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光の春

私がJICAのボランティアで某国に旅立ったのは、2月でした。実家から浜松に立ち寄り、友としばしの別れをおしみました。友は新幹線の乗り場まで見送ってくれました。新幹線の中から眺めると、プラットホームで手を振る友にしきりに粉雪がふりかかっていました。

風が強く、冷たく、雪まで舞っていましたが。しかし、もう2月半ばにさしかかっていたせいか、雪との間に間に踊る光は強く、明るく、だんだん近づいてくる春の予感を感じさせました。いつの間にかあれから数十年経ちました。凍りつくような寒さの中、日本を経ち、南半球の某国に着いたら、真夏の世界でした。

昨日は川べりを少し歩きました。昨日は風が強く、西向きに歩いていると体を冷たい風に押し返されるようです。でも、いく所がありますから、歩きます。風も顔を正面から叩きつけるようです。歩いているうちに冷たさで涙が出て鼻水も出てきました。

逆風、向かい風はこんなもんだろう。昔は金もない。健康も×。職もない。試験も落ちる。逆風どころか、沼にはまって停滞していました。
人にも冬を思わせるつらい時期があります。二月という厳冬の中、逆風に向かう時、風が強く、冷たく、進むのが辛いこともあるでしょう。しかし、冷たい厳しい風を進んでいると、その厳しさに心地よさを感じます。やりたいことがある。なりたいものがある。ならば、逆風だろうとなんであろうと、そこに向かうしかありません。

冷たい雪交じりの風を受けて、せいいっぱい向かっていく...私のように人生半ばを過ぎた半老人でも、若い人でも、風を越えて行こうではありませんか!

二月は寒くてもだんだん春めいてきています。寒くても光は確実に増しています。

光の春を抜けると雪解け、桜の開花もすぐそこです。

theme : 生き方
genre : ライフ

なんとコロンバンのサバランが変わっていた!

今日、名古屋駅まで行きました。帰りがてらコロンバンに寄ってサバランを買おうとしたところ、
サバランが、帽子をかぶっている...なんか違う!とショーケースの中のケーキ類を見てお店の方に聞いたら、
-リニューアルしました-ということで、今までの定番のサバランが帽子をかぶった形のものに変わり、味も変わったとのことでした。

まぁ!何十年もずっと変わらないスタイル、味だったのに...とびっくりしつつも新しいものを買いました。

新しいサバランは
新サバラン3DSCN0511
ふんわりと上にクリームのようなプリンのようなものが乗っています。

食べてみたら
中はこんなでした。
新サバラン中身DSCN0513
たっぷりと洋酒をきかせているのはあいかわらずでした。上にのっているやわらかなクリーム状のもの、味はおいしくオレンジの風味がありまずくはありませんでしたが、リニューアル前のサバランより、クリームが少なく、洋酒の効きが強すぎます。そうなるとこのサバランの色が濃いのも気になります。そして半分食べているとくどくなってきます。前に比べてフルーツが全くないのでもちはいいでしょうが、これだと500円出してもう一回食べようとは思いません。

前のサバランが懐かしいです。
前のは
縮さばらん800×800DSCN0303
色も今のより薄いです。

サバランがなかったら、イチゴババロアが食べたいなぁと思いましたが、これもいつの間にかなくなっていました。
サバランとイチゴババロアがなかったら、もう500円出してサバランを買ったりはしないでしょう。違うお店の濃厚だけどさつぱりしたサバランを探すこととします。

昔は...

今は結婚しない人、30過ぎで独身の人...普通の人として扱われています。昔のことです。たった20年前だけなのですが、30過ぎで独身、それも女の人の独身って-ありえない‐という存在でした。

忘れもしません。ちゃんとした就職もできず、結婚予定もなく、24になっていました。その時、大学の友人たちはもう結婚退職をぞくぞくとしていました。こちらは就職すらなかなかうまくいかないのに、就職し、2.3年でもう結婚退職...

女の人は結婚でやめていく2.3年だけの職場の花のようなもので、私のように一人でも生きていけるよう、男と変わらない待遇で働こうとすると厳しいものでした。そんな24歳のころ、-もう歳をとりすきている-なんて人に言われたり、友達にも女が結婚もしないでいて...と言われたり...

今から思えば、めまいを起こすぐらい-若い-のに、就職も結婚も時期を過ぎたいき遅れ、なんて言葉に自分までがうなずいていたのは辛いというか、滑稽というか...なかなか厳しい時代でした。

とにかく、こうなったら男と同じ待遇で働ける職になるしかないと試験を受け続けるも、筆記は受かっても面接で敗退続き...その頃は体の調子も非常に悪く、-死ぬかも-なんて思うほど。
全く、先が見えない真っ暗闇の時でした。

24歳...今から思うと若すぎるぐらいで、長い未来が先に待ち受けているときです。しかし、あのころは、歳をとりすぎた終わった人間...といった雰囲気がありました。25過ぎの人に結婚も就職もろくなものはない、そんな常識がみちみちていました。今は厳しい時代ですが、25過ぎの女の人にあのようなプレッシャーは少なくなっていると思います。

私はそんな暗闇の時をなんとかある試験に受かることができ、脱することができましたが...あの当時のことは、-苦しく、暗闇だった-としか言えません。

theme : 暮らし・生活
genre : ライフ

試験問題の傾向

赤本の国語の問題を文学史だけに限って全部抜きだしてみました。大学の入試問題もしょせんは-生身の人間-が作っているものです。神様や、天才が作っているわけではありません。

大学の先生は、何を教えているか?何が得意か?問題を出した後、思わぬところから批判が起こり-こんな悪問出して、よく平気でおられることよ-なんて言われたくないだろう。
そんなこんなを考えると、無難だが、自分の得意分野の問題を出したくなったり、出題分野に偏向があったり、くせがあったりするのでは?なんて考えました。そして、抜き出した問題を並べたらやはり、ちょっとした偏りがありました。

時代、作品、人物...多分大学の先生の得意なところ、研究しているところ周辺かもしれないと思いました。

〇〇大は△時代の〇さんあたりと...〇△の分野...結構あやしいです。昔自分が高校生のころはこんなことはまるで思わず、行き当たりばったりで撃沈してましたが、試験は人間が出している以上、それなりに研究すると相手がつかめてくるような気がします。

theme : 学習
genre : 学校・教育

他の人がむやみにすごく見えるとき

他人が大きく見えるときがあります。
ふだんはそんなことは意識しないのですが、6月末に試験を受けたときに感じたことです。

その日、試験会場でロビーに座って、試験の行われる教室が開くのを待っていました。まわりは漢検の受験生ばかりとはいえ、他の級の人も混じっているという安心感から、それほどまわりを気にしませんでした。時間が来て、級別の部屋に入室したところ、
-若い人が多い。多分大学生などが4/5くらいだぁ-と思った途端、

それらの若い人はおろか、自分と同じくらいの人、老人などなどが、ものすごいつわものに見えてきました。
うわぁ-自信満々にみえる...みんな、受かって当然ってかんじにみえるぞ。周りの人がすごく大きく堂々と見えて、不安になってきました。漢検って、漢字の得意なろーじんが受けるイメージだったが、若い人だなんて、頭も若いだけあって、ものすごく有利だろー。それからぽつぽついるろーじんはもともと難しい漢字教育を受けてきた人だろうから、これもそうだ。
そのうえ、ちょこっといるじぶんくらいの年配の人は、なんとなく頭がよさそうで、準備万端な感じです。

そんなこんなで、
わし、大丈夫か?などとモーレツな不安感に襲われました。

わたしはいつもはそれほど、きんちょーしたりしないのですが、今回は、あまりにも久しぶりの試験を受けるということで、まわりのみんながすごくできるひとに見えてしまったのだと思います。試験に入ったら、怖気づいたり緊張する余裕などないのでそんなことを考えることもありませんでしたが、人って、人にのまれることってあるのですね。

年齢、そぶり、いろんな見た目で相手に飲まれることがあると思います。やってみなければわからないのに、やりもせずに他人にびびるのです。漢検でも合格率を考えればそんなにみんなが余裕綽々ではないのですが、呑まれるのですね。

こんなことはだれでもあることだと思いますが、、呑まれても、なるようになる。自分はやるだけだと開き直るしかないのでしょう。

theme : 日々の暮らし
genre : ライフ

下宿今昔

昔、学生のころ、下宿をしました。大学になり長距離通学をし始めましたが、往復200キロを越す通学は大変で、すぐに朝の1限はパス、体は朝の最初の授業から疲れてしまい、勉強よりもただ大学に行くので精一杯となりました。1年間それでも通い、2年生から下宿をしました。

下宿は昔ながらの六畳一間。しかし、長距離通学から開放されたので体が楽だし、一時間目をパスしなくてもよくなり成績も良い成績となりました。昔は学生といえば-下宿-でした。裕福な友達はお風呂、トイレがついておまけに部屋も二つ三つついたマンションに住んでいましたが、そんな人は滅多にいなくて、知り合いは家賃3千円、お部屋は三畳。幽霊つき、なんてところに住んでいた人も...

下宿といってもいろいろあり、私のところは玄関はそれぞれ別。トイレは共同。風呂はなしで銭湯へ。というスタイルでしたが、友達のところは、大家さんの離れの八畳間でした。かとおもえば、別の友人は共同アパート形式で、大きなおうちの部屋に下宿人が住み、お風呂はついているものの、時間やお風呂のある日の制限があり、ちょっと不自由でした。

昔はどこかに間借りする形式が多く、アパートの一部屋を借りるというのはお金がかかるので余りなかったような気がします。それでも別に不自由もなく、みんな当たり前に暮らしていました。

今はそのような下宿はないだろうと思っていたら、少しはあるようですね。
間借りで、食事つきのスタイルが多いようです。調べてみたら、アパート、ワンルームマンションより安く、ご飯も作ってくれたりと、なかなかの内容です。

昔の下宿と違うかもしれませんが、子供を大学などで一人暮らしさせるとき、下宿というのも選択肢のひとつとして結構魅力的だなぁと思っています。

theme : 日々の暮らし
genre : ライフ

記憶について

何かを覚える時、なかなか覚えられない、と思うことは多いです。

今日出かけた先では、大きい駐車場に行ってさあ帰ろうとすると-どこに車を置いたかわからない-ことがあるとの話題が出ました。そうです。あんまり行ったことのない都会に出て、広すぎる駐車場に車を停めたはいいが、あと帰る時、車はおろか、駐車場の中でどこがどこだかわからなくなる...なーんて私もあります。ので、車をとめる時は近くの駐車場位置ナンバーを忘れずに覚えておくよう思うのですが、

停める時にナンバーを覚えておくことそのものを忘れており、
広ーい構内をああでもない、こうでもないと探し回ることもあります。

もともと物忘れはひどく、買い物に行って、違うものを見ていて時間がひどくかかり、親に怒られたこともあります。子供のころからそうなので、記憶に関してはコンプレックスが強く、悩みの種と言えば種でした。

しかし、7ケタプラスマイナスの数字を覚えれるかは 一般レベルだと思います。でも、どうも自分は記憶力があまりない、と、なぜかを考えていたところ、

記憶にはいろいろと短期とか、長期とか、言われていますが、そんなことはおいて、

記憶するもの、記憶される情報の形により、記憶されやすいしにくいものがあるのではないかということです。
よく言われるのは感動の伴うもの、意味のあるものは記憶されやすいということですが、それとは別に、
全くの無意味なものたとえば、スワヒリ語の-車-なんて言葉を-ほにゃらら-と突然言われても無意味な音にしか聞こえません。

そんな言葉をこれは-車-と言う意味だと聞いて一発で覚える人、何度も聞かねば覚えられない人、がいます。

私は中学の時、英語を覚える時に-石を食べよ-と言われているようで、覚えられないし、覚えようとするのが苦痛で仕方ありませんでした。アルファベットは表音文字で意味はありません。その上、英語はスペル通りにローマ字読み出来ません。なかなか初めてのものにとっては単語ひとつ覚えることも苦しいです。結構すらすら自在に読み、書き、記憶していく級友と、片や、教科書を見ても、スパルタ塾で発破をかけられても全然覚えられない私...

多分私は知らない外国語を一から覚えていくのに非常に時間がかかるタイプだったのだと思います。
なぜだろう...

今日ふっと思ったのですが、私の場合、漢字を見て知らない字の読みなど、すぐに記憶に入ることがよくあります。
例えば 卯 は う だけでなくボウとか、即座に頭に残ることが結構あります。しかし、〇〇語の単語は10回以上読んでも頭に少しも残らなかったりします。

これは?と思い、漢字の書きと外国語の単語と同じようにおさらいし(漢字の書きは少し書くだけ、外国語単語は何度も音読)したら、明らかに漢字の成績の方が断然勝っていました。
しかし、他の人を見ると、単語を読むだけで結構記憶している人もいます。

これは個人差でしょうか?

これからは私の推測ですが、私はもともと意味とただの音を結び付けるのが苦手なのだと思います。多分、脳が外国語の音をただ無意味な音のかたまりと判断し、即座に脳のごみ箱に入れてしまっているためと思います。
そこで、こんどはこんなことをやってみました。

単語を接頭辞、語幹、などに分け、意味を与えつつ、ローマ字の部分に漢字を入れてみたのです。多分、自分の頭は、意味と形を入れながら音にくっつければ少しはましに物を覚えられると、期待したのですが、

これをやってみたら、結構いけました。私は小さい時から黙読ばかりしていたので、音で単語を把握し覚えるより、形、と意味でまず覚えるかどうか、脳が判断しているのでしょうか?記憶の得意不得意の記憶媒体による有意差というのは結構あるのではないでしょうか?

ただ、私の場合はろくに役にも立たないことは非常に細かいところまでおぼえているらしく、先月、大学時代の友人たちと話をしたとき、ある夏に行った中華料理店の冷やし中華の味と温度まで言ったら、驚いてました...

やはりうらやましいのは、聞いてすぐに覚えれる人ですね。勉強でも仕事でも-できるひと-であること間違いなしだし、生きるのに有利です。まさか、何年か前の冷やし中華の温度がどうのこうの...なんて正確に覚えていても何の役にも立ちません。

というわけで、苦しみつつ、〇○語を覚えています。ぐほほほほ。

theme : 生活の中で
genre : ライフ

量をこなすこと

物事ができるようになること...なかなかすぐには芽も出ません。

楽器、運動、勉強...どれもやってはやめ、取り掛かったのはいいけれど、まわりがすいすいとこなしていくのを見ていつまでもできない自分に、-もともと素養がないのだ-と思いやめたことも多かったりして...かといってすごく練習を重ねたわけでもなかったような気がします。

練習も勉強も続けることが大切で、続けないからいけないのだと言います。すぐあきらめてしまうからだとも。しかし、どうしてあきらめてしまうようになったのでしょうか?私のおぼろげながらのごく小さい時のことを思い出すと、

①同じことをやってもすぐにこなす周囲から期待される子供と一緒に過ごし、やってもできない。わからない。どうしてわからないのだと怒られる...
②勉強でなく自分の好きなことは気がついたらずっとやっており、強いてなにかを達成するために努力し続けることを知らなかった。

そして中学生になりスパルタ塾で勉強ができず、英単語なんかは全く頭に入りませんでした。しかし、成績が悪いと罰としてお仕置きがあります。塾にいる間は苦痛で、お仕置きの元凶である勉強そのものが嫌いで呪わしいものでした。

とにかく一応頭に入れようとするわけですが、なぜか私の頭には防波堤があったようで、勉強のたぐいのものを入れるスペースがまるでなく、もがいていたらますます苦しく、できない状態になっていました。

かつかつでなんとか進学校と言われるところに行きましたが、そこで思いがけないことが...なんと何にもしてないのに現代国語の成績が急によくなったのです。これは自慢でもなんでもないです。これは不思議なことで出来の悪い生徒がなぜ、現国だけできたのか?

私はその謎をずっと考えていました。国語のできる人は頭がいいのだ、などとその成績に気をよくした親は言ってましたが、それにしては他の科目ができない。わからない。英語なんかは記憶そのものができないのだ。どうしたわけだろう?としつこく考え続けた末、わかったことがあります。

私は小さい時から読書ばかりしていて、ものすごい数の本を超高速で読んできました。ジャンルも文学、社会、その他さまざまなもの、その数は膨大だと思います。

昔、現国だけは抜きんでていたのは、いつのまにやらすごい数の読書をこなし、普通の勉強量を上回っていたということではないか?そんなことに気づいたのです。きっと、どのひとでも、凡たる人でもたくさんの量をこなせは高い水準を突破するのでは?

そして、もしかして、自分のような英語が覚えられなかった人でも、量をこなせばなんとかなるのではないか?と思ったのです。

できのいい人のことはさておいて、できの悪い人でも量をこなすことにより、いつのまにか、豚がイノシシにイノシシがライオンに...なーんてわけないかもしれません。

しかし、やってやれないことはない。そう思いつつ図書館で借りてきた本を読んでいたらまさに同じことが書いてありました。
量質転化です。
物事を身につけたりするとき、たくさんの量をこなす。それがある一定以上繰り返されたとき、すっとできるようになる、ということです。
喩として自転車に乗ることがでていました。-自転車に乗るには練習がいる。何度も繰り返してある日ふっとのれるのだ。また、のれるには個人差があってすくに乗れる人と時間がかかる人がいるが、途中であきらめたらのれないままである。-

早く乗れる人を見て、乗れない人は自分は乗れないけど練習していれば乗れる、と練習を続けます。これは先が見えているからです。自転車はみんなが-誰でも早い遅いの違いはあれ、のれる-と知っていて、のれないまでの時間を耐えて頑張れるからです。

これが、勉強や音楽、外国語の習得だとどうでしょうか?

すっとなにごともこなしていく人を見て、いつまでももたついている自分...だめだなぁ。無理だろう。もともとできないのだ、と思ってしまいます。
ましてや、私のように、立派なダメ体験、経験が豊富だと、昔の経験から判断し、自分にはもともとできるわけないとすぐにあきらめてしまいます。

よくできる人はもともと呑み込みが早いのでプチ成功体験をすぐ得ることができます。なのでまた意欲的に取り組み、ますます勉強などに身が入って行きます。そしていつの間にか練習量、学びの絶対量が莫大なものになって行きます。かたや失敗を繰り返してきた人間は、努力してもきっとできない、と先に希望が見出せません。

私はこのごろ思います。やり続けるということ、きっとそれが成功の秘訣なのだろう。
しかし、右肩上がりに目に見えるように成果は現れません。暗闇のいつ果てるともしれない坑道をひたすら這い上るような感じでしょうか。
不成功体験ばかりの落ちこぼれには、その坑道の先に光があるということが信じられない。考えてない、ということが一番のつまづきだと思います。

かくゆう私もそうでした。劣等生です。

暗闇の向こうに光があるだなんて、思いもしなかった。最初からその道を行こうとすることすら考えなかったのです。
小さい時や今までの人生の成功、失敗体験というのは重要ですね。人は経験でその行動の幅をどうするかはかります。いままでこうだったから、こうしようとか、これならうまくいくとか。パブロフの犬でも、ベルを押すと餌がもらえると学習したら、鳴らなくても唾液が出ます。人間だってそうです。いままでだめだったから、考えるまでもないよ、やることすら無駄だ、そう考える凡人も多いと思います。

しかし、繰り返しあきらめずやり続ける、そのことによりいままで見ようともしなかった坑道の先の風景が見えるとしたら...
今まで自他共に立派な落ちこぼれとしてやってきた私とあなた...続けることを信じてやってみようではないでしょうか?

とにかく絶対にやる。やれると自分を鼓舞するのです。もしかしたら、ものごとを成すのに大事なのは続けることよりも、続けられる自分を信じる力、やり遂げたいという情熱、それが一番大事なのかもしれません。それがあってこその-続ける-なのです。自己不信の暗闇を猛烈な-続ける-と言う情熱で越えたなら、優等生の味わえない喜びが味わえるのではないでしょうか。

theme : 生きる
genre : ライフ

クッテネルのトンデモ話は...

ずっと続けているクッテネルのトンデモ話ですが、クッテネルもこの春より多忙を極めており、食って寝てばっかりしておれなくなりました。

ぽちっぽちっと記事はアップしますが、毎週のアップは難しくなりました。

これからしばらくは、たまにアップするということとなります。よろしくお願いいたします。

theme : 日々のできごと
genre : ライフ

毎日書いてますが、

新しい、MP4プレーヤーが不良品で、取り替えてもらいました。こんどのMP4プレーヤーをパソコンにつなげたら、パソコンの電源が落ち、うんともすんとも動か電気が全くつきませんでした。コードを外し、バッテリーも外し、2時間ほどあと、やりなおしたら、電源がつきました。喜んでまた新しいMP4プレーヤーを接続したところまた、電源が落ちました。

バッテリーが減っているのであろうと、家電店に注文しに行き、別のパソコンでMP4プレーヤーを接続しようとしたら、ハブのなんたらこうたらと、いう警告が出ました。どうやら新しいMP4プレーヤーは電気をむちゃくちゃ食うらしく、二台のノートパソコンでは充電も何も出来ないらしいとわかりました。
そこで、昼間充電に使った、デスクトップを使うことにしました。これで大丈夫だろう。ファイルを入れようとしたら、MP4プレーヤーそのものが認識されたり、されなかったり...なーんか...交換してもらったMP4プレーヤーも壊れているようで、また、メーカーに電話をかけなくてはならないとは...ふんだりけったりです。

今日は一日中、パソコンの復旧やMP4プレーヤーにかかりきりで、殆ど何も出来ませんでした。ブログも毎日書いているのに、かけないかもと思いましたが、ようやくこんな深夜になって書いてます。本当は次の日になってしまいました。残念です。書いた時間を20分ほど前へずらし、毎日ブログにします。ふぁ...疲れました。明日はメーカーへクレームをまた言わねばなりません。気が重いです。

theme : まぁ読んでみて( ̄ー+ ̄)
genre : お笑い

立命

春山満という社長さんがいます。首から下が難病で動かないという大変なハンディを持ちながらも、たくさんの社員を抱える社長として精力的に活動されています。
その春山さんのブログのなかに、

壺中有天 という語録集があります。

その中に
↓ブログより抜粋

第一の天「宿命を嘆くな、自らの命を立てよ」
「宿命を嘆くな、自らの命を立てよ」

人生にはどうしようもない定めがあり、それは「宿命」と呼ばれる。
私にとって進行性筋ジストロフィーの発症は、
まさにその宿命そのものだった。
しかし、宿命の裏には立命というものがある。
「こうしたい、ここへたどり着きたい」。そう自らを勉励することによって、
宿命は立命に変えることができるのである。
自らの命を知って、自らの命を立てる。人生はじつに面白い、と思う。
宿命を嘆くのではなく、限りある命を知り、
自らの力で人生を切り開いていく。そういう志や気力のもとに、
大きな道が開けてくるものなのだ。

以上のようなことが書かれています。

この立命...それは宿命とは違います。この春山さんは筋ジストロフィーという病を得たことは宿命だが、それを自らの意思で、変えることができると言っています。動かない、それだからといって、-こうなりたい。こうしたい-ということまであきらめていいのでしょうか?春山さんのこの語録はそんな疑問を投げかけてくれます。

動かない体だからできることは限られていると、そう思うのは普通のようでも早計に過ぎないのではないでしょうか?そんなことを言うと-春山さんはとくべつだからだ-と言ったり、-普通の人はそうはいかない-と言ったりする人がいますが...翻って自らを省みると、〇○だから、しょうがない、とか××でできるわけないとか、そんなことが頭の底に存在し、物事を行おうとするとき、また普段の生活でもそれが自分の行動のスケールとなっていることに気づきました。

もしかして、できるのではないか?最初から無理だと思い、参戦すら考えてないことが多かったのではないか?

おなじことを仕上げるにしても、内容は同じでも、もともと素養のない人はスタート地点がマイナス地点から始まり、素養のある人は大分進んだプラス地点から始まります。
勉強でも音楽でもなんでもすぐに物事を習得し上級レベルまで行ける人をもてはやします。かたや、凡人はおろか、それ以下のさえないやつ、がいます。勉強であったら、なかなかものを覚えられない。理解が悪いなどなど...そんなひとは優れた人を見て、―自分はだめだ-とか-無理かも-など考えるのはざらで、-こんな出来が悪くて恥ずかしい-と感じたりして...

もともと、もともと素養がないのだ。などと考え、あきらめへと...

私もそうです。ミディアムシップも他の勉強も...もともとの能力、素養、勉強に関しては記憶力が他の人よりないのだ、とあきらめることが普通のこととして選択していました。

しかし...ミディアム実習で、ある感覚を実際につかんだことは、私の-なにか-を変えてくれたように思います。
足りないものはあるのだ。それは現実だ。しかし、それだからと言って何が問題であろう。何か、やりたいこと、今までできなかったことで完成したいことがあるなら、やってみればいいじゃあないか。むろん、最初から秀でている人のようには行かないだろう、
でも、やってみよう。やってみるしかないじゃあないか。とはたから見たら基地外(←多分禁止用語なので当て字)沙汰のことです。内容を打ち明けたらあざ笑う人、多数でしょう。

でもやってみる。

スピリチュアルでは、-簡単に成功できる-と思えば-成功-すると言います。しかし、そんなたわごとは、もう捨てました。この世は現実です。語学一つにとっても実際に練習、勉強を積み重ねないとどうにもならないということをなぜ今の流行のスピリチュアルは重要視しないのでしょうか?
彼らは言います。
-努力しなければならないと思っているから努力して達成することになる。簡単にできるとおもえば努力なしにできるのだ-
本当かね?よくもまぁ、こんなたわけたことを軽々しく言い、みんなもそれに頷くよ...

私はそんな言葉より、春山さんの-立命-と言う言葉に心が湧きおどります。

宿命により、それぞれみんな素質、ハンディはもっています。でも、それを立命により運命へと変える時...人生の挑戦への意気込みと、困難さゆえの楽しさと、達成感と、得られるのではないでしょうか?かつて私は英語が苦手で、全く単語が覚えられませんでした。ちょっと覚えても、スラスラ覚えていくまわりの秀才たちには全く及ばない鈍才です。嫌いだし、じぶんにはわからないと、最初からもう覚えるのもあきらめてました。

しかし、たまたま書店で手にした高校生向きの英単語集に、それが東大志望者向けのものなのですが、
-みなさん、なかなか覚えれない と思うと思います。10個覚えたつもりでも3個しか覚えてない。7個も忘れてしまった。そう思うでしょう。でも人間は忘れる動物です。10個覚えて3個覚えた、とできたことを喜んでください、そしてなんども繰り返し学習するのです-などという内容が書かれていました。

東大志望者に-忘れて普通だ。覚えれなかったことを責めるよりも、覚えたことを喜べ-なんて言うのです。これの言葉は自分の今までの考えを根底から覆すような言葉でした。東大志望者でも忘れて当たり前、少しの成果でもそれを喜べとは...

なんとなく力とやる気が湧いてくる気がしました。ただ手をこまねいて、スピリチュアル的に-楽にできると思う-ことをするより、現在の力を出し切り、自分の-こうなりたいという姿-をめざし、そのために必要なことをするしかない。努力することも勉強することもそのための必要な過程なのです。やるしかないのです。
宿命を立命に...これがあるからこそ、人生の喜びがあるのだと思います。もともとあまり素養がないことは、挑戦することがが多いという神からの-贈り物-であって、重荷ではないのです。



theme : まぁ読んでみて( ̄ー+ ̄)
genre : お笑い

杜子春...

図書館に名作朗読DVDがあり、借りてみました。
芥川の杜子春が入っていました。

この話は有名で子供のころに読んだ人も多いと思います。
金にも、人にもほとほと愛想が尽きた杜子春が思ったのは、仙人になることでした。
しかし、そのためには何があってもしゃべってはならない。声をだしてはならない、との仙人との約束を守るのは大変でした。獰猛なけだもの、武器をもった神将、さまざまなものにおどされ、身を傷つけられ、しまいには命を落とし、閻魔さまのところへ...

そこでも一言も声を発しない杜子春に閻魔大王は、あることを思いつきます。畜生道に落ちた杜子春の父母を連れてきて責苦を負わせることでした。やせた馬となった両親は鞭で打たれ、責苦に会います。杜子春はそれでも我慢します。その時、どこからかかすかな声が聞こえてきます。
-しゃべりたくなければしゃべらなくていい。自分たち-馬になった両親-のことをかんがえなくてよい。お前は自分のことをかんがえればよい。お前のためなら自分はどうなってもかまわない-なんて内容のことが聞こえてきたのです。

そこで杜子春はおもわず
-お母さん-と言ってしまいました。

私はこの-お母さん-というところが好きで、その場面だけはすぐに頭に絵が浮かびます。

きっと自分の母も同じ場面があったら、同じことを言ったであろうと...そして自分も杜子春のように-おかあさん-と言ったであろうと...杜子春を読むたび、こころが熱くなります。母が亡くなりもう10年以上が過ぎ去りました。

theme : 思うこと
genre : 学問・文化・芸術

抽選会

抽選会に行ってきました。瞑想会などを共同でやっています。今月にもかのんさんとやりますが、自分でもやってみようと、近くに施設があることを知り、会場の抽選会に行ってきました。

かのんさんとやっている会でも会場費その他経費を差し引くと、赤字かとんとんで-会-を運営することも難しい状態です。そこで名古屋市内とか、近郊の沿線駅近くということをやめにし、もっと予算的に低いラインのところを探したら2.3ありました。
ところが...そういうところは熾烈な抽選合戦があります。

まずは参戦してみようと、出かけたら、駅のすぐ近くでもないし宣伝もしてないのに、結構な人が集まっていました。
会場を見渡すと、白頭、波平頭...いるわいるわ、老人ばっか。しかも、5.6人は知り合いのグループばっかのようで、
うわっ...げぼぼと、すぐに自分の不利を悟り、気分が↓に...

多分、ろーじんたち、何人かでスクラムを組んで抽選会に臨んでいるのです。例えばおなじ囲碁サークルいごいごじーサンズというサークルに属していたら、そのメンバーが5人以上、違うサークル名でそれぞれが抽選を引く。
5人以上もいるからだれかが目的の日にちのものをゲットできる...そんなろーじん最強スクラムを組んでいる人たちばっかり...
ざっと見ても60人はいる中、定年前の人間は私と右前の女の人だけ...

これではくじを引く前から落後しているぞ。と頭の中で自分の受かる確率を計算し始めましたが、まぁいいさ。くじの神様も不利な正直者に微笑んでくれるかも...と抽選の順番を待ったところ、私は一番最後に入場したので一番最後と言うことで残り籤、残り物で籤を引くこともなく最後のものでした。

籤がはじまり、おゃっと思ったのは、なみいるろーじんたち、
ぐほほほ、くほほほと笑いが出ちゃいます。
なんだか、後ろの方ばっかりひいてます。たくさんできているのにそうそう前はあたらない、と思っていたら、ひとりで来ていた女の人が1番を当てました。そしてどん尻のわたしの籤が10番。おっほっほっほっ...

すっすごいです。一人で来たのに、一番の女の人も私も一日目をゲット。その後ろーじんたちは多分まぁまぁの枠をスクラムで何枠もゲットしていたようですが...

これこそ、運です。一人できていた私は籤が前の方だったのでゲットできたのです。予約表を見て、
同行二人と言う言葉を思い出しました。四国遍路で一人歩きの遍路には、見えないけど御大師様がついて歩いていて、助けてくれるといった言葉です。
物理的にはひとりですが、見えない誰かが手助けしてくれたのだろうと籤の幸運に感謝してます。

瞑想会、11月と12月に予定してます。そのうちにホームページでアップします。よろしくお願いします。

theme : 日々のできごと
genre : ライフ

このブログのコメントについて 不具合?

このブログはそれほど人も来ないのですが、たまにコメントをもらいます。とてもありがたく思っています。
さて、コメントについてですが、普通は投稿者の方のメルアドなどは出ません。しかし、たまたまメルアドが最後に表示されたことがありました。おそらく、FC2ブログの何らかの機能が働いたか?投稿の際、なにかをクリックしたか...調べますが、いまのところはなんともいえません。
投稿された方、記事は削除しました。すみませんでした。

theme : 管理人より
genre : その他

大器晩成...老子

老子 道徳経...このごろは、老人が牛にのっている絵に親しみを覚え、道徳経をめくっています。

大器晩成...

老子の道徳経のなかにありました。

大方無隅、大器晩成、大音希声、大象無形

大方(たいほう)は隅(ぐう)なし、大器は晩成す、
大音(たいおん)は希声(きせい)なり、大象(たいしょう)は無形なり

この上なく大きい四角は、角ばって見えない。この上なく大きい器は、完成するのもまた遅い。
この上なく大きい音は、耳で聞き取ることができない。この上なく大きい形は目で見ることができない。
あまりにも大きい四角は角ばって見えない...そういえば大きく曲がった道は曲がっているとは気づきません。航空写真を撮ってみて、まつすぐにすすんでいたつもりが、ひどく四角くまがっていたのだと気づくことがあります。

それと同じように、おおきな器は、いつまでも出来上がらないから、出来上がる以前に、-なんを作っているのか-わかりません。なんともしれない、ろくでもないものに見えるので、人は馬鹿にしたり、軽んじたりし、せせらわらったりします。

人もそうですね。小さい時からこれはと思わせる人は目につきやすく、おっと、と、周囲をいわせるし、まわりもほっておきません。栴檀は双葉より芳し...この場合はどんな人にも気づかれます。
しかし、何事も大きなもの、大きな器をつくるには時間がかかります。

人も、そうかもしれません。大器晩成...ゆっくりと大きな器となる人は、他人も自分でさえも気づかないですが、早熟の天才のおよばないスケールの大きさの器となりえるのでしょう。
放射能の被害もあまりにも大きいのでかえってその実態が見えない、聞こえない、聞こうとしないのかもしれませんね。

※ この大器晩成...実は間違いで大器は完成しないというのが正しいかも...なんて説もあります。大器は完成しないというのも、これはこれでいいですね。常に大きな器を未完の状態で進行中...なんて老子っぽくてこの説も好きです。

theme : その他
genre : その他

マンモグラフィ-乳がん検診を受けました

乳がん検診...ただで受けられるので、この間行ってきました。
実は健診...3.4年前にやりました。だんなの職場の配偶者健診だったか...それでいちどマンモグラフィというものをやりました。
これが痛いのなんの...先にやったことのある知り合いに-痛い-というのを聞いていたのですが...
やっぱり痛かった。
並みでない痛さ...でした。

あれ以来、乳がんのみならず、健康診断は全てパス...やめたのです。どうせ受けても、せいぜいコレステロールが高いなどの結果ばかりです。

痛い健診...受けなかったのですが、無料で受けられる機会があり、
ただ、の好きな私は受けてみました...

マンモグラフィ、また痛いか?そう思い、恐れおののきながら、健診車にのると、今回は女性の放射線技師が撮ってくれました。
何枚もとり、板で乳房を挟むのですが、そのたびによく声をかけてくれ、しかも前よりは力のかかり具合がゆるく、できるかぎり、苦痛をかけないように、撮ろうとしてくれているようでした。

しかし...最後に左側を何枚も撮っていたときはだいぶ痛かったです。実はまだ左が痛い気がします。

さすが...
撮影室での説明で、
10キロの力が加わりますといっただけあります。
ほんと、乳房を10キロの米袋で両方から押しつぶされるのは、非常に痛いです。

乳がん...この癌はブラなどでしめつけていると発生しやすいなどと言います。
昔なにかでみたのですが、マンモグラフィでかえって癌になりやすい、などとか...

マンモグラフィはしめつける。なんて生易しいものではありません。押しつぶす...といったほうがよいです。
こんかいはただ、ということで受けてみましたが、こんどただの健診があったら...

やめときます。

マンモグラフィ...痛いばかりで、かえって体に悪いような気がします。

theme : 医療・病気・治療
genre : 心と身体

老子

老子の言葉

為して有せず、功を成して居らず

何かを成し遂げてもその成果を私物化することはしない。手柄がありその地位を与えられたとしても、その地位にいつまでもしがみつくことはしない...

なかなかこんな人はいないですね。何かを得るために努力し、得たら当然のように自分だけのものとしたい...そしてよい地位についたらいつまでもそこにいたい...そんな人が多いです。何かを成し遂げてもぎらぎらの欲望でなく、ごく自然に成し遂げてしまっていた。そして、しかるべき地位についたが、それほど地位に拘泥することもなく、いつのまにかいなくなっていた...なーんて、欲望の少ない人でしょう。

自分の好きなように生きる...執着しない。そんなことができる人がいいなぁと、言っているようです。

俳優さんでも、売れ出したら仕事をずっと受け続ける人が多いですね。ちょっと休んだり、原発反対を叫んだりしたら、たちまち干上がってしまうから、なかなかそんなことをするひとはいないです。

山本太郎さん...俳優としての地位を確立していたのに、反原発でその地位を捨てています。時任三郎さんは子供の育つ5年間ほど、日本を離れてニュージーランドで子育てをされていたそうです。
仕事と地位にこだわっていたらこんなことはできません。でも、こういう生き方、いいですね。

theme : つぶやいてみる
genre : その他

よくある銀行振り込み先について

よく利用するのが、銀行振り込みです。
振込先は、◎×銀行です。こちらに振込み願います、と何かを買い物したときなど、書いてあります。

ネットでいろんなものを頼みますが、大体は、カード支払いが出来ます。カードの場合は手数料は発生しません。ですのでそれほど気にせずにすみます。そして、カードで支払いをしたくないときも...コンビニ支払い、とかもできます。手数料もそれほどでもありません。

そして銀行振り込み、ネットでのお買い物は、お店も客のことを考えているのか、全国どこにでもあるUFJ銀行、郵貯銀行などが振込先のことが多く、私のような地方の人間でも、振り込み料を気それほど気にせずに振り込めることが多いです。
特に郵貯銀行は口座を持っていると他の郵貯口座への振込みはただなので、振込み料のことは全く気にせずにおられます。UFJ銀行は同行他支店だと手数料が発生したと思いますが、他店よりは安いです。

この振込み料、料金といっても、振り込む本人が機械操作し、あとは機械がやるだけ...手数料といっても実際に銀行の行員がなにもするのではなし、これで1000円近くもかっさらわれるのは、非常にくやしく、納得がいきません。手数料、なんとなく、腑に落ちない料金です...

個人や団体でもいろんなものを売ったり、サービスを提供したりして、料金はこちらへ...と振込先を指定するようになっていることが多いですが、その際、
うーんと、うなってしまうのが、振込先です。

私は自分が振り込み料を払いたくないので、反対にたまに会費などを誰かから振り込んでもらうとき、相手に負担のかからない手数料のかからないところ、かかってもやすくすむところ、銀行なら全国どこでもあり、直接支店で振り込むことができるところ...など、相手の方がお金をできる限り使わないですむように、振込先は、郵貯と、UFJの二つを使っています。

しかし、なにかを個人でやられているところは、一般の会社と違って、あんまり地方にない銀行に振込みを指定してきたりします。

みずほ銀行、新生銀行...そんな銀行を指定されると、あーあと、思います。せめてUFJにしてほしかったよ。なんて思ってしまいます。みんなが東京や大阪の中心地に住んでいるわけでないのです。

みずほ、しんせい、なんて、地方の小都市にはありません。地方の人間が、みずほ銀行に振り込んだりするということは、一番高い振込み料を負担するということです。

払うのは、購入者だからいいんだ...なんて、なんとなく優しくないなぁと思います。せめて郵貯の口座くらいは、売る人ももっていてほしいと思います。

theme : 快適な生活のために
genre : ライフ

結果発表 みんなでESPカード等を当ててみよう-45-  

五つの国のどこでしょうか?

読み札はこれでした。
縮国旗IMG_1124
フランスでした。
当てた方もいらっしゃいます。
みなさんご参加ありがとうございました。



みんなでESPカード等を当ててみよう-45-
カードがあります。
絵カード五枚と、対応する文字カード《読み札》五枚です。

国旗のかるたカードです。
縮栗ESPカード国旗IMG_1058
縮栗ESPカード国旗IMG_1059


アルゼンチン、イギリス、フランス、ブラジル、チリです。
文字カードの裏はすべて赤色となっています。

一枚カード-読み札-をとりました。
縮栗ESPカード国旗IMG_1060

どこの国のカード《読み札》でしょうか。
直感で答えてみてください。
なにかひらめいたら、したの投票をクリックしてください。
結果発表は11月上旬です。

theme : スピリチュアル
genre : 心と身体

がれき受入れについて環境省が意見を募集している

被災地の瓦礫を全国にばらまき、処分しようという話が出ています。
それについて、環境省が広く国民に意見を募集しています。
「放射性物質汚染対処特措法に基づく基本方針骨子案」等に対する意見の募集(パブリックコメント)について(お知らせ)
 放射能のついた瓦礫を他の地方、西日本などで処分することはこの日本国中、放射能をばらまくこととなります。
これ以上放射能を広げないために、みんなで意見を出しましょう。10/26水曜日しめきりです。
私も出します。



みんなでESPカード等を当ててみよう-45-
カードがあります。
絵カード五枚と、対応する文字カード《読み札》五枚です。

国旗のかるたカードです。
縮栗ESPカード国旗IMG_1058
縮栗ESPカード国旗IMG_1059


アルゼンチン、イギリス、フランス、ブラジル、チリです。
文字カードの裏はすべて赤色となっています。

一枚カード-読み札-をとりました。
縮栗ESPカード国旗IMG_1060

どこの国のカード《読み札》でしょうか。
直感で答えてみてください。
なにかひらめいたら、したの投票をクリックしてください。
結果発表は11月上旬です。

人工衛星の部品が24日に落ちてくるとのこと

アメリカの人工衛星の部品が日本時間の24日未明から朝にかけて落ちてくるそうです。宇宙に行くと宇宙ゴミという、人工衛星の古びたやつや、部品、ロケットのうちあげ、宇宙滞在時の使用品その他等、いっぱい浮かんでいるといいます。
この頃は-月-にいったというのもあやしいといわれていますかが、テレビで大々的に月面着陸などを映していたのが、40年以上前でした。
あれからせっせとアメリカをはじめとして沢山の国が宇宙開発と称し、さまざまなものを宇宙にうちあげ、ゴミも相当溜まっていることと思います。

スペースシャトルも宇宙ゴミに遭遇する危険性があったのではなかったかなぁ。

今回は、正確な時間、場所もそうわかっていないということです。でも、3200に1、ぶつかる可能性があるといいます。
文部科学省は大丈夫だと言っていますが、あんまり信用できないねぇ。
鍋をもって破片を受け止めるわけにもいかないし...拾っても隕石なら夢があるけど、ゴミではね!

海に落ちてくれることを祈ります。

theme : 日々出来事
genre : ライフ

セシウム137のシュミレーション-(独)日本原子力研究開発機構

9/6に(独)日本原子力研究開発機構が日本列島各地へのセシウムの降下のシュミレーションを発表したようです。
クリック↓

福島第一原子力発電所事故に伴うCs137の大気降下状況の試算
- 世界版SPEEDI(WSPEEDI)を用いたシミュレーション -


3/11に地震。その後、約半年たってからの発表です。
こんなに遅く...もっと早く発表していれば、もっとはっきり放射能の危険性を知ることができました。こんなに遅いということは、
①放射能が遠方まで届いたということを知らせたくなかった。
②現在知られたくない、騒がれたくないこと-冷温停止なんてこわれた格納容器のことで、核燃料がどうなっているか知られたくない。
③いまだなヨウ素が出続け、関東で検出されたことを知られたくない
④現在進行形でもろもろまずいことがいっぱいで、本当のことは出したくない。

悲しいですが、長野(地域による)愛知のごく一部までセシウムが少し降っています。

関東土壌調査の結果やお茶の検査と照らし合わせると、静岡など、お茶から放射能が出たところなど、黄色になってますね。


ガンジー名言

先だって、小出先生が参議院の行政監視委員会で七つの大罪というガンジーの言葉を最後におっしゃいました。


一、原則なき政治
二、道徳なき商業
三、労働なき富
四、人格なき教育
五、人間性なき科学
六、良心なき快楽
七、犠牲なき信仰

この言葉を聞いた人は思わず襟をただしたでしょう。

ガンジーと言えば-非暴力無抵抗-といった言葉を瞬間的に思い出します。非暴力と言う言葉には、武器も力も持たない静かな東洋人が消極的な抵抗をしている...といったイメージもあり、ガンジーについては非暴力の立派な人だけど、非暴力なんて現実感がない。...消極的な理想主義だなぁと、そう関心はありませんでした。

しかし、小出先生が引用した七つの大罪は、すばらしい言葉で
-こんなことを言ったひとはほかにどのようなことを言っているのだろう-と、調べたら、ガンジーの生涯を短くまとめた番組とともに、釘づけ、なんども繰り返しみたのがこの下の動画です。

ちょっと調べるだけでわかりますが、ガンジーのいたころ(今だってそうかもしれません)人種差別はひどく、有色人種は西洋人からしたら奴隷、もしくは自由にいじめてよいけだもの、そんな存在でした。印度人は自国で塩を作ることさえイギリス人に禁じられていたとは驚きです。圧倒的な不平等、考えられない差別が蔓延したインドで、ガンジーは最後、インド人の中で差別されている不可触浅眠と生活をしたり、イスラム教徒の子供をひきとり、イスラム教徒として育てる...そんなことを提唱したりしました。

ガンジーの生涯のエピソードを聞くと、無抵抗をつらぬくこの人のしなやかな強さがそこかしこに見られます。
ガンジーは非暴力をとなえました。そして非暴力とともに訴えたのが、
不服従です。

強い西洋人、イギリス人に強いられても納得できないことには従わない...

不服従です。
ガンジーの動画などを見ると、ひとりの不服従がだんだんみんなを巻き込んでいくことが見てとれます。

不服従...これは、今の日本にも言えることです。
残念ながらガンジーのような立派な政治家はでませんが、納得できないことには不服従、NO、と言いたい。
福島ではいまだに子供たちが高い線量の中、暮らしています。政府は原子力推進政策を打ち出しました。

これでよしとしていいのか?
これは私の望んだことか?

いいや、違う。こんなことには従わないぞ。
放射能が降ってしまった被災地...そのことをひとごととしてしていていいのか。原発は都会にはないから、都会のひとには関係ない...そのうちもとの生活にもどるさ...
そんなことを考えたって、空気はみんなで共有しており、このような原発事故が起きてしまったかぎり、被災地ではなくてもみんなが放射能の影響を受けています。

無理にがまんをせず、いやなものはいやという...せめて不服従(これが実際は大変なことですが)
を貫きたい...ガンジーの言葉を聞くとそう思わざるをえません。




すべての人の目からあらゆる涙を拭い去ることがわたしの願いである。

わたしには世界に教えることはなにもありません。真実や非暴力はあの丘と同じくらい昔からあるのです。

束縛があるからこそ私は飛べるのだ。悲しみがあるからこそ高く舞い上がれるのだ。逆境があるからこそ私は走れるのだ。

自分が行動したこと、すべてはとるに足らないことかもしれない。しかし、行動したというそのことが重要なのである。

暴力によって得られた勝利は敗北に等しい。なぜなら一瞬でしかないのだから。

弱いものほど相手を許すことができない。許すということは強さの証だ。

もし、ただ一人の人間が最高の愛を成就するならば、それは数百万の人びとの憎しみを打ち消すに十分である。

“目”には“目”という考え方では世界中の目をつぶしてしまうことになる。

世界の不幸や誤解の四分の三は敵の懐に入り、彼らの立場を理解したら消え去るであろう。

握り拳と握手はできない。

明日死ぬと思って生きなさい。
永遠に生きると思って学びなさい。

あなたの夢はなにか、あなたの目的とするものはなにか、それさえしっかり持っているならば必ずや道は開かれるだろう。

.............

ガイガーカウンター
マイガイガーカウンターの数値を発表します。
観測地は愛知西部
ガイガーカウンターは中国製、ガンマー線、エックス線測定
日にち6/7 午後 8時  風なし  地上高1メートル 家の中、0.12 から0.18マイクロシーベルトでした。0.15ぐらい平均か...今日は外では測ってませんが、外も中もいつもそう変わりません。


注 ガイガーカウンターの数値はプラスマイナス20パーセントの誤差はあるとの、製造会社からの但し書きがあります。

テレビについて

うちはテレビはめったに見ません。このごろ見たのは、地震の次の日、後、2日ほど。あとは見てません。去年まではNHKのゲゲゲの女房だけ見てましたが、本当に見なくなりました。

デジタル放送に移行とかの黒帯字幕もうっとうしく-うちのテレビはあまりにも小さく子供の教科書ぐらいしかないので、あれが流れると結構な画面がふさがられ、ますます、画面がちいさくなり、魚用の皿のように細長く小さくなつてしまいます。とほほほ。

そんなこともあり、見なくなりましたが...

番組のプログラムを見てそれを見ようと待っていても、なかなかやらない。書いてあるだけで違うことをやることも多く、待つのがきらいな私は腹が立ちます。
おまけに民間放送のコマーシャル、一度数えていたら、一回のCMタイムに10以上のCMが入っていました。トイレに行ってお茶を飲んでもまだCM...

よくよく考えれば、テレビというものはコマーシャルを流して、その収入でテレビ局が潤うと...そういうことは本当はCMを見るためにテレビはあり、番組はそのためのエサ...よくある、魚をとるときの撒き餌のようなものでしょうね。

なのでろくな番組は少ないです。スポンサーが悪事に手を染めていてもそんなことは言いませんし、洗剤のメーカーがスポンサーなら、環境問題の討論を映しても洗剤と海の影響などについてはふれません。

民間はCMの関係上、このように節操がないと思っていましたが、公共放送のNHKもひどいものです。

わたしにとってはテレビ離れの決定打となつたのは、民間放送のくだらなさばかりではありません。
去年でしたか?酒井法子という歌手が麻薬に手をそめて逃げているということで一時報道がそればかりになったことがあります。
その時、夜のNHKのニュースをつけました。べつに酒井さんのことを見たかったのではなくほかのニュースを見たかったのですが、公共放送というのに、冒頭から酒井さんのことばかり...おまけにとちゅうで酒井さんの歌を歌っている姿などなど、まるで朝のワイドショーのようで、えんえんとこのことばかり続きました。酒井さんのニュースが終わったのは、10分を過ぎた後でした。
10分以上、タレントのことばかりです。

わたしはあきれました。ニュースで冒頭から10分から15分も一タレントの話ばかり...そのころにはさめの頭をもっているとされる大物議員、元総理の息子の薬疑惑、あやしさが報道されようとしていたときで、報道というもののいいかげんさ、不公平さを感じました。酒井氏のことを大きく報道し、ほかのもっと大きな事件を隠そうとするような不自然さを感じました。

考えてみれば、テレビは一方的にテレビ局のつごうのいいことばかり流します。しかし、そんなこと、おもしろいでしょうか

-私はあんたたちの、黒ーい隠していることなどしりたいのだよ-
さかいのりこさんのことなんかどーでもいいのだよ。なーんて言ってもテレビは返事はしてくれません。

やっぱり、つまらないです。

そういうわけでデジタル放送の移行準備、してません。
そんなんで緊急時にだいじょうぶ?と、おもわれるかもしれませんが、大丈夫です。地震の時はインターネットでニュースの中継が見られました。まったく不自由しません。

私は思うのですが、計画停電なんて東京ではやってますが、テレビ局を1局にして、ほかをやめた方がよほど電気の節約になるのではないでしょうか。
どれをみても見なかったら命にかかわるとか、入試におちるとか、会社をくびになるとかの重大なことは皆無だと思います。

テレビ会社から輪番性で放送自粛したら、いいのにと、思います。

theme : 日々のできごと
genre : ライフ

雑種の犬

犬...朝早くや夕方、犬を連れて歩いているひとが多いです。小さい犬を何匹も連れている人もおります。犬をみると小さい犬か、中型でもちいさめの犬ばかり目につきます。
ふさふさの毛で目の大きな犬、足が短い犬...どれも雑種でなく〇×△と名前がついている由緒正しい犬に見えます。
私も昔、子供のころ犬を散歩に連れ出して外を歩きました。犬というものは、道で違う犬にあうと戦闘意欲を燃やすので、馬でもないのに-はいしーどうどう-とか言って鎮めないとどうにも、いきりたってしょうがなかったです。
なーんて、うちの犬は適度なところですぐにやる気をなくしてましたが...

うちの犬は雑種でした。柴を中型にし顔を黒くしたような犬でした。昔はそんな犬が多かったです。
しかし、このごろはあんな雑種はあまりみかけません。プードルとかチワワとか。私はなにがプードルでチワワなのかよくわかりませんが、ペットショップで見ると、10万円以上もします。
うわぁ...犬ごときに10万円。

すごいです。犬は番犬でなく、おうちのなかで家族の一員として飼われるひとが多いようですね。
犬に限らず動物は飼いはじめるとかわいく、愛着がわきます。
うちの顔の黒い犬も雑種でしたが、飼い主にとってはかわいい犬でした。

しかし、番犬でもあったので、外にいました。今の10万円以上の犬は、犬自体を盗まれるといけないので外にはおかないでしょうね。

theme : 気になる!
genre : ライフ

試験の極意

世の中にはいろいろな試験があります。学生の入学試験から各種資格習得試験まで...試験というからには難しいものが結構あります。きのう書いた福祉関係の資格も難しいです。

歳をとってもう勉強をしなくてもよくなると試験というものの大変さを忘れてしまいますが、たまにいろいろな試験問題を見ると、難しさに後ずさりしたくなるような気がいたします。

私はこのごろ、-どうしたら勉強ができるか-とか、勉強法とかの本を読んだりします。こんな歳なのに、なにをむだなどうでもいいことをよんでいるのだろうと、笑う人もいるでしょう。まぁ、私は試験は昔なんども受けたので試験は受けませんが、このごろ、-?-ということがあるのです。
-?-とは...私は勉強、試験が嫌いでした。
得意は、勉強を全くしなくても高得点がとれる-現代国語-試験問題の詩文を見ると、自動的にその時の先生の説明が頭に再生される-漢文-あとはその時おもしろいとおもったもの...でした。
英語なんかひどいもので、なにしろ、中1の時にbとdを間違え、先生に-こんなアホがいる-とみんなに大きな声でいわれてから、苦手でたまりませんでした。

-英語-は中学段階はなんとかクリアーしたものの、それ以降はわからず、苦しい思いをしました。

高校になって難しくなった英語なんかはまず、意味のがからないし、発音を記憶するのが苦しく、覚えられませんでした。その上、英語を勉強する動機も-なぜやるのか?-つかめず、わからないままこの歳まできてしまいました。

しかし、この歳で思うのは、なぜわからなかったのだろう。もっと良いやり方があったのでは?たとえば英語を覚える=記憶するということだけでももっと自分にあった効率的なやりかたがあったのではないか?なんて考えているのです。
昔は、優等生の先生が優等生を教えて、ますますすばらしい優等生にしたてあげていました。
もしかして、優等生の先生のやりかたではあわない勉強法、教授法があり、劣等生にふさわしい教え方、学習法があれば劣等生でも伸びるのではないか?なんて思ったのです。

それでいろいろな勉強法、記憶についてなどなど、本を読んだり、学生の受験攻略本を読んだりすると、どうも凡人でもある程度までは-勉強-ができるのでは?ということにたどり着いたのです。
試験のための勉強...それはただやみくもに勉強するだけでなく、効率的に、自分の力をよく把握しうまく利用しつつやれば普通の人、記憶力の悪い人でも試験が受かるまでになるのでは?と、思っています。

今から思うと昔の自分はなんの攻略も工夫もなく、空手で試験にのぞんでそのまま撃沈したのだろうと思っています。試験を受ける方は、勉強をやみくもにするだけでなく効率...ということも考えられるといいと思います。

theme : 生活に役立つ情報
genre : ライフ

人間と常識と洗脳

最近、伊藤桂一さんのエッセイなどを読む機会がありました。
軍隊に若い頃入り、中国の戦場などをてんてんとされた方です。

伊藤さんは軍隊にいたというだけあって、おじいさんだと思います。本は図書館で借りました。いつのものかはわかりません。書かれたのももうだいぶ昔だと思います。

伊藤さんのエッセイの中で、軍隊のいじめ、制裁などがひどかった...ということが何度でも出てきます。なにかにつけ、殴るその他の暴力がすさまじく、ある日気を失い、何日か寝て、気づき、その後病気になったら除隊になっていた...なんて書いてありました。
軍隊といえば、かの有名な妖怪漫画家の水木しげる先生も、殴られたりひどい扱いを受けていたらしいです...

昔は軍隊では、上の者の命令は絶対で、上の者は下の者を殴ってもなにをしてもいい...という常識のようなものがあったようですね。今はそんなルールがあったら、おかしいと言えますが、それがおかしくないとされていた時代だったのでしょうか...人を人ともおもわない行動が正当化されていたのです。
でも、それをやっていたのは、普通の人です。それが-是-とされていたから、やっていたのだといえますが、よく考えると、これって非常に怖いことだと思います。

その時代、その場所で、-是-というルールが敷かれたら、なんの疑問も思わず、人をいたぶり、時には殺すこともできる...それがすごく悪い奴というなら納得できますがそのへんの普通の人がそういうことをするのです。
伊藤さんや水木先生を殴り制裁をしていた軍人も、日本に帰ったら、普通の人として、むやみに他人を殴ることもなく暮らしていただろうと思います。

昔、黒人や有色人を売買していた奴隷商人も、-黒人は人間でないから売買してもよい-と勝手な見解をキリスト教会から出してもらいおおっぴらに人買いをしました。

いくら白人でも、おかしいなぁ。と、思う人もいたと思います。しかし、そんな考えはどこかにふきとび、-黒人は人でなくものである-との考えを常識とし、ふっと感じる人間としての良識や、やさしさをはねのけ、教えられた常識に基づいて行動した...その結果奴隷制度をいつのまにか普通の事とかんじるようになる。
また、軍隊でも、人を死ぬほど殴り、制裁しても、教育だという教え、常識が普通だとなると、それをしてもなんにも思わない人が多くなる。なかには、こんなことはおかしいと思う人もいるだろうが、そんなことも感じない人間がでてくる。そして、それがその辺にいる普通のひとなのだ。

そんなことを考えると、人って恐ろしいようです。ある考えを受け入れてしまうと、それが非道なことであっても、正当化し、あたりまえだと思ってしまいます。
これが洗脳なのでしょうか...

人はいろいろな行動をとるとき、迷ったり、考えあぐねたりします。いつまでも右も左も決められない人を見ると-早くどっちかにしろ-とはっぱをかけたくなりますが、ある教え、その時の常識に従うと、なんとなく人間的でないなぁとか、あんまりだ...とか思うことがあります。

優しさや迷いは切り取って、合理的な判断を...なんて迫られることもあります。そんな時私は昔の軍隊の話や奴隷商人の常識を思い出すのです。その時に世間で-よし-とされたことでも、人間として-あんまりだ-とふと思うこと...そんなことがあったら、私は、世間の常識や、はやりの思想にそむいても、血のかよった人間として、物事、人に向かいたいなぁと思っています。

theme : モノの見方、考え方。
genre : 心と身体

展覧会...彫刻を見るときは

今、日展をやっているようです。
昔、高校の頃、芸術の科目は書道、音楽、美術の3科目から選ぶことになっていました。1.2ねんで芸術科目は履修するので、書道組、音楽組、美術組とクラス分けがなされ、2年間はおなじ芸術を選ぶ人としか同じクラスになりませんでした。
今はどうでしょうか。もともと女生徒の少ない高校でした。新一年生のクラス発表のとき、驚いたのは女子の少なさです。一クラス45人で女子は15人。女の子は大体が、音楽にいくか書道に行きました。もともと男子が多い学校です。その上、美術は女子があまりえらばない科目だったようで、15人というのは、居心地の悪いようないいような2年間でした。

さて、その美術の時間ですが、1年のときはむちゃくちゃマイペースなおじいさん先生。2年のときは、あまりにもおじいちゃん先生がマイペースすぎ、エリートの(京大出)校長先生に嫌われ、首になりました。←推測です。
2年生になり、30代くらいの先生が来ました。おじいちゃん先生のように写生なんかもどこまで行ってもよい...としてくれなかったのが不満でしたが、この先生、美術の先生だけあって言うことが面白かったです。

特に印象に残っているのが、「彫刻は、触れ、触るんだ。美術館で監視がいるが目を盗んでさわるんだぞ。彫刻は見るだけではわからない。つかめない。触って感じるんだ...」

私は、展覧会、美術展で、監視人がいても-触れ-と言う先生が気に入りました。
それから、展覧会などでは、彫刻はできれば触ってます。-もちろん手はきれいに洗って、やさしくです-

見て鑑賞する美術、しかし、手で触ってみるというのはすべきことだ。なんて今も思っています。私の住んでいる町にも外に彫像があったりして、気に入ってますが、車で通り過ぎてしまいます。こんど自転車で通りかかったら、手で触ってみようと思っています。

考えてみれば、芸術は見る聞くだけでなく、触るといった感覚もあるのでしょうね。

theme : どーでもいいこと
genre : その他

屈原もいない今...

昔、屈原という人がいたという話はみなさんご存知と思います。
屈原は腐り汚れた世を嘆いて、自分は正義、清らかさを保つ...と、最後は自殺した古代の中国の人です。

何を見てもそらぞらしく、濁り、信用ならないこの世で、何を真実として生きるか?真実すらもなにやなにやらわからない混沌とした現代で、頑固ながらも、清く生きようとする-屈原-のような人もさがせばいるでしょうが、なかなかいません。

しかし、この屈原という人...
正義感が強く曲がったことがきらいで、自分は悪に手を染めることもなく、浮世に流されることも嫌い、最後は自殺したのです。

まわりの世はみんな腐っている。自分だけが清らかだ。自分はそれだから官職を追われ、このように不遇に過ごしているのだ...屈原のいうことももっともです。でも、なんか少しお高い気もします。

しかし、わが身を振り返ると、どうせ汚れているのだ。この世の中、好きに泥にまみれて生きてやれ...そんな風に開き直ることも、できません。かといって、正義を貫き、水に飛び込み死ぬというのもできません。
しかし、正義...マスコミなどが自分に都合の良いことばかりをのべ伝え、その合間に、人の心の大切さとか、正義を説く。そんなのを見ていると、この濁世とはいえ、濁りのすさまじさにへきへきとするのです。

自分自身もこの浮世の片隅で、濁り水を飲み、そして出している...そんなことを考えると、自分も人ももろもろもこの地球のちいさな寄生虫のように見えてきます。
貧富の格差。職もない、結婚もできない若い人たち...若い人たちは自分の若さが若いだけ、重量を増した長旅のリュックのように感じているかもしれません。

濁世。しゃばは平等も理想もぶっとんで、すさまじい欲と矛盾だらけで...でも、私たちは生きています。やっぱり、屈原のようにはなれません。
この世はちょうど、濁った川、ふぶいた雪空のように先はなにも見えず、ただ進む...そんな虫としての生活。
濁っていても、ふぶいていても、やっぱり生きていたい。そして、足をとられて立ち往生していても...私たちは生きている。

虫は弱く、はかない。濁りも、正義もそんなものはなくたんたんと生きて死んでいく...どう生きよう。強く、清く生きようということを考えること自体がむだのように思えてもきます。濁っていようと澄んでいようと、どうせ小さい虫なのだ。好きなように生きてやれ...と、思いつつも、雪がやんだことにほっとしているところです。

theme : 心のつぶやき
genre : 心と身体

八雲の怪談-恋文の話-

ハーン(小泉八雲)の怪談を急に引っ張り出し読んでみた。

ろくろくび、耳なし芳一の話、などなどの話があり、珍しいハーンの近親者が登場する話-天使の輪-だったか、妖精の輪が出てくる-もあり、ついつい読んでしまった。
怪談とついているが、-蚊-の多さに悩まされる話もある。現代に生きる私たちにも十分通じる内容もあるのが、おもしろい。当時の東京中のお寺の墓場の竹筒などを幕でおおったらよいなどと発想しているところに、当時の蚊の多さがわかる。

さて、ハーンの-怪談-の中に、

死んだ女房が毎夜、出てくるという話がある。
昔、あるところの女房が幼い子供を残して死ぬ。死んでから、その女房が、毎夜、家の箪笥の前にあらわれ、じっとたんすを見る。
家族はこれは女がたんすの中のものに執着があるから、浮かばれず出るのだろうという。そこで、箪笥のなかのものを処分したのだが、どうしたことだろう。なかみはすっかりなくなったのに、夜になるとまたも女房が箪笥の前にでてくる。そして箪笥をじっと眺めているのだ。

弱った縁者は、ある寺の住職に相談する、住職はひとりで夜、その箪笥の部屋に待機する。-自分一人にしておいてくれ。ほかのものは入ってはいけない-と、家の者に言いふくめて...
夜もふかまり、果たして、女の幽霊はあらわれる。住職は経をよみ、おんなに尋ねる。なにかたんすにあるのでは?おんなは答えないがじっと箪笥を見る。

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住職は箪笥を探すが、なにもない、。しかし、箪笥の上敷きの下になにかがあるかもしれないとおもいつく。
上から箪笥の中の中を調べると、ある段に、-手紙-が入っているのが見つかる。

手紙とは...
住職はこれが幽霊の浮かばれない理由だと知る。
彼は、幽霊に-、この手紙はわしがほかの誰にもしらせず処分する-と言う。それから、幽霊はでなくなったという。
-手紙-これはなんの手紙だったのだろう。女房は結婚する前、都に行儀見習いに出ていてそこで恋文をもらっていたのだ。内容はわからない。

こんな内容である。恋文...昔結婚する前にもらった手紙...それは亭主にも子供にもみせられないものだったのだろうか...若い時の恋愛と、現在の家庭の家族。
てがみには、家族と接していたときとまったく違う若い時の自分があったかもしれないし、秘密があったかもしれない。現代でも、ふいに死んでしまって、昔の恋人の手紙が出てきて、配偶者によまれるとなったら、ちょっとまずい気がする。やばいのだ。

しかし、ハーンのこの話のうまさは、手紙を住職は読んだとかいているが、内容は書いてないところだ。書いてないから、どうしても知りたくなってしまう。

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握力は小学生よりない力なし。ひっそりとこのシャバの片隅でモーニングを食べている凡人です。猫、鳥、虫等、とやり合いながら暮らしています。

るんるうん

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またの名はクマネルです。ふしぎなことが好きです。着物も好きです。

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