/6名古屋アクアワーク開催のお知らせ☆

内容 スピリチュアルワーク(オールレベル)の予定

日時 2017/12/6水曜日 1時10分より4時10分まで
会場 名古屋市内 栄、矢場町近く

参加費 5,000円

こもれびやま会員さま以外はゲスト参加費500円が必要です。

同日11時から1時間 スピリチュアルセッションも受けつけます。

ゲストさまはゲスト参加費500円が必要です

詳しくは↓こもれびやまNEWをご覧ください

2015年ミディアムシップクラス 冬1-3

続いてOさんのデモンストレーションです。
身内の○○ちゃんが出て来ました。普通想像とかでは出てこないエビデンス...

やはり、霊界はあるのだと感じます。

クラスでの誘導瞑想 続き

誘導瞑想...夢を見ているのとは違います。椅子に座り、座っているぞ、目をつぶっているぞという意識はちゃんとあります。途中で、誰かがくしゃみをしたら、-誰かがくしゃみをしたなぁ-とわかるし、気づきます。

普通に座っている...その状態で、目をつぶり、想像する。夢想する...だけともいえますが、100パーセント自分の想像だとも、霊界や高次の存在からのメッセージや映像が頭に浮かんでいるのか、どちらともいえません。
人によっては誘導瞑想で、深く意識が飛ぶような状態になるかたもいます。そうなると、自分の意識で作り出されたイメージでなく、なにかの映像、メッセージを強く受けた、となるかと思うと、そうはならず、覚醒意識から無意識→深い眠りに落ちてしまい、なにも覚えてない、となることも多々あるようです。

私は、誘導では、寝入ったことはなく、いつも何らかのイメージが浮かびますが、
イメージに、なんだかわけのわからない妖怪のたぐいなど、いろいろな存在とだんなまで出てくると、これは...
妄想か?願望か?なんていつもの疑いの気持ちがでてしまいました。

いくらなんでも-だんな-が瞑想に出てくるとは...変ですが、まぁそういうことです。
いつもの軽い山歩きのように、私の荷物を少し持ってくれているような感じでした。

今回は、なぜか気が散り、ぐっと集中してないような瞑想でしたが、自分といろんな存在が一緒に歩んでいる気がしたのは、満足でした。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

クラス 4回目 誘導瞑想、その他

クラスの誘導瞑想をする前、少し、目を閉じ瞑想状態になります。その時、そして、クラスの瞑想の時、最初の頃ですが、どうも後ろで人の気配がします。
これは思い込みか、どうか、わかりかねますが、女の人が後ろを行ったりきたりするような...感覚があります。

普段だと、思い込みと思うのが強く、そう気にしないのですが、今回は、
どうも、誰かがいるような、それも女の人がいるような気がしてなりません。そうこうしているうち、それほど気にならなくなりましたが...

いろんな学びを通しての実感、感覚、重量感、空気の動き...そんなものの違いがあったような気がしないでもないです。なんだったんだろう... です。

瞑想は、先生の誘導より早く、自分がどこかに行ったり、反対だったり、どうも-すっと-はいきませんでした。
今回の瞑想は重荷を背負って、道を歩いているといった場面がありました。

どこかの山か、林の...少しだけ坂道になっている、林道です。道幅はそんなに細くなく、車も通れるほどです。落ち葉が積もった土の道...そこを重荷を背負って歩いています。
しばらくし、重荷、荷物を降ろします。それは最近手放したもの、手放すものです。

荷物はそれほど大きくもなく、降ろします。荷物の意味は、人の世話を焼きすぎない、いたれりつくせりは、もう終わった...ということのようです。
また、道を歩き始めます。道は人生、重荷は文字どおり、人生の重荷でしょうか?

今回の瞑想では、木立の中の道、光も適度に差し込んできていて、勾配もほぼ平坦に近かったです。なにかを背負っているのですが、それほどたいへんでもなく、歩いていました。
まわりにはいろんな-なにか-がいっぱいいて、一緒に歩いていました。一緒に歩いているのは、ガイドとこれは本当におかしいと思われそうですが、妖怪のようなものたち、山や自然の精霊のたぐいのものたち...動物、虫、、そして、なんと、
だんなが一緒でした。

いっ、生きた人間が...だんなが...出てきておる!

続く

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

アゥェアスクラス4回目2/23

アゥェアスクラスについては、このブログの中で説明しています。なんだかわからない方、興味ない方はスルーしてください。

この日の実習の一つはサイコメトリーです。

中身がなんなのかわからない封筒のなかを当てる実習です。

封筒の中身はスピリチュアルなもの...というだけで、ほかのヒントはありません。先生から封筒を渡され、瞬間に感じたものは...

木造の神殿?赤い建物?ペンギンのくちばしを右上にあげている感じが浮かびます

しばらく息を整え、手を封筒から離したり、また近づけたり...

うーむ。仁王さん?

しばらくまだ集中します。

赤鬼? 今度はペンギンのくちばしがイルカの頭となり右上に向いている感じに思えてきます。イルカが右上に向かって口をあけている...イルカ?

しかし、木造の神殿、ペンギン、仁王、赤鬼 とは...全然同一項がありません。

なんなんだ

みんなが何かを言い終わり、中身を開けてみると、

赤、オレンジの光の中で右から白い光が何筋も差し込んでいる写真でした。
下の絵はあとから私が思い出したものなので、大体の感じです。実際はもっと美しいです。ペンギンDSC01081_copy

ペンギン...のつもり、が描いてありますが、マウスで適当に描いたので、うまくないです。実際はこのペンギンはないです。

開けてみたら、きれいな光の写真...
赤鬼も神殿も、建物も、ペンギンもないです。 難しいですね。

これでどの時の感覚が印象に残ったか?そう考えると、こじつけのようですが、
ペンギンと、イルカのくちばしの輪郭が、実際の写真の白い光の光線に似ていたような気がします。
赤い何か、赤鬼...これは写真の赤っぽい色を感じていたのか?

しかし、あまりにも違いますから、何とも言えませんが...
ただ。右上に向かって細長いくちばしのような△がなんども思い浮かんだのは確かです。これが写真の光線のさしているさまを感じていたかどうかはわかりませんが、この時の感覚を忘れず、今度の実習の参考としようと思っています。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

アアウェアネスクラス 中上級クラス 4回目

今回の中上級クラスでの瞑想については、後書くことにし、違うことを...先に書きます。

今回の様々な実習の中で、色鉛筆を使ったものがありました。簡単な曼荼羅風の下絵に、色を塗るというものです。大きな何重もの花弁が円を描いている絵に色を塗ります。

塗っているのをお互いに見ないようにして、完成させます。それを先生がまだ違う誰かに手渡し、それぞれが手渡された絵をよみとるというものです。

よみとる内容と言えば、その絵からわかること、誰か?なんてことですが、

最初にどんな感じの人か?と、先生に質問されたとき、
〇〇な人などと答えました。

そして、すぐに、
-この方は、〇×△の手入れ、問題を気にしている。いろいろとやっている...〇△している。-なんて言葉が出ました。
結果は、残念ながら最初に思った人でなかったのですが、
-〇×△-に関しては全くそうだったようです。

あたったようで-ひょえー-と思いましたが...

この感覚、なんだろう

頭の中にイメージが浮かぶというのではありません。
風景や物事の細かい場面、像があいまいであれ、鮮明であれ、頭、心に浮かぶという訳でもないのです。いつもはイメージが多いです。しかし、今回の感覚は違います。

昨日の実習のことを考えながら、
どうしてだろう。どういうわけだ

家に帰る道すがら考えました。小道を左に曲がり、すっとハンドルを切る瞬間、

あれは...あの感覚は、あの感覚に似ているぞ...

もともと誰かのことをよく知っており、その人のことを違う他人に聞かれたら、-これこれこういう人だよ-と、普通に答えます。答えるときは自信がないとか、違っていたらどうだろうとか、ないです。
なぜなら、もう知っていることを答えるからです。

もともと知っている感覚...知っていることを瞬間に答える感覚に近いような気がしたのです。

実際は相手の方のこと、遠方の教室で、話しもしてないので知りません。
でも、今回、答えるとき、
いつものような、これでいいかなぁ?確証が?なんて考えより速く、

机の上の絵を見ていたら、〇△×、というのがわいてきたのです。そして不思議なのは、〇△×というのが、あたりまえのような感覚があったのです。
感じるのではないです。イメージがわくのでもない。

でも、-絵-をみていたら、このひとは〇△×だ。と、わかる...そう、感じるのではなく、わかる、もうわかっている...という感覚。だから、いつもより、事実を言っている感覚が強く、迷わない気がしました。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

中上級クラス3回目-4-

-信念-
そんな言葉を見て、
きばり、とか がんこじじい、とか...そんなことを連想するまもなく、すぐに皆のほうをむいてスピーチです。

しかし...信念、というのも、気恥ずかしいです。よく言ったよ。この私か゛...

内容はといえば、これこそ、きれいさっぱり、覚えてない。

というわけで、なーんにも書けません。

おい、こらっ これだけ引っ張っておいて、なんだ。なんて、いう人もいないと思います。(そんなにこのブログを見る人はいないだろう)

でも、このスピーチにに関して、内容はさておいて、その時の体感、というものは、
おっと思わせるものがありました。

言葉が出てくる瞬間、ぶわっと、背中の後ろにドッチボール大の丸い感触が立ち起こりました。そのとき、すぐに、ちょっとためらいがあり、ことばを一瞬選びなおし、すぐに言い出す瞬間。
その間、1秒あるかないか...
次に、もっと大きく、ちょうど背中上部から頭にかけて、子供の傘をばっと広げたような感覚がありました。何かが大きく動いた。背中後部でちょうど打ち上げ花火が咲いたような...

これがエネルギーというものか。何かが確実にどんとエネルギーをもたらしているか?オーラに変化があったのか?

あと全く内容を覚えてない状態であるぐらい、その時は夢中で、細かいことは気にせず、突っ走るように話し、終わります。

スピーチが終わり、
-あれはなんだっか-と、思いながら先生のお言葉を聞いていると、
最初にばっと、背中が開いて、エネルギーが開いたとか、満ちたとか←私の背中がそのように見えたとのことです。ガイドが働きかけたとも...

やっぱり、本当だ。先生はあの時の私の感覚を確実にとらえている...

もしかして、あれは、ガイドが関わってきたということ、私をまさにガイドしてくれたということをはっきりと示してくれたのでは。

瞑想のときの体感、ガイドと深く語り合ったという感覚、そして、このスピーチ...先生が語ってくれた、私の様子、ガイド...それと自分の感じていたことがまたも一致です。

いままでは、思い込みとか、気のせいとかで片付けてきた。ひそやかなガイドの導き、本当に気付かない、いや、きづいても信じなかっただけなのだ。
その前の瞑想、人生前半の苦しいこと、どうしようもないこと、
あんなこともあった。こうだったね。

私はたびたび、遠い記憶に-なぜか-なんて考えてしまうことがよくありました。
なぜ、あんなことまで、あのことも...他の人はそんな思いはしなくて過ぎたのに、どうしてだろう...そんなことを考えることがあったのです。
そのたびに、ガイドがいたらなぁ、とどこかにいるかもしれないガイドに問いかけること数回。寝入りばななど、ふと問いかけると、

-底をうつ-という言葉が浮かぶのです。

底をうつ。水は高みを望みはしない。這うように低いところ低いところと、下がっていく。水は、一番底までひるむことなく進み、底の暗さを味わい、そしてまた、なにごともなく表面に満ちていく。海の青が美しいのは、そんな水の底を見た神聖さがその青に美しさをいっそう加えているのだからだろうか。

思い込みかもしれないと思ったガイドの言葉。-底をうつ-
深い底に足をしっかりとつける。中途半端は好きじゃあないだろう。底に足をつけたら、後はジャンプするだけだ。人生の幅は大きいほうが喜びも大きく、楽しい。

宙ぶらりんは、いやだ。実感のある、生き方をしたい...心の中のそんな願望をガイドは知っていたのだろう。
そして、-自分で納得して、自分でできる限り...-と自分自身が思っていたから、いつも、-沈黙-だったのだ。

今回のガイドの贈り物は、袋いっぱいの砂金。前回は特別な材質の鈴、そして、前回の瞑想で誘導の狭間に、出たイメージが、大きく帆をはらんだ船。大きい昔の帆船だけど、中に入ると最新鋭のスペースシャトルのような船。

ガイドは具体的にこれをしろとか、何になれ。なんて絶対に言わない...もちろん、感謝しろとかさえもない。
でも、すぐ傍らにいたのだ。一人ぽつねんと草原に座るセーラー服。夕日に伸びる細長い影...気づかなかったけど、寄り添うガイドの影が横に大きく広がっていたのだ。

瞑想の後、感想は?という先生の質問に答えるとき、

うっと、感情が噴き出てくるのを、ようやくの思いで押さえました。自分と一緒にこの人生を歩んでいる、そして歩んで行く人-ガイド-がいる。寄り添って...あぁ、と声にならぬ声をあげていました。

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中上級クラス3回目-3-

クラスでは瞑想がまず基本です。誘導瞑想といったもので、おだやかなサウンドに先生の誘導の台詞を聞きながら深く瞑想状態に入ります。

私は去年のミディアムシップワークで、先生が、
-他の人がやっているのををみるのも勉強だ-と、おっしゃっていたのになるほどと、思ったので、色んな実習の自分に対する先生のアドバイスだけでなく、他の人への助言、また、瞑想のときの体感、感覚についても、他の実習生の方の実際の様子や、言葉、それに対する先生の言葉など、気を抜かずに注意し、聞いています。

そんな中で、ひとつ、
本当だ...そのままだ、と思ったことが...

霊的な勉強はまだ浅いOさん、勉強歴はそれほど長くはない、といったOさんですが、すばらしい能力をもたれているようで、彼の感覚、またその感覚で感じたさまざまなことの説明は、聞いているととても勉強になります。

今回彼は瞑想中、今まで違う感覚を受けたようです。(自分のことではないので詳しくは言わないでおきます)このとき、彼の様子をうかがうと、まるで、サウナに入っているように、お顔が赤くのぼせていました。

なにか、霊媒体質のかたが、エネルギーを感じる、とか言ったとしても、それを形で見ることはできません。霊的な素質が飛びぬけているのでしょうか?Oさんが霊的に何かを感じた、とおっしゃると、それほど感じない人間でも、Oさんを目で見たり、話に耳を傾けることにより、こちらの普通の体感で、

-本当だ-

これは見えないが、本当にエネルギーがこの場に渦巻き、色んな作用を及ぼしているのだ、と実感できるのです。これは、疑り深い自分には、実に勉強になるし、目に見えない世界があるという実感をもたらしてくれます。

自分の体験も他の人の体験も、そして、講師の助言も、全てが、どんぴしゃと、自分のアドバイスであり、助力となって行きます。非常に濃密ですばらしい経験と、理解をもたらすクラスの学び、これは、得がたい学びであります。クラスが終わり、ホテルでだんなに電話をかけると、

-どうだった?-
-わざわざ来て、よかったよ。-なんて思わずもらしたりして...

他の人のスピーチ、なども、心の中の疑問に直球で答えを投げ返されるような、合点のいく、展開がありましたが、では、
あんたの、スピーチは?と矛先をむけられると、
たはっ...ぶほっ、
何を言ったのか?一番忘れてます。

しかし、このインスピレーショナルスピーチ、ただ人前に出て、もっともらしいことを言う、といった、思わずひきたくなるような実習...なんて、前は思っていましたが、違うということを実感しました。

私の番になり、言葉の書かれているカードをひきます。
どうか、-愛-とか-奉仕-とか、気恥ずかしい、言葉は出ませんように。
この私が、
だなんていうのは、我ながら照れくさく、穴に隠れたくなります。

出るな、愛...ひっこめ、でべそ。

強烈な願いが効いたのか、でましたよ。違うカードが...
でも、なんだったかなぁ。あれ?忘れてるよ。

そんなわけで家に帰り、いつものように詳細をだんなにこと細かく、言っていたところ、
-カードをひいて、それが、あれ?なんだったか、なんとか だよ。-
-なんとか-と言うカードを...

と言ったところ、
-なんとか?、!?...-
説明するにもその言葉を忘れて-なんとか-でごまかそうとしている私に絶句です。
その後、思い出したのですが、あれ?また忘れているぞ。

あっ、思い出した...
信念でした。

長くなるので今日はこの辺で
続く

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アイイスの中上級クラスの3回目-2-

この頃はアイイスのクラスに出席するとき、前日や、行きの乗り物のなかでしていることがあります。

クラスで勉強するにあたって、

①何を知りたいのかはっきりとさせる
②前回でのわからなかったこと、できなかったことについてなぜか、考え、できればこうしたらよいだろうと、自分なりに対策を考える

そのために、まずは、できれば、紙に①②を書く。

ただ、漫然とクラスに参加するのではなく、ある程度、いろんな問題点、体験したいことをはっきりと、書き出しておくと、勉強の成果を得るのに効率的だし、シャープに焦点を当てたほうが、より理解しやすいのでは?と、思っています。

釣りにしても、漫然とただ釣竿を持って、釣り針に適当な餌をつけて海の中にたらせばばよいというものではありません。
よい釣果をあげるためには、何を釣り上げたいのか、そのために必要なもの、技術は何がいるのか、自分自身が目標をきっちりと定めないことには、いつまでも技が定まりません。

アイイスのクラスはアウエアネスクラスという霊性を高めるクラスで、超感覚の開発は副次的に開いていくもの...と言っているような...
私もただいたずらに霊能力を得ようとしているわけではありません。しかし、クラスに出席し、漫然とただ受身的に自身の変容を待つ、そういうゆったりとした形もよいですが、今回はもっとできる限り、積極的に、勉強しよう、と思ったのです。

-問いをなげかけよう-前のクラスでの態度と自分の姿勢もずいぶん変わりました。

1.2回と、いろんな問いにはっときづき、ヒント、そして答えが得られ、こんどはどうか...そんなことを授業中は意識してないです。しかし...ありました。

シンクロか。

今回の実習はインスピレーショナルスピーチというものもしました。一人ずつ生徒が言葉を見て、それについてスピーチするというものです。
まずは、ベテランの女性の方、
この方は、-霊感-という言葉について話されました。よどみなく続く、スピーチ。
その中のひとことが、大きく頭に残っています。霊感とは、信頼、と言ったか?内容的には、霊感には信頼がなければならなく、霊感はそれを信じる信頼あってこそ、というような内容でした。これには、聞いていて、うっ、と思わずうめき声をもらしてしまうような、感覚がありました。

自分に言っているのか?

霊感と、自分の妄想との区別がつきがたく、霊感と信頼について、時々考え込んでしまうわたしに、この言葉はまさに、ずばりと迷妄を少しばかり取り去る作用があったような気がします。

頭で考え考え、なかなか思うような着地点がなかった、霊感と信頼ということ。それについて、ふわっと心の中に立体的に腑におちる感覚がありました。言葉では説明しがたいのですが、霊感と信頼...だから霊性を高めねばどうにもならないのだと、そんなことも思ったのです。

そして、もうひと方、Oさんのスピーチは-調和-でした。これも不思議...
Oさんの言葉もはっきり覚えてないですが、
―人間はエゴもあり、醜いところもあると言ったかな?そんな人間がよき人間関係を築くには、思いやりが大切-そんなことを言われたような記憶があります。

思いやり ということは何度も言われてました。

-思いやり-ふぅーむ、これもこの何日か、私が考えていたことなのです。

わたしはこの頃、人間関係、そして霊性開花も、そう別段かわったことはなく、普通の人間関係、例えば家族であったり、職場の仲間であったり、友人であったり...どんな関係でも、スピリチュアルとか、前世とか、-愛-なんて言葉をことさら強調しなくてもいい。普通にまわりの人に思いやりを持って行動すれば、うまくいく。
うまくいかないとか、まわりの人のいたらなさを思う前に、ちよっとの思いやりをまわりに配ればうまくいくのでは?と、思っていたのです。

Oさんのことばを聞いて、思いやり、人へのやさしさ、そしてエゴをとることが-調和-よい人間関係への大きな力となっているのだろうと、改めて思ったのです。

ベテランの女性の霊性についての言葉、Oさんの調和についての言葉、どれも私に対して、ヒント、確信、裏付けを与えてくれました。まったく、このクラスの学びはおそるべきものがあります。

続く

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genre : 心と身体

アイイスの中上級クラスの3回目です。2/9

大阪のアウエアネス中上級クラスでの学び、3回目です。これはスピリチュアルなことなので、詳しい説明は過去の記事などを参考にしてください。霊、おばけ、その他、そういう話は好きではないとか、馬鹿馬鹿しいと思われる方はスルーしてください。

冬の最中、はるばる大阪まで出かけていくのは、なぜか?自分でも乗り物の中などで思います。なぜなんだ、なんのために...
ミディアムになりたいのか?といわれれはそうでもなく...ではいったいなんのためなのか?
わかりません。去年の中村講師のミディアムシップワークに参加し、-これだ、これが私の求めていた授業なのだ-と、感激し、このクラスに参加することにより、もっとわかる、経験できるということをしたい。それだけかなぁと思っています。

1回目。2回目と、気づき、経験、などありましたが、前後の体調の不良により、ブログに書くことは少しになってしまいました。途中、微細にわたり書くこともどうか?なんて思ったりして...しかし、自分の覚えとして、また、何かの気づきのきっかけとして記録として残すこともいいかぁ、などと考え直し、3回目のクラスでのことを書いてみます。

今回のクラスでは、サイコメトリーと、ガイドにあう瞑想、そして、デモンストレーションをしました。
軽い瞑想。グラウンディング、オーラを清める瞑想...そんなことをしつつ、ガイドに会う瞑想の中にいつの間にか突入です。今回は、手放すもの、完了するもの、だったか...いつもながらはっきり覚えてなく、とほほな記憶力です。
滝...滝をいつのまにか見ていて、滝に近づいていきます。その前に...なぜかと思うのですが、ビジョンが出てきたなぁと思うと、世界が紫。紫の空、紫のヒマラヤ、紫は薄い淡い藤色です。

オーラの色でも私は今まで黄色とかオレンジとか言われることが多く、
昔はこいつだ、と言われていたし
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今着ているシャツはこいつの絵がついています。
紫の高尚な世界より、こちらの方に親しみを感じたりも。
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それなのに、このクラスでは1回目から、瞑想の風景が、紫色に染まっています。薄紫の
空、白い雪を抱いた峰々もうっすらと紫色、なにかの宮殿をイメージすると紫色の宮殿...毎回毎回紫なのです。今回も最初から紫でした。
先生の誘導と、穏やかなヒーリングミュージックと...おぅ、紫だ。などと思いながら瞑想を続けていると、隣のお部屋の、-きゅう、きゅわん-なんて音が気になります。隣で胡弓を弾いているのです。クラスが始まる前に隣のクラスの窓の隙間から、机の上に胡弓を縦に立てているのが見えました。

おじいさんが弾いているのかなぁ。みんなで曲を合わせるのかなぁ。ふっふっと気が散りますが、瞑想の音楽と胡弓の音が次第に溶け合っていきます。

手放すもの?終わるもの?そんなようなもことを先生がおっしゃったような...
-締-ということばが浮かびました。

そして、瞑想はさらに深くなっていきます。滝の上に立ってばんざいをして手を振っている自分がいます。すぐに滝の傍らに移動します。紫の空に、滝に向かって龍ががぁと大きな口を開けて降りてきます。
龍の体は虹色です。
先生が虹色の階段と、おっしゃいます。

滝の上に龍が顔を乗せ大きな口をあけています。どうやら、龍の口が入口で、中が虹色の階段となっているようです。虹色の龍の体の中を上へとあがります。この龍の印象は強く残りました。

いつのまにやら、ガイドと話をしています。
昔のことが泡のようにいくつもよみがえりは、消えます。夏のセーラー服でポツンと原に一人で座っている自分。
実はこの頃、アニメの-夏目友人帳-というのにはまっています。
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孤独に生きてきた高校生夏目が、友人、あやかし(妖怪)などいつのまにか、まわりに大切なひとたちができていくというお話です。
夏目は両親とも早く死に別れ、江原さんのように-視える-のがわざわいし、周囲にうとまれる子供時代を過ごしてきた、という設定です。
このアニメを一巻から見続けていると、必ずしも同じような人生ではないですが、自分の子供から高校ぐらいまでのことを思い出すのです。人は醜いと...残酷であると、思いながらも、美しいものを求め、ひたすら、遠藤周作の本を読みふけり、溜息をつきながらも空の青さにあこがれていた...

あぁ。自分も夏目のように、自分は気づかないけれどもみえない何者かが、応援していてくれたのかもしれないと、思ったのです。

ひとりでぽつねんと座る白いセーラー服姿。その傍らにいつもいた。

いつのまにやらガイドと話していたようです。

-よう頑張った-
がんばったなぁ!

白い衣だったか...小さい人でいつもの人のようです。

ガイドは
-扇を広げよ-とメッセージをくれました。その時の場面はきれいな能舞台のような場所でした。

そして、お土産は砂金です。量が大きく入りきらないので途中で大きな袋に替えました。この砂金は自分の状態により、色が変わっていくようでした。

瞑想の後、先生がいつものように、みんなの瞑想について解説をしてくれました。私については、やはり小さないつものガイドのようでした。
そして
-だいぶ深くガイドとお話してたようですね-とのお言葉...

おぅ。私はこのような昔のことを思い出すと、だれかが、-あんた、よくやったよ-なんて言ってくれる妄想で、自分で自分を元気づけているのだとしか思ってなかったのですが...

先生の言葉により、はたと、気づいたのです。

本当に、あれは、近くにいて、語り合った感じだったよ!あの感覚がガイドの感覚なのか?

あぁそうなのか。
小さい時、病気で死にそうになった時も、大切な人との別れの時も、小さな失敗でみんなに責められつらい時も...いつもそばにいた。

そして。先生がそのガイドと血縁関係とのつながりについて話されたとき、あっ、あの時の背中がぞくっとしたときの感覚も、そしてそれからある場所に行ったことも...すべて思い込みではなかった。母方の家に伝えられていることは本当だろう。などと、思ったのです。

続く

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大阪でのアウェアネスクラス 2回目

アイイスのクラスが大阪でありました。
大阪でのクラスにわざわざ行っているのは、N講師のワークを受け、この先生の授業なら、ひとつひとつ、必ず納得しつつ学べると思ったからです。学んでいるのはスピリチュアルなことなので、興味のある方だけ、読んでください。

わざわざ大阪まで行くからには必ず、何かをつかんで帰りたい。他の人に対する先生のアドバイスももらすことなく聞き、よく理解しよう。など、欲深い思いを抱きながら行っているせいか、クラスでの学びは毎回毎回、大きな収穫があります。

先回での収穫はなにか、その人特有のしるし、というものがあるということ。これも先生の説明が丁度いいタイミングであり、これは、と思うようなしるしを感じることができました。

そして、今回は、そのしるしの確認と、自分なりの高次からやガイドからのメッセージが、いつもあやふやな感覚があるのですが、先生がそのことをうまく言って下さり、先生の感じたことと自分の感じたこととが一致したことにより、その時の感覚をよく反芻し、確認することができました。

また、実習で、人を当てたり、その人についていろいろなことを感じ取る、メッセージなどもいう、などのことをしたのですが、これについては、その人の現実について、例えば、おうちの様子とか、着ているものとか、家族、ペットなど現実の生活のビジョンをみているのか?それとも、何かのメッセージやその人の内面について、シンボルのような形で映像がみえているのか?その区別がわかりがたかったのですが、
現実の生活のビジョンと、シンボルの違いがなんとなくつかめてきました。詳しくは、語れませんが、
これがその人特有の映像であったり、見え方であったりするのか...?とつかめてきたような...

いろんなビジョン、感覚は非常に繊細で、見え方、感じ方、感じる対象も様々です。それを少しずつ実習をしながら感じ取る...これは、一見まだろっこしいように見えますが、一番正確で、確実なような気がいたします。何年も大変な鍛錬、練習をしなければならない古い芸術をしていた自分にとっては、このアイイスの実習を重ねるという姿勢は、誠に納得できる学びの方法と思えます。

お金を払い、セミナーに出たら、資格が得られるスピリチュアルな世界もありますが、どうも納得できないわたしには、このように訓練を重ねることにより、確かな実感と実力をつけていく...そんなことがあっている気がいたします。私は紙の資格証書はいらないのです。

今回のクラスは2かいめですが、シンボルと、しるしと、現実の透視についての差がより鮮明になりました。次のクラスでの学びが楽しみです。
具体的な内容については、非公開にしていますが、見たいかたがいたら、公開にするかも...



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アイイス アウェアネスクラスでのきづき

アイイスのクラスでまたも学んでいます。
このクラスの詳細については、アイイス、と検索すれば出ますのでそちらを参考にしてください。

この間、クラスを久しぶりに受講し、超感覚、霊視、霊感などについて考えさせられました。すぐにブログに書こうとおもいきや、1週間、体調を崩し、ブログどころではなく、ようやく書こうとしたところが...

なんだったか?

忘れています。とほほほほ。

とはいえ、少しは思い出しました。

クラスの霊感-クレアセンティエンス-の強いタイプの方と話していて、感じるというのもいろいろとある...ということを知ったのです。
この間のブログではぞくっとするという感覚を持ったと、書きましたが、感じるというのも、寒気とただ単にいえるものではなく、いろいいろな、ぞくぞく感、があるようだし、重くなるなんてこともあると聞きました。

やゃ...なんと。こりゃまた、知らなかった。
鋭敏なる感覚の方だからわかるのでしょう。いろいろと感じる感覚も違うと、このようなわからない人間にもわかるように表現してくださいました。

勉強になります。感覚があまりさえてない人間は、もともと感じないことも多いし。たまに感じても、たまたま、すっと背中がしたとか、ちょっと肩が重いとかで気にせずに過ぎてしまいます。しかし、たまたまとか、普通のことと過ごすのではなく、なにか違うなぁと、その時々、感覚を研ぎ澄ませば、ちょっと違う自分がみえてくるかもしれません。

普通の人間でも、自分の体感、その他感覚に敏感になり、いままで注意してなかったことに気をつけてみると、意外と見えない世界との接点が見えてくるかもしれないと、思ったりしました。人間は意外ともっと繊細な感覚を持ち合わせているんだけど、現実世界に合わせて、高度な機能、能力を打ち捨てて生きているのかもしれません。

とはいってもいつも霊の気配をうかがいながら、忍者みたいに壁に沿って歩いたり、ばっと伏せたりするのもしんどいです。道を歩きながら、ふっと風の重さ、軽やかさを意識してみる、塀のむこうの沈丁花の匂いに、その花の色を感じてみる...いつもは気にもしないことから感覚を呼び覚ましていくのが意外といいかもしれませんね。

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プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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