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トンデモ話は奥で繋がる(202) 26.2.2

トンデモ話は奥で繋がる 「第202夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪未来を創る意志≫

 ★ アセンションへの期待

 思うに、ここ数年のスピリチュアリズム、とりわけ人類のアセン
ションを唱えてきた人達は、それが成就するという予言に対する、
他力本願的な期待度が大き過ぎたのではないかと思います。

 これから起こる未来について予見したいという願望は、多くの人
が持つところです。そして「何事も無かったマヤ歴の終わり」ま
で、多くのスピリチュアリストが未来を告げて来ました。

 しかしながら、ノストラダムス、エドガー・ケイシー、シュタイ
ナー
等々、多くの層々たる神秘的能力者をもってしても、100%
の未来予想を的中させることは出来ていません。

 そしてそれは、ドランヴァロやその他大勢のスピリチュアリスト
にとっても全く同じことだと、小生は考えます。所詮は『当たるも
八卦、当たらぬも八卦
』の世界なのだと思います。

 それでは、彼等スピリチュアリストは、全く当てずっぽうなヴィ
ジョンを予感して、そのような予言を残しているのかと言えば、決
してそうでは無いと、小生は考えます。

 ★ 共通の現世と予言

 そもそも予言とは、我々が『現実』だと思い込んでいる3次元
の未来に起こるであろう未来の出来事について、あらかじめ感じ
取って知らしめておく行為です。

 しかし、第七十六夜等でもお話ししたとおり、3次元の事物
全て実体の無い影のようなもので、我々の思念によって現れて
いる幻の様なものだと、仏陀も述べています。

 一方、彼等スピリチュアリストが期待していた事は、アセンショ
ンが人類史上の転換点として起こること、つまり全人類にとって
の『共通の現世』レベルで起こる
ことだったような気がします。

 ここで、人類にとっての『共通の現世』とは何か考えてみましょ
う。世間一般的には、この3次元の世界が万人に共通であること
自明の事のように考えられててます。

 しかし、量子論の世界が示すように、この3次元の世界は、現象
観測する個々人ごとに違う世界、いわゆる複数のパラレル・
ワールド
として存在しているものかも知れません。

 解り易い例で言えば、犬とその飼い主は、同じ時空を共有してい
るように見えても、その五感、さらには霊的な感覚で捉えてい
る世界
を比べれば、全く別の世界を生きているとも言えます。

 これを少し拡大すれば、私達人間の間であっても、原始的生活
を守って生きている部族
と、文明の中にどっぷり浸かってい
る現代人
では、棲んでいる世界は全く違います。

 そして、同じ現代人の間においても、それぞれが知覚するもの、
霊的な感覚で捉えるもの
の集合体である個々の世界は、個々人
の霊性の違いによって、全く違った意味を持ちます。

 つまりこの3次元の世界は、個々人の意識が、自らの感性に基づ
いて、選択的に享受して創り描いている個々の世界であって、普遍
的な『共通の現世』が存在する保証はありません


 つまり、初めからその『実体』があるのでは無く、特定の事物に
対する我々の思念の最大公約数としての結果が、『現実』という
幻として存在していることになります。

 従って、太陽や月のように、我々が当然『こうである』と共通認
しているものは、より確定的に、そうでないものは、細部になる
につれて、個々人ごとに違った幻をみることになります。

 また、それが起こる『空間』についても、実際には我々が現に知
覚できている範囲
に限られています。今現在、地球の裏側で起こ
 た大災害については、自分の空間には存在しない出来事です。

 加えて『時間』についても、191夜でお話ししたとおり、我々が刻
々と経過していると思い込んでいる概念に過ぎず、実際には、
我々は常に、現在という一刹那にしか存在していません。

 とすれば予言とは、予言者と同じ空間で、同じ刹那に生き、
じ 思念による、共通の幻
を体験している人達にのみ体験し得る現
象なのではないかと、小生は思います。

 それ故、特定の予言者のいる空間、刹那、思念から遠ざかれ
ば遠ざかる程
、その予言者の予感した幻とは無縁な『現実』を体験
することとなり、予言は大きく外れる訳です。

 ★ 大多数の境地が決める人類史

 現在の私達の世界では、かのドランヴァロを含め、スピリチュアリ
ズムの信奉者のほとんどは、アセンションを享受できていない世
に残されているように見えます。 

 ここで見えます』としたのは、量子論的には、私達がアセンショ
ンを享受できた世界にいるのか、享受できていない世界に居るの
かは、観測者である自分が決めているのかも知れないからです。

 ひょっとすると、2012年の冬至の日、ごく少数の熟達したスピリ
チュアリスト達は、現にアセンションを享受した世界に移り去ってい
る可能性もあります。

 さらに、アセンションを享受した世界に居る誰かのパラレル・ワ
ールドには、同じくアセンションを享受した、もう1人のドランヴ
ァロが存在しているのかも知れません。

 トルストイは『戦争と平和』という作品を通じて、我々の歴史とは、
特定の英雄によって創られるのでは無く、大多数の庶民の総意
によって動いてゆくというテーマを示しました。

 そう考えれば、アセンションの様な現象が『人類史上』に起こるの
なら、観測者たる大多数の人が、それを当然に起こる事と認識
する程の境地にある必要
があるのではないかと思います。 

 ★ アセンションの本質

 そもそもスピリチュアリストの大半は、日頃『現世は私達ひとり
1人の魂の向上の場である』
という教義を是として、『それにふさ
わしい生き方』を日々の目標としていたはずです。
 
 そしてその一方で、現世の人類の多くは、その目標から外れた
生き方
をしており、そうした闇の世界とは一線を隔し、スピリチュア
ル的生き方をしましょうと唱えるのが常でした。

 しかし、そのような人達にとっては、闇の世界が提供する3次元
的な価値観こそが『魂の向上』のための課題
であり、無くてはな
らないものなのです。 

 つまり、最初から、彼等と共通の境地を目差している人と、そう
でない人
が存在する以上、太陽や月の存在のように、ほぼ万人の
共通認識となるような『人類史的結果』は望めないでしょう。

 また、一部にスピリチュアル的境地に達した者がいても、ただその
者を崇め、他力本願的な態度で付き従うだけでは、同じような境
地を共有することは望めない
と小生は考えます。

 要は、我々の一人ひとりが、自らスピリチュアル的な境地に目覚
め、3次元的な価値観から抜けられない人達の一人ひとりを、同じ
境地へと導いてゆくしかないでしょう。

 幸いにして、私達はインターネットという、かつて無いコミュニケー
ション手段を見出しました。真の価値観についての率直な思いを、
一人又ひとりと拡げてゆくしかありません。

 そして、人類の圧倒的多数が、スピリチュアル的な次元の能力に
目覚め、闇の世界の提供する3次元的な価値観には見向きもし
ない状態になった時こそがアセンション
なのだと思います。

 さて、次回はいつになるか分りませんが
 また第203夜でお会いしましょう。

( 追伸 )

 中曽根君、君の正体も一人ひとり
伝えていくしかないね。

目次のペーシへはこちらから
 

トンデモ話は奥で繋がる(201) 26.1.5

トンデモ話は奥で繋がる 「第201夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪一斉のシフトは可能なのか≫

 ★ 次元のシフト

 ドランヴァロ氏がこの日のメッセージで強調したことは、巷で噂され
てきたような劇的な変化が、この瞬間に起こる可能性は非常に低
と言うことでした。

 一言で言えば、この日から全てが目に見えた形で変化するのでは
無く、男性性優位の時代から、女性性優位の時代へと移り変わ
るポイントに過ぎないと言うものです。

 しかし、今まで彼の『フラワー・オブ・ライフ』のメッセージをバイ
ブルとして来た人達にとっては、何だか拍子抜けの感がしたのは否
めないところです。

 まずは、当該『フラワー・オブ・ライフ 第2巻』の終わりの方に書か
れていた「18.次元のシフト」について、その概略を要約してみます。

 ( 1) 次元のシフトとは、惑星などの天体が今の次元から別の次
   元に移行することで、地球については、3次元から4次元
   シフトすることになる。

 ( 2) 次元のシフトの前兆として、まず地球の磁場が不安定
        なるため、人間の精神状態が不安定となって各種の擾乱が起
        こりやすくなる。この期間は3ヶ月~2年間位続く。

 ( 3) ただし、この間に霊的な宇宙の同胞からの援助があり、
        かつ我々の意識が充分変容していれば、何事も起こらない
   可能性もある。

 ( 4) シフトの直前の5~6時間には、3次元と4次元が重なり
   合い
、突然4次元の物体が出現したり、生命起源で無く4次
   元に移行できない人工的な合成物質が崩壊する。

 ( 5) 次いで、3次元と4次元の狭間である『虚空』の3日間
   訪れ、五感で感じていたそれまでの世界の一切のものが
        消え去る。

 ( 6) 3日後、我々の新たな世界が白い光とともに炸裂するが、
   その高密度の光に順応するまでは、眩しいばかりで何も見
        えない。

 ( 7) その後、今まで全く知らなかった色が見えるようになると、
   今までの世界とは、空間構成も現実体験も全く奇異に感
        じられる世界が次第に見えるようになる。
 
 ( 8) 3次元では『大人』であった体は、4次元では『赤ん坊』
   となり、我々はさらに成長し、3~5メートルの身長を持つ
   体となる。

 ( 9) 新しい世界は、自らの思考が即座に現実となる世界で、
        それに対応できず3次元に戻る者と、4次元に対応して
        ゆく者
とに分かれる。

 と、大まかにこのような事が起こると書かれていました。そして
2012年12月21日から約半年が過ぎた今、小生のような凡人に
は、目立った変化は起きていないように感じられます。

 ★ 次元シフトの経験を持つ魂は?

 それでは、ドランヴァロ氏の言う次元シフトについて、小生の凡
たる頭脳を持って、少々考えてみようと思います。

 まず、(2)ですが、前兆として地球の磁場が不安定になると言っ
ています。これについては、第八十七夜で述べたフォトンベルトに
付随する極移動(ポール・シフト)の話と重なる部分です。

 地球の磁極の移動については、地質学的にもその証拠が見つか
っているのですが、彼は、それが歳差運動により地球が銀河の中
心に向かう時期と遠ざかる時期の境目に起こる
と言っています。

 これが次元シフトの共通の前兆だと言うことになると、地球は極移
動の度に、3次元と4次元の境目を、何度も行き来していること
になりそうです。

 ちなみに前回の極移動の際には、4次元から3次元へのシフト
に当たります。この、次元的には一見『退行』とも思える体験を、
人類は経験させられたということです。

 つまり超長期的に見れば、私達人類は必ずしも順を追って次元
上 昇(アセンション)してゆくとは限らず、時には次元下降(ディセ
ンション)をする時期もある
ということです。

 問題は、このような次元シフト的経験が、その時期の全ての人
に起こるのかどうか
と言うことです。無論、真実については、その
時代に生きていた人にしかわかりません。

 しかし、もし万人に同時に起ったことであれば、現在この世に生
きている多くの魂がそれを経験しており、過去数回の次元シフトの
記憶を、深層意識の中にとどめているはずです。
 
 となれば、前世リーディングを受けた人の中に、そのような過去
を思い出す人達がいても良さそうなものですが、小生の知る限り、
そのような報告例を聞いたことはありません。

 こうした点から、小生は、次元シフトについてはごく限られた人
のみが体験する
ことであって、それを達した魂は、原則として
び 3次元に転生をすることは無いのではないか
と思っています。

 ただし、だからといって、巷で喧伝されてきたように、選ばれた者の
みが極移動の際の大災害を逃れる
とか、或いは異星人によって
ラプチャーされる
ということではありません。

 恐らく、普段と変わらない日常生活の中で、その域に達した人達
のみが、誰にも知られないまま、かつての身体の痕跡を残さず
に消息を絶つ
、という形で起こるのではないかと思っています。

 逆にその他大勢の人類―厳密に言えば、その魂―は、極移動の
時期を迎えても、延々と3次元の身体を背負ったまま、普段と変わ
らぬ日常のままで次の時代を迎える可能性が高いと考えます。

 ★ 緩やかな次元シフト?

 次に(4)以降では、3次元から4次元へ移行してゆく過程が語ら
れていますが、これもどちらかと言うと、3次元的知識からの類推
の域を出ていない
という感じがします。

 そもそも、我々の知っている1次元~3次元の世界は、第191夜
でもお話ししたように、高次元が低次元を内包しているように見え
て、その実、全く相容れない独立した世界です。

 異次元空間との遭遇については、第四十九夜でお話した例や、
第五十二夜のエルドリッジ号等、数少ない実例を見る限り、時空間
の常識を打ち破って突然やって来ています。

 特にエルドリッジ号の例では、乗組員の多くが精神的な錯乱状態
に陥ったり、体が壁と一体化してしまうというような悲惨な結果に陥っ
ています。

 そうした点から考えると、3次元から4次元へ徐々に変化してい
くというのでは無く、カタストロフィー的に突然シフトすると考える
方が自然のような気がします。

 ひょっとすると、次元シフトに耐えうる個体については、ドランヴ
ァロ氏の言うとおりの体験をするのかも知れません。が、それは、
その他大勢の凡人には耐えられないかも知れません。

 結局のところ、次元シフトに臨む場合は、それ相応の域に達して
いない限り、とても平常心のまま経験できるとは思えないのです。
無論、小生も全く自信はありません。

 また、いったん4次元へシフトした個体が、ディセンションで3
次元に戻る
というのも、並大抵のことではなく、余程の事情がない
限り敢えてそうする個体も無いように思います。

 ひょっとすると、その事例の1つがイエス=キリストだったかも
しれませんが、シュタイナーによれば、そのためには第150夜
152夜で見たような何世紀にも渡る準備が必要でした。

 そのように考えると、ドランヴァロ氏の語った(4)以降の我々の
「未来」については―もしあるにしても―極めて限られた個体のみ
が、各個体の成熟度に応じて経験する事のように感じます。

 加えて、転生の目的から考えても、次元シフトについては、ドラン
ヴァロ氏のものも含め「人類に一斉にやって来るものでは無い」
と小生は思っています。

 さて続きは次回第202夜で、お話しします。

( 追伸 )

 
中曽根君、君だけは2次元にでも
 シフトしてくれたまえ。

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トンデモ話は奥で繋がる(200) 25.12.28

トンデモ話は奥で繋がる 「第200夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪2012年の冬至を超えて≫

 ごく少数の貴重な読者の皆さん。長いことご無沙汰しております。
小生の仕事環境の変化により、なかなか更新できなくなってしまい
まして、申し訳ございません。

 さて、前回の予告からかなり経過したこともあって、今回掲載す
る事項については、もはや1年以上前の、古色蒼然とした出来事と
なってしまいました。

 しかしながら、この日に「何事も無かった」若しくは少なくとも
「何事も起こらなかったように見える」ことは、昨今のスピリチュ
アリズムの動向にとって、大きな転機だったと思います。

 そしてそれは、小生の持つスピリチュアリズム感にも、少なから
ず影響を及ぼしていますので、前回の予告どおり、ここから執筆を
開始しようと思います。

 今回は、その日のドランヴァロ氏の演説の内容の要約につい
て掲載します。恐らく今後も、かなり掲載期間が空いてしまうことが
予想されますが、あしからずご了承ください。

 ★ マヤ歴の終わる日を過ぎて

 さて、一部では『今世が終わる日』ともされていた2012年の
12月21日については、少なくとも全世界規模的には、特に変わ
ったこともないまま過ぎてゆきました。

 アセンション論者の多くは、この世界は終わらないにしても、こ
の日を境に、私達の次元が別の次元へと変わり始めるのだ
と喧伝していましたが、目立った変化は感じられません。

 劇的な変動を喧伝していた者にとっては、バツの悪い幕切れで
したが、それでもなお『この日が変化の始まりだ』とか、新たな
激変の日を唱えて頑張っている人もいたりします。

 ところで『フラワー・オブ・ライフ』の著者ドランヴァロ氏は、
まさに予言の日当日、インターネットを通じ、全世界に向けて、こ
れからお話するようなメッセージを送りました。

 2012年の冬至の日、日本時間のPM19:30から約1時間、
「銀河のアライメントスペシャル」と題して流された放送には、
約2万人のリスナーが同時に瞑想を行ったといいます。

 ご覧になった方もあるかと思いますが、以下メッセージの内容
について、まとめたプログから、少々長くなりますが、まずは要
約してみます。

 ★ 新たなサイクルの始まり

【以下某翻訳プログから抜粋・要約】

「2012冬至のインターネットイベントでのビデオメッセージ」
                   ドランヴァロ・メルキゼデク
【要約 1】

 ご存知のように、これ(=この日から、人類が新たなサイクル
を迎えること)
はすべてマヤ族の予言に基づいています。

 彼らの数千年にも渡る、毎日の地道な努力なくして、その大
切さや、こんなにも影響があることだということを知ることはでき
なかったでしょう。

 それから、ホピ族はもともとグアテマラから来たマヤ族です。
ホピ族が元々いた土地を離れて、今いる場所にやってきたのに
は、彼らが担当している役目と地道な努力と忍耐がありました。

 知る人の少ない先住民族―南アメリカにあるコロンビア共和国
の先住民であるコギ族のマモス(高僧・シャーマン)とアルワコ族
のマモス、ウイワス・コングワス族のマモスです。

 彼らはマヤ族やホピ族のエルダー(先祖的な民族)で、コギ族
達が、私たちが生きていられるように夢を見続けてくれなかった
ら、私たちは今この瞬間に存在していることすらもできなかった
でしょう。

 私たちはすべてのアンセスター(先祖)達に感謝をしなければ
なりません。それによって、私たち人類は実在の新しいレベル
に誕生する準備ができました

 ここでサイクルの意味について、ごく簡潔にお伝えします。
もっと詳しく知りたい方は、私の最新著書「マヤン・ウロボロス」
前書「サーペントオブライト」をご覧ください

 「マヤン・ロング・カレンダー」と呼ばれるマヤ族が基本にし
ているサイクルは約5,125年の長さで、私たちはもうすでに
このサイクルを5つも通過しています。

 その合計が25,625年で、これはなぜか、地球の地軸の歳
差運動と同じ長さです。今、あと数分で、この二つのサイクルを
同時に迎えようとしています。

 歴史上、このようなサイクルを記録していた古代文化は、
差運動サイクルが終わりを迎えることが、どのような意味
を持っているか
を理解していました。

 このサイクルには二極性があり、半分が男性的であり、も
う半分が女性的
です。そして今まさに、男性性のサイクルと入
れ替わって、新しい女性性のサイクルが始まろうとしています。

 男性サイクルの間は、私たちはより男性的になり、男性が社会
をコントロールすることになります。それが始まった時は、とて
も重要で美しいものでした。

 それは私たちを守り、サイクルの暗闇の時もずっと導いてくれ
ました。しかし、直近の約2000年間は、そのサイクルの終末
に必ず起こる、芳しくない影響を引き起こして来ました。

 この期間、男性性のエネルギーは複雑に入り組んだような状
態で皆クレイジーとなり、人が互いに殺し合うような状況が世界
中で繰り広げられています。 

 実際に、今も戦争が起きているにも関わらず、また1日で2万
5千人もの子供達が餓死しているにも関わらず、私たちは毎日亡
くなる人のことには全く無関心に生きています。

 一方これからの残り1万3千年間は、女性性が現れてくるよう
になり、女性のリードにより、スピリチュアル的に新しい世界の
理解へと私たちをガイドしてゆきます。

 女性性のサイクルは、この今の攻撃的な生き方から離れ、より
女性的な母性で育むことを教えてくれ、私たちが長い間忘れてし
まっている方法で助けてくれるでしょう。

 そして、まったく新しいスピリチュアリティ(霊性)のあり方を示し
てくれるでしょう。それは時間を超越したものであると考えられま
す。

 実際は、サイクルの中のどの意識レベルにいるかによって、瞬
間ごとに変化するものです。今私たちは、そのような素晴らしい
歴史的瞬間を迎えています。

 ★ 時間の終わりの意味

【要約 2】

 もうひとつ皆さんに理解していただきたいことがあります。
これはマヤ族が「エンド・オブ・タイム(時間の終わり)」と呼ぶ
ものです。

 皆さんの多くは、今これからアライメントが起きて、後数分で
マヤ族の予言がすぐに始まると思っていることでしょう。実際に
起きるかもしれませんが、その可能性はとても低いでしょう

 「エンド・オブ・タイム」とは「ウィンドウ・オブ・タイム(時間の
窓)」とも呼ばれ、2007年10月24日に始まりました。

 そして、それがいつ終わるのかは、マヤ族にさえ正確には解り
ません。たぶんこの先3年間、もしくは2016年に入るまで続
くかもしれません。

 恐らく、今日は物理的なレベルでは、例えば山が上下に隆
起したりするようなことは何も起こりませんが、この精妙なエ
ネルギーの男性性から女性性への変化は、今日起こります。

 この変化は、これから数年間のうちに知覚することになるで
しょう。つまり、今日何も起こらなかったとしても、私たちはまだ
時間の窓の中に存在しています。

 そして、それがいつ終わるのかということは2016年位まで
わかりません。ですから、私たちはその時まで注意と忍耐を持っ
て待たなければなりません。

 これから起きる現象は、地球と太陽と銀河の中心が一直線に
並ぶというアライメントですが、これを体験するのにベストな方法
は、自分の内側に向くことです。

 星空を眺めたり、どんなことが起きるのか外側で感じてみるだ
けではなく、マヤ族も言っていますが、自分自身の内側にある特
別な場所にいくことです。

 これから起きる現象を本当に理解して感じたいと思うのであれ
ば、自分の脳ではなく、ハートの中に意識をもっていかなければ
なりません。脳に意識があってはいけないのです。

 しかし、現在世界中のほとんどの人は脳に意識があります。
そういう人は今どんなことが起きているのか、本当に理解するこ
とはできません。

 これから数分後に、地球と太陽と銀河の中心が一直線に並ぶア
ライメントの瞬間を迎えた後、銀河の中心からものすごいエネル
ギーが数分間やってきます。

 それは地球の二つの場所にやってきます。グアテマラとアリゾ
ナのフォーコーナーズエリアの今私がいる場所(セドナ)です。
 
 私はこれからもっと深い瞑想に入って、このエネルギーを感じ
て、銀河の中心からメッセージを受け取り、あなたに送ります。
それは起こるかもしれないし、起こらないかもしれません。
……………………………………………………………………………

 この後、ドランヴァロは瞑想状態へ入り、そこで受取ったとさ
れるのが、次のような「銀河の中央評議会」からのメッセージと
されています。

 ★ 銀河の中央評議会

【要約 3】

「2012冬至の日 日本時間PM20:11
 地球と太陽と銀河の中心が一直線に並んだ瞬間に
 ドランヴァロが銀河の中心、銀河の中央評議会(セント
 ラル・カウンシル)からから受け取ったメッセージ」

 私たちはこの銀河の中央評議会(セントラル・カウンシル)
であり、この銀河に存在する全ての生命の集合意識体です

 ドランヴァロは私たちに彼を通して話すことを許可してくれ
ましたので、彼のコンセプトやアイディアを使って私たちのこ
とをお話しましょう。

 私たちはあなたをずっと愛し続けてきました。愛していなか
った時などありません。たとえあなたが私たちが一緒にいるこ
とを知らなくても、私たちはいつもあなたと一緒です。

 あなたはこれからトランジション(移行)を経験します。
それは、いにしえのものであり、なにも新しいことはありませ
ん。とてもとても古いものです。

 あなたはこのトランジション(移行)と同じような経験は、
以前に何度も経験済みで、この時にどう行動すればいいかとい
うことは、ハートの中で正確に知っています。

 あなたがするべきことは、自分が誰であるのか思い出すこと
です。あなたに何ができるかを思い出しましょう。

 私達は、あなたはこれからも大丈夫であることを知っていま
す。何故ならば、私達はあなたとこの惑星に起こること、あな
たが向かう先を既に見ています。

 それは美しく、良いことです。あなた達人類は、あらゆる場
所の全ての生命にとって、明るい光となりました。私たちはあ
なたがしてくれたことに感謝します。

 あなたが経験した痛みや苦労は、もうすぐ終わります。そし
て、新しい生命がはじまります。愛は全ての場所のあらゆる生
命を導いていくでしょう。無論あなたも例外ではありません。

 あなたはもっと自分を信頼しましょう。私たちも信頼できま
す。ほとんどの人は覚えていないけれど、私たちは、あなたで
ありあなたは、私たちなのです。

 私たちが、ドランヴァロの教えの中で、マイナーな修整をし
たいことが1点あります。それは小さなことですが、大きなこ
とでもあります。

 ドランヴァロの教える「ユニティブレス」と呼ぶ瞑想で、母
なる地球と愛でつながり、その愛を感じて、あなたの愛を母な
る地球へと送ってから、愛を受け取ります。

 同じように、父なる天は、あらゆる創造物につながり、それ
らが父なる天に愛を送り、父なる天からあらゆる創造物に愛が
返ってつながります。

 すると、父なる天は、あなたと母なる地球の両方の存在を同
時に感じて、あなたは三角形(三位一体)のように、父なる天
と母なる地球の間に流れる愛も感じます。

 この時、忘れられてしまったことがあります。それは、自分
自身を愛するということです。宇宙が創られたのは、あなたの
ためです。あなたがいなければ、続ける理由はありません。

 あなたは、美しい自分が誰か思い出しましょう。自分のため
に、あなたを包み込む愛を、あなたの内側にも存在するその愛
を探しましょう。

 実在する全ての生命は、あなたを愛してますし、あなたの功
績にとても感謝をしています。

 人間という形態にあると、自分はただの人間だと思うことで
しょう。しかし、私たちの視点からすれば、あなたは人間を遥
かに超えた存在です。

 私たちはここで、あなたとの会話から離れますが、スピリッ
トとしては離れません。いつ何時、私達とつながりたいと思っ
た時は、ハートの中で私達を見つけてください。

…………………………………………………………………………
 ドランヴァロの誘導に戻って

 このエネルギーはこれから約3日間地球全体に流れるでしょ
う。その後は約9年間をかけて移行していって、男性性から
女性性へとゆっくりと変化を続けていきます。

 あなたは以前にも同じことを経験しました。これは始めては
ありません。あなたはクリエイション(創造)よりももっと古
い存在で、これからも永遠に存在しつづけるのです。

 全ての恐怖を手放し、リラックスする時が来ました。無邪気
な子供に戻る時がやってきました。これからはもっとシンプル
になっていきます。

 もしそれができれば、あなたの人生のすべては簡単になって
次の意識レベルへと移行し、この地球上で地球の3次元から4
次元に移っていくでしょう。

 その他の惑星に行くわけでもなく、ただ違った方法で、この
母なる地球と一緒にここに存在することになります。

 そうすると世界全体のバランスがとれた状態となります。あ
なたは、あなたの人生の間にこれを見届けることができるで
しょう。
…………………………………………………………………………

 さて、次回第201夜は、このメッセージについて
小生の思うところをお話ししてみたいと思います


( 追伸 )

 中曽根君、君のサイクルも、ここで悪性
から良性に変化するとよいのだが…。

目次のペーシへはこちらから
 

トンデモ話は奥で繋がる(199) 25.7.28

トンデモ話は奥で繋がる 「第199夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪愛のエネルギーは美味?≫

 ★ 高次体験者の使命とは
 
 さて、K・M氏のセッションの続きです。翌日も再び闇の中に光
が見え、珊瑚ちゃんが現れ、また『私はあなたの断片です。』
語りかけますが、K・M氏は、彼女にこんな疑問を投げかけます。

 『 何故私は、あなたに会うことが出来たのか。私が求め
  ていたと言うあなたに会ってしまえば、これから一生や
  ることが無くなってしまう
のではないか。』

 すると、珊瑚ちゃんはこう答えます。

 『 貴方の役目はこれからなのです。世界が1つである
  ことを、貴方は皆に知らせなければなりません


   私達のような存在に会った多くの人は、既に動いて
  います。地球は危ない状況にあります。時間がありま
  せん。人間のエゴがどんどん増大しています。』

 これに対し、K・M氏が『どうやって救うのか』と問いかけます。
珊瑚ちゃんは、こう答えます。

 『 この体験を本に書くのです。貴方は人に気付きを与
  える文章力があります。それを活用してください。』

 珊瑚ちゃんは、この体験を書物にして、人類全体に知らしめるこ
とこそが、K・M氏に課せられた本当の使命であり、既に多くの先
駆者が、その役割を果たして来ているのだと諭します。

 この辺りも、高次元存在とのコンタクト体験者によく見られる
展開
です。実際、このような体験をきっかけに、スピリチュアル的
指 導者の道
を進んでいく例も多々あるでしょう。

 K・M氏も、世界に真の平和をもたらすための使者の1人として、
その列伝者の中に名前を残す資格があると、珊瑚ちゃんは語りか
けたわけです。

 ★ 愛のエネルギーを喰う

 しかし、そんな興味の全く無いK・M氏は、『私は社会使命のた
めに働きたくはありません。』
と答えます。彼の興味は、あくまで
『この世界の真実を知りたい』ということのみにあります。

 最も『この体験を本に書く』という使命のみは、現に実行してく
れています。そしてそのお陰で、私達はこのような高次元体験に
対 する、全く別の視点
を持つことができます。

 それに対し、珊瑚ちゃんの言葉は、諭す口調から命令型のもの
へ と変化します。これまた、スピリチュアル・コンタクトではお馴染
みのフレーズです。

 『 愛に目覚めてください。時間がありません。』 

 ここでK・M氏は、珊瑚ちゃんが、幾分色褪せたように感じます。
彼女の正体をつかみたいと感じたK・M氏は、『断片であるあなた
に合一させてくれ』
と願い出ます。

 それに対し、珊瑚ちゃんは無表情のままでしたが、拒否の言葉は
ありませんでした。K・M氏は、エネルギー体である『自らの断片』
に近づき、合一しました。

 すると、K・M氏の感じたのは、機械と合体するような冷たいイメ
-ジ
であり、同時にK・M氏自身のエネルギーが、一方的に奪わ
れる
のを感じ、彼女からは何も還って来ませんでした。

 珊瑚ちゃんから離れたK・M氏は、離れてもなお、彼のエネルギ
ーが珊瑚ちゃんの方へ流れている
のを感じます。その間も珊瑚
ちゃんはこう訴えかけます。

 『 もっと私を愛しなさい。愛を与え続けるのです。』  

 もはや、開き直りとも取れるこの言葉に、K・M氏は『あなたは何
故エネルギーを奪うのか』
と聞き返します。それに対して、珊瑚
ちゃんはこう答えます。

 『 貴方は間接的なエネルギーとして食物を食べますが、
  我々は直接的なエネルギーしか食べません。

 (『ハンドルを手放せ』pp141-146《講談社+α文庫》より抜粋転載)

 いかがでしょうか。どうやらK・M氏が出会った高次元の存在は、
私達が牛から乳を搾り取るのと同様に、人間に愛を生産させて、そ
れを食べる存在
でした。

 フォーカス35を超えた領域は、地球人の理解の範囲を超えた異
次元の生命体との接触の場であり、私達の通常の観念や善悪の
価値判断が通用しない相手
が現れる可能性を秘めています。

 ★ 人生はレース・ゲーム 

 スピリチュアルの高次体験の体験談で、実際に高次元の存在と出
会えた場合、大半の筆者は、その至福感を強調し、彼等からのメッ
セージはほぼ肯定的に紹介
するのが常です。

 ましてやK・M氏は、この体験で『他の人々の為に尽くす使命』
を伝えられたのですから、大半の体験者は有頂天になって、中には
教祖じみたお説教を伝えがちなところです。

 ところが彼は『自分はそんな使命には興味はない』とバッサリ
切り捨てます。見方によっては、なんと自分勝手なヤツだと取られか
ねません。

 しかし、もともと私達は、他ならぬ自分自身のカルマの解消のた
めに現世に生まれているのですから、その目的に則さないことにつ
いては、する必要はありません。

 問題は『他の人々の為につくす使命』が、果たして自らが課した
カルマの中に入っているのかどうかですが、K・M氏は、『ハンド
ルを手放す』ことで対応せよと
言う訳です。

 私達の人生は、ちょうどゲームコーナーのレース・ゲームのよう
なもので、繰り広げられる画面上の変化に反応して、私達の理性が、
右へ左へとハンドルを切ります。


 スタートとともに移り変わる画面は、転生の前に自らが決めた人
生の宿命
に当たり、変えることは出来ません。自らの意志が及ぶの
は、ハンドル捌きによる運命のみです。

 私達はゲーム中に、隣でハンドルを握っている現世の誰かや、
既にゲームを終えた異界の誰かのアドバイスに従い、自分の意
志では無い方向にハンドルを切ったり
します。

 無論、その中には適切なアドバイスもあるのですが、そもそも、
自分と全く同じ画面を体験しているドライバーは、全くいない
ですから、その人と全く同じ成果を得るとは限りません。

 では、何が最も頼りになるのかと言えば、自らの奥底の『魂』の
命ずるままに任せるのが一番であり、理性に縛られたハンドルを、
いったん手放してみようということです。

 すると、運命の道筋に従って、自ずからコースや速度が選択され、
『魂』が事前に描いていた、最善の対処方法に従ったドライビン
グができるというものです。

 K・M氏の場合は、この世の不思議を探究することこそが『魂』
の用意した運転術であり、『他の人々の為につくす』という運転方
法は、彼にとっては全く選択外であるということです。

 翻って、最近のスピリチュアリズムには、このような耳触りの良
い『使命』を説く
ものが多く、さながら一昔前の新興宗教のように
統一的な行動を促すものが多々あります。

 たとえ、どんなに高名な指導者が推奨した行為であっても、自ら
が、無理にハンドルを切っているように感じるものについては、
無理に従わない
ことです。

 仮にその選択が、自らの魂の向上を遅らせる結果になろうとも、
現に自分自身が、それを自然と受け入れる状態にまで高まって
いないならば、本当の向上は望めない
でしょう。

 少なくとも、自分自身のレース・ゲームを体験している訳ではな
い第三者に、そのハンドルの全てを任せてしまっては、それを設計
した自らの『魂』に対して失礼
だと、小生は思います。

 いやむしろ、一見ここち良く響くアドバイスこそ、『闇の存在』
の仕掛けた罠である可能性
を疑ってみる必要があるのではない
かと、小生は思います。

 さて、次回第200夜では、2012年12月21日のドランヴァ
ロのメッセージについてお話します。


( 追伸 )

 中曽根君、君こそ最悪の運転指導教官だ。

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トンデモ話は奥で繋がる(198) 25.7.15

トンデモ話は奥で繋がる 「第198夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪高次の存在の思惑≫
 
 ★ K・M氏の良い所

 小生宅には、随分昔に購読を申し込んだK・M氏の機関紙『不思
議の友』(
無料)が年に数回届きますが、最近は六爻占星術
運グッズの宣伝
ばかりであまり読んでいません。

 しかし彼の初期の著書は、次元瞑想ヘミシンク体験を中心と
した、大変興味を惹くものであり、小生は次の2つの点でK・M氏の
姿勢を評価しています。

 1つには、彼自身の霊的体験度の高さや、霊的能力を持った特定
の個人を讃えること無く、当該能力や現象は、きっかけ次第で全
ての人が獲得できるもの
として見ていることです。

 そしてもう1つは、氏は当該能力や現象の探究のみに焦点を当て
ており、得られた体験や知識をどう生かすかは個人に任せ、自身で
あれ他者であれ、救世主的な行動については無関心なことです。

 氏の初期の著書の1つに、モンロー研究所でのヘミシンクの体験
を中心に書かれた『ハンドルを手放せ』がありますが、その中の体
験談のひとつを見てみましょう。

 ★ フォーカスの階層

 モンロー研究所の体外離脱のセッションでは、被験者が自らの
念を集中させ、次第に意識を上昇させていく各段階の領域に対して、
『フォーカス』と言う名称を付けています。

 それは、幾つもの球体が積み重なった、多層構造になっていると
イメージされており、順に1~69までのフォーカス番号が付けら
れています。

 1~21までが私達の3次元で、22の反射層のようなポイント
を挟み、それ以上の番号を持つフォーカスは、違う次元という
ことになっています。

 フォーカス23には、現世に未練を残す魂―いわゆる未成仏霊
が囚われているとしています。我々の世界より精神的自由度が低
という意味で、K・M氏は2次元としています。

 その上の24~26はモンロー氏が「信念体系領域」と命名した場
所で、生前の固い信念のある魂等が、そのこだわり故、一時的に
留まる領域のようです。

 次のフォーカス27が、俗に言う「極楽」だそうで、ここが輪廻転
生の分岐点であり、第134~141夜でお話ししたアストラル体の
脱離・形成の場となるようです。

 その上の28~34は『実在領域』で、私達が実在すると錯覚し
ている3次元の『物質』の実体が存在する領域です。私達は3次
元で、それが投影された影を見ているということです。

 ちなみに、この領域がアカシックレコードのある場所としていま
す。また、第七十六夜のサティアの説明では6次元に当たるもの
と思われますが、K・M氏は5次元としています。

 そしてこの上のフォーカス35こそ、私達がハイヤーセルフ
K・M氏の定義によれば『前世の全ての自分を含む本当の自分』
と出会うポイントとされています。

 ★ 珊瑚ちゃん登場

 そのフォーカス35を超える際、私達は他の体を脱ぎ捨て、もはや
エネルギー体としての『自我』のみとなって、地球外生命圏へと
飛躍するとしています。

 そしてK・M氏は、そこである『存在』に出会います。
以下、『ハンドルを手放せ』から、そこでのK・M氏と『存在』とのやり
とりを中心に抜粋してみます。

 フォーカス35を超えるとすぐ、K・M氏は真っ暗な空間の中に、
強烈な光の玉を見い出します。その中に、まるでアニメの美少女
のような姿をした存在が浮かびます。

 後日「珊瑚(35)ちゃん」と名付けられたその存在は、銀色の
コスチュームに身を包み、金色の髪と美しい顔をしていますが、
まるで無表情のままK・M氏にこう語りかけます。

   私はずっと貴方を待っていました。私達は永遠の
   恋人なのです。

    宇宙が生まれるずっと前、私達は1つでした。貴
   方は陽、私は陰として世界に誕生しました。
  
    私は地上に何人もの分身を送って来ました。貴方
   はその彼女達に―何世紀に渡って―恋をして来ま
   した。

    愛とは何だと思いますか。愛とは、もともと1つで
   あったことを思い出すことです。

    宇宙は、もともと1つだったのです。万物は切り離
   されてはいません。お互いに分離していると錯覚して
   いるだけです。

    もともと1つだから、私は貴方の考えが読めます。
   貴方は孤独でした。自分の事をわかってくれる人を
   待ち望んでいました。

    しかし、何世紀経っても、理解者は現れませんで
   した。何故なら、万物は1つだという大原則を忘れて
   いたからです。

    思い出してください。あなたはひとつでした。』

 これまで、自分の心を読まれ無言のまま聞いていたK・M氏は、
「珊瑚ちゃん」に『私達人間は、何のために生きているのか』
 と問いかけます。すると彼女はこう答えます。

  『 私は知っています。貴方は何処から来て何処に行く
   のか、その答えを追い求めていることを…。

    何処から来て何処に行くのか、それは1から生まれ
   1 に帰るためです。さあ、来なさい、貴方は永遠の分
   離から解放されるのです。』

 K・M氏は、言われるまま、両手を広げた珊瑚ちゃんのもとへ近
づきます。そして体が接触した瞬間、なんとも言えない甘美なもの
がこみあげます。

 しかし、珊瑚ちゃんは無表情のままで、やがて肉体に戻る時を告
げるガイダンスが流れると、『また会いましょう』と言い残して、
フッと消えてしまいます。

  (『ハンドルを手放せ』pp137-140《講談社+α文庫》より抜粋転載)

 さて、この珊瑚ちゃんの台詞、多くのチャネラーがコンタクトしたとさ
れる『愛の存在』の決まり文句に良く似ています。仮に瞑想中にこ
んな存在に出会えば、うれしくなってしまうでしょう。

 また『万物は1つ』という下りは、理性的にも納得してしまうところで、
高次元の存在は、やはり自分の思っていた通りの叡智を持ってい
る、と感激
するかも知れません。

 そして、その存在に近づくに連れ、自分の中に『愛』の衝動が湧き起
こってくる…。まさにステレオタイプの、高次元存在とのコンタクト
起きたわけです。

 しかし、無情にもヘミシンク体験の制限時間が来てしまい、K・M氏の、
この先の探究は、翌日に持ち越されます。

 少々長くなって来ましたので、続きは次回第199夜でお話します。

( 追伸 )

 中曽根君、珊瑚ちゃんの代わりに君が出て
きたなら、誰もヨロコバないだろうね。

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トンデモ話は奥で繋がる(197) 25.6.23

トンデモ話は奥で繋がる 「第197夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪トンデモ話=普通の話≫
 
 ★ 闇を必要とする私達

 久々の更新記事となります。、ごく少数の読者の方々には、誠に
申し訳ございませんが、現在の私的状況ですと、1か月に一度位
の更新になると思います。

 さて、世の『スピリチュアル』『陰謀論』に傾倒する方々は
それを解明することで、何かとてつも無い人類の変化に期待し、
或いは危惧する方が多数であると思います。

 しかし小生は、この2つの大きな『トンデモ話』を融合させる
思索作業
を進めれば進める程、次第に双方の過熱感に違和感
を覚えるようになっていきました。

 無論、小生にも、そのような変化が是非とも起こって欲しいと
いう願望
はあります。しかし、シュタイナー的な現世の目的を考
えると、それが万人に一気に起こる可能性は薄いと思います。

 現世には、前世のカルマの解消を目的として転生している多く
の『魂』があります。彼等は(無論小生も)今度こそはその目的
を達成しようと、個々の人生を設計して来ています。

 前世で貧民から金品を搾り取ってきた者は、搾り取られる人
を、下階層を痛めつけてきた者は、虐げられる階層の生活
を、それぞれ設計しているかも知れません。

 そして彼等には、その悪役を演じてくれる、私利私欲に満ちた富
裕層や支配層―すなわち陰謀論者が『闇の存在』と呼ぶ者達
の仕掛けたシステムが必要
かも知れません。

 また、現世では『闇の存在』と無縁の生活を送った『魂』であって
も、他の『魂』のカルマを解消する目的で、あえて『闇の存在』
としての現世を設計して来る
場合もあるかも知れません。

 そんなカルマが完全に無くなってしまわない限り、また今世
で『闇の存在』に加わってしまい、来世に向けて新たなカルマを
背負う『魂』がある限り、そのシステムが必要
なのです。

 ★ カルマ一掃説の矛盾 

 結局のところ、肉体を持ったままの私達が、一度だけの現世
生死の間に理解し、享受できる真理や解消できるカルマは、ほ
んの僅かな部分
でしかないと思います。

 そして、現代のこの世紀に、あと少しで現世のカルマが一気に
清算してしまえる程、完成に近い『魂』が集まっているとは、小
生にはとても思えません。
 
 また『全人類のカルマを一気に清算出来る程、想像を絶す
る天変地異
が起き、アトランティス同様、全ての人類がそれに巻
き込まれるのだ』という終末論にも賛成しかねます。

 個々の克服すべきカルマは、各人それぞれに違うのですから、
同じ災害で一様に解消するものでは無く、それぞれの設計した人
生に従って克服されるべき課題です。

 そもそも自然災害については、第183夜でお話ししたように、
『魂』にとっては、カルマの清算を中断させられ、引き換えに来
世での特別な力を得る
ものです。

 従って『自然災害』と『カルマの集団的な解消』とは直接結び
つくものではありません
。解消できるかどうかは、その人の来世
以降に持ち越されるのです。

 最も、アトランティス的終末の可能性自体は否定しません。しか
しそれは、第八十五夜でお話ししたように、カルマの清算では無く、
それが出来ない程の『闇』が引き起こしたものです。

 ★ 人生をどう処すべきか 

 つまるところ、私達は希望して現世に生まれた以上、肉体という
制限を持ったままの状態で、自ら設計した宿命に従って、ひたす
最善と思われる生き方をするしかないと思います。

 その上で、出来るだけ広範囲の『トンデモ話』に真摯に耳を傾
、自らの判断で取捨選択し、かつ、特定の説にのめり込まない
姿勢を持ち続けることが大切だと、小生は考えます。

 その意味では、数年前からヘミシンク体験や前世に関して、独自
の見解から『不思議研究所』を立ち上げているK・M氏の人生の処
し方が参考になるかも知れません。

 もっとも最近の氏は『生まれ変わり』『開運グッズ販売』に特
化し過ぎている感がありますが、初期の著書には啓明的な指摘が
多々ありました。

 次回第198夜は氏の著書の一節から始めたいと思います。

( 追伸 )

 中曽根君、君の存在も捨てたもんじゃない
かもね


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トンデモ話は奥で繋がる(196) 25.5.6

トンデモ話は奥で繋がる 「第196夜」 
    -久しぶりに弟子のクッテネルがお送りします。
 今後の更新については、不定期となりそうですので
 あしからずご了承ください。 

≪シュタイナー的世界でなければ…≫
 
 ★ 死後の世界が無いならば

 さて、第194夜・5夜の『闇の存在』の意義については、
ュタイナーの『人智学』
を前提としていますが、それが誤って
いたらどうかという疑問を持つ方もあると思います。

 その通りです。むしろそんな疑問を持つ癖を着けることこそ、
小生の願うところです。何事も100%信じてしまうことは避けな
ければなりません。

 それでは、そんな場合は一体どんな世界が想定できるのか、
2つの例を考えてみましょう。

 まず
『死後の霊的な世界など無く、死と共に全く無になる』
世界であったとすればどうでしょうか。つまり、現世以外には何
も体験しない世界です。

 この場合、個々人の価値観にもよりますが、相対的には『現
世を楽に生きるに限る』
ということになるでしょう。物質的に見
れば、闇の頂点に近い者ほど楽をする世界です。

 しかし、果たして『闇の存在』の世界に平穏はあるでしょうか。
組織の構成員は、仲間を出し抜き、裏切り、たとえトップに居
ようと、常に2、3番手の忠誠を疑わねばなりません。

 さらに、敵味方無く警戒し、緊張し通しの『闇の頂点』の短い
生涯を守り通したとしても、死んで消滅してしまえば、自分の
記憶さえ残らないような完全な『無』に帰する
のみです。
 
 それが羨むような人生でしょうか。むしろ無人島で、気の向く
ままに暮らす生涯の方がマシでしょう。増してや、気の置けな
い仲間と暮らす庶民の生活の方が数倍勝ります。

 ★ 死後も現世を引き継ぐならば 

 次に、
『死後の次の世界があり、現世で積み上げた富や社会的
地位が、形を変えて引き継がれていく』
というシステムであったならばどうでしょうか。

 この場合も、一見『闇の頂点』に近いもの程、次の世界で
も楽をできるように見えます
。ただし、まず、全員が同じ世界
へ逝くのでなければ、前世と同じ関係に立つことはできません。

 仮に、同じ世界に逝くとしましょう。ただし、その世界には、 必
先に逝った者がいます。中には、自分では到底太刀打ち出
来ない、かつての大王のような地位にある者もいます。

 つまり、先に逝った者がいる以上は、自分が生きていた時の
現世と、そっくりそのままの地位や序列を保てるとは限らな
ことになります。

 すると、自分はその下の存在に甘んじなければなりません。
頂点に立つのが究極の望みであった者にとっては、相当の屈
です。或いは、また覇権争いを起こすことになるでしょう。

 『それでも、次の世界で相当のハンディーは持てるでは
ないか』
と思うかも知れません。ところが、こうした覇権争いを
繰り返す者にとっては、もう一つ厄介な問題があります。

 死後直後の『新参者』には、『次の世界』の知識はありませ
。つまり、覇権争いをしようにも、後から来た者は、先に来
た者より圧倒的に不利な立場
からスタートしなければなりま
せん。

 ましてや、『先着者』にとって都合の悪い、或いは彼等が前
世で痛い目に合わされた『新参者』であれば、死後直後は先
手を打つには絶好の機会です。

 仮に、『次の世界』でも『死』があれば、着いた途端に抹殺さ
れる
かも知れません。まさに、自ら罠に飛び込んでゆくネズミの
ようなものです。

 そして、さらにその上に『次の次の世界』があるとすれば、抹
殺された者は、そこで恨みを晴らそうと待ち受ける…権力欲者
にとっては、まさに永遠の地獄の連鎖のような世界です。

 逆に、もはや死は無いとすれば、永遠に序列が積み重なる世
ですが『新参者』はやはり不利でしょう。どうせ死なないのなら、
最初からそんな序列に関心が無い方が余程気楽です。

 ★ またまたこんな本が…  

 どちらにせよ、これら反シュタイナー的な世界は、前世で富や
社会的地位の恩恵を受けている者にとっても、ろくな世界で
は無い
ように思われます。

 むしろ、前世での価値観をそのまま保持しようとする思念
のものが、自らその通りの欲望の世界―すなわち地獄そのもの
―を創り出し、その世界に捕われるのかも知れません。

 逆に、シュタイナーの説く『霊的世界』は、そうした思念が自らの
精神にマイナスに作用することで、それを改めさせる機会を
与えるシステム
といえます。

 果たしてその通りなのかどうかは、肉体を持つ我々には確かめ
ようがありませんが、少なくとも『神の智慧』を感じさせるシステ
であり、そうあるべきだと小生は感じます。
………………………………………………………………………

 さて、当ブログの主たる目的は『霊的世界』の真相についての
様々な説を、出来る限り公平に紹介し、その上で小生なりの解釈
をお示しすることです。

 そのため後半は、現時点では最も深くアプローチしていると思
われるシュタイナーの説を、出来るだけ現世の感覚で捉え直した
説明を加えようと悪戦苦闘して来ました。

 しかし、まさに最終的なまとめに入ったこの時期に、シュタイナ
ー的解釈への入門書としては、最もわかりやすい道案内をし
ている本に出会いました。 

縮ケペル  
   三橋一夫氏が、20年以上も前に書いた『ケペル先生の超科
学入門』
です。たまたま古本屋で105円で手に入れたのですが、
その10倍以上の内容のある良書です。

 氏の主たる肩書きは、音楽評論家となっており、中島みゆきの
音楽論等の著書もありますが、他に古代史や古神道の研究、 
  はたまた怪奇小説等、多彩な文才の持ち主です。

 既に1995年に亡くなっていますが、同書は1990年に書か
れており、タイトル通り主として精神世界に関する、幾多の超
科学の解釈
について書かれています。

 本書は、案内役としての『ケペル先生』が、5時限に渡って講
義をする形で、臨死状態で地獄の世界を見た人の話を1時
限目とし、以後くだけた調子での講義が続いてゆきます。

 しかし、内容的には非常に濃く、古代エジプトの死者の書
の話から、スウェーデンポルグの霊界日記エドガーケイ
シーのリーディング
と、霊的世界の探究が順に繰り広げられ
ます。

 そして、輪廻転生とカルマの法則に至って、人間の4つの
指導霊アカシャ年代記から読み取られたアトランティ
ス人
の見霊能力等々、シュタイナーの人智学的な説明へと進
みます。

 全編に渡って、我々の通常の生活感覚に置き換えた、平易
なたとえ話と、素朴な疑問への回答
がちりばめられ、とても
読みやすく、コンパクトにまとまっています。

 まさに、小生が目指していた内容の書物を、20年以上も前に、
小生なんかより数段わかりやすい形で、眼前にすんなりと
提示された感があります。

 しかし、これ程優れた入門書でありながら、ネット上でその書
評をしている人はほとんど無いようです。まさに秘本的な一冊
で、今回も、シンクロニシティ的出会い感を禁じ得ません。

 恐らく一般の書店では手に入らないでしょうが、ネット上では
古本等が少数出回っているようですので、小生のつたない解
説では、いまいち理解できなかった方は、是非ご一読くだ
さい。


 次回第197夜は、いつになるか未定ですが、よろしかっ
たらまたおつきあいください。

( 追伸 )

 中曽根君、君への賛辞が毎週できなく
なって残念だよ。

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トンデモ話は奥で繋がる(195) 25.3.17

トンデモ話は奥で繋がる 「第195夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪宇宙人と闇≫
 
 ★ 人類外生命体の分類

 変人扱いされることを厭わないタイプの陰謀論者には、真の闇の
支配者
人類外生命体であり、現世を牛耳っていると見える支配
層は、その手下に過ぎない、と論を拡げます。

 最もポピュラー?なのは、高次元存在プレアデス系とシリウ
系の対峙、かつての神々の正体であるアヌンナキ、地底の暗黒
存在のレプティリアン等々による人類支配でしょうか。

 さてこれらの人類外生命体の場合、UFO等で身体を伴ってやっ
て来るタイプ
と、チャネラーを通じてメッセージのみを送ってくる
神的なタイプ
があります。

 うち身体を持った存在の場合、知性の進化度や寿命の長短はあ
るにせよ、私達と同じく、本性は『魂』であり『身体』はその容れ物で
ある可能性が高いと思われます。

 しかし、中には『魂』そのものが変容して『身体』となっている
存在
や、不老不死の『身体』を持った存在が居る可能性がありま
す。その場合、私達のような『死』は無いことになります。

 従って、人類外生命体を霊的に分類する場合には、

 ① 私達と同じように『身体の死』を持つ存在
 ② 『身体が無い』か、あっても『不死』の存在

の、大きく2つに大別して考える必要があると思います。

 うち、①の存在については、長短の差はあるにせよ寿命を持ち
かつ、その本性―死後も残るもの―は『身体』ではなく『魂』である
ような存在となります。

 ただし、精神的なメッセージを送ってくる存在すべてが『不死』
という訳ではなく、①の存在がテレパシー的伝達手段で、遠隔的
にコンタクトする場合も多いと思われます。

 さて『魂』が不滅であることを前提にすれば、寿命の転換点であ
る『生と死』を境にして、私達と同じように輪廻転生を繰り返す
考えてよいでしょう。

 そして、その輪廻転生が『魂』にとって有意義だとすれば、寿命
である『生から死』の期間については、『魂』の進化のための修
行の期間
であるはずです。
 
 従って、彼(女)等が闇の首謀者であったにしても、そのような
割を演じている
のに過ぎず、彼(女)等もまた『魂』のレベルでは
闇を志向するものでは無い
ということになります。

 ★ 『不死』とは『死ねないこと』

 さて、②の存在については、少し考察が必要です。
 まず、純粋に『不死の身体』を持った存在、逆に言えば『死ぬこ
とが出来ない存在』
について想像して見ましょう。

 SF作家のC・クラークは、第128夜でお話しした『幼年期の終
わり』に登場するオーバーロードを、これに近い、遥かに長い寿
命を持った存在として描いています。

 彼等は、霊的な世界の実体験を通じて新しい人格になることが
ありません。つまり、過去からの自らの体験は全て、膨大な知
識の蓄積
となって残ってゆきます。

 そのため、科学的・社会的進歩については、その誤用で全滅し
ない限りは、失敗例を含め、過去の事例を有効に生かして蓄
積していくことが出来ます。

 また、生死に関する特殊な霊的能力を持ったグループが出来る
こともありませんから、第八十夜のレムリア、第八十五夜のアト
ランティスのように黒魔術で滅亡することもありません

 しかしその反面、生活史が進むに連れ、行動しようとすることの
全てについて、善・悪どらちの結果を生むのかが、過去の体
験的に全て予見
できてしまうようになります。

 つまり、生活の様式に実験的な部分が何も無くなり、(遊戯的
な事を除けば)全て最も善いと思われる行動しか選択出来な
くなってしまう
でしょう。

 そうなれば彼等は、自分自身の生活にはほとんど関心を持
てなくなる
と思います。さて、そうなると彼等は、何に関心を持っ
て毎日の生活を送るでしょうか。

 恐らくその関心の矛先は、他の『不死では無い生命体』が、
どのように生きてゆくのか
に向けられるのではないかと、小生
は思います。

 寿命が有限である私達の世界に即して想像してみるのは、少
々無理があるかも知れませんが、ちょうど人間が昆虫等の、寿
命が短い生命体を観察するのに似て
いるかも知れません。

 ペットにして可愛がろうとする人、そのままの生態を守ってや
ろう
とする人、見るのも嫌で早々に駆除してしまおうとする人、
等々…その反応は様々です。

 こんなことを言うと『私達がペットと同じとはけしからん』と思
われるかも知れませんが、私達自身も、『霊』としては同等で
ある多くの動植物に対して、同じ扱い
をしているのです。

 手塚治虫も、以前に第140夜で紹介したように『火の鳥~
宇宙篇』
で、不死の生命を得た主人公を登場させ、そのような
思いについて描いています。

 不死の運命を背負った彼は、宇宙の全生命が死滅した後も、
悠久の時の中を全く一人で存在し続け、ひたすら他の生命の誕
生を待ち焦れる日々を過ごします。

 第五十八夜以降で紹介したアヌンナキは、寿命はあるようで
すが私達よりは遥かに長く、従って彼等が『神』として君臨した根
底にも、このような感情に近いものがあったと思われます。

 彼らと比べ、非常に短い間隔で『魂』の経験をリセットし、次
々と新たな人生を送れる私達の存在は、非常に妬ましいと同時
に、私達の進化を眺めるのが楽しみの対象でもあるのです。

 従って、彼等が私達に対して『闇の存在』的な仕打ちをすると
しても、それで彼等が直接的な現世での利益を得ようとしてい
る訳では無い
のではないかと、小生は思っています。
 
 そして、不死かどうかはわかりませんが、プレアデス人にせよ
シリウス人にせよ、程度の差こそあれ、概ね彼らアヌンナキと同
じ感情を持っているのではないかと、小生は思います。

 ★ 現世の『闇』は消えない

 次に『霊体』しか持たない精神的な存在について考えてみま
しょう。

 精神的な存在と言っても、そうで無い私達は想像するしかあり
ませんが、少なくとも私達の『魂』に当たる部分の活動があり、
かつ、それ自体が単独で存在しているものと仮定します。

 (とは言っても『形』が無い存在を、私達が他の存在と区別で
きるかどうか
、甚だ疑問です。よく『固有の波動』を持つとも言わ
れますが、同じ存在が使い分ける可能性もあります。)

 それらの存在が特定できる以上、彼等は『神』という存在とは
違う存在
ということになります。それでは彼等は何を目的に活動
をしているのでしょうか。

 仮に彼等の一部が『闇を追求する存在』であるとしましょう。
彼等がどのようにして、そのような存在に至ったのかを考えると、
第190夜でお話しした『一神か善悪二神か』が関係します。

 ミトラ神学のように、全ての存在がただ一つの『神』から発生し
たと考えれば、『闇を追求する存在』もまた『神』が創造した
いうことになります。

 ここで『神』は全能であるならば、『神』は不必要なものを創造
することは無い
筈ですから、『闇を追求する存在』も存在する
必要があって創造された
ことになります。

 従って、彼等が人間界で操っている『闇を追求する存在』も、
消えてしまうことは無い
でしょう。仮に新の首謀者が消え去って
も、必要であれば次なる代役が生まれることになります。
 ……………………………………………………………………

 一方、『ゾロアスター教』敵な『善悪二神論』の場合は『神』とは
全く別の存在として『闇を追求する存在』が存在し、両者は互いに
自陣の勢力を拡げることを目的
としています。

 仮に全能の『神』が、『闇の存在』を不必要として消し去れるの
であれば、既にそうしている
筈ですので、『神』の力をもってして
も処しきれない『悪神』がいることになります。

 さらに互いに『不滅』であるならば、せいぜい勢力を封じ込める
ことが出来るだけで、永遠に『闇の存在』が消えることもなく
両神の勢力争いは延々と続くことになります。

 そしてこの場合も、私達の人間界だけを見れば『一神論』の
場合と同じ
ようなせめぎ合いが続くことになります。違うのは、最
終的か勝利者が『善』とは限らない点のみです。

 そのどちらにせよ、両者が同等の力である限り、私達の現世で
の寿命の間に『闇』の根絶された世界を見る可能性は極めて
ゼロに近い
でしょう。

 つまり『一神論』にせよ『善悪二神論』にせよ、我々が現世で対
処すべき方法は、彼等の存在をよく知り、その手口が使えな
いような社会へ一歩ずつ近づけていく
しか無いのです。

 これが本当の意味での『闇の存在と関わらない』ことであり、
そのためにも『スピリチュアリズム』は『陰謀論』と疎遠であっ
てはならない
と、小生は思っています。

 さて次回第196夜は、仮に シュタイナーの見方とは違った
現世であった場合を考えて見ます。


( 追伸 )

 中曽根君、それでも君とは関わりたくない
のだが…。

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トンデモ話は奥で繋がる(194) 25.3.9

トンデモ話は奥で繋がる 「第194夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪陰謀論の価値≫
 
 ★ 醍醐味は首謀者探し

 『陰謀論』の世界では、現世の闇の世界を牛耳る存在達につい
て、百花繚乱の説が入り乱れ、ある重要人物が正にも悪にも解釈
されており、なかなか一枚岩にはなりません。

 当ブログでも、第二十八夜以降、そのほんの一部について、日
本人、欧米人から宇宙人、霊的存在に至るまで、いろいろと紹介
して来ました。

 ところで、陰謀論者が最大のエネルギーを注ぎ込むのは、闇の
中枢を司り支配する中心人物を絞り込むこと、及び彼(女)(等)こ
そが絶対的な悪だと断定することです。

 小生には、その議論に決着を着ける力量はありませんが、ここ
では少し別の観点―私達が現世に生きる目的から『陰謀論』を
見てみようと思います。

 ★ 肉体あっての陰謀者

 初めに、『陰謀論』の対象を『地球人』に限って見てみましょう。
『いや、そんなレベルの話では済まない』とおっしゃる貴兄もみえ
ると思いますが、しばらくご辛抱ください。

 日本国内では、金権政治の末裔である尾沢氏こそ悪の権化だ
とする説と、『日本を取り戻す』等と本音?を掲げる彼らこそ癇民
族の売国者
だという説を軸に対立しています。

 さらにそれを後押しする勢力として、原子力利権のロフチャイ
ルド
と、石油利権のロップフェラーの攻防があるという説もあれ
ば、いや裏ではお互いに協力しているとの説もあります。

 そのいずれが真実?にせよ、どちらか一方が、或いは双方
が悪
なのであって、一般人、とりわけ日本の庶民がそのスケー
プゴートにされているという図式です。

 彼等闇の勢力の候補者達にとって、現世の目的は、概ね、
『享受できるあらゆるものをマネー化し、それが自らに集中
する
システムを通じて人類の頂点に立つ』ことでしょう。

 しかしながら、それらは全て現世の物質文明と、肉体が受容
できる『五感』を前提とし、『死』への恐怖を煽り立てて私達を
従わせることで得られるものです。 

 彼等も、人間である以上は、いつかは現世での『死』がやって
来ます。従って彼等の一人ひとりがその目的を享受できるのは、
せいぜい百年余り
に過ぎません。

 無論、その末裔が自らと同じような境遇を享受することで、それ
が永遠に続くと考えることも出来ますが、所詮は本人の霊的な
世界に持ち込むことは出来ない
のです。

 ★ 先に楽有り、後に苦有り

 彼等が、自らの死後の世界をどう捉えているのかは分りません
が、その後、一般的に考えられている霊的な世界では、彼等の現
世での物質的・感覚的拘束手段は全く通用しません

 それどころか、霊的世界では、彼等が現世で私達を欺き続けた
手口も、彼等が今現在に思考している内容も全て、他の霊的存在
には筒抜けに感知されてしまうでしょう。

 加えて霊的世界では、他の霊的存在を押さえつけたり、抹殺?
してしまうことが出来ないとすれば、彼等は周りの憤怒の情に晒
され続ける
ことになるわけです。

 そうでなくても、第136夜で見たとおり、彼等は『肉体』を失った
瞬間から、自らの行為が他の存在に与えた苦痛を、自ら体験
し苦しむことになるとシュタイナーは言います。

 このシュタイナーの解釈が真実だとすれば、果たして彼等は、
死後の苦しみを承知の上で、闇の世界の所業を選択してい
るのか
どうかが問題になります。

 もし彼等が、死後に霊になった時点で、現世での行為を後悔す
るのであれば、魂の進化のシステムを知らないが故に、現世
では本意でないことをしていることになります。

 逆に、そのことは承知の上で、生前に自らの人生を、敢えて
の誰かのカルマの解消
のために、闇の担い手となることを選択
して臨んでいるような高尚な魂かも知れません。

 つまり、シュタイナーの神智学的解釈で考えれば、『肉体』を持
って現世に生活している者であれば、現世での所業はともかく、
『魂』として闇の首謀者を選択する者など無いわけです。
 
 ★ 陰謀論者の本当の仕事

 とすれば、『陰謀論者』が血道を挙げて『彼等こそ闇の首謀者
だ』
と究明する行為は、霊的なレベルで見ればあまり意味がな
ということになります。

 霊的なレベルで見れば、一方は闇の首謀者になることなど望
んでいない魂
であり、もう一方は他の霊のために、敢えて自己を
犠牲にしてその役割を担っている魂
だからです。

 たとえ、特定の個人が現世では真の闇の首謀者であっても、
霊になってしまえば、自分の行為が本意では無かった事を悟る
のですから、その本性は首謀者たり得ないのです。

 ましてや、当の首謀者が現世から消えたとしても、闇のシステ
ムが必要とされる限り
は、2番手、3番手の闇の継承者が、次
の首謀者になるだけの事です。

 しかし、だからといって『陰謀論者』の努力は無意味なことで
はありません
。彼等は『闇の世界』の存在と手口を、一般の生
活者に広く知らしめるという重要な役割を担っています。

 つまり『本当は無価値どころか害のある物』を現世の宝の
ように見せかける輩
を、一丸となって片っ端から糾弾してゆき、
私達の選択の目を開かせることこそ、第一の使命です。

 ただし、そうした『陰謀論者』の中にも、一般の生活者を混乱
させる目的を持った、高尚な?魂も混じって
おり、彼等の言
動には常に注意し、全てを鵜呑みにしない心構えが必要です。

 さて次回第195夜は地球外の陰謀者に視点を移します。

( 追伸 )

 そうだったのか中曽根君、
君も本当は高尚な魂なのかも知れない。

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トンデモ話は奥で繋がる(193) 25.3.3

トンデモ話は奥で繋がる 「第193夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

 ≪スピリチュアリズムと闇≫
 
 ★ 闇を説く高次元存在

 さて、小生がこの道?に入って以来、不思議に思っているこ
との一つが、スピリチュアリズムの指導者の、現世を支配す
闇の存在―いわゆる『陰謀論』に対する処し方です。

 バーバラの『プレアデスの夜明け』にせよ、ドランヴァロの
『フラワー・オブ・ライフ』にせよ、高次元からのメッセージに
は、何かしらの闇の世界の支配の歴史が語られています。

 つまり、それらを精読された方なら、教室で教えられてきた歴
史や科学、或いは現代社会の常識とされているシステムの多く
が、『歪んだ知識の刷り込み』であることを知るはずです。

 そして、スピリチュアリズム的な魂の浄化に取り組むために
は、それらを正しく認識し、そのシステムに絡み取られないこと
が最も重要であると、認識するはずだと思うのです。

 現代の支配層は、私達の知識を暗くし、食生活、医療行為、
選挙や裁判での権利侵害等々、あらゆる闇取を行い、テレ
ビ=広告屋に、それをカムフラージュする偽情報を流させます。
 
 それは単に『気にかけない』程度で防衛できるものでは
無く
、見るもの、聞くもの、食べるもの全てに、本当は害にな
るものが、善として流通している
可能性を疑うことが必要です。

 ★ 闇への無関心主義

 ところが、スピリチュアリズムの指導者として多くの信奉者
を集めている人達の多くは、各地で行われる講演やHP上で、
闇の手口に対応する方法を詳しく述べようとはしません。

 一般に、指導者のほとんどは、彼(女)を師と仰ぐ受講者に対
して、この手の話との関わりを避け、ひたすら『関心を持た
ない』
ことこそ賢明な態度であると教えています。

 これは一体何故なのでしょう。心さえ浄化に向かわせてい
れば、体は自然と、それらのものに影響されることは無く
なる
と言うことなのでしょうか。

 また、仮にそうだとしても、私達の現世での目的は『肉体』
の業を体験することであるならば、それを最善の状態に保つ
ような努力をするべきだと思います。

 そのためにも、私達の『肉体』の機能を低下させるような
物質
の摂取や、『精神』の安定を乱すような偏見や切迫感
を、未然に防ぐことが必要なのではないでしょうか。

 ★ 片手落ちのセッション

 スピリチュアルのセッションに参加する方の多くは、このよう
肉体的、精神的な害毒が、身近に存在することすら気
付いていない場合がほとんどでしょう。

 また、その人達がたまに手にするスピリチュアルな書籍は、
ステレオタイプの、当たり障りの無い霊的向上生活の心得
をちりばめたものばかりだと思います。

 そうした中で、スピリチュアルの指導者が、高次のメッセージ
として受取っているはずの情報の一面だけを伝え、肉体的・
精神的な害を注意させない
のは、小生は合点がゆきません。

 せっかく魂の浄化の方法を学んで実行しても、それに重なっ
ている肉体やエーテル体やアストラル体が害され、歪めら
ては、正常な作用は期待できないのではないでしょうか。

 『闇の存在と関わるな』というのは、彼等の活動に参加す
るな
ということであって、そのためには、彼等の手口をよく知
っておく必要
があるのは当然のことでしょう。

 それならば、セッションの一部、或いはHP上のメッセージで
それらの存在について知らしめるので無ければ、全く片手
落ちの指導と言わざるを得ません。 

 或いは、そのようなタイプの指導者にとって、それは『不都合
な真実』
なのではないかと疑ってさえしまいます。そして、残念
ながらその可能性はかなりあると思っています。

 一方で参加者の肉体的、精神的な不安要素を撒き散らし
他方で彼等を救済するフリをしつつ、なけなしの財産をつぎ込
ませる
のが、闇の世界の常套手段ですから…。

 さて、次回第194夜は闇の存在と陰謀論についてです。

( 追伸 )

 中曽根君、君の正体もよく教えて
もらわねばなるまい。

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トンデモ話は奥で繋がる(192) 25.2.23

トンデモ話は奥で繋がる 「第192夜」
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≪宇宙人からのメッセージ≫
 
 ★ 肉体的タイプか精神的タイプか

 マヤ歴に絡めたアセンションの期限が過ぎ去り、最近は『宇宙
人』による救済の話もかつての勢いを失くして来ました。私達は本
当に、熱しやすく冷めやすい民族です。

 しかし、そう言う時だからこそ、頭を冷やして、私達は『宇宙人』
のメッセージとどのように向き合うべき
かを、よく考えてみる絶
好の時期だと、小生は思っています。

 一言で『宇宙人』との遭遇と言っても、第四十六夜でお話しした
ように、一体何のためにやって来たのかわからない輩もいれ
ば、心霊現象としか思えない体験まで様々です。

 そして第四十八夜で見たように、ユングキールは、UFO現
象は「ある種の知性体」から人類の進化のために送られる、何ら
かの精神的なエネルギーの伝達現象だと推察します。
 
 実際、前夜でもお話ししたように、物理的にも『肉体』 を持った知
性人が地球に訪れる可能性より、他の次元から『肉体』 を持た
ずに現れる知性体
と遭遇する度合いの方が多いでしょう。

 シュタイナーの言に従えば、第188夜でお話ししたように、『人
間よりも先に進化を遂げた本性達』
『人間の所に降りて』
きて『人間の中に住』むのだといっています。

 つまり、既に1世紀近い昔に、現世に現れる天才的な聖人達は、
今で言うところの異星人等の『ウォーク・イン』の現象によるもの
だと言っている訳です。

 ★ 神なる宇宙人を探せ?

 さて、問題は、それらの宇宙人のメッセージが、全て真理を伝
えているのかどうか
です。仮にそうだとすれば、それは『集合意
識』としての『神』の意思に従うものとなるはずです。

 仮に、全ての質問にパーフェクトに答えられる存在が『神』
だとするならば、一つの事柄については常に同じメッセージ
送られてくるはずです。

 しかし、現に彼等個々の『宇宙人』が私達に伝えてくるメッセー
ジには、様々な点で相違があります。その意味では、彼らもほ
とんどが『個別意識』レベルの存在ということです。

 私達は、果たしてその中から、これこそは『神』であると言う
メッセージを選び取ること
ができるでしょうか。否、恐らくそれ
が出来るのは本当の『神』だけでしょう。

 また仮に、全ての質問にパーフェクトに答えられる存在がいた
としても、その言動の全てを、三次元的な私達が理解できる
とは限りません。

 例えば、ある宇宙人が『魂にとっては肉体など不必要だ』
言ったとしましょう。確かに霊的に見れば、我々の肉体は様々な
制約を課すものであり、究極的には不必要かも知れません。

 しかし、この『地球』で生きる存在にとっては『肉体』という制
があるからこそ経験でき、その結果霊的に進化できるのであ
って、それこそが現世に生まれる意味でもあります。

 ただし『地球』以外の場所、或いは異次元の世界では、全く違
った形での魂の進化方法があって、『肉体』を必要としないかも
知れません。

 その場合『魂にとっては肉体など不必要だ』と言う言葉は、
宙人にとっては『真』
かも知れませんが、私達地球人にとっ
ては『偽』
となります。

 それを言葉のままにとってしまえば、その宇宙人、若しくは
彼が憑依したと称するカリスマ的な教祖の言動に従い、集団的
に命を絶つことになりかねません。

 ★ 肉体を理解できるか?

 さらに言えば、彼等が高次の存在であり、私達より先に進化し
たと言っても、彼等が『肉体』の業を理解し、我々に適切なアド
バイスを送ってくるとは限らないのです。

 例えば、現在、チャネリングを受けたとされる人達の多くが、そ
の『高度な意識』の主が、ある特定の天使の名前を語ったとして
います。(取りあえずその真偽は問わないことにします。)

 さてシュタイナーは、第175夜で、私達が天使又は大天使と呼
んでいる存在は、かつて『月』に存在していた高度な生命体
あると言っていました。ここまでは問題ありません。

 同時に第186夜では、『月紀』において生きていたとされる『人
類の偉大な教師であった存在』
は、私達のような物質的な存在
ではなかったとしています。

 このことは、天使達は私達のような『肉体』を持たないからこそ、
『感覚器』が造り出す幻想に縛られること無く、全ての真理を
正しく見通せるのだ、という見方ができます。

 逆に見れば、彼等天使達には、私達が『肉体』を持つが故に味
わう数々の制限やジレンマ
については、本当の意味で理解する
ことは出来ないはずです。

 例えば戦時下では、『愛しい人達をいつまでも守っていたい』
と願う気持ちと、『愛しい人達のために自らの命を捧げるべき』
という二者択一の選択を迫られる場合があります。

 また、激甚災害に見舞われた現場で『同時に複数の命を救い
たい』
と願っても、時間的・物理的にどちらかの命を見捨てなけ
ればならない
状況に置かれたりもします。

 そんな時『時空の制限』を受けないためそれらの事を同時に叶
えることができ、かつ『肉体』の持つ意味が、我々とは全く違う
使達は私達にどんなメッセージを送るでしょうか。

 恐らく天使達は、当事者達のその後の運命や魂の進化度を
瞬時に理解
し、私達に最善の方法を示唆するでしょう。そして一言
『肉体は失っても、その魂は進化するのだ』と告げるでしょう。

 しかし『肉体』を持つ私達にとって、その選択は軽々しいもので
はありません
。仮に自らは悟っていたとしても、救うべき人達に、
まだ『生』へ執着がある
と思えばなおの事です。

 その時の私達の苦悩については、『肉体』を持たない存在には
到底わからないでしょう
。その意味で、天使達の考える最善の方
法が、現世的には最善では無い場合だって有り得ると思います。

 ★ 三次元は肉体者の業場

 高次元からメッセージを送って来る、とされる宇宙人について
も同じことです。先に進化したと言っても、彼等が『肉体』の業を既
に経験しているとは限らない
のです。

 こうした宇宙人からのメッセージは、彼等が体験して知っているこ
とに基づくものであって、そのまま全て私達の地球環境に当ては
まらない可能性があ
ることに、常に留意すべきです。

 第189夜でも述べた通り、私達の一人ひとりが『神』というただ
1つの意識のから派生している『分身』
であるとすれば、宇宙人も
また、私達自身の一部ということになります。

 つまり、本質的には同じ魂であり、どちらかに優劣がある訳では
ない
はずです。むしろ『肉体』というハンディーは、それを持たない者
たちに比べ、かなり重い『業』とも言えます。

 従って宇宙人から見れば、我々の進化のペースはじれったい程、
のろく感じられるのかも知れませんが、それが『地球人』としての
課題
であれば仕方の無いことです。

 また、彼等のメッセージの節々から、宇宙人の多くが、我々が『肉
体』を体験していること自体に興味
を持っている様子がうかがえ
ます。

 そのため、特に、安易にこの『地球』から離脱するのを奨励す
るようなメッセージには要注意
です。彼等がそのまま『肉体』を奪
い取ってしまわないとも限りません。

 この地球は、私達『地球人』が、三次元的な制限の中で様々な体
験をするための場であって、他次元の『宇宙人』の価値判断に全
て委ねてしまうべきではない
と、小生は思います。

 たとえその結果、私達の魂の進化が飛躍的に進化する機会を逃
としても、それは私達が、三次元の業場では、まだその段階に
しか進めていない
のだと素直に受け止めるべきでしょう。

 しかし、だからと言って彼等など全く気に留める必要は無い、と
言っているのではありません
。メッセージの中には、魂の進化のた
めに私達が気付くべきことも多々あります。

 特に彼等は、自らの明晰さと友好性を示すため、次回お話しするよ
うな、今まで私達の進化を阻む形で、闇の中に隠されてきた真実
については、とりわけ熱心に語りかけて来ます。

 無論、その中には誤った情報も多数ありますので、なるべく多くの
メッセージを入手し、その中からより確からしい情報を選び取る
業が重要となります。

 それでは、次回第193夜は私達の進化を阻む者達について
考えて見ます

( 追伸 )

 中曽根君、君のメッセージも、
相当私達の進化を遅らせたね。

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トンデモ話は奥で繋がる(191) 25.2.17

トンデモ話は奥で繋がる 「第191夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪時空≫
 
 ★  初めにありきもの 

 『時』『空間』『神(=創造主)』については、しばしば『卵が
先かニワトリが先か』
的な議論の対象になります。小生もかつ
ては真剣に(?)考えたことがあります。

 仏話では、ある学問僧が仏陀に対して『時の始まりはいつか
らか』『宇宙には果てがあるか』
という質問を投げかけた話が
出てきます。

 それに対して仏陀は答えませんでした。曰く『考えても仕方の
無いことだ』
ということです。かつての小生は、この学問僧同様、
この答えに不満を覚えていました。

 しかし、スピリチュアル的な文献を探索するに連れ、『仏陀』の
答えこそ、まさに『的を射た答え』であるように思うようになって
いきました。
 
 ★ 時間という錯覚

 『時の流れ』という感覚は、動いているものについて、その位
置変化を基準にして判断しています。仮に全てが静止した世
にいれば、個々人でその感覚は違ってくるでしょう。

 ましてや、その間熟睡していた人にとっては、『時』が流れた
ことすら認識できない
でしょう。その人にとっては、その間の
時間は無かったのと同じです。

 無論『その間、時計の針は確実に回っていた』と言う反論
は出来ます。そんな言い訳が通れば、寝坊して遅刻する事など
あり得ないではないかと…それは、おっしゃる通りです。

 しかし、『時間』というものも『地球人』が『光の速度』を不変
と定めて
決めているものであって、全ての存在にとって絶対
なものではありません。

 アインシュタインの相対性理論によれば、光速に近い運動をし
ている物体上の観測者にとっては、時間の流れがゆっくりに
なる
と言い、多くの物理学者の認めるところです。

 つまり、ある瞬間に同じ空間にいても、違う『時間』の流れを
生きる人達が存在
し得るわけです。無論、そんなことは地球
上で『考えても仕方の無いことだ』という反論もできます。

 しかし、『地球人』以外の生命体があって、実際に光速に近
い速さで移動していたらどうでしょう。確か、そんな飛行物体も
地球に来ていましたよね…それも否定することも出来ますが。

 こうして考えていくと、私達は現にこの『刹那』に存在してい
るに過ぎず
、『時間』とは、私達が勝手に『永遠に続いている』
と思い込んでいるに過ぎないのです。

 ★ 時空は肉体の生み出す錯覚

 『空間』についても同じことが言えます。私達が『空間』を認
識できるのは、例えば視覚的には、光があり、かつ、その空間
照らされる対象が存在している時に限ります。

 聴覚的、触覚的(まれには味覚的、嗅覚的)にも同じことで、
いずれも、その空間に、知覚される対象と伝達する媒体
なければ、そこに『空間』があるとは認識できません。
 
 仮に、五感を全く失った状態であれば、自分にとっての『空
間』は、自らの肉体と、その周りのスペース(多分『オーラ』の
届く範囲)
に限定されるはずです。

 この五感の無い世界を、ヘミシンクでは人工的に作っていま
す。また、深い瞑想状態に入っていくのも同じことです。そこは
絶対的な『時』と『空間』のない世界です。

 そして私達は皆、この五感の無い世界、すなわち『肉体』を持
つ前の状態
を経験しています。否、輪廻転生の間では、そのよ
うな状態にある期間の方が圧倒的に長いのです。

 とすれば、『時』や『空間』は私達が『肉体』を持っている期
間だけの感覚
ということになります。霊界にも『時』や『空間』が
あるかも知れませんが、少なくとも現世とは違うものでしょう。

 ましてや、第四十九夜でお話ししたように、現世に生きて居な
がら、その『時』や『空間』の制約を超えてしまう例が多数あり、
現世においても絶対的とは言い難いものです。

 つまり『時』や『空間』は、人間が『肉体』を持つことで初めて
生まれてきた錯覚
の1つであり、当然『神』が惑らわせられるよ
うなものでは無いのです。

 従って『時』や『空間』に限りがあるかどうかなど、『錯覚が
現に存在するかどうか』
を問うているようなもので、『考えても
仕方の無いこと』と仏陀は言うわけです。 

 ★ 異次元を議論するナンセンス

 さて、このように考えると、ネタに困ったテレビ局がよくやってい
『異次元はあるか』『宇宙人はいるか』等のバトル物も、もっ
と別の視点から見ることが出来ます。

 『異次元』とは、一言で言えば、私達『3次元生命』が通常知
覚出来ない世界の一部
のことです。と言うと、『1次元』や『2
次元』 は見えるではないか
と言う方もあるでしょう。

 しかし『1次元』や『2次元』も、ある程度の立体的『厚さ』があっ
て初めて知覚できるものです。純粋に『長さ』『広さ』のみの物
があったら、私達には知覚不能な『異次元』の物です。

 つまり私達は『3次元』のもの、しかも五感の捉えられる範囲に
ある一部のものしか知覚、観察できません。今、目の前に酸素の
分子がありますが、見えていないのです。

 と言うことは、今まで知覚できていた物が、その位置と大き
さを変える可能性無しに、不意に知覚できなくなる現象
があ
る以上は『異次元』は存在するということになります。

 それでは『宇宙人』はどうでしょう。これは2つのグループ―
達と同じ
『3次元』に縛られている生命体と、『3次元』に縛ら
れていない生命体
に分ける必要があります。

 前者については、一般の宇宙論でもよく言われているタイプの
話で、銀河系に我々が誕生した確率を宇宙に拡げると、ゼロに
近いという説から約100万という説
まで多々あります。

 ただし、仮に100万存在したとしても、私達が彼らと接触できる
可能性は、物理的にはかなり低いものになります。確率論的に
言えば、限りなくゼロに近いでしょう。

 しかし、後者の場合はどうでしょう。『異次元』の存在は、隣に
居ながらも、知覚できないだけ
のかも知れません。否、隣と
いう感覚も無く、時空を超えて接触可能です。

 そして、地球に現れる『宇宙人』の多くは、『宇宙船』を含め、
極めて『異次元』的な出現・消失方法を見せています。何万
年もかかってやって来たという話はほとんど聞きません。

 もっとも、それらの存在の全てを『○○人』と呼ぶのかどうかの
基準はあるかも知れませんが、こうした『異次元』的な『宇宙人』
の数はかなりの数に上るはずです。

 このような、通常の方法では知覚できない『異次元』的存在
の可能性を、『3次元』の科学の範囲でバトル
をすること
体、学問僧の問い同様、全く無意味なことと小生は思います。

 次回第192夜は、そのような『宇宙人』からのメッセージにつ
いてです。

( 追伸 )

 中曽根君、君は異次元に消えてくれる
といいのだが。

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トンデモ話は奥で繋がる(190) 25.1.9

トンデモ話は奥で繋がる 「第190夜」
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≪一神教と多神教≫
 
 ★ 神様へ100万の質問

 『一神教』『多神教』か、否『仏教』の言うように『神』は無
のか、と言う問題は、太古の昔から問題になり、民族間の対
立の源ともなって来ました。

 しかしながら、この問題も『神』をどう定義するのかの違いに
過ぎず、根本的には同じものにいきつくのではないかと、小生
は考えています。

 ここで、ある存在が『神』かどうかを考えてみましょう。仮に
私達が、それを判定するための質問が『100万件』あると想
定してみます。

 すると私達は『神』であるならば『100万』件の全ての質問に
正答
することを期待し、それをクリアした存在に対してのみ、
『神』であると定義する筈です。

 しかし、中には『1問だけ不正解』という存在もいるでしょう。
彼は限りなく『神』に近いのですが、真の『神』ではないという
ことになります。

 さて、ここで全問正答する存在が1人しかいなければ『一
神教』
となります。逆に多数の全問正答者がおり、彼等をそ
のまま『神』とするならば『多神教』ということになるのでしょう。

 が、ここで考えていただきたいのが、前夜でお話しした『集合
意識』
です。全ての質問に同じ答えを出すということは、一卵性
の兄弟のように、かなり『意識』を共有しているといえます。

 ましてや、実際『神』に対する質問は無限大にあるのですか
ら、その全てに正答し、かつ、『肉体無き実体』であれば、も
はや区別できない
といっても良いでしょう。

 つまり、全問正答できる存在が1人であろうが、多数であろう
が、私達にとっては、それらは同じ『意識』と『共通個性』を持
った『神』なのです。

 ★ 1問間違えると『秀才神さん』?

 そして、逆説的に言えば『1問だけ不正解』『数問不正解』
いう存在は、その『個性』故に区別が出来ます。彼等を『準神
々』
として『多神教』にする場合もあるでしょう。

 しかし、それをあえて『神』と呼ぶ場合は、『神』は全能でなく
ても良い
ということになります。要はそれを認めるかどうか
差でしかありません。

 さらに言えば、私達自身が『神』につながっている、つまり
源はひとつの意識』でしか無いとすれば、私達とは別の存
在としての『神』などいない
ということにもなります。

 こうして『集合意識』を源とすることで『多神教』=『一神教』
=『仏教的無神観』
という図式ができ、全てはひとつの状態を
違った見方で見ているに過ぎないと言えます。

 ただし『神』の対極に立つ存在、すなわち『全問不正解』
いう存在がある可能性はあります。この存在は『神』の『集合
意識』とは全く繋がらない
ことになります。

 いわゆる『善・悪二神論』ですが、これについても、ゾロアス
ター教的に最初から二分
していたのか、ミトラ教のように善
神が自己を知るために創造
したかの2通りがあります。

 しかし、どちらにせよ一般の人は『悪神』を本来の意味で『神』
とは呼ばないでしょう。
私達は『悪神』に惑わされることはあり
ますが、源は『神』と繋がっているはずです。 

 私達は、現世で輪廻転生において『ほぼ全問不正解』~『ほ
ぼ全問正解』の間の魂の進化
をを繰り返しながら、徐々に『神』
の意識に近づくことを目的としていると、小生は思っています。

 しかし、第184夜で述べたように、アーリマン的な影響を受け
て輪廻転生の輪から抜け出てしまうと、進化の度合いはそこに固
定されてしまうのです。

 しかし、その場合でも『全問不正解』の魂になることはない
ではないかと、小生は思います。実際アーリマン自身も『神』から
生まれた存在ではないかと思うからです。

 さて、次回第191夜は『時空』と『地球外存在』について

( 追伸 )

 中曽根君、君は限りなく『全問不正解』
だね

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トンデモ話は奥で繋がる(189) 25.2.3

トンデモ話は奥で繋がる 「第189夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪神と呼ばれるもの≫
 
 ★ 『生命』を造り出すもの

 以下、今までお話しして来たことを踏まえて、小生なりの総括
的な現世観
をまとめていきましょう。

 まず、『何故、私達は現世に存在しているのか』ということ
を考えて見ましょう。その場合、『神』の存在の有無と、その実
体の定義が必要になってくると思います。

 宗教的な話になると『神』が『万物の創造者』ということで片
付けられてしまいます。逆に、無神論者の方は『そんな存在な
どなく、自然に発生したのだ』ということになります。

 初めから『人間の創造者』の問題を取り上げたのでは、両者
の水掛け論となってしまいますので、ここでは、もう少し根源的
なこと―生命とは何かという点から考えてみましょう。

 現世においての、生物と無生物の違いは、それ自身に『自己、
若しくは自己の複製物を存続させようとする働き』
があるか
どうかにあると思います。

 無論、無生物をそのまま放って置いても、そのような働きは生
まれてきませんので、『生命』に変化させる、何らかの作用
存在したと考えるのが自然だと思います。

 一般には、無機物の塊の中に稲妻のような刺激が加わっ
、原始的なたんぱく質様の分子結合が出来、そこから有機生
命体の細胞が発生した
と考えられています。

 しかし、21世紀を迎えた現在でさえ、私達は21世紀いまだに、
無から人工的に『生命』を創り出すことはできていません
可能性はありますが、実証はされていないのです。

 ★ 『存在意識』=『脳』?
 
 さて、仮にこのような『生命』の自然発生を認めたとしても、
次には、その単細胞の有機生命体に我々のような『存在意識』
がどのように備わったのかが問題になります。

 何を持って『存在意識』というのかにも、様々な解釈があると
思いますが、最低限、『自己を存続させようとする意思』があ
ることを『存在意識』の第1歩としてみましょう。

 原初の有機生命体については、恐らく単細胞生物から始ま
ったと推測されます。果たしてその単細胞に『存在意識』があ
ったのでしょうか。

 私達人間に即して考えれば、我々の中にある1個の精子や
卵細胞
について『存在意識』があるかどうかと言う問いに置き
換えることが出来ます。

 仮に『単細胞にも存在意識がある』と考えることにすると、
例えば受精の際、個々に存在した2つの『存在意識』がどうな
ってしまうのかが問題になります。

 まず、『合体した場合は、どちらかの意識が消滅する』
考えることもできます。つまり、多細胞になる瞬間、どれか一つ
『存在意識』だけが残ると考えることになります。

 しかし一方では、我々の細胞は、それぞれの場所で個々に
生命活動
をしており、体から切り離されても、一定の条件下で
「生きている」からこそ臓器移植も可能となります。

 ましてや、プラナリア等の下等生物では、複数に分断された
後も個々に再生して、複数の個体となり、それぞれに『存在意
識』
持っているように見えます。

 このように考えると、『存在意識』は全ての細胞にあるのでは
無く、どこかの段階で、個々の有機生命体に、それぞれ1つ
ずつ発生する
と考えた方が自然に思えます。

 1つの考え方として、個々の有機生命体に、『脳』が出来た瞬
間に『存在意識』も発生すると考える見方もできます。確かに
多くの動物については、これで説明はできます。

 しかし、全ての植物には『脳』はありません。動物でも、左
右相称動物でないもの―クラゲやヒトデの類、サンゴのような
群体生物には『脳』はないと言われています。
(ただし、『腸』が『脳』の役割をしているという説もあります。)

 ここで『脳のない生命には存在意識は無い』と定義すると、
植物やクラゲ等は、ただ何となく自己の複製物を造り続けてい
るということになります。

 私達の既成の科学の範囲に留まれば、これで十分かも知れ
ません。しかし現世には、これだけでは説明できない現象
多々あります。

 例えば、精神医学上『多重人格症』と呼ばれる症例がありま
す。ひとつの肉体に、複数の『存在意識』が入れ替わって現れ
るような症例です。

 無論これも、そういう病気であって、ひとつの『存在意識』が、
多数の異なる自己を演じているのだという解釈もあります。
しかし、そのことを証明できるわけではありません。

 さらに、オカルト的な分野にまで踏み込めば、他人の肉体に、
違う『存在意識』が憑依し、憑依した本人で無ければあり得
ない言動をみせる現象
が存在します。

 この場合『脳』はその肉体の持ち主のものしかありません
そして、当該『脳』自己の経験しない記憶を有しているとは、
とうてい考えられません。

 ということになれば、『存在意識』は、私達の『脳』等が創り出
しているものでは無く、外から我々の肉体に結びつき、それを
操っていると考えた方がうまく説明がつきます。

 ★ 『存在意識』の源

 それでは、この『存在意識』はどこから出現したのでしょうか。
上記のような現象も含めた場合、この問いに対しては、恐らく誰
も答えることはできないでしょう。

 ところで私達は、この『存在意識』を、通常は『自我意識』とし
て感じていますが、昆虫や動物の場合、種の存続のために自己
を犠牲にする行動
が見られます。

 例えばミツバチは、巣に対する外敵の侵入に対して、自己を犠
牲にして集団攻撃をします。ここには自己を存続させようという意
識を超えた種の保存の意識が働いています。

 この場合の個々の個体の『存在意識』は共有された『集合意
識』
に限りなく近くなります。と言うより、動物の場合は基本的に
『集合意識』が働くことの方が多いように見えます。

 私達人間の場合は、かなりの部分を『自我意識』が支配して
いますが、血族や民族が未曾有の危機に瀕した場合は『集合
意識』
的な行動をとる場合があります。

 この『集合意識』をより拡大していけば、やがて『人類意識』、
さらには全ての動植物をも含めた『地球意識』とでも言うべき大
きな『集合意識』となっていくでしょう。

 さらにシュタイナーの説に従えば、現在の『地球』以前に進化
を遂げた生命体
や、その、そしてそれに対峙しているように見
えるアーリマンルシファーでさえ、同じ目的を共有しています。
 
 そして、ミトラ神学のいうズルワンのように、その根源はただ1
つのもの
であると思います。私達はそれを、あたかも自分の『自
我意識』
であるかのように錯覚しているだけだと思うのです。

 小生は、この『根源の意識』こそ、『神』と呼ばれるべきもので
はないかと思っています。無論、形姿の有無は問いませんし
単なる『作用』かもしれません。

 つまり、存在しているのは『神』というただ1つの意識のみであ
り、私達はそこから派生している『分身』のひとつに過ぎないの
ではないかと思うのです。

 ジョン・レノンは『Imagin』のメロディーにのせて、『想像してご
らん。私達には違いなど無く、いずれ1つになれるのだ』
と歌いました。

 そもそも、私達一人ひとりが、ただ1つの『神』『分身』なの
ですから、差別も争いも疑いも、『神』の自作自演ということに
なるでしょう。

 しかし、だからと言って、この『自作自演の世界が無意味だ』
と言う訳ではなく、私達、つまり『神』自身の成長のために必要
な仮想空間なのです。

 その意味では、差別や争いや疑いは、この世界から消えて
しまうことは無いでしょう。
それらを一つひとつ克服する度、さら
なる高度な『過ち』
を、『神』自身が投げかけるのです。

 ただし、『それなら過ちは永遠に無くならないでは無いか』
絶望するのは間違いです。『過ち』と気づいた以上、同じ『過ち』を
繰り返さなくなることこそ、この世界の目的
なのです。

 私達の全てが『この過ちはもう二度と繰り返さない』という自覚
を持つことこそ、私達の魂の成長であり、その一つひとつが『アセン
ション』
なのでは無いかと、小生は思います。

 この世には、差別も争いも疑いも、現に存在し続けます。し
かし、それは幻想であり、本来はひとつなのだと『Imagin』しよ
うと、ジョンの詩は呼びかけ続けるのです。


 さて、次回第190夜は『一神論』について、考えてみましょう。

( 追伸 )

 中曽根君、君とも本来はひとつなのだと、
言えるような言動を、
これからは望みたいものだ。

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トンデモ話は奥で繋がる(188) 25.1.26

トンデモ話は奥で繋がる 「第188夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪人類進化を指導する神々 ②≫
 
 ★ 人類を必要とする神々
 
 しばらくのお休みをいただきまして、再会の1日目となります。
ここで再度、高橋氏の『イエスを語る』へ戻り、第12講の冒頭
の講釈をみてみます。

 「 霊学の観点から人類の進化を段階を追って考察して
  ゆくと、

  『 人類が時代ごとに繰り返し生まれ変わり、それぞ
   れの惑星紀にふさわしい目標を達成するために、
   より高次の完全性を獲得する』

  ということが、最も意味のある進化の過程である、と
  思わざるを得ません。ですから、一方では

  『 人間が進歩発展を自分の神的目標にしている』

  ことがわかりますが、しかし他方において、

  『 人間とは別の道で進化を遂げた宇宙の本性達の
   助け
が無ければ、人間が目標に達することは決し
   てできない』 のです。

   その時々に、『宇宙の本性達』が他の宇宙境域から
  私達の『地球紀』の進化に関わり、

   人間をふさわしい高みへ到らしめるために、人間の
  運命に自らを結びつける
のです。」

  (『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
  pp294-295《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)


 抜粋頁を見るとお分かりの通り、当該内容については、以前に
第169夜でお話しした『霊的本性』についての導入部分の、
前段に置かれている内容です。

 以下、第169夜でお話しした内容を、かいつまんで振返ってみ
ましょう。

 私達の古来の信仰の多くが、『太陽の本性』と結びついて
り、私達の魂の奥底には、その『霊的本性』を待ちわびる気持
ちがあります。

 その理由こそ、シュタイナーが『神智学概論』の中で最も力を入
れて講義した部分なのですが、西平氏が正面からの掲載をため
らったように、最もオカルト的要素の強い部分でした。

 以後187夜に渡って、小生のつたない理解力の及ぶ限りで、
私達人間地球存在ルシファーアーリマン及び我々を導
く神々
との関係をお話ししてきたわけです。

 それらの話の核心となっているのは、西平氏がとりわけ重要
だと感じた
ように、進化の各紀を通じて『人類が地球と一緒に
進化する』
という点でした。

 そして同時に、ルシファーアーリマン及び我々を導く神々
自身も、人間の進化と結びつくことによって、『人類と一緒に進
化する』
ことができるのだと、シュタイナーは言うのです。

 つまり、私達『人間存在』は、ルシファーとアーリマンも含めた
全ての神々にとっても、自らが進化してゆくために必要な存
なのだということです。

 ★ 神々の希望と失望

 「 この事は、以前の惑星紀についても言える事です。

   既に『土星紀』に、トロネ(宇宙霊)達が自らの実体
  を人間に捧げ
、それによって人体の最初の萌芽を形
  成したのです。

   これは単なる一例に過ぎません。常に人間よりも
  先に進化を遂げた本性達
が、人間の所に降りてきて、

   人間の進化と結びつき、時には人間の中に住み
  人間の姿をとって現れています。

   若しくは人間の魂に憑依して、人間の魂の一つの
  力となっているのです。

 ………………………………………………………………

 「 そのようにして神の力を魂の中に浸透させた人は、
  他の人達よりも、人類の進化のためにより多くの業
  績を挙げて来たのです。

   人間は全て平等だ、と考える私達の時代の唯物
  論的な考え方は、こういうことに耳を傾けようとはし
  ません。
  (…中略…)

   誰かが高次の領域から降りてきた本性に浸透さ
  れ、その本性がその人に語りかけている時

   もしそれを信じなさいと言われたら、近代人は『ひ
  どい迷信』押し付けられたと思うでしょう。 

   …少なくとも、こういう見方の一つの遺物を、人間
  は現代という唯物論の時代に到るまで持ち続けてき
  ました。

   しかもその遺物は、意識すること無く、まるで奇蹟
  信仰のように現れています。すなわち、人々は天才
  的な人物の出現を信じている
のです。

   …『天才達の魂の中には、一般人の本性とは違っ
  た能力が現れている』と、人々は語ります。

   現代になっても、『天才達』の存在は信じられてい
  るのです。


   けれども、天才など信じようとはしないどころか、
  そういう存在を追放してしまおうとする一団は、どこ
  にでも存在します。

   …実際、宗教信条に盲目的に従おうとするのでな
  ければ、

   人類の進化のために、天才達が通常の人間とは
  異なる仕方で働いている
ことは明らかなのです。

   こういう天才達の真の現実を知るには、…霊の力
  が降りてきて、人間の内面そのものを拠点にしてい
  
ことが分っていなければなりません。

   人間は神的な高みへ向かって努力しますが、その
  一方で神霊存在が人体の中に、人間の魂の中に降
  りてくる
のです。

   人類の進化の中に何か或る重要な事項が達成さ
  れるべき時
、或る神的存在が或る人間の魂と結びつ
  き、その魂に浸透するのです。

   そうすることで、人類の進化は促進されて来たので
  す。 」
  
  (『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』
 pp294-296《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載)


 私達人間を進化に導き、それを通じて、自らもさらなる高み
を目指そうとする神々
は、その目的の達成のために、しばしば
人間の魂に憑依します。

 こうして、神の力を魂の中に浸透させた特定の個人は、当時
の人間とはかけ離れた言動
を示し、周囲の人類を進化させる
べく、『それを信じなさい』と呼びかけます。

 しかし、それらの神々の導きに対して、私達は往々にして、神
々の期待するものとは違った、
で応えてしまうのです。

 ひとつのグループは、現代科学に代表される唯物論的な観
に照らし、それら特定の個人の呼びかけた内容を、ひどい
信的な信念の押し付けであるとして退けます。


 そしてもう一つのグループは、それら特定の個人を『天才』と
して神格化
してしまい、神々の意思との一致を考えぬまま、
の言動の全てに妄信的に従ってしまう
反応です。

 この誤った2つの慣習的な反応で応じている限り、私達は、私
達とともに進化しようとする神々が、私達に実践して欲しいと
願っている期待に応えることは出来ません


 やがて失望した神々は、しばとば特定の個人への憑依を解
きます。
すると、その後の彼の言動は、もはや神々の意思を
伝えるものでは無くなってしまいます。

 唯物論的なグループは、その後の『天才』の凋落ぶりを見て
『それ見たことか』と、よりバッシッングの度合いを強め、そも
そも『神』などいないのだと息巻きます。

 一方妄信的なグループ、『凡才』と化したことを認めよう
とはせず
、その後の個人の言動にも従い続け、神々の意思と
は違った方向へと迷走
してゆくことになります。

 これが、私達が真の『救世主』とその教えに対し、繰り返し犯
して来たなのです。それ故、私達の進化
の速度は遅々たるものにとどまって来ました。

 しかし、僅かながら神々の真意を受け継いだグループも存
在し、『救世主』についての幾つかの文献や徴しを残し、後世に
伝え続けている
のです。

 さて、次回第189夜からは、今までの内容を振り返りつつ、
現在の小生の考え方をまとめていこうと思います。

( 追伸 )

 中曽根君、君の真意も、
是非後世へ書き残しておいて欲しいね。

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トンデモ話は奥で繋がる(187) 24.12.16

トンデモ話は奥で繋がる 「第187夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪人類進化を指導する神々 ①≫
 
 ★ 世界の不幸の真実

 第176夜から前夜にかけて、我々人間とルシファー・アー
リマン
との関わりを見てきましたが、一方で、我々の進化を指
導する神々
も存在します。

 そして実のところ、ルシファーとアーリマンが存在すること
によって
、それらの神々は我々を、より深い悟りへと導いてゆ
のだと、シュタイナーは言います。

 「 人類進化に結びついている神々がいます。

   彼等の課題は、このような形で起こったことを、
  再び有益なもの、人間の運命を促進するものに
      変化させる
ことです。

   人間の運命は、ルシファーの翼とアーリマンの
  鉤爪から救い出されます。
   神々は善良だからです。

   アーリマンとルシファーが、世界の背後で築い
  た不当なものは、よい神々によって正義の軌道
  
へと導かれ、

   最後には、カルマの関連が善良で正しいものに
  なります。

   …私達が、戦争の残虐さ、戦争の罪、戦争の悪
  意を現代の自然災害と関連させて追及すると、

   善良な神々がルシファー並びにアーリマンと戦
  っている
のが見えます。

   私達は人間の一生を越えて、神々の生涯を見ま
  す。…私達は人間の運命を、神々の運命と組み合
  わせて眺めるからです 
 
   …いかに人間の運命が神々の運命の中に組み
  込まれており
、いかに神々が、自らの戦いの経過
  から人間との共同を欲しているかが明らかになり
  ます。

   私達は、そのような表象に接近することによって、
  古代の密儀を通して世界に現れたものに、再び至
  ります。

   古代の密儀に参入した者は、まず四大元素の世
  界に導かれます。そこで参入者は、自分の内面、
  精神的特性が外へと向かうのを見ました。

   そこで彼が学んだのは、古代の密儀で語られる
  『下方の神々と上方の神々』という重要な言葉で
  した。

   アーリマン的な神々とルシファー的な神々です。
  よい神々は、両者の均衡の取れたところを進みま
  す。

   近代の秘儀参入者が再び知らねばならないもの
  を、古代の秘儀参入者は知りました。そうして人
  間は、次第に存在の深みに参入して行きました。

   この関連を見通す時、世界を解明する重要な観
  照
に至るからです。

  『 世界の不幸全体は、何のために存在するのか。
    そこから神々が幸福を作るためだ。』

   単なる幸福は、宇宙存在へと導かないのです。
   人間が感覚世界を通過する時に、不幸から生じ
  る幸福が、世界の深みに導きます
。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp97-98《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 我々人間の一部の魂が、ルシファーとアーリマンの創り出
すカルマに捉えられ文明の過ちをもたらし、その不幸のため、
ある魂が自らのカルマをまっとうしないまま他界します。

 しかし、その経験があるからこそ、我々はより高いところ
にある幸福を志向して、精神世界へと帰還し、その実現を目
的として、来世のカルマを組み立てます。

 そして『不幸こそ、幸福の源』であって、我々に進化の道
筋を志向させる、善良な神々にとって、『不幸』こそ、人間
にさらなる進化を求めさせるための原動力
なのです。

 …………………………………………………………………
 さて、トンデモ話については、毎週日曜日の更新を目標に
しておりますが、本年の年末年始にかけては、私事が立て込
んでいるため、しばらくの間休載させていただきます。


 次回第188夜については、1月下旬を目標にしておりま
すので、数少ない読者の方々、引き続きよろしくお願いい
たします。
 
( 追伸 )

 中曽根君、君へのはなむけの言葉も
しばらくお預けだ。

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トンデモ話は奥で繋がる(186) 24.12.9

トンデモ話は奥で繋がる 「第186夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ⑪≫
 
 ★ 自然災害を引き起こす力

 さて第176夜では、本書『天地の未来 地震・火山・戦争』
では、今回の地震についても、光と闇の戦いの一部として、
短絡的に捉えられてしまう
可能性があると言いました。

 ここではまず、地震を含む『自然災害』による死が、どのよう
な経緯でもたらされているのかを、シュタイナーの説明から抜粋
してみます。

 「 カルマのまっとうについては、神々が決議します。
  地震・火山噴火・洪水等の自然災害は、自然法則に
  則った地球進化の歩みに沿うものではありません。

   地球進化の中に何かが介入してくるのです。
  …人類が今日のような形の誕生と死を体験していな
  かった時期には、有益で必要で有効なもの
でした。

   古い月期においては…誕生を通して物質的な存在
  に導き入れられ、そしてによって物質的な存在か
  ら導き出されるという、

  今日のような誕生と死を体験していませんでした。

   移行は、ずっとなだらかでした。変容、メタモルフォ
  ーゼ
のようなものでした。  
   
   月期の地上の人間は、今日の人間のように物質的
  ではありません
でした。…今日の人間のように霊化
  されていません
でした。

   月に生きていた人類は、全く異なった自然法則
  下にありました。月の自然法則は、内的に動きが有
  り、沸き立ち、波立ち、うねりました。

   …自然災害が起こる時、その古い動きが地上で作
  用
します。そこでは通常の地球の自然法則が活動し
  ているのではなく、古い月が騒ぎ出します。

   …月は今日、自らにふさわしい形態で宇宙を巡っ
  ていますが、地球から出て行ったあと、力を地球の
  中に残しました。

   かつての人類の偉大な教師であった存在達が、人
  間のカルマに関連しています。彼等は人類に、原初
  の偉大な叡智をもたらしました。

   彼等は物質体で地上に生きたのではなく、エーテ
  ル体
で生きていました。彼等はある時期に地球から
  出て行って、今日、月に住んでいます。

   私達は、死と誕生の時期の初めに、彼等に会いま
  す。彼等は心魂的・精神的な文字を用いて、宇宙エ
  ーテルの中に人間のカルマを書き込みます

   しかし、宇宙の中で反逆が企てられる、と私は言
  いたく思います。

   その結果、今日の月だけが利用されるのではなく、
  地球の中に残された騒がしい月的なものも利用され
  るに至ります。

   それはアーリマン的な諸力に利用されます。アー
  リマン的な諸力は、そこで人類の生命に介入します。

   自然災害が起こった時、アーリマン的な諸力は、
  悦楽に満足した顔つきで、地球の深みから現れ出ま
  す。

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp72-73《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 このようにシュタイナーは、人間を死に追いやるような自然災
は、我々の前に古い月の時代を生きていた人間存在の、変
容方法
の名残だと言います。

 従って、自然災害による死は、今日のような誕生と死をもって物
質世界に行き来する私達に対して、その進化を指導するために
用意されたカルマでは無い
としています。

 しかし、シュタイナーが『宇宙の中の反逆』と呼ぶ事態によって、
古い月の力が呼び起こされ、アーリマンが人類の生命に介入
する機会を与えてしまうということです。

 ★ 

 しかし、アーリマンが直接、古い月の力を呼び起こすのでは
ありません
。彼等はその力を利用するだけです。それでは一体何
がその力を呼び起こすのでしょうか。

 「 ある人々のグループが熱狂的に発展させる情動
  目を向けて見ましょう。そこでは、人間から発する
  ものだけが作用します。

   人間は完全に非現実の中に生き、そして、破壊的
  な作用
を引き起こします。

   …そのような関連に属する人々が、死の扉を通る
  時に何が起こるか見てみましょう。

   …自然災害と文明災害(=交通災害等)の場合、
  地上から精神世界に運び込まれるのは、いつも明る
  さです。

   文明の過ちからは、精神世界にが持ち込まれま
  す。人々は死の扉を通って、重く暗い雲の中を歩い
  ていくように、精神世界に入っていきます。

   ルシファーが地上の人間の情動の中にともした光
  が、人間が死の扉を通って精神世界に入った時、
  神世界における最も濃い闇
として作用します。

   人間の内面から発する力、人間自身の中でのみ作
  用すべき情動
が精神世界の中に運び込まれ、精神世
  界の中で作用します。

   その力はアーリマンによって精神世界で変形され、
  まだ地球の中に存在している月の進化のために使わ
  れます。

   ここでは本当に、ルシファーがアーリマンと手を
  結びます。

   …私達は、地球のカルマ民族のカルマ、そして、
  人類のカルマと地球のカルマに結びついた個人の
  カルマ
ついて、問いを発することを学びます。

   古い文化が、人間の情動によって破壊され、野生
  の本能が空想的に新しいものを創造しようとしなが
  ら、

   破壊的にしか作用できない地域における、ルシフ
  ァーの働きの中に、私達は原因を探す必要がありま
  す。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp94-95《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 現世には、『アーリマンに魅入られ、幻想と幻像の世界を権
力の拠り所とし、文明の過ちを創り出す人々』
も存在していま
す。

 そして、彼等が精神世界に持ち込む、ルシファーに灯された情
動の光
を利用して、アーリマンが、過ぎ去った古い月期の自然法
則―火山噴火と地震を引き起こすのです。

 つまり、真に火山噴火や地震を引き起こしているのは、アーリマ
ンではなく、我々の一部の人々による、誤った文明への情動
と、シュタイナーは言うのです。

 しかし我々は、それらの人々とも、同じ人類のカルマを共有し
ています。 


 つまり、一歩進めて考えてみると、「罪を憎んで人を憎まず」の言どおり、
アーリマンに魅入られた人たちについても、そのカルマに由来する行為
個別の責任は無いのです。

 何故なら、我々の魂、強いては全ての存在の魂は、その根源において
は繋がった一つのもの
であり、その分岐した一つの魂が、たまたまそ
の役割を背負った
のに過ぎないからです。

 どんなに憎い悪人であっても、彼はその役割を演じている「役者」に過
ぎず、お互いに自分自身の成長のための「人生芝居」を演じている一人
なのです。

 しかし、その行為そのものは「邪」なるものであり、それを放置してお
くことは、我々人類のカルマの進化を妨げていることになってしまい
ます。

 従って、彼等の「誤った文明への情動」に対しては、「無関心」で
いるのではなく
、「悪いもの」として、それを改める方向に働きかけるべ
きなのです。

 小生は、これがキリストの解く「汝の隣人を愛せよ」の本当の意味
ではないかと思います。あくまでも愛すべきは「役者」その人であって、
「役柄」まで容認するものではないのです。

 さて、続きは次回第187夜でお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君にはアーリマン男優賞を
授けよう。

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トンデモ話は奥で繋がる(185) 24.12.2

トンデモ話は奥で繋がる 「第185夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ⑩≫
 
 ★ 魂の争奪戦
 
 これまでお話ししたように、ルシファーアーリマンは、全く違
った目的で、我々の魂を狙っています。その意味では、2つの存
在は、互いに背反する利害関係にあると言えます。 
 
 「 地上の人類の周囲に、実際、2つの軍勢がいます。

  空気の中の軍勢ルシファー)は人間を道徳的にし
  たいと思っており、人間を地表から上空へと引き離し
  ます。

   地下のアーリマン的存在は、人間を引きずり下ろし
  人間をいつまでも地球にとどめようとします。

   この2種類の存在が、鉱物界、植物界、動物界、そ
  して通常の物質的人間界にもいます。

   人間が過度に衝動・情動・欲望に耽らなければ、彼
  等は互いにうまく折り合うに違いありません。

   キリスト教において父なる神と名づけられる存在が、
  鉱物・植物・動物、そして外的な動物的・物質的人間
  に、太古に平和を贈りました。

   …そこでは、人間は衝動・情動・欲望に感染しませ
  んでした。…しかし、人体が心魂に浸透される瞬間に
  注目すると、

  ルシファー存在が、アーリマン存在に

  『 我々は鉱物・植物・動物、そして、まだ熟考せず
   に動物のように生きていた、太古の無意識的な人
   間のことでは争わない。

    しかし、自己意識を獲得した人間をめぐっては、
   我々は血みどろになって戦おう
 』

  と言っているのが見えます。人間をめぐって、空気・
  火存在
と、土・水存在の間で恐ろしい戦いが行われ
  ます。それを人間は見なくてはなりません。

   今日、人類は外的な自然の認識に関しては大きな
  成果を挙げています。そこでは、ルシファー存在とア
  ーリマン存在が協調
しています。

   しかし、人間は、感覚界の彼方に生きるもの、超感
  覚的自然と感覚より下の自然
については何も知りま
  せん。

   この2つの領域が、人間をめぐって激しく戦う存在
  達を隠しています。」   
 
  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp72-73《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 我々人間存在は、アトランティスの時代に『自我』を獲得した瞬
間から、ルシファーとアーリマンの魂の争奪戦に巻き込まれ
ていると、シュタイナーは述べています。

 彼等に共通しているのは、我々の進化を『地球紀』の段階で
留め
、それぞれのお気に入りのしもべとして、自分達の陣営に
引き入れよう
とすることです。

 一方で、我々が現実の世界と感じている『外的な自然』につい
ては、我々をそれに固執させるべく、ルシファーとアーリマンは
協調して、より完璧な造形を我々の前に見せるのです。

 しかし、それは全て、霊的な世界には持ち込めない虚構の世
です。我々は、少なくとも死の瞬間までには、それらの世界
への固執を断ち切る必要
があるのです。 

   ★ アーリマンのカルマ

 さて、スピリチュアリズムにおいては、カルマと言えば、我々の
一人ひとりが別々に持つものとして説かれますが、シュタイナ
ーは、我々が共通に持つカルマにも言及しています。

 そして、それはしばしば、個々人が前世において生成し、現世
に予定してきた運命を超えて
、特定のグループや民族全体に
関わる場合があると言います。

 そしてさらに、カルマは人間以外の存在にも存在し、我々の
運命はそれらのカルマとの関係にも巻き込まれていくと、以下
のように述べています。

 「 あらゆる種類の存在がカルマを有します。ある存在
  のカルマはこうであり、別の存在のカルマはそれとは
  違います。

   しかし、カルマは存在のあらゆる領域を貫いていき、
  …場合によっては、個々のカルマが全体のカルマの巻
  き添え
になります。

   全体の中にいる個人のカルマは無垢なことがありま
  す。しかし、全体のカルマの中にいるために、その人
  に不幸が降りかかることがあります。

   …あるグループが謂われなく全体のカルマに遭遇し、
  第一に責任ある人はそのカルマに遭遇しなかった、と
  いうことが有り得ます。

   唯一言えるのは、『個人のカルマは、謂われなくあ
  れこれの出来事に遭遇しても、全て埋め合わされる』

  ということです。
   
   …人間は個々の独立した存在では無い、ということ
  を忘れてはなりません。どの個人も人類のカルマを共
  にする
、ということに注意する必要があります。

   (さらに)人間は人類に属しているとともに、物質界に
  歩み入っていない存在達にも属している
、ということも
  忘れてはなりません。

   アーリマンのカルマはアトランティス時代後半以後、
  人類のカルマに結びついています。

   アーリマンは、人間に感覚世界についての幻想と幻
  像をもたらすために、人体の中に働きかけます。」
   
  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp36-38《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 現世の不条理な災難の多くは、こうした集合的なカルマに巻
き込まれる
ことによって起こり、しかもその元凶となった張本人が
全く被害を受けない場合がしばしば起こります。

 しかし、それらの不条理の清算は、いくつかの転生の中できっ
ちり埋め合わされるのです。…といっても、それを自身で確認する
方法は無いのが恨めしいところではありますが。


 さらに、我々の運命に大きく介入して来るアーリマン自身も、我
々と同じく独自のカルマがを背負った存在であるということです。

 そして、アトランティス期以降、自我を持った我々人類は、アーリ
マンとの関わりを持ち、様々な形でアーリマンに由来するカルマ
を積み、若しくは解消しているのです。

 さて、続きは次回第186夜でお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、現世のツケを解消する日を
楽しみにしてくれたまえ。

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トンデモ話は奥で繋がる(184) 24.11.25

トンデモ話は奥で繋がる 「第184夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ⑨≫
 
 ★ アーリマンの作用

 シュタイナーによれば、アーリマンの、我々人間に対する主た
る活動
は次のようなものです。少々長くなりますが、続けて引用し
ます。
 
 「 ルシファーとは別の存在(=アーリマン)は、地表の
 下に要塞
を築き、彼等の作用は人間の新陳代謝の中
 に入って来ます


   潮の満ち干、まれに見られる火山噴火・地震が、人
  間の新陳代謝における干満の中にいつも存在してい
  ます。これはアーリマンの作用です。

   ルシファーが空気中に要塞を築いて、道徳のため
  に地上的なものと戦うのに対して、アーリマンは人間
  を硬化させて自分に似せる
ために戦います。

   その結果、人間は物質的で無限に賢くなるでしょう。
  人間は無限に利口で、信じがたいほど知的になって
  いたことでしょう。

   アーリマンは、それを直接的には達成できません
  彼等はそれを間接的に達成しようとします。

   人間以下の種族を形成するという、何千年に渡る、
  彼等の地上での努力は既に達成されました。

 
 (①)人間の本能が特に激しく荒れている時、彼
    等はその本能を乗っ取ります

  (②)彼等は人間の本能を奪って、自分の支配
    下
に置きます。

  (③)そうすると、人間は一生、アーリマン的な
    力に捕われ
ます。

  (④)人間が生涯、アーリマン的な力に捕らえ
    られて、自分の情動・本能・衝動に没頭する
    粗暴な状態にあると、それをアーリマンは死
    後にもぎ取ります。

  (⑤)このように、人間以下の種族が本当にいま
    す。
    彼等は水の中、土の中にいます。

   アーリマンは、この人間より下の種族をどうしよう
  としているのでしょうか。

   アーリマンは、
  『 私は人間から本能を引き出し、そこから土的・
   水的存在を作る 


   と考えているのです。

   この土的・水的存在が、実際に、地表のある層に
  棲んでいます
。鉱山を透視できる人々は、これらの
  存在をよく知っています。

   死の瞬間に、人間からもぎ取られることによって
  彼等は存在
します。

   人間が、本能・衝動・情動によって引き起こされ
  るカルマを通して、そのような存在へ堕ちるのを、
  アーリマンは待っています。

   人間が地上の生活において、

  『 私は精神世界に還りたくない

    肉体を捨てた後、人々は再び超感覚的な
   生活へと向かって行くが

   私は感覚下の存在の中に受肉したい。

    私は地球と結びついたままに留まる。私は
   もはや死なず、…私は感覚下の存在である
   ことを選ぶ 


   と言うようになるのが、アーリマンには特別に気
  に入ります。

   アーリマンは非常に賢いのですが、このようにし
  て多くの人間を自分の種族の中におびき寄せ

   いつか、そのようなアーリマン的な人間以下の存
  在だけが地球に棲むようになる
だろう、と思ってい
  ます。

   そうして、彼等は地球そのものを不死にして、
  球が宇宙空間に四散しないよう
にしたいのです。
 
  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp70-72《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 ★ アーリマンと交信していませんか? 

 『人間を硬化させて、自分に似た存在にすること』これが、
アーリマンの主目的であると、シュタイナーは言います。スピリチ
ュアリズム的に言えば、より粗い波動に堕とすことでしょう。

 『波動を堕としてはいけない』とは、スピリチュアリズムでは
比較的よく口にしますが、大半は『観念的』な理解に留まって
いるのではないかと思います。

 しかし、シュタイナーは極めて具体的にそのプロセスを語っ
ています。アーリマンに魅入られた人間は、『本能』の赴くまま
の生活を求め、死と転生の輪廻を拒絶
します。

 その彼等の『本能』はアーリマンにもぎ取られ、土的・水的な
体を持った人間以下の種族
に埋め込まれ、永遠に死ぬこと無
く地球に留まる、というものです。

 そして現実に、それらの人間以下の種族が、地球の鉱物界の
世界で、アーリマンと同じ賢さと、赴くままの『本能』を持って
生きていると言っています。
……………………………………………………………………………

 そう言えば
第135夜で、四大霊のひとつである地の精『グノ
ーム』
について、高橋氏が自らのプログに書かれている内容を
紹介したのを覚えていらっしゃるでしょうか。

 彼等は人間よりすぐれた直観的理解力の塊で、人間を自
分より劣ったものと認識し、地上的なものを憎み、超地上的
な理念―大宇宙的な理念に没頭していると言うことでした。

 小生はこの時も、他の3つの精に比べ、地の精は幾分毛色
が違っているように感じていたのですが、これがアーリマンに
捕らえられた、元人間の『本能』
だとすれば、合点がゆきます。
………………………………………………………………………

 さて、それらの世界について、スピリチュアリズムで言われる
ことに、『波動を堕とすような世界のことを気に懸けてはい
けない』
という態度があります。

 しかしその間にも、現世の姿は、アーリマンに魅入られた連
中にとって都合の良いように変えられていきます
。我々は、
ただ眺めていることもできますが、将来の世代へそのツケが回
るのです。

 例えば制御不能な核の廃棄物を、全て後の世代に背負わせ
れば良いのですか?生きるのに一番大切な農産物を、全て他
国の言うままに買わされる国に生きろ
と言うのですか?

 『波動が堕ちた人間』がこうしたことをするのを、ただ『見ない
ようにする』
のは、波動の高い人間がすることですか?
そんなスピリチュアリズムは間違っていると思いませんか?

 近々選挙があります。与党であれ、野党や新党であれ、著名な
陰謀論者であれ、『人』では無く『主張』で判断して、正しくないこ
とにはキッパリNOと言わねばいけない
のです。
………………………………………………………………………

 アーリマンとの関係で、もう一つ考えるべきことは、現在のスピリ
チュアリズムの主流である、肉体を離脱しアセンションを待望
する風潮
です。

 仮に、それが本当に可能なことだとして、果たして我々自身
或いは見ず知らずの異星人?の判断、『もう輪廻転生の循
環から抜けてもよいのだ』
と確信できるのでしょうか。

 ミトラ神学の描く終末のように、我々の全てが現在のコスモス
での修養を終え、そこから離脱
するのならよいのですが、それが
まだ存在する限りは、まだ進化の余地があるということです。

 もし、アセンションを促している存在が、アーリマン的な目的
を持って近づいているとしたら
、その人の進化はその段階でスト
ップさせられるのです。

 無論、シュタイナーの言っていることを、全て戯言だと言い切
れる方には関係の無い事
です。小生のような凡人は相手にせず、
先に進化していただいて構いません。

 もっとも、そのような方は、最初からこのブログを読んではい
ないでしょうね。
 まだおつきあいいただける方は次回第185夜 へお進みくだ
さい。


( 追伸 )

 中曽根君、君ならアーリマンの世界に、
最優待でいけそうだね。

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トンデモ話は奥で繋がる(183) 24.11.18

トンデモ話は奥で繋がる 「第183夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ⑧≫
 
 ★ そうだったのか大地震

 それでは、アーリマンの活動の場である『第六層』についての
シュタイナーの口述をみてみましょう。

 「 この層は、恐ろしく荒廃的・破壊的になり得る力
  実質として含んでいます。この力の中には、原初の
   火
が封じ込められています。

   この層の中で、アーリマンの国が実質的に作用し
  ています。この層からアーリマンの国は作用します。

   空気と水、雲の形成、稲妻と雷という自然現象の
  中に現れるものは、既に古い土星に結びついていた
  力
太陽とともに分離した力の最後のよい名残りな
  のです。

   地球の内的な火の力はアーリマンに仕えます。こ
  こがアーリマンの活動の中心地です。

   アーリマンの霊的作用が、今述べたような仕方で、
  人間の心魂を引きずり下ろして誤謬に導きます。

   …アーリマンの影響によって地上で生じたことと、
  そのようにしてアーリマン自身のカルマになったもの
  との不思議な関連を知ると、

   自然の、恐ろしく悲劇的な出来事と、地球を支配す
  る存在との関連を、人々は地震において認識するで
  しょう。

   その存在は、光り輝く善良な存在達に対抗する、
  反動的な力として、進化から逸脱した者です。
  ………………………………………………………………

   人間の本能・衝動・欲望・情動に関わる霊です。
  しかし、これらの霊は人間の内部にはいません。人
  間の内部には、彼等の作用のみがあります。

   これらの存在は地上に生きていますが、人間は彼
  等を見ることができません。

   彼等は人間が見ることが出来るように形成された
  身体を持っていないからです。彼等は土的・水的な
  要素の中に生きる体しか持っていません。

   彼等が地球で引き起こす現象は、潮の満ち干、火
  山噴火、地震
です。

   自然科学はこれらの現象に途方に暮れますが、霊
  的に鋭くされた眼差しには、その背後にある、人間よ
  り下の存在達の世界
が写ります。
   
   それら、人間より下の存在達は、アーリマン的な力
  の作用を受けています。

   コボルトのような妖精は、地球の土と水の要素の中
  に含まれるアーリマン的な低級霊です。このアーリマ
  ンにはルシファーとは別の課題
があります。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp40-41、69
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 このシュタイナーのトンデモない話―端的に言えば『地震はア
ーリマンが起こしている』
という話を、西川氏は、東日本大震災
の直後の時期に、何の解説も無く出版しています。

 マスゴミの忠犬『池上彬氏』なら『そうだったのか東日本大震
災!!』
と称して、表向きの科学知識を喧伝すればよいでしょう
が、シュタイナーの本では、そうはいきません。

 おそらく、書店でこの本を手に取って斜め読みした通常市民は
「地震が悪魔の仕業だって?シュタイナーって、こんな新興
宗教の主だったのか。」
と、直ぐに閉じてしまうでしょう。

(もっとも小生を含め、手に取る時点で、既に一般市民では無い
のかもしれませんが、少なくとも『シュタイナー教育』方面の知識
だけで読むと、面食らうことでしょう。)

 無論、西川氏の出版の意図はそんなところには無いのですが、
この時期に訳出だけの本を出すのは、まさに両刃の刃という感
じで、ポイントを絞って解説すべきだったと思います。

 ★ 天災と魂

 まず、アーリマンの主目的は、他の陰謀論のタネになってい
る主犯者とは違って、『天災で人類を滅ぼすこと』では無いこ
とを、しっかりと抑えて置かなければなりません。
 
(もっとも間接的には、彼等のような主犯者的存在を増やすこと
も目的のひとつではあります。これについては後に説明する予
定です。)

 西川氏もきちんと訳出しているように、『天災で亡くなった方
々』
については、魂的にはむしろ大きな財産を得て、来世に
臨むことになると、次のように語っています。

 「 そのような場合に亡くなった人は、生命の糸が突
  然に断ち切られる時まで、自分のカルマを生きて来
  ました。

   …もし、災害に遭わなかったら、自らのカルマに
  従って…人生の中で体験する出来事がたくさんあっ
  たことでしょう。

   それらは皆、可能性として存在します。彼のカル
  マの中、彼のエーテル体・アストラル体・個我の中
  に全てが存在しています。

   …長い人生に相応したゆっくりとしたテンポで進
  んでいた崩壊が一気に起こり…地上で使い果たす
  はずであったものが、精神世界に運び込まれます。

   …どの自然災害においても…アーリマンによって
  カルマを曲げられた人々は、このような状態で精神
  世界にやって来ます。

   アーリマン的な悪を、高次の善に変化させるため
  に、神々は災いを用いようとします。

   …かつての地上生を見て、『経験すべきであった
  作用
を経験していない。因縁が全うされていない』
  と、神々は思います。

   神々は、使用されなかった因縁を受け取って、人
  間の所へ運んでいき、その人の来世の内面を力強
  くします。

   かつての因縁の力が、その人の来世で強力にな
  ります。災害に遭わなかったら、あまり能力を持た
  ずに世に現れていたり、

   全く別の領域への能力を持って来世に現れてい
  たはずの人間が、カルマの均衡を取るために、
  別の特性を持って現れます。

   消耗していないものがアストラル体に組み入れら
  れるので、彼のアストラル体は…人間の知的特性
  が凝縮して強められます。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp88-94
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 我々人間は、前世からのカルマの解消のためのエネルギー
持って生まれており、それが途中で中断された場合は、そのエネル
ギーごと来世に引き継ぐことになるようです。

 災害で命を失った人々は、今世に多少の未練を残すとも、もともと
カルマの解消のために今世に生まれ、来世には今世以上のエネ
ルギーを持ってカルマに向き合う
ことが出来るわけです。

 もちろん『だから喜ぶべきだ』と言っているわけではありませ
が、それが人間の宿命であり、魂の進化のためのひとつの法
だということです。

 西川氏が今回の震災の後、急遽同書を出版した目的は、恐らく
の辺りの霊的作用を知ってもらいたかった
からであり、地震の
原因がアーリマンにあることは、その過程に過ぎない
のです。

 ★ ファウスト的道化者

 さて、第178夜でもお話ししたとおり、アーリマンは地上にいる我
々人間に対して、直接働きかけることはできません。とりあえず
霊界にまで引っ張って来なくてはなりません。

 仮に、そのために火山の噴火や地震を起こしたとしても、高次の
存在が、逆にそれを利用して、より良い来世を用意することになり、
非常に割りの合わない作業をしていることになります。

 この辺りの話は、ちょうどゲーテの『ファウスト』で語られている、
ファウスト博士と悪魔メフィストフェレスの契約を思わせる展開で
す。

 メフィストフェレスは、契約どおりファウスト博士の望みをかなえ、
ふこの世に生きる意味を真に感得したファウスト博士は『時よ留ま
れ、お前は美しい』
という言葉を口にします。

 その言葉は、メフィストフェレスが待ち焦がれた、彼の魂を得る
契約の言葉
でしたが、生涯を最高の体験で終えたファウスト博士
の魂は、神の手に渡ってしまいます。

 メフィストフェレスは、自らの野望に従って行動していたつもりが、
結局は、神がファウスト博士に体験させようとした生涯の手助
けをする道化役者を演じていたのです。

 つまりは、魂が何処に向かうかは、当該魂が『どう生きたか』
で決まるのです。カルマを全うしようとする魂を無理に霊界へと
連れて行っても、アーリマンの自由にはならないのです

 それでは、アーリマンの主目的とは何なのでしょうか。続き
は次回第184夜でお話しします。
( 追伸 )

 中曽根君、君がもし悟ったなら
『止まれ、原発は恐ろしい』と言って
霊界に行くだろうが。

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トンデモ話は奥で繋がる(182) 24.11.11

トンデモ話は奥で繋がる 「第182夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ⑦≫
 
 ★ ルシファーの誘惑

 さて、アーリマンの影響をお話しする前に、ルシファーが我々
に望んでいる事
について触れて見ましょう。それには、古い《月》
の時代に、天使達が成し遂げた事
を見る必要があります。

 第179夜では、天使達が、彼等の次の人間存在である我々の
ために、ルシファーに対抗する力を、地球存在の中に組み込ん
だとしています。

 その力について、シュタイナーは次のように述べているのですが、
それを見てゆくと、ルシファーが我々に望んでいることが、実に意
外なものであることが分って来ます。

 「 《地球》存在における正常な経過とは、どのようなも
  のでしょうか。

   現在の太陽系にふさわしい《地球》の目的が据えら
  れた時、太陽の規則正しい運行地球の規則正しい
  運行
が生じ、規則正しい四季が生じました。

   …それらの秩序は《月》存在が黄昏の中に沈んで
  いった後、現在の《地球》のために形成された、宇宙
  のリズムに従って繰り返されます。

   しかし《地球》存在の中にはルシファーが活動して
  います。

   
(加えて)ルシファーは、私達がルシファーを追跡
  できる領域においてよりも、人間自身の中で盛んに
  活動
します。

   
(しかし)もし、ルシファーが《地球》の中にだけ存
  在していたとしても、
 
 (古い月での、天使達の成し遂げた事が無ければ、) 

   太陽を巡る諸惑星の規則正しい運行、四季の繰り
  返し、雨と晴れなどの秩序を通して、人間はルシファ
  ーの誘惑
に陥っていたことでしょう。

   秩序づけられた宇宙から人間にやって来るもの、
  太陽系の規則的・律動的な動きがもたらすもの全て
  が、人間にふさわしいものであり、

   現在の宇宙に適した法則のみが支配していたなら
  人間はルシファーの誘惑に陥っていたに違いありま
  せん。

   宇宙的な救済のために獲得しなければならないも
  の
よりも、快適な生活を好み、

   到達すべきものよりも、規則正しい進行の方を選
  んでいたに違いありません。

   そのため、反対の力が創造されねばなりませんで
  した。

   《地球》生活の規則正しい宇宙経過の中に、
  【古い《月》にとって正常で有益な経過】が混ざる事
  によって成立する、

  抵抗力が作用しなければなりませんでした。

   【古い《月》にとって正常で有益な経過】が《地球》
  存在に作用すると、今日では異常なものであり、
  規則正しい《地球》の歩みを危険に晒します

   この影響によって、単なるリズムのみが存在して
  いたら【快適な生活への愛着・安楽・贅沢】として現
  れていたものが正されます。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp61-63《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)

   
 ちなみに( )内は、小生が言葉を補ってみたものです。ここま
で読み進めた段階で、「あれ?」と首をかしげる方が大多数では
ないかと思います。

 普通に考えれば、『規則正しい』ことこそ、天使の導く道であ
り、『規則を乱す』のはルシファーの仕業だと考えることでしょう。

 しかし、全く逆のことをシュタイナーは言っています。ルシファ
ーの誘惑
とは、我々を『規則正しい快適な生活』に染まらせ
ことなのです。

 そして、それを阻止(?)するためのものこそ、天使から私達
への贈り物
だったのです。

 ★ 超感覚的自然

 《地球》存在は、絶えず規則的なリズムを好み、それを繰り
返そうとします。一方、天使が結びつけた《月》の力は、その
リズムを乱す方向に作用します。

 そして、両者の作用を身近に感じられるのが、毎日の気候
す。シュタイナーは、その中に超自然的な作用を感じ取る能
こそ必要であると説いていきます。
 
 「 例えば、激しく降る雹の中に、単なる安楽なリズ
  ムを突き破る力
が示されています。

   地球の正規の力の下に創造されたものが破壊さ
  れると、全体の益のために訂正がなされます。

   …雹が降ることによって、ルシファーの影響によ
  ってもたらされていたかも知れないものが訂正さ
  れます。
 
   規則正しい進行が続くと、さらなる訂正を行うた
  めに、さらに激しく雹が降ります。

   規則正しい進歩へと導くものは、全て《地球》の
  力
に属すものです。

   火山が溶岩を流しだす時、古い《月》からもたら
  された、遅滞した力がその中に活動しており、そう
  して《地球》生命に訂正がなされるのです。

   地震もそうです。そもそも、天災とはそういうも
  のです。

   …私達の周囲にある自然の背後には、いわば
  第2の自然、霊的自然・超感覚的自然があります。

   …私達の周囲にある超感覚的な自然を認識でき
  るのは、霊的洞察力を備えた人だけです。

   …自然科学が探究できるものの中には、自然の
  背後に存在する超感覚的自然は決して現れませ
  ん。

   法則的なものでは無く、通常『それは偶然だ』と
  言われるもの
を把握する霊的まなざしを鋭くする
  と、超感覚的自然は姿を現します。

   私達の周囲の世界の中で、1年のうち、不規則
  な気候の中に現れるもの全てが『偶然』です。

   …雷雨を予言する能力を身につける能力を身
  につけることは出来ますが、それを自然法則化
  することはできません。

   その能力は霊感的・直感的なものです。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp63-66 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 ★ ルシファー存在

 さて、そのような超感覚的な自然を認識する能力を持った
者には、自然の中に、普通の感覚では捉えられなかった存
達が感じられるとシュタイナーは言います。

 お待たせしました。ルシファーの登場です。しかし、シュタイ
ナーの言う、彼等が人間に接近する目的を聞くと、またして
も眼が点になってしまうかも知れません。

 「 そのように風雨の中に現れるもの全ての中に、
  不可視の存在達が生きています。

   彼等は、地上存在が有する感覚によっては知
  覚出来ない身体を持っているので、見えないの
  です。
    
   彼等は空気と熱からなる体をしています。そ
  の体の中には、水も液体も固体もありません。
  
   その体は、形成されては消え去り、すばやく
  変化していきます。

   人々が見る雲の形成は、これらの存在の行
  為の外的な表現に他なりません。体はその背
  後に有ります
。空気と熱の体です。

   私達の周りに、空気と熱の存在達の世界
  あります。その存在は、私が著書や講義で『ル
  シファー的存在』
と名付けた者達です。

   ルシファー的存在達は、人間に対して独特の
  働きかけをします。

   彼等は、私達にとってはしばしば不快な天気
  の中に生きているにも関わらず、道徳的要素を
  人間の中で非常に尊重する存在
です。

   彼等は『人間は物質的身体―少なくとも土的
  性質・水的性質を有する身体を持つべきではな
  い』
という見解を持っています。

   彼等は人間を、自由を内に有さない、全く道
  徳的な存在に形成したい
のです。人間を全く物
  質的本性を持たないものにしたいのです。

   ルシファー存在達は、1年の経過の中で、常
  に人間を地球から引き離して、自分達の領域に
  来させる
ために戦っています。

   人間を、地球とは疎遠な存在にしようとして
  いるのです。

   ルシファー存在は、曖昧な神秘主義に傾斜
  する夢想的な人間にとって、特別に危険です。

   曖昧な神秘主義に傾斜する夢想的な人間は、
  容易にルシファー存在のとりこになります。

   ルシファー存在は、人間を地球から誘い出し
  て、人間に一種の天使的本性を与え、人間が
  不道徳な誘惑に屈しないようにしたいのです。

   荒天の中に現れる力、風雨を通して脈打つ力
  の中に、何よりも人間の自由が嫌いな霊達―

   人間の自由を根絶して、人間を道徳的な自動
  人形、純粋に善良な天使的存在
にしたい霊達が
  いるというのは、奇妙に聞こえるでしょう。
   
   地上的な表現を用いれば、この霊達は、それ
  を達成するために『血みどろになって』戦います。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp66-68《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 全く、ルシファーは潔癖で厳格な神父と同じ存在にも見
えてきます。むしろ、ルシファーに誘惑された方が、社会
的にはプラスになる
ような人間もいる位です。

 別の所で、シュタイナーはこうも言っています。

 「 どうして人間は、ルシファーを悪く思うべきでし
  ょうか


   彼等は最良のこと、つまり人間を道徳的で独
  立した存在にしようとしている
のです。

   ただ、人間は彼等の影響下では決して自由な
  存在にはなれず。道徳的自動人形になります。

   しかし、彼等は人間に最良のことをしようとし
  てい
るのです。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』
  pp69-70《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 さて、ルシファーがこのような存在だとすれば、チャネリン
の際、その存在がルシファー的存在かどうかを区別
ることはかなり難しいと言えます。

 第177夜でお話したとおり、私達にアトランティスの見霊
能力
が残されていれば、チャネリングの相手の恐ろしげな姿
から判断することも可能です。

 しかし、その能力が消えてしまった現代人は、チャネリング
で得られた、彼等の意志や意図のみを頼りに、彼等の本
性を知らねばならない
のです。

 何せ彼等は、人間に対して、『道徳を重んじ、天使のよう
な品行方正な存在になりなさい』
と呼びかけて来るのです。
その場で即『否』と言えるでしょうか

 巷のスピリチュアリズムの中には、『天使的存在』に近づ
くこと
を、何の疑いも無く『アセンション』と定義している
のが数多く見られます。
 
 確かに、我々は『天使達』が成し遂げて来た道を辿るべ
ではありますが、それは、今の進化状態のままで『天使
的存在』になることではない
のです。

 シュタイナーが『曖昧な神秘主義に傾斜する夢想的な
人間』
こそ最も危険だと言っているのは、まさにそのような
状況を指しているのだと言えます。

 無論小生も、今のところチャネリングには程遠い存在なの
で、そんな心配は無い
のですが、もしチャネリング出来たと
しても見分けることは出来ないでしょう。

 それ故、仮にチャネリングした場合には、その相手を全て
信じきるのでは無く、常に数%の疑いを持って接する

が肝要ではないかと思っています。

 そんな時チャネリングの相手は、例えば出エジプトの際
のユダヤの神
や、ムハンマドに対するガブリエルのよう
に、『疑うべからず』と強要するかも知れません。

 しかし、能力の無い人間の、こんなささやかな用心さえ
許容
できない存在であれば、なおさら疑ってかかるべき
ではないかと、小生は思うのです。
……………………………………………………………………

 ところで以前、ルシファーと似たような事を人間に求め
た存在
の話があったと思いませんか。今一度、バーバラの
チャネリングに現れたアヌの言葉を思い出してください。

 第七十九夜では、『わたしは君たちの神であり《人間は
こうなり得る》と考えたような姿にさせるため
、刺激を加
えてきた』と言っていました。

 加えて第107夜では、『人間が自らを解放してしまう
かも知れないという可能性にうろたえ
、ルネッサンスを中
止させた。』と告白しています。

 また第八十三夜では、彼等自身は『金属製』の身体的特
性を持っており、自分達に無い人間の特性―土の一種で
ある鉱物と水分から出来た肉体を欲して
もいました。

 無論、彼等を即ルシファーとするのはいささか短絡的
ですが、その精神的な部分―儀礼的文化への盲目的従
と、肉体的特性への嫉妬心は非常に似ています。

 さらに言えば、第八十四夜でツォルキンは、彼等はもと
もと肉体は持っておらず
、アトランティスの滅亡後に、地
球での転生を認められたと言っていました。

 それらの魂がルシファー的な存在であり、彼等の一部
が金属的な肉体に転生し、アヌンナキとして行動したと
いう解釈も有りうるわけです。

 これらの推測の真偽はともかく、いずれにせよ、ルシファ
ー的存在は、我々の進化を乱す存在ではあっても、真に
邪悪な存在ではなさそうです。

 一方、アーリマンについてはどうでしょうか。次回
第183夜はその辺りの話へと続きます。
 
( 追伸 )

 中曽根君、君よりルシファーの方が
根はよさそうだ。

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トンデモ話は奥で繋がる(181) 24.11.4

トンデモ話は奥で繋がる 「第181夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ⑥≫
 
 ★ 地球の構造 第6~9層

 それでは、第6層以下についてのシュタイナーの説明を続けて
見てゆきましょう。
 
 「 第六の層『火地球』です。火のような感情と意志
  を、この実質は持っています。

   この実質は痛みを感じます。もし踏みつけられたら、
  叫ぶことでしょう。この実質は全く激情から出来てい
  るのです。     

 …………………………………………………………………
   第七の層『地球(反射)鏡』です。この層の実質に
  集中すると、地球の特性全てが反対のものに変わる
  
ので、この名が付けられています。

   上にあるもの全てを見ようとせずに、直接この層を
  透視する時、例えば何か緑のものを前に置くと、その
  緑は赤として表れます。

   …反射されて、反対のものに変わります。悲しみは
  この実質によって喜びに変わります。
   
 …………………………………………………………………
   第八の層『粉砕』です。精神の力によってこの層
  に集中すると、注目すべきものが示されます。例えば、
  あらゆるものが無数に複製されていきます。

   しかし、本質的な事は、この層が道徳的な特性も破
  壊する
ことです。地球の表面に放射する力を通して、
  地上に戦いと不調和を引き起こすのはこの層です。

   この層の破壊的な力を克服するために、人間は調
  和的に共同
しなければなりません。

   人間が自ら調和を発展させることが出来るよう、こ
  の力は地球の中に秘められたのです。全ての悪は、
  実質的にここで準備されます。

   好戦的な人間は、特に強くこの層の影響を受けて
  いるのです。…この層が実質的に、悪を世界にもた
  らしたのです

 
 …………………………………………………………………
   最後の層『地核』です。地核の影響によって、世
  界に黒魔術が発生します。この層から霊的な悪の力
  が発しているのです。

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp54-55
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 さて、この辺りにまで来ると、説明を聞いただけでも、好ましか
らざる雰囲気
がわかる層もあります。それでは各層について、
小生なりのコメントを加えてみようと思います。

 ★ 地球の厄介者

 第6層については、実はアーリマンの棲む層であり、これが
地震火山活動に関わってくるようです。これについては後ほ
ど詳しくお話しすることになると思います。

 第7層については、第162夜でお話しした『鏡としての肉体』
の役割が思いだされます。ただし、これも第5層と同じく反対の
となって写ります。

 さて、第8層は、人間の不和の源を創り出す層とされ、この
層への我々人類の対応方法を通じて、我々と地球存在との関
が示唆されてきます。

 そうです。地球存在は、本質的に我々を排除しようとしてい
のです。そのための地球存在の意志の働きが、各層の特異な
反応形態をもたらしているのです。

 そして第9層は、レムリア、アトランティスが滅びの道を辿
ることになった黒魔術の源です。これが地球の奥底から、幾度
も人間存在を貶めてゆくのです。
 ………………………………………………………………………
 さて、こうして全体の層を眺めてみると、ひとつのイメージが浮
かんで来ます。古来から我々が様々な説話でその世界をイメー
ジしている『地獄』の本質です。

 各層に囚われた魂は、生命の喜びや、善良な意志の活動を
悉く奪われ、ひたすら苦痛や邪悪な想念の増大だけが快感と
化すような世界に生きることになります。

 そしてそれは、死後の世界に限った話ではなく、我々がその層
に意識を集中
し、捕われてしまうことで、生きながらにして地
獄と化す
のです。

 幾多の昔話に、地の底に存在するとされて来た『地獄』は、 実
は、地球の実体、地球の意志そのものであると、シュタイナー
は言っていることになります。

 つまり地球存在にとって、我々人間存在は、あらゆる手段を用
いてでも駆逐してしまいたい存在なのでしょう。しかし、逆の立
場で考えて見れば無理からぬ事かも知れません。

 我々人類は、大量に増殖し、地球の表面に隅々までその爪
を付け、大気の組成を変え、地球上に無かった有害物質
次々に発生させています。

 地球存在にしてみれば、地殻の表面が痒くて仕方ないという
感じなのでは無いでしょうか。挙句の果てに、勝手に掘り出した
核物質を濃縮した上、また埋め戻そうとしているのです。

 地球にとっては、我々人類は何を仕出かすかわからない寄
生虫
同然です。逆に、それを死に追いやるアーリマンこそ、特
効薬
のように考えるのでは無いでしょうか。

 ★ 地球との共生

 それでは、地球存在にとっての我々は、霊的にも、全くの邪
魔な寄生虫のような存在なのでしょうか
。それに対して、シュ
タイナーは次のように言っています。

 「 人間はこれらの層全てと関係している、と推測でき
  ると思います。これらの層は絶えず力を放射してい
  ます。人間はこれらの層の影響下にあります。

   人間はこれらの層を絶えず克服しなければなりま
  せん。

   いつの日にか、人間が地上に生命を放射し、生命
  的な空気を吐き出すようになると、人間は『火地球』
  を克服
します。

   人間が苦痛を平静さによって精神的に克服すると、
  『空気地球』を克服できます。

   人間が一致協力できると、『粉砕』を克服できます。

   白魔術が勝った時、世界に悪が無くなります。

   人間の進化には、地球内部を改造するという意味
  があるのです。最初、地球は進化するもの全てを阻
  みます。

   最後には、地球は人類の力によって変化し、霊化
  されます
。こうして、人間は自らの本質を地球に分け与
  えるのです。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp55-56
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 人類は、こうした地球の反発をなだめつつ、各層の影響を全
て克服
し、逆にその層の性質を変えることで、地球存在を進化
させるべき使命
を持っている、とシュタイナーは言います。

 そしてこれが、西平氏をして、一般への入門書での説明をため
らわせた『人類が地球と一緒に進化する』ということなのだと、
小生は推測します。

 なるほど、入門書でここまでの話をすることは、かえって入門
者を遠ざけてしまう
ことになりかねません
(もちろん、このブログも然りです。)

 それにしても、シュタイナーの説に従えば、我々人間は随分
たい宿題
を背負わされたものです。しかもその上、アーリマン
の影響にも打ち克つ必要
があるのです。

 さて、次回第182夜からは私達人間が、どのようにアー
リマンの影響をうけているのかについての話へと入ってゆき
ます。

( 追伸 )

 中曽根君、我々はさらに君の策略にも
打ち克つ必要があるのだ。

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トンデモ話は奥で繋がる(180) 24.10.28

トンデモ話は奥で繋がる 「第180夜」
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≪ルシファーとアーリマン ⑤≫
 
 ★ 地球の構造 第1~5層

 今夜は、まず我々の地球の構造についてのお話です。と、言っ
ても我々が『地学』の授業で教えられた、科学的な知識を復習す
るのとはちょっと違います。

 シュタイナーは、地球を9つの層に区分し、それぞれが我々の
運命と深い関わり
があるとしています。それでは最初の5つの層
について見てみましょう。

 「 地球は、多くの存在の運命に深く作用する一定の
  現象
を示す、ということを私達は知っています。

   …例えば、地震火山噴火は、何百・何千という
  人々の運命に介入します。人間の意志は、地震や
  火山噴火に何らかの影響を与えるのでしょうか。

   あらゆる時代の神秘学は、地球の内部について、
  地球はいくつかの層から成っている、と語っていま
  す。

   しかし、それらの層は玉葱のように互いに分かれ
  ているのではなく、柔らかく混ざり合っています。

 ………………………………………………………………
   一番上の層を成している鉱物質量は、卵の殻に比
  較できます。この一番上の層は『鉱物地球』と呼ば
  れます。

 ………………………………………………………………
   その下の層は、地球のどの物質とも比較できない
  もので、『液体地球』と呼ばれます。液体と言っても、
  私達の考える液体とは違います。

   …この層の物質は霊的な特徴を持ち始めるので
  す。この層は、《生命的な実質》が集められると、す
  ぐにその生命を放り出し、絶滅させます

 ………………………………………………………………
   第三の層『空気地球』です。これは《感覚》を破
  壊する
実質です。この層は、例えば、ある苦痛を感
  じると、それを快感に変化させます。

   その逆のことも行います。第二の層が生命を消し
  去るように、この層、現に存在する感覚を消し去り
  ます。

 ………………………………………………………………
   第四の層『水地球』或いは『形態地球』です。
  この層は、神界で霊的に生じるものを物質的に形
  成
する実質からできています。

   この層には、物質的な陰画が存在します。ここ
  では、何かを壊すと、その陰画が生じます。形は反
  対のものに変化
するのです。

   あらゆる事物の特性が、事物から分離して周囲に
  移行します。対象を受け入れる空間自体は空虚
  ものです。
 
 ………………………………………………………………
   第五の層『果実地球』です。この実質は、はち
  切れんばかりの成長エネルギーに満ちています。

   その各部分は海綿のように成長して、どんどん大
  きくなるのですが、上方の層によって押さえられて
  います。  

   この実質は、先に述べた層の形態を支える生命
  
として作用しています。

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp52-54
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 さて、いかがでしょうか。第2層以降は、我々が聞かされてきた
地球とは全く違っています。正直なところ、小生も当初はこれを
どう説明していいものやら検討もつきませんでした。

 おそらく、シュタイナーに造詣の深い西川氏にとっては自明の
事なのでしょうが、小生のような凡たる人間にはこれだけで理解
せよと言うのは、いささか酷な話です。

 しかしながら、ただ原文をそのままの載っけるだけでは、当ブ
ログの目的にかないません。ここは、誤解釈を恐れず、敢えて
小生なりの解釈を加えて見ようと思います。

 ★ 惑星ソラリスをヒントに

 小生の思うところ、ここでの話は第169夜で、西平氏が、一般
に向けての紹介をためらわせた、『人類が地球と一緒に進化
する』
という概念の核になるような気がします。

 初めに、シュタイナーが『第2層以降は生命を持ち始める』
言っている点に注目して見ましょう。

 つまり、生きた地球としての意志が反映された層であって、各
層に意識を集中することで、その意志を読みとり、或いは我々自
身がその意志に左右されることになると言うのです。

 ちょうどこの感覚は、第153夜で紹介したレムのSF小説、『ソ
ラリスの陽のもとに』
のストーリーを思い浮かべると、イメージ
がし易いかも知れません。

 内容をご存知で無い方のために、以下ざっくりと、同小説の粗
筋を紹介しておきます。
………………………………………………………………………
 地球の探査隊は、2つの太陽を持つ惑星『ソラリス』の『海』
調査しますが、『海』は探査隊がそれに向けて放射線を照射した
のを境に、不可思議な反応をするようになります。

 『海』は、人間の『思考』を読み取り、その人の心の中にイメー
ジされる『物や人そのもの』の形態を、そっくり『コピー』して創り
出し、隊員達の眼前に出現させます。

 その事物は、姿形はそっくりなのですが、あまりにも馬鹿でか
かったり、愛する人にそっくりではあっても、それ自身に言語能
力や痛み等の感覚が全く無かったりします


 人間らしからぬ不完全な感覚を持ったままの『コピー』は、そ
れ故に壊れ(死に)、失望を味あわせ、しかし数時間後にはま
た元と同じ別の『コピー』が何度も出現します。

 そのため、探査隊員の多くがノイローゼ状態となり、探索隊は
調査の継続を断念して『ソラリス』を去って行きます。SFではあり
ますが、人間心理を描いた作品と見ることも出来ます。

 物語では、最後まで『海』の意図するものはわからないまま
ですが、少なくとも、人間が正常な精神状態を保てるような状
況で無い
ことは確かです。
………………………………………………………………………

 そして、シュタイナーによれば、我々の地球も、これと同じよう
なこと
をし、我々はそれが『自らの意志によるもの』と錯覚させ
られている、という事のようなのです。

(もっとも、このようにはっきりと書かれているわけで無く、先に述
べたとおり、小生の推測の部分があることは否めません。
 以下、誤りがあれば是非ご指摘ください。)

 ★ 地球の意志

 まず、小生なりに朧げに感じるのは、第2~4層に関しては、
第134夜以降でお話しして来た、死後の霊界の世界と対応
ているよよに思えるのです。

 死後《肉体》は消滅しますが、その他の3つの体は生きていま
す。うち、第2層は《生命》の源である《エーテル体》を放り出す
という感覚に思えます。

 第3層《苦痛を快感に変える》などと言うと、一見良さそう
に見えますが、それでは《苦痛》を求めるマゾヒストになってし
まいそうです。

 《感覚》と言えば、霊界では《アストラル体》を源に《意志する
感覚》
に変わるということでしたが、これが破壊される層というこ
とかも知れません。

 第4層については、第135夜『思考内容のタブロー』に当
たる部分のように感じます。ただし、全てが『ネガティブ』なもの
の創造に変るという点が違っています。

 善良な意志は醜悪な実体を創造し、邪悪な意志は美麗な
実体を創造
するとすれば、我々の意志はだんだんと邪悪なもの
に傾いてゆくのではないかと思います。

 第5層は膨張や増大を促す層のようです。その働きが善良な
方に使用されればいいのですが、邪悪なものについてもどん
どん膨らんでゆく
のでしょう。

 このように見ると、どちらかというと好ましい層のようには感じ
られません。
そして、どうやらこれらの層は我々と地球の進化
に関わっているらしいのです。

 少々長くなりそうなので、第6層以降は、次回第181夜
お話しすることにします。

( 追伸 )

 中曽根君、君の想念は全て第4層に入
れた方がよさそうだね。

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トンデモ話は奥で繋がる(179) 24.10.21

トンデモ話は奥で繋がる 「第179夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ④≫
 
 ★ 我々の先をいく者

 実は、現在の進化の過程で、我々がアーリマンの影響を受けて
いるのと同じように、地球紀の前に、同じ試練を受けていた者
がいるとシュタイナーは続けます。

 「 私達が《地球》進化の経過の中で、人間段階を通
  過しているのと類似した方法で、

   人間段階を古い《月》において通過した存在達が
  いることを、私達は知っています。…それらの存在
  達は天使と呼ばれています。

   私達の中でルシファーが戦っているように、同様
  の戦いが、それらの存在達の内面で当時行われ
      ていました。

   それらの存在達は古い《月》において《太陽》で進
  化から逸脱した霊
達によって行われる戦いの舞台
  となっていました。

   この《月》における戦いは、私達の内的な個我と
  関係したものではありません
でした。《月》におい
  て、私達はまだ個我を有していなかったからです。

   その戦いは、私達の個我が関与できないところ、
  古い《月》の天使達の中で行われたのです。

   正常な《太陽》進化から逸脱した存在達が、今日
  ルシファーが私達に対して行っているのと同じ役
  割を、当時、天使達に対して演じました。

   …ルシファー的存在達が《月》進化において逸脱
  したように、《太陽》進化の間に逸脱したのはアー
  リマン的存在達
です。

   …アーリマンは天使達の胸の中で誘惑するもの
  
であり、天使達の中で活動します。

   アーリマン的存在達の作用を受けて、天使達は
  今のような姿になりました。そして天使達は、アー
  リマンの作用を受けたものを、善に至らせ
ました。

   私達はルシファーの良い贈り物として、善悪の区
  別、自由な決断力、自由意志
を得て来ました。そ
  れらは、ルシファーを通してのみ得られたものです。

   天使達は何かを獲得し、地球存在の中にそれを
  持ち込み
ます。

   …これらの存在達は、《月》においてアーリマン
  の影響を通して受け取ったもの
を《地球》にもたら
  しました。

   …古い《月》においてアーリマンの戦いが生じて
  いなかったら、

   これらの存在は、古い《月》に属するものを《地
  球》にもたらすことは出来なかったでしょう。

   古い《月》が崩壊した後、《月》に属したものも消
  え去っていた
でしょう。
 
   天使達はアーリマンの影響を受けたことによって、
  《月》存在の巻き添えになったのです。

   私達がルシファーの影響によって《地球》存在の
  巻き添えになったのと同じです。

   彼等は《月》の要素を自分の内面に受け入れ、

  …私達の地球全体がルシファーの影響に囚われな
  いようにする
ために必要なものを《地球》存在の中
  にもたらすことができました。

   《月》における天使とアーリマンの戦いに相応す
  る事実が《地球》存在の中にもたらされていなかっ
  たら、

   私達の地球全体が、ルシファーの影響に捕らえら
  れていた
に違いありません。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp58-61
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 さて、シュタイナーのこの解説を読んでいると、第126夜以降で
紹介した、東條氏の『東方ミトラ伝説』との関連を考えずにはいら
れません。

 そして、小生には、そこには書かれていなかった一つの解釈が
頭に浮かびます。以下、誤解の危険性を承知の上で、小生なりの
の推測を書いてみます。

 当該神話では、アフラ=マズダーとアーリマンの戦いがメイン
となっています。それが我々人間の魂の起源となっていくのです
が、それがいつの時代の話なのかは明確にされていません。

 一方、シュタイナーは、我々がまだ個我をもっていない《月》の時
に、当時は人間存在であった天使達が、自己の内面でアー
リマンの影響がもたらすものと戦ったとしてあります。

 シュタイナーの言う「内面」とは、第126夜でお話しした通り、我々
の場合と同じく、アーリマンによって創り出された幻想の世界ではな
い、天使達の本質が現実に存在している場所でしょう。

 つまり、両者を繋げて考えてみると、『東方ミトラ伝説』のこの戦い
は、天使達の内面―つまり本来の実世界である霊界での出来
ではないかと、思う次第です。

 無論、著者の東條氏はそのように述べてはいませんし、シュタイナ
ーの文献についても、小生は(まだ?)そのような記述に出会ったこ
とはありません。

 しかし、このように考えれば、やや荒唐無稽のようにも思えた『東
方ミトラ伝説』のこの記述
が、我々の前の《月》の時代にあった、
天使の時代の霊界の話として位置づけることができます。

 また、この争いに先立ち、『光の国』から闇の中へ逃走した
ーリマンの指揮下の3分の2、アフラ=マズダー側の3分の1の天
使の1人に『ルシファー』がいたのです。

 ★ 終焉を繰り返すコスモス

 戦いの途中で、アフラ=マズダーは破れ、散りぢりの『光のか
けら』
と化し、その輝きは闇の煙幕に包まれます。この部分は、
天使の魂がアーリマンに囚われたことを示しています。

 しかし、ミトラの登場によりアーリマンの軍団は破れ、『光の国』
には近づけない場所に閉ざされます。そして決戦を終えたコスモ
は廃墟となり、燃え盛る業火の中へ沈んでいきます。

 そして、その最後の記述をもう一度繰り返して見ましょう。伝説の
終わりは、こう結ばれていました。

 『 解消させられるべき世界の代わりに、新しいコスモス
  
が建てられるだろう。そこでは光の諸権力が支配する
  だろう。

   何故なら彼等は父の全ての意志を遂行し成就せしめ、
  憎むべきものを制圧したからである。』

 さて、この終末の部分については、一般には(?)予言的な意味
合いで捉えられているように思いますが、シュタイナーの言うよう
に、古い《月紀》の時代の事と考えると事情が違って来ます。

 第172夜でお話したとおり、《月紀》の全ては《地球紀》の前
に、宇宙もろともプラヤナの中に消え去って
います。つまり、
この描写は、過去に起こった事を伝えているとも考えられます。

 その際、《月紀》では人間存在であった《天使達》は、全ての
『光のかけら』を浄化し終えてコスモスから脱出し、別の場所に
移ったと考えることができます。

 そして《天使達》が成し遂げた成果は、《月紀》のコスモスと
一緒に消滅すること無く
保存され、次の《地球紀》へと引き継が
れたわけです。

 ただし、この考え方に一つ問題があるとすれば、すでにプラヤナ
に消え去った古い《月紀》
と、現在の《地球紀》での古い《月》
を混同してはいないかということです。

 しかし、ここで第172夜でお話したことを思い出してみましょう。
《太陽紀》《月紀》《地球紀》とも、その進化の過程においては、
じれったい程同じことを繰り返すのです。

 つまり、古い《月紀》は、《月紀》までの段階で終末を迎え、
コスモス全てがプラヤナに消え去ったのですが、それと同じ過程
は《地球紀》でも繰り返された
はずです。

 そして《地球紀》においては《月紀》の段階で消えることなく
《天使達》の成し遂げた事が、それ自体生きた惑星である地球存
在へ引き継がれた
のだと、小生は考えています。

 もっとも、恐らく《地球紀》においても、我々の全てがルシファー
の誘惑に打ち克った暁には、同じようにプラヤナの中に消え去っ
てゆく
と考えれば、未来の事でもあるわけです。

 そして、《地球紀》のコスモスのステージをクリアして、次なる
ステージへ登っていくこの過程
こそ、巷で騒いでいるアセンショ
ンの真の意
味ではないかと、小生は思っています。

 それは、大災害が起こるとか、宇宙人が救済しに来るとか、
ォトンベルトが発見される
とかの、およそ三次元で理解できるよ
うな現象ではない
と、小生は思う次第です。

 ★ 阿修羅の正義

 さて前夜でシュタイナーは、ある密教の教えでは、アーリマンの
群れ
を、太陽の分離以前に地球の進化から逸脱し、進化の道か
ら堕ちた悪しき阿修羅
と呼んでいると言っています。  

 ウィキペディアにあるように、古代ペルシアの聖典『アヴェスター』
では、なんと阿修羅は最高神アフラ=マズダーに対応するとされ、
古代インドでは生命生気の善神となっています。

 つまり、少なくとも「神」またはそれに次ぐ存在であり、また初め
から「悪しき者」ではなかったということです。この辺りはシュタイナー
の語るアーリマンの境遇と一致します。

 また、仏教伝承によれば、正義を司る神である阿修羅の一族は、
力を司る神である帝釈天が主である忉利天に住み、その娘をいず
れ帝釈天に嫁がせるつもりでした。

 しかし、その帝釈天が婚姻前に娘を力ずくで奪ったのを怒り、娘が
正式な妻となった後にも帝釈天を許さず、何度でも蘇り永遠に帝
釈天と戦い続ける存在
となったとされています。

 阿修羅は正義に固執し善心を見失ったことで、妄執の悪とされ、
このために天界から追われ、人間界と餓鬼界の間の阿修羅道
隔離されたということです。

 もっとも、こうした仏教の説話自体は方便であって、実際にはミト
ラ伝説の描くように、『神』の位置に立って、彼とは別の世界を
創ろうとした
のだと思います。 

 アーリマンは、かつてはアフラ=マズダ―と同じ素質と徳を持
った存在
であり、その正義さゆえに、永遠に自身の上に立つ存
在がいる
ことに、不平等を感じたということでしょう。

 そして仏教説話の言うとおり、新たな《○○紀》が開闢する度に
復活
を遂げ、彼の固執する不平等に賛同する魂を集めるため、
我々の心の闇に忍び寄って来るのです。

 さて、次回第180夜は私達人間が、どのようにアーリマン
の影響をうけているのかについての話へと入ってゆきます。
( 追伸 )

 中曽根君、君は今度プラヤナに消えたら、
戻ってこなくてよろしい。

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トンデモ話は奥で繋がる(178) 24.10.14

トンデモ話は奥で繋がる 「第178夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ③≫
 
 ★ 霊界のアーリマンを封じた秘儀

 さて、アーリマンについて、さらに言及した箇所を拾っていき
ましょう。

 意外なことにシュタイナーは、アーリマンの力が最大限に強
まるのは、死後の世界においてで、ゴルゴダの丘でのキリス
トの磔刑
は、我々をその影響から救うためだったと言うのです。

 「 アーリマンは様々な方法で人間に働きかけます。
   ゴルゴダの出来事は、世界の進化にとって大きな
  意味があった、と私達は言います。

   その時、人間が死後に歩みいる世界の中にキリス
  トが現れました。

   その世界においては、誕生と死の間に体験される
  地上世界におけるよりも、アーリマンの影響はずっ
  と強い
のです。

   死から再誕の世界において、アーリマンが恐ろし
  い力をもって人間に影響します。
   
   他の事が何も起こらなければ…死から再誕の間
  の世界は、人間にとって次第に暗いものになってい
  たでしょう。

   無限の孤独人間の利己性が、死と再誕の間の
  人生の中に入って…人間は再受肉に際して、ひど
  い、恐ろしい利己主義者になっていたでしょう。

   ゴルゴダで傷から血が流れ出た瞬間、キリストが
  彼岸、影の国に現れてアーリマンを拘束したという
  のは、単なるイメージ的な言い回しでは無く、事実
  を表現しています。

   確かに、アーリマンの影響は残っており、人間の
  唯物論的な思考方法はアーリマンに由来するので
  すが、

   その影響は、人間がゴルゴダの出来事を自分の
  内に受け入れる事によって無力化でき…再び霊的
  ・神的世界の中に入ってゆくのです。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp28-29
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 死から再誕生までの経緯については、第134夜以降で詳し
く述べましたが、死後の霊界で、我々は霊的な照明力を発現し、
浄化の諸段階を経ていきます。

 もし、ゴルゴダの秘儀により、キリストが死後の霊的な世界
へ赴かなかったら
、アーリマンがこれらの過程の全てを、こと
ごとく闇に閉ざし
、転生を危うくしたということです。

 さて、その最後の段階では、第144夜で述べたように霊的生
活の真夜中が訪れ、ルシファー『再受肉』を思いとどまら
せる
誘惑をすることになります。

 小生は初め、このルシファーの行為にアーリマンも関わっ
ているのか
と思っていましたが、アーリマンの主目的は、我々
利己的主義者として再受肉させようとすることのようです。

 しかし、キリストの秘儀により、本来の主戦場である霊界で
は大きな成果をあげられない
アーリマンは、その誘惑の場を、
転生後の我々の心の中に移しているのです。

 ★ 霊能力は両刃の刃

 「 確固とした土台に立たずに、オカルト的に努力す
  る人
には、アーリマンの影響を通して非常に恐ろし
  い幻想・錯誤がやってきます。

   アーリマンは感覚界の真相を隠す霊だからです。
   感覚界は霊的世界の表現である、と思わせない
  ようにする霊です。

   異常な状態夢遊病的な状態への素質があったり、
  正しくない修行によってオカルト的な力を自分の中
  に目覚めさせ、

   利己主義的な傾向を自分の中に有すると、アーリ
  マンがオカルト的な力に影響を及ぼし、その影響力
  はどんどん増していきます。

  …アーリマンの影響に由来する形姿は、肉体に悪い
  影響を与え、エーテル体の中を通って、幻像として
  目に見えるようになります。

  …アーリマンの影響によって、人間はオカルト的な
  認識に達するために、肉体的な修練に取りかかるよ
  うになります。
  
  …アーリマンは虚偽の霊であり、人間に幻想を呼び
  出します。アーリマンは仲間とともに霊的世界で活
  動します。

   アーリマンは幻影ではありません。人間の願望、
  人間の情熱が、邪悪な道を行くと同時にオカルト的
  な力に没頭
すると、

   そのようにして現れたオカルト的な力がエーテル
  体の中に入り
、しばし非常に尊い姿の幻影を通して、
  有害な邪悪な力が作用します。

   アーリマンから人間への影響は、そのように恐ろ
  しいものです。

  …キリスト密議から流れ出る力の他には、アーリマ
  ンの影響に対する防御が、世界には少なくなってい
  きました。

   ある点で、現代はアーリマンの影響に向き合って
  います。それは多くの現象が告げています。

   ある密教の教えは、アーリマンの群れを阿修羅
  名付けています。

   もちろん、人間に付与した阿修羅の進化の道から、
  ある時期に堕ちた悪しき阿修羅です。太陽の分離以
  前に地球の進化から逸脱した存在
のことです。」
  
  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp31-35
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 さて最初の数行は、現代のスピリチュアリズム信奉者も、しっ
かりと胸に刻むべき言葉ではないかと思います。特定の霊や宇
宙存在との交信のみが目的化
してしまっては危険です。

 見かけは非常に尊い姿をしていても、その霊的本性が必ずし
邪悪なもので無いとは言い切れません。或いは、別の霊的
本性
が入れ替わっている場合も有り得ます。

 自分達だけがその霊的本性と交信が出来る、という優越
は、次第に利己主義的な交霊に変わってゆく危険性を持ち
ます。シュタイナーが『神智学』と決別したのもそのためでした。

 ★ レプティリアンの1つの解釈

 もう一つ、シュタイナーは、アーリマンは肉体に悪影響を及ぼす
だけでなく、エーテル体を通して、その幻像が目に見えるよう
になるとも言っています。

縮恐怖の大陰謀  こう語られると、小生はどうしても、
あるトンデモ話との関連性を考えずに
はいられません。デービッド・アイク
『恐怖の世界大陰謀』の中でその
存在を主張している『レプティリアン
です。
 
 またまたトンデモ話の深みへとはま
ってしまうような話ですが、簡単に要点
を紹介してみます。

 アイクは、レプティリアンこそ、かつて『神々』と崇められていた
アヌンナキの子息であり、今も我々の裏世界で、我々の文明
の上に君臨し続けている種族
であると主張しています。

 彼等は、そのままでは受肉できない異次元の体を持つアヌン
ナキ
が、人類との間に創り上げた混血種で、通常は人間の姿で、
各国の政官財の要人として振舞っています。

 そして、彼等がそのおぞましい欲望に興奮状態に陥ると、その
爬虫類のような真の姿にシェイプアウトする姿を、多数の目撃
者が証言しているというものです。

 確かに彼等一握りの要人が、表向きは平和・平等・健康の
使者
の顔を装って、裏では自ら紛争・貧困・疫病の種を世界
中に撒き散らすアーリマン的輩
であることは確かでしょう。

 ただ正直なところ、彼等が爬虫類の姿に変身するという点に
ついては、小生も、シュタイナーのこの言葉に当たるまでは『いく
らなんでもそこまでは…』と思っていました。

 しかし彼の言うように、アーリマン的な欲望に取り付かれた魂
は、自らのエーテル体まで、その醜悪な形姿が浸透してくる
とすれば、一時的に変身したように見えるかも知れません。

 つまり『レプティリアン』とは、特定の種族というより、アーリ
マン的な欲望がエーテル体のレベルまで染み付いた一群
の人種
ではないかと、小生は思っています。

 そして、そのような秘密を持った一族であれば、ロスチャイル
ド一族
のように、姻戚間での婚姻を重ねざるを得ないのも、十分
に考えられることではないかと思います。

 さて、このように書くと、決まって指摘されるのは、陰謀論者は
何でも次々と関連付
けて、自らの空想を事実であるかのように
すり替えていく、というものです。

 しかし、小生が知るところ、アイクは自らの説を強力にバック
アップ
してくれるであろう、このシュタイナーの解釈を持ち出し
てはいません。
 
 通常、このようなトンデモない説を打ち出す際には、少しでもそ
れの裏付けとなるような他の説があれば、片っ端から結び付け、
自説の補強に利用するものです。

 実際それが、先ほどの陰謀論者の批判にもなるのですが、
ュタイナーの説くアーリマンの特徴
については難解であり、
結びつけることすら思いつかないのだろうと思います。

 故に、彼は自身の見聞と直感で『レプティリアン』説に辿り着
き、これを主張している訳です。一方当然ながら、シュタイナー
彼とは時間・空間を異にして述べています。

 こうして全く別の見方から生まれた2つの説が、同じ―し
かも相当特異な―現象についてシンクロしている
とすれば、
単なる空想以上のものと受け止めるべきでは無いでしょうか。

 さて、最後のところで、太陽の分離以前に地球の進化から
逸脱した阿修羅
が出てきますが、次回第179夜はその辺り
の話へと入ってゆきます。

( 追伸 )

 中曽根君、君達には『亡国のニュークリアン』
という別名をつけたほうがよさそうだ。

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トンデモ話は奥で繋がる(177) 24.10.7

トンデモ話は奥で繋がる 「第177夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ②≫
 
 ★ アトランティス時代

 まずは、ルシファーと人類との関わりについて見てみましょう。
ちなみに出だしで『そのようにはならず』と言っているのは、前夜の
『天使の模倣人形』のことを指しています。

 「 そのようにはならず、まずルシファーが人間に近寄
  って来ました。そして…人間の背後にある霊的世界
  の一部を、人間には見えないように
しました。

  …アトランティスの神託所で、秘儀参入者達は、ルシ
  ファ-の影響によって覆い隠された、霊的世界領域
  を見る準備をしました。

   …アトランティスの秘儀参入者は、太古の神託にお
  いて、高次の霊的存在達の姿を、精神の中で見まし
  た。

   それらの霊的存在は、物質界まで下っておらず、そ
  のため、人間が早まって物質界に下った時、それら
  の存在は肉眼では見えなく
なりました。

   しかし、秘儀参入者には、光の世界の敵であるルシ
  ファーも見える
ようになりました。

   そもそも漠然とした透視意識の中で、高次の霊的世
  界を生きることの出来たアトランティス人には、ルシフ
  ァーの群れが見え
ていました。

   …光の世界の崇高な存在達の姿が、アストラル的な
  色彩の中に荘厳に現れ、それに対立する誘惑的な世
  界に属する存在達の恐ろしい姿
も現れました。

   『 人間進化の中にルシファーの影響が存在する。
     人間の誤謬の可能性悪の可能性
      ルシファーの影響による。
     しかし、人間の自由も、
      ルシファーのお陰なのである。』

  と、私達は言うことができます。

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp21-22
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 抜粋頁を見ていただくとわかるように、西川氏の同訳本は、前夜
レムリア人とルシファーの関係から、このようにいきなりアト
ランティス人の話
へと続いてゆきます。

 もちろん、シュタイナー自身がこのように講義したのでしょうが、
この訳本のみを手にした読者は、レムリア人からアトランティス人
へのこの繋がりが、よく理解できないと思われます。

(無論、西川氏にとっては自明のことなのでしょうが、やはり何か
少し解説が欲しい所です。この辺りに、深く入ってゆく読者をな
かなか得られない原因
があると思われます。

 ここでは、古代からの見霊能力についての解説が、是非とも
必要な所です。詳しい話は第148夜でお話ししていますので、
是非読み返してみてください。)

 アトランティス前期においては、秘儀参入者のみならず、ほと
んど人間
がレムリア時代の遺産―半覚醒とも言うべき状態にお
いて、光の存在とルシファー達を見る能力―があったのです。

 対象が見えていれば、恐らくその形姿から、ルシファー達が我
々の自由の送り主ではあっても、我々が目指すべき存在では
ない
ことは、漠然と感じられたことでしょう。

 ★ 新たな誘惑者アーリマン

 さて、ルシファー達は、人間にとって魅力的な世界―知覚によ
る物質的・感覚的世界を目の前に展開させたのですが、この段階
ではまだ、人間には神的な精神界も同時に見えていました。 

 従って、物質的・感覚的世界は魅力的ではあるものの、それは
真の姿では無く、背後にある神的な精神界こそが、現実の存在
であることがわかっていました。

 しかし、アトランティス中期以後、新たな誘惑者アーリマンが現
れます。その影響で、人間は『私の前に広がっている物質的・
感覚的世界の他に、世界は存在しない
』と思い込まされます。

 「 アトランティス時代中期以来、ルシファーとは別の
  敵が現れました。

   その敵は、人間の知覚能力と認識能力を朦朧とし
  た暗いものにした
、感覚界の背後に赴く労苦・衝動
  を人間が発展させないようにする敵です。

   ルシファーの影響下に、感覚界はベールのように
  なり、その背後に霊的世界がありました。

   第2の存在の影響によって、物質界は厚い皮にな
  って、霊的世界を閉ざしました。

   アトランティスの秘儀参入者だけが、準備を通して、
  物質的・感覚的な覆いを突き抜けることができました。

   人間に近づいて来て、神的存在への見通しを暗く
  する力
は、ゾロアスターが信奉者達に与えた偉大な
  教えの中で、初めて明らかにされました。

   古代インド民族は、

   『 自然的素質を通して、霊的世界に戻りたい』
  
  という憧れをもっていました。そのような文化では
  無く、民族の目を感覚界に向け、

   『 民族の目を感覚界に向け、外的な感覚的・
    物質的人間の努力を通してのみ築ける文化

  
  を提供するという使命をゾロアスターは有していま
  した。

   ですから、古代ペルシア文化においてルシファ
  ーの影響
は、アトランティス時代中期以後に人間
  にやって来た存在の影響よりも少ない
ものでした。

   この存在によって、当時、秘儀参入者の大部分
  が黒魔術に陥りました


   彼等はこの誘惑者にそそのかされて、霊的世界
  から手に入れたものを、物質的・感覚的世界のた
  めに乱用
するようになりました。

   黒魔術的な力の影響によって、アトランティス大
  陸はついに没落に導かれました。

   アトランティス没落の原因を作ったのは、ゾロア
  スターが民族に教えた、光の神に対抗するアーリ
  マン(アレフマン)、アンラ・マンユ
です。

   ゾロアスターが偉大なオーラ『アフラ・マズダ』
  と名付けた光の神に、アーリマンは対立します。」

  (シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp24-26
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 簡単に言ってしまえば、人間という魚に対し、ルシファーが養
殖場へ続くエサ
を蒔き、アーリマンはそのエサしか見えなくし
といったところです。

 ルシファーの養殖の意図については、後に説明することになる
と思いますが、少なくとも人間には、最初はそのエサが養殖場へ
続いていると知っていた
ということです。

 そしてアーリマンは、その状態から、人間が、それが養殖場に
続くことをわからないようにしてしまった
ということになります。
(しかも、後にお話しするように、アーリマンの意図は養殖では無い
のです。)


 さて、この部分についても、初めて読まれる方には少々解説が
必要な所ですので、蛇足ながら解説を入れてみます。

   アトランティスの繁栄と没落については、エドガー・ケイシー
を始め多くの霊能者が霊視をしています。

 詳細な部分ではそれぞれ違いがあるものの、大筋は第八十夜
及び八十五夜でお話しした『アトランティスからのスピリチュア
ル・ヒーリング』
の内容に近いのではないかと思います。

 最終的には、秘儀参入者の黒魔術への傾倒によって滅ぶのです
が、シュタイナーはその原因を、神的存在への見通しを暗くさせた、
アーリマンの計略によるものとしています。

 ところで、ゾロアスターについても突然の登場ですが、少なくと
も、第149夜でお話ししたように、一般にゾロアスター教の創始
者とは違う存在
であることを説明しないと、異端宗教者と誤解され
る危険性があります。

 また、古代インド民族の憧れについても、この一文のみでは、
何を示しているのかわからないと思います。

 ここは以前お話しした、古代エジプト人の秘儀参入方法のこ
とを指していると思われます。
(詳しくは第150夜辺りをご覧ください。)

 つまり、古代インド民族の憧れる方法では、人間は覚醒したま
ま、個々の意識を持って神的・霊的世界を見ることは出来なく
なってしまうということです。
 
 そして、ゾロアスターの究極の使命こそ、自らの4つの体を、幾
世代も継承・進化させて、アフラ・マズダ(=キリスト)を受肉させ
ゴルゴダの秘儀を行うことなのでした。
(詳しくは第151夜以降をじっくりお読みください。)
 
 小生が第169夜の冒頭部分でお話ししたように、この辺りの説明
無しで、シュタイナーの言わんとすることが直感的にわかる方なら、
第168夜までの説明は全くの蛇足なのです。

 しかし、小生を含め多くのシュタイナー入門者は、自分のスピリチ
ュアリズムの知識を総動員
して読み込まないと、とてもついてゆけ
ないだろうと言うのが、正直な所です。

 ましてや、ちょっと聞きかじった程度で、シュタイナーの言葉を引用
してしまうと、シュタイナーを単なるオカルティストの1人として捉えら
れてしまうでしょう。

( 小生とて、まだまだその域を出ていないせん。少なくとも安易な断
定はしないように心掛けているつもりではありますが…。)
 
 それでは、その辺りの戒めを新たにして、次回第178夜へと
続けてゆきます。

( 追伸 )

 中曽根君、君は人間に電気だけを見せ、
放射能の恐怖を見せなくしたアーリマンだ。

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トンデモ話は奥で繋がる(176) 24.9.30

トンデモ話は奥で繋がる 「第176夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪ルシファーとアーリマン ①≫
 
 ★ シュタイナー本躍進?

 思えば、ほんの10年程昔には、各書棚のジャンルに『精神世
界』
に類するようなコーナーを設けている書店は、ほんの僅かし
かありませんでした。

 それが数年前からは、割合小さな書店でさえ、その手のコーナ
ーがある程、売れ筋本の一角を占めていますが、そんな中でも
『シュタイナー』に関する本は滅多にありませんでした。

 ところが、ここ数ヶ月の間に、従来の『シュタイナー』自身による
講義集の貴重な復刻版や、彼の思想を解説した関連本を多数
目にするようになりました。

 小生としては、もちろん喜ばしい限りですが、できれば感覚的
な『ツイッター読み』では無く、深く内容を読み込んでくれる読者
が多くなることを願うばかりです。

縮天地の未来  そんな書物の一つが、東北大震災―福島
原発事故
の後、昨年9月に刊行された『シュ
タイナー 天地の未来 地震・火山・戦争』
(西川 隆範訳 閏月社)です。

 今回の地震・津波に関しては、アセンション
の前兆
と見るチャネラーから、闇の勢力の仕
掛けた『人工地震説』まで、様々な憶測が乱
れ飛んでいます。

 そんな中、西川氏が急遽出された当書は、地震の霊的な意
と、震災で夭折する魂の転生についてシュタイナーが語って
いる部分を抜粋したもので、とりわけ異彩を放っています。

 ただし、西川氏の手による訳本は、シュタイナーの言わんとす
る所を、的確な言葉で表現しているのですが、正直な所、それ
に対する解説が少なく、その意味を理解するのはかなりの困難
さを伴います。

 今回のこの一冊も、非常にタイムリーではあるのですが、とも
すれば、光と闇の戦いの一部として、短絡的に捉えられてしま
うのでは無いかと危惧する思いもあります。
 
 
★ ルシファーがいなければ… 
 
 
しかし、このブログをここまで書き進めていた小生(と少数の読
者)にとっては、まさにシンクロニシティな一冊です。以下、小生
の理解する範囲で紹介してゆこうと思います。

 出だしの部分は、前夜では詳しく述べられていなかった、ルシ
ファーと人間との関わり
について、まさに聞き足りなかった部分
の説明を補うような内容となっています。

 「 ルシファーがいつ人間に接触したか、私達は知っ
  ています。私達は地上での人間の進化を研究して
  来ました。

   太陽が太陽存在達と共に分離した時代、そして、
  人間にさらなる進化を不可能にした力を備えた月が、
  地球から分離した時代
がやってきました。

   人間が、アストラル体に独立性を得るほど成熟し
  ていなかった時代に、ルシファーとその手下達が人
  間に近づいて来て、

   その結果、人間は疑うようになりました

  …もし、ルシファーが人間に接近していなかったら
  人間は害から守られていたでしょうが、人間の最高
  の宝物にも到達していなかった
でしょう。

  …人間はアトランティス時代中期まで、アストラル
  体のあらゆる衝動・動機が、人間の上に立つ霊的存
  在達の影響に従う存在
であるように進化していたで
  しょう。

  …それらの存在が、人間をアトランティス時代中期
  まで導いていたことでしょう。

   そうなっていたら、人間は知覚能力・認識能力を、
  ずっと後になってから感覚世界に向けていた
ことで
  しょう。

   レムリア時代とアトランティス時代において、感覚
  知覚から情動・欲望が人間に生じることは無かった
  
でしょう。

   そして、人間が行うこと全てが、人間に植えつけら
  れた高次の霊的存在の衝動に従ったものになって
  いたでしょう。

   人間のあらゆる企ての元になっている、今日の
  等動物のごとき本能は存在せず
、精神化された本能
  があったことでしょう。

   しかし、ルシファーの影響下に、人間は早々と
  
   『 これは私を喜ばせる。これは私を惹きつける。
     それは私に反感を持たせる 』

  と言うようになりました。

   人間は早まって自らの衝動に従い、独立した存在
  
になり、自分の中で自由を発展させました。こうして、
  人間は精神世界から離れました

   明瞭に表現したいのなら、

   『 ルシファーの影響がなかったら、人間は精神化
    された動物
に留まっていただろう。

     その動物は、ルシファーの影響下に人間が発展
    させた姿よりも、高貴で美しい姿に進化していた
    だろう。 』

  という事ができます。
  
   レムリア時代にルシファーの影響がなかったら、人
  間はもっとずっと天使的であったことでしょう。

   しかし人間は、高次の存在達によって歩行訓練用
  の紐で導かれる
ようであったことでしょう。

   そして、アトランティス時代中期に、何かが人間に
  到来したことでしょう。

   人間の目は完全に開かれ、人間の周りに物質的・
  感覚的世界全体が出現したことでしょう。

   人間はあらゆる物体の背後に神的・霊的なもの、
  神的・霊的な世界を知覚
していたことでしょう。

   自分が現れ出て来た神的な母体を振り返って、
  分のを照らす光の神々、自分を指揮・指導する神々
  を見たら、

   自分の前に完全に明瞭に認識できる感覚界が広が
  っていたことでしょう。

   …人間は高次の霊的・神的存在達の手中に留まる
  子ども
であったことでしょう。人間の心魂は、独立して
  いなかった
でしょう。」

  
(シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp17-19
  《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 ★ ルシファーの担う役割  

 
愚鈍の身なる小生は、シュタイナーの述べるこの世界像を、完全
にありのまま受けとめられる程の段階には、到底至っておりません。
 しかし、その根底に流れている、

 『 この世に生起したものには、不必要なものは一切無く、
  何物にも正悪の区別は無く、何らかの役割を持つ 』
という考え方には、抗し難い魅力を感じます。

 そしてこれこそが、小生の直感の書棚をして、『真実』を名乗るあ
らゆる言葉の中で、彼の言葉を筆頭に掲げさせている源泉でもあ
ります。

 このルシファー像こそは、その最たるものの一つでしょう。 彼は
人間の進化に必要な贈り物を与える役割を果たしました。

  もし、ルシファーの贈り物が無かったならば、人間は感覚世
界からはしばらく遠ざけられ
、精神世界をありのままに見て、天
使達をそのまま模倣するイイ子ちゃんになれたとされます。

 その『模倣人形』は確かに天使と同じ形姿となり、天使と同じ
振る舞い
をします。しかし天使達と違って、自分の意思を持っ
てそうしているのではありません


 もし、見習うべき天使が間違った行動をしても、『模倣人形』
はそのまま真似てしまいます。
現に、ルシファー達のような、他
の天使達とは相容れない行動をする天使もいます。

 以前にお話ししたように、唯一絶対なる『神』があり、彼が自分自
身を知る
ために、彼に似せた生命を創ったとしたなら、彼はその
ような、天使の『模倣人形』ができることを望むでしょうか。

 それは、彼にとって、見ていて直ぐに飽きてしまうロボットに過
ぎません。ましてや、かつて自分が創造した天使達の言う通り
に動くのが『自分自身』だ
などとは思いたくもないでしょう。

 とすれば、ルシファーが現れたことも、或る意味で『神』の意思
だったと言うことができるでしょう。ただルシファー自身は、それが
『神』の意思だとは思っていないだけです。

 ルシファーの影響のない世界は、一見すると、天使とともに歩
むような、素晴らしく光輝いた世界
に見えます。しかし、ルシファ
ーの贈り物無しの我々は、ただ天使のマネをしているだけになる
のです。


 この辺りは、現在の一部のスピリチュアリズムにも当てはまる部分
です。「私は天使から啓示を受けた。だからあなたは私の言うこ
と、行うことをそのまま実行しなさい」
という例がよくあります。

 しかし、カリスマ的なリーダーの一句―挙動をただ崇め、言葉
や行動をただマネているだけ
では、単なる操り人形に過ぎず、
自分自身の魂の進化にはつながりません。

 こうして我々は、退屈な『模倣人形』になることから逃れまし
た。続きは次回第177夜でお話しします。

( 追伸 )

 中曽根君、君に限っては『不必要』だった
かも知れないね。

目次のペーシへはこちらから
 

トンデモ話は奥で繋がる(175) 24.9.23

トンデモ話は奥で繋がる 「第175夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪霊的本性たち ⑦≫
 
 ★ 天使

 さて、地球から月が分離することで、人間は両性生殖の時代を
迎えましたが、離れていった『月』には、我々より高度な生命体
在住したと、シュタイナーは言っています。
 
 「 『月』の上には、当時の人間界よりも高次の存在
  もいた。それらの神々は、キリスト教では天使、大天
  使
と呼ばれている。

   彼等かつては人間の段階に立っており、人間が
  次の惑星において高次の段階に上昇する
ように、時
  の経過の中で高次の段階に昇ったのである。

   彼等は物質体を持っていなかったが、まだ地球と
  結びついていた


   彼等は人間が必要とするものを、もはや必要としな
  かった。自分達が統治する人間を必要としたのであ
  る。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』p128
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 月には、ウサギでは無く、我々が『天使』と呼ぶ生命体が別れ住
んだわけです。そして彼等こそ、我々が将来遂げるであろう進化
の先例
というわけです。

 なお、後半の2つの文章の繋がりが分りにくいのですが、シュタ
イナーお得意の『同じ意味の文』の並列ではないかと、小生は考え
ています。つまり、

 ① 彼等は『人間が必要とするもの』=『物質体』を、もはや
  必要としない。

 ② 彼等は『自分達が統治する人間が必要』なので『地球と
  まだ結びついていた』
 
 ということではないでしょうか。
(もし誤っていたら申し訳ございません。それにしても、この辺りの
文章解釈は、入試センター試験問題にはうってつけ?ですね。)


 ★ 進化から取り残された者達

 ところが、月に存在した生命体の中には、彼等の他に、もう一つ
別の進化段階にいた一群
トンデモ話ではお馴染みの存在
者達
―がいたのです。

 「 『月』が進化を完了した時、これらの神々の一部
  進化から取り残された。本来達すべき所まで至るこ
  とが出来なかったのである。

   こうして、神々と人間の間に立つ存在、半神が出来
  た。これらの存在は、地球と人間にとって、特別重要
  な存在
になった。

   彼等は、完全には人間の領域を越えることは出来
  なかった。
   また、人間の中に受肉することもできなかった

   彼等は人間の本性の一部の中に係留し、その部分
  によって進化していくと同時に、人間を助けた

   彼等は『月』の上で、自分達の要素となった火を人
  間の血液に与え、情熱と衝動の場である温血の中に
  居を構えた
。これがルシファーの一群である。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』p128
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 いよいよ、かのルシファーの登場です。しかし、巷では『悪』
レッテルを貼って見られがちな彼等を、シュタイナーは『人間を助
ける特別重要な存在になった』
と言います。

 そして、もう一つ重要なことは、彼等は、我々人間に先行して、
『月』での進化を遂げる過程の中で、取り残されて分化した者達
だということです。

 それは、今『地球』『天使達と同じ進化の道を進んでいる人
類』
も、『天使達』と『ルシファー』という同じ分化をたどる可能性
がある、という事を示唆していると思われます。

 そしてまた、我々の一群がもし『ルシファー』として分化したとし
ても、『悪』そのものになるのではなく、その時はまた、次の進化
すべき生命体に対して、何らかの役割を持つのです。

 そして、次々と下位の者達を進化させていくこの連鎖こそが、
地球そのものを進化させるための、段階的な道筋になっているよ
うな気がします。

 ★ ルシファーは情熱の源

 さて、ルシファーが我々に与えた贈り物は、或る意味で両刃の刀
のようなものでした。それでは、シュタイナーの講釈の続きをみてい
きましょう。

 「 聖書は、彼等を誘惑者と呼んでいる。人間の血液の
  中に生き、人間を独立させている限り、ルシファーの
  一群は人間を誘惑する

   もし、ルシファー的存在達がいなかったなら、人間
  は、全てを、神々からの贈り物として受け取っていた
  ことであろう。

   人間は、賢明ではあっても、独立せず思慮深く
  も、不自由な存在になっていただろう。

   ルシファー的存在達が、人間の血液の中に係留し
  たことによって、人間は賢明であるだけではなく、
  智と理想に対する火のような情熱
を得たのである。

   しかし、この事によって、人間には迷う可能性が生
  じた。人間は高みから目をそらすことが出来るように
  なった。

   人間は、善悪を選択することができるようになった
  のである。このように、悪の可能性を持って、レムリ
  ア民族は徐々に進化していった。

   この素質は、地球に大きな変動をもたらした。地球
  は振動し、レムリア人の大部分は、人間の激情によ
  って崩壊
していったのである。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp128-129
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 人間は、ルシファーによって『高みから目をそらす』ことが出来
るようになったとしています。『神の善意のままに動く』のでは無
く、『悪い行為』も選択可能になったのです。

 シュタイナーは、ここでは何故か『聖書』を引き合いに出しては
いませんが、恐らく大多数の方は、例の知恵の樹を思い出さ
れるのでは無いでしょうか。

 これを第六十七夜『シュメール物語』の解読の中で、シッチ
は、この実が『生殖能力』を授けたとしていましたが、シュタイナ
ーは文字通りの意味にとっています。

 第五十八夜で、須藤元気の質問に、バシャールが「シッチンの
本は、幾分間違っている所もありますが…」
と言ったのは、こう
いった食い違いを指すのかもしれません。

 一方で、それ以外の部分はシッチンの説の通りであるとするなら
ば、この半神=ルシファーこそ、アヌンナキの神の1人である
エンキだということになります。

 さらに、もう一歩進めて考えると、ひょっとするとアヌンナキの一
こそ、ルシファーの一群である可能性が出てきます。神に成り
切れず、人間にも受肉できない
という部分も共通しています。

 そしてもう一つ、アダムとイブこそは、最初の温血を果たしたレム
リア人の最初の2人
だということにもなります。
 …そうです、いよいよ全てが『繋がっていく』のです。

 次回第176夜では、ルシファー達についてもう少し掘り下げ
ていきます。

( 追伸 )

 中曽根君、君は『良い行為』も選択可能だ
と知るべきだね。

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トンデモ話は奥で繋がる(174) 24.9.16

トンデモ話は奥で繋がる 「第174夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪霊的本性たち ⑥≫
 
 ★ 共通のアストラル体

 ここからシュタイナーの記述は、我々の『体』についてのものに変
わります。太陽が分離したところで、私達にはまた『エーテル体』
が戻り、次の人間存在へと変化します。

 「 エーテル体が形成される。アストラル体については、
  独立性は無かった。あらゆる存在に共通のアストラル
  的な覆い
があったのである。

   それは地球の霊であり、地球の霊は触手を伸ばして
  個々の人間祖先をつかんだ。

   新しい能力が現れた。今や個々の人間は、自分の実
  質から人間を生み出すことができるようになった。両性
   間の受精無しに、生殖が行われたのである。

  …人間の形姿は鐘の形をしており、上方は触手を受け
  ために開いていた。太陽に向かって開いていたのであ
  る。これがヒュペルボレアヌス人である。

  …彼等は死ぬことは無かった。私達が言う意味での死
  は無かった。死ぬというのは、意識が体から抜け出る
  ことである。

  …当時は、意識はまだ分化しておらず、人間全てのた
  めに、アストラル的な覆いの中に、普遍的な意識があ
  った。

   個々の意識は共通の意識の一部にとどまり、身体か
  ら抜け出ると、中断無しに、他の身体へと入っていっ
  た。…意識は、衣装を変えたとしか感じなかった。」
   
  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』p123
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 我々は『ヒュペルボレアヌス人』という、舌を噛みそうな存在とな
ります。無論、名前など(少なくとも日本語で発音する限りは) 意味
が無いでしょうから、以下『ヒュペ人』と略しましょう。

 『ヒュペ人』は、上方の霊的存在の力を借りて、単独で自己増殖
する能力を得ますが、個々の意識はもっておらず、共通のアスト
ラル体を仲立ちに、途切れる事無く生き続けるといいます。

 こう聞くと、小生は何となく『ヒュペ人』について、共通のアストラル
を基盤にして、次々と分枝してゆく霊的な珊瑚のような存在に思
えます。

 そしてこの共通の意識こそ、我々が死後の霊界において、完全
浄化の後に還ってゆく『源泉』なのでは無いでしょうか。と、言
うとこの頃の我々は、まさにその状態にあったことになります。

 ★ レムリア人へ 

 さて、次の人類の変化は百万年後に現れます。一気に時代が飛
んでしまうようにも思えますが、地球の46億年の歴史からすれば、
ほんの僅かな間隔でしかないでしょう。

 「 百万年後には、地球と月は全く違ったふうに見えた。
   動物と植物は卵白のようなゼリー状で、クラゲのよ
   うだった。

   この、器官を有した濃密化した物質の中に、人間祖
  先はいた。動物と植物の形姿は、受精するアストラル
  的な力を通して次第に固まっていった。

   …人間は完全な菜食主義者だった。人間は、自然
  が自発的に与えるもののみを受け取っていたのである。
   人間は乳と密のような液で、栄養を取っていた。
  
   …そして、非常に重要な時期がやって来る。地球と
  月が分離
するのである。こうして、今や、太陽、月、地
  球という3つの天体ができた。

   …月は、人間や動物が、自分から他の存在を生み出
  すのに必要な力を持っていった
のである。人間には、生
  殖力の半分だけが残された。

   生殖力は二分され、次第に人間は男と女に分かれて
  いった。男と女の2人による生殖が可能になったのであ
  る。この時代が、第3根源人種、レムリア人である。

   この時代にも、物質は硬化していった。

   地球と月が分離する少し前に、固い物質が生じ、地球
  と月が分離した後、人間と動物の中に、骨の萌芽となる、
  軟骨の実質が形成された。

   …人間の中に骨組みが出来上がるように、今や地球は
  岩の中に固い足場を築く。骨と岩の形成は、並行して行
  われる。

   当時の人間の姿は、一種の『魚=鳥動物』の様だった。
  地球の大部分はまだ水のようであり、気温は非常に高か
  った。

  …水に、小さな陸、つまり島のようなものが溜まってい
  き、その上を人間があちらこちら歩き回った。

  …人間はまだ肺を持っていなかった。管状のエラ器官を
  通して呼吸していた。…そして、漂うようにして動ける
  ように、今日の魚のような浮き袋を持っていた。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp124-126
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 まさに、百科事典で『生物の進化の歴史』について書かれた項目
を読んでいるような感じです。そして恐らく、2つの点を除いては
誰もが違和感を感じる事無く、読み進むことでしょう。

 シュタイナーの異説の1点目は、月と地球の分離―分離自体につ
いては、認める学説もありますが―
に伴って、我々は単性生殖から
両性生殖
に切り替わったという点です。

 無論、関連を証明できるわけではありませんが、一方で月の周期
は生物全般の生殖のサイクルと密接な関係にある事も事実で、科
学的に納得のいく証明があるわけでもありません。

 もう1点は、『魚=鳥動物』が、生物史的な我々の祖先であるとい
うのでは無く、その時点から既に人間であり、我々の前世の一つ
―レムリア人―であるという点です。

 我々は、そのような生物から進化したというのでは無く、人間の意
識を持ったまま
、幾多の生命体に姿を変えて、地球の誕生とともに
46億年の歴史を辿ってきたということなのです。

 もちろん、大多数の方は『そんな馬鹿げた話』と、一笑に付してしま
うのでしょうが、しかし、その根拠と自信は、いったい何処から生ま
れてくるのでしょうか。

 我々は地球の生物史を、御用学者の言うままに、それが正しいか
どうかさえ疑ってかからずに、教え込まれてきた訳ですが、我々の
ただ1人として、その時代を目撃したわけではありません

 その意味で、ここでシュタイナーが、それとは違う生物史を講義した
とても、『それは誤りだ』と指摘する資格のある学者は、現世の
人間世界には存在しない
のです。

 ★ 生命の息 

 「 何百万年かが経って、地球は固くなっていった。水
  が引いて、固い部分と水の部分が分かれた。

   純粋な空気が現われ、空気の影響によって、浮き袋
  は肺に改造された。…肺の形成とともに、呼吸能力
  発生した。

   …今や、人間は空気に満たされる。熱の呼吸が空気
  の呼吸に変化する地点に、人間は達した。温血ができ
  たのである。

   …かつては外にあった精神が、人間の中に入った
  人間の自我は、呼吸する空気を通して人間の中に入っ
  て来た
のである。

   呼吸を通して、人間はゆっくりと、多かれ少なかれ萌
  芽の状態にあるマナス、ブッディ、アートマを受け入れ
  ていった。
  
   創世記には、こう書かれている。

  『 そして、神はアダムに生命の息を吹き込んだ。
    すると、彼は生きた魂になった。』

   この記述は、言葉通りに受け取ることが出来る。
   個体的な精神を受け入れたことを記しているのであ
   る。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp126-127
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)
 

 この記述も、前半部分は、科学的な生物の進化に沿ったもので、
違和感はないものと思われます。肺呼吸による酸化反応により、
人間は温血状態を保つようになります。

 シュタイナーは、さらに一歩踏み込んで、この『呼吸』こそが我
々の自我を体内に導いた
とし、これが創世記に言う、アダムの
生きた魂であると述べています。

 ちなみにマナス(霊我)、ブッディ(生命霊)、アートマ(霊人)
というのは人間を構成する7つの構成要素のうち、上位にある3
つの要素
です。

 シュタイナーによれば、現世の人類の段階ではマナスの一部
発達
しているのみで、残りの2つの要素は、今なお萌芽の段階
に留まっているとのことです。

 さて、こうした人類の進化の一方で、人間界より高次の存在
もまた、地球とともに進化の道を辿っています。
 次回第175夜はそれらの存在についての話です。

( 追伸 )

 中曽根君、君はとんでもないものに
息を吹き込んだものだ。

目次のペーシへはこちらから
 

トンデモ話は奥で繋がる(173) 24.9.9

トンデモ話は奥で繋がる 「第173夜」
-弟子のクッテネルがお送りします。

≪霊的本性たち ⑤≫
 
 ★ 惑星紀~④地球紀・天地創造

 それでは、いよいよ我々の現在の地球である、第4周期の地球
へと進んでいきます。

 やはり第4周期も、ひとつの天体から始まっており、ここまでの流
れを見ると、各周期の始まりと終わりは天体は必ず一つになっ
て次の周期に入るようです。
 
 つまり我々の第4周期の地球も、その原初から分かれていった
ものは、再び一つとなってプラナヤに戻っていく…ということにな
るのかも知れません。

 「 プラナヤ状態の暗闇から、地球は太陽及び月と合体
  した姿
で現れた。太陽と月と地球は、一つの巨大な天
  体だった。これが、私達の惑星の最初の状態である。

   その頃、地球は非常に精妙な物質から出来ていた。
  固い鉱物も、水も無く、ただ私達がエーテルと呼ぶ、
  精妙な物質だけがあった。

   地球はエーテル的で、精妙な惑星であり、今日の地
  球を大気圏が包んでいるように、霊的な大気に包まれ
  ていた。

   この霊的な大気の中に、今日の人間の魂を形成して
  いる物全て
が含まれていた。今日、身体の中に入って
  いる人間の魂は、上空の霊的な大気の中にあった。
  (…中略…)

   エーテル球の希薄な物質の中には、もう少し濃密な
  物
があった。何百万という、殻の形をした構造体で…
  『土星』に由来する人間の萌芽である。

   ここで、太古に『土星』で形成された物が繰り返され
  る。もちろん、この人間の萌芽が物質的に繁殖、増殖
  したのでは無い。

   …霊的な大気から、一種の触手が下方のエーテル
  体に伸び…この触手は個々の身体に働きかけ、人間
  の形姿を形成
した。

   一つの形姿が出来上がると、突起は再び引っ込み、
  再び、別の形姿に働きかける。創りだされた物は、直
  接、霊的世界からもたらされた物である。

   …これが、私達の地球の第1期である。この様子は、
  聖書の創世記に、

   『 初めに、神は天と地を創造した。地は荒れて、
    空しかった。神の霊が水の上を漂っていた』

   と、見事に表現されている。下方にあったエーテル
  が、神秘学的に『水』と表現されているのである。

   ここで、太古に『土星』で形成された物が繰り返され
  る。…当時の地球、殻のような形姿は、肉眼では見る
  ことが出来なかった
であろう。

   それらは響きを発する人間形姿だった。その人間形
  姿は音によって、自らを表現した。その形姿の中には、
  個体は、まだ全く、霊的な大気の中に溶解していた。」

  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』pp120-122
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 ★ 過去の記憶の「元型」

 以上が、シュタイナーの述べる、現世の地球の第1ステージの説
明であり、一般には神話として認識されている『天地創造』の出来事
を、霊的に説明した場面です。

 我々太陽系の始まりについては、我々の限られた科学の中では、
宇宙を流れていた原始太陽の周りに、ガスの塵が渦を作って固
まった
という説が一般的ではあります。

 しかし、太古から伝えられた幾多の『神話』の世界に限って言え
ば、そのような始まり方を伝えるようなものは、皆無と言ってよいほど
です。

 一方で、それらの互いに接触の無いはずの地球上の諸民族の固
有の神話
の一つひとつが、『天地創造』について、非常に似通って
いる
ことは、よく知られていることです。

 それらは(恐らく、これにはパラレルワールドは無いと思いますので)
『事実』として唯一の出来事が、第四十七夜でお話しした「元型」
となって私達の心の奥にあるのだと思います。

 また、最初の人間形姿は「目に見えない響き」であったとしてい
ます。我々の眼が受容できる振動数の範囲を超えた、超高速の波
を持った状態だったのでしょう。

 一般には、姿の見えない『高次元の宇宙人』を我々より『波動が
高い』
進化した存在として崇める風潮がありますが、原初の状態で
我々もこれに近いものだったとも言えます。

 そしてこれ以後、我々は『進化』とともに、徐々に波動を『低下』
させていきます。しかしそれは『退化』しているわけでは無く、進化
の過程
に過ぎません。

 してみれば、波動が高い宇宙人と言えども、必ずしも進化してい
るとは限らず、単に今はその状態にあるに過ぎないと考えた方が
よいのかも知れません。

 そしてシュタイナーは、人間の魂の全ての要素が、混然一体と
なって『土星』段階の地球の大気の中にあった
言います。つま
り、そこには我々の求める全ての物があったのです。

 ★ 光あれ!

 さて、第169夜でお話しした、我々がその『真の本性』に出会うこ
とを待ち焦がれている『太陽』の登場となります。まずは、その始め
の部分を少し抜書きしてみます。

 「 それから何万年も経ってから、大きな宇宙的な出
  来事が生じた。エーテル球が締め付けられ…地球と
  月からなる小さな部分が離れた


   …太陽の分離を通して、初めて対象は外から照ら
  された。太陽の光が対象の上に落ち、反射されるこ
  とによって、その対象は目に見えるものになる

   太陽が分離したことによって、地球は太陽に照ら
  されるようになったのである。照らされる対象がで
  き、それとともに目が形成された

   光が目を作ったのである。普遍的な神的な大気の
  中に保管されていたこの構成体に、今や、周囲の世
  界が写った。

   この時期の事が、創世記に、

   『 そして、神は【光あれ】と言った。すると光
    があった。
     神は光を見て、よしとした。そして、神は闇
    と光を分けた』


  という言葉で示されている。全ては回転し、昼と夜
  が出来た。神秘学者として聖書を読むと、全てを言
  葉通りに受け取ることが出来る。」
   
  (ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』p122
  《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載)


 最初の『太陽紀』から数えて、3度目の太陽の分離となりま
す。今回の太陽の第一の福音は、我々に『光』を感覚的に見る
『目』を与えたことでした。

 今までの太陽からも『光』そのものは感じていたと思われます
が、今回は、それに照らされるもの全ての存在を視覚的に
捉える
ことが可能になったのです。

 それでもまだ我々の祖先は、現代の人間とは非常に違った
姿
をしていたとシュタイナーは言います。
 次回第174夜はそのあたりから始めましょう。

( 追伸 )

 中曽根君、初めに【放射能あれ】と言った
のは君だったよね。

目次のペーシへはこちらから
 

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

☆★☆管理画面★☆★


☆★☆

十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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