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コロナウイルスと不安と恐怖と逼塞感ーどこかで出会った気がするー

コロナウイルスで先がどうなるかわからない、八方塞がり、家に閉じこもるしかない。そんなことを思いながら暮らしている方は世界に随分といると思います。コロナで死ぬかもしれないし、その後金融危機で生活がどうなるかもわからない。外に出て人に会うのも、お店に行くのも感染するかもしれないし、家にただいるだけ。

日本では、まだ外に出られるし、スーパーで「がははは」と高笑いし、立ち話に夢中になるおばさんたちもいるので、まだそこまで深刻になってはいませんが、だんだん状況は厳しくなります。私もインフレ、預金封鎖なども二月には想像しましたが、この頃はもっとリアルに「破綻」という現象がコロナとともにひたひたと忍びくるのを感じます。
どうしようもない苦しい状況が来そうだし、ヨーロッパ、アメリカではもうそんな状況に突入しています。

非常に私的な感覚なのですが、この今の感覚、なんともならないが生きているといった感じって、昔何度も感じたような気がするのです。この先どうかなってしまうかもしれないけど、でも生きている。そんな感覚を何度も感じたとふっふっと思い出しそうになるのですが、思い出せません。滅びの船に乗っていて喘いでいて未来が見えない。そんな重苦しさをやっていた❗️そんなことを考えると、今のコロナとみんなの逼塞した感覚を自分は先取りしていて、何度も自分私の中でやっていたと感じたりもします。

昔に今のみんなの状況を私的に事前にやっていた、そんな変な感覚なのです。

オリオンと私とヘミシンクワーク

スピリチュアルではよくスピセミナーの主催者が、「君はもっとワークに出て霊性を高めねばならない」なんて受講者に言います。私も、よく言われました。
これが不思議なのが、もうもともとの能力がずば抜けている友人でも「前よりも進みましたね」とか「もっと続けて能力を伸ばしましょう」なんて言われちゃうところです。私のようなへっぽこならいざ知らず、私の友人は江原さん並に霊能力を発揮することが多々あるので、「❓」を感じてしまったこともあります。

名の知れた先生、指導者は集まるすぴ求道者の叱咤激励をしてくれますが、それがずっと続くことも多いです。

しかし、あるワーク、ヘミシンクのワークだったのですが、この反対のことを言われたことがあります。そのワークはヘミシンクを使いますが、それで誰かを助けるとかX次元に行くとかでなく、本人の抱えているトラウマを癒したり、こだわりやいろんな思いを解消していくという意味合いが強かったです。
そのワークの時に、私は言われたのです。
「ルンルウンさん、あんたはもうワークに来なくてもいい。」えっ❓私はびっくりしました。なぜなら、このワークは依存性の高い人とかいろんな問題のある人は主催者から「来ても無駄だから、来ない方が良い」と言われると聞いていたからです。

ーわし、悪いのか❓ーそんなことを感じ質問したら、
「ルンルウンさんはある域に達しているのでこれ以上来ても変わらない。そんなに変わらない。来なくてもいいよ。」
こんなことはあんまり言わないほうが良いでしょうね。{自慢みたいで書くのもどうかと思っていたのですが、言われたままなので勘弁を}でも、書かないと経緯が伝わらないので書いておきます。多分、あんまりしがみつくようなものを持ってないからかも知れません。決して私がすごいとかはないですよ。

その後、その場のチャネラーたちに、オリオンとか、宇宙船とか、ぶっ飛んだことを言われました。

しかし、私の言われたことのよし悪しは別として、参加者に「来なくてもいいよ」そう変わらんから。」なんて言える主催者、私は本物だと思いました。「あんたは、まだまだだ」とづっと言い続けていたらお金が入るのに、それはないのですから。こんなことがあったのはもう十年くらい前ですが、その後もいろんなワークに出続け、あるとき「はっ」と思い出したのです。
「もう来なくてもいい」
そう言われていたのに、私は何をやっていたのか‼️。

私はあの時のチャネラーから出たーオリオンーという言葉と「来なくても良い」それを今頃大きく感じているのです。

10~20代の頃{身体症状}を振り返る 4

約16歳から26歳までの身体の不調は26歳の時にいつの間にか消えていました。それにはいくつか理由があると思います。まずは、
1.医者ではわからなかった体の不調を整体の先生が指摘してくれ、そこにしばらく通い、背骨の矯正をした。
↑これが体を元に戻してくれた大きな理由の一つです。
しかし、整体だけではまだ完全でなく、日本を離れて3ヶ月ぐらいはまだ頭痛も、振動もめまいもあったのです。それがなくなったのは‼️
2.牛肉を主に食べるようになったから。
というまるで関係ないようなことが原因であるような気がするのです。

私は某国に行ってから、牛の肉が食べられなく、苦しい思いをしていました。肉はそううまく感じず、おまけに臭いのです。鼻がいいのか、肉屋の近くを通っても臭いのがとても嫌で気持ち悪かったのです。でも、その国に住むにはそんなことは言ってはおれません。牛、牛、牛・・・牛を食べないと生きていけないほどです。
匂いが嫌だったのですが、あるとき、変化が訪れました。知り合いが手作りのシチューやパスタを食べさせてくれたのです。もちろんたっぷりと牛肉は入っています。これが、とても牛がうまいと感じた瞬間でした。それからは牛の肉を現地の人と同じように食べる毎日となりました。日本を離れてから半年経っていました。気づいたら、めまいも頭痛も振動も微熱も全てなくなっていたのです。

食べ物が体質を変えたということもあるのだと思います。それに牛の肉はやはり、人をこの地上に繋ぎ止めるような波動があるような気がするのです。

続く

スピリちゅあるって

スピリチュアルという言葉が出てきたのは、江原さんが出てきてからだと思います。

精神的なものが好きで宗教的なものにも惹かれる人はいつの時代にもいて、言葉は今風ですが昔からこういった分野に惹かれる人はいつでもいると思います。私もお化けとか、幽霊とか子供の頃から好きでスピリチュアルが大ブームになった時もテレビで江原さんの番組を欠かさず見たり、ヘミシンクのワークに出たりもしました。

不思議なことは元々好きなのでいろんなものがごっちゃ混ぜのこのスピチュアルな世界も面白いとは思っていますが、この頃はそんな精神世界の本や教えももうすっかり興味がなくなり、本屋に行ってもスピコーナーに行くこともありません。
面白くないのです。重みがないというか、ハリボテというか、今流行のスピリーダーさんも、古いその手の有名な方達も、どうでも良くなってしまいました。

素晴らしい教えや考え、哲学もあるでしょう。でも、それらを本当に味わうということと、表面だけに陶酔するということは違いますし、絵に描いた餅という言葉もあります。なんにしろ、そんなことに関わっているより、自分の面白いことをやっている方が生きているって感じがします。この頃はスピの話や書店のそのコーナーを見るだけでさえもヘキヘキとします。瞑想など、嫌いなわけではないですし、不思議世界を否定はしてないです。凡たる生活でも不思議なことは体験しますし、夢も相変わらずよく見ています。

が、

スピリーダーの書いた本とか、それに陶酔している人とか、気持ち悪いです。なんでなのか❓私が心境が低いのかもしれませんが、高いと思う人は高い世界で自分の高次元の世界で美しい夢を見ていて欲しいと思います。人と語り合うのも好きな人とされるときっと盛り上がるでしょうが、私のようなものになんだかんだ言われても、ツーカーと行くことはありません。きっと同じ世界で楽しくやれることは難しいのでは❓多分私は大須観音の仁王さんとかが踏んでいる天邪鬼みたいなものなので、高邁な思想を持っておられるスピリーダーの弟子の方々とは住む世界が違うのかもしれませんね。勝手にそれぞれでやるしかないということでしょう。

パワースポットの評判と自分の感じた雰囲気ー不敬ですいません3{真名井神社}

真名井神社は 7,8年から10年ぐらい前に行ったと思います。
その頃はスピリチュアルブームで、スピリチュアルなスポットとして注目される1、2番人気の神社が真名井神社でした。京都丹後の奥まったところにあるという遠いが故の近付き難さと、スピ好きの人による「ものすごいパワー」なんていう評判が轟き渡っていたため、一度行ってみようと、出掛けたのです。

夏の暑い日でした。田舎の細道からスッと入ると真名井神社はありました。薄暗い木々に覆われた入り口から神水汲み場付近まで、ドロドロとした雰囲気がありました。木が繁っていたことと蚊がいて薄暗かったことがそんな印象だったのかもしれません。おまけに、チョロチョロとしか出ないご神水を二人のご婦人がずっと占領して水をタンクに入れていました。蚊に食われるのもなんのその。よっぽどありがたいお水なのでしょう。

しかし、この辺りでもう、どうでも良くなりました。奥に入ってもそんなにいたいような感じでもなかったし、それよりもどろっとしていてあんまり長居したい所ではありませんでした。外は明るく清々しいのに暗いし。
というわけで、すごいパワーも、清らかさも何も感じず、退散しました。強いていえば、みんなの欲❓何かドロドロとしたものが空気の下にこぞんでいるような所でした。あれから天橋立はまた行きましたが、当然のことながら真名井神社はパスです。

今年もよろしく

あけましておめでとうございます。
スピリチュアルな事はほとんどせず、今年を迎えました。昨年末から少しは寒くなりましたが、相変わらず我が家の白薔薇は花が咲き続けています。外でバラに鼻を近づけても全く匂いはしませんでしたが、家のテーブルに一輪置いてみたら、微かに匂います。

やはり、これは椿ではないわ。と、バラの香りに肩こりも和らぐような気がします。

ホームセンターで枯れかけていて、捨値で売っていたバラですが、こんなにも立派に元気に咲いてくれるとは❗️期待されてない枯れかけている人でもこんな風に素晴らしい花を咲かせることができるであろうと、希望を感じています。
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パワースポットの評判と自分の感じた雰囲気ー不敬ですいません2 {天川}

天川に行ったのは、ずいぶん前で、10年くらい前です。奈良をずっと南に車で走りました。ここも秘境のようなところで途中、長いトンネルを抜けるのがずいぶん長く感じました。うちからだと本当に地の果てみたいに遠く感じました。遠く離れたその天川神社には宿に泊まった次の日に行きました。

評判のもの凄いエネルギーに満ちた天川神社。朝早くお参りに行ったのですが、新しいきれいな神楽殿がきれいな建物だと感じただけで、ダメでした。あんまり力もありがたみも何にも感じず、おまけに蚊がいて刺されたせいか、そうそうに立ち去りました。天川神社でいいなぁと思ったのは銀杏の木で、境内の銀杏の木はとても気持ちの良い触りたくなるような感じで銀杏を撫でまくって帰りましたが。

天川神社は神楽殿の印象と相まって、作り物としての美しさというか、例えていうならば、アート的な吊り橋とかの美しさが発しているような人工美っぽい雰囲気を感じました。私の期待した秘境の自然の強いパワーは全く感じませんでした。パワーってどこにあるんだろう❓
凡人の感覚では分かりかねました。もう一回行くかというと、行きません。あれだけ遠くまでドライブしていくところには思えないのです。

経営者とスピリチュアル ーヘミシンクピンポンパンを見て思い出したことー

あのスピリチュアルな経営者船井さんが、あの世では迷っているとか...
詳しくはピンボンパンをご覧いただくとして、私は昔、子供の頃に聞かされた母の話を思い出しました。

私の父は自営をしていました。古い知り合いの自営業者が倒産したとき、その様子をそっと見に行ったことがあります。そのことを母に語ったのだろうと思いますが、父からは直接聞いたことはありません。その自営業者は今までの取引先に不渡りを出し、その債権者が押し寄せてきたと言います。その時、ある新興宗教のような、道徳の会みたいなものを積極的に取り入れ、奉仕の精神を従業員に教えていた●●の社長が、どうにもならなくて倒産したかつてのお客さんである自営業者にものすごい罵詈雑言に満ちた責めを行っていたそうです。その時まではそんなに親切とか、情とかには無縁に思われていた他の業者が霞んでしまうほどだったと言います。

私はその時から、この世で一番怖いものは倒産の時の取り立てだと身に染み込んでしまいました。それから何度もその話を聞くにつれ、母の言葉が印象に残って消えません。ー●●屋の社長は道徳経を従業員を洗脳してありがたりながら目一杯働かせる奴隷にしているのだ。あいつはひどい。道徳教は経営のための道具だーそんな内容のことを言っていたのです。そのせいでどこでも売っているその●●屋の商品は私はどうも買えないと言うか、恐ろしいのです。

いつもは仏さんみたいに柔和で良いことを言って、人の道を説いていた人が、そんな人とは‼️とても恐ろしく思います。
父は世の中であれほど怖かったことはないと母に言っていたようです。子供に言ってないと言うことは口にするのも恐ろしかった光景だったのだろうと思います。スピリチュアルを経営に利用する...人食い人間に見えてしまいますが、そんな人にのこのこついていく人も多いのがこの世の幅の広さでしょう。

ワークでの瞑想

先週のワークでの瞑想です。チャクラやガイドと会う瞑想をしました。
瞑想の中のガイドはやはり、小さい人で帽子を被った人でした。この人はよく出てくる人なのですが、途中で大きい白か銀色の龍のような、白い大きい毛のふさふさした動物のような妖怪のようなものに変身していました。

いつも出る人❓存在なので姿形が瞑想の中で変わってもそう驚きもしなかったですが、最後に、先生が「ガイドにお礼を言って云々,,,」と言うところでガイドは即座にこう言っていました。

「礼はいらん」

そうだろう。自然にそう思いました。

ローマ法王と亡くなった人々を思う

必ずしも映画とは現実は同じとは言えませんが、ーローマ法王となる日までーの中で、ベルゴリオ[後のローマ法王]さんが自分だけ生き残ったと嘆く場面があります。結び目を解くマリアとの出会いの場です。この場面は映画として名場面で見せ場なのですが、見ているとこんな私でもー今のぬるま湯の中、真剣に生きているのか❓ーなんて自分自身に問いを投げかけてしまいます。

私の外国に行った仲間も複数名、亡くなっています。しかし、私は生きて残っております。道半ばで亡くなっていった友人、知人。それらの人々を思い出すと、スピの場での美しい祈りや、教えを語る人々たちの言葉も色褪せて感じてしまいます。本当に切羽詰まったところで生きている人たちがいて、それらの現実と私はスピの場の美しい言葉や教えにはとてもギャップというか、ついていけない感覚を感じてしまうのです。

自分自身が傲慢なのかもしれません。スピも真剣にやっている人もいると思うのですが、白刃の中を回潜って生きているようなギリギリの感覚とは違うと思ってしまうのです。品行方正なスピの人々の安全な場での美しい言葉はどうも生ぬるすぎるように感じてしまいます。すいません。

ローマ法王と暗い時代{ヘミシンクピンポンパンを見て思い出したこと}2 生と死

ー海、川に沈んだ普通の人々、生き残った普通の人々ー

私はこの暗い時代の後、アルゼンチンに行ったのでその時を生で見ていませんが、新しい政権になってまだそれほど経ってませんでした。アルゼンチン人は外人から見るとみんな気さくておしゃれで気のいい人ばかりでした。
が、後から考えてみると❓を感じるのです。

連れていかれて二度と帰ってこなかった人々は、軍政に反対したり、そうでなくてもそのような疑いをかけられた人たちです。では、今も無事にいる人は❓

1 もともとその政権の賛同者だった
2 活動家など市民を捕まえ、売ったスパイだった
3 反政権派だったが、なんとか捕まらずに済んだ。仲間をかくまったりした
4 独裁政権は好きではないが、目をつけられたくないのでその体制に従った
5 とにかく時の権力の言うことに従った

↑こんなところでしょぅか❓私は国を憂いた人々がたくさん亡くなったことを思うと、この年代以降、優秀な人材の枯渇があったのではないかと思います。正直で勇気ある人たちがごそっとなくなったのではないでしょうか。残った人たちの中にも反政府活動を命をかけてして、辛くも生き残ったという人も多数いるとは思いますが、そんな人ばかりではなかったと思います。
フランシスコ法王の映画ーローマ法王になる日までーでは、3の立場でなんとか生き残ったフランシスコさんが生き生きと描かれています。この映画が全くの真実なのかどうかはわかりません。でも、自分の見知った風景の中の過酷な出来事は何度見ても辛い気がします。

日本人はこれを見ても自分に関係ないと思うでしょう。しかし、投票率の低さや時折聞く、徴兵制度賛成の声など、よく考えて‼️と言いたくなります。ことがマイナスに向かう時は歯止めが効かないのです。映画の中の若い時のフランシスコ法王のように身を危険に晒してきても、後悔は多いのです。どんな時も大勢に従えばある程度安穏と暮らせるとしても、それでいいのか❓と何かの声が自分に問いかけるような気がします。

香港のデモも他人事と考えるのはどうかなぁ、と思います。

とりとめのないことを書きました。

ローマ法王と暗い時代{ヘミシンクピンポンパンを見て思い出したこと}

ヘミシンクピンボンバンを見ていて、ーあぁ、これは本当にフランシスコ法王を見ているーと感じたことがあります。
ローマ法王フランシスコ一世訪問NO3
虫けら以下の存在の庶民、あっけなく殺される多数の人々。殺戮、虐殺。このヘミシンクで見ているものはアフリカだということですが、私にはつい3,40年前に起こったアルゼンチンの軍政時の出来事と重なってしょうがありませんでした。フランシスコ法王の現世の友や仲間たちに実際に起こったことにも思えるのです。

日本はこんなことはないですから、みんなは想像もできないと思います。ナチや戦時中の日本を思い浮かべれば近いかもしれません。
アルゼンチンでは軍政の時代がありました。その時の支配者に睨まれるとしょっぴかれ、そのままみんなの前から永遠に消えるのです。でもそんなに前の話ではないのです。私がアルゼンチンに行っていた時はもう軍政の時代は終わっていたのですが、その時のことをよく聞かされました。軍政に賛成でない人、少しでも反対の意見を持つ人々は軍に捕まり、二度と戻ってこなかったのです。その数も多く、捕まった人々は私が聞いたところによると重石をつけられて、川や海に生きながら投げ込まれたこともあったとか。学生も多く犠牲になり、その当時知り合いや家族が行方不明者になった人も多かったとか。友達や知り合いが実は友を売る密告者だったり、拷問や処刑の残酷さも伴ってその話は相当恐ろしく感じたものです。

映画 ローマ法王になる日まで

一歩間違えれば自分もやられてしまう。そんな時をなんとか生き延びたフランシスコ法王は、拷問され虐殺されたりした多くの仲間を見てきたと思います。ご自身は生き残ったのですが、亡くなって行った仲間たちのことを思い、なんともやるせない思いはあったのではないでしょうか❓

私はローマ法王、フランシスコさんを見るたびに、アルゼンチンの恐怖政治の時の時代が頭に浮かんでしょうがありません。別に特別ひどい人やバカな国民がいたわけではないのです。普通の市民が多い普通の国がこんなひどい軍政の国になってしまったことに怖さを強く感じるのです。
日本は今は平和ですが、何かに先導されて一歩先を間違えるととんでもない恐怖政治に突入してしまうこともあるのでは❓とみんなの警戒感のなさに不安を覚えたりもするのです。

「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える2

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「遠入り」から蓮舫、伊藤詩織さんを考える

ヘミシンクピンポンパンに蓮舫さんと伊藤しおりさんのことが書かれていました。ヘミシンクピンポンパンは非常に考えさせてくれる記事ばかりで面白く、記事のアップをいつも楽しみにしています。そんな記事の中でこの頃伊藤詩織さんについて書かれていました。過去記事も合わせると蓮舫さんも伊藤さんと似たような何かがありそうです。

さて、私は伊藤詩織さん、蓮舫さん、二人ともそれほど知っているわけではないですが、伊藤さんに関してはネットで身元も出身校、出身地すらわからない輩だということを目にしてから胡散臭い奴だと思っていたのです。その後、ヘミシンクピンポンパンで蓮舫さんと重なる点などを目にしてから、チラチラと頭に浮かぶイメージがあるのです。彼女らの肢体が同じように見えるのです。
うなじとか、ハイレグの足の線とか、体にぴったしのレオタードの後ろ姿とか。蓮舫さんはもう歳をとってきていますが、イメージとしてはそんな感じが出てくるのです。そこから粘りのついた吸盤のついた管が飛んでくるような...危険な奴らには違いありません。

さて、「遠入」ですが、皆さんはこの言葉を聞かれたことがあるでしょぅか❓私は随分前、学生の頃でしょうか。新田次郎の小説をいくつも読んでいました。新田次郎さんと言えば山岳関連の小説で知られていますが、実は歴史物も書かれているのです。その一つが「笛師」という小説です。維新から明治にかけて尾張藩の下級武士が武士から龍笛を作る人になり、その子孫がそれを受け継いでいくという話です。その中で「遠入り」という言葉が出てくるのです。

その下級武士はお堀下同心の家に生まれました。お堀下同心というのは普段はのんびりとしていますがいざ有事の時に秘密の出口で藩主を脱出させるという役目がありました。その秘密の出口というのは同心みんなが知っていたわけではありません。武士の間では同じ仲間でもどこかに「遠入り」がいるということを知っていたのです。ですので、お堀下同心でも秘密の脱出口は知っている同心と知らない同心といたのです。仲間でありながらどこかで誰かが敵であるとお互いに警戒していたということです。笛師になった武士は実は「遠入り」だと家督を継ぐ頃に親から聞かされたという設定になっています。
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遠入りとは、その家族でさえ、素性を知らないという何代も前に尾張の家臣として藩内に入り込んだ幕府の間者なのです。(小説では幕府のスパイですが、一般的には何代も前からどこかの国に入り込む忍者だと思います)

続く

痛いテレパス

–七瀬ふたたび–で出てきた超能力者の一つにテレパス{他人の考えや気持ちを読むことが出来る}があります。
この能力者は割合多くいると思いますが、ドラマのようにそのままを読み取れる人は少ないです。スピの人は結構自信を持っている人も多いと思いますが、たまにある程度あたり、時に大外れと正確性を持った人はあまりいないのではないでしょうか❓

ところが、全くの一般凡人であり、本人も全く自覚もないうちのダンナ。変なテレパスもどきになったことがあります。
義理の父、ダンナのお父さんが、お腹が痛く医者に行ってもわからなかったことがあります。その連絡を受けて何日かで義理の父の症状は治まったのですが、ダンナが急に腰の痛みがあり、~半休をとった–と急に連絡をしてきたのです。歩けないほどだといい、確か途中の地下鉄駅まで車で迎えに行きました。その後、整形に駆けつけたところ、石、結石だと言われました。その時は先生の指示に従い水をたくさん飲み、症状は治まったのです。

その後、またも義父がお腹が痛くなり、医者は何も言ってくれませんでしたが、その時にダンナがまたも結石になったのです。そこで私はハッと気づいたのです。
「お父さんの腹痛って、アンタの腹痛とよく似てない❓」
ダンナ←「はっ‼️」
しかもお父さんが辛い症状になると程なくダンナが腹痛になっていたのです。
「アンタ、お父さんの腹痛を再現してるのでは❓」

そこで私たちは高速を使い義実家に出かけ、大量にポカリスエットを置いてきたのです。
飲んでくれないとまたもダンナが激痛に襲われそうだとわかったからです。その後、お父さんが私たちの指示通り、ポカリスエットと水をたくさん飲みだしてからダンナもお父さんもその症状に襲われることはなくなったのです。

変なテレパスです。相手の症状がわかるというか自分までなってしまうなんて、情けないというか、つまらん変な身体的テレパスです。でも、ダンナはお父さんの時だけで、私がいくら高熱に浮かされてもいびきをかいて深く眠っていますが。


スピリチュアルな能力とその育成について 8

今まではすぴ教室について述べましたが、教える方ではなく学習者について考えたいと思います。

私はスピリチュアルな能力の向上には瞑想などの数をこなすことがやはり必要だと思います。先に述べた教室ではなかなか能力が伸びないというのは、教室で一回五千円で実習をするのだとその絶対数、経験値が足りないという気がするからです。良い先生の元だと何も言ってくれない先生より力はつくと思いますが、先生の指導でやれる数は多くはありません。ピアノや書道を習うように毎週レッスンに通い、家でも練習に励む。スピは意外とそのような鍛錬と練習が必要ではないかと感じます。しかし、一度の集団レッスンで安くても五千円ほどもかかると、ピアノを習うようにはいきません。またスピは非常にマイナーなのでそうそう教室もありません。

ところが、すぴの学びにおいて、どの人もどこでも異次元との接触は可能であり、それを各人が自覚してないだけなので、この世の先生に頼らずも自ら直接異界との交信をすることも可能なのです。

道を歩いていてふと、何かの考えが浮かぶ、映像が出てくる。そんなことは誰でもあると思います。瞑想の時間を取ればそれこそ次々といろんなイメージが出てくるはずです。
肝心なのはそれを自分の感覚とともに詳しくメモり、記録に取ることです。それを繰り返すことで何かがつかめてくるのではと思うのです。先生について学ぶのも良いですが、自分で先生のように自分の感じたイメージに対して論評をし、それを記録するのもいいと思います。学ぶということは自分なりにつかむということを体得することではないでしょうか❓

ですので自分で瞑想をするとともに、その経験を注意深く観察し、言葉や画像に表現したりすると違うと思います。ただ漫然とビジョンを受け流すとか、自分のガイドは神々しかったとかで感激するだけでなく、その感覚を仔細に渡って現実感覚に落とし込むということが必要だと私は思います。

しかし、これらは私の考えであって、そんなことはないというスピ関係の方の意見も尊重します。教室に通い続けることで何かその人にとって素晴らしいものが得られるのなら、良いことだし、いろんな教室に通われている方はそのような体験と情熱を抱かれているので行かれているのだと思います。実際に教室に通うことで気分がすっきりとするとか、希望を感じるという方もいらっしゃいます。人はいろんな道があるしいろんな考えがあり、それぞれの自分世界に住んでいるということです。


すピリチュアルな能力とその育成について 7

私がスピの学習の場から撤退した理由は一つは費用対効果がないということでした。しかし、これはお金と時間をふんだんにかけることのできる方は別かも知れません。

あとはその学習を続けるにあたって、その効果を実証する客観的なデータがないということです。

●. ワークなどを続けたとして、それが能力の向上と結びつく客観的なデータなどがあるか
● その証拠としてもともとの能力がある人は別として、スピ教室や教祖のもとで長年学んだ普通の人が先生を務める程の実際的な能力を得たという例はどの程度あるか

だいぶ昔の話ですが、障害や発達に問題のある子どもに対しての治療に関わったことがあります。問題のあるお子さんがいるとします。まずはそのお子さんの状態をできる限り詳しく把握します。現状を正確に掴んでから、いろんな凡例をもとに治療計画を立てます。この子のタイプであれば、XXをやればこれくらいの期間でこれぐらいは伸びるだろう。
とは言ってもそういかないこともあるのでその時々の経過を見てやっていくことになりますが。

スピの教室の場合はこんなに専門的に把握できなくてもいいのですが、大雑把でも、その教室で何クールかこなせば半数以上の人がある程度能力の向上が見られるとかのラインがあればいいのです。でも、ありません。私の場合で恐縮ですが、最初はそのような感覚に気づくことができ、実感を得られます。しかし、その後が続かないのです。

それはオメェがダメなせいだ。なんて言葉も出ますが、それだけでない問題もあると思います。

スピの感覚は初心からそれ以上進むには教室やワークでは体験はできますが、学習や能力向上についての力強いサポートはあまり望めないのではと思っています。なぜなら、アイイスの先生でもそうですが、(随分前に離れてしまったので今は知りません)長い間研鑽を続けていた人もいますが、先生になる人は最初から先生が能力があると決めた人ばかりで、凡人で入り、長く続けていて先生になった人は見たことがないのです。最初から能力のある人は1ヶ月そこそこで先生になれても、凡人は三年、五年とやってもそんな段階にたどり着かないのです。ということはクラスもワークに出ていてもそのような突出した能力は獲得できないということです。

スピの先生は口を開けば「このような能力は誰でもある」という割に実はそうは思ってないのでは❓とそのスタンツがダブルスタンダードなのを感じるのは私が多分、心境が低すぎるせいでしょう。

よく考えるとこのようなシステムは語学教室でもあり、外人の先生のもとでずっと会話教室に通って20年なんて人があんまり喋れないなんてケースによく似ています。ただ漫然と会話を続けるだけではあんまり上達は見込めません。確かなのはその間ずっと支払いが続くということです。
私は外国語でも一回だけ、会話の授業に行きましたがやめました。ただ話をしてても時間を浪費するばかりでそう得るものはないと思ったからです。

スピな人はなんと物質的な考えだと思われるでしょう。でも、私の頭は実証的、具体的というか、感覚より論理みたいなところがあるのでしょう。波動が低かろうが頭にこういう考えが湧いてくるのでしょうがないです。

私は思いました。スピは目に見えないことを扱う。高次元には凡人も選ばれた人も金もないはずだ。生身の先生とか教室でなしに自分で直接瞑想をしても充分だし、夢を見ること一つでも異世界からの情報であるし、それを取るに足らないことと流さずに分析したりするだけでもスピの勉強になるのでは❓と思ったのです。





自分を見ている自分

2011年、父が亡くなってのち、記憶や時間がらみの強烈な体験をしてから、自分の斜め右前の空中に自分がいて自分を見ている感じがします。
幽霊みたいに浮かんでいる感じもするし、自分を取り巻く全面が一つのスクリーンみたいな感じになっていてそっちの方から自分がこの肉体の自分を見ている感じもするし、上から見ている感じもします。変なことを言っています。でも、肉体の自分が自分というより、ロボットであり、空中にいる自分がリモコンとかで動かしているようなそんな感じもするのです。

スピリチュアルな能力とその育成について 6

1 費用対効果と庶民の懐事情

ど素人がスピ教室に行き、なんとなく全容を掴み、もっと分かりたいと何年も教室に通うということはよくあります。
そんな時に、その学びにどれくらいの経費がかけられるか❓それは大事な問題です。

スピリチュアルな教室は、良心的なところで一回2時間程度のレッスンで5000円前後の授業料から、一万、三万、五万、と万を越すところもザラにあります。授業スタイルはよくある外国語の会話レッスンのように、五人以上の生徒が集まった中での集団レッスンとなります。
私の場合は最初に一日中レッスンがあり。それが何日かおきに開催されるスタイルの麻美さんのワークに行きました。それが7万円か8万円だったと思います。日数もある程度あり、朝から夕方までぶっ続けであったので、スピリチュアルな相場あらすればまぁまぁ良心的な価格だったと思います。全くのど素人での参加でしたのでそれだけの体験、実りはあり良い体験だったと思っています。

アイイスやアクア講師のクラスやワークもだいたい一回5000円ぐらいです。ですので、三万とかそれ以上のワークが多い中、スピの愛好者にとっては来やすい所となっていると思います。

その後、私はアイイスのクラスにも行っていたのですが、瞑想をしたり、サイキックの練習をしたり、マントラを唱えたりしてもそうなにかがわかるとか、力がついてくることもなく終わりました。
これをやっていて意味があるのか❓私は考えました。回を重ねてもスピの私の能力はあんまり変わりません。
夜遅く、職場から急いで会場まで出かけ行ってもそれほどなんということもなく、人数が多いとシェアすることすら少なくなってしまいます。時間の都合をつけてある程度コンスタントに行くとなると身体的な負担もありました。

一回あたりにすると4.5000円とスピにすると安いというが、忙しい庶民の自分にとって安いのか、またふさわしいのか❓考えなくてはいけないだろう。

私は工芸美術をやっていますが、それは三回レッスンがあって5000円弱。外国語でも個人レッスンでも5000円はしなません。スピリチュアルは安めのところでも、それらのレッスンと比べると随分高額です。反対に私がやっていた低賃金のバイトは900円も行かなかったりしたのです。きついバイトで体を壊し、一日行っても6000円にもならない。ワークやクラスの一回のレッスン代金プラス交通費にも及ばないのです。そんな貴重な働きで紡ぎ出した金を湯水のようには使いたくない、と思ってしまいました。

せめて、この学びである程度の成果が上がり、わからないものがわかるであろうという確実性があれば良いですが、そんなものはないように感じました。費用対効果がない。そう思ったのです。アクア講師のクラスも神戸という遠方です。交通費などを合わせて考えると、私のような庶民には届かない所だと思いました。

やはりスピリチュアルはある程度お金と時間に余裕のある人でないと難しいと思います。
安いと行っても、スピリチュアルは他のお稽古ごととはまるで違うのです。私は自力で勉強してある程度効果が上がる外国語学習へとシフトしました。自力だとタダですから。

続く


2016年からの出来事

2011年に父が亡くなり、翌2012年に義父が亡くなり、それ以降、家族の職場環境、子供の環境など非常に厳しくどうかなってしまいそうな日々でした。2016年には旦那がとうとう救急車で運ばれるということとなり、すぐに子供が何かに感染したのか、血便が出てしまいました。そうこうしているうちに私も帯状疱疹になり、家族みんな体調を著しく壊すということになりました。幸いにしてその後子供と私の体は回復しました。旦那はよくなったとはいえ心身の不調がまだ続いていますが。

2016年の八月の終わりに赤ん坊猫を引き取ってから、なんとなく我が家の運気が変わってきました。
直接どうこうというわけではないですが、猫が来てから家の中の空気に余裕が出てきたのです。

そして、翌2017年3月に友人のアンジェリカさんが突然ミデイアムシップモードに入り、そこで出てきてくれた古い知り合い、M木さんが私にある助言をしてくれたのです。
ー未だ完遂してないことがある。すぐにやれー
私は怪訝に思いながらも聞きました。

ーそれって、スペイン語のこと❓ー

私はスペイン語があまりできないにも関わらず、なんとかもっと分かりたいと思っていましたが、諦めていたのです。南米にいたとはいえ、それほど喋れるわけではなかったし、もともとの語学音痴の自分には到底できないと思っていたのです。
しかし、M木さんの霊はーやれるーと言っているとアンジェリカさんはいうのです。

~エッー−

私は信じられないとは思いましたが、この時出てきたM木さんは本当に良い人でかつ信用できる正直者でした。私はM木さんが嘘を言うはずはないと思い、本当にこの自分ができるとは考えられないが、ー信じてみようーと決めたのです。

その後、幾つもの試験を2017,2018,2019年にわたり一発で受かってしまい、これは本当にびっくりしたのです。考えられないことです。

そんなわけで、2016年からは今までの自分ではないような展開があったのです。非常に個人的なことなのですが、自分の自分に対する認識が変わったというか、今までの固定観念がとろけてしまったというか、嬉しい変化が起きたのです。もともと優秀な人にはわからないかもしれませんが、わからなかったことがわかるとか、自分でもできたとか、素直に嬉しいし、今までの自分は狭い見方しかできなかったなぁと今までと違う観点から見ることができるようになったと思います。

また、2016の末、2017年始めには庭を大改造し、小さくても庭作業ができる庭を作ることができました。今までの隣の人に気遣い外に出ることもできなかった生活とは全く違う暮らしをしています。

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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十二か月の着物

手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
縮縮きものあわせIMG_1116  蕪柄の小紋と、金の傘の柄の帯 冬の野菜-かぶら-は、ほっこりとした暖かさを感じます。帯の地色は新春の華やぎを...

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