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スピリチュアルな指導者のオーラは見えませんが。こう見えるのだ

見えるひとはいいます。オーラが大きいとか、強いとか。でも「見えんなぁー。モゥ。」私はいつもそんな感じです。が、今思い出しましたが、たまに指導者の人を見ていると玉ねぎの皮状に虹のように何層もの光の層が取り囲んでいるのがはっきりと見えたりするのですが、「あっあっ虹色の玉ねぎが❗️」と言っても普段オーラが見える人は見えないらしく、「えっ」と言ってます。何なんでしょうか。

また、これも全くオーラとかが見える人たちは感じないようなのですが、人が白く見えたり、黒く見えたりします。白いというのは、生きている魚や、刺身にして食べられる身は透き通って見えますが、死んで時間が経過した魚は白濁して身が白くなったりします。そんな感じなのです。そう見える人は、意外とスピの人気者だったり、指導者だったりします。スピの指導者もいろんな人がいますが、私の苦手な威張っている感じの人や欲深く感じる人たちです。白く見える感じがします。

そして、黒く見える人。これはあんまり見かけないのですが、大村知事です。顔を中心に黒く見えるのです。黒濁しているなんて言葉はありませんが、どうしてもそう見えます。なぜか分かりません。
強い光も圧倒的な強さも何にも感じませんが、白、黒、というのは透明感がなくなっていっているような感じです。

そして最後です。その人は威張ってもないので、光も何も感じませんでしたが、周りを透明な風が巻いている感じの人を見ました。近づいてもすごいオーラも光も何もないです。ただ、周りを澄んだ風がグリグリと回っているので。夏の最中に奥行きのある町屋にすっと入って抜ける爽やかな風、そんな感じもします。あれは何なんだろう。高須先生でした。



暑いですー銀河鉄道の車掌さん

八月上旬にぶどうの収穫は全て終えました。が、食べきれません。冷蔵庫の中に入れてあります。このままだと全部食べ切る前に悪くなってしまいます。そろそろ半分くらいは冷凍しないといけないと思っています。

今日も昨日も暑過ぎますが、すっきりと晴れているわけでないようで、夜空は雲が多く、流星は今年も見れませんでした。

朝、ふと流れ星のことを考えていたら、頭の中に銀河鉄道のイメージが浮かびました。夜空を行く銀河鉄道。それは今までと違って車両が非常に多い、新幹線みたいな銀河鉄道でした。そして、車掌さんがこちらにきて少し何かを話しました。今回の車掌さんは銀河鉄道999の車掌さんみたいな人でした。この銀河鉄道は外側は藍色で、中は最新設備の備わった非常に快適な乗り物のようでした。今度の銀河鉄道は古びたところがまるでなくそれらしくないですが、私は機器は最新鋭のものが好きなので、一番好きかも...です。

車掌さんも私も外から走る銀河鉄道を見ているのですが、同時に乗ってもいるようで、不思議な感じがしました。

これらのイメージは朝、本を開いているときに浮かんだものですが、車掌さんが出てくるのは初めてだったなと、今になって驚いています。

青空

「宮沢賢治の真実」を七月の末に一気に読みました。その中で、ー銀河鉄道にはとし子は乗っていなかった。賢治はとし子と銀河鉄道では出会わなかったーということが書いてありました。

そうだったのか❗️

私は銀河鉄道に思いを馳せる時、A子さんと旅をしていたような気がするのです。でも他にも亡くなってしまった出逢いたい人がいるのです。出会えない人、一緒に旅をしていない人がいるのです。いても気づかないだけかもしれませんが。なぜだかわかりません。

この八月十二日は私の妹の命日です。事故があり、その時に私も一緒だったのですが、その前後のことは全く覚えてません。あんまりそのことを考えだすと嫌になるのでやめました。銀河鉄道、どうして乗り合わせられないのかな❓何となく賢治と似たような何かがあるような気がします。でも、どこかで妹が「くっくっくっ」と笑っているような気もするのですが。

昨日は何十年も前に見た恐ろしいほど落ちてきた流星をまた見ようと思ってバルコニーから首が痛くなるほど仰向けに頭を上に向けて見ました。でも、一つも星は落ちませんでした。

何十年か前のあの日だけかもしれませんね。星降る夜は。
今日は昼に散歩をしました。こんな暑い日の昼に散歩だなんて旦那に言ったら怒られるので言いません。しかし、猛烈に暑い昼の散歩もいいですよ。木々の隙間の向こうの空が水色で澄んでいてとても綺麗なのです。青い空と白い雲と、何となくちっちゃいおもちゃみたいな銀河鉄道が白い雲の向こうをかけていくような気がします。

銀河鉄道再びー前夜祭

リコールもそろそろ始まります。いつか見た夏の夜空を思い出していたら、頭の隅に夜空を駆ける銀河鉄道が浮かびました。
一両だけか❓それとも知り合いと自分がその一両にみんな乗っているのでそう思えるだけなのかわかりません。今まではA子さんとあんまり人の乗ってない汽車に乗っていたイメージがあったのですが、今回は違います。小さい一両の函にいっぱい乗っていて、それも生きている人なのです。リコールに賛成してくれた友達や知り合い、他にもいっぱい乗っていて空中浮遊している人もいます。

結構みんな浮かれていて、クラッカーなんかバンバン言わせています。流星が地球に降っています。明日はペルセウス流星群の流星が降る最大の日なのです。今日と明日、流れ星を久しぶりに見たいと思っています。

すぴと光り輝く指導者、人気者、カリスマ

多分、このようなことを書くとスピの人から反発を食らうと思いますが、書きます。
私はずっと考え続けていたのです。

スピリチュアルではたくさんのカリスマが出ています。大きなすぴ事業をしてなくても人気のスピリチュアリストはあちこちにいます。10年ほど前のスピブームの時はそれこそ、ワッといろんな人気者がスピコンとか他のスピイベントに出ていました。その中で感じるとか、わかるとか言うすぴ好きな人は「◎◎さん、オーラが大きい。すごい」とか「まる◎さん、エネルギーが強い。すごい」とか「オーラが光っている」とか言ってました。

私の知り合い、友人たちはそんな不思議な感覚がある人が多かったのでそのようなすごい人に引き寄せられて、教えを聞いていたりしました。「そんなすごい人なのか」私はいくら目をこらしても何をしても何にも感じずわかりませんでした。光り輝いている。それがどう輝いてすごいのか、全くのボンクラの私には毛ほども何も感じなかったのです。
でも、友人たちのことは信頼していたので、その人たちのいいと言う人にチャネリングをしてもらったりしました。みんなが言うだけあってチャネリングや霊視の精度は満足できるものが多かったのでそれほど不満はないのですが、それらの先生たちのある人たちについて、私はみんなが言うように素晴らしいとは思えなかったのです。

確かにチャネリングは悪くないにしても、「なんかあんまり好きでないなぁ、この人」と思ったり、チャネリングもよくないし「雰囲気からしてお下劣だよ」なんてどうも嫌悪感が出たり。申し訳ないですが「この人、教養ないな」とか「欲望強いな」なんて考えが湧いて出てきてしまうのです。みんながすごい先生と崇めているのにそんなことを思ってしまったりしました。

そんな人たちは私にとってあんまり好きでないと言うことでよかったのですが、困ったのはとても性格も良いし善良だし能力もある霊能者Aさんでした。Aさんはスピをやり始めて途中から「すごい、すごい輝き、」とベタ惚れしていたスピの指導者のところで活躍していましたが、そこのセッション料金が半端でなかったのです。何万円もしてました。
Aさんはそこでも売れっ子で鑑定を希望する人たちがひっきりなしでした。一度Aさんに話を聞いたことがありますが確か、お金に対する罪悪感だか、思い込みを捨てるように言われたとか、何だとか。はっきりとは覚えてませんが、迷いは吹っ切られたような感じでした。

私は困りました。そしてずっと考え続けざるを得なくなったのです。
Aさんはいい人だ。他人に奉仕したいと思っている人だ。スピの能力も高い。しかし、あの料金は何だ‼️よっぽどの人でないと払えないぞ。セッションを受けるのに決心をきちんとクライアントがつけるためとか、お金は血液同様だから回さなくてはいけないとか、その上のすごい人が言っているにしても、どうも納得できませんでした。確かに霊能相談は疲れるし特殊技能なのである程度はもらうと言うのはわかるのですが、その先の答えが出ないのです。

私にはそのAさんは良い人に見えたのですが、その上のカリスマ指導者はネットで見てもいい人に見えなかったのです。集まる人はまるで昔のスターに群がるファンみたいだし、そこまで来ると私にはどうも理解できないと言うか、わかりませんでした。

私はAさんのことは好きだし、能力も買っています。見える、感じると言う人たちもAさんのオーラの強さ、輝き、大きさに目を瞠っていました。その上、Aさんはとても華のある人で、見た人はみんな好きになり、寄って行きたくなるひとでした。みんなが引き寄せられる一目で好きになってしまう、させてしまう人でした。私も同性ですが、Aさんには惹かれました。あんな良い人のことを悪く思ってはいかんかな❓と思ったり、「でも、あんなに高額では愛とかみんなの為とか言うことと違うじゃんか」ということを思ったり。でも、心の底では「あれはいかん」なんて思ってしまったので、Aさんにはあんまり合わす顔がないのです。

なんかまとまりがないですね。スピで報酬を得てはいけないと思っているわけではないのです。私的には、ある程度誰でも受けれるくらいでないと、どうも納得いかないと言うことだと思います。また、もう一つどう判断していいのか苦しむのは、みんなが「オーラが強い、光り輝いている、オーラが大きい、すごい」なんて言う人が私からするとものすごく欲が深かったり、えげつなかったりする人も多々いると言うことです。そしてそれが凡人の私からすると一目顔を見るだけで嫌になるような感じなのですが、反対に見える人からすると光輝く立派な人だと言うことです。なんか訳がわかりません。
そして、性格もよく、みんなを惹きつける力が大きいAさん、その人も光り輝くオーラが強いと言うことです。本当によくわからなくなりました。

何なんだ。

Zちゃんに聞く

私はZちゃんや30代で亡くなった出木杉くんのことを寝る前に思い出しました。そして「あぁ、ちょっと聞いてみよう」と思ったのです。それは記憶のことです。

私は記憶力がなく、英語もハイジみたいだったし、覚えておけと言われたことも全く覚えてないことが多く中学の時は本当によくスパルタ塾のみんなに笑われていました。今はスペイン語の勉強をしていますがやはり単語なんかは本当に覚えられず、人の百倍以上やらないとダメだと思います。いや、それ以上やってもダメだろうと感じています。つい先日は旦那に「三年でやれる人がいるから、わしはその15倍=45年でやれればいいのだ。」と言ったら呆られましたが。旦那のような優等生にはこのような頭の人の気持ちはわからんだろうと思いました。

本当に覚えられないのです。漢字が混じっていると違うのですが、横文字は苦しいのです。そこでどうして覚えられないのか❓なんとか覚えられるようになる方法はないのか❓寝入り端に目を閉じてZちゃんや出木杉くんのイメージがチョロチョロしてきた時、聞いてみました。
すると。
「覚えていすぎるのさ」
その後、「また、覚えていることを忘れたいと思っているからなのだ」
こんなような返事でした。この答えが出てきた時には誰がどう答えたのかわからないようになってきて、他にもたくさんの人が出てきた感じがしました。

わかるような気もします。Z ちゃんの入院の時の様子だって、病室の階数まで何となく出てきます。だけど、忘れたい。思い出したくない。そんな気持ちもあるのです。よく考えると第一に「忘れたい。忘れよう。」と願っているのかもしれません。自分の意思の一番奥で、覚えたいより、忘れたい。 が、優先されているのかもしれません。
でも、何ともならないのです。もともと記憶力が悪いんだと思って「どうしたらいいんだ」と聞いてみたら「思い出すことだ」と全く違う視点からの助言でした。

思い出したくもないことを忘れようとするより、思い出して楽しいことを思い出してみたらどうだ、ということでした。そう言えば楽しいことを思い出したいとか、つとめてはしてないです。忘れようと常に思い続けるより、思い出せると思った方がいいかもしれないぞ。何となく説得力はありましたが、これで単語が覚えれたらいいですが。せっかくZちゃんたちがアドバイスしてくれたのでやってみることとします。

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[プロキシマ、次の星へ}

長々と銀河鉄道関連で書いてきました。黒い神様、黒服の男たち、疫病、物質文明とそれを生み出す無である真の黒、玄。豊穣と災厄、破壊。銀河鉄道はこの世の一切と、あの世との行き来、関わりを持っているのではと思います。あまりにも多岐にわたり関連性が及んでいるので、銀河鉄道は◎◎だということは言えません。

今まで私が書いてきたことは、あくまで私が思いついたというか、頭の中の考えなのでそれが本当かどうかもわかりません。ただ、この銀河鉄道のことを考えると私は懐かしいような悲しいような気持ちになります。そしてそんな気持ちの後、地球の大地に立っている自分を感じます。南十字を目指しているように見えた懐かしい人たち。あの人たちはどこへ行ったのか❓突然亡くなった人はショックでなかなか浮かばれないと言いますが、それは残されたこの世の人もそうです。思い出したくないことばかり思い出してしまい進まないのです。

でも気がつくと地上にいるのです。銀河鉄道の夜の最後に、確か、ジョバンニは 夢の世界でなしに本当の世界を自分の足で本当の切符を手にして歩んでいくというところがあったように思います。

私は銀河鉄道のことを書いて、銀河鉄道はいくつも軌道があり、行き先も色々あるのでと思っています。まさとさんのブログの銀河鉄道の車掌の名はプロキシマ、ケンタウルスの足のところの星もプロキシマ。これ[プロキシマ]はスペイン語proxima で次を意味します。=NEXTです。車掌さん[ 案内人]は次を案内するのです。

やはり我々はどこか次へと向かっているのです。プロキシマと女性形なのは次なる星 proxima estrellaプロキシマ エストレッジャ[次の星]を目指しているということでしょうか❓
「銀河鉄道の夜に関する本を読みたいが、読むと影響されて自分の頭の中の考えが飛んでいってしまう」と、読むことができませんでした。まだまだ書き足りないことは多いのですが、今回はこれで一つの区切りとします。本を読んで何かを感じたらまた書くこととします。長々と面白いのか面白くないのかわからないこのシリーズをお読みいただき感謝します。

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[かごめの鶴と亀はー番外編}

6から6、678、67 などのことを書いた後、風呂に入る前に「かごめかごめの歌」を思い出しました。この歌はよくスピの人に取り上げられます。私はかごめの歌で子供がくるくると回るという遊びのところが、6から7の世界に映る瞬間のような気がして少し前から気になりだしていたのです。

次元が変わるとか円形とか、始まりから終わりの連続とかを考えていたのですが、湯船に使って「はっ」と思ったのが、「鶴と亀が滑った」と「夜明けの晩に」です。

鶴と亀って、もしや木星と土星では❓夜明けの晩にって、やっぱり始まりの終わりと、終わりの始まりでは❓なんて思ってしまいました。今の六で終わる周期が夜明けであり、晩であり、その時に土星と木星が滑る=順行したり逆行したりして交差する。その瞬間に6から7、その他の世界への移行が始まるのだ。なんて、でたら目占星術かもしれませんが、想像してしまいました。

その後、いろんな人のかごめの歌のブログなど見ましたが、鶴と亀についてはあまり書いてありませんでした。ついでに今の時期のインドホロスコープを見ると山羊座に木星と土星です。これらの惑星は木星の周期が約30年、土星が60年でスローペースなので去年、今年、来年と山羊座で同室があったりすると思います。

普通は木星が非常に弱くなり、土星が極めて強くなるこの配置はよくないと言えますが、この世自体が出鱈目の今、膿を出し切る大精算が行われているような気がします。亀はのろいけど強いのです。また、非常に厳しいのです。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→指数関数的落下}

67という数字は、6という現在から、物質という檻から自由な7の世界へ今進んでいるということではないかと述べました。が、以前にも書いたように、現在という分岐点からは三つの道があるのです。

6 →7
6→6
6→5→4→3 ❓or 6→7→8→9

66は今の苦しみや矛盾に満ちた物質文明のままの世界です。
最後は6543というのがありそうだと以前書きましたが、よく考えると、6543に向かう道というのは、惑星の配置のまま6789に向かっているのではと思います。この7は新しい次元を超えた第一の道、67の7ではありません。
惑星の順番、6 土星 の次は 7天王星 海王星 冥王星です。この天王星の7ではないかと思えるのです。なぜなら天王星は火星の性質をもっており、その何倍にもパワーを増した星であるからです。
欲望、情熱、争い、破壊の意を何乗にもした力を持つ天王星。火星はスピの話によれば、争い、災害などがひどく、滅びたとか。

私はこの六の時代の終わりの時、ある意識の人はその中にこの天王星の道を選択するのではないかと思っています。どんな世界なのかは見当もつきませんが、アセンションというものがあるならば、この指数関数的落下の道を含めて三つの道が人々の前に広がっているのではと思います。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→7}

まさとさんのブログに67について書かれている記事があります。商店街のシャッターに血が変色したような黒い字で67と書かれていたとか。

今の文明はカレンダーを含めて、6、12周期で時は進んでいます。暦は12ヶ月で収めるため、28、30、31など不自然に日にちが変動するし、時計は六十分で一時間。これで私たちの物質文明はうまく回っているのですが、なんか、おかしい。変に感じます。物質は回転運動をするし、フラフラと揺れます。直線的ではありません。変化はあるようですが、地球の共振周波数は7.8だし、自然に目を転ずると何事も割り切れないズレ、隙間、揺れのようなものがあります。

これらのことはは物質では表しきれない多次元の世界を非常に小さい粗い物質の中に押し込めているのではないかとも私は思います。

さて、円を描く、連続させるというのは神秘的です。円の始めと終わりを結んで円形ができます。この円形を作り終えた瞬間は、次の円を描く瞬間でもあります。この円を成り立たせる透明な世界、透明板、透明立体があるとすると、また、以前の円をなぞる場合と、なぞっているようだけれど違う場所、時に円が移る場合があるのではと思います。円が書かれている透明版はまさに透明で質量はないのです。それが重なっているのです。固定された物質的な時間と位置に書かれた円は実は透明な何層もの次元の世界が重なっていて、何か周期を持っており、それが地球では0から6で円を完結する。そこから、また、ゼロから六の回転を始める場合もありますが、この円の終わりと始まりのときに、次元の門が開かれ、全く違う次元7の世界のサイクルへと始まるのではないかと思うのです。

ただ、7に移行するのはそれを選んだ人、合った人であり、66の道、それから、もう一つの道もあるのではと思います。
7に移行するということは地球のサイクルから出る、出発するということです。これもこの世で天国ができるとか、あの世で聖人として極楽に住むとかはわかりません。ただ、物質的な波動からは離れた新しい魂というか、存在になっていくのではないでしょうか❓

そういう意味で、67を見た人はそちらを向いて歩まれているのではと思います。

⭐️今日は昭和7年生まれの亡き父の命日で、この日に7のことをかけるということはありがたいと思います。もう亡くなって10年近くが経ちました。だんだん足が動かなくなり、車椅子に座ったり立つこともできなくなり、最後は呼吸ができなくなったのか❓死んでしまいました。しかし亡くなってからは元気な姿でたまに夢に出てきてくれましたが。肉体がない今は何にも心配しなくて良いのでありがたいです。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→6}

このシリーズの何話か目に6から7、その他への三つの道の可能性を書きました。

破壊、終わりの6は次なる世界の地ならしなのです。真の黒は根元であり、全てを生み出す場でもあります。すべてを破壊する神も黒。黒から始まり黒に終わる。6から6の世界は生きることで因縁を生み出しそれが生死を繰り返しても続く輪廻、繰り返しの世界とも言えます。
6から6の道はまた同じことの繰り返しです。偉い人の本の話でもありません。考えとして湧いたことを書いているだけです。
地球の歴史、宇宙の歴史、長い間繰り返してきた歴史があると思います。それこそ、私たちが知らない始まりがあり栄があり、終わりがある無数の物質文明があったのではないか❓私は今、その時がきているのではと思います。
6から6
今の物質的な世を再び繰り返す、そんな世界を66サイクルは示しているのではと思います。もちろん、それも人間の意思、その人の視点と言うか、立ち位置によるのではと思いますが、現実の今の地球においてこのまま物質的な[栄]楽しみ、[破壊]苦しみを味わい続けるということ。そして肉体が滅んでもその感覚を持っているということ。それは続くのです。なので、66の連続というのはあの世もこの世もそうであると言えます。

⭐️ 円と角度と時間と多次元と今の時期について今回の6-7の過程に絡めて書きたいのですが、説明がしづらく、頭の中で落ち着いたら書きます。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[黒服たちは降下した}

どうもコロナ567は腐敗した物質文明を破壊し、新しい世へと導く先ぶれとなっているのではと思います。
黒服、黒い神様たちはケンタウルスの足のあたりから出てきて、くだり行き銀河鉄道に乗り、北の北極星、北斗七星を経由して地球に下ったか❓断定はできません。が、彼らはやはりコロナをふりまきに来たのではと思っています。
黒い神様は、またり神=疫病の神でもあると思います。

世の中がここまで行きついたのは、中国のおぞましい臓器搾取、食人の伝統など、この地球上で超えてはならないところを大幅に易々と超えてしまったからだと思います。人が人を喰らう。人が人の臓器を生きながら剥ぎ取り、自分のものとする。これはもう終わりにしなくてはいけないのです。思えば、チベット が侵略されて30年以上になりますか❓それでも誰も、どの国も反対を言わないし、手を差し伸べなかったのです。細々と個人でインドに亡命したチベットの人たちに援助したりボランティァをしたりするぐらいで、国単位では見て見ぬふりをしてきたと思います。それから何十年も経って今度は自分たちに災厄が湧いてきてようやく西側諸国、アジア近隣諸国も騒ぎ始めましたが、全ては欲に目が眩んだ報いなのです。
金が儲かるからと、苦しむチベット人、ウイグル人のことに目をつぶってきたことが今は全世界に報いとして返ってきていると思います。

このコロナ蔓延が良いのか、そうでないのか、何がいいのか悪いのかコロナ禍下での医療従事者の苦悩を考えると答えは出ません。ただ、このコロナでいろんなことが明るみに出てきたのは進歩だと思っています。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[せせら笑う木星}

栄枯盛衰、物事には始まりがあり、終わりがある。この世界の終い支度をするのが土星としたら、その前の栄を表すのは木星ではないのか❓木星、この星は西洋でもインドでも基本的に良い星で、この星が良い位置にあり良い影響を受けれたら人生はうまく行くと言った感じです。

しかし...私にとっては良くなく、悪い星と言って良いのです。私は木星の位置などが悪いのが何重も重なっているのです。おかげで私はこの世の煌めくキラ星でなく、海の底のヒトデなのです。なので木星は嫌いなのですが、栄耀栄華、出世、人望、成功、この世の上を行こうとするにはこの木星の強さがいるのです。また、法律とか、正義とかも司っていたと思いますが、これらの影響を受けると素晴らしき出世運に恵まれた人、名声勝ち得た正しき人となるだろうと良い木星を持った人を私は昔は羨ましくもあったのですが、この頃は違うのです。

木星って考えるたびに、なんとなくせせら笑っているのです。それも、その顔が、こいつと重なっているのです。この二階じじいは相当上まで昇り詰めました。支配力、全てを自分に従わせる力、それを80すぎてもこのじじいが持っているなんて嫌になります。

二階と木星、なぜ重なって見えるのだろう。

魂は自由です。それなのに、本当は物質中に押し込められ、物質的な栄耀栄華を目指す。そんなのを木星は嘲笑っているような気がします。星の力は存在します。木星はその力と幸運を授けられた人に「ほれほれ」とけしかけ、ますますこの物質社会はさかえるが、それを生み出す目に見えない世界は忘れ去られるのではないか。法律と言っても、登りつめた権力者に都合のいい法律、正義ではないか❓
木星はどんどん広がる性質があるとインド占星術では言います。栄え、発展する現代社会、それは歯止めがありません。木星に占星術は高潔な性格を見てはいますが、占星術も木星を見る視点も物質に足をおろしてでのことです。

木星が約束する成功、素晴らしい人生、社会、そのものがこの物質的な世の中基準でなし得ることとなるならば、この物質世界を押し進め、上へ上へと昇らせていく。そんな原動力となっているような気がします。何をしても常に登り続ける。増やし続ける。

私は5木星の表す物質文明の昇り詰めてもまだ広がろうとする世界を6 の土星が終わりにする時が来たのではと思っています。土星は縮む性質があるのです。

どの占星術でもない、わしさま占星術ではみんなが忌み嫌う土星は破壊苦しみを伴いますが、非常にストイックでごまかしがない性格を感じます。そして、物質世界から抜け出る唯一の突破口を開く星なのではないか。普通はあくまでも6までで繰り返すこの世界は栄え、破壊を繰り返しますが、六進法の円から抜ける、6から7への道、それがこのコロナ蔓延の今、あるのではと思うのです。

銀河鉄道、コロナからどこへ[世の終い支度をする厳しい老人、土星}

惑星の配列は内惑星から外惑星となっています。西洋占星術ではそのすべてがカウントされますが、インド占星術では天王星、、海王星、冥王星は惑星の中にはありません。ですので、6から先は惑星とは関連づけずにまずは置いておきます。
6→7
私もはっきりとはわかりませんが、インド占星術などを考えると6までのみ、現せられる物事とそうでないことがあるのではと思います。ただ、現在と言う時が、6という数字で最後となっていることが気になります。

0を根源として1から始まり 6で終わる時、その時が今なのではないか。ただの並び順なのですが六番目、土星というのが目立ちます。占星術では土星は苦しみや病、破壊を表します。私は土星には、厳しい老人がこの地上世界を終わらすべく終い支度としてありとあらゆるものを破壊し、取り去り、掃除していくイメージを持ちます。土星は、我々にとって非常に苦しく、災厄の神のようであるので、土星というだけでゾッとするスピの人も多いと思います。

が、新しいことを始めたりやり直しをするには、古い使えないもの、邪魔になるものはさっぱりと捨て去らねば始められません。古い世界の解体、それは痛みを伴います。が、なぜそこまでしなくてはいけなくなってしまったのか❓富み栄える物質文明...それは良きものではないのか❓

続く

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銀河鉄道、コロナからどこへ続く[時計とホロスコープ}

私には、6から7からには大きな乗り換え地点があるように思えます。この地点は、6から7への階段が一つと、6の繰り返し、そして6から543といく下り階段です。
さて、6というのは時計で行くと真下です。時計の針が、円でいうと丁度180度回ったところです。そこからもう180度周り元の位置に戻ります。時は60分で一時間進みます。その繰り返しが続きます。
ホロスコープも同じように円を12等分してそこに星座、部屋を割り当てています。これを見ていると星占いはスピリチュアルなものでありながら、しっかりと物質の世界に組み込まれているというか、物質的な視座から作られていると感じます。なぜ12分割なのか❓

ホロスコープはインド占星術であっても輪廻し、またも繰り返す生を描きます。果てしないのです。これは6→6→6...12
→12→12
のループそのものではないでしょうか❓現世の成功や性格、その他もろもろ過去世までをインド占星術は表しますが、どうしてもこの地球という時間と場所からは離れられません。

時間を6、12というカウントで数えるところに何か罠のような恐ろしいものがあるのではないか❓出どころのないネズミ車を何度死んでもずっと回し続けているような錯覚さえ感じるのです。
反対に週は七日です。七日✖️4週 計13月プラス残りの日数となぜカレンダーはならないのか。銀河鉄道とも関係ないですが、私は考えてしまいます。

時計盤を12分割でなく二時間で1刻として6で分割して一回りすると、また、6のところで0時となり時が続きます。この6がミソなのです。この6からもう一回転同じことをやるのでなく7に次元を移行する。それがあるのだけど人は気づかず、欲望と見せかけの栄光を求めてこの物質界を死んでも生きてもやっているのではないか❓そんなことを思ったのです。
6は割り切れるし、すっきりとした数字です。しかし、割り切れる、割り切れない、その二つがあるとして、割り切れるものは割り切れないものを表せないのでは❓割り切れない世界に割り切れるものがあるのであって、割り切れるというのはなんか、人工的な不自然さを私は感じてしまいます。

二時間を一刻とした時計では、6もゼロも同じ位置から、6は始まりであり、終わり、破壊であるとも言えます。それはうんすんという神様や、他の黒い神様の持つ特徴とも似通っています。そして、惑星の配列を見ると六番目は土星となっているのです。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から7の二つの階段}

ヘミシンクピンポンパンの記事の中で、まさとさんがみたヘミシンクの世界で67と書かれた扉が出てきたことがあります。商店街のシャッターにおそらく血が黒く変色したような黒で67と書かれていたとか。それに武漢が重なっていたとか。
非常に気味の悪い場面です。

私はこのマサトさんのこのブログを見た時、6はわかるが、なぜ7なのか❓何かおぞましいものを感じるし、人体実験や拷問などあらとあらゆる悪行、中共のやっている行いとリンクしている匂いがしました。そして、それがコロナとも関連があると感じたのですが、67の前に5をつけたらコロナということに気づきました。

コロナだったか...マサトさんや李真実さんのプログ登場の黒服の男、神様がここ、武漢にコロナ持ってきたということだと、わかったのです。まずは一番不気味な6はなんだろう。6はなんなんだろう。私は考え始めました。
コロナ、黒服の男、うんすんという神様、それが6という数字を背負っているのだ❗️私の頭に占星術のホロスコープと土星が浮かびました。6というのは...今の時間の周期の終わりの時を表しているのではないか❓

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[星、惑星と地球]

小学校の時にみんな習いました。惑星の順番です。水金地火木土天海冥 惑星の順番です。水星を一番とすると地球は三番目、火星4 木星5 土星6 以下は7... 外惑星です。

こんなことは私の戯言と思ってください。今まで書いてきたものもそうですが、すごいスピリチュアリストや神秘学者の言っていることでなく、ど素人の私の言っていることなのです。私本人の思いついたことなのです。なので参考文献とか裏もないです。

反対並びにすると、水星 金星8 地球7 火星6 木星5 土星4...

私にはここで 5から7に至るまでに何かがあるように思えるのです。そして正順の三番目である地球この三番というのも意味深です。私はこれらの数字を見るといつも考え込んでしまうのです。これは何か❓。ここでどうしても目を引くのが、6と7なのです。6というのは昔オーメンという映画があって結構流行ったのですが、その中で666は悪魔の数字だなんて言ってました。西洋人は6を忌み嫌っているのでしょぅか❓6って忌まわしい数字のイメージが付き纏います。

ついでに言っちゃいますが、実は私は中3の時にいじめにあっていました。その時にみんなに「六番」と言われていました。ここで書いていても痛い気がします。忘れていたのに、やっぱり嫌だなぁ。なぜ六番と言われたかというと単純です。修学旅行の写真掲示に一番からナンバーがつけられていたのですが、その六番が私でした。写真がみんなの笑いを誘ったようで、それから六番の名前とともに数人と元友達からのいじめが始まったのです。ですから、六ってとても嫌なのです。でも、あの時、いつもきつくて怖い感じの子が、「なんでそんなことを」とそいつらに怒っていたことは忘れません。

こんな歳になって昔のいじめを思い出してしまいましたが、あれから私は六から逃れようともがきにもがいて、ついでに日本まで出てしまいました。
6 →7
でもその後はなぜか7という数字がよく出てきたのです。



続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続くのか[北極星]

北半球に住んでいる人なら北極星と北斗七星は容易に見つけ出すことができるでしょう。小学生の頃はたまにこれらの星々を探しました。わかりやすいのですぐ探せれるのですが、調子ずいて他の星を探そうとしてもあまりよくわからず、星空を眺めるのはやめてしまいました。
北極星というのはずっと今の星でなく、あと80年もすると天の北極に近づきますが、それからだんだん離れていくそうで、何千年も経つと別の星が北極星になるとか。

日本の信仰では面白いのは、妙見信仰で北極星を同一視していたり、またり神にまた戻りますが、またり神、またら神は北斗七星のアルコルとも言われたりすると円泉寺のブログに書いてありました。

■摩多羅神は、北斗七星の輔星(アルコル)。洞明星、死兆星と言う呼び名もある

死兆星、なんか恐ろしい名前です。でも、スペルからしてアラビア語からヨーロッパの言語に行った言葉ですね。alというのはアラビア語の定冠詞です、それをつけたまま西洋人はいろんな言葉を先進文明とともに吸収したのですからラテン系のみならずヨーロッパの言葉は alがついた言葉が多いのです。アルコールなんかも同じです。
alが冠詞とすると、corは何なのか❓
調べてみました。alcorについては様々な説があるのですが、ある説によると、何と牛というのです。

以下wikiより
名称[編集]
学名は g Ursae Majoris (略称はg UMa) 、または80 Ursae Majoris (略称は80 UMa) [4]。固有名のアルコル または アルコア の由来には以下の2つの説がある。
アラビア語で「かすかなもの」という意味の al Khawwar に由来するという説[1][6][10]。
元々 ε星に付けられていた al-jaun (黒い馬、または黒い牡牛) という名称が、西洋で g星の名称として誤って伝わり、それがラテン語化されたときに訛って Alkor となったとする説[2][6]。この説では、本来の名前は「忘れられたもの」「拒絶されたもの」を意味する سها (Suhā) だったとしている[2][6]。

牛、それも黒い牛...

あぁここにも牛が‼️北の極の星は牛。このことは何を意味するのか、地球、大地、物質、あの世、破壊、という言葉が「黒」と「牛」にどうも絡んで離れないのです。

私の幻想の銀河鉄道は舞い上がって進んで行きました。しかし、地球行きは違うのです。反対なのです。
降下し、つかまってしまう感じがあります、物質の世界に墜ちるのです。黒と牛の意味は多岐に渡ります。この世の栄の源である物質でありながらそれを破壊する意であったり、この世でありながらあの世を感じさせたり、人間と多次元にわたる世界の橋渡し的な何かを感じるのです。

これは私の想像ですが、南に向かって行った銀河鉄道は北極あたりのどこかをかすりながら旅を始め、地球行きはそこが終着地点でそこから地球に落下したのではと思うのです。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続くのか[上り列車に乗った日]

私が銀河鉄道に引き寄せられたのは、32年前のこの日だったと思います。7/1でした。霧で空もみえず、星も月もありませんでした。私は南米に住んでいたのですが、この日一番親しくしていたお姉さんのような仲間が亡くなったのです。交通事故でした。全てが急でした。事故の知らせを聞いて何が何やらわからないうちにとうとうこの日亡くなってしまいました。

このことは非常なインパクトというか、ショックを私ならず同期や同国の仲間たちに与え、しばらくぼけっとしてしまった人もいました。そしてこれで私の生活も変わりました。その人とよくどこかへ出かけていたのですが、急にいなくなってしまったのでどうしたもんか、やはりぼけっとしていました。が、後から考えると同じように日本から来ていた人たちや、親しい台湾人の友達、アルゼンチン人などやたらと気遣ってくれて、何とかその人なしの生活に少しずつ馴染んでいきました。

いつの間にか霧の深い寒い季節も過ぎ、私は再び空を見上げるようになりました。南十字星、私は空を見る時は南十字とそれからケンタウルスの足を探すのです。目の悪い私でもくっきり見える天の川と南十字。北半球にいたときはまるで夜空などは見てなかったのに、南の空は「見て見て、」と私を誘うのです。

美しい星々、南十字星を見ているとき、ふと思ったのです。北の方から、私たちは来た。夜空を駆ける汽車にA子さんと乗っていたのだ。騒いだり、話をしたりしながらこのままいくものだと思っていた。けれど、ふっといなくなったのです。A子さんはどこで降りたのだろう、それとも、私がいつの間にか普通の現実に戻ってしまい降りただけなのか❓わかりません。

今年はA子さんの三十三回忌です。節目なのですね。この銀河鉄道シリーズは自分では書けるかどうか危ういところがあり過ぎて、躊躇っていたのですが、そう言えばA子さんの命日に近いなぁと思い書き始めたのです。

あの頃、頭に浮かぶ銀河鉄道はいつも北から、ケンタウルスを経て南十字に向かっていました。よく考えると反対方面に行く列車は見てないのです。これはあくまで私の世界の銀河鉄道の話ですが、私の中では銀河鉄道は上りと下りがあって、上りは南十字行き。下りは黒服の人たちが乗っている鉄道なのではとふと感じています。

銀河鉄道、コロナからどこへ続くのか[真の黒]

何よりも深い黒は玄。風水で言う玄武の玄とは真の黒であり、玄武は北の天帝を表すとか、天帝を守護するとか...
ピクシブ百科事典によれば、中国の聖獣とされた玄武について冥界、北斗七星、北極星、などとの関わりとともに書かれています。

以下抜粋
そして、水神であり、生命を司り、冥界との往き来を可能とし不老不死や子孫繁栄の象徴とされる霊性から民間では最も信仰された四神である。かの北極星および北斗七星との繋がりも発生し、天帝も座する極めて重要な方位である「北」を守護している。五行等における概念としては「黒」にあたり、こちらでも水神や生命力を司るとされる。そもそも、天地玄黄の言葉にある通り、玄→黒とは天を指す色である。
日本の神仏習合では、妙見菩薩との繋がりがある。


私は黒い神様や黒い男たちが銀河鉄道に乗っていたとすると、どうもこの黒という属性から、北を表す北極星、北斗七星を通って来たか、何かの関連を持ちながら地球に降りて来たのではないかとも思います。

北は支配と権力を表す北極星があるのですが、支配と権力に満ちたこの世にそれを表す星から何らかの関係性を持ちつつその支配と権力を打ち壊し、破壊するコロナが降りて来たとは、逆説的というか、真逆な感じですが、破壊と創造は一体であり、それ無くして何事もありえないことから、反対に納得もできます。

こんなことはあくまでの私の頭に浮かんだことなので暇人のお話と思って受けとめていただいて結構です。

続く

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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