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忌まわしい記憶と記録にとること

私はちょくちょく、昔の忌まわしい出来事が脳裏に蘇り、それが止めようもなくどうしようもないのです。自分がしでかしたこともあります。また、図らずも被害として受けざるを得なかったこともあります。

罪、恥辱、苦しみ..いろんな思いと共に蘇る記憶は思い出そうとしなくても勝手にありありと出てきてしまいます。それはなかなか制御できないというのが一番の厄介なところです。スピリチュアルだと、このようなマイナスの思いは切り捨てていつも朗らか、幸せいっぱい、光の子と自分を自覚して生きよと言っています。なんかそうでないとこのアセンションの流れに脱落するような雰囲気が光にみちたすぴ世界では満ちています。

しかし...なかなか私はそうはいかず、いつまでもマイナスの過去のことが頭に出てきてしまいます。たまにパワースポットなどに行くとそこの何者かが、「もうそんなことは終わったからいいぞ」なんて言ってくれる気配はあるのですが、私の深いところでいつまでも昔のマイナスの出来事とそれにまつわる自分への鞭打ちが止みません。

どうしたらいいか。つい、このことを語ったら、まさとさんのブログに、記録に書くということが言われていました。はっ、これはいいと思いました。そこで苛まされる嫌な記憶が勝手に蘇る前に意図的に自分で思いだし、それを記録にとどめて分析しようと思い、始めかけたところ、意外な展開になりました。

無理に自分の意思で思いだし詳細にそれを文で書こうと{それは恥でもあり、とても嫌な暗闇の中に置いておきたい、辛い事柄なのです}したところ、頭からひっばり出そうとすると、そのイメージが、まるで影が光で溶けるみたいな、氷が水になり気体になり何もないかのような感じになります。そんなわけでがっちりとしたイメージがとろけてしまうのです。

変ですね。過去って形があるものと思っていましたが、過去のことから始まり、自分の思っている世界は形が本当はなく、あったことと思っていることも、自分が作り出していることかもしれないと感じました。ただ、自分の昔の恥ずべきこともなかったこととしてノーテンキに自分は光などというのは変すぎるので、もう少しこのことは追ってみようと思います。暗い隠したいことは意外と明るみに出そうと正面から向き合ってみるといいのかもと思ったりしています。

今度はふと、自然に忌まわしい記憶がありありと出てきたら、必ず記録にとりどんなか感じか、見てみたいと思っています。どっちみち、自分の暗黒や腐ったところにこそよく目を凝らさないと永久に終わらないと思っています。

マッサージ中にみたビジョン

今日はマッサージをしてもらいました。蒸気で蒸したり、熱いタオルをあてたり、皮膚に良い化粧水みたいなのを塗ったり...気持ちよくやってもらっているうちにいくつもビジョンを見ました。

上からです。森や地面があり、その中にエメラルドグリーンの泉が見えました。綺麗な緑です。これを見ているうち、私はこれが好きだったのだと思いました。
これって、セノーテ❓マヤ、アステカの泉だったかな❓そんなことを思いつつも夢見心地でいたら、「ここに来たいと思い、来たあんた、好きだ」なんて声がしたような。続けざまに、わしはあんた、あんたはわし。私は君、君は私...
こんなのが続きます。手をお互いに合わせて鏡みたいです。

この前後、帽子をかぶった小さいひとが出てきました。リボンの騎士に出てきたチンクに似ています。小さいです。取り止めもない内容が頭に浮かびます。

そして、手を合わせたわしであるあんた、あんたであるわしが過去の私が高校を自分で決めていくことにしたことを、「好きだ」と言います。人生で一番初めの自分で決断し実行するということは高校受験でした。不安、反対、孤独はあるけれど新世界に賭けたのです。
君は私、私は君...合わせ鏡に手を合わせ、私も君も一つであったのか...たかが高校受験ですが、一つの人生の山を超えたのだと思います。なんか訳が分からなくなりました。

過去生の話

過去生の話は好きですが、あんまり感じることも自覚もないです。昔はいろんな霊能者に見てもらいましたが、それで聞いたからそうかなぁと思うくらいで、実感としてはあまりないです。
この間、子供が家に久々に帰ってきてそんな過去生の話をしました。子供も興味はあるが、何も感じたり心当たりはないそうです。そこでよく言われる心惹かれるものとか、場所とか、物事、得意なことなどは何か❓考えてみました。

強烈に惹かれるところはないです。物事もないし、得意なこともそれほどありません。子供もそうで、何も心当たりはないとのことです。わしら、何だったんだ。

しかし、今日風呂に入ってちょっと思い当たることがありました。
私は「いくぞ。野郎ども」などと言って危険もあるものごとなどに挑むことが好きなのです。見知らぬ土地に危険かもしれない航海をしていくとか。団体行動は嫌いなのですが、突撃とか好きなような気がします。過去生は馬鹿だったのかもしれません。過去生は繰り返すと言います。だから今も馬鹿者なのでしょう。小さい時もわざと危険なことをして、母に怒られ呆れられました。

しかし、体力も力もないので何もできないのです。事務能力もないし、かと言って接客が上手いわけでもない。今の私の人生からすると冴え渡った過去生は想像できません。過去生は消化して、何も残ってないのかもしれませんね。でも、未来の私からすると今の私は一つの過去生なのです。あんまりパッとしない凡人の人生ですが、今回の人生は自分では意外と濃く感じるのではと思っています。しみじみ思うのは、こんな私のような微妙な人間は今の日本で、実家もそこそこ恵まれていた家だからこそ、この年まで生き延びることができたのだと思います。そうすると、このシチュエーションを私はよく計算して生まれてきたのかもしれません。

しかし、もういいなぁ。充分満足です。この世は味わい尽くしたという思いが湧いて来ます。
今世も、私は自分の好きなように、生きます。が、この濁世で生きるのはこれで終了です。



変な感覚

去年、その前ぐらいから、変な感覚があります。自分が薄くなるような広がるような感覚。何と言ったらいいのか❓体ではなく、体に存在する自分が薄いという感じです。でもよくあるグランディングできないというフワフワした感じではないのです。私は特に霊媒体質でもないのでそう言ったスピリチュアル 的な体質でどうかなっているのではないと思います。

体から魂が出ている感じでもなく、体と、周り世界の境がなくなるような感じとでも言ったら良いでしょうか。変な感じです。なんか違和感があるので、たまに「わしはわし、ここにおる。ある」なんて自分に言っています。これも波があるみたいで、しばらく続いていて、この2月には治っています。
 
これは何なのか、分かりませんが、肉体と一致した自分と肉体と感覚はあるけれど、どこか別に広がった意識があってそこにも自分がいるような感じなのかもしれません。何だろう。こういうこともあるさとあんまり気にしないことにしています。

これから先は...

一週間ほど前に、瞑想でこれから先のことをハイヤーセルフに聞いてみました。←と思います。すぐに詳しくメモに書き留めてなかったので本当は何について誰に問うたのかもあやふやです。今読むとあまりにも断片すぎて何のことやらわかりません。
はち丸が出てきたようで、希望と書いてあります。あとは銀河、右の建物、自分を信用する。過去生の知恵、優秀、技術。と書いてあり、意味はさっぱりです。最後に激動の世界の準備、目玉親父となっており、終わりです。

何だこれは❗️

多分、この頃の世があまりにも混沌としていて自分ながら何をどうしていいのかわからなくなっているので、どうしたもんかと考えてその答えのヒントでもと瞑想したのだと思います。

はち丸が出てきたことが全てかな。はち丸はかなえぼしを背負っているので、それをうまく使えということかな。何だかわけがわかりませんが、書き留めておくこととします。

どこか違う感覚、中学時代にワープか

今年になってからか、去年末か、ダイニングキッチンのドアを開けようとしたところ、変な気持ち悪い感覚が‼️

手をダイニングキッチンのドアにかけて開けかけた途端。自分が中学の時の自分になっていて、同じように実家のダイニングキッチンの出口の扉に手をかけて出ようとしている感覚になったのです。服や場所は今の家なのですが、意識は中学頃の私でした。中学の私が出口のないような重い苦しい感覚を持っているのを現在の自分が「えっこんなに背負っていたのか」なんてびっくりしつつ、その中学の自分は自分の将来など全く見えてなく、子供までいるなんて想像もついてないようでした。

中学の意識にすっとうつると、子供とかの記憶も何もなくなり、瞬間的に今の自分に戻るとなぜ中学の時の自分が重なるのか❓とくらくらしたりして。それも本当に一瞬もないぐらいのことでしたが、気持ち悪く「どうしちゃったんだ自分」と自分は歳をとっていて子供は〇〇で、なんて改めて思い出そうとしていたり。

このことは気にはなりましたが、忘れることとしていました。すると1/10にあることが起こりました。旦那と毎日アニメを見ているのですが、そのアニメが次が何話か、旦那に聞かれ、「あぁ...何それわからん」となってしまいました。私は記憶力が良くないので、アニメもいくつか続けて見ているとどれがどの回だったか忘れてしまいます。が、なぜかスペイン語で覚えておくと忘れないのです。それは駐車場の番号でもそうなので、数字や色を覚えておくにはスペイン語で記憶するのです。それで一度も忘れたことはないのですが、聞かれて「❓」となってしまいました。その上、この世の周りが記憶にないような感じになったのです。その時にキッチンの薬缶とか、ガスレンジとか、他人のもののようなよそよそしい感じが一瞬ありました。慌ててここは自分の家で、猫と旦那がおり、今はアニメの続きを見ようとしている。なんてことを強いて自分に言い聞かせていました。

変です。気持ち悪いです。

頭の病気か❓これは違うと思います。自分がここにいながらここの浮世の人ではないような、違う次元があるなら重なった違うところにいるような感じと言ったら良いでしょうか❓

おかしい。どうしちゃったんだ、わし。気持ち悪いながらも周りの空気その場に意識を注ぐように集中しました。くらっとふわふわとする変な感じは次の日には治りました。

今っていろんな次元の交差路にいるのでしょうか。時を遡ったり、進んだりすること。複数の次元をまたぐとき、記憶がおかしくなるような気がするのですが、私は今まで夢うつつで未来に行って何かを見たりすることはあったのですが、過去に行ったことはなかったのです。それなのにどうしちゃったのでしょうか。

現在の家のドアを開けかけたら過去の実家のドアを開けかけている自分にもなっていたというのは気持ち悪いです。

土星と木星のスタートの足のはやさ

去年、わしさま占星術で土星と木星の相撲の話をしました。木星の位置は現在非常に悪く、土星は強い。悪い状態の木星は不正や腐敗を表し、恥晒しといった意味合いもあります。土星は秩序を重んじ処罰や破壊も表します。このことから腐敗に満ちた売電候補は敗れ、トランプさんが勝つと私は思ったのですが、そうはいかず、あまりにも大きな不正が罷り通り、トランプが全てにおいて敗れるという事態になっています。

うーん。なぜか。

わからん。先は真っ暗なのか。

ただ一つ救いは土星の足は遅く、木星は速いということです。初めは木星の力が強いですが、だんだん土星の力が強くなるということです。ここまできて、トランプの巻き返しがなるのか、それとも、世界を巻き込んだ、世直し。全てが終わるような惨事が起き、古い世界が破壊される幕開けとなるのか。このままだと厳しい時代が来そうです。

ただ、大掃除は必要なので、全世界の人が洗濯機のなかで揉まれるようなことになるのか、膿のような極悪国家とその取り巻きを中心に激震が走るのかはわかりませんが、土星、そして冥王星はこのままでは済ませない気配を感じます。

銀河鉄道とリコールの人たちをもう一度見てみた

銀河鉄道とリコールに関わった一般人たちを見たいともう一度瞑想状態になって探ってみました。

宇宙、星空が見えます。星がいくつも光っています。宇宙空間、星空がしばらく出ていました。すると屋根のついた位牌のような形のものが出てきました。でも位牌ではありません。全て木でできています。なんだろう。木でできた長方形のものに木の屋根がついています。ずっとみていたら、思い出しました。
伊勢神宮とか、お宮にある、神様のいるところ。あぁ、月読宮とかいろんな神社にある神様の社。あれだわ。
tsukiyominomiya-betsugu-haiden_convert_20210103194011.jpg

この写真より高さがありました。が全部白木で作ってありました。これは鳥居がありますが、鳥居はなく、向きは横向きでした。

般若の顔が出てきた後、烏帽子の人が出てきました。それに続いてたくさんの人が出てきました。ゴジラみたいにものも出て消えました。どこかで誰かが言っています。
「あなたたちはパワフルです」

私が「リコールの人たちは❓混乱は❓」と聞くと、いろんな時代、個人の背景が重なっていると言っているような気がしました。だからバラバラなのかもしれませんね。真相は複雑で見えません。

誰かがまた言います。「行動は強い祈り」そんなことを聞いたような気がしました。思い込みかもしれません。

銀河鉄道は全く姿も形も見えません。私の問いかけには全く答えとはならないイメージでした。でも、リコールに参加したことは何か、神道的な何かそれぞれの個人の関わりもあると思います。あとはわかりません。

喰うか食われるか

まだ銀河鉄道についての瞑想は続きをやっていません。先日はうなぎ犬と大首、小さな殿様が出てきました。これを思い返してみると、リコールにしろ、アメリカ大統領選挙にしろ、右か左、愛国者と売国奴など対立軸のどちらかに属するものが正しいとするのは違うのだと思えてきました。
うなぎ犬も大首も言っているのは「喰ってやる」です。どちらも飽くことない食欲、悪食ぶりでこの世の全てを食べても足りない雰囲気を持っていました。

このことは、この世は右も左も究極的には同じであると言うことではないかと思うのです。中共のために生きているかのような大村やワニみたいな顔の辻元など。それらは日本や日本人を外人に売っているのはよくわかります。なら、自民党や安倍さんはいいか❓と言えば違います。安倍さんも所属する自民党も統一教会のただの秘書をたくさん雇い、合同結婚式には祝辞さえ出しています。統一教会の秘書をいっぱい雇い、その合同結婚式に祝辞を送るのは自民党も安倍さんもうなぎ犬の大村も同じです。どちらも統一教会から出されたうまみと引き換えに、なんでも言うことをきくのです。騙されて韓国の結婚もできない男に嫁ぎ、一生貧乏で過酷な生活をする日本女性のことは屁とも思わないのです。統一教会を非難していたので素晴らしいジャーナリストかと思いきや実は北朝鮮の走狗の有田芳生...拉致問題には冷淡です。

食ってやる側と食われる側 
それしかこの世にはないのです。右も左も愛国も売国もないのです。強いてあるとすれば、外人{喰う側}と純粋日本人{餌}外人に自民党も有田も、野党も日本企業もなっているということです。

権力と地位を持った人が食う側、名も無い無名の人々が食われる側。そんな構図が実はありながら、気づかず右だから、左だからとどちらかの肩を持ち、そちらの側につく。そんなことは一般日本人にとっては本当は強いやつの餌になりに行くようなことなのでは❓と思えてきました。

上下構造、上のものが下のものを支配する。そんな意識がリーダーと言われる人々とそれに従うあらゆる場面での一般人の間にあるのです。うなぎ犬も大首も同じなのです。食う側で、支配する側です。私はこの頃あの大首はT先生かもしれないと思っています。
では、私たち庶民は餌なのでしょうか❓このまま上下構造の中に組み込まれば餌でしょう。食われても感謝もされません。

いつまでもこの修羅の世から抜け出せないのは辛すぎます。私は前みたビジョンのうなぎ犬、大首が出てくる中でどちらかにつくなど、喰い食われるゲームから出るのが私たち庶民の究極なのではと思っています。

このビジョンでは小さな殿様が出てきました。松平の殿様のような、名古屋の殿様のような感じでした。この殿様はどちらにも食われてませんでした。私たちが餌とならないのにはこの殿様となれと言われているような気がします。ただ、それがどう言う意味なのかわかりません。また、このうなぎ犬と大首は何かのスポーツの試合みたいなところにいるような感じもします。そして小さな殿様はそれには参加せず、観戦しているのではないかと思います。

殿様って誰❓はち丸だったら、星を風呂敷に入れて背負っているので、宇宙人か❓はち丸って、希望やのぞみの星を風呂敷に入れて歩いているので、庶民は希望だけを背負い行けば明日は開けると言うことかなぁ。その希望の星はかなえちゃんだから、思いはかなうと言うことか❓
また瞑想状態になり探ることとします。

銀河鉄道とリコールの人たちを見ようとしたら

リコール関係の人と銀河鉄道を見たいと、またも瞑想状態になってみたところ、変な大きなナマズのような口の大きい化け物が出てきました。皮が、黒ではなく、茶でもなく、灰色でもないです。堅いような柔らかいようなぬめっている皮膚。目もナマズ型の顔についていて、それがメガネみたいな目にも見えます。胴体は蛇のように細長いわけでもないです。が、蛇みたいにずるっとしていて、もっと太っている体型です。ナマズ?
口が赤くてそれが生々しく、気持ち悪いです。目が大村知事ぽっいです。知事、ナマズの大妖怪になったのかな。

どこかで「こいつはなんでも食う」と言っています。

するとナマズ風妖怪の前に大首の妖怪が出ます。そいつも食い意地が張っているようで「食ってやる」なんて言っています。そして今度はとっても小さい丁髷のマンガ風の殿様みたいの人がふっと出てきます。

すぐに画面は変わり、尖塔が二つある建物なのか、屋根の先が二つ尖って見えたのか、茶色の建物、レンガ作りの建物が見えました。

私としては銀河鉄道と、参加したボランティアを見たかったのですが、変なナマズとその他わけの分からないものでした。
が、その1日後、散歩していてふっと気付きました。
あの口が赤く、毒々しくナマズみたいなのってこれが邪悪になった姿なのでは❓みんなが大村知事をうなぎいぬと言っていましたが、うなぎ犬に似た、邪悪なやつが大村かもしれないと思っています。

すると、あの大首の妖怪と小さい丁髷とのさまは誰なのだろう。続きはまた瞑想で見ることとします。

二、三日後、ふと思い出しました。あの、ちっちゃい殿様って松平饅頭のあれでは❓饅頭の絵まで出てくるとは、変なビジョンですね。それよりもはち丸の方がより近かったかもしれないです。

はち丸
はち丸

銀河鉄道のことを考えていたら 長い棒のようなものが。

いろいろと不可解なことが多すぎるリコール。それで銀河鉄道に関係者は乗ってないか❓半瞑想状態でのビジョンを追ってみました。

さまざまなものをみたのですが、すぐに記録してなかったのでほとんど忘れてしまいました。ただ、何かの光景をみた後、何か長い棒のようなものが宇宙らしき空間に浮かんでいました。感じとしてはウニをステンレスみたいにして、ウニのとげをぐんと伸ばしまくったようなものが出ました。と言っても全容は見えず、ウニのステンレスの細長ーい棒が二、三本、見えました。多分視界の左手下、向こうは見えないのですがそちらに本体はあるようだったのですが。

なんなんだろう。人は出てきたと思いますが、記録にとってなく、わかりません。猫と旦那を起こすのが嫌で記録を取らなかったのです。もう一度挑戦して記録に取ります。

銀河鉄道はどこを行く

夏までは銀河鉄道のことを書いていました。
私は知りたいことがあります。まさとさんの過去記事の中に大村知事と銀河鉄道のことがありました。今の知事のふんぞりかえっている顔をみていると苦痛に悶えているようには思えませんが、あの世は先を行くので、今の大村がどう威張ろうとも彼の最終的な行き先はロクでもないところだろうと想像できますが。

リコールを終えて、なんとなく十二月の半ば、どうも気分が下がります。もっと元気出せと自分で自分に言っているのですが、スーパーで買い物途中に、「やっぱり、自分は気分が沈んでいるな」なんて思ってしまいました。
本当に何にも言っていないのに真面目な高須先生信者から「ああ言った、こう言ったのはどういうことだ」なんてお叱りを受けたりします。何も言ってないのでなんのことやらわからず、返事をしてもトンチンカンだし。でも、気分が澱みます。

署名の閲覧届も出せたので、リコール関係のコミュニケーションについてはこれで終了ということにしようと思っています。が、こんなことが続くと本当に神経が持ちません。信者の人は先入観が強く、何を言っても言わなくても「なんだ」と怒るし、論理が破綻しているのでこちらの頭が痛くなります。

もう、限界です。いろいろと真実を知りたい人たちもいるのですが、しばらくは地下に潜ることとします。

せめて寝落ちの瞬間の意識があるようなないような時、瞑想状態の時に、天に問いかけようと思っています。銀河鉄道にリコール関係の人は乗っているのかどうか。頑張っても虫けら扱い以下の我々のような人とT先生と信者、T事務局長など。姿と本音を見たいと思っています。

リコールの烏合の衆、私は真実を知りたいだけなのです。
星に願いを‼️かけてみました。
先生は電車の中にいるか?どうしているか? 見るのが楽しみです。

↑以上の記事は冬至の一週間ぐらい前書いたものです。不思議なことに冬至の日以来、体も気分も軽やかになり、今までの重さはどこかに行ってしましました。

すぴに金は払わん

スピに金は払わん、と書くと嫌な気分になる人もいるでしょうが、金を払う払わんはその人の事情によります。スピを否定しているわけではないです。

私もいろんなバイトをしてみてそう思ったのです。末端の使い捨てみたいな仕事もしました。今、愛知ならいざ知らず、岐阜とか三重なんて、最低賃金は850円そこそこ。休みなしで書類のチェックをし続けても昼の休憩の一時間を抜かすと、七時間の労働で5960円です。交通費は出ないところもあるから、実質5000円なんてところもあるでしょう。

スピのセッションやワークはこんなでは1日働いても出れません。ワーク、セッションは三十分から二時間ほど。それだけのために1日労働をしても追い付かないとは、自分には無理です。それに自分の労働を大切にしたいです。金を稼げばいいだろうという人もいますが、そこまでしてぶっ通しの単純作業はしたくありません。

今はそれとともに、もうスピリチュアルの関係のことはどうでもいい感覚が強いです。それよりも私はもう人生も夕方になってきました。後、悔いを残したくないのです。スピの教えを聞くより、この世でいろんなことを自分でやってみた方が面白いです。人の背後霊も神様も感じないのでもともとそういうタイプなのでしょう。霊能者ではないし、スピリーダーにも信者にもなれません。

自分のやることもそういいことばかりではないと思います。かえって悶々と苦しむこともありますが、浅い道徳の教科書みたいなことを金を出して聞くより、全力で今やりたいことをやる方がいいと思っています。リコールも今は紛糾しています。金も労力も出してこんなか❓なんて情けなさもありますが、これはこれでいいのです。いろんなことが、知らないことがわかったことだけでも大きな進歩です。机上のつまらない道徳本ではつかめないものを掴んだと思います。

ただ、私ももっともっと見る目を養わないといけないと思っています。これが一番難しいでしょぅ。

木星が山羊座に入るとき、星の相撲は始まる

インド占星術によるとこの二十日ごろから木星が山羊座に入ります。山羊座には土星が既に入っており、非常に強い状態です。私的にはこの木星、バイデン候補に見えます。栄光を手にしたかのような腐敗に満ちたボケた恍惚感いっぱいの木星そのもののバイデン候補は、これ以降、土星の厳しい査定を受けるのでは無いか❓
 
12/14、15くらいから土星と木星の位置が一度以内になります。このあたりで何か動きがあるかもしれません。土星は安定していますが、木星は辛い位置です。

土星のいる星座は山羊座、土星の最も強い位置となり、腐敗を暴くには好都合となります。

トランプ候補の逆転あるかなぁ。腐敗、裏切り、正義。不正と罪と罰。自由の国アメリカは不自由の国になるかどうか❓この星の位置は重要です。土星の厳しさが偽りの正しさの木星を打ちのめすことができるかどうかの気がします。この位置は60年に一度の位置です。土星と木星の相撲の土俵は山羊座。土星はのろいし遅れるが粘りは強い。木星はフェイクを入れて欺くのが上手、見かけは正義を語る。でも実態はガス。どちらが勝つか。だいぶ遅れてトランプの逆転勝利となると私は予測しますが、どうなるかな。

戦国のある武将の不幸な話とリコールー前世2

敵は他国であるのに、自国内で分裂し、一族、古い家臣団の中でも割れてしまう。他国の血を引いた血族もいる。疑惑と不信は高まる。そんな状況があり、一つの家の中でその中のあるものを葬り去る。そんなことが戦国の世にあったのです。

そして、今、リコールの状況においてもリコールをやってきた人が、なんと高須先生の署名簿集めに「不信な署名があった」としてケチをつけ、先生はそれに対して憤慨し、それと今までの事務局の怠慢さに少なからず不満と不信を抱えている人が糾弾される事態になったり。それはないだろうと思えることもあります。わやとまではいきませんが、混乱状況は少し似ているかも知れません。

今回は命まで取られる人はいないのでいいのですが、リコールに参加しているから、戦いに精通している家康さんが○○殿と何かを教えてくれようとしているかもしれないですね。前世とは無関係かも知れません。
ただ、偶然に前世と関連するかもと思った人の名は、又の名が私の名前の字と同じでした。

私は今回のリコールと昔の私の名前の字の人のことはどこか似たようなことがあると思います。私はリコールにおいては雑兵以下の立場です。高須先生の発言を聞くにつけ、同じものを見ているはずなのにまるで違って見えます。なぜか❓視点ということから考えてみると、物事はこの地上において偏った自分からだけの視点からしか見られてないのでは❓と思わざるをえません。

リコールにおいて
高須先生から
事務局長から
事務局に近い人から
署名代表者から
各受任者から

以上の人の見えるリコール活動はそれぞれで全く違うものを見ているのでは❓と思うのです。
なので同じものを見てもまるで違っていたのではないかと思います。仮に事務局が各受任者と先生の間を分断すれば、活動の不首尾はもちろん、作戦もざると化します。そこにスパイなどが入り込んだと思います。先生の見込んだ署名数と、地方でやっていた私の見込んだ署名数は倍の差がありました。見ていたものがまるで違っていたのです。

同じように
ある戦国時代の武将の家
武将
息子
家来集団1
家来集団2
武将と息子を分断する者がいれば容易に、お互いの不信感を増大でき得ます。
誰かがお互いの不信を煽れば容易にその溝は深まり、うまく行けば全てを弱体化できます。
お互いがお互いを全くちがう視点で見てしまったのだと思います。

これは、横の連携ができていないということと、横つながりでの関係でなく上下の関係ということです。
リコールは高須先生一人を頂点においたピラミッド型です。高須先生は私欲なくリコール を始めたのですが、このピラミッドにも問題があったと思います。大将を頂点にしたピラミッド型であっても、大将の下の者がその下に何もつたえず、分断が起きてしまったのです。ある武将の家でも同じです。

ピラミッド型は真ん中に入る人たちが上から下へとうまく橋渡しをしていたらうまくいきますが、そこが機能しなかったら全てが崩れるのです。せめて、頂点は一点でなく、高須先生と同等に考え、先生が相談しあえる人が何人かいたらこんなことはなかったと思いますが。なかなか先生も病気があり厳しいので、難しかったかもしれませんね。

縦だけでなく、横のつながり。重要だと思います。


前世関連か❓1

私はあるヘミシンクワークで自分の前世を語られたことがあります。もうその時には他の霊能者にも「前世での影響はそれほど残ってない」などと言われていました。ただ、そういう不思議な話は好きだったので、前世の絵とか、どんな人だったかいろんな場面を複数の人に語ってもらってことがあります。
前世はそれこそいっぱいあると思います。ヘミシンクワークで語ってもらった過去生以外はそう悲惨な感じはなく、よくあるのが、大型船と海でした。見た目は大人しく地味な私に大きな船で大海に乗り出す人々が多く過去生として出てきたというのは、当てずっぽうではできません。ただの戯言ではなく何か本当に見えていたのだと思います。

さて、その中で過去のトラウマとして残っている前世として違っていたのが、人を全く信じれなくなった武士ということでした。信じられないのは家族も自分自身もだそうです。信頼していた人の裏切りにより殺された武士だそうです。

そのころは他の霊能者からは「自己不信」「自信のなさ」を非常に指摘されていました。自己肯定感の低さや自信のなさは自分でも若い頃から感じており、それでもなくなってきたと思っていたのに思いっきり言われたので結構凹みました。「不信」の根はこの武士の過去生とつながっているかも知れないとヘミシンクのこのワークで感じました。ワークではトラウマをとるとかのこともやったのですが、この影響も私はもうすでにそれほどたくさん受けていないとのことも言われた気がします。

ただ、この時の武士とは誰だったのか❓その時は鎌倉時代の人のような気がしたのですが、今回のリコール活動であの人かも知れないとはっとしました。
「◎◎殿」 確かに家康さんが私に何度も言った気がするのです。
でも、私は東京は住んだことがあるけれど、何も親しみは感じなかったし、そう縁はないと思います。しかし、愛知、静岡の合戦場跡で活動していることが多いのに気がつきました。

次へ続く

過去の情けない自分を忘れられない方に

過去を引きずるなとか、囚われるなとかスピリチュアルでは言います。それはそうなのですが、本人が忘れたいと思っても思い出してしまうこと、忘れられないことはあります。それが、自分の情けない過去であれば尚更です。

ひどい事故にあったことや、人間関係において思い出したくないこと、いじめなどの体験など、辛いことほど忘れたくとも、昔のその時のシチュエーションに近いこと、ものなどが出てくると思い出してしまいます。そして自分を責め、恥じるのです。しかし、この頃バシャール とかの言葉などを見ると「過去に囚われず、生きよ。今が大事な時だ」なんて出てきます。
そうです。今は大きな次元の切り替わり時です。こんな時にいつまでも昔のことに心を乱されるのは嫌なのです。

今年はちょいちょいとその嫌な出来事から派生する自分への恥いる気持ちや、やりきれなさなど。神社の参道を歩いている時に、「そんなことを思わなくても良い。よくやったぞ」なんて声を感じたりして少しは収まってきたのですが、依然まだ自分の中に燻り続けている気がしていました。

そんな時、ふと思ったのです。今の自分と昔の自分は別。今の瞬間の自分と次の瞬間の自分も別である。もともと時間の中にずっと連続したひとつの自分がいるというのも幻想で、過去は自分の記憶という幻想なのかもしれないと思ったのです。過去は過去で完結しているのではないか❓そこで昔の情けない自分を過去の自分という他人と思い、接してみることとしました。
ーあんたはこういうことがあった。これもあった。でも、やっぱりよくやったよ。私はあんたを責めないし、その時はそれで終わったのだ。ー
 
今の自分に入っている魂があるとしたら、それはひとつの木で、過去の自分はそれに繁っていた一枚の葉。それがいろんなドラマを経て落葉した。と思ったのです。
すると、あれだけ悩まされていた思い出し症候群はほとんど減ってきました。過去の私はもう落ちた葉っぱ。今現在は違う葉っぱなのだ。

自分が現在に生きている以上、昔は幻想なのかもしれないと思います。もちろん、何かいけないことをしたらそれに対する責任はあるし、それで責任逃れはいけません。ですが、過去は過去、過去の私は別の人と全く切り離して考えてみるというのは、過去のトラウマから逃れる良い方法だと思います。
私はもう大分、葉っぱを落としましたよ。

すぴイベントの思い出 続き

その絵描きの先生に絵を書いてもらっている人がいました。たまたま、私はその人と面識があったので、その絵を見せてもらう機会がありました。すると、その絵にー愛溢れる人、愛がある人ーなんて言葉が書いてありました。

その人は何度もその先生に絵を書いてもらっているそうで、その内容には満足至極のようでした。

でも、私は違和感を感じました。その人は犬、猫、その他の命を自分の都合で処分してもいいと言っていた人なのです。自分が「その命と交信してOKを得たからいいのだ」と言っていました。うーん。私はこれはどうにも納得できませんでした。そんな都合のいいことがあるのか❓その生命体と超能力で交信して「いい」と言ってもらえたからいいのだなんて。
このことは命に関することなので考えるのも嫌でやめたのですが、私はその人について、「信用できないなぁ」と思ったと同時に、その人をー愛に満ちた人ーと絵に書いたあの先生もどうなのかと疑問に思ったのです。

犬や猫でも飼えなくなる事情はあります。でも、私なら、絶対にそんなことはしないし、そのようなことになったとしても命を奪い去ることをしたら、たとえ本人が納得していると言っても、ずっと苦しい思いを抱えていて、死んでもそれはならないだろうと思います。それなのに、命を取ることを平気で肯定している人を 愛ある人 とは‼️

これはあの霊能者の人には命を自分の都合で奪う人も愛の人に見えるということなのであろうと思いました。別に嘘をついているわけではないような気もします。そしてこの私にはその愛は「欲」に見えてしまい、おぞましい黒々としたものに感じるのではないかと思います。

ということは、スピリチュアリストの人が光に満ちているという神社が、私には黒黒と煙にまみれ、気持ち悪く感じるということと似たようなことかもしれません。ただ、多数が、有名な先生や有名な神社を支持しているし、私はみんなのように見えたりするわけではないのでそんなに強く言えないのですが、いろんなセッションで愛があるとか言われている人って、何も見えないわしからするとただのわがまま女に見えたりするので、困るのです。

スピリチュアルな指導者のオーラは見えませんが。こう見えるのだ

見えるひとはいいます。オーラが大きいとか、強いとか。でも「見えんなぁー。モゥ。」私はいつもそんな感じです。が、今思い出しましたが、たまに指導者の人を見ていると玉ねぎの皮状に虹のように何層もの光の層が取り囲んでいるのがはっきりと見えたりするのですが、「あっあっ虹色の玉ねぎが❗️」と言っても普段オーラが見える人は見えないらしく、「えっ」と言ってます。何なんでしょうか。

また、これも全くオーラとかが見える人たちは感じないようなのですが、人が白く見えたり、黒く見えたりします。白いというのは、生きている魚や、刺身にして食べられる身は透き通って見えますが、死んで時間が経過した魚は白濁して身が白くなったりします。そんな感じなのです。そう見える人は、意外とスピの人気者だったり、指導者だったりします。スピの指導者もいろんな人がいますが、私の苦手な威張っている感じの人や欲深く感じる人たちです。白く見える感じがします。

そして、黒く見える人。これはあんまり見かけないのですが、大村知事です。顔を中心に黒く見えるのです。黒濁しているなんて言葉はありませんが、どうしてもそう見えます。なぜか分かりません。
強い光も圧倒的な強さも何にも感じませんが、白、黒、というのは透明感がなくなっていっているような感じです。

そして最後です。その人は威張ってもないので、光も何も感じませんでしたが、周りを透明な風が巻いている感じの人を見ました。近づいてもすごいオーラも光も何もないです。ただ、周りを澄んだ風がグリグリと回っているので。夏の最中に奥行きのある町屋にすっと入って抜ける爽やかな風、そんな感じもします。あれは何なんだろう。高須先生でした。



暑いですー銀河鉄道の車掌さん

八月上旬にぶどうの収穫は全て終えました。が、食べきれません。冷蔵庫の中に入れてあります。このままだと全部食べ切る前に悪くなってしまいます。そろそろ半分くらいは冷凍しないといけないと思っています。

今日も昨日も暑過ぎますが、すっきりと晴れているわけでないようで、夜空は雲が多く、流星は今年も見れませんでした。

朝、ふと流れ星のことを考えていたら、頭の中に銀河鉄道のイメージが浮かびました。夜空を行く銀河鉄道。それは今までと違って車両が非常に多い、新幹線みたいな銀河鉄道でした。そして、車掌さんがこちらにきて少し何かを話しました。今回の車掌さんは銀河鉄道999の車掌さんみたいな人でした。この銀河鉄道は外側は藍色で、中は最新設備の備わった非常に快適な乗り物のようでした。今度の銀河鉄道は古びたところがまるでなくそれらしくないですが、私は機器は最新鋭のものが好きなので、一番好きかも...です。

車掌さんも私も外から走る銀河鉄道を見ているのですが、同時に乗ってもいるようで、不思議な感じがしました。

これらのイメージは朝、本を開いているときに浮かんだものですが、車掌さんが出てくるのは初めてだったなと、今になって驚いています。

青空

「宮沢賢治の真実」を七月の末に一気に読みました。その中で、ー銀河鉄道にはとし子は乗っていなかった。賢治はとし子と銀河鉄道では出会わなかったーということが書いてありました。

そうだったのか❗️

私は銀河鉄道に思いを馳せる時、A子さんと旅をしていたような気がするのです。でも他にも亡くなってしまった出逢いたい人がいるのです。出会えない人、一緒に旅をしていない人がいるのです。いても気づかないだけかもしれませんが。なぜだかわかりません。

この八月十二日は私の妹の命日です。事故があり、その時に私も一緒だったのですが、その前後のことは全く覚えてません。あんまりそのことを考えだすと嫌になるのでやめました。銀河鉄道、どうして乗り合わせられないのかな❓何となく賢治と似たような何かがあるような気がします。でも、どこかで妹が「くっくっくっ」と笑っているような気もするのですが。

昨日は何十年も前に見た恐ろしいほど落ちてきた流星をまた見ようと思ってバルコニーから首が痛くなるほど仰向けに頭を上に向けて見ました。でも、一つも星は落ちませんでした。

何十年か前のあの日だけかもしれませんね。星降る夜は。
今日は昼に散歩をしました。こんな暑い日の昼に散歩だなんて旦那に言ったら怒られるので言いません。しかし、猛烈に暑い昼の散歩もいいですよ。木々の隙間の向こうの空が水色で澄んでいてとても綺麗なのです。青い空と白い雲と、何となくちっちゃいおもちゃみたいな銀河鉄道が白い雲の向こうをかけていくような気がします。

銀河鉄道再びー前夜祭

リコールもそろそろ始まります。いつか見た夏の夜空を思い出していたら、頭の隅に夜空を駆ける銀河鉄道が浮かびました。
一両だけか❓それとも知り合いと自分がその一両にみんな乗っているのでそう思えるだけなのかわかりません。今まではA子さんとあんまり人の乗ってない汽車に乗っていたイメージがあったのですが、今回は違います。小さい一両の函にいっぱい乗っていて、それも生きている人なのです。リコールに賛成してくれた友達や知り合い、他にもいっぱい乗っていて空中浮遊している人もいます。

結構みんな浮かれていて、クラッカーなんかバンバン言わせています。流星が地球に降っています。明日はペルセウス流星群の流星が降る最大の日なのです。今日と明日、流れ星を久しぶりに見たいと思っています。

すぴと光り輝く指導者、人気者、カリスマ

多分、このようなことを書くとスピの人から反発を食らうと思いますが、書きます。
私はずっと考え続けていたのです。

スピリチュアルではたくさんのカリスマが出ています。大きなすぴ事業をしてなくても人気のスピリチュアリストはあちこちにいます。10年ほど前のスピブームの時はそれこそ、ワッといろんな人気者がスピコンとか他のスピイベントに出ていました。その中で感じるとか、わかるとか言うすぴ好きな人は「◎◎さん、オーラが大きい。すごい」とか「まる◎さん、エネルギーが強い。すごい」とか「オーラが光っている」とか言ってました。

私の知り合い、友人たちはそんな不思議な感覚がある人が多かったのでそのようなすごい人に引き寄せられて、教えを聞いていたりしました。「そんなすごい人なのか」私はいくら目をこらしても何をしても何にも感じずわかりませんでした。光り輝いている。それがどう輝いてすごいのか、全くのボンクラの私には毛ほども何も感じなかったのです。
でも、友人たちのことは信頼していたので、その人たちのいいと言う人にチャネリングをしてもらったりしました。みんなが言うだけあってチャネリングや霊視の精度は満足できるものが多かったのでそれほど不満はないのですが、それらの先生たちのある人たちについて、私はみんなが言うように素晴らしいとは思えなかったのです。

確かにチャネリングは悪くないにしても、「なんかあんまり好きでないなぁ、この人」と思ったり、チャネリングもよくないし「雰囲気からしてお下劣だよ」なんてどうも嫌悪感が出たり。申し訳ないですが「この人、教養ないな」とか「欲望強いな」なんて考えが湧いて出てきてしまうのです。みんながすごい先生と崇めているのにそんなことを思ってしまったりしました。

そんな人たちは私にとってあんまり好きでないと言うことでよかったのですが、困ったのはとても性格も良いし善良だし能力もある霊能者Aさんでした。Aさんはスピをやり始めて途中から「すごい、すごい輝き、」とベタ惚れしていたスピの指導者のところで活躍していましたが、そこのセッション料金が半端でなかったのです。何万円もしてました。
Aさんはそこでも売れっ子で鑑定を希望する人たちがひっきりなしでした。一度Aさんに話を聞いたことがありますが確か、お金に対する罪悪感だか、思い込みを捨てるように言われたとか、何だとか。はっきりとは覚えてませんが、迷いは吹っ切られたような感じでした。

私は困りました。そしてずっと考え続けざるを得なくなったのです。
Aさんはいい人だ。他人に奉仕したいと思っている人だ。スピの能力も高い。しかし、あの料金は何だ‼️よっぽどの人でないと払えないぞ。セッションを受けるのに決心をきちんとクライアントがつけるためとか、お金は血液同様だから回さなくてはいけないとか、その上のすごい人が言っているにしても、どうも納得できませんでした。確かに霊能相談は疲れるし特殊技能なのである程度はもらうと言うのはわかるのですが、その先の答えが出ないのです。

私にはそのAさんは良い人に見えたのですが、その上のカリスマ指導者はネットで見てもいい人に見えなかったのです。集まる人はまるで昔のスターに群がるファンみたいだし、そこまで来ると私にはどうも理解できないと言うか、わかりませんでした。

私はAさんのことは好きだし、能力も買っています。見える、感じると言う人たちもAさんのオーラの強さ、輝き、大きさに目を瞠っていました。その上、Aさんはとても華のある人で、見た人はみんな好きになり、寄って行きたくなるひとでした。みんなが引き寄せられる一目で好きになってしまう、させてしまう人でした。私も同性ですが、Aさんには惹かれました。あんな良い人のことを悪く思ってはいかんかな❓と思ったり、「でも、あんなに高額では愛とかみんなの為とか言うことと違うじゃんか」ということを思ったり。でも、心の底では「あれはいかん」なんて思ってしまったので、Aさんにはあんまり合わす顔がないのです。

なんかまとまりがないですね。スピで報酬を得てはいけないと思っているわけではないのです。私的には、ある程度誰でも受けれるくらいでないと、どうも納得いかないと言うことだと思います。また、もう一つどう判断していいのか苦しむのは、みんなが「オーラが強い、光り輝いている、オーラが大きい、すごい」なんて言う人が私からするとものすごく欲が深かったり、えげつなかったりする人も多々いると言うことです。そしてそれが凡人の私からすると一目顔を見るだけで嫌になるような感じなのですが、反対に見える人からすると光輝く立派な人だと言うことです。なんか訳がわかりません。
そして、性格もよく、みんなを惹きつける力が大きいAさん、その人も光り輝くオーラが強いと言うことです。本当によくわからなくなりました。

何なんだ。

Zちゃんに聞く

私はZちゃんや30代で亡くなった出木杉くんのことを寝る前に思い出しました。そして「あぁ、ちょっと聞いてみよう」と思ったのです。それは記憶のことです。

私は記憶力がなく、英語もハイジみたいだったし、覚えておけと言われたことも全く覚えてないことが多く中学の時は本当によくスパルタ塾のみんなに笑われていました。今はスペイン語の勉強をしていますがやはり単語なんかは本当に覚えられず、人の百倍以上やらないとダメだと思います。いや、それ以上やってもダメだろうと感じています。つい先日は旦那に「三年でやれる人がいるから、わしはその15倍=45年でやれればいいのだ。」と言ったら呆られましたが。旦那のような優等生にはこのような頭の人の気持ちはわからんだろうと思いました。

本当に覚えられないのです。漢字が混じっていると違うのですが、横文字は苦しいのです。そこでどうして覚えられないのか❓なんとか覚えられるようになる方法はないのか❓寝入り端に目を閉じてZちゃんや出木杉くんのイメージがチョロチョロしてきた時、聞いてみました。
すると。
「覚えていすぎるのさ」
その後、「また、覚えていることを忘れたいと思っているからなのだ」
こんなような返事でした。この答えが出てきた時には誰がどう答えたのかわからないようになってきて、他にもたくさんの人が出てきた感じがしました。

わかるような気もします。Z ちゃんの入院の時の様子だって、病室の階数まで何となく出てきます。だけど、忘れたい。思い出したくない。そんな気持ちもあるのです。よく考えると第一に「忘れたい。忘れよう。」と願っているのかもしれません。自分の意思の一番奥で、覚えたいより、忘れたい。 が、優先されているのかもしれません。
でも、何ともならないのです。もともと記憶力が悪いんだと思って「どうしたらいいんだ」と聞いてみたら「思い出すことだ」と全く違う視点からの助言でした。

思い出したくもないことを忘れようとするより、思い出して楽しいことを思い出してみたらどうだ、ということでした。そう言えば楽しいことを思い出したいとか、つとめてはしてないです。忘れようと常に思い続けるより、思い出せると思った方がいいかもしれないぞ。何となく説得力はありましたが、これで単語が覚えれたらいいですが。せっかくZちゃんたちがアドバイスしてくれたのでやってみることとします。

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[プロキシマ、次の星へ}

長々と銀河鉄道関連で書いてきました。黒い神様、黒服の男たち、疫病、物質文明とそれを生み出す無である真の黒、玄。豊穣と災厄、破壊。銀河鉄道はこの世の一切と、あの世との行き来、関わりを持っているのではと思います。あまりにも多岐にわたり関連性が及んでいるので、銀河鉄道は◎◎だということは言えません。

今まで私が書いてきたことは、あくまで私が思いついたというか、頭の中の考えなのでそれが本当かどうかもわかりません。ただ、この銀河鉄道のことを考えると私は懐かしいような悲しいような気持ちになります。そしてそんな気持ちの後、地球の大地に立っている自分を感じます。南十字を目指しているように見えた懐かしい人たち。あの人たちはどこへ行ったのか❓突然亡くなった人はショックでなかなか浮かばれないと言いますが、それは残されたこの世の人もそうです。思い出したくないことばかり思い出してしまい進まないのです。

でも気がつくと地上にいるのです。銀河鉄道の夜の最後に、確か、ジョバンニは 夢の世界でなしに本当の世界を自分の足で本当の切符を手にして歩んでいくというところがあったように思います。

私は銀河鉄道のことを書いて、銀河鉄道はいくつも軌道があり、行き先も色々あるのでと思っています。まさとさんのブログの銀河鉄道の車掌の名はプロキシマ、ケンタウルスの足のところの星もプロキシマ。これ[プロキシマ]はスペイン語proxima で次を意味します。=NEXTです。車掌さん[ 案内人]は次を案内するのです。

やはり我々はどこか次へと向かっているのです。プロキシマと女性形なのは次なる星 proxima estrellaプロキシマ エストレッジャ[次の星]を目指しているということでしょうか❓
「銀河鉄道の夜に関する本を読みたいが、読むと影響されて自分の頭の中の考えが飛んでいってしまう」と、読むことができませんでした。まだまだ書き足りないことは多いのですが、今回はこれで一つの区切りとします。本を読んで何かを感じたらまた書くこととします。長々と面白いのか面白くないのかわからないこのシリーズをお読みいただき感謝します。

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[かごめの鶴と亀はー番外編}

6から6、678、67 などのことを書いた後、風呂に入る前に「かごめかごめの歌」を思い出しました。この歌はよくスピの人に取り上げられます。私はかごめの歌で子供がくるくると回るという遊びのところが、6から7の世界に映る瞬間のような気がして少し前から気になりだしていたのです。

次元が変わるとか円形とか、始まりから終わりの連続とかを考えていたのですが、湯船に使って「はっ」と思ったのが、「鶴と亀が滑った」と「夜明けの晩に」です。

鶴と亀って、もしや木星と土星では❓夜明けの晩にって、やっぱり始まりの終わりと、終わりの始まりでは❓なんて思ってしまいました。今の六で終わる周期が夜明けであり、晩であり、その時に土星と木星が滑る=順行したり逆行したりして交差する。その瞬間に6から7、その他の世界への移行が始まるのだ。なんて、でたら目占星術かもしれませんが、想像してしまいました。

その後、いろんな人のかごめの歌のブログなど見ましたが、鶴と亀についてはあまり書いてありませんでした。ついでに今の時期のインドホロスコープを見ると山羊座に木星と土星です。これらの惑星は木星の周期が約30年、土星が60年でスローペースなので去年、今年、来年と山羊座で同室があったりすると思います。

普通は木星が非常に弱くなり、土星が極めて強くなるこの配置はよくないと言えますが、この世自体が出鱈目の今、膿を出し切る大精算が行われているような気がします。亀はのろいけど強いのです。また、非常に厳しいのです。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→指数関数的落下}

67という数字は、6という現在から、物質という檻から自由な7の世界へ今進んでいるということではないかと述べました。が、以前にも書いたように、現在という分岐点からは三つの道があるのです。

6 →7
6→6
6→5→4→3 ❓or 6→7→8→9

66は今の苦しみや矛盾に満ちた物質文明のままの世界です。
最後は6543というのがありそうだと以前書きましたが、よく考えると、6543に向かう道というのは、惑星の配置のまま6789に向かっているのではと思います。この7は新しい次元を超えた第一の道、67の7ではありません。
惑星の順番、6 土星 の次は 7天王星 海王星 冥王星です。この天王星の7ではないかと思えるのです。なぜなら天王星は火星の性質をもっており、その何倍にもパワーを増した星であるからです。
欲望、情熱、争い、破壊の意を何乗にもした力を持つ天王星。火星はスピの話によれば、争い、災害などがひどく、滅びたとか。

私はこの六の時代の終わりの時、ある意識の人はその中にこの天王星の道を選択するのではないかと思っています。どんな世界なのかは見当もつきませんが、アセンションというものがあるならば、この指数関数的落下の道を含めて三つの道が人々の前に広がっているのではと思います。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→7}

まさとさんのブログに67について書かれている記事があります。商店街のシャッターに血が変色したような黒い字で67と書かれていたとか。

今の文明はカレンダーを含めて、6、12周期で時は進んでいます。暦は12ヶ月で収めるため、28、30、31など不自然に日にちが変動するし、時計は六十分で一時間。これで私たちの物質文明はうまく回っているのですが、なんか、おかしい。変に感じます。物質は回転運動をするし、フラフラと揺れます。直線的ではありません。変化はあるようですが、地球の共振周波数は7.8だし、自然に目を転ずると何事も割り切れないズレ、隙間、揺れのようなものがあります。

これらのことはは物質では表しきれない多次元の世界を非常に小さい粗い物質の中に押し込めているのではないかとも私は思います。

さて、円を描く、連続させるというのは神秘的です。円の始めと終わりを結んで円形ができます。この円形を作り終えた瞬間は、次の円を描く瞬間でもあります。この円を成り立たせる透明な世界、透明板、透明立体があるとすると、また、以前の円をなぞる場合と、なぞっているようだけれど違う場所、時に円が移る場合があるのではと思います。円が書かれている透明版はまさに透明で質量はないのです。それが重なっているのです。固定された物質的な時間と位置に書かれた円は実は透明な何層もの次元の世界が重なっていて、何か周期を持っており、それが地球では0から6で円を完結する。そこから、また、ゼロから六の回転を始める場合もありますが、この円の終わりと始まりのときに、次元の門が開かれ、全く違う次元7の世界のサイクルへと始まるのではないかと思うのです。

ただ、7に移行するのはそれを選んだ人、合った人であり、66の道、それから、もう一つの道もあるのではと思います。
7に移行するということは地球のサイクルから出る、出発するということです。これもこの世で天国ができるとか、あの世で聖人として極楽に住むとかはわかりません。ただ、物質的な波動からは離れた新しい魂というか、存在になっていくのではないでしょうか❓

そういう意味で、67を見た人はそちらを向いて歩まれているのではと思います。

⭐️今日は昭和7年生まれの亡き父の命日で、この日に7のことをかけるということはありがたいと思います。もう亡くなって10年近くが経ちました。だんだん足が動かなくなり、車椅子に座ったり立つこともできなくなり、最後は呼吸ができなくなったのか❓死んでしまいました。しかし亡くなってからは元気な姿でたまに夢に出てきてくれましたが。肉体がない今は何にも心配しなくて良いのでありがたいです。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[6から続く道6→6}

このシリーズの何話か目に6から7、その他への三つの道の可能性を書きました。

破壊、終わりの6は次なる世界の地ならしなのです。真の黒は根元であり、全てを生み出す場でもあります。すべてを破壊する神も黒。黒から始まり黒に終わる。6から6の世界は生きることで因縁を生み出しそれが生死を繰り返しても続く輪廻、繰り返しの世界とも言えます。
6から6の道はまた同じことの繰り返しです。偉い人の本の話でもありません。考えとして湧いたことを書いているだけです。
地球の歴史、宇宙の歴史、長い間繰り返してきた歴史があると思います。それこそ、私たちが知らない始まりがあり栄があり、終わりがある無数の物質文明があったのではないか❓私は今、その時がきているのではと思います。
6から6
今の物質的な世を再び繰り返す、そんな世界を66サイクルは示しているのではと思います。もちろん、それも人間の意思、その人の視点と言うか、立ち位置によるのではと思いますが、現実の今の地球においてこのまま物質的な[栄]楽しみ、[破壊]苦しみを味わい続けるということ。そして肉体が滅んでもその感覚を持っているということ。それは続くのです。なので、66の連続というのはあの世もこの世もそうであると言えます。

⭐️ 円と角度と時間と多次元と今の時期について今回の6-7の過程に絡めて書きたいのですが、説明がしづらく、頭の中で落ち着いたら書きます。

続く

銀河鉄道、コロナからどこへ続く[黒服たちは降下した}

どうもコロナ567は腐敗した物質文明を破壊し、新しい世へと導く先ぶれとなっているのではと思います。
黒服、黒い神様たちはケンタウルスの足のあたりから出てきて、くだり行き銀河鉄道に乗り、北の北極星、北斗七星を経由して地球に下ったか❓断定はできません。が、彼らはやはりコロナをふりまきに来たのではと思っています。
黒い神様は、またり神=疫病の神でもあると思います。

世の中がここまで行きついたのは、中国のおぞましい臓器搾取、食人の伝統など、この地球上で超えてはならないところを大幅に易々と超えてしまったからだと思います。人が人を喰らう。人が人の臓器を生きながら剥ぎ取り、自分のものとする。これはもう終わりにしなくてはいけないのです。思えば、チベット が侵略されて30年以上になりますか❓それでも誰も、どの国も反対を言わないし、手を差し伸べなかったのです。細々と個人でインドに亡命したチベットの人たちに援助したりボランティァをしたりするぐらいで、国単位では見て見ぬふりをしてきたと思います。それから何十年も経って今度は自分たちに災厄が湧いてきてようやく西側諸国、アジア近隣諸国も騒ぎ始めましたが、全ては欲に目が眩んだ報いなのです。
金が儲かるからと、苦しむチベット人、ウイグル人のことに目をつぶってきたことが今は全世界に報いとして返ってきていると思います。

このコロナ蔓延が良いのか、そうでないのか、何がいいのか悪いのかコロナ禍下での医療従事者の苦悩を考えると答えは出ません。ただ、このコロナでいろんなことが明るみに出てきたのは進歩だと思っています。

続く

プロフィール

工芸美術をやっています。2017年からスペイン語の試験を受けています。が、ドンキホーテはいまだに完読できていません。握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。

るんるうん

Author:るんるうん
またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

たまに、魚を捌きます。猫におしっこをかけられたこともありますし、珍しい体験もあります。

たまに-クッテネル-が記事を書きます。そちらもよろしく。

いつのまにか歳をとりました。

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手持ちの着物を月ごとに替えて表示してみました。2015年1月
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